オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!



復活っ! 名犬ポチ復活っ!
そして踏んだり蹴ったりのアルベド。


オーバードッグ

それはまだアインズ・ウール・ゴウン全盛の時代。

ナザリック地下大墳墓の円卓の間にてギルドメンバーがわいわいと騒いでいた時の話。

 

その日の話題は戦闘について、である。

 

 

「やっぱ最強はたっちさんで決まりでしょう」

 

「でしょうねぇ、一対一じゃ勝てるビジョンが見えて来ない」

 

「フン、認めたくないが強さならアイツだろうな…」

 

「でも一撃の強さならウルベルトさんでは?」

 

「ああ、確かに。でもそれなら物理トップは武人建御雷さんですね」

 

「いやいや、隠密も併用すれば一撃だけとはいえ弐式炎雷の方が上だろう」

 

「弐式炎雷さんはピーキーすぎるでしょ、仕留めそこなったら間違いなく返り討ちだし」

 

「ていうかそんな条件付きでいいなら遠距離戦最強はペロロンチーノさんですね」

 

「あいつのことは放っておいていいよ」

 

「なんで!? 姉ちゃん酷い!」

 

「弟、黙れ」

 

「まぁまぁ…。しかしタフさで言うならやっぱり茶釜さんですかねぇ」

 

「回復もありでいうならやまいこさんもいい線行くんじゃないか?」

 

「待て待て。そもそもぷにっと萌えさんが味方にいるかいないかで全体の戦力が変わってくるぞ」

 

「ふむ、しかしタブラさんなら…」

 

「ヘロヘロさんが…」

 

「るし★ふぁー」

 

「うるせぇ」

 

 

そんな感じでワイワイと騒ぐ中、ふと誰かが言った。

 

 

「じゃあ一番敵対したくない人は?」

 

 

一人を除き、その場にいた全員が顔を合わせる。

そして示し合わせたように口を開いた。

 

 

「「「ポチさん!」」」

 

 

満場一致で即答であった。

 

 

「え、皆なんか酷くね? 微妙に傷つくんだけど」

 

「いやいや、褒め言葉ですって」

 

「そうだな、こんだけ弱いにも関わらず敵対者を出さないってのは凄い」

 

「確かに。ポチさんの強さじゃ普通はカモられて終わりですもんね」

 

「まぁ最初は目も当てられないくらいカモられまくりだったがな」

 

「でも一緒にいると心強いですよ、今はまず喧嘩売られませんし」

 

「ちくしょー! あれ使って良い事なんか俺個人には一個もねぇんだよ!」

 

「だろうね。仲間がいないと完全に死にスキルだし」

 

「ボコられて終わりというw」

 

「笑うなぁ! くっそー、皆してバカにしやがってぇ!」

 

「てか敵対ギルドにポチ投げれば後は俺たちで全滅させられるんじゃね?」

 

「ふむ、それはいいな」

 

「そうなると問題はどうやってポチさんを投げ込むかですが…」

 

「やめろやめろ! 俺のスキルを当てにするなぁ!」

 

「落ち着いて下さいって、一回だけですから」

 

「マジでやんのかよ!? あり得ねぇだろ! あれ後がウザいんだよな!」

 

 

結局、名犬ポチ本人による大反対につきその計画は流れたのだった。

ただ一つ分かったのは『戦いたくない』という一点に限ればアインズ・ウール・ゴウンの中で名犬ポチであるということに誰も異を唱えないということだ。

もちろん、かつてたっち・みーを完封した時のような外見上の話ではない。

 

もっと正確に言うならば。

 

超越せし犬の王(オーバードッグ)とは誰も敵対したくないということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルベドはただただ茫然としていた。

 

目の前の出来事が、景色が信じられない。

それは想定していたものとあまりにかけ離れすぎていたからだ。

意味がわからない。

何が起きたのか、いや、なぜこうなったのかアルベドには欠片も理解できなかった。

 

 

「な、何が…?」

 

 

最大の警戒を持って様子を見る。

こんなはずはない。

こんなはずがあるわけがないのだ。

こちらを油断させる為の演技に決まっている。

だってそこにいるのは。

 

至高の41人。

偉大なるナザリックが支配者の一人。

 

それが、その一人である名犬ポチが。

 

 

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「が、がふっ…」

 

 

地面に傷だらけで転がっている名犬ポチが口から多量の血を吐き出す。

見ただけで骨も内蔵も重症であろうことが見てとれる。

 

 

「ど、どういうつもりなの…? だ、騙されないわよ…。そうやって油断させて隙を突くのがお前のやり方なのでしょう…!?」

 

 

だがアルベドの問いかけにも答える様子はない。

いや、答える余裕がないと言うべきか。

 

 

名犬ポチとアルベドが激突した刹那、アルベドは牽制の一撃を放ち残りの全ては防御へ回した。

元々防御を得意とするアルベド。

先制を取るよりも敵の出方を窺い、防御あるいはカウンターで迎撃するのを得意とする。

 

だからだ。

 

反撃も何もしないうちに相手側が瀕死になって地に伏すなど予想できるはずがない。

牽制の攻撃だって名犬ポチがどのような種類の攻撃をするのかをいち早く見極める為のものでしかない。

ダメージを与えるというよりもどのように打ち消すか、あるいは意にも介せず攻撃してくるのか。

そういった情報を入手する為のものであって攻撃等とはとても呼べない代物だ。

 

リアルの世界で例えるならば、格闘技などで試合前にグローブを軽く合わせて挨拶をしたら相手の拳が砕けて不戦勝になってしまったような心境、とでも言うべきだろうか。

しかも相手はヘビー級世界チャンピオン、そのような状況。

 

誰がそのような事を想定できるのか。

いや、信じられるだろうか。

 

だからアルベドが現状を理解できずただ立ち尽くしていたとしても誰も責めることはできないだろう。

 

 

「ぎ、擬態…? い、いや変わり身かっ!?」

 

 

咄嗟に周囲に警戒を向ける。

だが何もない。

自身の探知に引っかかるものは何もない。

自分の感覚を信じるならば目の前にいる名犬ポチは間違いなく本物で、瀕死であることもまた事実だ。

 

だが油断は出来ない。

いや、してはいけない。

きっとこちらが感知できないような何かで隙を窺っているだけなのだ。

 

 

「ぐっ…、うぅ…、かはっ…」

 

 

だが本当にそうなのだろうか。

再び名犬ポチがその場に吐血する。

それはとてもではないが演技に見えない。

 

 

「ま、まさか本当に…?」

 

 

恐る恐るアルベドが名犬ポチへと近寄る。

試しにバルディッシュで名犬ポチの足を突き刺してみる。

 

 

「あぐぁあっ…!」

 

 

瀕死ながらも痛みに顔を歪め叫び声を上げる名犬ポチ。

その感触は幻でないことをアルベドへと伝える。

 

もちろんこれが全て名犬ポチの作戦ということもあり得る。

こちらが知覚できない超高レベルな幻術等を駆使している可能性は否めないからだ。

だが戦士系とはいえ防御特化のアルベド。

そういった魔法やスキルによる異変さえ防ぐことができるように創造されている。

いくら防御が固くとも感覚を誤魔化され、守るべき者を守れなければ意味はないからだ。

もちろん全てを防げるわけではない。

カッツェの魔法が通ったように超特化したものは流石に防げない。

だがそれでも気づかないということはあり得ない。

アルベドはそのように自負している。

 

それにもしこれが名犬ポチの作戦であるならとっくにアルベドの虚を突き攻撃してきててもいいはずだ。

いくら待ってもそのような気配はない。

長期戦を狙っているのかもしれないが時間が経てば経つほどアルベドは冷静になれる。

最大の好機はアルベドが動揺した瞬間、その時だったのだ。

 

だが何もなかった。

 

アルベドは倒れている名犬ポチの首を掴み持ち上げる。

 

 

「うぐっ…!」

 

 

名犬ポチの顔は痛みと恐怖に引き攣っている。

やはり演技ではない。

少なくともアルベドの感覚には怪しい点は何もない。

 

以上のことからアルベドが下した判断は。

 

 

「くくく…! あははははははは!!! まさか! まさかまさか貴様がこんなに弱いとは想定もしていなかったわ! あははは! 弱すぎて…! あまりにも弱すぎて理解するのが遅れてしまう程! これが至高の41人!? なんてくだらない! 文字通りモモンガ様の足元にも及ばないゴミだわ! ああ、こんな奴にあれだけ怯えていたなんて…! いや、認めましょう。頭脳戦では確かに負けてしまったわ…。このまま最良の手段を取っていれば竜王国の王女の始原の魔法(ワイルドマジック)によって滅ぼされていたでしょうからね…」

 

「…?」

 

「でもまさか私が単身で来るとは予想していなかったのでしょうけれど…。貴様も最後の最後で読み違えたわね…! まぁ私も貴様が単身でナザリックに帰還しようとするとは想定していなかったけれど…。運が味方したとはいえ勝利したのは私だったわね…! くくく、しかしここまで弱いなんて…! いくら頭脳戦に長けていると言ってもまさかプレアデスにも歯が立たないようなレベルだとは…」

 

 

アルベドの語る言葉に名犬ポチからは疑問符しか出てこない。

全く何を言っているのか理解できないし、始原の魔法(ワイルドマジック)などという初めて聞く単語も出てきた。

痛みで意識が朦朧としているせいもあり全く頭に入ってこない。

 

 

「さて…、貴様が取るに足らない存在だと分かったところでいくつか質問があるわ…。あのガルガンチュアと互角の猫は何者? まさか貴様のNPCか…?」

 

「答える義理はねぇな…」

 

 

名犬ポチがアルベドの顔へ唾を吐く。

笑顔のままゆっくりと片手でそれを拭くとそのまま名犬ポチの手を握る。

 

 

「聞き分けの悪い子ね…」

 

 

そのまま力任せに名犬ポチの爪をはぎ取るアルベド。

 

 

「いっ! ぎぁああぁぁあァァアァっ!」

 

 

手に走った激痛に耐えきれず名犬ポチの叫びが辺りに響く。

 

 

「答えたくないならまぁいいわ…。貴様がもはや敵ではないと分かった以上、始末し次第すぐにあいつも後を追わせてあげる」

 

 

そう言って不敵に笑うアルベド、だが。

 

 

「ごふっ…。そ、それは無理だな…」

 

「何ですって?」

 

「お前が勝つことはねぇよ…」

 

 

再びアルベドが残っている名犬ポチの爪をはぎ取る。

 

 

「ああぁあっぁあああああ!!!」

 

「妄言はその辺にしておいて貰いたいものね…。奴はともかく貴様はここで死ぬのよ…? 全く…、現状を把握できない愚か者だとはね…。いや、愚か者だからこそ彼我の力量差も考えずに突っ込んできたのかしら…? それならば少しは感謝してあげるわ」

 

 

ニタリと笑みを浮かべるアルベド。

 

 

「最後に聞きたい…」

 

「…。何かしら…?」

 

 

質問に答えるというよりも名犬ポチが何を聞きたいのかが気になり続きを促すアルベド。

 

 

「ナザリックはどうなっているんだ…? モモンガさんは無事なのか?」

 

 

名犬ポチのその問いにアルベドの髪の毛が一気に逆立つ。

 

 

「貴様のようなカスがモモンガ様の名を口にするなぁぁあ!」

 

「あぐっ…」

 

 

思わず名犬ポチの首を掴んでいた手に力が入るアルベド。

 

 

「モモンガ様は無事よ、当たり前でしょう…? 我らがナザリックの主なのだから…! 我々は皆あの御方の為に存在しているの…! あの御方を脅かす者は誰であろうと許さないわ…」

 

「な、ならば俺を攻撃する理由はなんだ…? 別にモモンガさんの命令というわけでもないのだろう…?」

 

 

モモンガの性格を考えればこんなことを命令するわけがないと分かる名犬ポチ。

だからこそ疑問に思う。

なぜナザリックのNPCであるアルベドが自分を殺そうとしているのか。

 

 

「理由…? 理由ね…。私達を…ナザリックを捨てたお前にそんな事を問う資格があると思っているの…?」

 

「ナザリックを…捨てた…?」

 

「ええ、そうよ! モモンガ様を残し貴様等は全員がナザリックを去った! その後モモンガ様がずっと御一人でナザリックの為に働かれていたことなどどうせ知らないのだろう! どれだけモモンガ様が悲しまれたか! どれだけモモンガ様が貴様等のことを想っていたのか! そんなことなど微塵も考えていないのだろう! 唯一我々とナザリックを見捨てず御残りになられた慈悲深きモモンガ様…! あの御方を傷つける者は誰であろうと許さないわ…! あの御方の為ならば私は何を犠牲にしてもいい…!」

 

 

怒りのままに叫ぶアルベドだが次第にその声は弱まっていく。

代わりにその瞳から涙が流れ出た。

 

 

「貴様のせいだ…!」

 

「…?」

 

「貴様が…! 貴様のせいでモモンガ様が! もうモモンガ様は喋らない! モモンガ様がもうこの身に触れてくれることはない! 私のことを愛してくれない! 全部、全部貴様のせいだっ…!」

 

「な、何だと…? モモンガさんの身に何かあったのか…?」

 

 

アルベドから語られる言葉に名犬ポチは驚きを隠せない。

モモンガは一体どうしているのだろうという疑問はずっと頭を離れなかった。

アルベドのその言葉はモモンガの身に何かがあったことを如実に表している。

 

 

「もうモモンガ様の御心はどこかに行かれてしまった…。でも、でもね…。体だけはもう私の物…。爪の先に至るまでもう誰にも渡さない…! 決して離しはしないわ…! 貴様に邪魔などさせるものかっ…!」

 

 

アルベドの言葉からは何が起きたかは分からないが何か重大な事が起きたことだけは理解できる。

だが今の名犬ポチにはどうしようもできない。

 

 

「ロンギヌスで消滅させれなかったのは痛かったけれど…。もう二度と生き返りたくないという程に殺し尽くしてあげるわ…」

 

 

アルベドがその言葉と共にバルディッシュを名犬ポチに突き刺そうとした瞬間。

 

 

「待ちなさいっ!」

 

 

空から声がかかった。

そこにいたのは一匹の悪魔と後ろに待機する複数の悪魔達。

アルベドが空を見上げその名を呼ぶ。

 

 

「デミウルゴス…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルベド…! 貴方は何ということを…! すぐにその手を離しなさいっ…!」

 

 

アルベドの手の中にいる瀕死の名犬ポチを見てデミウルゴスが叫ぶ。

彼は今にも爆発しそうな自分の感情を必死で抑え込んでいた。

それもそのはずだ。

あろうことか自分達が忠誠を誓うべき御方に手を上げるなど配下として考えられない大罪だ。

いやそんな言葉では生温い程の所業。

 

もちろんアルベドが名犬ポチに害を為そうとしていたのは理解していたデミウルゴスだがその現場を実際に目にするとそれがあまりに罪深すぎて言葉にできない。

すぐにアルベドをこの世から痕跡も残らぬように排除し消し去りたいとさえ想う。

だが今はそれはできない。

最も優先するべきは名犬ポチの安否だからだ。

 

 

「随分と久しぶりね…。コキュートスはどうしたの…? 貴方の討伐に向かわせたのだけれど…。もう殺してしまったのかしら…?」

 

「いいえ。まともに戦えば勝ち目はないですからね。現地の者の相手をしている隙をついて逃げてきましたよ」

 

 

デミウルゴスのその言葉に舌打ちをするアルベド。

 

 

(ちっ、コキュートスの役立たずめが…!)

 

 

やはりコキュートスだけでは駄目だったかと心の中で悪態をつく。

だがそもそもはアウラにバレてしまったことが事の始まりだった。

そうしなければマーレも敵対しなかったしいくらでも手を打てた。

結局は自分のミスが招いた結果と言ってもいい。

その事は素直に反省するべきだろう。

 

 

「それより早く名犬ポチ様を離しなさいアルベド…! 貴方は自分が何をしたか理解しているのですかっ…!」

 

「分かっていないはずないでしょう? だから離すこともできないわ」

 

 

悪びれもせず口にするアルベドの言葉にデミウルゴスの眉間がピクピクと痙攣する。

 

 

「この事を知ったらモモンガ様がどれだけ悲しまれるか…」

 

「黙りなさいデミウルゴス…!」

 

「モモンガ様の身に何かがあったというのは予想がついています。だからこそ貴方が独断で動いたのでしょうからね…。しかしモモンガ様がいつまでもそれを放っておくと思うのですか…? 貴方は…」

 

「黙れって言ってるだろうがっ!!!」

 

 

アルベドの叫びがデミウルゴスの言葉を止める。

 

 

「お前に何が分かるっ…! ずっとモモンガ様の横で全てを見てた私にはわかる…! どれだけあの御方が悲しまれたか! 傷つかれたか! 恐らくもうモモンガ様は目を覚まさない…! もうモモンガ様は帰ってこない…!」

 

 

鬼気迫るアルベドの言葉に初めてデミウルゴスが動揺する。

わずかな情報だけでデミウルゴスは全てを悟った。

 

 

「ま、まさかモモンガ様が…。そうですか、なるほど…。やっと貴方の行動に合点がいきましたよ…」

 

「理解してくれたようで嬉しいわ、なら…」

 

「だからといって見逃すはずがないでしょう。すぐに名犬ポチ様から手を離しなさい、それは絶対です」

 

 

デミウルゴスの言葉にアルベドが目を細め睨みつける。

 

 

「貴方こそ理解しているのデミウルゴス? こいつを連れ帰ってどうするの? モモンガ様の代わりにナザリックを治めてもらう? 冗談じゃない。今までナザリックを放っておいたような奴に今更支配者面されるなんて我慢できないわ…。ナザリックはモモンガ様ただ一人の物よ…」

 

「そこに関しては我々が口を出すべきことではないと思うがね。全ては至高の御方達がお決めになることだ。我々はただそれに従えばいい…。それに名犬ポチ様ならばモモンガ様を呼び戻して下さるかもしれないではないですか…!」

 

「それが問題なのよ…! もし、もしその男を、名犬ポチをモモンガ様と会わせたとしてそいつがモモンガ様を連れてこの地を去らない保証がどこにあるの!? モモンガ様ならば去らないと言って下さるかもしれない! でもこいつがいる限りいつか気が変わる時が来るかもしれない! モモンガ様が居なくなるかもしれない! そんなことになるくらいなら現状のままで…、例えモモンガ様の御声を二度と聞くことができなくなったって…! ここでこいつを始末すればモモンガ様は永遠にナザリックにいて下さるのだから…! いえ! そうよ、そうだわ…。貴方は勿論だけどナザリックのシモベも全員始末してしまいましょう。世界中を破壊したっていい! 世界に私とモモンガ様だけ…。そして私はあの人の腕に抱かれて永遠の時を過ごすの…。ああ、素敵だわ、私とモモンガ様だけが愛し合う世界…。二人だけの楽園…!」

 

 

恍惚とした表情でアルベドが語る。

まるで夢見る少女のように。

 

 

「目を覚ましなさいアルベド! モモンガ様の御気持ちを考えたことはないのか!? モモンガ様が望んだのならばいい。だが、そのような行為をモモンガ様が喜ぶはずがないだろう! 至高の御方達よりも自分の感情を優先するなど…! 配下としてあるまじき行為!」

 

「黙れぇぇぇ!」

 

 

突如として般若のような顔になりアルベドが声を上げる。

 

 

「そんなの分かってる! 全部分かってるわよ! 全ては私の一人よがりだって! 私は私のためにモモンガ様の全てをこの手に収める! だって、モモンガ様はもう喋らない! 触ってくれない! 愛してくれない! もう御心はここにない…! 届かない…! でも! それでもいい! モモンガ様がナザリックからいなくなるくらいならばそれでも構わない! だってもうモモンガ様の体は私だけのもの…! 私の欲望の、幸せのために全てを行う!」

 

 

そう叫んだ後、アルベドが名犬ポチを掴んでいた手を離す。

首を絞められていた名犬ポチがせき込みながら地面へと落ちる。

 

地面に落ちた衝撃で薄れていた意識が戻った名犬ポチは倒れたままでデミウルゴスへと問いかける。

 

 

「デミ、ウルゴスか…。懐かしいな…。な、なぁ、お前も俺を恨んでるのか…?」

 

 

それは名犬ポチの最後の問い。

突如現れた懐かしいNPCの顔。

 

両者の会話がまともに耳に入っていなかった名犬ポチはただ問う。

自分はナザリックの者達にそれほどまでに恨まれていたのかと。

 

 

「そ、そんなことはありません! わ、我々ナザリックのシモベ達全員が名犬ポチ様のご帰還を喜んでいます!」

 

「そう、か…。なら良かった…。デミウルゴス…、俺はもう一度…ナザリックに、帰…」

 

「は、はい! すぐにお連れしますとも! だからご安心下さい!」

 

「いいえ、その時は来ないわ」

 

 

両者の会話をアルベドが遮る。

 

 

「だって私がここで全員踏みつぶすのだから…! こんな風に…!」

 

 

足元に倒れる名犬ポチの首目掛けてアルベドが足を振り下ろす。

ボキッ、という嫌な音と共に名犬ポチの首の骨がいとも簡単にへし折られる。

 

その一撃で名犬ポチは絶命した。

 

その瞬間、名犬ポチの断末魔の叫びが辺りに木霊する。

この世の無念を嘆き悲しむかのような痛々しい悲鳴。

 

 

「アルベドッ! 貴様ァァァァアアアアアアア!!!」

 

 

それを合図にしたかのように瞬間的にデミウルゴスがアルベドへと襲い掛かる。

いくらデミウルゴスとてこれを前にして冷静ではいられなかった。

怒りが全てを支配し、思考は真っ白。

自分を抑え込むことが出来ずに感情の赴くままアルベドへと向かって突っ込んでいく。

 

 

ここに関して言うならばアルベドの作戦勝ちであったと言わざるを得ない。

 

 

アルベドの目の前にはデミウルゴスと十二宮の悪魔達。

いずれも単体であればアルベドの敵ではないが同時に戦うとなれば不利であると言わざるを得ない。

その為の名犬ポチの殺害。

もちろん当初から予定していたことではあるがここで見せつけるように殺せばデミウルゴスが激昂しないはずがない。

そんな状態のデミウルゴスであればアルベドなら簡単に対処できる。

もちろんデミウルゴスとてそれは理解していただろう。

 

だが目の前で行われたあまりに罪深く不敬な行為。

それを見て冷静さを保てというのは到底不可能であった。

 

結果として、戦士職であるアルベドに正面から無計画に突っ込むという愚をデミウルゴスは犯してしまう。

守護者の中でもアウラの次に弱いデミウルゴス。

肉体能力ならば最強の一角とも呼べるアルベドに勝てる道理などあるはずがない。

接近戦となれば天地がひっくり返ってもアルベドには届かないのだ。

 

アルベドが嗤いながらバルディッシュを構える。

もはや防御の必要もない。

デミウルゴスならばアルベドは小細工無しで正面から叩き伏せられる。

 

 

「アルベドォォォォオオオ!」

 

「愚かねデミウルゴス! ここで死になさい!」

 

 

デミウルゴスの拳とアルベドのバルディッシュがぶつかる。

両者の力の差を考えればアルベドは無傷で、デミウルゴスはこの一撃で致命傷は免れない。

 

そんな分かり切った勝負。

 

冷静さを失いそんなことも計算できないデミウルゴスへ薄ら笑いを浮かべるアルベド。

 

 

 

だが吹き飛んだのは。

 

 

 

「………は?」

 

 

地面を抉るほどの勢いで吹き飛ばされ大地に転がったのはアルベド。

その口からは呆けたような言葉が出る。

 

もちろんデミウルゴスも同様に唖然としている。

冷静さを失っていたとはいえアルベドに自分の攻撃が通用するなど微塵も思っていなかった。

だが現実では、吹き飛び血を流したのはアルベド。

デミウルゴスも多少の傷は負ったとはいえ無事と言って差し支えない。

 

あまりに予想外のことにかえって冷静さを取り戻したデミウルゴス。

 

 

「い、一体何が起こったというのです…?」

 

 

だがすぐにデミウルゴスは気付いた。

 

名犬ポチの死体から黒いモヤのようなモノが周囲へ広がっていくのに。

 

 

 

それは悪意の塊。

 

この世の全てを呪い侵す。

弱者の恨みであり嫉み。

妬み憎しみ意趣遺恨。

害を為す私怨であり怨讐。

強者に虐げられた弱者達の怨嗟の念。

 

 

 

「ひっ、あぁぁああああっ!」

 

 

濃い霧のように発生した黒いモヤは辺り一面を覆い隠していく。

まさに世界を黒く染める闇。

その黒いモヤがアルベドへと纏わりつくと子犬の形となりしがみ付いていく。

その有様はまるで親の仇を逃がさぬようにと。

あらゆる子犬の形を為すそれらは千差万別の魑魅魍魎。

強者を食い散らかさんと這い出た弱者の有象無象。

 

 

アルベドは一瞬で理解する。

 

これはまずい。

 

何かはわからないが、()()()()()()()()()()と。

 

 

「く、来るな…! 来るなぁぁぁぁああ!!!」

 

 

必死に振りほどき逃げようと足掻くが全ては徒労。

 

決して逃れられない。

 

 

ユグドラシル時代にプレイヤーのただ一人として逃れることのできなかったスキル。

NPC如きに逃れられるはずもない。

 

オーバーキャットとまるで鏡合わせのように類似するオーバードッグ。

オーバーキャットの隠しスキルが死を必要とするように。

オーバードッグもまた死を必要とする。

それこそがトリガー、発動条件。

 

いずれも弱者という自分の欠点をカバーする為のもの。

オーバーキャットは他人の威を借り強さを手にいれる。

ならばオーバードッグは?

 

オーバードッグの隠しスキルは他者の足を引っ張り嘲笑う為のもの。

 

 

 

<Howling Underdog/負け犬の遠吠え>

 

自分が殺された場合、殺した相手及び半径100m以内の敵対者全てに強力なデバフを与える。

敵対者と能力差があればあるほど効果は高まる。

名犬ポチの切り札にして抑止力。

このスキルのため『負け犬』という二つ名で呼ばれることになったのだが本人は憤慨している。

 

ちなみにデバフの効果は敵対者のステータスを自分との平均にまで下げるというもの。

名犬ポチのステータスは66相当。

つまりレベル100であっても83相当にまで引き下げられてしまう。

 

だがオーバードッグには一つのパッシブスキルがあることを忘れてはならない。

 

 

 

<Barking dogs seldom bite/弱い犬ほどよく吠える>

 

自分のステータスが半減し、魔法やスキルも弱体化するがエフェクトが派手になり消費魔力も減るというスキル。

 

 

この為に普段の名犬ポチのステータスは33相当にまで落ち込んでいる。

つまりこの状態で<Howling Underdog/負け犬の遠吠え>を使用した場合、レベル100であれ66相当にまで低下してしまうのだ。

それは名犬ポチの本来のステータスと遜色ない数値。

 

装備次第ではあるが10レベル差もあればまず勝てなくなるユグドラシルにおいて66レベルという数値がいかなるものか。

基本的にカンストしてからが始まりと言っても過言ではないMMORPGにおいては弱者と言わざるを得ない。

強者から狩られるだけの獲物。

 

それは名犬ポチが見ていた世界だ。

 

 

「な、あっ…! ち、力が入らない…!?」

 

 

自身のステータス低下の影響を感じるアルベド。

今やその強さはレベル66相当。

戦闘特化ではないデミウルゴスとやりあっても打ち負ける強さである。

 

 

強者は驕ってはならないのだ。

 

強者の威を借り肩を並べるのがオーバーキャットであるならば。

 

オーバードッグは強者を自分のステージまで引き摺り落とす。

 

栄枯転変、弱者を侮れば足元を掬われる。

 

 

モモンガの<The goal of all life is death/あらゆる生ある者の目指すところは死である>のように強力な効果ではないが<Howling Underdog/負け犬の遠吠え>はそれとは違い簡単な回避方法がないのがキモであろう。

ほぼ回避不能の超絶デバフ。

さらに厄介なのはこのスキルでダウンしたステータスは死亡しても元に戻らないことだ。

もし元のステータスに戻したければ犬系のプレイヤーを蘇生してあげなければならない。

その回数は下がったレベル相当分。

最高の嫌がらせである。

人間種のプレイヤー等は仲間に犬系の種族を持っている者が少なく、中には他にアテがないのか泣きながら名犬ポチを蘇生する為にしばらく付き従っていた者が少なくない。

人数が多かった時などは誰が先に蘇生するかで争い出したプレイヤーも存在する程。

もちろん名犬ポチはそれを見ながら愉悦の極みにあった。

すぐに飽きたが。

 

 

蛇足ではあるがユグドラシルからこの世界に転移してきた際にいくつかの法則に変化が起きている。

魔法やスキル、あるいはアイテム等の効果だ。

<Howling Underdog/負け犬の遠吠え>も同様である。

本来は100mの範囲しかないはずなのだがこの世界に転移してきてその効果は断末魔が届く範囲に変わっている。

これは未だ名犬ポチすら知らぬこと。

もしどこか遠くでこのスキルの被害に遭った者がいるとするならば不幸であるとしか言いようがないだろう。

 

 

 

 

 

 

周囲に広がる漆黒の海。

それはまさに地獄の底と形容するのが相応しい様相を呈していた。

 

 

「おおおぉぉぉ…! な、なんという闇…! 悪意…! まさしく邪悪の権化…! お、恐ろしい…! こ、これが名犬ポチ様の力なのですか…! ウルベルト様が恐れていたのも頷ける…! 奈落への呼び声…! まさに世界を呪う悪神…! 」

 

 

名犬ポチから迸る悪意に心から震えるデミウルゴス。

それは自分の持つ悪意が子供騙しに思える程に禍々しかったからだ。

デミウルゴスがそんな風に感動に体を震わせる。

敵対判定が無い為か黒いモヤはデミウルゴスを避けて広がっていく。

 

同様に黒いモヤはカッツェを避けるがガルガンチュアは違う。

ガルガンチュアの全身を黒いモヤが覆い、子犬の形となって悪意を振り撒く。

 

 

「フン!」

 

「ゴオッ…!!」

 

 

名犬ポチのスキルによって弱体化したガルガンチュア。

そしてガルガンチュアと同等の強さを持ち弱体化していないカッツェ。

もはや言うまでもなく、ガルガンチュアはカッツェによってあっさりと倒された。

 

 

「流石にコイツは蘇生できねぇだろうからな…。コアだけはとっておいてやるか…」

 

 

崩れたガルガンチュアの体の中からコアを探し出し手に取るカッツェ。

だがその時、体の異変に気付く。

 

 

「うっ…、しまった…! 時間か…! クソ、ユグドラシルより早ぇ…!」

 

 

名犬ポチのスキルに変化が起きているようにカッツェのスキルにも変化が起きていた。

カッツェもこの時までこのスキルを使ったことが無かったので時間が短くなっていることに今気づいてしまう。

 

 

「やっちまった…。後でポチにどやされるな…」

 

 

乾いた笑いが出るカッツェ。

だがもう時間が無いのはどうしようもない。

幸い、先ほどアインズ・ウール・ゴウンの新しいNPCらしき者が現れたがこいつはどうやら名犬ポチと敵対していないようだと判断するカッツェ。

今となってはもうそいつに縋るしかない。

 

 

「おいアンタ、アインズ・ウール・ゴウンのNPCだろ?」

 

 

棒立ちになっていたデミウルゴスへ声をかけるカッツェ。

 

 

「ええ、そうですが貴方は…? ガルガンチュアと戦っていたところを見ると敵ではないと判断してよろしいのでしょうか…?」

 

 

警戒したままデミウルゴスが問う。

 

 

「ああ。ポチを助けてやるって約束してた者なんだがもう体が持ちそうにねぇんだ…。悪いが後は任せてもいいか…? ポチはスキルの影響でナザリックに連れ帰らないと蘇生できない。それとホラ、ガルガンチュアのコアだ。持って帰ればまた作り直せる」

 

 

そう言ってデミウルゴスにコアを投げ渡すカッツェ。

 

 

「これはご親切にありがとうございます。もしや貴方は名犬ポチ様と同様の…」

 

「俺のことはいい。もう消える存在だ、気にするな」

 

「…了解しました」

 

「それとあそこにいる金髪女と子犬はポチの手下らしい、丁重に扱ってやってくれ」

 

「ほう、あの者共が…。分かりました。私が責任を持って面倒を見ましょう」

 

 

その言葉を聞きつけたのか獣王がカッツェの元まで走ってくる。

 

 

「く、くーん…」

 

「俺はここまでだ…、約束通りポチの面倒見てやってくれよ…」

 

「くーん!」

 

 

カッツェの言葉を肯定するように獣王が力強く答える。

それを満足気に見つめるカッツェ。

 

そして時間が来た。

 

カッツェの体が次第に灰のように崩れ空気に流されていく。

 

 

「ああ…、お前は凄い奴だよ…。ちくしょう、やっぱり俺の考えは当たってたな…」

 

 

笑顔で、しかし涙を流しながら名犬ポチの名を口にするカッツェ。

 

 

「俺にしては悪くない最後だ…。そうだろ、ポチ…」

 

 

その言葉と共にカッツェの体の全てが灰となり掻き消えた。

 

 

ユグドラシルの終わりと、この世界に転移してからの死。

 

2つの終わりはカッツェにとって絶望だった。

 

だが3度目の終わりが彼にもたらした物は一体なんだったのだろうか。

 

 

名犬ポチの保身の為の生贄という悪意によって蘇らせられた存在。

 

だがカッツェは言った。

自分の善意は不幸を、名犬ポチの悪意は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでのようですね、アルベド」

 

 

デミウルゴスが蹲るアルベドへと話しかける。

 

 

「う、嘘よ…、こ、こんなことがあるはずがないわ…! わ、私がこんな…!」

 

 

激しく狼狽するアルベド。

それもそうだろう。

もはやアルベドにデミウルゴスに対抗する手段などないのだから。

アルベドの体に纏わりつく煙のような黒い子犬達がそれをあざ笑うかのように口を歪める。

 

 

「ね、ねぇデミウルゴス…、と、取引をしましょう…? 貴方にとっても悪い話じゃ…」

 

「黙りなさい!」

 

 

アルベドの提案を一喝するデミウルゴス。

 

 

「見苦しいですよアルベド。貴方が行った行為は決して許されるものではありません。償おうとして償えるものではない…! 地獄すら生温い…! あまりに罪深すぎてどう制裁していいものか判断がつかない程です…! 少なくとも貴方にもうナザリックでの居場所はない…!」

 

「くっ…」

 

「最後に言い残すことはありますか? 守護者のよしみです。遺言くらいは聞いてあげましょう」

 

「うぅ…」

 

 

アルベドの頬に大量の汗が流れる。

もう無理だ。

ここでデミウルゴスを出し抜ける方法は無い。

 

絶望の中、全てを諦めようとした瞬間。

アルベドにとっての希望が舞い降りる。

 

激しいジェット音と共に空気を震わせながら高速で飛行する物体がアルベドとデミウルゴスの間へと落下してくる。

 

 

「ぐっ…! な、何ですか!?」

 

 

辺りに砂ぼこりを大量に巻き上げ飛来した物体がその中から姿を現す。

 

 

「姉さん、助けに来たよ」

 

「ルベド!」

 

 

それを見た途端にアルベドの表情が明るく染まる。

そこにいたのはアルベドの妹にしてナザリック最強のルベド。

 

 

「あははははは! 流石よ! 最高のタイミングだわルベド!」

 

 

先ほどまでの表情が嘘みたいに狂ったように笑いだすアルベド。

後ろに後ずさったデミウルゴスを追うようにアルベドが歩を進める。

 

 

「残念だったわねデミウルゴス! これで形勢逆転よ! ルベドがいればお前達など怖くもなんともないわ! 私の戦闘力が下がろうともルベドだけで全員殲滅できる! あはははは! 命乞いなら聞いてあげるけどどうする!? それとも遺言!?」

 

「くっ…! まさかこのタイミングとは…! 私のミスですね…、すぐにアルベドを排除するべきでした…!」

 

 

名犬ポチの隠しスキルの正確な効果を理解していないアルベドやデミウルゴスがここで疑問に思わなかったことはしょうがないかもしれない。

アルベド側についているルベドは本来ならば名犬ポチの隠しスキルの対象である。

だがルベドの体は名犬ポチのスキルには侵されていない。

もちろん実はルベドが名犬ポチの味方だったなんていうオチではない。

 

ルベドには名犬ポチのスキルは通じないのだ。

 

故に名犬ポチのスキルの範囲内にいたにも関わらずステータスの低下は一切見られない。

これはルベドが他の者とはまるで違う創造のされ方をしている為なのだが今ここにそれを知る者はいない。

 

 

「無様ねデミウルゴス! 先ほどの威勢はどうしたのかしら!? あはははは!」

 

 

アルベドの高笑いが響く。

先ほどまで自分が追い詰められていたことなど嘘のように邪悪に笑う。

 

 

「さあルベド! デミウルゴスをやってしまいなさい!」

 

 

そうしてデミウルゴスへ向かって手を突き出し命令するアルベド。

デミウルゴスもルベドの攻撃に最大級の警戒を持って備える。

 

 

 

ズブ。

 

 

 

急にどこからか嫌な音がした。

何か柔らかいものに刃物が突き刺さるような音。

妙に生々しい異音。

 

アルベドはその音がどこから聞こえたのかわからない。

近いような気もするし遠いような気もする。

 

目の前にいるデミウルゴスが心底驚いたように目を見開きこちらを見ている。

 

その視線の先にあるものを追って自らも視線を動かす。

 

行き着いた先は自分の腹部。

 

そこから見慣れぬものが突き出ていた。

 

 

「へ…?」

 

 

間抜けな声を出したのはアルベド。

少し遅れて自分の腹部から突き出ているものの正体に気付いた。

 

それは腕だった。

 

真っ白で細い腕。

 

恐る恐る後ろを振り返る。

そこにいたのはルベド。

自らの腹部を貫通しているのはルベドの腕だった。

 

 

「がはっ…! な、何を…、ルベド…!」

 

 

吐血するアルベド。

それは紛れもなく致命傷。

 

 

「大丈夫よ姉さん、私が助けてあげる」

 

 

ルベドがアルベドに微笑む。

だがアルベドの背筋に冷たいモノが走った。

アルベドは知らない。

自分の妹が笑った瞬間をこの時まで見たことが無かったからだ。

 

これは誰だ…?

そもそもルベドはこんなに流暢に言葉を話していたか…?

 

 

「ル…、ルベッ、ド…! や、やめなさい…! こ、こんなことっ…! 命令して…、ないわ…!」

 

 

その腕を引き抜こうと暴れるアルベドだがルベドの腕はピクリともしない。

 

 

「あ、貴方はっ…! 貴方は私の敵をっ…! 邪魔者を排除するはずでしょうっ…!」

 

「そうだね。付け加えるなら姉さんとモモンガ様の愛の、よ」

 

「お、同じことよっ…! わ、私を攻撃してどうするのっ…!?」

 

 

暴れるアルベドに対して天使のように優しく微笑むルベド。

まるで駄々っ子に言い聞かせるようにルベドは言う。

 

 

「姉さんは姉さんの愛の邪魔をする」

 

「な、何をっ…! 何を言っているのっ…!?」

 

「デミウルゴスとの会話を聞いてたよ。私の集音センサーは性能がいいの。離れてても十分聞こえる」

 

 

一息つきルベドが続ける。

 

 

「今の姉さんにあるのは執着、妄想、狂気。そんなのは愛じゃない。愛は何よりも尊いものなの。このまま姉さんを放置していたら姉さんの愛の邪魔になる。姉さんの愛が消える」

 

「っ…!? ど、どうしたというのルベド…!? 一体何を言って…!?」

 

 

アルベドにはルベドが何を言っているのか理解ができない。

あれだけ愛しく思っていた妹が今は化け物に見える。

恐怖に竦み、足に力が入らず立っていられなくなるがルベドの腕が支えとなり倒れることを許さない。

 

そしてアルベドは気付いていない。

今のこの体勢が奇しくもかつて初めてナザリックの者を切り捨てた時。

つまりはシャルティアを殺した時と同じ体勢であることに。

ただ今回はシャルティアの側にいるのがアルベドなのだが。

 

 

「や、やめなさいルベドっ…! やめてっ…! わ、私が死んだら…! 私が死んでしまったらその愛も消えてしまうのよっ…!」

 

 

必死に懇願するがルベドの微笑みは崩れない。

 

 

「違うよ? 死ねば愛は永遠。そうすればもう誰にも汚せない、邪魔されないの。だからね、私が姉さんの愛を守ってあげる」

 

 

そしてルベドは微笑んだままアルベドの腹から腕を引き抜く。

だが引き抜くと同時に掌で臓物を握り込み一緒に外へと引きずりだす。

 

 

「あがぁあぁぁああああがっぁぁああ!!!!!!!」

 

 

絶叫するアルベド。

それと共に周囲にアルベドの臓物がブチ撒けられる。

 

ルベドの手が体から離れた瞬間、前へと倒れ込む。

辺りは一瞬で血の海となった。

その一撃で命が零れ落ちていくのを感じるアルベド。

これは取返しがつかないレベルの傷だ。

放っておけばそれだけで死に至る。

 

 

(い、嫌だ…! 死にたくない! 私はまだ何も手に入れてないのに! あと一歩でやっと、やっとモモンガ様を私のものにできるのに! 嫌だ! こんなのは嫌だ!)

 

 

倒れたまま必死で逃げようと足掻くアルベド。

 

 

「はぁっ…! はぁっ…!」

 

 

匍匐前進のように両手で前へと進もうとするが腕に力が入らない。

 

 

「どこへ行くの、姉さん」

 

 

いつの間にかルベドがアルベドの眼前に立ちはだかっていた。

 

 

「ひっ…! や、やめっ…!」

 

 

ルベドがアルベドの肩を足で抑え込み、腕を掴む。

 

 

「愛から逃げちゃダメだよ」

 

 

そうして笑顔のままアルベドの片腕を引き千切った。

 

 

「あぎゃああぁっっぁぁぁぁぁがぁあぁああっ!!!!」

 

 

肩口を足で押さえつけられているため暴れることもできないアルベド。

まるで虫のようにその場でバタバタとするだけだ。

 

 

「ああ、姉さん不安なのね。分かるよ、女性は幸せの絶頂でも不安になったりするんだよね? 本に書いてたよ。大丈夫、私がずっと側についていてあげるから。怖いことなんて何もないよ?」

 

 

もはやアルベドにはルベドが何を言っているのか理解できない。

形容するなら得体の知れない怪物に喰われる捕食者の気分といったところか。

恐怖で顎がガチガチと音を鳴らす。

目も視線が定まらず揺れる。

 

 

「た、助けてっ…」

 

「うん?」

 

「た、助けてルベドッ…! な、何が気に入らなかったのっ…!? 私が貴方を怒らせるようなことした…!? そ、そうなら謝るわっ…! だから助けてルベドッ…! こ、殺さないでっ…!」

 

「うふふ。おかしな姉さん。私はずっと姉さんの味方だよ? 怒ることなんてあるはずがないじゃない」

 

 

ルベドはニコニコと笑ったままだ。

本当に演技でも偽りでも何でもなく。

その言葉が全て本心からの物だと理解できる。

 

だからこそ怖い。

 

アルベドは欠片も理解できない妹の凶行に心底震えあがる。

 

 

(嫌っ! 嫌っ! 助けて…! 助けてモモンガ様っ! 死にたくない、死にたくないっ! 私はただモモンガ様と…! あの御方と一緒にいたかっただけなのに…!)

 

 

肩を踏みつけているルベドの足が血で滑り、抜け出すことに成功するアルベド。

残った片腕で必死に地面を這う。

 

 

(やっと…! やっとだったのに…! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! こんな所で躓くなんて嘘よっ…! 嫌ぁ…! モモンガ様ぁ…! 私は…、だって…、そうよ…! モモンガ様を悲しませる奴がいるから…! だから私は…! モモンガ様、モモンガ様ぁっ…!)

 

 

口から、肩から、腹から大量の血を流しながらミミズのようにアルベドが這っていく。

 

 

(私の愛は肯定されてるっ…! モモンガ様が自らその愛を肯定してくれたのだからっ…! だから間違ってる筈なんてないっ…! 私が死ぬなんて嘘よっ…! 愛されないまま…! モモンガ様に愛されないまま死ぬなんて…! そんなこと認めないっ…! 私は手に入れるのよっ…! 愛されるの…! だからこんな所で終わっていいはずがないっ…! 死んでいいはずがないのよっ…! 大丈夫…! ナザリックに帰りさえすれば…! そうすれば…!)

 

 

いつしかアルベドの視界にはナザリックが見えていた。

必死で階層を降り、廊下を進み、勢いよく玉座の門を開ける。

たまらず笑みを浮かべるアルベド。

そこにはモモンガが待っているはずだからだ。

 

だが玉座の間には誰もいない。

セバスもプレアデスも誰もいない。

玉座にいる筈のモモンガの姿もない。

 

ふと気づくとナザリックの天井が壁がぐにゃりと曲がり溶けていく。

床も同様に崩れ、そして溶けていく。

視界の全てが壊れていく。

崩れた先へと落下していくアルベド。

だがそこにあるのは闇だけだ。

何も存在しない。

誰もいない。

モモンガがいない。

誰も愛してくれない。

ここにいるのは一人だけだから。

暗い闇の中でアルベドの絶叫が響き渡る。

だがそれすらも闇に飲み込まれる。

無。

それは孤独で。

永遠の苦しみ。

 

 

「大丈夫、愛は永遠だよ」

 

 

耳元でおぞましい怪物の声が聞こえた。

そこで気づく。

ここはナザリックではなかった。

冷たい土の上。

腹を貫かれてからさほど遠くない場所だ。

そこに力なく横たわっていただけだった。

 

アルベドの意識は死に触れた。

 

 

(い、嫌…! あ、あれが死…! だ、誰もいない…! 誰にも愛されない…! そんなところになんて行きたくないっ…! あんなのは愛じゃないっ…! 嫌だ嫌だ嫌だ! モモンガ様! モモンガ様ァッ!)

 

 

だがアルベドの叫びは届かない。

口から出るのはヒューヒューというか細い呼吸音だけだ。

血が流れすぎ、もはや指の一本も動かない。

 

いくつかの生物は死の間際に都合の良い夢を見るものだ。

自分の願望が形となって表れる。

そうして幸せに死んでいくのだ。

だがなぜだろうか。

夢の中でさえアルベドを迎えに来てくれる者はいなかった。

 

 

(ああ、モモンガ様…! どこにいるのですか、私を…! 私を置いて去らないで下さい…! 私を一人にしないで下さい! 見捨てないで下さい…! 何でもしますから…! だからどうかお姿を…! どこに…どこにおられるのですか…!? アルベドはここに…! ここにいます…!)

 

 

答えなど返ってくるはずが無い。

アルベドの意識は深い闇の底に沈む。

 

 

「あっ……」

 

 

最後に見たのは自分の喉へと牙を突き立てる怪物の姿。

 

夥しい恐怖と深い絶望、後悔の中で虫けらのようにアルベドは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

アルベドの首を手でへし折ったルベドがゆっくりと立ち上がりデミウルゴスを見る。

 

あまりのことにデミウルゴスは動くことが出来なかった。

 

 

「ま、まさか、こんなことになるとは…。流石に私もこれは予想できませんでしたよアルベド…」

 

 

そしてアルベドの遺体を憐れむように見つめるデミウルゴス。

 

 

アルベドの行為は褒められたものではなかった。

いやそれどころかこれ以上ない程の罪を犯したのだ。

別に許すつもりはないし許せるはずもない。

だがアルベドの最後には憐憫を感じざるを得なかった。

 

 

「ルベド…、貴方はどうするつもりなのですか…? アルベドがこうなってしまった以上、我々が戦う意味はないと思いますが…?」

 

「デミウルゴスも姉さんの愛に協力してくれるの?」

 

 

微笑んだまま問いかけるルベド。

 

 

「アルベドの愛の為に何をするというのですか…? これ以上何をすることが…」

 

「モモンガ様を殺すの」

 

「なっ…!?」

 

「二人が死ななければ意味はないでしょう? 姉さんが死んでモモンガ様も死ぬの。そうして愛は完成するのよ」

 

 

悪びれもせず屈託のない笑顔で言うルベドにデミウルゴスの背筋が凍る。

 

 

「ほ、本気で言っているのですかっ…! そ、そんなこと許されるはずがないっ…! 至高の御方を殺すなど私が見過ごすと思うのですかっ…!」

 

「デミウルゴスは私の邪魔をするの?」

 

「ええ…! 貴方がモモンガ様を殺すなどという妄言を吐くならばね…!」

 

「残念」

 

 

その言葉と共にルベドの姿が消える。

 

 

「っ…!」

 

「じゃあ排除するしかないね」

 

 

あっという間にデミウルゴスの目の前まで距離を詰めるルベド。

それを見たデミウルゴスが瞬間的にスキルを発動する。

 

 

「悪魔の諸相:おぞましき肉体強化!」

 

 

爆発的に肉体を膨らませ強化するデミウルゴス。

そしてその全力をもってルベドの一撃を防御する。

 

 

「ぐぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

だがそれは容易く防御を、腕を突き破りデミウルゴスの体に届く。

そのまま吹き飛ばされ地面を転がるデミウルゴスとそれを追うルベド。

未だ転がったままのデミウルゴスに追い付きトドメの一撃を加えようとした瞬間。

何者かの拳によって弾き飛ばされる。

 

そして転がるデミウルゴスをその何者かが優しく受け止める。

デミウルゴスが顔を上げその姿を確認すると呆れたように呟く。

 

 

「やれやれ…、まさか君に助けられる日が来るなんて…」

 

「それはこちらの台詞ですよ。まさか貴方をこんな風に助ける日が来るなど考えたこともありませんでした」

 

「君は私の事を嫌っていると思っていたがね…」

 

「否定はしませんよ。ですが至高の御方に仕える配下として貴方のことは誰よりも信頼しています」

 

 

その何者かの手を借りて立ち上がるデミウルゴス。

 

 

「ははは、嬉しい事を言ってくれるね。でもそれは私も同じだ。配下として言うならば私も君の事は信頼しているよ、セバス」

 

 

 




次回『災厄を齎す者』大錬金術師の最高傑作にして失敗作。


復活から神がかり的な速度で脱落を果たす名犬ポチ。
そしてカッツェは蘇生不可に。
アルベドも脱落、コキュートスも脱落確定。
あとはデミウルゴスとセバスになんとか…。

名犬ポチ無双的なのを期待していた方いたらすみません…。
基本的には雑魚キャラなんで誰かを倒すとか無理です…。
ただ敵対プレイヤーからするとこの上ない程にウザいキャラというのを目指しました。

今回はいつもより長くなってしまいましたが途中で切っても微妙な気がしたのでそのままいっちゃいました。
まぁタイトル回だしいいかな的な。

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