オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


名犬ポチは2度復活する。
そしてラストバトルへ。
※色々と描写不足が見受けられたので少し修正しました。主に後半の守護者絡みの部分です。


禁忌

ルベドを迎え撃つためナザリックの外に出て待ち構える名犬ポチ。

シズは墳墓の入り口の中から様子を伺っている。

そして恐らくこの様子は全てパンドラズ・アクターが監視しているだろう。

パンドラズ・アクター的にはピンチになったら助けに来るつもりで監視しているのだろうが徒労に終わると断言していい。

 

なぜならこの戦いに限り、名犬ポチが助けを必要とすることは無いからだ。

隠しスキルのあれと違い、誰かに後を頼むこともない。

正真正銘、名犬ポチが五体満足でこの場を収めるのだから。

 

 

「来たか…」

 

 

名犬ポチの視界の端に人影が映る。

以前の美しい少女の面影はもうどこにもない。

人間の骸骨を模したような金属骨格を持つ自動人形。

外殻のほとんどが亀裂や、変形、または吹き飛んでいる。

片腕を失い、動かぬ片足を引き摺りながらゆっくりと、しかし必死にこちらへ向かってくる。

 

満身創痍でありながらもその瞳だけが煌々と輝いていた。

 

ルベドはまだ諦めていない。

 

命令を遂行する為ならきっと全てを投げ打つ。

 

 

「どこにも…、誰もいない…! 皆が…いない…! 嫌だ…、そんなの嫌だ…!」

 

 

何かを嘆きながらルベドは進む。

最初の命令を遂行しようとしている最中にさえ表層の記憶から逃れられない。

いや、逃れられないからこそ最初の命令を遂行しようとしているのだ。

それだけがルベドに残された最後のものだから。

それすら失ってしまえば、ルベドの存在意義は消える。

 

きっと使い勝手の悪い失敗作として再び捨て置かれる。

 

ただの置物に逆戻り。

 

誰にも必要とされないまま。

 

 

「あぁぁっ…! 私はっ…! 私は役立たず…じゃないっ…! ちゃんとやれるっ…! ちゃんと…!」

 

 

だがルベドは気付いていない。

もう命令権を持つアルベドは存在しないのだ。

 

命令を遂行すれば、いや、してしまえばそれでも存在意義を失う。

 

なぜならもう次の命令が下されることはない。

 

ルベドの目的は掻き消え、次を指し示されることは永遠にないのだ。

 

失敗しようと成功しようと、ルベドに待っているのは無。

 

ルベドは決して、救われない。

 

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)じゃ音声は拾えないから分からなかったが…、どうやら想像していたより酷いことになってるみたいだな…」

 

 

ルベドを見た名犬ポチが小さく呟く。

 

 

「だから…一人にしないで…! 役に立つから…! だから置いて…いかないで…!」

 

 

名犬ポチが危惧したのは外見上の問題ではない。

いくら損傷していようがそれは本当の問題ではない。

心の傷こそが重要なのだ。

 

 

「タブラさん…。あんたの作ったNPC…、いや、娘はこんなことになっちまってるぞ…。ギャップ萌えなんてろくでもねぇことばっか考えてるからだ…。ていうかそもそもアルベドもあんたの設定通りに動いたからああなったのか…。おいおい、もしかして…、いや完全に全部アンタのせいじゃねぇか!」

 

 

途中から真の元凶が誰なのか察し始める名犬ポチ。

だが今はそんなこと言ってる場合ではない。

 

 

「とは言ってもいない奴に文句は言えないし…。それに大事な仲間のケツは仲間が拭いてやらねぇとな…」

 

 

ルベドを見ながら名犬ポチの記憶が蘇る。

それはタブラとの何気ない会話の一節。

 

 

 

 

 

 

タブラが自身の工房で作業をしている時、何者かが扉を開けた。

 

 

「タブラさん聞いたぜ、とんでもねぇNPC作ってるんだって?」

 

 

最高にダンディーな仕草でハードボイルドなイケメンボイスを響かせて入室してくる訪問者。

振り向かずとも気配と声だけで誰かタブラはすぐに気付く。

 

 

「ポチさんか。ああ、そうだ。今度は凄いぞ。なんたって最強だからな」

 

 

人間の骸骨を模したような金属骨格を前にして誇らしげにタブラが語る。

 

 

「ふーん。ヘロヘロさんから聞いたけどそれ本当に動くのか?」

 

「一応、理論上は動くはずなんだけどな。まぁ完成してみないことにはわからんな」

 

「しかしコンソールから簡単にNPC作れるのになんでこんなことするかね」

 

 

動かない金属骨格を珍しげに名犬ポチが見やる。

 

 

「浪漫だよ浪漫! あんなゲームの制限に捉われずもっと上の可能性を見たいんだ!」

 

「浪漫とかウルベルトさんみたいな事言い出すのな」

 

「あの人とは少し方向性が違うがな。まぁでもそこに共感してくれたのか外装作る為にいくつかのNPCを貰えることになったけど」

 

「NPC貰えるとかできんのか? 製作者は変更できないだろ?」

 

「別にNPCの権利関係は必要ない。ただ俺の錬金術のスキルで材料にさせて貰うだけだ」

 

「へぇ、それはこれにも適用できんのか? すげぇな」

 

「一応オブジェクト判定あるからな。それにNPCを錬成して貼りつければ外装を変えられると思う。そうすれば一種の罠としてギミック判定されることになるかもしれないがそれで上手くいくはずだ」

 

「面白いこと考えるな…。無機物に有機物を錬成して動く罠を作るってのはよくある話だけどまさか無機物をメインに持ってくるとは…」

 

 

関心したように名犬ポチがアゴに手を当てる。

 

 

「で、タブラさん」

 

「ん?」

 

「今回のコンセプトは何なんだ、あんたの事だからろくでもない設定にしてるんだろ?」

 

「ふふふ、そこに気付くとはな…!」

 

「いやニグレドとアルベド見てれば誰でも気付くわ」

 

 

呆れ顔で突っ込みを入れる名犬ポチ。

タブラは気にした様子もなく続ける。

 

 

「もちろん最初に言った通り最強。だがそれだけじゃない、最凶最悪の殺戮マシーンなのだ!」

 

 

誇らしげに胸を張ってタブラが宣言する。

 

 

「他者を殺す為に秀でた機能の数々! ロボ物が流行った時代から存在した男の浪漫とも言うべき荷電粒子砲! その全てを可能とする為のエネルギー源として熱素石(カロリックストーン)を大量に使用している!」

 

 

鉱山を独占するような非常識なプレイが必要になるが、複数回手に入れることができる貴重な世界級(ワールド)アイテムである熱素石(カロリックストーン)

そのほとんどをルベドにつぎ込んでいる。

 

 

「あ、あんた鉱山の独占にやたら意欲的だと思ったらこういうことだったのか…! ま、まさか自分の欲望の為にギルドを巻き込むなんて…!」

 

「クックック、皆望んだように動いてくれたよ…!」

 

 

この後、名犬ポチが「お主も悪よのう」と続けるがあくまで悪のロールプレイの一環である。

鉱山独占はちゃんと皆で決めたことである。

ただその立役者がタブラであったのでより多く自由に使っていい権利を貰っただけなのだ。

 

 

「でだタブラさん。お得意のギャップ萌えはどうなってんだ? あんたのことだ、これで終わりじゃないんだろ?」

 

 

名犬ポチの問いにニヤリと笑うタブラ。

 

 

「良く分かってるなポチさん。ああ、そうだよ。ナザリック最強で最凶最悪の殺戮マシーン、ルベド! でもな、こいつは人一倍寂しがり屋で誰よりも優しいんだ…。機械であり感情を持っていないが故にそれを追い求める…。誰よりも命の尊さを理解しているし、また誰よりもそれを大事にしたいと願ってる…。だってそれはルベドには無いものだから。誰だって自分に無いものは眩しく見えるだろ?」

 

 

タブラの声がわずかに震えている。

多分、自分で言って勝手に感動しているのだろう。

ろくでもない奴である。

 

 

「おかしいだろ! 誰よりも優しくて命の尊さを理解してて大事にしたいと思ってんのに殺戮マシーン!? 幸せになれるビジョンが全く見えてこねぇ! なんだその矛盾の塊は!?」

 

「だからいいんだろ? 最高のギャップじゃないか…。命に触れる手段が殺すことだけなんて…! ああ、なんて可愛らしく、いじらしいんだ!」

 

「深ぇ! アンタ業が深すぎるよ! どう生きたらそんなことになるんだよ! 前世で禁忌でも犯してんのか!? しかも洗練されてきてんのか姉妹でも下に行くほど酷くなってるよ! 今思えばドッキリホラーで済んでるニグレドが凄くまともに感じてくるレベルだよ! 顔の皮ないけど!」

 

 

邪悪と言わしめる名犬ポチですらドン引きだった。

割とマジで笑えない。

これに比べれば処女ビッチとかはまだユーモアを感じれないこともない気もする。

 

 

「まぁゲームの中だしさ。せっかくだから行き着くとこまで行ってみたくなっちゃって」

 

「全く…。これがゲームの中で本当に良かったよ…。あとなタブラさん、言っておくけどあんた絶対まともじゃないからログアウトしたら一回病院行ったほうがいい」

 

「はっはっは。またまた御冗談を」

 

「結構本気だけどな」

 

 

そんなやり取りをしながらルベド制作の現場をしばらく見守る名犬ポチ。

その際、色々とタブラから話を聞くことになる。

例えばそう、一体何がルベドを最強たらしめているのか、等。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。こんなこと誰も予想できないからしょうがないっちゃしょうがないんだけどさ…」

 

 

ルベドを見ながら頭をポリポリと掻く名犬ポチ。

深いため息を吐き、誰かを諭すように一人ごちる。

 

 

「ゲームじゃなくなっちまったよタブラさん…。おかげであんたのルベドは大変なことになっちまってるぞ…。あんな悲しそうな叫び、もうこれ以上聞いてられねぇよ…。悪ぃけどここからは俺の好きにやらせて貰うぞ…」

 

 

そして名犬ポチがルベドへと歩み寄る。

それに気づいたのかルベドが口を開く。

 

 

「名犬…ポチ様…?」

 

「ほう、俺のこと知ってんのか。いや、タブラさんがナザリックに絡むデータは入れておいたって言ってたな。ふむふむ。てことはやっぱり入力されたデータは生きてるわけか…。ならば設定ももちろん生きてんだろうな…」

 

 

だからこそこんな事になっているのだろう。

最初から察しはついていたが改めて確信する。

詳しくは分からないがルベドの設定を知っていれば誰でも予想できる。

 

多分、死に触れすぎたのだ。

 

自分で殺したのか、あるいは目の前で死んでいったのかはわからない。

 

 

「現実じゃ人一人死んだだけで大騒ぎだ…。家族や友人が死んだらそれだけで悲しい…」

 

 

名犬ポチは思う。

身近な人が死ねば誰だって悲しい。

ならば、誰よりも優しく命を大事にしたいと願っているルベドにとってそれはどれだけの悲しみなのだろうか。

名犬ポチには分からないし、理解できる方法もないだろう。

だが予測は出来る。

その人にとって最も大事な誰かが死んで、これ以上ないという最大限の悲しみに包まれた時のように。

それだけの悲しみを何度も感じていたのではないか、と。

もしかするとそれ以上に。

 

 

「自分だったら耐えられねぇな…。モモンガさんが目を覚まさないだけで泣いちまってんだから…」

 

 

少し前の自分を恥じるようにかぶりを振る名犬ポチ。

改めてルベドを見つめなおし、会話を試みる。

 

 

「よぉルベド、久しぶり。いや完成した時には立ち会ってないから初めましてというべきか…? まぁいいさ。それよりもお前の目的を教えてくれないか? ()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

だが名犬ポチの言葉にルベドは沈黙したままだ。

 

 

「ふむ、答える余裕がないのか、あるいは命令遂行の為には答える必要がないから答えないのか? よし物は試しだ。ならばこうしよう。お前の目的が俺の意に添えるものであるならば協力しよう。どうだ? 人手は多いにこしたことはないだろう? 少し俺に説明の時間を割くだけで目的に近づけるかもしれんぞ?」

 

 

名犬ポチの言葉が効いたのかルベドが口を開く。

 

 

「アルベド姉さんとモモンガ様の愛を邪魔するものを全て排除するの…、それが命令…。そして愛は永遠…、だから姉さんもモモンガ様も死んでしまえばもう誰も邪魔できない…そうでしょ?」

 

 

ルベドの言葉に名犬ポチは目を細める。

その言葉の意味するところを察したからだ。

 

 

「…ということは今のお前の目的はモモンガさんを殺害するってことか?」

 

「うん…。協力してくれる…?」

 

 

騙すような形になってしまったが最初から名犬ポチはルベドに協力する可能性はないだろうと考えていた。

裏切ったアルベドがどのような命令を下したのかのおおよその察しはついていたから。

ナザリックの中を見回る時に、アウラの命令でデミウルゴスと合流したクアドラシルから報告を受けていたパンドラズ・アクターから全ての話を聞いていた為、自分が死んだ後にどういうやり取りがあったのかはおおよそ知っている。

今の問いはあくまで確認の為に過ぎない。

もしかしたら万が一、何か違う可能性があるのではないかと期待して。

だがそんなことは欠片もなかった。

やはりやるしかない。

 

 

「すまんなルベド、協力はできそうにない。むしろ俺はお前を止めなければいけなくなった。お前の目的を達成させる訳にはいかない」

 

「そう…。ならば敵として私は名犬ポチ様を排除しなくてはならない…」

 

「やってみろっ!!!」

 

 

名犬ポチが一気にルベド目掛けて走っていく。

それは誰が見ても名犬ポチが先制攻撃を仕掛けようとしているように映ったに違いない。

ルベドもそう判断しただろう。

 

だからルベドは名犬ポチを迎撃する為に動く。

 

手足も満足に動かず、もはやまともな戦闘を行えないルベド。

普通に戦えばよっぽどの雑魚ではない限り現状では負けてしまうだろう。

だからこそ彼女はいきなり切り札を切るしかない。

 

勝利する為に、最強たる切り札を。

 

目的遂行以前にここで倒れてしまえば本末転倒なのだ。

だからこそルベドは負けるわけにはいかない。

 

 

「っ!! 逃げて名犬ポチ様っ!」

 

 

遥か後ろ、ナザリックの入り口からシズの叫びが響く。

彼女は知っているのだ。

ナザリックにおいてギミック判定となっているルベド。

そしてナザリックのギミック全てを熟知しているシズはルベドが何をしようとしているのかすぐに理解した。

無駄だと分かっていても叫ばずにはいられない。

 

それはルベドの最凶最悪の切り札。

 

どんな状態であろうともエネルギー源である熱素石(カロリックストーン)さえあれば放てる規格外のチート技。

一つでもゲームのバランスを崩しかねないと言われる世界級(ワールド)アイテム。

それを複数つぎ込んだことにより起きたインフレ中のインフレ。

最凶最悪の殺戮マシーンの面目躍如。

 

今までルベドが本当の意味で追い込まれることがなかったのは幸運だっただろう。

もし自分が破壊されると確信し、他に打破できる手段がなくなったのならば間違いなくその瞬間に使用していたから。

 

 

ルベドの身体が次々と変形していく。

正確には体のあらゆる場所の外殻がスライドし折りたたまれ、内部から機械が飛び出し、無数の砲口が姿を現した。

 

 

結果論だがデミウルゴスの十二宮の悪魔達による拘束技で捉えて倒すという手段は最高に冴えた方法であった。

ギミックを含め、動く物全てを一定時間拘束するというそのスキルの性質上、一度変形を経なければならないルベドの切り札を完全に封じることに成功した方法だったのだから。

正面から正攻法でルベドを倒せたかもしれない数少ない方法の一つであったのだ。

今となっては語ってもしょうがない事ではあるが。

 

 

無数に飛び出た砲口は隙間なくルベドの身体を覆うように展開されていく。

 

 

 

これこそルベドの真なる必殺技・方位360度連続荷電粒子砲。

 

 

 

一撃ですらまともに直撃すれば100レベルすら屠りかねない威力を誇る荷電粒子砲。

デミウルゴスの大爆発が威力だけなら勝るとはいえ、所詮は単発。

無数にあらゆる方向へ連続して放たれる荷電粒子砲の前では威力など比べ物にならない。

 

もちろん欠点はある。

その力を全てエネルギー放出に割くので任意に止めることはできない。

ルベドの身体が持たなくなって消滅するまでそれは続く。

 

ある意味ではデミウルゴスの完全超上位互換であると言ってもいい。

 

互いに中二病を患わせていた者同士、ウルベルトとタブラは仲が良かった。

タブラがウルベルトからインスピレーションを受けたのか、あるいは結果的に行き着いた場所が同じだったのかは分からない。

だが少なくとも彼等の目指した場所は同一線上にあった。

 

蛇足ではあるが、もしかするとウルベルトがタブラに十二宮の悪魔を提供した理由はそれかもしれない。

十二宮の悪魔ならば止められると確信しており、また自らが最強を止める手段を担うという中二病的な何かに刺激されていた可能性もある。

結局は本人に聞いてみなければわからないだろうが。

 

そしてルベドのこの技が使われることは最後まで無かった。

それはそうだ、もしあれば今ここにルベドは存在していないのだから。

タブラとて使うつもり等なかっただろう。

誰よりも設定に拘るタブラにとって、そういうものであるという事実のみが大事であったのだ。

何より多大な時間と素材と金をつぎ込んだ存在を一瞬で失うような真似などする筈が無い。

 

 

だから全ては机上の計算に過ぎない。

過ぎないが、恐ろしい事にその計算上ではルベドはその必殺技を使用した場合、単体で世界級(ワールド)エネミーを撃破しかねないという域に達していた。

世界級(ワールド)エネミーの体力、一撃の荷電粒子砲が与えるダメージ、そしてルベドが消滅するまでに放てる数、その他もろもろを計算していくとルベドは消滅する前に世界級(ワールド)エネミーを滅ぼせるのだ。

 

本来のスペックでさえナザリック最強の個と言わしめたルベド。

 

それに加え、複数の世界級(ワールド)アイテムを使用した極致。

 

ユグドラシルにおいて最上の存在すら凌駕する。

 

まさに最凶最悪の殺戮マシーン。

 

他者を破壊し滅ぼす為だけの存在。

 

相性の悪ささえ覆す絶対的な最強。

 

中二病の行き着く先。

 

誰も彼女には勝てない。

 

誰もが彼女より先に滅ぶ。

 

彼女より後に倒れる者など存在しない。

 

言い換えれば、誰も彼女を敗北させることは出来ない。

 

敗北しないからこそ、最強。

 

これこそがタブラ・スマラグディナの最高傑作。

 

だが代償が大きすぎるが故に使えないという失敗作。

 

それこそがルベドの全てだ。

 

 

そんな彼女が誰よりも優しいなど…、悪夢以外の何物でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

名犬ポチを監視していたパンドラズ・アクターが即座に動く。

 

もはや名犬ポチの死は不可避だ。

何者にも防げない。

自分が何をしても覆らないだろう。

だがそれでもシモベの一人として動かないわけにはいかない。

完全に想定外だった。

 

ルベドがここまでとは。

 

技を出す前でも理解できる。

あれは何もかもをも滅ぼす。

 

自分や最高レベルの守護者達、いや至高の41人でさえ嘲笑うかのように吹き飛ばしてしまう。

まさにこの世の終わりだと。

 

 

 

ここにおいてパンドラズ・アクターの考えは合っている。

ユグドラシルにおいてはゲーム的な都合で攻撃の最大射程というのが決められていたが、この世界に転移し現実的な法則に左右されるようになったが故に、なってしまったが為に。

 

例えば、名犬ポチの隠しスキルが大幅な強化を果たしたように。

 

ルベドの技も大幅な強化を果たしている。

 

ゲーム的な都合ゆえの射程が存在しなくなっているのだ。

 

ただでさえ凶悪な荷電粒子砲の一撃。

 

誰も成し得た事が無い為、いや実行できない為、これもまた机上の計算となるが一説によるとある種のビーム兵器はエネルギーが続く限り永遠に伸びる、とも言われている。

それが真実だとするならば。

 

 

きっと、惑星の一つぐらい簡単に消し飛ぶ。

 

まさにこの世の終わり。

 

 

 

 

《ゲート/異界門》を使用しナザリックの外へと出たパンドラズ・アクター。

 

だが彼の出番が来ることはなかった。

 

 

彼は見たのだ。

 

 

この状況を前にしてなお、いや、この状況を覆す神の一手を。

 

この時の事を後にシズとパンドラズ・アクターはナザリック内で喜々として語ることになる。

 

そのせいでただでさえ限界突破している至高の41人の株がさらに爆上げされてしまうことになろうとは名犬ポチは想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

使()()()()()! ()()()()()()()!」

 

 

絶望以外の何物でもない状況にも関わらず名犬ポチの笑い声が響く。

 

パンドラズ・アクターやシズが感じている恐怖などない。

 

そもそも100レベルのパンチ一発で消し飛ぶ名犬ポチ。

 

彼からすればそれと今の状況に何の違いがあるというのか。

 

等しく、同じ死だ。

 

しかも絶対的な死を前に行動するのはもうアルベドとの闘いで経験している。

 

物怖じなどするはずが無い。

 

だからこそ冷静であり、ミスすることなく名犬ポチは事にあたることが出来た。

 

ゲーム内でも弱者であるが故に誰よりも多くピンチに直面し、またピンチを克服できる機会に恵まれたのだ。

 

名犬ポチ。

 

弱者であるが故に、抗える。

 

弱者にとってピンチなど日常の一コマに過ぎないのだから。

 

ピンチこそ、弱者の領域だ。

 

 

 

「ああ、くそっ! 分かってるさっ! ()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

名犬ポチが秘匿してきた切り札中の切り札。

 

いや、正確には切り札と呼ぶべき代物かは意見が分かれるところだろう。

 

全ては使い方次第だ。

 

名犬ポチの汚点にして恥辱。

 

これはギルドメンバーにすらひた隠しにしてきた名犬ポチの秘密。

 

ユグドラシル時代でさえ一度も使用しなかった秘儀中の秘儀。

 

知っているのは、名犬ポチを除けば、ただ一人。

 

鏡合わせの似た者同士。

 

同じ業を背負ったが故に共に背負った負の遺産。

 

二人だけが知っている。

 

二人だけが使える。

 

二人だけが条件を満たし習得した魔法。

 

その二人はどこにも情報を漏らさなかった。

 

それは二人にとって口外したくない事実でもあったから。

 

だからプレイヤーでこの魔法を知っている者は他にいないだろう。

 

互いに何度も殺し合い、互いに手の内を全てさらけ出し、何もかもを知っているが故に使用できる。

 

 

きっとそれが習得の条件だったのだろう。

 

 

自分以上に相手の事を理解し、数え切れない程の屍を乗り越えたことで。

 

二人はこの力を得た。

 

 

「あああああっ!!!!」

 

 

肉球と肉球を重ね合わせる名犬ポチ。

覚悟を決めてなお、彼は叫ばざるをえなかった。

 

なぜならそれは名犬ポチの全てを否定する。

 

アイデンティティーの全否定。

 

今、この瞬間。

 

名犬ポチは名犬ポチでなくなるのだから。

 

 

 

 

 

「《パーフェクト・オーバーキャット/完全なる超越猫》!!!」

 

 

 

 

 

その叫びと共に突如として名犬ポチの身体が激しく輝きだす。

そしてその輝きの中から飛び出してきたのは黒き子猫。

 

 

その姿はまるで、宿敵であるカッツェそのものであった。

 

 

 

文字通りその魔法はオーバーキャットのスキルや魔法の全てを使用することができる。

厳しい取得条件の為か、本職と一切変わらぬ性能を誇る。

死亡時の隠しスキルさえ再現が可能。

 

カッツェも同様に対となる《パーフェクト・オーバードッグ/完全なる超越犬》を使用することができた。

 

そんな二人はある時、決めたのだ。

 

因縁の敵である者の力を借りるなどとんでもない、と。

 

使用した方は負けを認めると、そう誓った。

 

賭け金はプライド。

 

互いの尊厳だ。

 

 

だからこそ名犬ポチは最悪の気分だった。

あれだけ目の仇にし、何度も苦渋を飲まされ続けた憎き相手。

その相手の力に頼らざるを得ないこの状況。

完全に敗北を認めこの魔法を使用した、それなのに。

 

悪くない気分だった。

 

それが何よりも悔しくて、腹立たしかった。

もっともっと惨めな気持ちになると思っていたのに。

こんな気持ちになるなど、本当に最悪の気分だった。

 

 

「くそっ…! なんでだよ…! 俺はお前の事が大っ嫌いだったのに…! ちくしょう…! 嘘だろっ…! なんでこんな気持ちになんだよっ!!!」

 

 

カッツェを思わせる姿となった名犬ポチがルベドへと飛び掛かる。

ルベドの方位360度連続荷電粒子砲はもう放たれる直前。

 

だがそれでも名犬ポチは負ける気がしていない。

 

自分の事以上にカッツェの魔法やスキルを熟知しているし、心から信頼している。

 

だからこそ理解しているのだ。

 

カッツェならばこの場すら収められると。

 

他には誰にも、どんな強者でさえ抑えられない絶望的なこの状況。

 

ライバルであるカッツェだけがこの場を収められるという事実がちょっとだけ、ほんの少しだけだが。

 

 

 

きっと名犬ポチは誇らしかったのだ。

 

 

 

 

「<A hated thieving cat/お魚くわえたドラ猫>!」

 

 

 

ここで使用したスキルはオーバーキャットを極めた際に取得できる化け猫のスキルよりもランクが落ちる。

オーバーキャットのレベルを1取っただけで得られる最初のスキルだ。

 

他者の使用中のアイテムを盗むという厄介なスキル。

本来はさほど強力なスキルではなかった。

 

ただ一つ、このスキルには運営の設定ミスがあった。

使用中のアイテムに限り何でも盗めるという特殊性ゆえか一部の世界級(ワールド)アイテムさえ対象となってしまっていた。

そのことについて運営からは正式なアナウンスは無かった。

だが多くのプレイヤー達がこのことを運営のミスだと断言したのは理由がある。

 

覚えているだろうか。

オーバーキャットの別名としてフレーバーテキストにはこう記載されている。

 

 

世界級(ワールド)攫い、と。

 

 

実は最初は違ったのだ。

最初はアイテム攫いと表記されていた。

だが世界級(ワールド)アイテムを盗めるという凶悪さが判明するや否や運営に抗議が殺到した。

後日、メンテ後にオーバーキャットのフレーバーテキストを見てみると世界級(ワールド)攫いと書き換えられていたのだ。

つまり、運営はプログラムを修正するのではなく、フレーバーテキストを書き換えることで辻褄を合わせた。

多くのプレイヤーは激怒し運営を怠惰、給料泥棒など揶揄したが、肝心の運営はダンマリを決め込んだ。

 

これは後にまでかなり長い間、プレイヤーの間で議論されるが終ぞ決着がつくことはなかった。

 

全てのアイテムを盗めるという言葉通りに捉えるならば世界級(ワールド)アイテムを盗めてもおかしくない、いや世界級(ワールド)アイテムだけは例外だから盗めるべきではないと。

 

だが議論はどうあれ使用するタイプの世界級(ワールド)アイテムを盗めるという事実には変わりはない。

 

 

そして今、ルベドが所持している熱素石(カロリックストーン)

これはどういう判定になるのか。

 

継続的ではなく、瞬間的に多量のエネルギーを要求する場合に限り、熱素石(カロリックストーン)は使用中という判定になる。

その対象はキャラクターですらなくていい。

効果範囲は広くないものの、使用されているという事実だけがあればこのスキルは効果を発動する。

 

タブラとの会話でルベドの事を知り、またライバルである猫の事を本人よりも理解していたからこそ辿り着いた名犬ポチだけが出来る賭け。

どちらが欠けても成り立たない。

勝率100%を確信して放った渾身のスキル。

 

 

結果。

 

 

誰も抗えない世界を消滅させ得る最凶最悪の技を使用したからこそ、ルベドは負けた。

 

ルベドへと飛び掛かった名犬ポチが、そのまま何事もなくすれ違うように着地する。

 

 

「な……! あぁっ……!」

 

 

それと同時にルベドの身体が、プスン、という音を立てて動きを止める。

身体のあらゆる隙間から、砲口から煙が立ち上る。

エネルギー不足により、体内の機械が動作できなくなったのだ。

行動停止、それは射撃失敗をも意味する。

そのまま力なくルベドは膝から崩れ落ちる。

ここにいるのはただの無力な自動人形でしかない。

 

もうルベドは荷電粒子砲を撃てないのだ。

 

なぜならその源である熱素石(カロリックストーン)は全て名犬ポチが口に咥えているのだから。

 

いくら最強といえどその源が無くなってしまえば最強足り得ない。

 

故に敗北。

 

 

「す、すごい…!」

 

「おぉ…! なんとwunderbar(ヴンダーバール)…!(素晴らしい…!)」

 

 

名犬ポチの神業を目の当たりにしたシズとパンドラズ・アクターはあまりの衝撃にその場に立ち尽くすことしかできなかった。

知らない者が見れば、別に何も起こる事なく名犬ポチがジャンプして終わっただけにしか見えない戦いであっただろうがこの二人は知っている。

 

ルベドの危険性と、それが何を齎したかを。

 

だからこそありえない事実を前に、感動に身を震わせるしかできないのだ。

 

間違いなく名犬ポチは絶対的とも言える滅びからこの世界を救ったのだから。

 

 

「あ…ががががあっが!!!」

 

 

突如として大量の熱素石(カロリックストーン)が口に詰め込まれることになった名犬ポチ。

慌ててそれらを無理矢理吐き出す。

想定以上の量とサイズに名犬ポチのアゴは外れ、口の端も滅茶苦茶に切れている。

死ぬほど痛いやつである。

 

このスキルを使用した場合、アイテムを口に咥えて盗むという謎の制約が付くがゲーム内においてサイズ等はビジュアルだけの問題でどれだけ大きくてもスキルの行使には関係なかったが現実世界になったことで目も当てられない結果になる。

これだけは計算外だった。

 

なんとか吐き出した後、慌ててアゴをはめる名犬ポチ。

せっかく決めたのにアゴが外れていてはカッコ悪いからだ。

 

今も切れた口の端から大量に血が零れていて、ビビるほど痛いが平気なフリをする。

攻撃でもなんでもない自分のスキルで怪我して悶えることになるなど恥ずかしいことこの上ない。

 

まるでこの結果も最初から全てわかっていましたよ、という空気を纏いながら魔法を解除し元の姿に戻る名犬ポチ。

そして平静さを保ちながら振り返りルベドに歩み寄る。

 

 

「わ、悪いなルベッド…。お、俺ぇの勝ちだ…」

 

 

口の中がズタズタのせいか上手く呂律が回らない名犬ポチ。

思い出したように慌てて回復魔法を自分にかける。

話す前にやるんだったと激しく後悔する。

 

ただどれだけ待ってもルベドは何も答えない。

熱素石(カロリックストーン)が無くとも通常動作ぐらいは可能である。

エネルギー不足により応答できないわけではない。

 

 

「い……や…だ…。このまま…じゃ…私…は…何の…役にも…」

 

 

ルベドはただただ自分の状況に絶望し嘆いていた。

もうルベドには目的を遂行する為の手段も力も、何も残されていない。

何の役にも立たない。

それはきっと存在していてもいなくても同じなのだ。

 

 

「一人…は…もう…嫌だ…! アル…シェ…助けて…、どこに…いったの……、アルシェ…私を…一人に…しないで…!」

 

 

その嘆きを聞いた名犬ポチが尋ねる。

 

 

「アルシェ…。ふむ、それはお前にとって大事な奴なのか?」

 

 

名前を出されたからだろう。

ルベドが反応し、名犬ポチを見る。

 

 

「……うん…。でも、どこにも…いないの…。ずっと…探して…るのに…。会いたい…アルシェに…会いたいよ…」

 

 

悲しそうにルベドが呟く。

それを聞いた名犬ポチが険しい表情を浮かべた。

なぜならもう、そのアルシェという者だけでなく、ルベドは誰にも会えないからだ。

誰にも会う事なく、ルベドの全てはここで終わる。

 

 

「クーデリカと…ウレイリカはどこ…? 守るって…約束…したの…。ネムは…元気に…してるかな…? 初めて…友達って…言ってくれたんだ…。ロバーデイクは…色々と…教えてくれた…。ヘッケラン…イミーナ…」

 

 

ポツリポツリとルベドが誰かの名前を口にしていく。

 

名犬ポチは心底つらそうにそれを聞いていた。

それはもう、どうすることも出来ないことだから。

 

 

「そうか…。だが許してくれ。お前を止める為にはこうするしかないんだ…。シズ!」

 

 

名前を呼ばれたシズが慌てて、たたたっと名犬ポチの場所まで駆けてくる。

 

 

「シズ、分かってるな?」

 

 

その問いにシズがコクリと頷く。

名犬ポチがシズをここに連れてきた理由はこれだ。

いくら無力となっても命令が消えることは絶対にない。

 

シズがルベドの頭部を掴み、次々と外装を分解していく。

 

やがてルベドの頭部の中、重要なパーツや機器らしきものが露出する。

名犬ポチには専門的な事は何も分からない。

だからここは、シズの領域だ。

 

 

「開始する」

 

 

シズがそう宣言し、手を伸ばす。

 

もしルベドの命令を消そうとするなら破壊するしかない。

 

だが機械である以上、もう一つだけ方法がある。

 

 

 

 

全て、初期化することだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

タブラの工房にルベドを連れ込んだ後、シズはルベドの故障部分を直す作業に入った。

 

だが最初にルベドの状況を確認したシズからはこう報告を受けた。

 

 

「致命的な損傷が多すぎる。私の知識とここにある道具では完璧に修復することは不可能。あまりにも複雑で高度すぎる。多分、タブラ様本人じゃないとどうにもならない。何もかもパーツを挿げ替えればある程度のラインまでは持ち直せるけどそこまでイジるとそれはもうルベドじゃない」

 

 

ルベドという個を維持したまま、彼女を定義する要素を何一つ排除することなくどこまで修理できるかと名犬ポチは問う。

 

 

「…かなり厳しいと言わざるを得ない。そうするともう戦闘に関しては一切期待できない。防御自体は金属を使用しているから高い水準を保てるけど攻撃力や速度に関しては一般メイドに毛が生えたぐらいにまで落ち込むと考えられる。あと熱素石(カロリックストーン)さえあれば荷電粒子砲は撃てるけど流石に危険すぎる」

 

 

これには名犬ポチも同感で、同じような状況を避ける為に熱素石(カロリックストーン)は宝物庫にしまうようすでにパンドラズ・アクターに命じてある。

そして名犬ポチはそれでいいから修理するようシズに命令する。

 

 

「了解した。そうなると破損している個所を繋ぎ合わせ、欠けている部分には同じサイズ、同じ重量の部品を組み込み、動きにエラーが出ないよう調整するだけになるからそう時間はかからないと思う」

 

 

そうして名犬ポチはシズに任せ、玉座の間へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

玉座の間ではパンドラズ・アクターが待っていた。

 

横には拘束から解かれたプレアデスの面々が並んでいる。

ルベドとの戦闘を終え帰還した後、シズと共に、一応パンドラズ・アクターにも付いてきてもらい会いにいった名犬ポチ。

顔を見せるなり全員泣き出して大変だったがシズの事を説明したら彼女達はすぐに和解した。

むしろシズのことを信じてあげなくてごめんと言い出す感じで心が温かくなった。

それを見ていた名犬ポチは『姉妹っていいなぁ、色んな意味で』と思ったが口には出さなかった。

まぁそんなこんなでプレアデスは欠けることなくここにいる。

 

さらに周囲にはパンドラズ・アクターに一時的に用意させた大量の金貨の数々。

 

そして宝物庫全ての金貨、ナザリック全体の修復費やNPCの蘇生代などが書かれた紙を受け取る。

 

 

「げっ…、こ、こんなにかかんの…」

 

 

その額に名犬ポチは頭を抱える。

宝物庫の金貨が足りなかったわけではない。

全てを賄っても宝物庫には十分と言っても差し支えないぐらいには残る。

 

だがそれでもこの出費はかなり痛い。

 

今後何があるか分からない為、余裕を持っておくに越したことはないのだ。

 

だが何よりも名犬ポチの頭を抱えさせたのは。

 

 

(なんだよこの宝物庫に残ってる金貨の数はぁぁぁっっ!? 俺や他のメンバーがいる時と変わってねぇじゃねぇか! なんで!? 最後はほとんどモモンガさん一人だったはず…! てことはナザリックの維持費で減りまくってないとおかしいだろ!?)

 

 

その時アルベドが言っていた台詞の一節を思い出す。

 

 

『モモンガ様を残し貴様等は全員がナザリックを去った! その後モモンガ様がずっと御一人でナザリックの為に働かれていたことなどどうせ知らないのだろう!』

 

 

その言葉が名犬ポチの中で繋がる。

 

 

(そういう意味かぁぁぁぁ! え、何あの人、ナザリックの維持費をずっとソロで稼いでたの? うちのはユグドラシルでも上位に入るくらいデカいギルド拠点だぞ…、しょ、正気か…?)

 

 

モモンガの行動に今更ながら恐れおののく名犬ポチ。

 

 

(うわぁぁ…、宝物庫の金庫使っててくれよぉぉ…! まさかモモンガさん、皆で溜めた大事な金だから使えないとか思って変に義理立ててたんじゃないかこれ…。うわぁ使いづれぇ…)

 

 

逆に金貨が減ってないことで使用するのが躊躇われる名犬ポチ。

後でモモンガが起きた時に『モモンガさんが寝てる間に色々あってめっちゃ金貨使っちゃった、てへ♡』等と言い放つ度胸は名犬ポチにはない。

別にそれでモモンガが怒るとは思わないが、そういう問題でもないのだ。

 

 

「ど、どうかなさいましたかっ!? ァァァンン名犬ポチ様ッッッ!」

 

(ああ…! お前だけが俺の癒しだぜパンドラズ・アクターッ…! 良かった、本当に良かった…! お前がいなければ俺の心はもうとっくに崩壊していたかもしれないっ…!)

 

 

思わぬところで精神の均衡を保つことに成功した名犬ポチ。

もう一度問題と向き合ってどうするか考える。

 

 

(ひとまず…、守護者達は蘇生させたいな…。あいつらいないと強い奴出てきた時にどうしようも出来ないし…。同じ理由で最高位のNPC達も蘇生するべきか…。ていうか中位以下の奴らは大して費用かからないしここまで来たらNPCはほとんど蘇生した方が早いか。あとはナザリック内の修復…。まぁ第8階層までは侵入者の問題もあるからここはすぐに修復するとしてだ。ロイヤルスイートに被害が出てるのが痛いな…、玉座の間も…。一応一日に一定額までは無料で修復できるはずだったからそれを当てに放置しておくか…? でもシモベ達にケチ臭いとか思われたら嫌だなぁ…。一日二日で直るならいいけど数日放置はちょっとまずいか…。そもそも見栄え重視の場所だしなぁ…。何より変にケチって金が無いと思われる方が問題か…?)

 

 

足りない頭で必死に考える名犬ポチ。

 

 

(まぁ全て直したとしても宝物庫にはまだ金貨が残るんだから使っておく方がベターか…。あ! ていうかモモンガさんがいないってことはナザリックの維持費俺が稼がなきゃならないのか!? 宝物庫にはまだまだ金貨が残っているとはいってもどんどん維持費で減っていくんだから指咥えて見てるわけにはいかないよな…。そもそもここユグドラシルじゃないし、どうしよう…)

 

 

再び考え込む名犬ポチ。

だが頭が良くないのですぐに解決策は見いだせない。

しょうがないのでとりあえずNPCを蘇生することにする。

 

 

「パンドラズ・アクター、お前に聞きたいんだが蘇生しても問題ない守護者は誰がいる…? アルベドのような者が他にもいるなら蘇生はちょっと見送りたいんだよな…」

 

「デミウルゴス様ならば大丈夫かと。クアドラシルからもそう報告を受けておりますゆえ」

 

「そうか。確かにあいつは俺のこと心配しててくれたしなぁ。頭も良いはずだから色々と助言を貰えるかもしれない。とりあえず蘇生だな」

 

 

そして表示したマスターソースのリストを見ているようにパンドラズ・アクターに命じておく名犬ポチ。

これがどこまで有効かわからないが一応確認しておくべきだろう。

何らかの精神異常などが起きていれば色の変化で見極められるかもしれないのだから。

プレアデス達も念のためなのだろうが名犬ポチを守るよう配置につく。

 

だがここに来て重大な事に気付く。

 

 

(キーボード操作も出来なければコンソールも開けないしどうやって蘇生するんだ、これ…)

 

 

周りではパンドラズ・アクターやプレアデスが名犬ポチを見つめている。

 

 

(や、やべぇ…。そ、そうだ! よくわかんないけどスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでなんとかなるんじゃねぇか…!?)

 

 

この辺りは疎いので良く分からないがとりあえず寝ているモモンガからスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを奪い取る。

そして金貨の方へ向かってスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを向ける。

 

 

「デ、デミウルゴスよ、生き返れ!」

 

 

大量に積まれている金貨がどろりと形を崩し、溶けて川となった金貨は一カ所に集まり出す。

それらは次第に圧縮されるように小さな形となりながら人の形を為していく。

やがて黄金の人型が作り出され、徐々に黄金の輝きが収まっていく。

金色の輝きだ完全になくなるとそこにいたのは間違いなくデミウルゴスだった。

 

どうやら上手くいったらしい。

 

念じるだけでいいのか、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが必要なのかは分からないがとりあえず良しとする。

ただ、一時的にとはいえ大量に用意させた金貨の一部がゴッソリと減ったことで改めて消費した金貨がいかに大金であるか実感する。

 

 

(やっぱり守護者一人で金貨5億枚はやべぇな…。今後は誰も死なせないようにしないと…)

 

 

そんなことを考えながらパンドラズ・アクターへ視線を移す。

 

 

「問題ないようです」

 

 

その言葉を聞くと名犬ポチがデミウルゴスへと近づく。

 

 

「おーい、大丈夫かデミウルゴス。意識はあるかー」

 

 

デミウルゴスの肩辺りに腕を乗せ揺する名犬ポチ。

それに気づいたのかデミウルゴスの目が開く。

 

 

「ん……、ここは…、っ! め、名犬ポチ様ご無事だったのですねっ!?」

 

 

すぐに跳ね起きたデミウルゴスが跪き、また感激のあまり涙を流す。

 

 

「お、おう。お前のおかげでな」

 

「わ、私のおかげでございますか…? 私はアルベドの裏切りに気付きナザリックを出たばかりの筈と記憶していますが…」

 

「うん? お前、俺がアルベドに殺されそうな時助けに来てくれたろ?」

 

「も、申し訳ありません、そのような記憶は…」

 

 

心底申し訳なさそうに答えるデミウルゴス。

違和感を感じた名犬ポチはデミウルゴスに改めて記憶がどこまであるか問う事にした。

結果として分かったのはデミウルゴスは外に出てからの記憶が一切無かった。

 

これは例えばNPCが復活する際には一定期間の記憶を失うという名犬ポチの知らない設定があるのかもしれない。

 

 

(他の者も生き返してみなければ判断のしようがないな…)

 

 

デミウルゴスの記憶が無いのは痛いなぁと思っていた時、待機させていたクアドラシルがデミウルゴスの元まで走ってきて一冊の手帳を手渡す。

どうやらデミウルゴスから真なる無(ギンヌンガガプ)を預かるのと一緒に渡されていたらしい。

 

 

「ん? なんだそれ?」

 

「ああ、これは失礼しました。私に何かがあった場合、誰かに後を託そうと外に出てからの事を全て記しておく手帳を準備していたのですが…。しかし何やら使い込まれたような後が…? すみません、少々中を見る時間を頂いてもよろしいでしょうか…?」

 

 

ええよ、と促す名犬ポチ。

 

 

「ありがとうございます、では…」

 

 

そうして手帳の中身に目を通していくデミウルゴス。

1ページ読むごとに『ふむふむ、なるほど』とか『そ、そんなことが!?』『やはり…』『素晴らしい…』等と言いながら読み進めていく。

しばらくして手帳を閉じたデミウルゴスは泣いたまま天を仰いでいた。

 

 

「これは確かに私の字…。何があったのか分かりませんがどうやら私は記憶を失っているようですね。でもご安心下さい! 外に出てからのことは全て頭に入れましたゆえ! 自分が何をしていたかも、今まで名犬ポチ様がどれだけ深淵なお考えを持って行動していたかも全て把握いたしました! 流石は名犬ポチ様!」

 

 

なぜか分からないが褒められる名犬ポチ。

そんなことより手帳一つでほぼ全ての記憶を取り戻したデミウルゴスを賞賛したい気分だった。

 

 

(自分の行動を全部残しておくとかどんだけ。しかもそれがすぐ頭に入るって。優秀さの塊かよ)

 

 

だがデミウルゴスが申し訳なさそうに続ける。

 

 

「しかし…、名犬ポチ様の危険を案じ王都を出たところまでは書かれているのですが、その後のことは…」

 

 

だが共にいて見ていたクアドラシルがデミウルゴス大爆発の下りまでを語る。

 

 

「そうですか…、どうやら少しはお役に立てたようですね…」

 

 

その後にパンドラズ・アクターがさらにその後の事を話すが、まずルベドが生きてきたことに驚き、自分のミスを恥じるものの、その次に聞かされたルベドの真の力とそれを阻止した名犬ポチの武勇伝を聞いて目を輝かせる。

 

 

「な、なんと…! このデミウルゴス感服致しました…! よもやそこまでとは…! あのルベドでさえ貴方々、至高の41人には遥か遠く及ばないのですね…! ああ、なんと偉大で強大なのでしょう…! あぁ、申し訳ありません…! 私にはこれを形容できる言葉が見つかりませんっ…!」

 

 

そう言って泣き出すデミウルゴス。

それと今知ったのか横でプレアデス達も目を見開き驚愕した後、なぜか泣いている。

 

 

(なにこれ、怖い)

 

 

とりあえずその後続けてアウラとマーレはOKらしいので蘇生する。

 

この二人も生き返った後、デミウルゴスと同じような反応をして名犬ポチを困らせた。

とりあえず落ち着いた後に記憶の有無を確認するとデミウルゴスよりは最近までの記憶を持っていた。

そしてデミウルゴス同様、ルベドの下りを聞かされて目を輝かせ始める。

 

 

(ふむ、一度ナザリックは出たがその後アルベドに一度呼び戻され帰還したところまで記憶はあるのか…。その後の記憶がないところを見ると最後にナザリックを出た後に記憶が無くなるとみるべきか…)

 

 

まぁよくは分からないがそんなところだろうと名犬ポチは納得する。

基本的にはデミウルゴスが現状、全ての事情を把握している状態になったので心配事は無くなった。

 

次に蘇生したのはシャルティア。

アウラの情報によるとシャルティアはアルベドに殺害された可能性が高いらしい。

酷い奴だなアルベドは。

少なくともアルベドに殺されている以上、アルベド側ではないと判断し蘇生する。

もちろん生き返ったシャルティアに事情を説明した後はアウラ達と同じ流れなので省略。

 

そして大事な戦力であり、身の回りの世話をするセバスも忘れてはいけない。

デミウルゴスと同様に名犬ポチの為に死ぬまで働いたのだから。

そして蘇生されたセバスは口数こそ多くなかったものの、感動のあまり肩を震わせ泣いていた。

 

コキュートスだけはちょっと見送りになった。

蘇生しても大丈夫だろうという意見も多かったが、コキュートスだけ死因が不明なのだ。

アルベド側についたまま消息不明になってるので最後を確認している者が誰もいない。

大事を取って他の事がある程度片付いてから蘇生することになった。

 

その後は各階層のNPC達を順番に全て蘇生していく。

アルベド側に付いたNPC達も話せば分かるだろうというのと、レベル100はガルガンチュア以外にはいないため何かあっても力でねじ伏せられるからだ。

 

そうして全てのNPCを蘇生した後はナザリック内部の修復を行う。

 

これにてナザリックは一部を除き、完全復活を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

その後、守護者達とセバス、パンドラズ・アクターのみを残し全員をナザリックの配置につかせた。

これでナザリック内でのやる事は一通り片が付いた。

後はどうやって金策をするかだけだ。

 

 

そして彼等の前で名犬ポチはあることを宣言することにする。

 

最高のアイディアを閃いたからだ。

 

 

「お前達を残したのは他でもない。これからの方針を聞いてもらう為だ」

 

 

名犬ポチの言葉にここにいるデミウルゴス、アウラ、マーレ、シャルティア、セバス、パンドラズ・アクターの顔が引き締まる。

 

 

「これから俺はこの世界を支配しようと思う。愚かな人間共を! 下らぬ亜人種共を! 異形種さえも全てだ! その全てを跪かせてやる…!」

 

 

久々に心から悪い顔をする名犬ポチ。

 

カルマ値:-500を誇る極悪、邪悪の権化である名犬ポチが帰ってきたのだ。

 

 

「まずは人間共を中心とした周囲一帯を支配する! せっかくだ、ナザリックが関わった範囲は全て手に入れる」

 

 

ニヤリと名犬ポチの顔が歪む。

 

 

「税金を課してやるぞ…! 誰もが例外なくその全てから収入の1割を搾り取る! さらに怪我が原因で働けない者、病気で動けない者は魔法で回復してやれ! 死ぬまで働かせるのだ…! そして年老いて動けなくなった者には最低限度の生活を与え、その惨めさを思い知らせてやるのだ…! 人として最低限度の生活しか出来ない彼らを見て誰もがそうなりたくないと願うだろうよ…!」

 

 

名犬ポチの高笑いが響く。

邪悪で、他人のことなど何とも思っていない。

 

 

「そうだな、ユリあたりに命じて孤児院や学校を作ってもいい…! 親がいない等という理由で子供に死なれては将来の奴隷が減るだけだ…、それに馬鹿ばかりでは生産性も低いだろうしな…! さらに多岐に亘る仕事はもちろん、国家の内部にも干渉しろ! 下らぬ利権などは全て廃止するのだ! あらゆる組織に目を通し適切な運営がなされているか確認しろ! 違法に私腹を肥やしている者などは処罰する! 汚職や犯罪等は一切許さない! その全てはナザリックの利益を損なうものだからだ! そして働く者達には休日もしっかり与えろ! 人間共は脆弱だからな、毎日仕事をさせて死なれても困ってしまう…。何より休日を挟むことでより労働が始まる瞬間の絶望がハネ上がるだろうからな! クックック!」

 

 

名犬ポチは自身の経験から導き出していた。

 

 

(低い給料を貰う時に源泉徴収で1割引かれるのは痛かった…。あの金があればもっと課金だって出来た筈なのに…。その苦しみを奴等にも味わわせてやる…。休日もそうだ、あれのおかげで月曜日が苦痛で苦痛でしょうがなかった。かといって毎日労働ではヘロヘロさんのような廃人ができるだけだ。そんなのはつまらん。俺は月曜に怯え苦しむ様を見たいのだ…! そうだな、苦痛をより深くする為に週休二日制にしてやってもいい…! ああ、どうしたことだ…! 次から次へと悪魔的なアイディアが止まらないぞ…!)

 

 

今の名犬ポチは最高に輝いていた。

あまりのことにテンションが上がり過ぎて放心状態になっている。

 

 

「なるほど…、そういうことですか…」

 

 

一人だけその真意を見抜いたのかデミウルゴスが笑う。

 

 

「ど、どういうことデミウルゴス!」

 

「ぼ、僕にも教えて下さいっ」

 

「私も聞きたいでありんすぇ!」

 

「私にもご教授願えますか?」

 

「彼等は理解していない様子…、説明してあげてはどうでしょうか?」

 

 

ちなみにパンドラズ・アクターはデミウルゴスと同様に真意を見抜いているらしい。

 

 

「そうですね、その真意を理解しておいた方が良いでしょうし…」

 

 

未だ名犬ポチが放心状態から戻らぬのを見てデミウルゴスが話を続ける。

 

 

「まず、どうして名犬ポチ様は1割しか税を徴収しないとお考えになったのかわかりますか?」

 

「わかんないよっ! 至高の御方のご命令なんだから奴らは有り金全部出すべきでしょっ!」

 

「お、お姉ちゃん、それじゃ皆死んじゃうよ…。でも生きるのに最低限必要な額以外は徴収した方がいいんじゃないでしょうか?」

 

「よく分かりんせんが1割とは少なすぎるのでは?」

 

「お優しい名犬ポチ様のことです、弱きものへの慈悲を与えられたのでしょう…」

 

 

それぞれ思った事を口に出すがセバスを除けば、そのいずれも少ない、という意見だ。

 

 

「名犬ポチ様はね…、数百年、いや数千年の単位で物事を見ておられるのだよ…」

 

 

4人とも頭の上に疑問符が付く。

誰も理解できていないようだ。

 

 

「つまりだね、君たちの言う通りやった場合、短期的な収入は増えるかもしれない。だが長期的に見た場合どうだろうか? どこかで反乱が起きるかもしれないし、死亡者だって増えるだろう。色々と面倒な事は考えられる。もちろんナザリックが総力をあげればそんなのは問題ではない。だがね、人間共はあまりに酷使しすぎると生産性も下がるだろうし、彼等を見張る監視の数も多くしなければならない。だが名犬ポチ様のお考えだとどうだろうか? 多くの民にとって国に仕えるよりも遥かに有益な生を享受できる。やがて既存の国家や宗教は消えていくだろう。より楽なほうへ流れていくのが人間だからね。そして何世代も経て、名犬ポチ様の統治しか知らない世代になった頃、人間達はナザリック無しではいられなくなる…。再び人間共が国家や組織を立ち上げることなど出来なくなるだろう…。その時に気付くのだ、自分達で全てを賄おうとすれば今の生活を維持できないことに…! 一度上がった生活水準を下げるのは難しい…。誰も耐えられない…! いいかね、これは甘い毒なのだ。少しずつ少しずつ利益を吸い上げ、だが確実に人間共から意思も牙も抜き取るおつもりなのだ…。同様に亜人種や異形種からもね…!」

 

 

その説明でやっと名犬ポチの真意に気付く4人。

その恐ろしさに震え、その深い考えに感動する。

何よりそんな遥か先のことまで考えていたとは流石としか言いようがない。

 

彼等がそんなやり取りをしているとやっと名犬ポチの意識が戻ってきた。

 

デミウルゴスが4人に続きはまた後で、と合図をする。

 

そんなことなど知らず、話の続きを始める名犬ポチ。

 

 

「あー、デミウルゴスは王国に詳しいんだったな?」

 

「はっ!」

 

「アウラはエルフ国、マーレは帝国だったか?」

 

「はい、そうです!」

 

「す、少しだけですけど…」

 

「シャルティアは評議国へは滅ぼす予定で向かったんだよな?」

 

「そうでありんす」

 

「ふむふむ、アウラの話と総合すると評議国はシャルティアを迎撃する為にドラゴンがめっちゃ強い魔法を使って国ごと滅びたけど最後はアルベドがシャルティアを殺したって流れなのかな?」

 

 

名犬ポチの言葉にシャルティアが顔を真っ赤にして震えている。

どうやらアルベドに腹を立てながらも、死んだことを心底恥じている様子だった。

そのシャルティアを見かねたのかデミウルゴスが答える。

 

 

「はい。全て裏付けが取れているわけではありませんがそう考えるのがもっとも辻褄が合うかと」

 

(評議国はめっちゃ強いドラゴンいるって報告は他にも上がってるしなぁ。でもシャルティアとそのシモベ達で滅ぼせるんだからまぁ心配は無いか? デミウルゴスからの報告からも他には強者と言える者はいないみたいだからそこさえ気を付ければ支配は容易だな。むしろ周辺国家最強である評議国を傘下に収められれば他国への牽制にもなるだろうしな。一度滅ぼしてるなら高圧外交で行けるかな?)

 

 

等と考え抜いた後、名犬ポチが決定を下す。

 

 

「やはり評議国はシャルティアで決まりだな、ただ交渉役にパンドラズ・アクターが付いて行ってやってくれ。法国は詳しい奴を配下に持っているからそいつを使う。竜王国はすでに掌握しているから問題ない。聖王国はどうしよう? 詳しい報告は上がってないから分からんな…。セバスにでも行って貰うか…?」

 

 

ブツブツと続ける名犬ポチ。

だがその言葉にデミウルゴス達は動揺を隠せない。

 

なぜならアーグランド評議国やスレイン法国、ローブル聖王国らはすでに滅んでいるからだ。

滅んだ国をどうやって支配しろと言うのか。

もしかして土地を有効活用しろという話だろうか。

彼等がそう悩んでいると名犬ポチがそれに気づく。

 

 

「ああ、先に見せた方が早いか…。支配についての詳しい話は後にしよう。よし、外に出るぞ、ついてこい」

 

 

 

 

 

 

ナザリックの外、墳墓の最も高い場所から周囲を眺める名犬ポチと守護者達。

 

守護者達は何が起こるのかと名犬ポチを見守る。

 

悪魔的な頭脳を持つ名犬ポチは金欠からナザリックを救う最高の方法を考えていた。

恐らく下等生物の稼ぎなどナザリックに比べれば大した物にはならないだろう。

だからこそ数を準備しなければならない。

再びナザリックを潤す為には、国の滅びなど許すわけにはいかないのだ。

 

 

「なぁ、デミウルゴス。ナザリックにおいて死は慈悲である、分かるか?」

 

「はい、十分に理解しております」

 

 

デミウルゴスは知っている。

ナザリックにおいて死はこれ以上の苦しみを与えられないという意味で慈悲。

あらゆる苦痛から解放される救いでもある。

だがここでそれがどうしたのだろうとデミウルゴスは疑問を抱く。

 

振り向きデミウルゴスを見る名犬ポチ。

 

それは悪意に染まった顔に歪んでいた。

 

 

「俺が下等生物共に慈悲など与えると思うか…? 見てろ…。俺は世界を恐怖に陥れるぞ…!」

 

 

それはデミウルゴスをして身が竦む程だった。

世界を飲み込むほどの悪意がそこにあったから。

 

 

そして名犬ポチは一つのアイテムを取り出す。

 

 

それは流れ星の指輪(シューティングスター)

 

超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》を経験値消費無しで性能もアップした上で3度も使用できるガチャの大当たりで超々希少なレアアイテム。

一回目はどっかのハゲに。

二回目は言葉を話せるように。

そして最後の一回はこの世を恐怖のズンドコに叩き落す為に。

 

この世界に転移してきて様々な物に変化が起きている。

それはこの指輪も同様。

以前使用した時にその変化を感じ取ることができた。

 

だからこそ分かる。

ユグドラシル時代に願えなかった一つの願いが可能となっていることに。

 

 

「さあ、指輪よ。I WISH! 次に俺が使用する《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》の上限を撤廃せよ!」

 

 

特に何事も無く、指輪は砕け散った。

だが名犬ポチは感覚で理解していた、願いは聞き届けられたと。

 

この世界に来て変化したことの一つに今、名犬ポチが願ったことが当てはまる。

こういった類の物は願いを増やすとか願いをもっと強力にするなどという願いは無効である。

それはユグドラシル時代であろうと、この世界に転移してきても変わらない。

だが名犬ポチの願う、上限を撤廃するという願いは可能なのだと以前使用した時に流れ込んできていた。

 

だからこそ名犬ポチはそれにかける。

そこに悲劇が待ち受けてるとも知らずに。

 

そして次に肉球と肉球を重ね合わせ、超位魔法である《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》を発動する。

マイナス5レベルは痛いがしょうがない。

ナザリック内でレベリングすれば時間はかかるだろうが元に戻せるだろう。

それに金を稼ぐためと、何より多くの者を恐怖させるという欲望には勝てない。

 

だからこそ名犬ポチは躊躇なく願う。

 

 

「I WISH! ナザリックがこの世界に転移してきてから死んだ全ての者を蘇らせろ!!!」

 

 

名犬ポチから強大な魔力が迸った。

何十にも重なった巨大な魔法陣が展開され、表示された文字は留まることなく変質していく。

 

そのサイズと魔力の量は今までの比ではない。

()()()()()()()()()()()世界中に広がる。

 

世界中の人々がそれを目撃し、また感じていた。

輝かしい光を放つ世界を覆う程の巨大な魔法陣が粒子となり世界中へ降り注ぐ。

それは新しい時代と神の存在を世界に示すのに十分だった。

 

この日を境に歴史は変わる。

 

デミウルゴスの大爆発が旧時代の終わりを告げるものならば。

これは新時代を告げる福音だった。

何千年経っても語り継がれる大奇跡。

 

 

真なる救済。

 

 

何が起きたかは言うまでもあるまい。

 

名犬ポチの願いは聞き届けられたのだ。

 

もちろん無制限とは言えない。

例えば蘇生に大量の金貨を必要とするNPC達だけはこの魔法でも蘇生できない。

あくまで通常の蘇生魔法の拡大版という解釈となる。

しかしだからこそ、この世界にいる現地の者達は一人の例外なく誰もが蘇るのだ。

 

 

名犬ポチの、何よりも重い代償と引き換えに。

 

 

あまりの魔力と目の前の出来事に守護者達は言葉が出ない。

誰もが驚愕に打ち震える。

目を見開き完全に硬直するデミウルゴス。

シャルティアとセバスはその威厳や風格などどこかに吹き飛び、アウラやマーレに至っては腰を抜かしている。

パンドラズ・アクターだけは顔が変わらないがいつも以上のオーバーリアクションをしているところを見ると驚いてはいるらしい。

100レベルを誇る彼等をもってしてもこの有様。

このような世界を覆う程の強大すぎる魔法など知らないからだ。

また信じることもできない。

いくら至高の御方といえど、個人で為しうることなのかと。

 

守護者達ですらそう感じた。

ならば現地の者にはどう映るのか。

 

 

「デミウルゴス…、一つ言い忘れていた。ついでに探して欲しい人物がいるんだが…、アル…、アル…なんだっけ?」

 

 

ド忘れした名犬ポチ。

シズに確認しに行こうかと動いた時。

 

 

「うわぁっ!」

 

 

情けなくすっ転んだ。

 

 

「あっ…!? ……ぁぁああああっ!!!」

 

 

身体が言う事を聞かない。

今の一つで理解した、してしまった。

自分の身体に何が起きたのか。

一瞬にして絶望に染まる。

もう取返しはつかない。

 

名犬ポチは指輪に願った。

 

《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》の上限を撤廃しろと。

 

その願いが叶えられたからこそ、世界を覆う程の魔法が発動したのだ。

だが名犬ポチはもっと考えるべきだった。

 

上限を撤廃すること。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

世界を巻き込む大奇跡を願った代償。

 

それは。

 

 

「いやぁぁあああああっ!」

 

 

現在の強さ。

名犬ポチ、レベル1。

 




次回『新時代』それは幸か不幸か。


めちゃ長くなっちゃいました。
今回は名犬ポチ回だったと思います。

捏造満載ですがラストなので許して欲しい。

個人的に原作での足りない十二宮の悪魔達はルベドに使われてるのではと勘ぐっています。
そして、もしそうだとするならウルベルトさんはなぜ高レベルのNPCをあげたんだろう?
ルベドの正体は?
もしかすると中二病同士、共鳴することがあったのかもしれない。
等という妄想が発端です。

多分、そろそろ終わると思います。
しかし名犬ポチの支配が確定した段階で現地勢はバッドエンドですね…。

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