オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

40 / 49
前回までのあらすじ!



絶体絶命コキュートス、多分死ぬ。


猫の見た夢

誰もいなくなった。

 

どれだけ待っても誰も戻って来なかった。

 

寂しさの中、一人で必死でギルドを維持しようとしたが一人だけでは何も出来ない俺は満足にお金を維持することも出来なかった。

 

やがてギルドは荒廃し、もはやほとんどの機能が使用できなくなりただの置物と化してしまった。

 

ユグドラシル最終日になってもギルドメンバーは誰も帰ってきてくれなかった。

 

だから俺は寂しさに打ちひしがれ、ただ終わりを待っていた。

 

だが最後に予期せぬ訪問者が訪れた。

 

そいつとは過去に何度も喧嘩をしたし、また執拗に嫌がらせをしてくるような奴だった。

 

思い返すとそんな記憶しかないのになんでだろうな。

 

俺はあの時、嬉しかったんだ。

 

今までの寂しさがあの瞬間だけ癒されたのを覚えている。

 

だから俺はもう一度やる気になったんだ。

 

ユグドラシルが終了したと思った瞬間、俺はギルドごと異世界に飛ばされた。

 

最初は混乱したがこの世界には困っている人達が沢山いた。

 

純粋に助けたい、そう思った。

 

多分、あの時最後にお前と会わなかったらこんな気持ちになれなかったんじゃないかな。

 

やっぱり誰かと繋がれるっていうのは凄く嬉しい。

 

でも俺はやっぱり駄目だった。

 

失敗した。

 

俺は誰も幸せにできなかった。

 

ユグドラシルでは皆がいなくなり。

 

この世界では誰も幸せにできなかった。

 

なんでだろうな。

 

俺はただ皆に笑っていて欲しかっただけなのに。

 

ああ、でもお前だけは違ったな。

 

ユグドラシル時代、一人になった俺に声をかけて来てくれたのはお前だけだった。

 

それにいつも笑ってた。

 

まぁ人を嘲笑うような感じだったが…。

 

この世界に来てまでまた会うことになるとは思わなかったが。

 

ポチ。

 

お前と会えて良かったよ。

 

少しの時間だけど楽しかった。

 

もう思い残すことはない。

 

俺はもう満足だ。

 

死んでまでこんな気持ちになれるなんてな。

 

だから任せておけ。

 

俺が絶対になんとかしてやる、と言いたいけど半分賭けだな。

 

ああ、もし失敗したらお前に笑われるんだろうなぁ。

 

くそ、お前の憎たらしい顔だけはいつでも鮮明に思い出せるよ。

 

でもそうだな。

 

やっぱり最後はお前の驚く顔が見たいなぁ。

 

せっかくの機会だ。

 

今度は俺が笑って終わってやるよ。

 

だから、待ってろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

カッツェ平野を疾走するカッツェとクレマンティーヌと獣王。

すぐ後ろにはアルベドとガルガンチュアが迫ってきている。

 

 

(あのゴーレムはどうにかなりそうだがこのアルベドってNPCは無理だな、《キャットブースト/猫足》で加速してもこのままじゃ追い付かれる…)

 

 

ため息をつくと180°ターンして立ち止まるカッツェ。

 

 

「ちょ、ちょっと…!」

 

「くーん!」

 

 

クレマンティーヌと獣王から心配するような叫びが上がる。

だがもう逃げ切るのは不可能。

思い切って例の賭けに出るしかないと踏むカッツェ。

 

 

「《キャットトリック/猫騙し》!」

 

「くっ! またか!?」

 

 

再度、魔法を唱えアルベドの五感を奪う。

だが数秒の時間稼ぎにしかならない上にそろそろ魔力切れも近くなってきている。

もうそう何発も撃てる状態ではない。

 

即座にクレマンティーヌと獣王の元へと向かうと新たな魔法を唱える。

 

 

「《キャットハイド/猫糞》!」

 

 

自身を含め、周囲に土をかけ姿を隠し擬態する魔法。

スキルや魔法による探知を阻害するが、触れられると一発でバレてしまう。

ゆっくり動いたり静かに話す分には知覚されないが素早く動くと擬態が解けてしまう。

 

 

「わ、な、なにこれ…!」

 

「く、くーん!」

 

「静かにしろ…! 静かにしてジっとしてればバレねぇ…」

 

 

基本的にユグドラシルでは弱者であったカッツェはこういったスキルや魔法に長けている。

 

 

「くそがぁ…! 猫風情がふざけやがって…、どこ行ったぁ…!?」

 

 

《キャットトリック/猫騙し》から復帰したアルベドだが周囲にカッツェ達の姿が見えないことにイラ立つ。

 

 

「こんなだだっ広い所で簡単に逃げられる筈が無い…。そもそも逃げられるなら最初から逃げてるはず…。どこかに隠れているのか…?」

 

 

そう推理したアルベドが周囲の地面にバルディッシュを刺して歩きまわる。

 

 

(ちっ…、勘がいいな…! 大して時間稼ぎは出来ねぇと思ってたがこれじゃすぐに見つかっちまう…!)

 

 

もはや悩んでいる暇は無い。

やるしかない。

 

 

「おい女、これから俺の言う通りに動け、お前もだ犬」

 

 

クレマンティーヌと獣王へ語り掛けるカッツェ。

自分一人ではここは乗り切れない。

この二人の協力が必要不可欠だ。

 

 

「も、もう無理だよ…。反射的に一緒に逃げてきちゃったけど神様が消されちゃった…。私知ってる…、あれはうちの国にあったやつだから…。あの槍で突かれたらどんな蘇生魔法を使ってももう生き返らないんだ…。うぅ、神様ぁ…」

 

「く、くーん…」

 

 

膝を抱え蹲り泣き出すクレマンティーヌ。

その発言を理解したのか獣王も悲しそうに俯き涙を流す。

 

 

「安心しろ、それは大丈夫だ」

 

「え…?」

 

「くーん…?」

 

 

カッツェの言葉に泣き顔の二人が恐る恐る顔を上げる。

 

 

「問題はそこじゃない。いいか、もう時間が無い。どうか俺を信じて手を貸してくれ。このままじゃどう足掻いてもあいつらに殺される。それなら僅かでも可能性に賭けてみないか?」

 

 

そのカッツェの姿は不思議と名犬ポチと同様の気配を思わせた。

名犬ポチを盲信しているクレマンティーヌと獣王にとってそれだけでカッツェは信じるに値した。

カッツェの問いにコクリと頷く二人。

 

 

「それじゃあまず…」

 

 

そう言いかけてここでやっとカッツェは獣王の首にかかっている首飾りに気付いた。

600年も昔とはいえ、その間死んでいたカッツェの体感時間からすればそれは数日前のようなものだ。

だから忘れるはずが無い。

当時のビーストマン達の長にお守りとして持たせた物だったからだ。

 

 

「な、なぜお前がそれを…? それは…」

 

「くーん?」

 

 

そう言いかけて先ほどこの子犬が『ネコさま大王国』のギルドの紋章が書かれた旗を持っていたことを思い出す。

かなりボロボロで見えなくなっている部分もあったが自分のギルドの紋章だ。

見間違えるはずが無い。

そうして改めて見つめるとこの子犬に魔法がかけられている事に気付く。

 

 

「お、お前まさか…」

 

 

かけられた魔法とその正体に薄々気付きながらも何があったのか気になったカッツェは《コントロール・アムネジア/記憶操作》で記憶を覗き見る事にする。

そこでカッツェは全てを見た。

 

名犬ポチによって犬に生まれ変わった獣王はビーストマンとしての記憶が全て抜け落ちているがこの世から消えて無くなったわけでない。

魔法を使えばその存在した記憶自体は覗き見れる。

 

だからカッツェは絶望した。

別に名犬ポチが魔法を使って彼らを犬に書き換えたことではない。

 

彼等が、ビーストマンが自分の為に600年もの間、憎しみに囚われて生きてきたことに。

暗く、長く、つらい日々だった。

ずっとずっと人間達への恨みだけで生きながらえてきたビーストマン。

かつてカッツェが国を築いた土地を奪い返すことだけを目的に。

それは六大神により死の大地となっているのに。

そんなくだらない場所なんかの為に。

彼等が崇めた神の復讐の為に。

 

 

「馬鹿だなお前らは…、俺はそんなことなんて何も望んでなかったのに…。ただ、生き残ったお前達に幸せに生きて欲しかっただけなのに…」

 

 

《コントロール・アムネジア/記憶操作》を解除し空を見つめるカッツェ。

悔しさと悲しさと申し訳なさで胸がいっぱいになる。

600年。

気が遠くなりそうな時間だ。

子が生まれ、代が変わっても延々と続く負の連鎖。

 

自分のせいだろうか。

 

自分がいたからこんなことになったのではとカッツェは思う。

やはり自分は駄目だ。

 

 

「くーん」

 

 

カッツェの落ち込みようを見て慰めようと獣王がカッツェの頬を舐める。

それを見てカッツェは改めて思う。

 

名犬ポチの魔法によって存在を書き換えられたからこそ彼等はあの苦しみから逃れられたのだ。

そこにどんな意図があろうとビーストマンとして生きるよりも今の方が遥かに幸せに見えた。

 

 

「ああ、悔しいよポチ…。結局何も変わらなかった…。あの時のままだ…。そういえば昔から俺もお前もやること為すこと全部裏目に出ちまってたな…。俺とお前は似た者同士…、姿から強さまで種族を除きまるで鏡合わせのように…。俺の善意は不幸を呼び、お前の悪意は幸せを呼び込む…。お前は自覚ないかもしれないがな…。そうか、今になって分かったよ…。俺はお前になりたかったんだな…」

 

 

白犬の名犬ポチと黒猫カッツェ。

互いに理解せず、また気づきもしなかったが彼等は互いに焦がれていた。

自分にないものを羨ましいと思い妬んだ。

きっとそれが争いの始まりだった。

下手に似ているからこそ余計に鼻につく。

 

 

「お前なら作れるのかもな…、皆が幸せに生きれる世界ってやつを…」

 

 

そうと決まればもう悩んでいる暇はない。

 

獣王の記憶を覗き、また思考の海に沈んでいる間に猶予は無くなってしまっていた。

アルベドがすぐ近くまで迫っている。

遅れていたガルガンチュアも追い付きもはや両方が射程圏内だ。

 

いよいよその凶刃がカッツェ達に触れようかという時。

カッツェがクレマンティーヌと獣王を抱きかかえ上空へと退避する。

 

 

「見つけたぞ! そこか!」

 

 

その勢いで擬態が解け、三人ともアルベドの前に姿を晒す。

 

 

「おい女、お前はこのアイテムを持ってろ。俺が合図したら使うんだ。いいな? 使い方は…」

 

 

上空で素早くクレマンティーヌへと名犬ポチから預かっていた世界級(ワールド)アイテムを渡すカッツェ。

 

 

「で犬、お前は俺の後ろについてこい! 攻撃を喰らいそうになったら俺を壁にするか逃げるんだぞ! 二人とも準備はいいか!?」

 

「う、うん!」

 

「くーん!」

 

 

カッツェの勢いに飲まれ反射的に返事をする二人。

クレマンティーヌをそのまま遠くに投げ自分はアルベドとガルガンチュアへ単身突っ込むカッツェ。

獣王は命令通りにカッツェの後ろを追うように共に落下していく。

 

 

「フン! ついに諦めたか!」

 

 

地上ではアルベドがニヤリと笑って迎撃の準備を整えている。

このまま突っ込んではカッツェ達に万に一つも勝機はない。

 

だが腐ってもカンストプレイヤー。

奥の手を持っていないはずが無い。

 

 

(俺は俺の目的を果たす為にお前を利用するぞポチ…!)

 

 

『化け猫』カッツェ。

その切り札は正直微妙と言わざるを得ない。

発動の厳しい条件と発動後の強烈なデメリット。

それに見合った効果かと問われればとてもではないがイエスとは言えない。

 

単体では効果は薄く、また意味もほぼない。

 

だがどんなものでも使い時というものがある。

そしてユグドラシルで最も重要な要素として情報が上げられる。

相性で勝っているとか、向こうの方が弱い等といった敵対者に対する正確な情報がなければ無闇に戦うべきではない。

ある意味でユグドラシルの戦いの半分以上は情報戦と言っても過言ではないのだ。

 

知らなければ対処できない。

 

カッツェのことを知っている相手ならばこの状態でも抑え込めたかもしれない。

だが相対するはアルベド。

プレイヤーの情報など知りようもないNPCなのだ。

 

 

「行くぞ! 《パーフェクトトレース/真似奇猫》!」

 

 

オーバーキャットのスキル『化け猫』により、死亡状態になっても一定時間行動することができるカッツェ。

物理攻撃は効かず、魔法攻撃は当たるがそれでもHPはすでに0である為足止め程度にしかならない。

制限時間が来るまではほぼ無敵状態と言える。

そしてその『化け猫』状態でのみ使えるオーバーキャットの隠しスキル《パーフェクトトレース/真似奇猫》。

周囲にいる任意の対象のHP以外のステータスを完全にコピーするというものだ。

 

 

スキル発動と共にカッツェの体が爆発的に膨れ上がる。

大きさは30メートル以上。

その姿は巨大な獅子を思わせる。

 

 

「な…!」

 

 

驚愕したのはアルベド。

迎撃しようと構えていたが突然のことに頭が追い付かない。

 

そして地面に着地すると同時にアルベドへ振り下ろしの一撃を加えるカッツェ。

 

咄嗟に防御するがそれだけでは対処しきれず後方へ吹き飛ぶアルベド。

 

それもそのはず。

 

カッツェがコピーしたのはガルガンチュア。

単純な戦闘能力ではアルベドを凌ぐ。

 

 

「ぐあぁぁぁあっ!」

 

 

吹き飛んだもののすぐに体勢を立て直し受け身を取るアルベド。

防御力が高いアルベドにとってそれは致命傷でもなんでもなかったがアルベドを恐怖させるには十分だった。

 

 

「グォォオ!!」

 

 

横に待機していたガルガンチュアが即座にカッツェへと殴りかかる。

 

 

「オラァ!」

 

 

それに呼応するようにカッツェも拳を振りかぶる。

 

その力は互角。

 

互いに何発拳を交わしても同じように拳が衝突し引き分ける。

やがてガルガンチュアがカッツェへと組みかかる。

 

だがサイズも力も互角。

 

必然的に両者は膠着状態へと陥る。

 

 

それを見てアルベドは先ほどの恐怖が正しかったのを知る。

 

 

「バ、バカな…! そんなバカな…! ガ、ガルガンチュアと互角だと…! そ、そんな奴が…! ま、まだこんな隠し玉を持ってやがったのか名犬ポチィ…!」

 

 

これほどの存在を隠し持っていた名犬ポチに心底震えるアルベド。

まともに正面からやっていればとても勝ち目は無かったと悟る。

やはりガルガンチュアを引っ張ってきたのは正解だったと胸を撫で下ろす。

しかも肝心の名犬ポチはもういない。

戦力的には負けようが無い。

 

だが次第にガルガンチュアが押されていく。

 

能力は互角でも無敵状態のカッツェとHPが有限のガルガンチュア。

まともに戦えばどちらが有利かは明白。

 

 

「くっ! すぐに加勢しなければ…!」

 

 

アルベドとガルガンチュアが協力すれば倒すことはできるだろう。

だがアルベドが介入すれば敵はアルベドを優先的に攻撃するはずだ。

弱い方から潰すのは戦いの定石なのだから。

防御を得意とするアルベドならばすぐに落とされることはないだろうがこうなった以上、他にどんな手を残しているかわからない。

下手に手を出して返り討ちにあっては目も当てられないからだ。

 

そんな風に考えあぐねていたアルベドだがすぐに自分の最大のアドバンテージを思い出す。

 

 

「はは…は…! 冷静さを欠いて忘れていたわ…! 私にはこれがあるじゃない…!」

 

 

自分の着ているチャイナ服を力強く掴む。

それは傾城傾国。

一部の例外を除き、同じ世界級(ワールド)アイテムを所持しない限り回避できない破格の性能を持つアイテム。

 

 

「むしろ好都合だわ…! ガルガンチュアに匹敵する戦力が手に入れば私の手駒はこれ以上ない程に盤石になる…! もう私に勝てる者など誰もいなくなる…! どんな奴が来ても負けるなどありえないわ…!」

 

 

悪意を浮かべ、カッツェの元へと接近するアルベド。

肝心のカッツェはガルガンチュアと組みあっているためにすぐには動けない。

 

 

「喰らえッッッ!!!」

 

 

傾城傾国を発動する。

その言葉と共にアルベドの着ているチャイナ服から光り輝く龍が天空へ飛翔する。

誰も抗えない全てを支配する光の龍。

そのまま飛翔した光の龍がカッツェの体へと舞い落ち、その巨体へ完全に直撃する。

 

今度はアウラの時とは違う。

レジストもされず、傾城傾国は完全に発動した。

 

 

「あははははは!」

 

 

アルベドの高笑いが響く。

突然の強者の存在には驚いたが今や全て自分の手の上だ。

 

 

「使ったな…?」

 

「え…?」

 

 

カッツェの呟きにアルベドが目を見開く。

 

今自分は発言を許可しただろうか?

なぜ傾城傾国の支配下にあるこいつがまるで意思を持ったようにこちらを睨みつけているのか。

そのことにアルベドの理解が追い付かない。

 

 

「これを待っていた…!」

 

 

カッツェがニヤリと笑う。

 

それだけでアルベドは理解する。

どうやったがわからないが傾城傾国が外れてしまったのだと。

だがわからない。

アウラの時と違い、レジストされた気配は無かった。

 

完全に傾城傾国は通ったはずだった。

 

 

「な、何が起こった…!? 一体どうやって…!」

 

「一つ教えておいてやろう。()()()()()()()()()()()()()

 

 

ここで言う死者とはモモンガやシャルティアのようにアンデッドの者達を差す言葉ではない。

ユグドラシルのシステム的に死亡状態にあることを差している。

 

いくら傾城傾国であろうと死というシステム上最大のバッドステータスを支配で上書きすることはできない。

 

これはユグドラシルのルール上、より上のランクのバッドステータスは下位のバッドステータスで上書きできないというものだ。

物によっては重複したりするが最上位の死に関してだけはそれは不可能。

毒や麻痺を持ってしても死に対して効果が及ばないのと同じように支配は通用しない。

 

設定としての死ならばともかく、システム上の死は絶対に覆せないのだ。

 

 

もちろんただの死体に使った場合ならばそもそもモノとして判断され傾城傾国は使用不可能であっただろう。

 

だがここにいるカッツェは死者にして化けて出た例外中の例外。

 

システム的には死んでいながらも行動できる為、モノとして判断されない。

 

 

一部の世界級(ワールド)アイテムは世界級(ワールド)アイテムを所持していなくとも対応できるケースが存在する。

 

例えば山河社稷図。

かなり条件は厳しいが脱出する方法があり、無事に脱出できると山河社稷図の所有権を奪うことができる。

 

このように効果を発動させた上でその影響化に置かれなかった場合、あるいは逃れることに成功した場合において世界級(ワールド)アイテムの所有権を奪うことができるケースが存在する。

 

傾城傾国も同様である。

 

レジストではなく、効果が完璧に発動してなお支配下に置けなかった場合、その所有権は相手へと移る。

 

 

ユグドラシルの設定的に言うならば、アイテムが持ち主を選ぶというところか。

世界級(ワールド)アイテムを所持しておきながらそれを十全に扱えないなど世界に匹敵するアイテムの持ち主として相応しくないのだ。

あるべき物はあるべき所へ。

 

 

「っ…! な、あああっ…!!!」

 

 

アルベドの着ていた傾城傾国が光となりカッツェの元へと流れていく。

そしてカッツェの目の前で再びチャイナ服へと戻り、それを口に咥えるカッツェ。

 

アルベドにとっては不幸と言ってもいいだろう。

この方法で傾城傾国を回避できる者などユグドラシルといえどカッツェぐらいしかいないのだから。

 

 

「貰ったぜ…!」

 

「か、返せこの泥棒猫がぁぁぁっ!」

 

 

怒りに支配されたアルベドがカッツェへと向かって疾走してくる。

すぐにカッツェは後ろに控えていた獣王へと傾城傾国を投げ渡す。

 

 

「ホラ行け! これ持って遠くに逃げろ!」

 

「く、くーん!」

 

 

小さな両手で傾城傾国を受け取る獣王だがカッツェの身の心配をして逃げ出すことができない。

なぜだろう。

獣王には分からないがカッツェを置いて逃げることがとてもいけないことのように思えるのだ。

 

 

「俺の心配してくれてんのか…? はは、気にすんな。今はそれを持って遠くへ逃げる事だけ考えろ」

 

 

だがそれでも獣王は踏ん切りがつかない。

無意識化ではあるがまだビーストマンとしての残滓が彼を縛っているのだ。

しかも目の前にいるのは600年も焦がれた相手なのだ。

それが分からないとはいえ何かが獣王を縛り付ける。

 

 

「そういえばお前、最初に俺がそのNPCにやられそうになった時かばってくれたよな…。もしかしてまだ…。いや、だったら余計に俺のことは忘れろ…。もう俺のことはいいんだ…。それでももし俺のことを少しでも思ってくれるっていうならその分ポチの面倒を見てやってくれよ…。あいつは手がかかると思うからさ…」

 

 

一息ついてカッツェが続ける。

まるでそれを言うのが負けのように悔しさを滲ませ、また照れくさそうに。

 

 

「友達…、そう友達なんだよ。だからあいつのことは頼むよ…」

 

 

なぜその言葉が口から出てきたのかカッツェも不思議に思う。

ユグドラシルで何度も殺し合いをした憎き相手だったのに。

 

いや、だが殺し合いと言ってもユグドラシルというゲームの中での話だ。

ずっとゲームを共に遊んだ相手。

 

きっとそれは友達と呼んでもいいのではないか。

 

 

「く、くーん!」

 

 

目に涙を浮かべた獣王が頷き、その場を後にする。

 

 

「逃がすがクソ犬がぁ!」

 

 

攻撃対象を即座にカッツェから獣王へと変えるアルベド。

だが。

 

 

「今だぁ! 使えっ!」

 

 

カッツェが力強く叫ぶ。

その声に反応したのはクレマンティーヌ。

 

腕を掲げ、願いを口にする。

 

腕に持っているのは蛇を象った禍々しき腕輪。

 

世界級(ワールド)アイテムの中でも特に凶悪な効果を持つ二十と呼ばれるプレイヤーでさえ運営の正気を疑うレベルのアイテム群。

使い切りであるが、だからこそその効果はより常軌を逸している。

 

 

 

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)

 

 

 

超位魔法<ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを>の強化版と言い換えてもいい。

システム的に不可能でなければほとんど全ての願いが叶うと言っても過言ではない。

 

かつてアインズ・ウール・ゴウンも、とあるワールドに一か月立ち入り禁止という制限をかけられ煮え湯を飲まされてことがある。

使い切りである永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)はそこからまた幾人かの所有者を経てカッツェの元へと至り、最終日に名犬ポチが奪っていった代物だ。

 

実はカッツェは世界級(ワールド)アイテムを所持する機会に多く恵まれた運の良いプレイヤーでもあった。

傾城傾国を喰らったのも実は初めてではないのだ。

それに加え、彼が多くの世界級(ワールド)アイテムに恵まれたのは彼の最も得意とするスキルによる為だが。

 

ユグドラシルのフレーバーテキストでオーバーキャットは別の名でも呼ばれている。

世界級(ワールド)攫い。

世界級(ワールド)アイテムを所持する相手には天敵のような相手だがそれはまた別のお話。

 

まぁ手にする機会は多くても戦闘能力が低いのでだいだいすぐに奪われてしまうのだが。

 

 

 

クレマンティーヌが掲げた永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)が眩しく輝きだす。

 

 

「か、神様をっ…! 名犬ポチ様を蘇らせてっ!!!」

 

 

そのクレマンティーヌの叫びに獣王を追っていたアルベドの視線が咄嗟に動く。

 

 

今この女は何といった…?

出来るはずが無い。

世界級(ワールド)アイテムであるロンギヌスの効果はどんな蘇生魔法の効果すらも及ばないのだから。

 

そう自分に言い聞かせるアルベドだがそれが妄言でないとすぐに理解することになる。

 

クレマンティーヌの叫びに呼応し、永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)から周囲に強大な魔力の力が一気に流れ出る。

それはまるで巨大な蛇のようにうねり猛り、嵐のように吹き荒れる。

 

やがてその奔流が一つに収縮していき強烈な光を放つ。

 

そうするとその中から見覚えのあるシルエットが徐々に浮き上がってくる。

 

 

「か、神様……!」

 

「バ、バカな…! バカなぁっ!」

 

 

感動に打ち震えるクレマンティーヌと、対比のように怯え震えるアルベド。

 

データを抹消するという恐ろしい効果を持つロンギヌスだが一部の世界級(ワールド)アイテムでのみ復活が可能。

例えばそう、ここにある永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)のような。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはぁっ!」

 

 

突如、深い眠りからたたき起こされたかのように名犬ポチの意識が覚醒する。

今まで自分がどこにいたのか何をしていたのかすぐに思い出せない。

激しい酩酊状態のような感覚。

 

だがそれもすぐに終わる。

 

何もかもが元通りになった瞬間、全てを思い出す。

目の前の状況は自分にロンギヌスが刺さった時と大差はない。

あるとすれば傾城傾国がすでにアルベドの手にないこと。

 

それともう一つ。

 

カッツェが隠しスキルを発動していることだ。

 

 

「カッツェ…! お、お前…!」

 

 

名犬ポチの第一声は驚きの声。

それもそのはずだ。

 

なぜ名犬ポチがカッツェに協力を求める代わりに永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)を渡したのか。

それはそれが必要だったからに他ならない。

 

 

「ふん、お前に借りを作るなんて真っ平だからな…」

 

 

化け猫状態で使用できるカッツェの隠しスキルは発動してしまうと自分の拠点でしか復活できなくなる。

通常の方法で簡単に蘇生できてしまうと死ぬ度に蘇生してまた発動するというループが可能になってしまう為の措置であろう。

故に隠しスキルを発動したカッツェはもう拠点でしか蘇生できないのだ。

 

そしてギルド『ネコさま大王国』の拠点はもうない。

 

だからこの状態でカッツェが隠しスキルを使用するというのはもう二度と復活できないことを意味する。

それは超位魔法でさえも叶わない。

 

その為の永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)

 

唯一抗うための手段が世界級(ワールド)アイテムだったのだ。

 

名犬ポチはカッツェから助力を得るのを条件として渡したつもりだった。

これがあれば蘇生でもギルドの復活でも出来るだろうからだ。

だがカッツェは名犬ポチの復活の為に永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)を使用してしまった。

 

純粋な善意など理解できない名犬ポチはただただ唖然とするしかできない。

 

自分にロンギヌスが刺さったことは覚えている。

だから自分が復活したということはあの馬鹿(カッツェ)は自分に永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)を使ったということに他ならない。

 

 

「わけわかんねぇっ…! 何で俺に永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)使ってんだよ! しかもスキル発動しやがって…! お前もうギルドねぇんだろ! もう復活できないんだぞっ!!!」

 

「知ってる」

 

「…っ! 澄ました顔しやがって…! やっぱり俺はお前が嫌いだっ…! 気に入らねぇっ! 何考えてるか全っ然わかんねぇよ…!」

 

 

目の奥が熱くなっていくのを抑えられない名犬ポチ。

死ぬほど腹が立ってしょうがなかった。

よりにもよってこいつに命を救われることになるなんて。

しかもそのおかげでこいつはもう復活できない。

形容できない感情が名犬ポチを包んでいく。

 

 

「あっはっはっは」

 

「何笑ってんだよ!」

 

 

急に笑い出すカッツェに怒鳴り返す名犬ポチ。

 

 

「いや、なるほどなるほど…。確かに誰かが慌てる姿ってのは悪くないなぁ。お前がよく人に嫌がらせしてた気持ちってもんが少しわかってきたよ」

 

「…嫌味かよ」

 

「そう受け取ってくれても構わないさ。それよりもホラ。俺のスキルは制限時間があるんだからさっさとやってくれよ。俺に今消えてもらっちゃ困るのはそっちだろ?」

 

「うっ…」

 

 

カッツェに背を向け、目元をゴシゴシと肉球で擦る名犬ポチ。

そして最後に。

 

 

「…恩に着る。…じゃあ、な」

 

 

そう言い残してアルベドへと向かっていった。

 

 

「はっ…、ははは! まさかお前がそんなこと言うなんてな…! 信じられねぇ…! 全く世の中何があるかわからねぇなぁ…」

 

 

名犬ポチの背を見ながらカッツェが笑いをこらえず噴き出す。

そして誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟く。

 

 

「邪魔なもんは排除してやったぞ…」

 

 

名犬ポチのスキルを確実に発動できる状態まで持っていくには傾城傾国がどうしても邪魔だった。

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)ですぐ名犬ポチを復活させても傾城傾国を喰らってしまっては意味がない。

だからこそどうしても傾城傾国を自分に使わせる必要があった。

それにカッツェのこの隠しスキルには弱点がある。

そもそも制限時間まで逃げられると手も足も出ず完封されてしまうというアホみたいな欠点が。

相手がプレイヤーだったら通用しなかっただろう。

不安要素は多すぎた。

だがその全てを乗り越えたのだ。

賭けは成功した。

 

後は名犬ポチ次第。

 

 

「最後に見る花火としては悪くないな…」

 

 

ユグドラシルの最終日はギルド拠点に籠っていてお祭り騒ぎも花火も何も見ていなかった。

 

だからこれが俺にとっての最後の花火だ。

 

 

「楽しかったぜポチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この力は一体…! もしや名犬ポチ様の身に何かが…!」

 

 

カッツェ平野を南下中だったデミウルゴス。

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)の発動を感じた瞬間、全力で現場へと向かうことを選択した。

それだけで尋常でない何かが起きたことが理解できたからだ。

十二宮の悪魔達を率いて最高速度で飛行する悪魔達。

名犬ポチの元まで到達するのにそう時間はかからないだろう。

 

 

だがそれと時を同じくして永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)の波動を感じ取った者がもう一人。

 

 

「これは世界級(ワールド)アイテム…? まさか姉さんの身に…?」

 

 

すでに活動を再開していたルベドもすぐに異常を感じ取る。

即座に全身のジェット噴射を使い超高速で現場へと向かう。

片腕は失ったとて、未だナザリック最強は揺らがないルベド。

 

彼女の到来が波乱を呼ぶことはまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルベドは唖然としていた。

 

完璧ではなかったが首尾は上々だったはずなのだ。

邪魔な守護者達の始末も上手くいっていたし、名犬ポチさえも消し去ることに成功した。

全て上手くいっていたのだ。

なのにどうして。

どうしてこんなことになる?

最後の最後でこんな悪夢のような事態に陥るなんて。

 

 

「う、嘘よ…! あり得ない…! こ、こんなことあり得ないわ…!」

 

 

ガルガンチュアと互角の強さを持つ強者の存在。

 

しかもそれだけならいざ知らず傾城傾国まで奪われてしまった。

 

それどころかロンギヌスでその存在ごと抹消したはずの名犬ポチさえ復活するという不合理。

 

もはや戦力比は完全にひっくり返った。

 

手元に切り札は何もなく。

 

アルベドは自分の力だけで名犬ポチに対処しなければならない。

 

しかも長引けばガルガンチュアまでやられる可能性がある。

 

そうなっては完全に詰みだ。

 

 

「うぅ…! ぐぅぅうう…!」

 

 

眉は折れ曲がり、唇は強く噛み締められ、悔し涙が浮かぶアルベド。

 

 

「アルベドォ! テメーマジで許さねぇからな! マジで許さねぇからな! ロンギヌスとか無しだろ普通に考えてよぉ! 限度があんだろバカがぁ!」

 

 

怒りの言葉を叫びながら名犬ポチがアルベドへと襲い掛かる。

 

 

「く、くそがぁぁ! ナメやがってぇぇ!! いいわ、やってやる、ブチ殺してやるわぁぁぁ!」

 

 

腹を決め、手に持っていたバルディッシュを強く握り全力で迎撃態勢へと入るアルベド。

もはやアルベドとしては力でこの場を切り抜けるより他にない。

 

そうして両者はぶつかる。

 

 

 

だがアルベドは知らない。

 

名犬ポチがユグドラシル時代にどれほど恐れられていたのか。

 

その切り札たるスキルはあまりの凶悪さから非常に有名だった。

 

有名になってからは逃げだす者が多かった為、発動する機会に多く恵まれなかった。

 

そのせいもあり回避方法はユグドラシルが終了した今となっても判明していない。

 

まぁ名犬ポチからすればこの上ない程にクソスキルなのであるが。

 

ちなみに攻略サイトにある名犬ポチの欄には一つだけ対処方法が書かれている。

 

 

 

『戦うな』と。

 

 

 




次回『オーバードッグ』タイトル回収。







▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。