オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


完全決着。
そして悪神の魔の手が世界に伸びる。



支配編
新時代


世界中の誰もがそれを見た。

 

輝かしい光を放つ世界を覆う程の無数の巨大な魔法陣が天空に広がる。

魔法陣は生き物のように回転し表示された文字は留まることなく変質していく。

天変地異という言葉すら足りない。

どんな歴史書にも、お伽話にだって、神話にさえ書いていない。

見たこともなければ想像したことすらない。

全ての者達の理解を超えた超常現象。

やがて空に広がる魔法陣の一部が粒子となり世界中へ降り注いでいく。

まるで温かい雪のように光り輝く粒子の粒はこの世の全てを癒すかのように世界を照らした。

 

枯れた植物や、折れた木々が再び深緑を示すように蘇っていく。

光の粒子が集まり形を為したかと思うと命を象っていく。

世界から失われた筈のものが次々と蘇る。

あらゆる罪が洗い流されるように。

あらゆる生命が許され、恩寵を得るように。

世界の何もかもが生まれ変わる。

 

そう、これは新時代を告げる福音。

何千年経っても語り継がれる大奇跡。

 

 

世界の救済。

 

 

 

 

 

 

エ・ランテル。

 

覇王との闘いで失った何万もの王国や帝国の兵士、冒険者達。

さらには千にも及ぶリザードマン達。

多大な犠牲だった。

死体などもはやグチャグチャで誰のものか判別もつかない。

地獄絵図と言っても差し支えない惨事。

生き残りよりも死者の数が多すぎてまともに弔う事すら出来ない。

 

その中でも王国戦士長や蒼の薔薇など、復活の魔法に耐えられそうな者の遺体が並べられているところへラキュースが歩み寄る。

何人蘇生できるのかわからない。

だが出来る限りやってみよう、そう決心し魔法を行使しようとした瞬間、それは起きた。

 

天空を覆う無数の魔法陣の数々。

 

周囲にどよめきが広がる。

誰も彼もが混乱の極み。

それはラキュースはもちろん、長い年月を生きたイビルアイでさえ例外ではない。

リグリットとて何が起きたのかわからず立ち尽くしている。

ただ、この中でフールーダのみが狂ったように奇声を上げていたが気にする者はいなかった。

 

そして天空に広がる無数の魔法陣の一部が光の粒子となり降り注ぐ。

その温かさに、柔らかさに、優しさに。

その場にいた誰もが心を奪われた。

だが次に起きたことこそが真に驚くべき現象。

 

死者が蘇ったのだ。

 

何万もの全ての死者が傷一つない状態で再び舞い戻った。

辺りにあった地獄絵図などどこにもない。

地面を濡らしていた血の海などまるで嘘だったかのように晴れやかだ。

それどころか植物が元気そうに花を咲かせている。

あの戦いが全て幻だったかのように。

 

 

「う…ん、…ここは…」

 

「マジかよ…嘘だろ…」

 

 

ガゼフとブレインが起き上がる。

斬られた傷などもはやどこにもない。

 

 

「ど、童貞はどこだ…?」

 

「朝の」

 

「目覚め」

 

 

ガガーランにティアとティナも起き上がる。

呆けたことを言いつつも自分の身に何が起きたかは理解しているようだ。

 

 

「何だ…今のは…」

 

「ありゃあ…やべぇな…」

 

「まさかこんなことが…」

 

 

リザードマンのザリュース、ゼンベル、シャースーリューも起き上がる。

 

 

「ザリュース!」

 

 

それを見たクルシュが走り寄りザリュースへと抱き着く。

 

 

「信じられないわ…! 貴方が…貴方が帰ってきてくれるなんて…! あぁ、ザリュース!」

 

 

泣きわめくクルシュをあやす様にザリュースが頭を撫でる。

 

 

「俺も信じられない…。もしかしてあれが…」

 

「あれ…?」

 

 

ザリュースの言葉にクルシュが首を傾げる。

 

 

「ああ…。神の存在を感じた…。うん、そうだ。詳しくは知らないがきっとあれこそが神、というものなんだろうな…」

 

 

横にいたゼンベルやシャースーリューも同様に頷く。

 

神を感じたのは彼等だけではない。

ここにいた死者の誰もが感じた。

そして理解した。

全てを許し、死から救ってくれた大いなる御業。

 

それを証明するかのように天空には未だ奇跡が広がっている。

 

 

ああ、あれこそが、神なのだと。

 

 

 

 

 

 

帝国、皇城。

 

ジルクニフは窓から外を眺めていた。

目の前の景色を前に何をすることもない。

やがて力なくフラフラと玉座へと座り込む。

顔を上げ虚空を見つめ、ポツリと呟く。

 

 

「一体世界に何が起きたというのだ…」

 

 

横にあったワイングラスに手をかけ一気に飲み干す。

これは世界にとっての一大事件だ。

何があったのか、どうなるかは分からないがこれを機に世界は変わる。

根拠は無いがジルクニフはそう確信している。

城の中にいても外で騒ぐ兵士や民達の声が聞こえてくるようだ。

これだけの衝撃、これだけの神々しさ。

もう何者も抗えない。

 

 

「ふ…、鮮血帝もここまでか…」

 

 

全てを悟ったジルクニフはただただ酒を呷る。

 

 

 

 

 

 

アーグランド評議国。

 

想像も出来ない心地よさに引かれ眠りから覚めるように白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオンは目を開く。

そうして死から蘇ったツアーは周囲を見渡す。

信じられなかった。

周囲には死んだはずの者達の姿があったからだ。

 

 

「ゆ、夢…、いや、そんな…」

 

 

評議国を襲ったヴァンパイアとアンデッドの集団を蹴散らす為にツアーは始原の魔法(ワイルドマジック)を放った。

それで国は滅んだ筈なのに。

もしかして夢だったのだろうか。

だがそれが夢ではなかったとすぐに悟る。

大地や建物は全て消し飛んでおり、始原の魔法(ワイルドマジック)の傷跡を感じさせる。

だがそれとは不自然な程、周囲には豊かな緑が広がっている。

まるで生ある存在だけが元に戻ったかの様に。

 

 

「まさか…、本物なのか…」

 

 

ツアーは突如現れた敵対者や、世界に現れた者達をプレイヤーなる存在だと判断していた。

だがもしかすると違ったのかもしれない。

プレイヤーなる規格外の存在がいるならば。

それより上の存在がいてもおかしくないのかもしれない。

 

 

「そんなのは…、空想の産物だと思っていたが…」

 

 

空を見上げるとそれは未だ煌々と輝いている。

天空を埋め尽くす無数の魔法陣とそこから降り注ぐ光の粒子。

長い時を生き、プレイヤーなる存在すらも知る最強の竜。

彼をもってしても、これ程の慈愛に満ちた魔法は初めて見た。

 

百年の揺り返し。

それは百年毎に訪れる異世界からの訪問者。

世界を脅かす者か、世界に味方する者か。

時に抗い、時に協力し、世界の均衡を保ってきた。

 

だがそもそも百年の揺り返しとは何なのだろうか。

 

今回ばかりは次元が違う。

世界に味方する者というレベルではない。

言うならば救済者。

 

 

「これは…、ぷれいやー…なのか…? ここまでとは…」

 

 

世界の行く末を案じツアーはただ空を見上げる。

だが、なんとなく感じていることがある。

 

きっと悪い事にはならない。

 

そんなツアーの直感が正しかったと証明されるのはすぐのことだが、この時の彼には知る由もない。

 

 

 

 

 

 

スレイン法国。

 

目覚めた神官長や、漆黒聖典達が周囲を見渡す。

 

 

「な、なんと…。わ、我々は…」

 

 

自分達が死んだということを自覚している彼等は何が起きたのかすぐに理解できた。

深い泥の底へ沈みゆく自分達に差し出された温かくも慈愛に溢れた救いの手。

 

あれこそが間違いなく。

 

 

「神に…、救われたのか…?」

 

 

六大神を信仰するスレイン法国。

今回、舞い降りた神はそれらと違うものの、空に広がる世界を覆い尽くさんとする偉大なる奇跡。

それは間違いなく、人類の救い手であり守り手だった。

 

都市の建造物は、神都に出現した暗闇から現れた漆黒の鎧を纏った女と白髪の少女に破壊されたままだが、無数の植物達が美しく芽吹いている。

まるで未来を暗示するかのように。

 

 

「カイレ様…」

 

 

漆黒聖典隊長が倒れているカイレに布を羽織らせる。

 

 

「これは…、わしの見間違いじゃなかろうか…」

 

 

空を見上げるカイレの目には涙が浮かんでいる。

 

 

「いいえ、カイレ様。見間違いではありません。天空に広がる巨大な魔法陣、そこから舞い降りる光の粒によって我々は再び生を受ける事を許されたのです…」

 

「我々は…人類は…、救済されたのか…? 絶滅から、滅びから…。ずっとこの国で…神に仕え…、人類の為に生きてきた…! まさか…、わしが生きてるうちに報われる時が来ようとは…」

 

 

誰しもがカイレと同様の気持ちに包まれていた。

自分達の思いは、努力は、信仰が。

やっと報われたのだと。

やがて困惑の呟きは歓声へと変わっていった。

 

 

だがその国の端っこで一人だけ冷めた目で周囲を見渡す少女がいた。

 

長めの髪は片側が白銀、片側が漆黒の二色に分かれており、その瞳もそれぞれ色が違う。

「漆黒聖典」の番外席次であり、通称”絶死絶命”。

ルベドに敗北を喫した人類最強の存在。

 

 

「神かどうかは興味がない…。ただ、これだけの魔力を行使できる存在…、間違いなく強い…!」

 

 

口の端が自然と吊り上がる番外席次。

知りたかった敗北はすでに知ることが出来た。

自分よりも強い者がいると証明されたのは悔しくもあるが嬉しくもある。

相手が女の子だったことが残念ではあるが。

 

 

「あぁ…。神様はどっちかな…?」

 

 

番外席次の次の目的は決まった。

 

 

 

 

 

 

竜王国。

 

 

「うぉーっ! なんたる奇跡ーっ! 神万歳ーーっ!」

 

 

片手に酒を持った少女の叫びが城の中に響く。

それに呼応するように大勢の人間が歓声を上げる。

それだけではない。

さらに追うように10万を超える犬達の喜びの咆哮が国中に響き渡る。

 

 

「み、見たかっ!? か、神だ! 間違いなく神のお力だ!」

 

「そ、そのようですね…。この国でお力を行使された時と似たものを感じます…。その規模は比べ物になりませんが…」

 

 

はしゃぐドラウディロン女王に相槌を打つ宰相。

 

 

「急にお姿が見えなくなりどうしたものかと思っていたが…。そうか…! 世界を救いに行かれていたとは! いや、考えれば当然のことか…。あれだけ慈愛に溢れた神が世界の惨状を見て見ぬふりなどする筈ない…」

 

「仰る通りかと」

 

「なればこそ! 我々もただ見ているわけにはいくまい! 国を、民を救われ、従属を宣言したこの竜王国…! 10万にものぼる神のシモベのおかげか何処からも襲われることなく、また復興も容易であった! あの大爆発が何だったのかは分からんが世界を襲う脅威と戦われていたのだろう…!」

 

 

うんうんと一人で納得するドラウディロン女王。

 

 

「きっとこれは神が勝利した証だ! さぁ! 我々も神に続くのだ! きっと世界中では未だ多くの人々が困っているだろう! 神へ従属する国家として恥ずかしくない働きをせねばな! お主たちだってそう思うだろう!」

 

 

ドラウディロン女王の声に犬達が反応する。

 

 

「他国の状況を知りたいが情報収集をしていては出遅れてしまうな…。申し訳ないが神のシモベ達よ! 他国に食料を届けてやってくれないだろうか! 可能であれば復興の手伝いもしてあげて欲しい! もちろん神に会ったら一度竜王国へ訪れるようにお願いを…、いや、こちらから出向いたほうが良いか…? ううむ! 全ては神の望むがままに! とりあえず神からの勅命が下るまでは最善と思われる行動を! もちろん命令があればすぐにでも従うぞ! さぁでは改めて神のシモベ達よ! 共に世界を救おうではないか!」

 

「「「ウォーン!!!」」」

 

 

かくして名犬ポチの手によって眷属となっていた10万もの犬達は背中に食料を乗せ、世界中に散った。

 

 

この後、竜王国は神の最初の従属国として注目を集める事になる。

特に世界にその力を示す前に従属を決めたという点が高く評価され、神の直属の配下からさえも手厚く扱われた。

さらに10万を超える眷属をこの地で直接作ったという事実が神にとって特別な地であると解釈されたこともあるだろう。

かくして竜王国は神の聖地として崇め奉られるのだった。

 

ドラウディロン・オーリウクルス女王の元で竜王国はその栄華を極めた。

 

 

 

 

 

 

リエスティーゼ王国、王都。

 

強大な蟲のモンスター達による襲撃でもはや廃墟同然と言っても差し支えない程にボロボロだった。

大勢の兵士達はエ・ランテルに戦いに赴き、未だ街の中は手つかずだ。

怪我をした民たちがただただ心細そうに体を寄せ合っていた。

 

その時、空に魔法陣が広がり王都を照らした。

 

全ての死者が蘇り、また王都を救う為に力を貸してくれたと思しき霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)、さらに無数のクアゴアまでも。

さらには死んだ筈の民を置いて我先にと逃げようとした貴族達や、悪の限りを尽くした八本指なども蘇った。

兵士達はおらず、このままでは王都は混乱に包まれるだろう。

だが、誰も気づくことなく一部の貴族や八本指の者達は姿を消すことになる。

真相は誰も知らない。

人々の間では彼らが生き返ったのかどうかさえも定かではないのだ。

誰かが言った。

彼等は神に選ばれなかったのだと。

それが真実がどうかはさておき、それは人々の間で実しやかに囁かれた。

 

 

同じように街の中で一組の冒険者達が蘇った。

 

 

「う…ん…?」

 

「アルシェ気付いた?」

 

 

目を開いたアルシェをイミーナが覗き込んでいた。

すぐ近くにはヘッケランとロバーデイクもいる。

 

 

「み、みんな…! あれ…、私達…?」

 

「うん…、死んだはず…。てかあれが蘇生魔法って奴なのかな? 生き返ったのは初めてだからわかんないけど…。でもさ、それよりも…」

 

 

空を見上げるイミーナを追ってアルシェも空を見上げる。

 

そこに広がるのは見たことも無い程、複雑で巨大な魔法陣。

帝国の魔法学院でかの大魔法使いフールーダからも魔法を学んだことのあるアルシェでさえ欠片の理解できないものだった。

知らない、という次元ではない。

むしろ、率直に思う。

 

魔法とはここまで出来るのかと。

 

 

「…っ! ウレイリカとクーデリカは!?」

 

 

妹達のことを思い出したアルシェが起き上がり、妹達が隠れていた建物へ走る、だが。

 

 

「俺もさっき探したよ。近くにはいなかった…」

 

 

ヘッケランがそう声をかける。

自分が死んでいる間に何があったのかと不安になるアルシェ。

 

 

「少し時間が経っているようですね。まずは人を探しましょう」

 

 

ロバーデイクが皆へ呼びかける。

一先ず王都の状況を知ろうとフォーサイトの面々は歩き出す。

ただこの時アルシェの中で一つだけ気がかりなことがあった。

 

王都を襲った魔物の数々。

どういう者達がどういう力関係で争っていたのかは分からない。

そして今は空の上に神を感じさせる力が広がっている。

ただ、ルベドを連れて行った黒髪の女。

あれがこの清らかな力を持つ者と同じ側とは思えない。

もし全てが終わったのなら、その女に連れていかれたルベドはどうなったのだろう。

 

 

「ルベド…、大丈夫だよね…?」

 

 

アルシェは胸騒ぎを抑えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

カッツェ平野。

 

 

「ああぁぁぁぁあぁああ!! 神ぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃぃいぃいいいい!!!!!」

 

 

復活直後、すぐに叫ぶニグン。

自分の身に起きた奇跡、そして空に広がる神の慈悲。

彼には耐えられる筈も無い。

今までの奇跡が子供だましにも思えるレベルなのだ。

そこら中に体液を撒き散らしながら蠢くニグン。

もはや言葉にならない。

 

 

「わ、私は信じておりましたっ! いつか神が人類をお導きになるとぉぉおおお!!! い、今が! この瞬間が! その時なのですねっ!? そこに立ち会えるなど、なんたる名誉…、なんたる幸福…! あぁ…! 私の全てを捧げますぅぅうううう! 神よ…! 神よぉぉぉ! ウェヒヒヒ!」

 

 

狂ったようにクアイエッセが天を仰ぎ笑い出す。

同様に周囲にいる純白達も自分を抑えきれなくなり発狂していく。

 

やがて耐えられなくなった彼等はその全身をもって直接、少しでも多く神の威光に、愛に触れようと服を脱ぎ出し体を露わにし始める。

腕を広げ、体の全てで神を感じる純白の面々。

もちろんニグンもクアイエッセもすでに生まれたままの姿だ。

 

 

「皆よ聞け! 世界は滅びに瀕し、我々の祖国も滅びた! だが全ては終わったのか!? 否! 断じて否である! 神が全てを救い、また導いて下さったからだ! 天を見よ! 我らの頭上にある奇跡は一体何だ! これこそが紛う事無き奇跡! 世界を救う光だ! 我らの頭上にある奇跡は一体誰の物か!?」

 

「「「「「神! 神! 神!」」」」」

 

「然り! 然りぃぃぃ! ならば我々は!? 我々は何の為に存在する!? 誰にこの信仰を捧げる!? さぁ問おう! 我々はなんだ!?」

 

「「「「「純白! 純白! 純白!」」」」」

 

「然り! 然りだぁぁ! ならば我々の存在意義は!? 神が御力を示した今何を為さなければならないっ!? 我々の果たすべきものはなんだっ!?」

 

「「「「「救済! 救済! 救済!」」」」」

 

「ああああぁぁああ! その通りだっ! 全くもって然りぃぃぃーーーっ! さぁ! 神と共に世界を導くのだ! 神よ待っていてくださいっ! すぐに我々が駆け付けます! 皆よ我に続けぇぇぇえええ!」

 

「「「「「うぉぉおおおぉお!!!」」」」」

 

 

全身で神の奇跡を肌で感じながら純白の面々が走っていく。

一体彼等はどこに向かっているのだろうか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

名犬ポチの放った魔法に釘付けの守護者達。

幸い、横で名犬ポチが転んだことには誰も気がつかなかった。

 

 

「な、なんというお力…! こ、これが名犬ポチ様の…至高の41人の御力なのですね…!」

 

「わ、私達の力の比じゃない…!」

 

「す、凄すぎますっ…!」

 

「あぁっ…! なんという力の波動…! し、下着が…」

 

「これ程までとは…! 感服致しました…!」

 

großartig(グロースアルティヒ)…!(素晴らしい…!)」

 

 

それぞれが感嘆の言葉を述べている時、横で名犬ポチはガタガタと震えていた。

 

 

(や、やべぇ…! やべぇよ…! こ、こんな雑魚くなったら愛想尽かされるんじゃないかっ…!? もし裏切られたりなんかしたら何にも出来ねぇぞ…! ど、どうする…!?)

 

 

恐る恐る守護者達を見る名犬ポチ。

その視線に気づいたのか守護者達が名犬ポチへ向き直り跪いた。

 

 

「このデミウルゴス恐れ入りました…! よもやこれ程の御力をお持ちとは…! 世界を変えるその御力…! まさに至高と呼ぶに相応しき偉業かと…!」

 

 

そんなデミウルゴスの言葉に他の守護者達も同様に頷く。

 

 

(ま、まずい…! 力が下がったのはもう誤魔化しようがねぇ…! と、とりあえず全部計算通りだって事にするしか…!)

 

 

コホンと一息入れ、名犬ポチが口を開く。

 

 

「ま、まぁな…。た、ただこの力は少々反動がキツくてな…。おかげで力を一時的に! 一時的に失ってしまったがな…! ま、まぁ一時的だけどなっ!」

 

 

念を押していう名犬ポチ。

 

 

「おぉ…、あれだけの御力には相応の代償が付くのですね…。しかし人間共を支配しなければいけなくなったのも全てはナザリックの修繕や我々の蘇生に多量の金貨を使われた為…! うぅ…、全ては至高の御方不在の際の我々シモベの不始末…! 自分達の力不足を恥じると共にナザリックや我々シモベの為にそれほどの御力を使って頂いた名犬ポチ様のお優しさに必ず報いると誓います!」

 

 

デミウルゴスの言葉の真意にアウラやマーレ、シャルティアが気付くと涙する。

名犬ポチがこの魔法を使い力を失ったのは、ナザリックが支配する人間達の数を増やす為。

そしてなぜ人間達の数を増やさなければいけないかというと自分達のせいでナザリックの金貨を大量に消費したからだ。

ナザリックの為にここまでしてくれる名犬ポチの優しさに誰もが感動に打ち震えていた。

 

 

(な、なんか分からねぇけどこいつら泣いてる…。よ、よし! なんか話が違う方向にいったからオッケー! 今の内に違う話して有耶無耶にしよう!)

 

 

最高にクールな表情をする名犬ポチ。

 

 

「さて、それではこれから各国を支配するわけだがその前に邪魔な芽を摘むとしよう」

 

「邪魔な芽、ですか…? この御力を見てまだ名犬ポチ様の邪魔をするような愚か者はいないと思いますが…」

 

 

不思議そうにアウラが問う。

 

 

「ああ、そういう意味じゃない。例えばだ、俺が支配するに当たって俗に悪人と呼ばれるような奴等は邪魔なんだよ…、なぜか分かるか?」

 

 

アウラがブンブンと首を横に振る。

 

 

「他者を虐げ私腹を肥やす者共、あるいは犯罪を犯す者共…。様々なケースがあると思うがこういった奴等は俺の支配の元では害悪にしかならない。例えば、違法な事をするということは何処かでマイナスが生まれるということだ。単純な窃盗しかり、組織を運営する上での横領しかり、あるいは弱者たちから無理に金をむしり取るなど…。それはナザリックの利益を損なうのと同義。暴力行為も同じだ。俺が支配する以上、ある意味で全ての国や民は俺の物だ。個人の欲望の為にそれらを傷付けることは一切許さん。それは将来的な損失となり得るからな…」

 

「な、なるほど…」

 

 

アウラが納得したように頷く。

 

 

「名犬ポチ様のお言葉は理解しました。王都では支配者層の多くが腐っております。排除するとなるとかなりの貴族等達を排除することになりますが…」

 

「構わん。どうせ支配するのは俺たちだ。元々の支配に関わる者達がいなくなろうと問題ない、そうだろう?」

 

「はい、仰る通りです。それでですが名犬ポチ様。そういった者達の処遇は…」

 

「好きにしろ。後は全てお前達に任せる、いいな?」

 

「はっ!」

 

 

恭しく頭を下げたデミウルゴスの顔が嬉しそうに歪む。

 

 

(よくわかんないけど邪魔な奴らはどうにかしないと利益をピンハネしたりするからなー。ま、そこらへんはデミウルゴスとかパンドラズ・アクターに任せておけばいいだろ。ぶっちゃけ経済の仕組みとか細かいこと全然分かんないけどこの辺りで終わっておかないとボロが出るからな)

 

 

等と能天気に考える名犬ポチであった。

 

 

 

 

 

 

玉座の間。

 

そこで名犬ポチは新たな命令を下そうとしていた。

すでにデミウルゴスは配下のシモベと共にシャルティアの《ゲート/転移門》で王都に乗り込んでいる。

あくまで気取られることなく秘密裡に動くという計画だがデミウルゴスならば問題なくやってくれるだろう。

後は探し人が見つかればそれで問題ないと考える。

すでにアウラもエルフ国に直接乗り込み王を攫ってきている。

面倒だからこいつも後でデミウルゴスにぶん投げよう、そう思う名犬ポチ。

あとエルフ国はすでにアウラに従順に従っているらしいので支配は楽そうである。

そして帝国は国としてはマトモらしく、特につつく必要はなさそうなので基本的には丸呑みする方向で進める。

 

他の国についてどうするか尋ねられ考える名犬ポチ。

 

 

(竜王国、あったなそんな国。あ、やべ。犬にしたビーストマン達忘れてたわ。まぁあそこは後でもいいだろ。後はスレイン法国…、やばそうな国だしニグン探して任せちまうか…)

 

 

横に待機しているクレマンティーヌを見る名犬ポチ。

 

 

「クレマンティーヌ」

 

「なーにー、神様っ」

 

 

ニヤニヤしながらクレマンティーヌが返事をする。

 

 

「悪いけどニグン探してきて。で、スレイン法国はお前に任せるって伝えてくれ。間違ってもここには来るなって言っておくんだぞ? いいな? 来ても絶対会わないからな!」

 

「えぇー! 私が行くのー? 私神様と一緒にいたいなっ」

 

「ニグン知ってるのお前だけだろ。とりあえず頼むよ、NPC付けるからサクっと行ってきて。詳しい話はそいつにさせるから」

 

「ぶー」

 

 

不満そうな顔のクレマンティーヌをなんとか説得して追いやる。

レベル1となった今ではニグンやクアイエッセに抗う手段は無い。

いや、元から無かったのだが今ではより一層ない。

この体で会うなんて恐ろしすぎてとてもではないが無理なのである。

 

 

(守護者達ですらあんな反応だからな…。絶対今のあいつらやばいだろうし…。まぁしばらくしたら落ち着くだろ…。スレイン法国が完全に落ちるまでは会えないって突っぱねることにしよう)

 

 

そう心に誓う名犬ポチであった。

 

クレマンティーヌが部屋から出て行った後、横に控えるナーベラルが口を開く。

 

 

「名犬ポチ様、一つよろしいでしょうか…?」

 

「な、なに…?」

 

 

殺気のようなものを放つナーベラルにビビりながら返事をする名犬ポチ。

ていうかよく見ると他のプレアデスの皆も殺気だっている気がする。

 

 

「失礼ですがあの人間は一体何なのでしょうか…? なぜ、たかが人間如きがこの栄えあるナザリックに…」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔をしながらナーベラルが言う。

額には血管まで浮き上がっている。

 

 

「落ち着きなさいナーベラル…! 全ては名犬ポチ様がお決めになったことよ…!」

 

 

それを見たユリがナーベラルを制止する。

 

 

「ですがユリ姉様! あの人間の言葉遣いは何なのですか! あ、あろうことか名犬ポチ様にあのような軽々しい口調で話しかけるなど…!」

 

 

ナーベラルが怒りのあまりプルプルと震えている。

 

 

「私も気に入りませんでしたわ! 至高なる御方に対してあの無礼、とても許される事ではありません! 名犬ポチ様が許可して下さるならすぐに私が体の中に取り込んで苦痛の叫びを上げさせますのに!」

 

「そーっす! そーっす! 許されないっすよー! 私があいつを絶望の底に叩き落してやるっす!」

 

「あんな無礼者ぉ…、私が食べちゃうのぉ…!」

 

 

ソリュシャンやルプスレギナ、エントマまで加わる。

そしてどんどんヒートアップしていくプレアデスの面々。

それを聞いていた名犬ポチが頭を抱える。

 

 

(えぇぇっ…。こ、このままじゃまずいぞ…、クレマンティーヌが殺される…。あいつにはスレイン法国とのパイプ役とか色々考えてたのに…!)

 

 

上手い事、場を収める方法が思いつかない名犬ポチ。

特別扱いすることにしても悪い方向に行くだろうと察する。

そして思わずとんでもない事を発してしまう。

 

 

「お、落ち着いてくれ皆っ…! あ、あいつはそう…ペットなんだ…!」

 

「「「!!!」」」

 

 

名犬ポチの言葉で固まるプレアデス。

 

 

「ぺ、ぺ、ペットっ!? ナ、ナザリックの誰もが憧れる役職にあの人間を!?」

 

 

そう喚き散らすソリュシャン。

他の面々も同様に喚いている中、ユリだけが得心したように頷いている。

 

 

「そ、そういうことでしたか…。なるほど、ペット…。主の心を癒し、また常に側にいることを許された名誉ある役職…。シモベでありながらその役職上、表面的な上下関係からは一切解放されるという…。だからあのような口調も許されていたのですね…」

 

「ま、待って欲しいっす! そ、そんな役職になんであの人間をっ!? ずるいっす! 言ってくれれば私がペットになるっすからー!」

 

「ペットォ…、羨ましいぃ…」

 

 

さらにヒートアップしたプレアデスが名犬ポチに畳みかける。

その中でただ一人、ナーベラルだけが泡を吹いて倒れていた。

 

 

(うわぁぁ…! な、なんか余計に酷いことになったぁ…!)

 

 

さらに頭を抱える名犬ポチ。

もうどうしていいかわからなくなったその時。

 

玉座の間の扉を開けてシズが入ってきた。

 

 

「名犬ポチ様、ルベドの修理終わった」

 

「そ、そうかっ!? すぐ行くっ!」

 

 

速攻でシズの元まで駆け寄る。

後ろでまだプレアデス達が喚いているが気にしない事にする。

そうして名犬ポチは玉座の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

タブラの工房。

そこで横になっているルベドを目にすると同時に名犬ポチが驚く。

 

 

「か、体…」

 

「うん。ちょうど修理が終わった瞬間だった。流石名犬ポチ様」

 

 

今彼等の目の前に横になっているルベドの外見は元通り少女の姿に戻っている。

もちろんこれはシズの手によるものではない。

 

 

(あー考えてなかったぁ! そうか、そういえば十二宮の悪魔がルベドの血肉なんだっけか? 他のNPC達と一緒に蘇生したから確認してなかったな。なるほど、この錬成された血肉は一応十二宮の悪魔扱いなわけだ。で、蘇生すると再びルベドの身体になる、と)

 

 

一つ勉強になったなと思う名犬ポチであった。

 

 

「シズ、起動してくれ」

 

「了解。でも少し問題が」

 

「なんだ?」

 

「基礎データの一部に欠損がある。以前と違って行動に影響が出る」

 

「どういう影響だ?」

 

「主に言語野や基本知識の部分。行動を決定、あるいは判断する為の基本データが足りない為、非効率的に為らざるを得ない」

 

「??? つ、つまり?」

 

「分かり易く例えるなら幼児退行。言葉でさえ収録数がかなり減っている。基礎データの一部だから安易に書き換えるわけにはいかない」

 

「そ、それはもうどうしようもないのか…?」

 

「どうしようもない。ただ新たに学習することは出来る」

 

「ふむ…、ならば問題ないか。よし、起動してくれ」

 

 

命令を受けてシズがルベドを起動する。

 

 

「起動完了。指揮権を持つ人を指定して下さい」

 

 

ロボットのような無機質な声が流れる。

以前と変わらぬアルベドを幼くしたような声だ。

 

 

「指揮権を持つのは名犬ポチだ」

 

 

その言葉を聞くとルベドは名犬ポチのほうへ顔を向ける。

 

 

「映像、音声から本人と確認、認証しました。行動を開始」

 

 

その言葉と共に目が赤く光る。

それはルベドが起動状態にあることを示すものだ。

 

ルベドはゆっくりと立ち上がり、台から恐る恐る降りる。

 

 

「おはよ…名犬ポチ様」

 

 

「おはようルベド」

 

 

「…なにすればいい?」

 

 

少し舌足らずな印象を受ける。

さらに周囲のデータが無いのかキョロキョロと珍しそうに見ている。

基礎データに欠損、つまり幼児退行とはこういうことらしい。

 

 

「いいかルベド。好きに生きろ、お前の行動はお前が決めるんだ。分かったか?」

 

「…よくわかんない、むずかしい」

 

「最初はそれでいいさ。皆、最初はどうしたらいいかわからないものなんだ」

 

 

名犬ポチは思う。

誰よりも優しくあれと生み出されたルベド。

結局はどうすればいいのかは分からない。

だからこそ自分に決めさせる。

それが無責任と呼ばれるものなのか、優しさなのかは分からない。

でも、きっと人間だって生まれた時は目的なんかない。

成長していく過程で得ていくものなのだ。

だからこそルベドには自由を与えたい。

そう思った。

だからこれはただのお節介だ。

 

 

「それとなルベド、お前に会わせたい奴がいるんだ。シズ、入れてやってくれ」

 

「それは構わないけどルベドにその記憶は無い、会わせたところで…」

 

「いいんだ。初期化したってルベドの本質は変わらない。前のルベドがあんなに会いたがった奴なんだ、きっと大丈夫さ、そうだろ?」

 

「…了解」

 

 

そうして外に出たシズが一人の少女を連れてくる。

 

 

「…だれ?」

 

 

その連れて来られた少女はルベドを見るなり走り寄る。

 

 

「良かった…! 無事だったのねルベド…! 貴方のおかげで妹達は無事だった…! 街の人達に保護されて元気にしてたの…! ありがとうルベド…! ……、ルベド…?」

 

「…わたしのこと、しってるの?」

 

 

首を傾げ、不思議そうに少女を見るルベド。

 

 

「し、知ってるも何も…、ど、どうしちゃったのルベド?」

 

 

ルベドの反応に怪訝そうな顔をする少女。

 

 

「シズ、言ってないのか?」

 

「忘れてた」

 

 

テヘと無表情のまま舌を出すシズ。

仕方なく名犬ポチがその少女に簡単に説明する。

ルベドはもう何も覚えていないと。

説明を終えた名犬ポチはシズを連れて部屋を出ていく。

 

部屋に残されたのはルベドと一人の少女だけ。

 

 

「…わたしはルベド、あなたは?」

 

「うっ、うぅぅ…」

 

 

ルベドを前に少女は泣き崩れる。

それを見かねたルベドが少女に近づき顔を覗き込む。

 

 

「…かなしいことがあったの?」

 

「うぅ、ひっく…」

 

 

泣き続ける少女をルベドがそっと抱きしめる。

 

 

「…っ!?」

 

「…データにある。こうするとさみしくないよ」

 

 

少女を慰めるようにルベドがよしよしと頭を撫でる。

善悪の区別も、愛も何も知らない。

だが人一倍寂しがり屋のルベド。

だからこそ他人を思いやるというデータが、少しだけ入っていた。

 

 

「うぅ…アルシェ…! 私はアルシェ・イーブ・リイル・フルトッ…!」

 

「…そう、よろしくアルシェ」

 

「うんっ…! よろじぐっ…!」

 

 

情けなく泣き続けるアルシェ。

ルベドに忘れ去られたことが悲しかった。

酷い出会いをし、驚くような事もあった。

街に連れて行けば常識もなく手がかかった。

でも、助けてくれた。

おかげで妹達とも会えた。

短い時間だけど、多分大切な時間だったのだ。

誰よりも強く、また恐ろしくもあったルベド。

でも、色んな事を学ぼうとひたむきだったルベド。

その全てがルベドであり彼女だった。

それを忘れてしまったとしてもアルシェは覚えている。

一緒にいたから知っている。

 

ルベドは優しい。

 

 

 




次回『悪神の支配』それは逃れえぬ絶望。


前回の予告で↑でしたが(今は修正済)登場人物が多くそこまで行きませんでした。

今回から便宜上、新章になりましたがそんなに続きません。
前回も言った通りそろそろ終わると思います。
ただ皆生き返っちゃったから登場人物多いなぁ…

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