オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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やあ (´・ω・`)
ようこそ、エピローグ:中編へ。
前回の予告とは違うが、まず落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ、済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このサブタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「あきれ」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、この中編を書いたんだ。

どうかよろしくお願いします。


エピローグ:中編

アーグランド評議国。

 

 

「もうここも完全に復興したようじゃの。まさかあの状態から一年足らずで元通りになるとはの」

 

「元通りどころかナザリックの助力があったから以前よりも発展してきているよ。やれやれ、もう神には足を向けて眠れないね」

 

 

白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)の二つ名を持つ真なる竜王であるツアーと会話をしているのは元十三英雄の一人、死者使いのリグリット。

 

 

「しかし意外じゃ、お主がここまで譲るとはの。ナザリックの徴収に応じ、世界盟約まで破棄したと聞いたぞ」

 

「ナザリックの徴収なんて微々たるものだよ。利益のたった1割程を支払うだけさ。それだけで復興の為のあらゆるバックアップ、さらには各国を繋ぐ交通網のインフラの整備等。地下と空でそれぞれ物資の輸送を行っている。全く、以前じゃ考えられないね。あれだけ大規模に世界単位で展開するんだから維持費は凄い物になると思うよ。各国に1割の請求をするのは当然とも言えるね。まぁ1割で全てを賄えているとは思わないし、実際余裕のある人からは善意の寄付を受け付けていると聞いてる」

 

「しかし以前、評議国を攻めてきたアンデッド達はナザリックの者達だったんじゃろ? よく国の為とは言え、お主も呑んだものよの」

 

「使者と共に再びあのアンデッドが来た時は驚いたよ。使者の方も同格の強さを持っていたしね。聞いた話じゃ神の元にはあのクラスの者が複数いるんだろ? しかも肝心の神は彼等を容易くねじ伏せられるときた。もうナザリックと戦うなんて考えられないよ。世界が滅ぼされるだけさ」

 

「なるほど、流石のお主も折れるしかなかったということか」

 

「それは少し違うね、君だって分かっているだろう? 神と呼ばれている存在はこの世界に害をなす為に来たわけじゃない。むしろこの世界を救おうとしているとさえ思える。神の登場と共に世界の価値観も一変した。今みたいに人間達と亜人達が手を取り合って生きるようになれるなんてとてもじゃないが信じられなかったよ」

 

「確かにな…。わしだって今だに夢を見ているようじゃ」

 

「ははは、本当に同感だよ。それに今思えば、あれはきっと神が世界を品定めする為のものだったのだろう。世界を滅ぼしかけるなんて我々から見れば無茶そのものだけど神からすれば違ったのだろう。その証拠に各国の腐った貴族達や王族は蘇生を許されなかったとか?」

 

「うむ…。わしの聞いた限りじゃが王国では国を腐敗させていたと見られる貴族や王族は蘇生されたのが確認できていない。八本指等も同様じゃな」

 

「凄いね。かなり荒療治だったと思うけど結果的に世界を救ってくれたんだ、文句なんて言えるはずがないよ。それにあの世界を覆い全てを救う優しき大魔法、あれを経験してしまったらもう何も言えないさ」

 

「おや、ツアーらしからぬ発言じゃな。お主は神など信じていなかったと思ったが」

 

「そうさ、神なんて信じていない。でも、今回だけは信じてもいい。神をどういう存在かと定義するには様々な意見もあるだろうし纏まらないだろう。皆の多くが認識するような世界を創造するような神とは違うと思う」

 

 

一呼吸入れてツアーが続ける。

 

 

「でも、人知の及ばぬ力を持っていてこの世界を良い方へ導こうとしているのは確かだ。私も全てを見たわけではないけど、どの国も以前とは見違えていたよ。餓えて死ぬ者なんてもうどこにもいないし、病気だってもはや脅威ではない。仕事だって皆が楽しそうにやっているし、何より誰もが生き生きとしている。国だって監視下に置くことであらゆる不正や腐敗を防いでいる。弱き者が奪われ、迫害される時代は終わったんだ。神の名の元にあらゆる悪意は淘汰される。有史以来、誰も為しえなかった事をやったんだ。それだけで神と崇めるには十分だよ」

 

「お主はもう世界の為には動かんのか?」

 

「やめてくれよ、あれを見せられた後じゃ自分の行動がまるでおままごとみたいに思えてくる。もう世界の平和はナザリックに任せるさ。よほどの事が無い限り私が動くことなんて二度とないだろう。これからは気楽にやらせてもらうさ」

 

 

自嘲気味に笑うツアー。

リグリットも同様に笑っている。

 

 

「なるほどのぉ…。では法国の例の嬢ちゃんの事も静観するのか?」

 

「世界盟約は破棄したし、今更何かを言える訳でもない。それに神が害悪と判断していないならもう何もしないさ。私よりもよっぽど世界の為を想っているし理解しているだろう。もう私の出る幕は無いよ」

 

「ふぁっふぁっふぁ! 本当に信じられんよ! あのツアーがここまで丸くなるとは!」

 

「何を言ってるんだ、元から私は丸いさ」

 

「世界に仇なす者をことごとく滅ぼしてきておいてよう言うわい!」

 

 

ケラケラと老婆の笑いが響く。

ツアーもやれやれと言った表情でそれを眺めている。

 

評議国は以前よりも発展し、他国との交流も積極的に行うようになった。

もう種族の違いでの差別や迫害などどこにも存在しない。

偉大なる神があらゆる種族を配下に持ち、また何の区別もせずに扱っていた為だろう。

こんな世界が見れるようになるなんてツアーは想像もしていなかった。

 

 

「悪い様にはならない、か…」

 

 

かつて神の大魔法を見た時に口にした事を思う。

各国を渡り歩かせている自分の鎧から見る世界を眺めているツアー。

 

 

「あれは間違っていたな…。だって…世界はこんなにも…」

 

 

彼はその様子を見て、ただ朗らかに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

スレイン法国。

 

国家最奥の大聖堂で犬の像に祈る一人の男がいた。

 

 

()()()()()!」

 

 

後ろから呼ばれた声に応じ、祈りを捧げていた男が振り返る。

 

 

「どうした? 祈りの時間は邪魔するなと言っていただろう?」

 

「も、申し訳ありません! し、しかしまた番外席次が国を抜け出しまして…」

 

 

部下からの報告に呆れたようにニグンが天を仰ぐ。

 

 

「で、どこに行ったのだ? いや聞くまでもないだろうが…」

 

「は、はい。恐らくはナザリックかと…」

 

 

やはり、と口にして深いため息を吐くニグン。

 

 

「すぐに漆黒聖典の隊長を向かわせろ、あとソリュシャン殿に連絡を入れてナザリック訪問の許可を取っておくことを忘れるな」

 

「はっ! た、ただちに!」

 

 

そう返事をして走っていく男をニグンが見送る。

この調子ではまだ神への謁見は叶わないだろうなとため息を漏らす。

 

ニグンが法国の全権を握ると共に以前の組織形態を撤廃。

魔力の強さ等は関係なく、その信仰や行いで選ばれた者達が国を運営する役職に就くようになった。

それと共に役職の名にも変化があり、現在のニグンが就いている役職もそうだ。

人々の精神的指導者であり、教えを広める者として『教皇』という名前を使用する様になった。

 

 

「偉大なる御力を世界に示されてもまだ世の中には神への信仰に全てを捧げない愚か者ばかり…。神よ、待っていて下さい…。必ず私がこの世界を厚い信仰で包んでみせましょう…」

 

 

すでに法国は各国に教会を建てている。

神への敬虔な信者はそこへ集まり祈りを捧げる。

生活の何もかもを神へ捧げた者達のみが集う聖地であり、桃源郷。

何せ法国の神官と共に、神のシモベたる犬達がその経営を担っているのだ。

犬好き…、いや神への信仰に厚き者達の楽園なのだ。

その証拠に年々信者を増やしているらしい。

 

肝心の神はそんなこと望んではいないだろうが。

 

 

「あぁ、神よ待っていて下さい…! 必ず私が世界を信仰で包んで見せます…! ですから…! ですからその時こそ、再び私にその御姿を…! ご寵愛を…!」

 

 

神からの慈悲を受け取る事を想像し、耐えられなくなったニグンは自らの身体を抱きしめる。

神の事を想像するだけで体の火照りが止まらないのだ。

 

やがて、神の事を夢想し続けながらニグンは果てた。

 

 

蛇足であるが、神への祈りを捧げる場合に体に纏う物は全て脱ぎさるのが教えだ。

神の前で何も包み隠さず、また自分の全てを神に捧げるという証として。

果たしてニグンの信仰が世界中を覆う時が来るのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、第6階層ジャングル。

 

今日も円形劇場(アンフイテアトルム)にて突然の訪問者がマーレへと迫っていた。

 

 

「そ、そんなこと言われても、こ、困ります…! か、帰って下さい…!」

 

「貴方はこの私に勝利した! だから私と子供を作って欲しいと言っているだけだ! 何が問題!? 心配するな、孕み苦労するのは私だから! 貴方はただ私にその欲望を全てぶつければいい…! 私とて初めて、そう緊張しなくていい!」

 

「わ、ちょっと! やめて下さいってば!」

 

 

そう言いながらマーレに纏わりついていたのは漆黒聖典の番外席次。

評議国との世界盟約が白紙になったと知るや否や、法国を出ては世界中を飛び回っていた。

だが世界中を旅しても結局、己が望んだ強者には出会えなかった。

しかしある時ナザリックを訪問した時にその相手を見つけてしまったのだ。

神に会うと言い張る彼女を止めるためにマーレが立ちふさがりボコボコにしたのだ。

それからはターゲットがマーレとなり、隙を見て法国を抜け出しては口説きに通っている。

 

 

「怖いのは最初だけ…! 大丈夫、目を閉じていればすぐに終わる…!」

 

「や、やめて下さい! パンツを脱がさないでっ!」

 

「コラー!」

 

 

マーレの恥部に手を伸ばしていた番外席次の頭を何者かがドツく。

 

 

「ぐ、ぐわっ! だ、誰!?」

 

 

痛みに振り返るとそこにいたのはマーレとそっくりの顔があった。

姉のアウラである。

 

 

「ちっ、今日も小言を言いに来たのか姑め…」

 

「誰が姑だ! 私はマーレの姉だ! いい加減マーレから離れなさいよ!」

 

 

そしてアウラが番外席次をマーレから引き剥がす。

 

 

「うぅ…、ありがとうお姉ちゃん…!」

 

 

諦められないのか、半泣きになっていたマーレへ番外席次が問う。

 

 

「なぜ私と子を成してくれないの!? 男性は皆、あの行為が好きなのでしょう!?」

 

「えぇっ!? い、いや、ぼ、僕にはその…、モ、モモンガ様っていう御方が…」

 

 

マーレの言葉に衝撃に打ちのめされる番外席次。

 

 

「な、なんてこと…! ま、まさかすでにお相手が…! わかったわ、私が話を付けてきます。その御方に会わせて下さい」

 

「そ、そんな、困ります!」

 

「番外席次殿っ!!!」

 

 

突如、声を張り上げて現れた金髪の男。

 

 

「クアイエッセさん!」

 

「この度は申し訳ありません、すぐに連れて帰りますので…」

 

 

救いの手が伸びたことでマーレの瞳に輝きが戻る。

クアイエッセは現れるなり番外席次を窘める。

 

 

「何よ、あんたなんかすぐに返り討ちに…」

 

「番外席次殿、無理矢理しても嫌われるだけです。それに度が過ぎるとナザリックに出禁になりますよ?」

 

「で、出禁…!? そ、それは困る…」

 

「そうでしょう? こういう事はちゃんと順序立てて進めなければいけません。訪問もキチンと許可を取ってからにして下さい」

 

「む、むぅ…」

 

「ちゃんと相手を思いやらなければいけませんよ。まずはお手紙から初めてはどうでしょうか?」

 

「て、手紙…」

 

 

クアイエッセの言葉に考え込む番外席次。

次にマーレへと向き直る。

 

 

「ね、ねぇ、マーレ殿、お手紙送ってもいい? 友達から始めましょう」

 

「? 友達から? て、手紙くらいなら別にいいですけど…」

 

「本当!? 分かった、帰ったらすぐに書くから!」

 

 

クアイエッセに引きずられたまま番外席次がそう言い残していく。

番外席次を見送るマーレにアウラが声をかける。

 

 

「マーレ、友達からって意味分かってる?」

 

「??? 別に友達くらいならいいんじゃないの、お姉ちゃん」

 

「全く…。その気がないならそういうのも断っておくべきだと思うけど…、まぁいいか。あの調子じゃすぐにはそういう事はしてこないでしょ」

 

 

だがアウラの予想に反して番外席次から送られてくる手紙にはいつ子供を作るのかとか、自分はいつが危険日だとかそういう内容ばかりだったとかそうでないとか…。

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ民主国家。

 

貴族や王制を完全に撤廃し、国民からの投票で選ばれる国家元首として大統領制を導入した。

国民から圧倒的な支持を受け、またナザリックとの協定を結び、民を導いたのはラナー元王女。

国家としての急激な変化にも関わらず大きな混乱もなく事が運んだのは彼女のおかげであろう。

 

元王城にして現大統領官邸の一室。

 

 

「ラナー様」

 

 

沢山の書類に囲まれた女性へ一人の男が声をかける。

 

 

「様付けはやめてって言ったでしょうクライム。私はもう王女じゃないのよ」

 

「あ、す、すいません、つい…。それでですねラナー大統領、元貴族達の領地についてですが…」

 

 

ラナーの日常は忙しくなった。

やることがあまりに多く、また民からの期待に答えなければならない。

だがそれでも以前より彼女にとっては今の生活は魅力的だった。

 

何より大事なクライムは今も秘書としてずっと側にいてくれる。

それに一番大事なのは身分の差が無くなったことだ。

クライム自身はまだ以前の感覚を引き摺っているが全て過去の産物に過ぎない。

もはや二人を分かつ絶対的な身分という壁は存在しないのだ。

まさにラナーにとっては希望に満ち溢れた世界。

 

きっと時間はかかるだろう。

だがそれでも堂々とクライムと愛を語り合える時が来るかもしれない。

王族のままではいかに上手く立ち回り飼いならすかという手間があったがそれももうない。

政略結婚も存在しないし、誰もラナーの恋路に文句を言う者もいない。

 

帝国に滅ぼされていればどうなっていただろうか。

あの皇帝が自分を手籠めにすることはないだろうが面倒な事になったのは間違いない。

そうでなくてもいつか国が崩壊する可能性もあった。

国に一切の興味も思い入れも無いラナーにとっては全てが厄介事だった。

だがナザリックのおかげで全てが変わった。

 

こんなにも堂々と生きることが出来るようになるとは。

 

 

「ラナー大統領! ちゃんと聞いていますか!?」

 

 

微笑みを浮かべるラナーにクライムが少し怒った様子で問いかける。

 

 

「ちゃんと聞いているわクライム」

 

「でしたらですね、もう少し」

 

「クライム、肩が凝って仕方ないの。少し揉んでちょうだい」

 

「なっ! きゅ、急に何を!?」

 

「激務なのは貴方も知っているでしょう? 本当につらいのよ、お願い」

 

「な、ならばそういった事が得意な者を…」

 

「今じゃなければ駄目なのよ、ああ本当につらくてもう書類に目も通せないわ…」

 

 

わざとらしくつらそうに肩を押さえるラナー。

 

 

「わ、分かりました、少しだけですよ…?」

 

「ありがとうクライム」

 

 

そうしてラナーの後ろに周り、肩へ手を伸ばすクライム。

首元の露出している肌に直接触れ、その柔らかと温かさに胸が高鳴るクライム。

彼としても今の生活は嫌いではなかった。

以前の側付きの兵士としての生活から驚く程に何もかもが変わったが最愛の人の側にいられるという事実だけはずっと変わっていないのだから。

 

 

「ねぇ、クライム…」

 

「何ですか…?」

 

「貴方はこの世界になってどう…?」

 

「貴方はどうなんですか…? 王族という地位を失ってしまった事は悲しくないのですか…?」

 

「私は王族になんて何の未練も無いわ。それに何より今は民の為を思った行動がすぐに出来る。外を見てみれば誰も彼もが笑っている…。以前みたいに貴族や八本指の所業に何も出来ず、指を咥えているだけじゃなくなったわ。私にとっては喜ぶことしかないわ」

 

「…そう、ですね。私も同じです…。まさかあそこまで腐りきった王国がここまで持ち直せるなんて…。私には未だに信じられません…。ただ、貴方が王族で無くなったが故に、その、私は貴方の騎士では無くなってしまった…。それだけが、少し残念ですが…」

 

 

ラナーの肩を揉んでいたクライムの手にラナーがそっと手を添える。

 

 

「私の騎士は貴方だけよクライム…。ずっと私の側にいて私を守ってくれるんでしょう…? 約束したものね」

 

「ラ、ラナー様…」

 

「私は貴方にずっと側にいて欲しい…。肩書が必要だと言うのなら側にいられる肩書などいくらでもあるわ…」

 

「か、からかうのはやめて下さいっ! きゅ、急用を思い出したので失礼させて頂きますっ!」

 

 

顔を真っ赤にしてクライムが部屋を出ていく。

一人部屋に残されたラナーの口の両端が鋭く吊り上がっていた。

 

 

「ふふ、残念…。また押し切れなかったわね…。でももう少しよ…もう少しで…」

 

 

クライムの為にクライムが望む国の指導者を演じるラナー。

その全ては打算であり、本心では他の何にも価値を感じていない。

だがそれでもきっとその愛だけは本物だ。

 

 

「貴方は私のもの…、誰にも渡さないわ…」

 

 

例えそれがどれだけ歪んで捻じ曲がっていても。

どれだけ邪悪だとしても。

それが愛の一種では無いと誰にも断じる事はできない。

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ民主国家官邸の兵舎。

 

そこには武力によって国家の安全や治安を維持する為の行政機関が設立されていた。

そのほとんどは元兵士である。

中には一部の冒険者や、他からの腕利きなども所属していた。

そして長官としてトップに立つのは元王国戦士長、ガゼフである。

 

 

「しかし平和になっても訓練とは真面目だねぇ。もうナザリックに全部ぶん投げてもいいんだろ?」

 

「そうはいかないさ、自分達で出来ることは自分達でやる。楽だからと人任せにしていてはまた何かあった時に何も出来ずに終わってしまうかもしれないだろうアングラウス」

 

「ナザリックの面子見たらそんな心配いらないと思うけどなぁ…。ま、かといって無職になっても困るしな。今更、剣の腕を上げる為の放浪生活もクソも無ぇしな…。俺としてはペコペコ頭を下げなきゃならん貴族共がいないってだけで天国さ」

 

 

ガゼフの横でブレインが座り込んでいた。

 

 

「フッ、以前と違って堅苦しい事はなくなったからな…。だからこそお前も共に働いてくれる気になったんだろう」

 

「そうだな、それに国民は全て平等って聞いた時は本当に驚いたぜ…。むしろこれから面白くなりそうな国から出ていく方が勿体ない。こんな前例の無い国がどうなっていくのか単純に興味がある…。お前だって本当の所は同感だろ?」

 

「ああ、全くだ…。なぜかあの腐った貴族共は皆戻って来なかったからな…。真っ当な国として一からやっていけるのはとても嬉しいことだ…。隠居した王もこの国を見て大変喜んでおられた…。私にはもうこれ以上望むものはないよ」

 

「はっはっは! なぁに、すぐに俺がお前の生き甲斐を作ってやるさ。惨めに負かせて悔しさに塗れた日々を送らせてやる」

 

「言うじゃないかアングラウス、今日もやるのか?」

 

「当たり前だろう。それにお前だって正直、平和な世界を喜びつつも少しは退屈してんだろ? 今となっては昔みたいなしがらみなんて無いんだ、好きにやろうぜ」

 

「全く困った奴だ…」

 

 

やれやれと嘆息するガゼフだがその表情に嫌そうな気配は一切なかった。

両者が訓練用の剣を持ち、対峙した時。

 

 

「ガゼフさんー! ブレインさんー! 何やってるんですか! 早く来てくださいパトロールの時間ですよ!」

 

 

鳥の巣を思わせる頭をした女、そして神から『神の剣』なる二つ名を拝領した元冒険者が走ってくる。

 

 

「ブリタか! しまった、もうそんな時間か」

 

「あーあ、また邪魔が入っちまった」

 

「仕事は仕事です! 文句ばっかり言ってると残業増やしますよ!」

 

「わ、悪かったって…、謝るからそれはマジで勘弁してくれ…」

 

 

ブリタはニグン達と共にカッツェ平野で蘇った。

だがニグン達の凶行に震え、もう付いていけないと判断したブリタは道を違えた。

法国へは行かず、彼女だけが王国に戻ってきたのだ。

冒険者を続けようかどうか迷ったが、そもそも人の役に立ちたいと英雄になりたいと思って冒険者を目指した。

だが神やニグン達との冒険で彼女は多くを学んだ。

なぜか自分は多大な評価を貰っているが自分が英雄でない事は自分が一番知っている、いや知ってしまった。

だからこそ今はもっと身近で人々の役に立ちたいと思い、ここに所属することにした。

以前とは違い、腐った王国に仕える兵士ではない。

新しい国を作る礎となれる事が嬉しく、また誇らしかった。

 

 

「しかしブリタよ、お前も腕を上げたな…。神から大層な二つ名を貰うだけの事はある」

 

「俺もそう思うぜ。すぐには無理でも蒼の薔薇のガガーランあたり目指せるんじゃねぇか?」

 

「やめて下さいよ二人とも、私はそんな凄い人間じゃないです。私はただ人々の役に立ちたいだけで…」

 

「うむ、立派な志だぞ」

 

「でもお前、神からしょっちゅう呼び出しかかってんだろ? 時間があれば会いに来てくれとかナザリックに仕えろとかそんなの。正直、ナザリックに仕えればこことは比べ物にならないくらい良い思いできると思うのにな」

 

「神様の気持ちは有難いですけど、ご厚意に甘えるだけじゃ立派な人間になれませんからね。私は私の力だけで誰かの役に立ちたいんです…!」

 

 

ブリタの言葉にガゼフが感動したように何度も頷く。

 

 

「あ…! そんなこと言ってる場合じゃなかった! パトロールの時間なんですって! まずい、このままじゃ遅れちゃう! 走りますよ二人とも!」

 

「ま、待てブリタ…!」

 

「あ、あいつ足速ぇ…」

 

 

ガゼフとブレインを引き剥がして走っていくブリタ。

戦闘力では二人にはまだまだ及ばないものの、天性の身体能力と共にクレマンティーヌと神を追う日々が彼女の足を鍛えたのかもしれない。

もうオッサンと呼んでもいい二人は元気な若者についていくだけで精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

幕間。

 

 

「あぁ…! ブリタブリタブリタ…! あいつの頭が懐かしい愛おしい…! 飛び込みたい…! 体の全てを任せたい…! なんでだ…! なんであいつは俺の要望に応えてくれないんだ…! ちくしょう…! これだけあいつを求めているのに! 今となってはあいつだけが俺を癒してくれる存在だって言うのに…!」

 

 

ナザリックの自分の部屋で苦悶に喘ぐ名犬ポチ。

ブリタへ何度も手紙を送っているのだが返ってくる返事はそっけないものばかりだ。

無理やり連れてくることも出来るだろうがあまり大騒ぎにするとNPC達やクレマンティーヌあたりがキレ出す可能性があるので名犬ポチも遠回しに誘うしかないのだ。

結果としてブリタには自由を与えてしまっている。

低レベルになってしまった今となっては気軽に外に出る訳にも行かないので会いに行くことも出来ない。

会えないという現実が名犬ポチの執着をより強くする。

 

 

「うぅ…! 誰か俺を癒してくれぇ…」

 

 

名犬ポチの苦悩は続く。

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルの宿屋の一室。

 

そこにはアダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇の面々がいた。

いつしか冒険者達の代表のようになった彼女達は任務の合間を見ては各都市に寄って冒険者の心得を教えたり指南を施していたりする。

 

 

「うふふふ、でみうるごすさま…」

 

 

手に持っている手紙を読みながらうっとりとした表情を浮かべるラキュース。

それはまるで恋する乙女のようでもあり、黒粉をキメてハイになったようでもあった。

リーダーの変わり果てた姿にメンバーである彼女達は心底呆れた様子を見せる。

 

 

「まさかここまで酷いとはな…、しかしあのリーダーがこうなるとはな…。信じられねぇ…」

 

「全くだ…。仲間としては喜ぶべきなのだろうが…、あまりにも気持ち悪すぎる…」

 

「恋は盲目」

 

「痘痕も靨」

 

 

メンバーの白い目など気付いていないようでその手紙を読み進めていく。

 

 

「おい、何往復目だよ…。暇があったらずっと見てるぞ…」

 

「流石に止めるか…? 見てられん…」

 

 

そう言ってイビルアイがラキュースに声をかける。

 

 

「なぁラキュース。その、恋愛とかはいいと思うんだがそういうのは任務中というか、蒼の薔薇として行動している時は慎んだ方がいいのではないか…? そういうのはプライベートな時間とかでだな…」

 

 

イビルアイの発言に顔を真っ赤にしてラキュースが叫ぶ。

 

 

「べ、別に恋文とかそういうのじゃないからっ! ぜ、全然普通だからっ! そんな好きとか付き合うとかそういうことじゃ…!」

 

 

もうリーダーは駄目かもしれない。

ラキュースの分かり易すぎる嘘に誰もがため息を吐く。

 

神の奇跡の大魔法発動後に生存確認がされたデミウルゴス。

彼はナザリックの代表として王国の復興に尽くしてくれた。

王都での出会いもあり、ラキュースとデミウルゴスは文通をする仲にまで発展したのだ。

したのだが。

 

 

「あぁ、でみうるごすさま…。心の中に闇を抱えながらも世の為に尽くそうとするなんて気高すぎるわ…! ああ、それに私と貴方で闇を背負う者同士頑張りましょうですって…!? ふひひっ…。あぁ貴方の闇を少しでも私が背負えたらいいのに…。でもいけないわ、いくら世の中で種族の隔たりがなくなったとは言っても私と貴方は人間と悪魔…、決して相いれない存在…! それなのに求めあってしまうなんて…」

 

 

今日もラキュース劇場が始まり、蒼の薔薇の面々はもう見なかったことにする。

よくは分からないが幸せそうならもうそれでいいかと誰もが納得していた。

 

 

「こんなに愛していても決して二人が結ばれることはないのね…、でもだからこそ相手の事をここまで思えるのかもしれない…。あぁ、でみうるごすさま…、私の白馬の王子様…」

 

 

その後も色々と妄想が捗ったラキュースは鼻血を吹いて倒れた。

 

後の話になるが、ラキュースは一つの愛を生涯貫き、その身体は純潔のままであったという。

悲しい話にも聞こえてしまうが彼女の人生は常に幸福で満ち溢れていたらしい。

全く人間とは複雑怪奇なものである。

 

 

 

 

 

 

竜王国。

 

玉座の間では女王であるドラウディロンが今日もどんちゃん騒ぎをしていた。

 

 

「女王様! 飲みすぎです!」

 

「なんら固い事を言うら宰相! こんなにめでたい日なのら! お前も飲むのら!」

 

 

そうして宰相に無理やり酒を飲ませるドラウディロン。

酒に弱い宰相はすぐに倒れる。

 

それを見た周囲の犬達が宰相を運び介抱する。

 

あの事件以来、ナザリックの代表として獣王が竜王国に滞在していた。

主な任務は各国に犬達を派遣し、様々な仕事に従事させること。

教会の手伝いから、治安の維持の為のパトロール、さらにはその愛らしさから人間達の心の隙間に入りこむなど多岐にわたる。

十万を超える犬の管理と共に、手に入れた情報も全てがここに集まる。

その物量をもって現地の者達との接触を図る犬達はもはやナザリックにいなくてはならない存在である。

 

そして今日は名犬ポチが竜王国を訪れてからちょうど一周年になる。

竜王国の兵士や民達と共に犬達がパレード及び祭りの準備をしている。

歴史に新たな記念日が記されるのだ。

 

 

「くーん」

 

 

そして今日も獣王は配下の犬達に指示を出していく。

元々、これだけの数を束ねる優秀な王だったのだ。

種族が変わったとてそれは変わらない。

こうして獣王に支えられ竜王国はナザリックの最初の属国として栄華を極めていくのだ。

一節によると女王は平和ボケしてしまったらしいが本当に平和ならば誰も文句は言わない。

むしろ国民達は今まで頑張ってきた女王を崇め続けた。

それがより女王の平和ボケを助長させるのだがもはや誰も気にしていなかった。

宰相と獣王の力によって竜王国の平和は今日も保たれている。

 

 

 

 

 

 

深夜遅く。

 

暗闇の中で都市を疾走する5つの影があった。

その影から逃げ惑う数人の男達。

だが彼等は影からは逃げられない。

あっという間に捕まり、人気の無い場所へ引き摺り込まれる。

 

 

「さーて、こんなもんかねー」

 

「こっちも大丈夫ですボス」

 

「同じく」

 

「こっちも確保したわ」

 

「すんません、殺しちまいました」

 

 

4つの影が抱える男達は息をしているものの、1つの影が持つ男だけが死体となっている。

 

 

「んー、まぁ別に必要だったら向こうで蘇生してくれるから大丈夫でしょー。生死問わず私達はただ指示通りに邪魔者を摘むだけだしねー」

 

 

ボスと呼ばれた女がニヤリと笑う。

金髪の髪に猫のような印象を感じさせる目。

それはクレマンティーヌだった。

 

 

「しかし神とは言っても綺麗ごとだけじゃいかないんですね」

 

「そりゃそうだろうよ。それで終われば誰も苦労しねぇ」

 

「でもだからこそ私達が生かされてるんでしょ? 感謝しなきゃ」

 

「むしろ今の方が良い生活させて貰ってるからな、俺は文句ねぇぞ」

 

 

そうしてクレマンティーヌに付き従う4つの影は元八本指にして六碗のメンバーだ。

幻魔サキュロント。

空間斬ペシュリアン。

踊る三日月刀(シミター)エドストレーム。

千殺マルムヴィスト。

 

アダマンタイト級に匹敵する実力を持つ彼等はこの世界の人間ではトップクラスの実力の持ち主だ。

本来ならばデミウルゴスが誇る牧場に送られる予定だったのだが使い道があるとのことで仕事を与えられていた。

仕事をこなせば報酬も貰えるし、休暇も十分に貰えた。

まさに渡りに船だった彼等は誰もがデミウルゴスの提案に乗ったのだ。

 

彼等の仕事とは、クレマンティーヌの下に付き彼女と共に神に仇名す者達を探し出しナザリックに送ることだ。

 

いくら神が偉大だとて人間は愚かな生き物だ。

自分の欲望の為に人を騙したり金を盗む奴が出てくる。

もちろん人手の多さを重要視するナザリックにとって人間は大事な駒でありそうそう排除はされない。

だがやはり時には規格外の愚か者が出てくるのだ。

平和に甘え、それが当たり前のように傲慢に振舞う。

さらにその欲望は際限が無く、他者を陥れてまで自分の利益とするような者達。

それはナザリックの損失へと繋がるのだ。

デミウルゴスが許す筈はない。

 

 

「しかし最悪の場合、私達がもしバレて捕まったらナザリックの助力は無いんだからねー。絶対にしくじんないでよねー」

 

 

クレマンティーヌの言葉に4人が頷く。

なぜ彼らがこの仕事をするのに選ばれたのか。

それはもしナザリックに連なる者達がそれを行っていたと露見した場合に面倒な事になるからだ。

もちろんナザリックの力をもってすればいくらでも隠蔽できるし誤魔化せるだろう。

だがデミウルゴスは念には念を入れる。

汚れ仕事をやらせられる現地の者達がいるならその者らに任せておけば、仮に露見しても容易く切り捨てられるからだ。

もちろん彼等にはそこまで含めて説明している。

多少のことであればナザリックも手助けはするが取返しのつかないミスを犯した場合は見捨てるという条件の元の契約だ。

だが誰も文句はない。

元々そういう生き方をしてきたし、何よりあのままでは死ぬだけだったからだ。

同様に他の八本指の者達も利用価値ありと判断された者は様々な仕事に就いている。

例えば奴隷を扱っていた者達はその経験を買われ、デミウルゴスの牧場の管理を任されている。

麻薬密売に関わっていた者達は、様々な薬品を作る部門へと変わり牧場の中で人体実験をしていたりする。

他にも様々なものがあるが、いずれも表向きには出来ない仕事ばかりだ。

 

ではなぜその切り捨てられる者達の中にクレマンティーヌが混ざっているのか。

これは単純に本人の希望である。

神の次くらいに、人を殺すのが大好きで恋してて愛しており拷問も大好きな女だ。

人の性根はそうそう変わらない。

神の名の元にその行為が許されなければ大人しく従っていたかもしれないが、合法的に人を痛めつけられる仕事があると知ったクレマンティーヌが放って置くはずがない。

仮に何かあっても自分だけは逃げ切れる自信はあった。

名犬ポチからいくつか破格の装備を貰っている為、今の彼女を止められる存在はこの世界に数える程しかいない。

それにちゃんと仕事の際にはナザリックのバックアップもあるのでそういう者達とはちあうことも無い。

まさに至れり尽くせりなのだ。

 

ただ一つだけ心配なのはクレマンティーヌがこの仕事をしたいから外に出たいと言った時、名犬ポチが心底嬉しそうに許可したことだろう。

だが神から配偶者として添い遂げる『聖女』の称号を貰っているのだから気のせいだとクレマンティーヌは思っている。

少し前にもハードなプレイをしたばかりなのだ。

 

そんな事を考えながら彼女は久々の趣味を楽しんだ後、ナザリックへ帰還する。

果たして彼女の想いが報われる時は来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

ナザリック第10階層・大図書館「アッシュールバニパル」。

 

そこでは図書館の司書長であるティトゥスの下に新たに加わった者達がいた。

一人は霜の竜(フロストドラゴン)の一匹であるヘジンマール。

荷物の空輸をすることになった家族たちとは別で、彼は王都でアルシェの妹を助けた事が評価され図書館に勤務すると共に全ての本を自由に読むことが許された。

本好きであった彼は飛び跳ねて喜び、以後ずっと図書館に引きこもり本を読み続けていた。

 

さらにもう一人は帝国主席宮廷魔法使いであるフールーダだ。

ナザリックに忠誠を誓うと共に、現地での破格の強者というレアケースの為、特別待遇を受けるに至った。

基本的には帝国の仕事は引き続き行いながら空いた時間にナザリックを訪れては書物を読み漁っていくという生活を続けている。

本心ではヘジンマールのように引きこもりたいらしいが帝国の管理も任されているのでそうもいかないらしい。

 

そして最後の一人は六碗の一人である不死王デイバーノックだ。

当初、彼は他の六碗の者達と共にクレマンティーヌの下に付く予定だったがその任務の特性上、向いていないという事で見送りになった。

さらにアンデッドの為、デミウルゴスの牧場送りにされる事も無かった。

だが現地のアンデッドとしてモモンガが興味を持ち、知識を得ることで強くなれるのかという実験の為に魔法を学ぶ事を許されたのだ。

魔法の深淵を覗きたいという欲求はフールーダと通じるものがあったようで仲が良くなっているらしい。

 

以前よりも賑やかになった図書館を見てティトゥスは嬉しく思う。

図書館とは、知識とは求められなければ埋もれていくばかりだ。

それに至高の御方の創造した場所であり、その英知が凝縮された図書館を見て感嘆の声を上げる3人の存在が単純に心地よくもあった。

ティトゥスは本を整理しながら今日も嬉しそうに笑う。

 

 

 

 

 

 

世界を放浪する一人の男がいた。

 

それはかつて八本指という組織の中で六碗という最強の集団を率いていた者だった。

闘鬼ゼロ。

今はもう何者でもないただの男だ。

 

六碗の中だけで彼だけがデミウルゴスの提案に乗らなかった。

強者として生きてきた矜持がそのような生き方を許さなかったのだ。

だからこそ死でも拷問でも何でも受け入れるつもりであった。

しかしそんな彼に下された裁定は意外なものだった。

彼は生きてナザリックの外へ出る事を許された、自由を許されたのだ。

驚く事にそれを許可したのはナザリックのトップであるアンデッドだった。

 

簡単に言うならこの世界で実力者らしいお前を殺すのは惜しい。

お前が今よりも強くなれるというなら命は助けてやる、とそういうことだ。

 

要はモモンガの現地の者を使った実験の一つなのだが当の本人であるゼロは何も知らない。

あまりに意味不明な申し出に混乱するも、お前など殺す価値もないから強くなって出直せという風にゼロは受け取った。

どれだけ相手が強者といえ、弱者と蔑まれるのは我慢がならなかったゼロ。

そして彼は決心し武者修行の為に旅に出る事になる。

 

もう一度初心に帰って、挑戦者として自分を鍛え直すのだ。

不思議とゼロはそのことに少し興奮していた。

若い頃のような血沸き肉躍るような感覚を思い出していた。

悪事など考えた事もなく、ただ強さだけを求めていたあの頃を。

今の目的は、あの化け物達に自分の腕がどこまで迫れるかという事にしか興味は無かった。

 

無謀と知りつつ、彼は強さを求めてただ突き進む。

 

 

 

 

 

 

ナザリック第5階層「氷結牢獄」。

 

そこへはデミウルゴスがニグレドの元へと訪れていた。

モモンガに言われた通りニグレドのギミックを消化する。

 

 

「やあニグレド」

 

「あらどうしたのデミウルゴス」

 

「少しいいかな」

 

 

デミウルゴスの言葉にもちろんと返し、お茶を出すニグレド。

肝心のデミウルゴスは少し気まずそうにしていた。

 

 

「申し訳ありませんでしたニグレド」

 

 

そう言って頭を下げる。

だが言われた当の本人であるニグレドはポカンとしていた。

 

 

「何のこと?」

 

「貴方を殺害した事についてです。目的の為とはいえ…、大事なナザリックの仲間を手にかけるなど…」

 

 

唇を噛み締め、端から血が流れる。

デミウルゴスはこの事を心から反省していた。

 

 

「それならもう聞いたわ」

 

「いえ、ですが直接会って謝罪はしていません」

 

 

もちろん、蘇生後すぐにニグレドに謝罪の言葉は伝えたがそれはメッセージによるものだ。

あまりに多忙であった彼はナザリックの外に出る事も多くこれまで直接ニグレドに謝罪する暇がなかったのだ。

 

 

「気にしなくていいのに。そもそも私は何とも思って無いって前にも言ったでしょう? それに貴方が動いたから名犬ポチ様をお助け出来たのでしょう? ならば何も責任を感じる事なんてないわ。むしろこちらこそごめんなさい。私の妹が全ての原因、謝るべきはこちらよ」

 

「そんな、ニグレド…。貴方は何も悪く…」

 

「それにデミウルゴスが殺してくれていなければ私は妹の言う通りに動いていたでしょう。そうであれば結果も違ったものになってしまっていたかもしれない。貴方はシモベとして最高の働きをしたのよ、それを誇りこそすれ反省する必要なんてないわ」

 

 

顔の皮が無いがニコリとニグレドが笑う。

その言葉でわずかにデミウルゴスの罪悪感が軽くなる。

 

 

「ありがとうございます、そう言って頂けると私も少し楽になれますよ」

 

 

そう言ってほんの少しだがデミウルゴスが微笑む。

 

 

「私も時折、監視の目を飛ばすから各国の様子は見ているけど…。貴方人間の女にお熱なの?」

 

「は…? 何のことでしょう…?」

 

「内容は知らないけど人間の女と恋文を交わしているんでしょう?」

 

 

ニグレドの言葉にデミウルゴスが何かに気付いたように笑い出す。

 

 

「ああ、彼女のことですか? いいえ違いますよ。あれは魔の力に憧れているただの人間です。色々とナザリックの益の為に働いてくれているので目をかけているだけですよ。ウルベルト様から魔の力に憧れる者達の心理というものの知識を与えられていますからね。そちらへ導き、また彼女の中に潜む闇を刺激しているに過ぎません」

 

 

そう言って朗らかに笑うデミウルゴス。

 

 

「そう、かしら…? 私には恋する女性にしか見えないけど…」

 

「はっはっは! 千里眼を持つ貴方でも見えないものがあるのですね! それは勘違いですよ」

 

「うーん、本当にそうなのかしら…」

 

「そうですとも」

 

「そうなのね」

 

「もちろんです」

 

 

デミウルゴスの謎の自信に押し切られるニグレド。

まさかデミウルゴスにも理解できないものがあったとは誰も思わないのであった。

 

 

 

 

 

 

彼はある時、気づいてしまった。

 

 

「ちくしょぉぉぉおっ! なんでだよっ! なんでっ! ふざけやがってぇ! くそっ! くそがぁぁぁああ!」

 

 

誰もいない自らの部屋で突然怒りを吐露する名犬ポチ。

その表情はガチの怒りに染まっていた。

自分の最大最高の失態。

そして二度と取り返しの付かない最悪の悲劇に今更気付いてしまったのだ。

 

 

「嘘だぁっ…! 嘘だと言ってくれぇっ…! 開けっ! 開けよコンソールッ…!」

 

 

だがコンソールが開くことは二度とない。

よって名犬ポチの望みが叶う事はもうないのだ。

やがて名犬ポチの瞳が潤む。

怒りの叫びは次第に嗚咽へと変わり名犬ポチを苛んでいく。

彼は悲しみのあまり海よりも深く沈んでいた。

 

 

「こんなことになるなんて…! どうして俺はあの時…! どうして俺は…! ユグドラシル時代に…!」

 

 

流れ落ちた涙を拭くこともせず、感情のままに叫ぶ名犬ポチ。

 

 

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ナザリック全盛の時代、多くのメンバーがNPCを作る中、名犬ポチだけは一切興味を示さなかった。

他のメンバーが作ったNPC等はどんなものかと覗きに行ったり話を聞いたりしたが自分が作るということは一切考えていなかった。

あくまで心の設定としてはハードボイルドな一匹犬だからだ。

まぁスキルや魔法などは他者頼みのものばかりであるがそれはまた別の話だ。

 

そうして勝手に孤高を決め込んで気持ちよくなっていた名犬ポチだがここに来てその愚を悟る。

 

メンバーのNPCが動き出す所を目の当たりにして自分もNPCを作っておくんだったと後悔ばかりが押し寄せてくる。

もしかすると自分の趣味をさらけ出すことに恐れを抱いていたのかもしれない。

実際にキャラクターを作るとなると自分の趣味が反映されるだろう。

きっと下らぬプライドの為に興味が無いと思い込もうとしていたのだ。

パンドラズ・アクターのような最高にカッコイイNPCを作りたいという願望もあるが名犬ポチのセンスであれは不可能だ。

あれはモモンガの腕があってこその奇跡。

だが己の欲望を可視化したNPCならば名犬ポチにも作れたハズなのに。

 

 

「ペロロンチーノさんっ…! あんたが正しかったっ…! 自分の趣味に正直でっ! 畏れることもせず! あるがままだった貴方がっ!」

 

 

上を見上げ、眩しかったかつての仲間を幻視する。

 

 

「今はただ、羨ましい…」

 

 

変態と蔑まれていた彼が今はただただ偉大に思える。

 

 

名犬ポチはこの日、人生で一番、泣いた。

 

 

 




次回『エピローグ:後編』すまない。


感想で怪しんでいた方もいましたがその通りになりました。
正直、現地勢の話を書いてたらかなりの量になってしまった…、舐めていた…。
物語の〆って難しいですね、もっとこうスパッと綺麗に纏めたい気も…。
でも個人的に描写がないと寂しいと感じてしまうタイプなので…。
とはいえ、後はモモンガさんとかポチだけなので次で本当に最後です!

名犬ポチに栄光あれ!


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