オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


なんだかんだ各国は楽しくやってますよ


エピローグ:後編

「ポチさん、今日もレベリングですか?」

 

 

ナザリック第9階層にある自室から出てきた名犬ポチにモモンガから声がかけられた。

 

 

「お、モモンガさん。うん、そう。しかし自動ポップのアンデッド相手だから全然上がらないわ」

 

「うーん、自動ポップの低レベル相手じゃキツいですよね。かといって外に出てもユグドラシルと違って効率的な稼ぎが出来そうな敵モンスターとかいないっぽいですし」

 

「まぁ別にすぐレベル上げなきゃ駄目なわけじゃないから気長にやるさ。長時間やるのもしんどいしコツコツと暇を見てやっていくよ」

 

「そうですか。じゃ、じゃあ、今日の夕方くらいから時間って取れたりしますか?」

 

「ん? 別に大丈夫だけど何か用事?」

 

「い、いえ、そういう訳じゃないんですが時間を作ってくれたら嬉しいかなって…」

 

「なんだよ、気になるなー。ハッキリ言ってくれよ」

 

「べ、別にそんな説明するような大した事じゃないんでっ…」

 

 

変によそよそしい態度でモモンガが去っていく。

名犬ポチは不思議そうにその背を見送る。

 

 

「変なモモンガさん」

 

 

だが名犬ポチは気付いていなかった。

これが地獄への呼び声だったことに。

 

 

 

 

 

 

「おかしい…」

 

 

ナザリック内を歩く名犬ポチはその違和感に気付いていた。

掃除をしている一般メイドの数が今日に限って少ないような気がするのだ。

それにいつもならレベリングに向かおうとすると野生の勘か何かで察したルプスレギナあたりが飛んで来るのだが今日は何の音沙汰も無い。

そもそもナザリック内にあまりNPC達の気配を感じないのだ。

一部の者達を除き、現地の支配は基本的には現地の者達に任せており、現在復興が終わっている国はナザリックからさほど人材を派遣してはいない。

だからナザリック内にはNPCが溢れている筈なのに。

 

 

「まさか…、何かあったのか…?」

 

 

名犬ポチの頬を冷や汗が流れる。

自分の知らない所で何か大変な事が起きているのではないかと考える。

一人でなんでも抱え込もうとするモモンガの事だ。

仮に何かあっても名犬ポチに迷惑がかからないようにと考えるに違いない。

何より今の名犬ポチはレベル10ちょっとしか無いのだ。

荒事になったら間違いなく生き残れない。

 

 

「水臭ぇなモモンガさん…! 困った事があれば俺を頼ってくれればいいのに…! 弱くなったとはいえ力にぐらいなれるぜ…!」

 

 

そうして名犬ポチは先ほど別れたモモンガを探し始める。

だがしばらく探してもどこにもいなかった。

もちろんメッセージの魔法は通じない。

出会ったNPC達に尋ねるが誰も知らないという。

しかもモモンガだけでなくNPC達も変によそよそしい。

どうしたのかと訊ねても誰もがはぐらかす。

やはり何かがおかしい。

 

 

(俺の知らない所で何かが起きている…、間違いなく…!)

 

 

名犬ポチは確信する。

間違いなくナザリックに、あるいはこの世界に不測の事態が起きていると。

モモンガは夕方頃に時間があるかと聞いてきたがそれは事が終わってから話すということなのかもしれない。

 

 

(それまで大人しく待っている訳にもいかねぇな…。モモンガさんに危機が迫っているっていうなら今すぐに助けにいかねぇと…)

 

 

そうして名犬ポチはナザリックを駆けていく。

モモンガから再び渡されたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは部屋に置きっぱなしにしているのでそれを取りに戻る。

あれがなければすぐにナザリックの外に出ることは出来ないからだ。

だが自分の部屋に戻った時、部屋の前には一人の一般メイドが立っていた。

 

 

「ん? なんでここに立ってるんだ? ちょっと部屋に戻りたいから通してくれ」

 

「申し訳ありませんがそれは出来ません。モモンガ様の御命令で名犬ポチ様の部屋を綺麗に掃除するようにと仰せつかっております。それが終わるまでは立ち入りの方はご遠慮願いたいのですが…」

 

「あ、そうなの? ご苦労様。ていうか指輪取るだけだからちょっと通して」

 

 

そうしてドアを開けようとする名犬ポチを遮るように一般メイドが間に入る。

 

 

「申し訳ありません、現在入室はご遠慮して頂きたく…」

 

「えっ? いやいや、だからすぐ終わるって」

 

 

だが一般メイドは頑なに名犬ポチの入室を拒む。

流石の名犬ポチもこれは何かがおかしいと感づき始める。

しばらく問答を続けていると奥の通路から10人程のショッカーのような使用人に抱えられたイワトビペンギンが現れた。

 

 

「これはこれは名犬ポチ様、ご機嫌麗しゅう…」

 

「エクレア!?」

 

 

そのペンギンはエクレア・エクレール・エイクレアー。

餡ころもっちもちによって制作され、冗談ではあるがナザリックの支配を狙っているという設定を与えられているNPCである。

もちろんナザリックへの忠誠は他のNPCと同様にあるのだが、冗談とはいえその発言から他のNPCにはあまり好まれてはいない。

一応、黒ネクタイを締めているが他はほぼ全裸という恰好である。

とはいえ動物的な姿なのでセーフであろう。

そういう言い方をしてしまえば名犬ポチとて常に全裸なのだから。

 

 

「そんなに切羽詰まった様子でどうなされましたか? 少し落ち着かれた方がよろしいのでは? 部下に何か飲み物を準備させましょう」

 

「いや、いい。今はそれどころじゃないんだ…」

 

 

エクレアの提案は素直に嬉しいが今はそれどころではない。

現在ナザリック内にいないモモンガを探しに行かなければいけないのだから。

 

 

「おや、もしかしてお腹が空かれていましたかな? ではピッキーに連絡をして何か食事を作らせましょう」

 

 

ピッキーとはナザリックの副料理長の事である。

エクレアは愛称を込めてそう呼んでいる。

 

 

「いや、今は本当にいいんだ」

 

「ご遠慮なさらずに。もしかして名犬ポチ様はお疲れなのでは? 使用人達、名犬ポチ様をスパにお連れしなさい」

 

 

エクレアの言葉を受け、数人の使用人達が名犬ポチを抱え上げる。

 

 

「なっ!? や、やめろ! 今はそれどころじゃないんだ!」

 

「そんなことはございません。少しゆっくりしていれば終わりますゆえ…」

 

「…終わる?」

 

 

エクレアの発言に不穏な気配を感じる名犬ポチ。

いいと言っているのにエクレアの使用人達も一向に名犬ポチから手を離す気配がない。

嫌な予感がする名犬ポチ。

 

 

(な、なんだっていうんだ…!? ま、まさかエクレア…! あの冗談が本気に…!?)

 

 

無いとは断言できない。

モモンガの改変があったとはいえアルベドの例もあるのだ。

エクレアにも何らかの変化があってもおかしくない。

 

 

「くっ!」

 

 

使用人達を振りほどき、逃げ出す名犬ポチ。

すぐさま物陰に逃げ込み姿を眩ます。

 

 

「め、名犬ポチ様どちらへっ!? くっ! し、使用人達よ、すぐに名犬ポチ様を探すのだ! 決してナザリックから出してはならないぞ!」

 

 

エクレアの言葉を受け、使用人達が散らばる。

影でそれを見ていた名犬ポチは戦慄する。

 

 

(な、何が起きている…? まさかモモンガさんがいない隙にナザリックの支配を…? い、いやそれにしてもモモンガさんと大量のNPCが姿を消している事の説明にはならないぞ…。何だ、一体全体何が起きているっていうんだ!? それに俺をナザリックの外に出したくない理由とは…!?)

 

 

あまりにも情報が足りない。

ここでは何の判断もできない名犬ポチ。

どちらにせよ一度ナザリックから出なければならないと判断する。

すぐに第9階層を抜け、第8階層へと上がる。

だが第8階層に着いた時にNPC達に気付かれた事を察知した名犬ポチ。

すぐに物陰に隠れるが、第9階層で撒いたはずの追っ手達もすぐに転移門から第8階層に現れる。

 

 

(しまったオーレオールか!)

 

 

オーレオール・オメガ。

プレアデスの末妹にして第8階層桜花聖域の領域守護者である。

ナザリックの転移門の管理を一手に担っており、階層の移動は全て彼女に把握されてしまう。

 

 

(俺の階層の移動と共にNPC達を差し向けたってことは…、まさかオーレオールも…。まずいぞ、あいつが敵側に着いたらナザリック内じゃ逃げられねぇ…!)

 

 

恐ろしい予感に背筋が凍る名犬ポチ。

ナザリックの外に出るまではまだ7回も転移門を通らなければならない。

それを全て把握されるのは致命的とも言える。

いくら撒いても階層を上がるごとにリセットされすぐに追っ手も上がってきてしまうだろう。

だがしばらくして完全に物陰に隠れていた筈の名犬ポチへ一匹のNPCが近づいてきた。

 

 

『これはめいけんぽちさま、このようなところでいったいなにを?』

 

 

表れたのは第8階層の階層守護者であるヴィクティム。

エノク語、もとい五十音を絵の具の色名に変換して話す奇怪な言語であるが名犬ポチには何を言っているのか把握することができた。

この世界に来たことで言語的な壁が無くなっているせいかもしれない。

 

 

(ば、馬鹿な…! な、なぜ隠れているのに位置がバレる…!? ヴィクティムにそんなスキルは無いはず…! ッ! ま、まさかニグレドか!?)

 

 

咄嗟に思いついたのはニグレドの存在。

探知することにかけてはナザリック1を誇るNPC。

そしてこの考えは当たっていた。

彼女の探知が存在する以上、まともな方法でその探知から逃げることは不可能だ。

 

 

(まさかニグレドまでっ…! く、少しだがレベリングをしていて助かったな…! <小動物の気配>!)

 

 

切っていたパッシブスキルを発動させる名犬ポチ。

小型犬の種族数を10重ねると取得できるスキル。

探知系の魔法やスキルが効かなくなり、ただの小動物としか認識できなくなる。

だがこのナザリックには他の小動物はいない為、完全に騙しきるには不足であろう。

だがそれでも反応が弱くなるため、認識を遅らせる事は出来る。

その証拠にニグレドの探知が途絶え、追加情報が上がって来ないのかヴィクティムは移動する名犬ポチを把握できていない。

 

 

(やはり見失った! しかし俺の事を探知してNPCを差し向けるとはニグレドも敵に回っているということか…! クソッ! 一体何が起こっているっていうんだ!?)

 

 

探知、あるいは監視にかけてニグレドとオーレオールというナザリック最悪の二大巨頭が敵に回ってしまったことに名犬ポチは言い様の無い不安を覚える。

もはやナザリックに安息の地はない。

最初はモモンガの為と思っていたが、今は自分の為にもナザリックを出なければならない。

 

荒野である第8階層はナザリックの秘密兵器達を除けばさほどNPC達は配置されていない。

容易く踏破し第7階層へと上がる名犬ポチ。

姿を消すアイテムと気配を誤魔化すアイテムを使用し、簡単には探知できないようにする名犬ポチだが何者かが転移門を通ったという事は分かるのだろう。

少ししてすぐに転移門から追っ手が出てくる。

 

 

(くっ…! 俺の持ってるアイテムじゃ完全には誤魔化せないし看破系のスキルを持っているNPCには通用しねぇ…! 上手い事逃げないと…!)

 

 

溶岩が広がる第7階層の大地をひたすら走る名犬ポチ。

装備によって熱ダメージは無効化しているので平気である、そうでなかったらもう死んでいた。

デミウルゴスの住居である赤熱神殿へと向かう。

なんとなくデミウルゴスならば力になってくれそうだと思ったからだ。

だが悲しいかな、デミウルゴスは不在であった。

元々デミウルゴスは多忙な為ナザリックの外に出ている事も多い。

恐らく今もそうなのであろう。

 

 

(ちくしょうがっ…! なんとか自力で逃げるしか…)

 

 

赤熱神殿から出ようとした名犬ポチだが何者かの気配に気づき物陰に隠れ、息を殺す。

 

 

「今連絡があった! 名犬ポチ様がこの階層に入ったらしい!」

 

「なんだと!? まさか外に出ようとしているのか!? マズいぞ…! なんとしてでも御止めせねば…」

 

「デミウルゴス様からも絶対に出すなと命じられているからね…、すぐに探しましょう!」

 

 

そこにいたのはデミウルゴス配下の3魔将だった。

彼等は話し終えるとすぐにバラバラに飛んでいった。

 

 

(デ、デミウルゴスの命令だとっ!? な、なぜだお前まで俺の敵に回ったっていうのかっ!)

 

 

外での事もあり、より深い信頼を置いていたデミウルゴスまでもが敵に回ってしまっているかもしれないという事実に名犬ポチは打ちのめされる。

だがここでクヨクヨしている訳にはいかない。

どうやら名犬ポチが考えるより遥かに事は重大そうだからだ。

 

 

(待ってろモモンガさん…! 何があっても俺が助けてやるからな…!)

 

 

そう心に誓ってレベル10の雑魚犬は走っていく。

 

 

 

 

 

 

第6階層のジャングルは地獄だった。

探索や察知能力に秀でている動物型のNPCが数多く配置されているからだ。

名犬ポチは何度も見つかりそうになるもギリギリで回避し逃げ切っていた。

アウラがこの場にいなかった事は幸いだろう。

もしアウラがいれば名犬ポチの現在の装備とアイテムでは看破されていた可能性も高い。

 

次は第5階層の氷河。

ここも本来は冷気ダメージ及び行動阻害のエリアエフェクトに包まれているがコスト削減の為に現在は切っている。

ここは第6階層ほど探知に優れた者達はいないが八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)のように自らが隠れ潜むのを得意とする者達が多い。

だがここはユグドラシルプレイヤーである名犬ポチ。

自身の記憶と経験からその全てを見破り回避することに成功する。

 

そして第4階層の地底湖。

ここには地上に配置されているNPCは少ない。

地底湖には多数の水棲NPCが配置されているが一部のルートを通れば歩いたまま踏破できる。

幸いこの通路にNPCが配置されるより早く通ることが出来たためか邪魔者は誰もいなかった。

 

そしてある意味ナザリック最大の難所である第1~3階層の墳墓。

入り組んだ迷路のようになっており、各所に様々なトラップが仕掛けられているがギルドメンバーである名犬ポチはその全てを熟知している。

今最も恐ろしいのは各階層からの追っ手が全てここに集まってきている為、場所によっては完全に通行止めになっていることだ。

 

 

(くそ…! 今になって単身でナザリックを踏破することになるとはな…!)

 

 

だが通路のその狭さから流石の名犬ポチも追っ手から逃れるのは至難の業だった。

途中で何回かはちあう事になったが上手いこと罠に誘導しハメることで何とか追っ手から逃れていた。

しかし追っ手は増えるばかり。

途中で黒棺(ブラックカプセル)の罠にハメたNPCが出てきたのだろう。

そのNPCと共に大量のGが墳墓内に解き放たれた。

小さく素早い彼等はその数の多さを生かし、一気に墳墓内へと広がっていく。

やがて名犬ポチの前にも大量の黒光りするGが津波のように迫ってくる。

 

 

「うわぁぁああぁぁっ!!!」

 

 

そのおぞましさに絶叫を上げ全力で逃げる名犬ポチ。

 

 

「名犬ポチ様! 探しましたぞ! 我輩です恐怖公でございます! さぁ! 今すぐお戻りになられますよう!」

 

 

第2階層の一区画である黒棺(ブラックカプセル)を任された領域守護者の恐怖公。

概観は体高30cmほどの直立したGで顔面は正面を向いている。

貴族然とした振る舞いと衣装を身に纏い、王冠を被っている。

黒光りする津波の先頭にいた彼は銀色の大きなGであるシルバーゴーレム・コックローチに騎乗していた。

 

肉体に精神が引っ張られているとは言っても元は一般人である名犬ポチ。

彼もその黒光りする物体には恐怖を感じざるを得ない。

幸い、逃げ惑う途中で出会った女性系のNPC達は彼等をみるなり逃げ惑うか失神しだしたので名犬ポチはいくつかの追っ手の集団から難なく逃れることに成功した。

何匹か体に纏わりついてきたG達だが単体ではさほど脅威ではないので名犬ポチを止めるには至らない。

Gの津波にさえ飲み込まれなければ十分に逃げ切れる相手であった。

 

 

 

「ひぃっ…! ひぃぃぃいっ!」

 

 

やがて墳墓の入り口が見えた。

そこから差す光はまるで名犬ポチを癒すかのように温かかった。

そして第1階層の入り口を抜け、地上の大霊廟へと出ることに成功する名犬ポチ。

だがそこにはナザリック内にいなかったはずのNPC達が大勢いた。

 

 

「な…!」

 

 

その全員の視線が出てきた名犬ポチへと注がれる。

後ろからは追っ手のNPC達が迫っている。

もう逃げ場は無い。

終わった、そう思い膝から崩れ落ちる名犬ポチ。

だが地上にいる大勢のNPCをかき分けて出てきたのはモモンガだった。

 

 

「ポチさん!」

 

「モ、モモンガさんっ!? 良かった助けてくれ! なんか皆、変なんだ! なぜか俺を…」

 

 

仲間の姿に一気に安堵感に包まれる名犬ポチ。

何が起きたかわからないがこれで無事に済む、そう思った。

だがモモンガが口にした言葉は――

 

 

「まさかNPC達を振り切ってここまで来るなんて思いませんでした、流石ですポチさん」

 

「モ、モモンガさん…?」

 

 

仲間の様子がおかしい事に名犬ポチはわずかに震える。

いつものモモンガと違い、そこにはある種の冷酷さを感じさせる。

 

 

「今日はレベリングをするって言ってたじゃないですか…、困りますよ…? 勝手に出てきて貰っては…」

 

「お、おい何言って…」

 

「皆、ポチさんを抑えなさい。こうなった以上眠ってもらうしかない」

 

「なっ!? ど、どういうことだモモンガさんっ! 何のつもりだっ! やめろっ、離せっ! 離せぇぇぇえ!」

 

 

名犬ポチの叫びには答えず、近くにいたNPC達は名犬ポチを押さえつける。

 

 

「大丈夫です、すぐに済みますから…」

 

「ど、どうしちまったっていうんだモモンガさんっ! ま、まさか今までの全部アンタが…!? な、なぜだ、なぜこんなことをっ! 頼む、離せ離し…て、く……」

 

 

モモンガが名犬ポチに魔法を唱えて眠らす。

今の名犬ポチに抗う手段などある筈もなく一瞬にして眠りに落ちる。

だが眠りに落ちる間際、名犬ポチの目に映ったモモンガは邪悪に笑っていた。

仲間の突然の豹変に名犬ポチは怯えるしかできなかった。

 

絶望の中、名犬ポチの意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

「う…うぅん…?」

 

 

名犬ポチは第9階層にある自室で目覚めた。

あれからどれだけの時間が経ったのだろう。

いや、そもそもあれは現実だったのか?

何よりモモンガが名犬ポチにこんな事をする筈がない。

もしかすると夢だったのではと夢想する名犬ポチ。

そう思っているとドアを開けモモンガが入室してきた。

 

 

「ポチさん、もう起きてましたか」

 

「モモンガさん、か…」

 

 

名犬ポチは訝しんだ視線でモモンガを見やる。

その視線にすぐモモンガが口を開く。

 

 

「すいませんポチさん、ああするしかなかったんです」

 

 

モモンガのその言葉に夢では無いと思い知らされる。

一体何があったのか、そもそもどうしてモモンガはNPC達に命じて名犬ポチをナザリック内に拘束しようとしたのか、だがその質問にモモンガが答えることはなかった。

 

 

「今は言えません、本当にごめんなさい」

 

 

再びモモンガが頭を下げる。

その様子にモモンガ自身がおかしくなった訳ではないのかと名犬ポチは判断する。

 

 

「なぁモモンガさん、何か困ってた事があったんじゃないのか? そうなら言ってくれ、確かに今の俺は弱い。でも弱いなりに戦い方ってもんを心得ているつもりだぜ…? きっとモモンガさんの役に立てる…」

 

「ふふ、ありがとうございます。でも別にそういう事じゃないんです」

 

「じゃあ何だってんだ? ああもう! 全然分かんねぇ!」

 

 

プンスカと怒りを露わにした名犬ポチは布団の中に潜り込む。

スネた様子の名犬ポチにモモンガも少しオロオロとする。

その時、再び誰かがドアを開け入室してきた。

 

 

「失礼します。モモンガ様、準備が出来たようです」

 

「そうか、ありがとう。すぐに行くと言ってくれ」

 

 

モモンガの返事を受け、入室してきたユリが再び出ていく。

 

 

「じゃあ行きましょうかポチさん」

 

「??? なんだよ、出るなっつったり今度は行くっつったり…」

 

「まぁまぁ、すぐに分かりますから」

 

 

名犬ポチを宥めながら部屋を出るモモンガ。

続いて名犬ポチも部屋を出るとそこには《ゲート/異界門》があった。

 

 

「じゃあポチさんどうぞ」

 

「ふん、俺のことやるなら好きにしろよ。どうせモモンガさん相手じゃ抵抗できねぇしな…」

 

「??? 何言ってるんですかポチさん」

 

「え? 俺のことボコるつもりじゃないのか?」

 

「何言ってんですか、そんなことするわけないでしょ」

 

「やっぱりわかんねぇ」

 

 

名犬ポチに痛い目を見せるつもりでもないのならなおさら目的が分からない。

しょうがないので渋々と言う通りに《ゲート/異界門》をくぐる名犬ポチ。

抜けた先はナザリック地下大墳墓の外、大霊廟の入り口に当たる部分だった。

目の前に広がるのは夕暮れに染まった草原。

だがそこには無数の人間達が何かを手に持って待機していた。

次に聞こえたのは銃のような発砲音、その全てが名犬ポチへ――

 

 

 

 

 

 

「「「神様ー!」」」

 

「「「神様万歳ーっ!」」」

 

「なっ…!?」

 

 

姿を現した名犬ポチに向かって大勢の人々がクラッカーのような物を鳴らす。

その数の多さからそれは爆音のように名犬ポチへと襲いかかった。

その爆音と共に大量の紙テープや紙吹雪が名犬ポチへと振り注ぐ。

あっという間に名犬ポチの身体は埋もれてしまった。

慌てて名犬ポチはその中から這い出てくる。

 

 

「な、何なんだ一体…!?」

 

 

混乱の極みにある名犬ポチには全く状況が把握できない。

そんな名犬ポチへモモンガが歩み寄る。

 

 

「どうやら名犬ポチさんが竜王国を訪れてから一周年らしいですよ、一週間前がその記念日なんですって。そして今日が竜王国がポチさんに従属した日らしいです。国を訪れた日から国を救い従属するまでの一週間を記念日として祭りやパレードを大々的に行っていたらしいですよ。女王が率先して行ってたとか」

 

「な、なんだそりゃ初めて聞いたぞ…」

 

「何回か打診のようなものはしていたらしいですがポチさん外には出ないって頑なに断ってたらしいので…」

 

「あ…」

 

 

詳しい話は全く聞いていなかったが何やら色々と誘われていたような記憶はある。

興味が無いので完全に聞き流していた。

 

 

「それで現地の人たちが最終日にポチさんにサプライズをするんだってわざわざ集まってくれたんですよ」

 

 

モモンガの言葉に名犬ポチが周囲を見渡す。

確かに周りの草原には簡易テントや屋台のような物がひしめき、大きな幟が立てられ、色とりどりの看板もある。

空には大小さまざまな風船が流れ、至る所から美味しそうな匂いが漂っていた。

さらにその規模はあまりに大きく、見渡す限りの草原の中で数え切れない程の人がひしめき合っており、まさにお祭り会場という様子だった。

 

 

「これ全部現地の人たちが準備してくれたんですよ、私やNPC達は何もしてません。まぁ各国への通達と人混みの整理とかはしてましたが…」

 

 

ポリポリと頭をかくモモンガ。

その後、色々と説明を受ける名犬ポチ。

各国の重要人物や王族までここに集まっているらしい。

人間だけでなく、亜人種の姿も見受けられる。

 

 

「ポチさん、せっかくだから歩いて周りましょうよ」

 

「え、えぇ…、何か皆見てるし俺いいよ…」

 

「何言ってるんですか! ポチさんの為に皆が準備したんですよ! 周ってあげなきゃ可哀そうですよ!」

 

 

モモンガの押しもあって渋々名犬ポチが会場を周っていく。

人混みは嫌いなんだよなぁとか思っていたのだが名犬ポチが歩くと人々が綺麗に割れていき道を開けていく。

 

 

「うわぁ…」

 

 

逆に歩きにくいやつである。

皆の視線の中、痛々しい気持ちで歩を進める名犬ポチ。

だがその人混みの中に見覚えのある顔を見つけ声をかける。

 

 

「あれっ、お前らどこかで…。誰だっけ?」

 

 

この二人の姉妹をどこで見たんだったかと思い出そうとする名犬ポチ。

 

 

「わ、私エンリっていいます。あ、あの神様、あの時はカルネ村を助けてくれてありがとうございました!」

 

「私ネムだよ! あのときはありがとーございました!」

 

 

エンリとネムが名犬ポチへ頭を下げる。

エンリの言ったカルネ村という言葉でこの二人を思い出す。

 

 

「ああ! カルネ村の!」

 

 

名犬ポチが転移してきて最初に立ち寄った場所であり、初めて会った人間だ。

 

 

(俺をナメやがったクソ姉妹だな…! クックック、それにカルネ村…。確か俺が絶望の底に叩き落した村だな…? 覚えてるぜ…! お前らの恐怖し悲しむ姿をよう…!)

 

 

一度でも悲しい最愛の人の死を二度味わわせる為に村中の人間を蘇生するという悪逆非道な行いをした名犬ポチ。

死んだ人間が蘇り、また死に目にあわなければならない地獄に村中の誰もが怯え泣いていた。

 

 

(フフ、俺が支配する今の世でも地獄だろうに、俺の機嫌を取るためにわざわざとご苦労なことだぜ…)

 

 

邪悪な顔で笑う名犬ポチ。

笑顔の表情の裏では悲しみと恐怖に染まっているのかと思うと名犬ポチの嗜虐心が満たされていく。

 

 

「あ、あの! 神様のおかげでカルネ村もすっごく発展しました! 神様が最初に降臨した場所という事で聖地だって言われるようになって敬虔な信者の方達が沢山村に来られるようになったんです! 今では住む人も増えてきて、もっと村が大きくなったら私達も神様が降臨された日を記念日にしようかって思ってるんです!」

 

(頼むからやめてくれ…)

 

 

嗜虐心に溢れていた名犬ポチの心が一瞬で冷えていく。

今日みたいな日が他にも増えるかと思うと激萎えどころの話ではない。

 

 

「あのね、あのね! 私またルベドちゃんとお友達になれたんだよ! 前に友達だって言ったのに私ルベドちゃんに酷いことしちゃったの…。ルベドちゃんが私の事守る為にやってくれたのに私怖くてお礼も言えなくて…、それにルベドちゃんに悲しい顔させちゃったの…。ずっと謝りたかったのに次に会った時はルベドちゃん何も覚えてなくて…。でもね、ルベドちゃんがまた友達になってくれたの! だから私今度はちゃんとルベドちゃんと向き合うんだ!」

 

(やべぇ…、何言ってるか全っ然わかんねぇ…。まぁ子供だしな…? ていうかルベドの友達なのか…。そういえばネムって聞き覚えがあるな。仕方ねぇ、カルネ村の扱いはもう少しマシにしてやるか…)

 

 

ネムの子供特有の何言ってるか分からない話を頷きで誤魔化す名犬ポチ。

そしてこの決断がさらにカルネ村を発展させることになるとは露程も思わない名犬ポチ。

 

エンリとネム、そして周囲にいたカルネ村の人々の視線を受けながらまた歩き出す名犬ポチ。

次に視界に入ったのはかつてエ・ランテルで出会い、この名犬ポチに無礼を働いた4人組の冒険者である。

 

 

「あっ! テメー、ニニャだな!? お前らのしてた会話で名前覚えてんぞ! あの時受けた屈辱、片時も忘れた事はなかったぜ!」

 

 

むしろずっと忘れていたのだが気持ち的には忘れていないのだ。

 

 

「あぁーっ! 覚えててくれたんですね! すいません、まさかあの時はそんな凄い方だとは…! でも、あー! やっぱり可愛いーっ!」

 

 

ニニャは出会った時と同じように名犬ポチに近寄ると頭を撫で始める。

必死に抵抗する名犬ポチだが今の能力値では人間相手にジャレているようにしかならない。

レベル10とはいえステータス的には人間より弱いのだ。

 

 

「く、くそがっ…! 離せっ! 離しやがれぇーっ!」

 

 

怒りのままに暴れる名犬ポチを見てニニャが困ったような顔をする。

 

 

「あぁ、神様なんか機嫌が悪いみたいです」

 

「こういう時は前と同じく骨をあげればよいのである」

 

「そーだなー! 前も骨には夢中だったし」

 

 

ニニャの後ろからダインとルクルットがそう声をかける。

 

 

「ちょうどそこの屋台で買った骨付き肉がありますよ、さぁニニャ」

 

「ありがとうございますペテル!」

 

 

そう言ってペテルが骨付き肉を差し出し、それを受け取るニニャ。

 

 

「さぁ神様どうぞ! 美味しいですよ~!」

 

「なっ、き、貴様、な、何のつもりだ…! お、俺がそんな…!」

 

 

下等生物からの施しなど屈辱的で受け取る気にさえならない筈なのだが、かつてのエ・ランテルと同じように何か沸き上がるものを抑えきれなくなっていく名犬ポチ。

わなわなと体が震え、コントロールを失っていき、最後には。

 

 

「あぁああああぁぁぁああああ!!!!!」

 

 

名犬ポチはニニャの差し出す骨付き肉へと噛みつきしゃぶりついた。

そのまま奪い取り両手で抱えながらペロペロ舐める姿にニニャはご満悦だった。

 

 

「ちくしょう! すっごい屈辱的! でも抗えない! なんだこの不思議な気持ち! くそ、やはり俺は根っからの犬になっちまったっていうのか! 骨うめぇえぇえええ!」

 

 

あっという間に冷静さを失い舐め続ける名犬ポチ。

だがすぐに周囲の目を気にして冷静さを取り戻す。

 

 

(や、やべぇ…! こ、ここにはナザリックのNPC達もいるんだ…! た、耐えなければ…!)

 

 

自らの本能と戦い、内なる衝動に必死で抗う名犬ポチ。

見ている者は気付かないだろうが、今名犬ポチの中では壮絶な戦いが繰り広げられているのだ。

 

 

「あ! ニニャこんな所にいたのね、探してたのよ!」

 

「姉さん!」

 

 

ニニャの姉らしき人がこの騒動でニニャを見つけたのか近づいてくる。

 

 

「そうだ! 神様にもお礼を言っておかなきゃ! 神様のおかげで姉さんとまた会う事が出来たんです! 最低な貴族達はいなくなったし姉さんも無事に帰ってきました! 全部、神様のおかげです!」

 

「初めまして神様。私、ニニャの姉でツアレニーニャと言います。妹が色々とお世話になったようで…。現在はエ・ランテルの孤児院でユリさんの元で働かせて頂いております」

 

 

ちなみにツアレニーニャはナザリックの者達と関係無い所で王都でゴミのように死んでいたのだが、それがナザリックが転移してきた後だった為、名犬ポチの魔法で蘇ることが出来たのだ。

 

だがそんな彼女達の言葉などは欠片も名犬ポチの耳には入っていない。

未だに内なる葛藤を繰り広げているのだ。

しかしそこに新たな人間が現れる事で名犬ポチの葛藤は終わりを迎える事になる。

 

 

「こんなの別に美味しくない…こんなの別に美味しく…あっ! ブリターッ!!!」

 

 

名犬ポチは愛する最高のソファーを発見すると一目散に駆けていく。

ずっと望んでいた存在であり、癒しの空間。

駆け寄りその頭へと飛び乗る。

 

 

「きゃあっ! か、神様じゃないですか! 急にビックリしましたよ!」

 

「あぁブリタやっぱりお前最高だぜぇ…!」

 

 

鳥頭と呼ばれるブリタの頭に体をうずめ、快楽を享受する名犬ポチ。

 

 

「なんでお前ナザリックに来ないんだよ~! ずっと来てくれって手紙に書いたじゃねぇかよ~!」

 

「すみません、神様…! 申し出は嬉しいんですが私は私なりに人の役に立ちたいんです…! だから見守ってて下さい! 私ちゃんと人の役に立ってみせますから!」

 

 

全然説得出来なそうなブリタの気配にしょんぼりする名犬ポチ。

だがそう簡単には諦められない。

今の名犬ポチにとってブリタだけが癒しであり、ブリタ以上の存在などいないのだから。

しかし。

 

 

「おいブリタ! こんな所にいたのか! すぐに来い喧嘩だ!」

 

「まったくよー、せっかくの祭りだってのにたまったもんじゃねぇよなぁ?」

 

 

そこにいたのはガゼフとブレインだった。

どちらも名犬ポチと面識はあるのでその姿を見るや緊張した面持ちになる。

 

 

「ややっ! これは神どの…! カルネ村ではお世話になりました…! あの時はそうとは知らず無礼を働き本当に申し訳ありませんでした…」

 

「やっぱり本当に神様なんだなぁ、なんかずっと実感わかなかったけど改めて俺は凄い奴と戦って負けたんだなと思うぜ。ま、敗北を知れたのは良かったよ、感謝するぜ神さん」

 

 

深々と頭を下げるガゼフと軽口のようにも聞こえるが真摯さがこもっているブレイン。

 

 

「ああっと! 神どの申し訳ありません! 私達はこれから喧嘩の仲裁に行かなければならないのでこれでっ! ほら行くぞブリタ!」

 

「じゃーな神さん、元気でな」

 

「あぁっ! 二人共待って下さいよ~!」

 

「うわぁぁっ!」

 

 

ガゼフとブレインを追って走り出すブリタの頭から転げ落ちる名犬ポチ。

地に伏した名犬ポチはブリタの背へ手を伸ばす。

 

 

「行くなっ…! 行かないでくれブリタッ…! 頼む、俺にはお前が必要なんだぁっ…!」

 

 

泣きながらブリタの名を呼ぶがすでにその姿は無い。

あまりの悲しみにその場で泣きじゃくる名犬ポチ。

その時、横から酒が差し出された。

 

 

「やー神様! 何らつらい事れもあっらのか? こういう時は酒れも飲んれ全てを忘れるのら!」

 

 

酒を差し出してきたのは竜王国の女王、ドラウディロン。

今回の元凶である。

 

 

「な、お、お前だなっ! ちくしょう、お前何の恨みがあってゴポポポッ!」

 

「飲むのら飲むのら! さぁさ神様も飲むのら!」

 

 

そう言って完全に泥酔状態であるドラウディロンは名犬ポチに無理やり酒を飲ませる。

それを見た宰相と獣王が飛んで来る。

 

 

「な、何を為さっているのですか女王! 全くこの一週間ずっと飲みっぱなしで…! それに神に無理矢理飲ますなど…」

 

「く、くーん!」

 

 

ドラウディロンを引き剥がし押さえつける宰相。

対して獣王は酒を飲まされグロッキー状態である名犬ポチを介抱する。

 

 

「離すのら! 私は神と一緒に飲むのら!」

 

 

そう喚き散らすドラウディロンを宰相が引き摺っていく。

 

 

「う、うーん…」

 

「くーん」

 

 

そして酒を飲んでダウンした名犬ポチを獣王が休憩所へと運んでいく。

 

それを遠くで見ていたモモンガとNPC達。

 

 

「モモンガ様…、よろしいのですか…? あのような下等な者共の名犬ポチ様への態度…! とても許せるものでは…! それに名犬ポチ様を祝うにしては会場からして貧相過ぎるかと…! やはりナザリックの者達を使って…」

 

「いいんだナーベラル」

 

 

怒りを露わにするナーベラルをモモンガが諭す。

 

 

「俺がいなくて一人で外に放り出されたポチさんには色々あっただろう。詳しくは分からないが現地の人達にあれだけ慕われているんだ。これだけ多くの者が集まり、その全てがポチさんを祝いたいと言っている。事情を知らない俺達はとやかく言うべきじゃないし、何より彼等の気持ちも汲んであげるべきだろう。それに大事なのは立派かどうかとかそういう事じゃない。どれだけ気持ちがこもっているかだ」

 

 

モモンガの言葉にナーベラルが押し黙る。

ナザリックの基準で言えばこの会場や屋台で売られている物など貧相の一言に尽きるが、この世界ではこれ以上ない程に豪華で立派でもあるのだ。

モモンガの時代には無かったが昔の映像とかで見る『夏祭り』のような雰囲気である。

正直、NPCの目が無ければモモンガも喜んでこの中に飛び込んでいたに違いない。

 

 

「おぉ、流石はアァァァンンンモモンガ様! 人間共の気持ちも汲みとって差し上げるとはなんと寛大な、お、こ、こ、ろ!!!」

 

 

パンドラズ・アクターの声とリアクションに精神の鎮静化が連続で起きるモモンガ。

実は目を覚ましてから唯一の悩みがパンドラズ・アクターだった。

 

 

(くそぅ…。本当はすぐにでも宝物庫に戻したい…! でもポチさんがやたらパンドラを重要視するから…! まぁ確かに各国の支配やら何やらとかデミウルゴスとコイツぐらいしか任せられないんだけどさぁ!)

 

「いかぁが! 致しましたかモモンガ様!!!」

 

(だっさいわー! 確かにあの時はカッコイイと思って作ったんだけどさ! いや、軍服はいいよ軍服は! でもこの仕草とか口調とか…、たまに出るドイツ語とかもう最悪! これを作った頃の自分を殺してしまいたい!)

 

 

精神の鎮静化が止まらないモモンガ。

自らの黒歴史と常に向き合わねばならないのは地獄でもあった。

 

 

(ま、まさかポチさん俺を苦しめる為にやってるんじゃないよな…? やたらパンドラの事褒めるし、宝物庫に戻すのも反対するし、ドイツ語をやめさせようとすると必死で止めるし!)

 

 

妙な所で名犬ポチへの疑いが生まれ始めるモモンガ。

だが根本の原因はこれを作った自分なので仕方なく諦める。

 

 

「ま、まぁそう言う事だから祭りの間は現地の人たちの事も大目に見てやってくれ。こういうのは無礼講だからな」

 

「無礼講…、地位や身分の上下を取り払い楽しむという趣旨の言葉ですね…? なるほど、こういう場を設ける事で普段は言えないような不満や悩みを聞き出し、支配のさらなる向上を目指す、ということですか。なるほど、愚かな人間ならばその真意に気付かずに色々と口を割るかもしれませんね」

 

「あ、うん…」

 

 

勝手にしゃべり出し勝手に納得しているデミウルゴスに相槌を打つしかできないモモンガ。

何しても最終的に流石とか言い出すので名犬ポチ同様、モモンガも困っている。

まぁ任せておけば何でも上手くやってくれるので便利ではあるのだが。

 

 

「ま、まぁそう言う事だ。今夜はポチさんと現地の者達の祝いの席であるから我々は出しゃばらないようにすること。多少の事も目は瞑ってやれ」

 

「「「はっ!」」」

 

 

周囲にいた守護者やプレアデスがモモンガの発言に跪き返事をする。

 

 

(疲れるなぁ…、ちょっとポチさんが羨ましい…)

 

 

そう思いながらナザリックへ帰ろうとするとある者達がモモンガへ声をかける。

 

 

「失礼します、貴方様が死の王、モモンガ様でしょうか?」

 

「そうだが…、お前達は?」

 

「これは申し遅れました。私、現在スレイン法国の長を務めさせて頂いておりますニグンと申します、こちらは神直属の部隊『純白』のリーダーであるクアイエッセです」

 

「クアイエッセです、お見知りおきを」

 

 

高価そうな純白の衣装に身を包んだニグンとクアイエッセ、彼等の後ろには同様の衣装に身を包んだ百人程の人間達もいた。

モモンガも彼等の事は聞いている。

 

 

「これはご丁寧に。で、私に何の用事が?」

 

「はい。今夜は神にお目通り願える機会だと聞き及び馳せ参じました。そして叶うならば我々で神の為に祈りを捧げたく思うのですがよろしいでしょうか? 神より貴方がこのナザリックの全権を担っていると聞いておりますので確認をと思い声をかけさせて頂きました」

 

「祈り? あぁ、宗教国家だったか。うむ、好きにしたまえ、きっとポチさんも喜ぶだろう」

 

「おぉ! ありがとうございます!」

 

 

モモンガの言葉にニグンとクアイエッセ、そして後ろの者達の顔に歓喜の色が浮かぶ。

 

 

「では私はこれで。これからもポチさんの為に頼むぞ」

 

「ははぁ! お任せ下さい死の王よ! 我々は神の為に存在し、神にその全てを捧げる事をここに誓います!」

 

 

ニグンの返事を聞き終えモモンガはその場を後にする。

 

 

(よく分からないけど凄く慕われてるなぁポチさんは…。俺もあのくらい慕われてみたいなぁ…。NPC達の忠誠は嬉しいけどちょっと違うし…。0からあそこまで出来るなんてやっぱりポチさんは凄いな…)

 

 

フフフと笑うモモンガ。

名犬ポチも楽しんでいるようだし、内緒でサプライズを仕掛けた甲斐はあったなと思う。

仲間の苦悩など知らず、死の王はナザリックへと帰還する。

 

 

 

 

 

 

祭り会場の休憩所として簡易的に建てられた建物の一つ、そこに名犬ポチは運ばれ介抱されていた。

 

 

「くーん」

 

 

何やらうなされる名犬ポチに付きっ切りで頭にタオルを乗せたり水を飲ませたりしている獣王。

しばらくして、目が覚めたのか名犬ポチがムクリと起き上がる。

 

 

「くーん!」

 

 

だが未だ完全に酔っぱらっている名犬ポチは獣王を見るや否や口説きにかかる。

 

 

「んあぁ…? ひっく。お、なんだめちゃくちゃいい女じゃねぇか…! いいからちょっとこっち来いよ…!」

 

「く、くーん!?」

 

 

驚く獣王を抱き寄せ、迫る名犬ポチ。

ただ酔っぱらっていて相手を認識出来ないだけであり特に深い意味は無い。

 

 

「くーん!」

 

 

それが酔っての事だと理解している獣王は必至に抗おうとする。

何より、いい女とか言っているが獣王は男である。

 

 

「何恥ずかしがってんだよ…、ちょっとぐらいいだろ…?」

 

「くーん!!!」

 

 

獣王を羽交い絞めにし体を舐めまわす名犬ポチ。

再度言っておくが酔っぱらっているだけである。

 

羞恥心で満たされる獣王だが主が望むのなら仕方ないと身を任せようとした時。

何者かがこの休憩所へと入室してきた。

 

 

「神ィィィイイ!!!」

 

「ひぃぃぃっ!」

 

 

ニグンとクアイエッセ、その他大勢だった。

それを見た瞬間、名犬ポチの酔いが一瞬にして覚める。

そして自分が獣王を羽交い絞めにしている事にも気づき、驚き飛び退く。

獣王が少し頬を染めているような気がするが気のせいだろう。

 

 

「ニ、ニグン!? お、お前なんでここに!?」

 

「貴方様を祝う祭りごとです! 我々が来ないなどありえません! あぁ神よ! この日をどれだけ待ち望んだことか…! 私は法国を正し、導きました…! それも全て貴方の為です!」

 

「ま、待て…! 来るなニグン…! 頼むから…!」

 

 

名犬ポチへ迫るニグン達。

腰を抜かした名犬ポチは必死で後ずさりしていく。

 

 

「どうか我らの信仰を…、全てをお受け取り下さい…!」

 

「い、祈り…!? な、何を言ってる…! そ、それよりも何で徐々に服を脱いでいくんだ…! や、やめろ…、やめて下さい…、お願いだから!」

 

 

だが名犬ポチの言葉は通じない。

ニグン達はゆっくりとだが確実に服を脱ぎはだけ、徐々に名犬ポチへと近づいて行く。

だがこの中で唯一、服を脱がずに震えている男を発見する。

クアイエッセであった。

 

 

「ク、クアイエッセ! ニ、ニグン達がおかしいんだ止めてくれ! お前だけが頼りなんだ!」

 

「た、頼り…? こ、この私が…!?」

 

 

今の名犬ポチにとって希望の星クアイエッセ。

だがそれは星は星でも死兆星であった。

 

 

「あ…あぁ…神よ…! どうか私をこれ以上惑わせないで下さい…! わ、私はここに…! 貴方の前にいるというだけで…こんなにも…! あふぅ…! じ、自分を抑えるのに必死だというのに…! そ、そのような言葉をかけられては…!」

 

「ク、クアイエッセ…? ど、どうしたんだ…?」

 

 

クアイエッセのただならぬ気配に寒気を覚える名犬ポチ。

 

 

「わ、私は、私はもううわぁぁぁぁっぁああぁぁっ!!!」

 

 

叫びとともに派手に体を逸らすクアイエッセ。

急激に逸らした為か、あるいは力が入り筋肉が膨張した為なのか分からないが一気にクアイエッセの着ている服が勢いよく弾け、破れ散る。

あっという間に裸体をさらけ出したクアイエッセに名犬ポチは心の底から震えあがる。

そう、名犬ポチは忘れてはいけない。

卑猥なる者クアイエッセ、その卑猥さにかけてはあのニグンさえ凌ぐのだという事を。

 

 

「ウェヒヒヒッ! 神よぉ! 神よぉぉおおお! どれだけこの日を待ちわびた事かぁあぁぁ!」

 

 

裸体で四つん這いになった化け物が高速で名犬ポチの元まで迫る。

 

 

「ぎゃあぁあぁあぁっ!」

 

「ク、クアイエッセ殿っ!? な、なんということだっ! み、皆すぐにっ!」

 

 

流石のニグンもクアイエッセの様子に慌てたのか純白の面々に声を飛ばす。

それを見た名犬ポチが助かった、そう思ったが。

 

 

()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

「「「おおおぉぉっ!!!」」」

 

「な、何をニグンッ!? やめっ、助けうわぁぁぁぁあぁっ!」

 

 

全員が宙に衣服を投げ出し、颯爽と名犬ポチ目掛けて飛び込む。

ニグンもクアイエッセも純白の面々も誰もが入り乱れ、ヌメり、混ざり合っていく。

 

 

「た、頼む…! や、やめてホントに無理…! 俺今、力失ってて物理的にも無理だからぁ! ひぎぃ! た、助けあばばばばば!!!」

 

「聞いております神ィィ! 我々人類、いやこの世界の生きとし生ける者の為に自らの力を投げ打ってこの世界を救われたとぉぉ! なんという自己犠牲! なんたる愛! 世界はこんなにも光に包まれている! 全て貴方様の救いによるもの! あぁ、これこそが真なる救済…! 私は! いえ、私達の信仰は! 今ここに! 完成致しましたぁぁぁ!」

 

「お、落ち着けニグンっ! お、溺れるッ! な、なんでか溺れるッ! ゴポポポ! な、なんだこれ!? 誰か助けゴポポポ!」

 

「なんと偉大で崇高なる御姿…! この毛並み、柔らかさ…! まるでこの体が貴方様の人類への愛を物語っているよう…! あぁ神よ! 私は私はなんという幸せ者! 貴方様の愛に触れ、慈悲を賜り、その全てを享受しているのですからっ! このクアイエッセ! 生涯に一片の悔いなし! ウェヒヒヒーー!」

 

「や、やめろどこ触ってんだ! ひ、卑猥…! なんたる卑猥! あびゃあぁぁあぁあ!!!」

 

「さぁ純白達よ! いや、信仰に全てを捧げし心の巡礼者達よ! 我々は今、神と一体となっている! 神の意識に触れ、その高みへと昇っている! さぁ問おう! 神は! 神とはこの世の何よりも!」

 

「「「尊い! 尊い!」」」

 

「然ぁぁり! 然りだぁぁ! ならば神に最も近づいている我々は! 我らの心の在り様は!?」

 

「「「絶頂! 絶頂!」」」

 

「んんんんんあぁぁぁあ然ぁぁぁりぃぃぃ! だがもっとだ! もっと神と共に高みへと昇るのだ!」

 

「ニ、ニグン殿…! わ、私は恐ろしい…! こ、これ以上は…」

 

「ど、どうされたというのだクアイエッセ殿!」

 

「これ以上の高みなど知ってしまったら私はもう…! もう私はうわぁぁぁ!!」

 

「恐れるなクアイエッセ殿!」

 

「ニ、ニグン殿…?」

 

「神を信じ、神に全てを委ねるのだ…! 絶頂を恐れてはならん…! 高みに果てなどないのだから…! 我々は神と共に高みに昇り続ける者…! どこまでも神を信仰し、神に準じる敬虔なる信者…! 我々が後の者達に道を示すのだ…! 真なる信仰、そして魂の救済…! この世の全てがここにある!」

 

「おぉぉ…! わ、私としたことがあまりの神の尊さに目が曇っておりました! もう迷いません! 私はどこまでも神と共に! 神と共に高みへ昇り続けます!」

 

「その意気だクアイエッセ殿! さぁ神ィ! 我々の欠片の濁りも汚れも無い真っ新な信仰を! 祈りをお受け取り下さいーっ!」

 

「だ、だれ…か、…たす…け…」

 

「神よご安心下さいぃぃぃ! 今日は朝まで祈り続けますぞ!」

 

「なっ…!!??」

 

 

ニグン達に揉みくちゃにされ上も下も右も左も何も分からなくなった名犬ポチは心の中で叫んだ。

 

 

(あ、朝までだと…!? こ、こんな地獄が朝までだと! い、嫌だ! 助けて…、助けてくれモモンガさん! モモンガさぁぁあぁあんん!!!)

 

 

助けは来ず、地獄絵図の狂乱は朝まで続いた。

一つだけ心に留めておかなければいけない事がある。

 

他者をペロっていいのはペロられる覚悟のある者だけなのだと。

 

その覚悟が無い者がどのような末路を辿るかなど説明するまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「名犬ポチ様、遅いですね…。いつ頃お戻りになられるんでしょうか?」

 

 

ナザリックの玉座の間でセバスがモモンガへ訊ねる。

 

 

(確かにもう日付は変わったなぁ。でも祭りとか祝い事とかって二次会とか三次会とかあったりするし今回もそんな感じなんだろう。変に様子を見に行って水を差しても悪いしな…)

 

 

そう判断したモモンガはセバスへと告げる。

 

 

「確かに遅いが気にしなくて良い…。こういう時は帰りが遅くなるものなのだ…。そして遅ければ遅いだけ上手くいっているということでもある…」

 

「なるほど、そうでしたか…。知らずに口を出してしまい申し訳ありません」

 

 

深々と頭を下げるセバスを見ながらモモンガは名犬ポチの事を考えていた。

 

 

(でもこれだけ遅いってことはポチさんも凄い楽しんでいるんだろうな…。現地の者達の提案に乗ってポチさんをサプライズで招待したのはやはり正解だったな…)

 

 

仲間が楽しんでいる事を想像して死の王はにこやかに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

早朝、まだ陽の光もかろうじて差していない早い時間。

 

夜中から会場内でずっと名犬ポチを探している者がいた。

 

 

「もー! 神様どこにもいないなー! ナザリックに顔出してもまだ戻って来てないって言うし…! お祭り騒ぎで各国が手薄になってるからって仕事入り過ぎだよー! あー! 私もお祭りで騒ぎたかったなー! ってか神様ホントどこいったんだろ…」

 

 

誰もが酔いつぶれ、静かになった会場を練り歩きながらクレマンティーヌが呟いていた。

 

 

「そういえば休憩所はまだ見てなかったな…。でも休憩所に行くくらいならナザリック戻るよねー、とはいえ他に見てない所ないし…。もしかしたら知ってる人いるかもしれないし行ってみるかー」

 

 

そうして休憩所の扉を開けるクレマンティーヌ。

その瞬間、中から熱気ともなんとも言えぬおぞましい臭気が漂ってくる。

 

 

「う…! な、なにこれ…! 一体ここで何が…? あ…! か、神様!?」

 

 

休憩所で倒れている無数の男達の中心で粘液に塗れた子犬が転がっていた。

それを見るなりクレマンティーヌが走り寄り抱きかかえる。

 

 

「か、神様!? ひ、酷い…! 神様なんでこんな事に…!」

 

 

生きているのが不思議という程に衰弱した名犬ポチが薄っすらと目を開ける。

その瞳は濁り切っており、この世全てに絶望した色を浮かべていた。

腕を動かそうとするも満足に動かない。

脈拍は弱く、もはや虫の息だ。

かろうじて名犬ポチの口が動く。

 

 

「…クレ…マ…ン…ティーヌか……」

 

「か、神様っ! ど、どうしてこんなことにっ!?」

 

 

まるで死期を悟った老人のように名犬ポチはクレマンティーヌへ語り掛ける。

 

 

「俺は…、もう、ダメだ…。だから…あの人に…、モモンガさんに…、伝えてくれ…。あんたと過ごした時間、最高だったぜ…、てな…」

 

 

そう言い残すとガクリと名犬ポチの首の力が抜けた。

 

 

「い、嫌…! 神様死んじゃやだーっ!」

 

 

クレマンティーヌの悲痛な叫びが周囲に木霊する。

だがその願いは届かず、名犬ポチが動く事は無かった。

 

 

名犬ポチ、ここに死す(精神的に)

 

 

 

 

 

 

名犬ポチは三日もの間眠り続け、四日目にしてやっと目を覚ました。

だが目覚めた彼は祭りの時の事を一切覚えていなかった。

心理学的にも人はあまりにつらい記憶があると意図的に忘却すると言われている。

果たして名犬ポチがそうなのかどうかは本人にしかわかるまい。

 

 

「起きましたかポチさん」

 

「んんん…? モモンガさんか、あれここは?」

 

「ポチさんの部屋ですよ。全く、祭りだからってハメを外し過ぎたんじゃないですか?」

 

「え? 祭り?」

 

「ええ、覚えてないんですか? 全くもう。どうせお酒でも読みすぎたんでしょ。あんまりぐっすり寝てるからそっとしておこうって決めたんですけどずっと起きないからビックリしましたよ。今日起きなかったら回復魔法使おうと思ってました」

 

 

そして名犬ポチは祭りの事をモモンガから詳しく聞いた。

名犬ポチの為の記念日であること、現地の者達が沢山集まったこと、それを全てサプライズで準備したことなど。

 

 

「そっか、俺の為にそこまでしてくれたのか…。覚えてないのは申し訳ないけど…、でもここまでぶっ倒れるくらいに騒いだってことはきっと楽しんでたってことなんだろうなー。ありがとなモモンガさん」

 

「いえいえ、お礼なら現地の人達に言ってあげて下さい」

 

 

そう言ってモモンガは名犬ポチの部屋を出ていく。

一人残った名犬ポチは天井を見ながら思う。

 

 

「ふん、祭りか…。普段ならくだらねぇと断じるところだが…、モモンガさんの言う通りそんなに楽しんだってことは俺にもまだ人間の残滓ってやつが残ってたってことか…? フフ、我ながら情けねぇ話だ…」

 

 

そう言いながらも名犬ポチの顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「ま、一年に一回しかねぇんだし楽しめるならその記念日ってやつを認めてやってもいいか…」

 

 

後にあの記念日の祭りが神に大好評だったという報が流れ、毎年恒例の行事として定着することになる。

そしてこれから毎年、地獄が訪れることになることを名犬ポチはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

ある夜。

 

ナザリック地下大墳墓の地上の大霊廟の上。

モモンガと名犬ポチの二人はそこで夜空を見上げていた。

 

 

「綺麗ですねポチさん」

 

「ああ、そうだな」

 

 

この一年色々と慌ただしい事が多く、二人だけでゆっくりと過ごすことは多くなかった。

久々に時間を持て余した彼等は二人で夜空を眺める事にしたのだ。

改めて見る景色の美しさに二人は心を奪われていた。

 

月や星から降り注ぐ白く青い光が、大地から宵闇を追い払っている。

草原が風で揺れるたびに、まるで世界が輝いているようだった。

天空には無数の星々と月を思わせる大きな惑星が輝く。

 

 

「本当に素晴らしいです、いやそんな陳腐な言葉じゃ決して収まりませんね。ブルー・プラネットさんがこの光景を見たら何て言ったでしょう…」

 

 

大気汚染も水質汚染も土壌汚染も進んでおらず自然に溢れているこの世界を見たら。

沢山の話をしたかつてのギルドメンバーを思い出し、胸を熱くするモモンガ。

他にも沢山の仲間がいた。

ユグドラシル時代の全てを思い出し、記憶に想いを馳せる。

ずっと一人でユグドラシルにログインし、ただひたすら拠点維持の為に金貨を稼いでいた空虚な時間さえも。

 

 

「どうした、モモンガさん」

 

 

飛んでいたモモンガの意識がその言葉で呼び戻される。

横を見るとそこにはギルドメンバーの一人である子犬がちょこんと座っている。

そう、モモンガはもう一人じゃない。

 

 

「なんだよ急にボーッとして。部屋帰るか?」

 

「いえ、なんでもないです、大丈夫です」

 

 

アンデッドでなければ泣いていたかもしれない。

一人じゃないというだけでこんなに温かい気持ちになれるなんて思っていなかった。

仲間が横にいるということがどれだけ嬉しい事なのかも。

だからこそもう一度夢を見てしまうのだ。

 

 

「ねぇポチさん、この世界はどうでしたか? 色々な場所を見て、楽しかったですか…?」

 

「ん? あぁ楽しかったぜ! その代わりヤバイ奴等とも会うことになっちまったけどな」

 

 

そう、名犬ポチにとっては最高の場所だった。

思う存分、悪意をバラ撒き、世界を恐怖のズンドコに叩き落したのだから。

 

 

「そうですか…」

 

 

だがそれを聞いたモモンガは寂しそうに答えた。

 

 

「モモンガさん…?」

 

「いえ、寝ていた俺が悪いんですが…、その、羨ましいなって…。正直言うと…、俺もポチさんと一緒に世界を見て周りたかったです…。支配した国としてじゃなく、ただ未知を楽しむように何も知らないまま俺もこの世界を楽しみたかった…」

 

 

泣きそうにモモンガが呟く。

 

もう一人ではなく、横には仲間がいる。

だが、だからこそ人は願い、焦がれてしまう。

可能ならばユグドラシル時代のように、この世界を仲間と一緒に周りたかったと思うモモンガ。

でもそれはもう出来ない。

未知なる世界はもうすでに既知となってしまっているのだから。

知らぬ間に掌から零れ落ちた雫を惜しむようにせつなさが胸を締め付ける。

 

 

「何言ってんだモモンガさん」

 

「え…?」

 

 

名犬ポチがモモンガの前に立ち、その小さな体で腕を広げる。

 

 

「人間種が支配している地なんてこの世界の一部に過ぎないんだぜ、周囲には亜人種や異形種が支配する広大な世界が広がっているんだ。俺が支配した場所なんてまだほんの一握りさ」

 

「ポチさん…」

 

「休んでる暇なんかねーぞ、文字通りこの世界を支配するんだからよ。アインズ・ウール・ゴウンの名を世界に知らしめるんだ…!」

 

 

名犬ポチが力強く宣言する。

その言葉がモモンガの琴線に触れた。

 

 

「何面食らったような顔してんだよ。知ってるだろ?『世界の可能性はそんなに小さくない』」

 

 

それはユグドラシル時代に運営がプレイヤーに言い放った迷言だった。

だが今ほどそれを願った時があっただろうか。

確かに世界は未知で溢れている。

この世界の多くを知ってしまったなどというのは傲慢に過ぎないだろう。

まだまだ知らない事が、予想出来ない事がこの世界に溢れているのだから。

 

 

「邪悪が数多くいるなら全てを塗りつぶす、俺達こそが悪の華だと。生きとし生ける者全ての者に思い知らせるんだ。より強き者がこの世界にいるなら俺がこの手で引き摺り下ろす。数多くの部下を持つ強者がいるならモモンガさんが頑張る。今から動くんだ、将来来るべき時の為に。アインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大だと知らしめる為にだ!」

 

 

その名を広め、この世界の全ての耳に入れさせる。

もしかしたらかつての他の仲間達もこの世界に来ている可能性がある。

だからこそアインズ・ウール・ゴウンという名を伝説の域、知らない者が誰一人としていない程の領域まで上らせる。

地上に、天空に、海に。

もしかしたらいるかもしれないメンバーの元までその名が届くように。

 

 

「モモンガさん、世界は広いんだ。きっと時間がかかるぞ」

 

「ふふ、お互い異形種で良かったですね」

 

 

いつしか夜が明け、朝日が暗闇を裂き二人を照らす。

新しい門出を祝うように。

古き過去に別れを告げるように。

 

 

「でもとりあえずレベル上げなきゃですねポチさん」

 

「今は言わないでくれよ、泣きそう…」

 

 

朝日により世界が真っ新に照らされる。

ため息が漏れる程の景色が二人の視界を満たす。

 

 

「行きましょうかポチさん」

 

「ああ。くっくっく、支配してやるぞ取るに足らぬ下等生物共よ…! 安寧の時は終わりと知れ…! これからお前達に残されているのは恐怖と絶望の日々なのだから…!」

 

「ロールプレイも大変ですね」

 

「なんだよ、いいトコなんだから水差すなよ」

 

 

世界はきっと絶望の底に叩き落されるだろう。

誰よりも邪悪なる存在が世界を悪意で満たすとここに宣言したようなものなのだから。

邪悪なる存在に世界が陥れられるまでどれ程の時間がかかるか分からない。

下等生物達はその時が来るまで震えて眠る事になるだろう。

 

 

だが名犬ポチの物語はここで終わりだ。

続きは無く、ここがその終着点。

 

 

 

なぜならここからは二人の、いや。

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウンの物語だからだ。

 

 

 

 

     -終わり-




嘘予告『新章・世界編突入!』ついにナザリックの魔の手が世界へと伸びる!逃げ惑う亜人種!蹂躙される異形種達!彼等に平穏は訪れるのか!?世界は本当にもう終わってしまうのか!?行け名犬ポチ!世界を悪意で染め上げろ!


やっと終わりました。
当初の予定ではここまで長く続く予定ではありませんでした。
気付けばいつの間にかこんな話数にまで…。
最後まで見て頂いた方は本当にありがとうございます。

数多くの感想を頂けたおかげでここまで続けられたと思います、マジで。
本当にありがとうございました。


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