オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!



刺さってはいけないモノがぶっ刺さる名犬ポチ!
そして動き出すシズ!


鬼軍曹シズ

ドッドッドというエンジン音と共にキュルキュルキュルと金属が擦れ回る高い音を奏でながらシズ・デルタが進む。

シズの下半身は彼女が姉妹達と戦闘行為を行った際にナーベラルによって吹き飛ばされた。

そして今、シズは下半身パーツの予備であるキャタピラを装着しているのである。

通称、シズタンク。

 

 

「どう、セバス様? カッコイイでしょ」

 

「え、ええ…。悪くないとは思いますが…」

 

 

なんとも歯切れの悪い返答をするセバス。

これを準備していたのは恐らく至高の御方々である為、それに何かを思った自分が間違っているのだと考える。

これはシズが言う通りカッコイイものなのだろうと認識を改める。

 

 

「本当は腕にドリルやガトリングを仕込んだり、肩にカッターを付けたり、頭からビームが出せるようにしたいけど時間が無いから仕方ない、これで我慢する」

 

「……」

 

 

もはやシズが何を言っているか理解できないのでセバスは考えるのをやめた。

 

 

「じゃあセバス様、ナザリックのことは任せて」

 

「本当に貴方だけで良いのですか? 私も何か…」

 

「有難いけど遠慮しておく。恐らく外も予断を許さない状況になっている可能性は高い。セバス様は一刻も早く外に行ってデミウルゴス様と合流すべき」

 

「そう…、ですね。わかりました。ここはお言葉に甘えるとしましょう」

 

「とはいえ」

 

「?」

 

「セバス様が外に出る過程でアルベド様の息がかかっているシモベやゴーレム等がいたら破壊しながら行ってくれると嬉しい」

 

 

シズの言葉にセバスが微笑む。

 

 

「ええ、もちろんですとも。そのくらいはしますよ。そもそも出て行こうとした場合その者らとは敵対する可能性も高いですからね。可能な限り数を減らしてから出ていくとしましょう」

 

 

そう言ってセバスが駆けていく。

残ったシズは振り返り、動けないよう縛った姉妹達へと近づく。

そして気絶しているユリの懐から一つのアイテムを取る。

 

 

「ユリ姉、ごめんね」

 

 

本人には聞こえてはいないがそう断ると、副官という地位に立つユリしか持っていないそのアイテムを起動させる。

 

 

「てすてす」

 

『その御声はシズ姉様? どうされたのですか?』

 

 

優しげで大人しげな声が響く。

 

 

「オーちゃん、ごめん。力を貸して」

 

 

そうしてシズは末妹に連絡を取る。

 

 

『もちろん協力できることがあればして差し上げたいのですが何でしょう? あまりお役目以外のことになると難しいですが…。それになぜシズ姉様が私に連絡を? ユリ姉様は?』

 

 

末妹の問いにどう答えるか悩むシズだが嘘をつくわけにもいかない。

今後協力を仰ぐにあたって嘘が露呈した場合、確実に不利に働くからだ。

ここは正直に答える他ない。

 

 

「ユリ姉は気絶している。今はそのユリ姉からアイテムを拝借して連絡を取ってる」

 

『気絶…? 何があったのですか? 侵入者…? いや、でも転移門に怪しい者は引っかかっては…』

 

「私がやった」

 

 

厳密にはセバスだがここに関してはこの方が早いし広義で言えばこの答えでも嘘にはならないと判断する。

 

 

『シ、シズ姉様が…? な、なぜですか…?』

 

 

明らかに狼狽した様子で問う末妹。

それにもシズは正直に答える。

 

 

「アルベド様がいないうちに私がナザリックにおけるアルベド様の全権を奪う。その為の障害となると判断したから」

 

『な…!』

 

 

ただ単純に驚愕する末妹。

普通に考えればそれは反逆以外の何者でもないからだ。

 

しかし末妹とて話も聞かず判断はできない。

シズが何を望んでいるのかは聞く必要がある。

場合によっては自分が粛清しに出ていくことになるかもしれないが。

 

 

『シ、シズ姉様、どうしてそのようなことを…?』

 

 

緊張感を孕んだ声で末妹が尋ねる。

 

 

「アルベド様が反旗を翻している可能性が高い。アルベド様を止めるにはあの方がナザリックを出ている間にナザリックを掌握する必要がある」

 

『…!』

 

 

衝撃を受けずにはいられない。

だがもちろんその言葉だけではいそうですかと信じられることでもない。

 

 

『…根拠は?』

 

「正直に言うと乏しいと言わざるを得ない。だから断言をすることもできない。でも今わかっていることはアルベド様はデミウルゴス様の裏切りをでっちあげ、ルベドを動かした」

 

『裏切ったのはデミウルゴス様と聞いていますが? それにあの方はナザリック内に攻撃を仕掛けてきたのでしょう?』

 

「肯定。しかしアルベド様からの追撃を防ぐためと考えれば納得できる」

 

 

末妹から言わせればここに関してはどう考えても怪しいのはデミウルゴスである。

そのデミウルゴスを討伐するためにアルベドが動いたということも納得できる。

だが、その逆であると言われても言葉だけでは信じられない。

 

 

『それにルベドを動かしたのはモモンガ様の命令ではないのですか?』

 

「もしかしてオーちゃんはそう聞いているの? モモンガ様はそのような命令をアルベド様に出してはいない」

 

『そ、そんな…! そ、そうですわ、モ、モモンガ様、モモンガ様は何と…?』

 

 

シズはずっと玉座の間にいた為、どこまでモモンガのことがナザリック内に伝わっているか把握していなかった。

だがこれで一つ分かったことがある。

少なくともアルベドは末妹にモモンガの現状を伝えていない。

これはシズの中でアルベドへの疑いをより強めるには十分であった。

 

 

「今、モモンガ様は御休みになってる。正確には、もう何日も目を覚まされていない」

 

『……っ!? な、なぜ…? モ、モモンガ様の身に一体何が…?』

 

「不明。ところでオーちゃんはアルベド様から何も聞いていないの? 何か頼まれた事は?」

 

『う、裏切りの疑いがあるデミウルゴス様の階層を封鎖するようにと命じられただけです…。そ、それにル、ルベドを起動したのはモモンガ様の命だと聞いて…』

 

「それは嘘。セバス様もプレアデスの皆もアルベド様がルベドを起動したことそのものには大して疑問を抱いていなかったけれどルベドは本来、至高の御方の許可無しに起動していいものじゃない」

 

『ど、どういうことですか?』

 

「ルベドは危険すぎる。ナザリックのギミック及びそれに関連する全てが頭に入っている私にはルベドを起動することの危険性が十二分に分かる」

 

 

一呼吸おいてシズが続ける。

 

 

「一歩間違えればナザリックが滅ぶ」

 

『…っ!? そ、そんなことが…! いくらなんでも…!』

 

「ルベドに勝てるのは八階層に配置したあれらを、世界級(ワールド)アイテム併用で使った場合のみ。そしてそれが出来る肝心のモモンガ様は今動けない」

 

『…!!!』

 

「だからルベドが敵対したら大変なことになる。もしアルベド様がナザリックに仇なすつもりでルベドを動かしたのなら最悪の可能性を想定しなければならない」

 

 

シズから告げられる言葉に末妹は声を失うばかりだ。

そんなバカな、と思う心と、そうなった場合のことを考えた際の恐怖。

デミウルゴスの下りは判断がつかないがルベドは違う。

 

もし本当にシズの言う通りアルベドが無許可でルベドを起動したとなるとそれは大変なことである。

末妹自体はルベドの危険性を十分に認識しているわけではないが転移門を監視する関係上、創造主から様々なことを命じられているし聞かされている。

その一つが、至高の41人の命以外でルベドが動いた場合のことだ。

もしルベドに何らかの動き、例えば転移門を通る等の動きがあった場合には報告しなければならない義務がある。

もちろんその際は一時的に隔離部屋にルベドを送ることも含めて。

しかし今回はアルベドからモモンガの命令だと聞いていたのだ。

だから何も疑問には思わなかったし当然報告もしていない。

だがそうでなかったのならば?

 

 

『…す、少し確認させて下さい。私のシモベ、ウカノミタマを今すぐ玉座の間に送りモモンガ様に直接お目通りさせます。それでもしシズ姉様の言う通りならば…』

 

 

シズを信じるしかない。

 

 

「うん」

 

 

そして末妹は85レベルにもなるウカノミタマを玉座の間へと送る。

しばらくの時間が経ち、ウカノミタマが帰り報告をする。

 

 

『な、なんですって…! そ、そんな…!』

 

 

上がった報告に凍り付く末妹。

シズの言う通りモモンガは眠りについていたからだ。

それがいつからなのかという疑問はあるがこのことによりシズの言葉の信憑性がハネ上がる。

もし本当にアルベドがルベドを無許可で起動していたならば、桜花聖域の領域守護者として、また転移門の管理を担う者として見逃すことはできない。

でもだからといって。

 

 

『シ、シズ姉様…。仮にアルベド様が命令違反をしてたとしてもシズ姉様がナザリックの全権を握るというのは…』

 

「うん、自分に与えられている裁量を超える。平たく言えば私も命令違反になる」

 

『わ、分かっていらっしゃるのならばなぜ!? シ、シズ姉様とて許されません!』

 

 

今のシズの発言は命令違反をする、つまり至高の御方の命令に逆らうと宣言したようなものだ。

末妹とて大事な姉の一人であろうと聞き逃せる言葉ではない。

 

 

「知ってる。でもそうしなければ止められない。例え叱責され罰せられようと私はやる。何があろうと至高の御方を守り、至高の御方がおわすこのナザリックを守ることこそが我々シモベの役目。そうでしょ?」

 

『う、く…』

 

 

確かにその通りであると思う。

思うが末妹には未だ判断ができない。

 

 

「なぜアルベド様はルベドを起動したのだと思う?」

 

『…? う、裏切者であるデミウルゴス様を排除する為ではないのですか?』

 

「うん、それも考えられる。でもそれだけならば階層守護者を使えばいいし、何よりナザリック全軍をもって叩けばいい。ではなぜルベドなのか? ルベドでなければいけない理由があるとすれば何なのか? それを考えていくと一つの仮説が浮かび上がる」

 

『か、仮説…?』

 

「うん。とても恐ろしく信じがたい仮説」

 

 

シズ自身もそれを口にするのが恐ろしいのか黙り込む。

しばしの時間をおいて告げられた言葉に末妹は文字通り言葉を失う。

 

 

「…至高の御方の排除」

 

『‐‐‐!』

 

 

あまりに恐ろしく、また考えもつかない言葉に末妹の頭は混乱の極みに達する。

 

 

「理由の一つはルベドが至高の御方さえ戦闘力においては上回る為。そしてもう一つがルベドは起動した者の命令を受け付けるため彼女だけがゴーレム等と同様に至高の御方に対しても牙を向けられるということ。他のシモベでは戦闘力以前にそんなことができない。私の予想ではガルガンチュアなどもアルベド様の指揮下に入っていると考えている」

 

『そ、それはっ…!』

 

 

末妹は知っている。

ガルガンチュアも第4階層から移動していることは確認できている。

 

 

「そう、やはり」

 

 

末妹の反応からガルガンチュアも動いている事を察するシズ。

 

 

『し、しかし至高の御方は皆、姿を御隠しになったのでは…? は、排除するとしても一体どうやって…!?』

 

「これもいくつか仮説が成り立つ。まず私は名犬ポチ様は姿を御隠しになっていないと考える」

 

『…!』

 

「その理由があの御方は前にナザリックにお帰りになられた際にその足で直接外へ向かわれた。至高の御方達がリアルに向かわれる時は円卓の間からが多い。でも最後に戻られた名犬ポチ様だけは違う。だからこうも考えられる。名犬ポチ様は今現在この世界におり、アルベド様はモモンガ様が眠られているうちにその名犬ポチ様を排除するつもりなのでは、と」

 

 

末妹からひぃっという小さな悲鳴が聞こえた。

それが仮に真実でなくともそのような恐ろしい話を聞いただけで末妹は狂いそうになる。

ナザリックのシモベが至高の御方に歯向かうなどなんと恐れ多い。

シモベ達はお役に立つために存在しているのにそのようなこと許される筈がない。

もしそれが真実だとするなら。

 

 

『で、でも、な、なぜ名犬ポチ様を…?』

 

 

声を震わせながらシズへと問う末妹。

 

 

「はっきりとは分からない。でも私はモモンガ様が眠りにつかれた際にその場にいた。その私がただ一つ分かっていることはモモンガ様は最後に口にしたのは名犬ポチ様への嘆き。そして横にいたアルベド様がそれを聞いた瞬間に酷く心を乱したということだけ」

 

『…!』

 

「そのことでアルベド様が名犬ポチ様を恨んだとするならば私の仮説は少し真実味を帯びてくると思う」

 

『し、しかしだからといって…!』

 

「もちろん私のはあくまで仮説、それを完全に立証はできない。アルベド様の裏切りも憶測に過ぎないし、実際は本当にデミウルゴス様が裏切っているかもしれない。けれどアルベド様が無許可でルベドを動かしたのは事実。そしてこのまま放っておけば最悪が現実の物となる可能性がある。ならばシモベとしてそれを防ごうとうするのは当然のこと。極論を言うならば、私にとってはシモベの裏切りよりもルベドがコントロール不可になることのほうが重要性が高い。だからアルベド様を止めるというよりはルベドを止める為に動く。だからお願いオーちゃん、ナザリックの為に力を貸して」

 

『っ…! わ、私はっ…!』

 

 

末妹にはわからない。

至高の御方の命令に逆らうことになったとしてもシズに協力するべきなのか。

それともここで盲目的に命令を遵守するべきなのか。

 

 

『シ、シズ姉様…。あ、貴方は私に何をしろと仰るのですか…?』

 

 

聞かず仕舞いであったシズの要望を聞く末妹。

判断はそれからでも遅くないと考える。

 

 

「封鎖している第7階層の解除」

 

 

それは末妹がアルベドから命じられていたこと。

ここでシズの頼みを聞くということはアルベドと敵対するということでもある。

 

悩んだ末、末妹が下した決断は…。

 

 

 

 

 

 

第7階層「溶岩」。

 

突如として封鎖されていた転移門が起動する。

それに気づき、アルベドから第7階層の見張りを任されていた数名のシモベが反応する。

 

 

「なんだ…? なぜ転移門が…」

 

「アルベド様から何か連絡があったか?」

 

「い、いや来ていない。どういうことだ? 報告すべきか?」

 

「うむ、報告だけでもしておくべきだろう」

 

 

そうして数匹のシモベ達が話し合い、一匹がアルベドへ連絡を取ろうとする。

その瞬間。

 

 

「うっ!」

 

 

開いた転移門の先から破裂音と同時に何かが飛んできて連絡を取ろうとしたシモベの頭部を打ち抜く。

そのシモベはたった一発で絶命し崩れ落ちる。

 

 

「だ、誰だ!?」

 

「敵襲か!? 皆、構え…」

 

 

言い終わらぬうちにその場にいた数匹のシモベ達の頭に次々と風穴が空いていく。

あっという間にアルベドが配置したシモベ達は死体となって転がった。

 

彼等が倒れた後、転移門からスナイパーライフルを構えたシズがキャタピラを回しながら出てくる。

 

 

「ありがとうオーちゃん」

 

『協力するのはここまでです…。それにもし怪しいと思ったら即座に私がシズ姉様を拘束しますから…!』

 

 

そう言って末妹が通信を切る。

それと同時に転移門の向こう側で末妹によって展開されていた《遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング》も消える。

シズは転移門の先からこちらを見て狙撃したのだ。

 

 

「ふむ、やはりヘッドショットを成功させれば格上でも十分に倒せる、か」

 

 

足元に転がるアルベドのシモベ達はいずれも80レベル越えの猛者達。

対するシズは46レベルと大幅に劣る。

このレベル差を覆すのを可能とするのはユグドラシルの大型アップデート「ヴァルキュリアの失墜」後に追加された強力な装備を持つ為である。

その中でもシズが主に装備しているのは重火器と呼ばれる武器種である。

破格の火力を誇るが、数々の制約があり必ずしも良いとは言えない。

武器の持ち替えには時間がかかる上、弾数という概念があり撃ち切った場合リロードを完了するまで何もできなくなる。

さらに防御面が疎かになりやすいなど戦闘面においてはかなりピーキーな性能と言わざるを得ない。

しかもいくら高火力とは言ってもプレイヤー戦においてはあまり役に立たない。

アイテムやスキルでいくらでも対策できる上、正面切って戦闘になった場合は格下にさえ遅れを取るのだ。

あくまでNPC、それも強力な装備や対策スキルを所持しない者達だったからこそ一方的にシズは屠ることができたのだ。

これが階層守護者となるといくら有利な状況であろうと話は変わってくる。

スナイパーライフルをしまうと第7階層を進んでいく。

周囲には何が起きたのかとシズに注目するデミウルゴスのシモベ達が集まってきている。

 

 

「これより訓練教官モードへ移行」

 

 

そうシズが呟くと同時に機械的な音と共にシズの目の色が切り替わる。

これはシズに内蔵されている機能の一部で機械的に特定の役職を再現できるというものである。

シズが大きなメガホンを取り出すとそのスイッチを入れる。

 

 

「私はシズ・デルタ軍曹である!」

 

 

メガホンを通じ大きな音となってそれは第7階層に響き渡る。

 

 

「シ、シズ様、い、一体どうされ…ぐぎゃあ!」

 

 

近くにいた一匹の悪魔がシズへと歩みより話しかけるが、いつの間にかシズが手に持っていたムチで激しく叩かれる。

 

 

「話しかけられた時以外は口を開くな! そして口でクソたれる前と後に“サー”と言え、分かったか! ウジ虫ども!」

 

 

突然のことに誰もが目を見開いている。

もちろん返事はどこからもない。

 

 

「返事はどうした! 返事もできんほど能無しか貴様らは!」

 

 

そうして先ほど叩いた悪魔へと追撃を放つシズ。

ムチで激しく叩かれながらも必死に声を上げて返事をする悪魔。

 

 

「は、はい! わかりました!」

 

「なんだその返事は!? “サー”を付けろと言ったのをもう忘れたのか!?」

 

「サー、す、すいません、サー!」

 

「ふざけるな! 大声だせ! タマ落としたか!」

 

「サー、は、はい、サー!」

 

「サー、イエス、サーだ! やり直せ!」

 

「サー! イエス、サー!」

 

「なんだそれは! 生娘みたいな声を上げやがって! お前はベッドで尻の穴でも掘られているのがお似合いだな!」

 

 

怒鳴られ半泣きになっている悪魔を一瞥すると周囲の悪魔を見渡すシズ。

 

 

「全員整列! 今すぐここに並べ!」

 

 

突然のシズの言葉に悪魔達が困惑した様子を見せるがシズはそれを許さない。

 

 

「早くしろ! このクズどもめっ! トロトロとするなっ! お前達は事態が分かっているのか!? 今はナザリックの命運を左右する深刻な事態なのだっ! 分かったらさっさと並べ!」

 

 

ナザリックの命運という言葉に反応し言われるがまま並ぶ悪魔達。

遠くの方で領域守護者である紅蓮が溶岩から出て並んだ方がいいのかそれとも本来の命令通りに溶岩内に潜んでいたほうがいいのか判断できず困惑しているがその様子が可愛らしいので放っておくことにするシズ。

 

 

「コホン、やっと並んだか…」

 

 

悪魔達の整列が終わると同時に深いため息をつくシズ。

 

 

「まったく、なんたるザマだ! 貴様らは最低のうじ虫だっ! ダニだっ! この宇宙で最も劣った生き物だっ!」

 

 

シズの叫びに悪魔達の中から殺気が放たれる。

どんな意図があるにせよ神よりも偉大である至高の御方々に創造された自分達が罵倒されたという事実が許せないのだ。

 

 

「ほう、随分と反抗的だなプライドだけは一丁前か。先に言っておこう。これから貴様らは厳しい私を嫌い憎むだろう。だが憎めばそれだけ学ぶ! 私は厳しいが公平だ! 種族差別はせん! 悪魔だろうが人間だろうがな! 私は贔屓せん! なぜかわかるか!?」

 

「「「サー! ノー、サー!」」」

 

「両者とも平等に価値がないからだ!」

 

 

言葉の真意は分からないが自分達が人間と同列に語られているという事実に悪魔達が怒りに支配される。

だがシズは気にせず続ける。

 

 

「私の使命は役立たずを刈り取ることだ! 愛するナザリックの害虫を! 分かったか、ウジ虫ども! 人間と同列に語られて悔しいか? だが今のお前らは奴等と同じだ! 唾棄すべき下等生物と変わらん! 違うとでも言いたそうな顔をしているな!? 自分達は至高の御方々に創造されたから偉いんでちゅとでも言うつもりか! 片腹痛い! 今のお前達をウルベルト様が見たらさぞや嘆くだろうな! なぜデミウルゴス様が貴様等を連れていかなかったかわかるか!?」

 

「「「サ、サー! ノー、サー!」」」

 

「それはお前達が役立たずだからだ! ケツを拭くチリ紙にも劣る愚物だからだ! どんなに鈍くさいお前達でも今このナザリックで何かが起こっていることは理解していただろう! 第7階層は封鎖され見張りにアルベド様のシモベが置かれていたのだからな!」

 

 

シズの言葉で悪魔達に動揺が走る。

その通りである。

突然、階層守護者であるデミウルゴスが側近達を連れ第7階層を去った。

次に来たのはアルベド。

デミウルゴスに謀反の疑いありとしてその配下である悪魔達を管理下に置くということだった。

 

 

「その言葉を丸々信じたのか!? デミウルゴス様が裏切者だと貴様等は本当に信じているのか!?」

 

 

誰もが首を横に振る。

同じ階層、同じ創造主に連なる者として彼らは誰よりもデミウルゴスを信頼している。

 

 

「ならばなぜ動かなかった!? なぜアルベド様の言いなりになって大人しくしていた!? 貴様らが従うべきはデミウルゴス様だろう! デミウルゴス様の為に、しいてはウルベルト様の為に!」

 

 

それは悪魔達も十分に承知している。

だがここにいる悪魔達は何が起こっているか正確に知るはずもなく、また判断できる材料も無い。

デミウルゴス不在の際に守護者統括であるアルベドが来たら従わざるをえない。

もちろんシズとてそんなことは分かり切っている。

だがこれは儀式なのだ。

彼等の人間性、いや悪魔性をグチャグチャにする為の。

理屈など通っていなくていい。

 

 

「貴様らが無能だからナザリックを危機に晒すことになるのだ! 貴様らが本当に至高の御方々に創造されたに相応しい存在ならばこんなことにはならないはずだ! 貴様等が無能だから! 貴様らが能無しだから創造されたウルベルト様の価値をも下げてしまっていると何故気付かん!? 今ここでウルベルト様の偉大さを証明するのは誰だ!? 誰がそれを示さなければならない! お前達だろうが! お前達が無能であればあるほどウルベルト様の権威が地に落ちるのだから…!」

 

 

次々と浴びせられる言葉に最初は怒りを覚えていた悪魔達だが次第にカタカタと震え始める。

自分達のせいで至高の御方々の偉大さが陰るなどあってはならないと思い、そして恐怖する。

自分達はそれほどに愚かだったのかと。

 

 

「…役に立ちたいか?」

 

 

低いトーンでシズが尋ねる。

それは今の悪魔達にとって救いのような一声。

 

 

「ナザリックを守り! そしてウルベルト様の偉大さを証明したいのかと聞いている! どうなんだ!」

 

「「「サー! イエス、サー!」」」

 

 

今までよりも力強い声が悪魔達から上がる。

 

 

「よろしい…。ならば私が貴様らを立派なナザリックのシモベに育て上げてやる…! だが私は貴様らを憎み軽蔑している! 私の仕事は貴様らの中からフニャチン野郎を見つけ出し切り捨てる事だ! 頭が死ぬほどファックするまでシゴいてやる! ケツの穴でミルクを飲むようになるまでシゴき倒す! 包茎悪魔共が! じっくりかわいがってやるぞ! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる! もし隠れてマスでもかいてみろ、クビ切り落としてクソを流し込む! カマを掘るだけ掘って、相手のマスかきを手伝う外交儀礼もないような奴も目玉えぐって頭ガイ骨でファックしてやるからな! 肝に銘じておけ!」

 

「「「サー! イエス、サー!」」」

「いい返事だ…! もし貴様ら雌豚どもが私の訓練に生き残れたならば…、各人が兵器となる! 至高の御方々に祈りを捧げる死の司祭だ! その日まではウジ虫だ! この世界で最下等の生命体だ ! 貴様らは悪魔ではない! 両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない哀れな、おフェラ豚だ! 理解したか!?」

 

「「「サー! イエス、サー!」」」

 

「よろしい…さぁ始めるぞ、野郎共…!」

 

 

そしてシズによる地獄の訓練が始まった…。

ちなみにこの間ずっとシズは自動人形に相応しく無表情である。

 

 

 

 

 

 

一昼夜が過ぎた頃、シズの鬼のようなシゴきは終わりを告げた。

疲労困憊であろう悪魔達だがその眼光は鋭い。

皆、体の後ろで手を組みシズの前で少しも隊列を乱していない。

階層全ての悪魔達が並ぶ様は壮観ですらある。

そんな悪魔達を見て満足気にシズが宣言する。

 

 

「いまこの時をもって貴様らはウジ虫を卒業する! 貴様らは敬虔なナザリックのシモベだ!」

 

「「「サー! イエッサーッ!」」」

 

「さて……貴様らはこれから最大の試練と戦う。もちろん逃げ場はない。すべてを得るか、地獄に落ちるかの瀬戸際だ。どうだ、楽しいか!?」

 

「「「サー! イエッサーッ!」」」

 

「いい声だ。では……」

 

 

シズが大きく息を吸う。

そして今までとは比べ物にならないほど大きく声を張り上げる。

 

 

「野郎ども! 私たちの特技はなんだっ!?」

 

「「「殺害っ! 殺害っ! 殺害っ!」」」

 

「私達の目的はなんだっ!? 使命はっ!?」

 

「「「虐殺っ! 虐殺っ! 虐殺っ!」」」

 

「私たちはナザリックを愛しているか!? 至高の御方々に忠誠を誓っているかっ!? クソ野郎ども!!」

 

「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」

 

「OK! 行くぞ! 殺戮ショーの始まりだ! ナザリックに仇なす全ての者に死を!」

 

「「「ウォォォオオオオ!!!」」」

 

 

悪魔達の雄叫びが第7階層に響く。

悪夢と呼ぶべき軍勢を手に入れたシズはアルベドの牙城を崩す為に動き出す。

だがまだ足りない。

手足は手に入れたが、個としての強大な戦力が必要だ。

ジョーカーとも呼ぶべき切り札が。

それがなければやがては押し負けるだろう。

しかしもうナザリックに末妹を除けば強者は残っていない。

 

だがシズは知っている。

ナザリックのギミックを把握する都合上、そこへ配置されている者も当然把握している。

シモベ達ですらほとんどが知り得ない存在。

 

ナザリックの最奥。

未だ手つかずの強者が一人。

そこへは通常の手段では行けない。

本来は至高の御方々しか行くことができない場所である。

だがシズは…。

 

 

 

 

 

 

カッツェ平野の片隅で倒れていたルベドの目に光が再び宿る。

 

ナノマシンによる自己修復を完了し、再起動を終えたルベド。

失った腕は戻っていないが体への損傷の大部分は修復されていた。

再び動けるようになったルベドは立ち上がる。

それと同時にハードディスクに記録されている今までの活動データの読み取りを開始する。

ルベドがアルベドによって起動された後の出来事が再び脳内で再生されるが、一部にデータに欠損が見られ、その記憶は継ぎ接ぎだらけだ。

やがて全ての記憶の再生を完了したルベドはその場に両膝から崩れ落ち、片手で顔を覆う。

 

 

「知らなかった…、知らなかったんだ…。だから私…」

 

 

最初にルベドが見たのはスレイン法国を滅ぼした時の記憶。

起動した後、アルベドから命じられ無感情に国を滅ぼした時のものだ。

最初に殺したのは髪の色が左右で分かれている少女。

その後は国の兵士達、屈強な男達、逃げ惑う人々、中には動けなくなった老人、子供を庇う親、あるいは動物達、そして逃げ遅れて泣き叫ぶ子供をも…。

 

全部殺した。

 

祈りも命乞いも何も関係なかった。

殺して、殺して、殺し尽くした。

何百人、何千人、いや何万人殺したのだろう。

今になってそれがルベドの心を苛む。

 

 

「アルシェ…、ごめん…、私知らなかったんだ…、人を殺しちゃいけないって…」

 

 

涙は流せないがルベドの中で何らかの感情が爆発する。

漏れ出る嗚咽を止めることができない。

 

 

「アルシェ…、ねぇ…、どこに行ったのアルシェ…。出て来てよ…、もしかして私が沢山殺したから怒ってるの…?」

 

 

力なく立ち上がると虚空を見つめるルベドがフラフラと歩きだす。

 

 

「もうしないから…、だから出て来てよアルシェ…」

 

 

もちろん返事など返って来ない。

ルベドは記憶の糸を辿るがアルシェに関する記憶が途中で黒く塗りつぶされているように読み取れない。

その後も多くの記憶が脳内で錯綜する。

自分を友達と呼んでくれたネム。

守ると約束したウレイリカとクーデリカ。

だがその記憶が行き着いた先は3人が自分を怯えた目で見つめる様子。

それがフラッシュバックすると同時に再び顔を手で覆うルベド。

 

 

「やめて…、そんな目で私を見ないで…! わ、私が殺したから…? 私が沢山殺したから皆そんな目で私を見るの…? 違うよ、もうそんな事しないよ、だから…」

 

 

いつの間にか3人の後ろにヘッケランやイミーナ、ロバーデイク、そして王都で出会った太ったドラゴンの姿が見え始める。

そんな彼等もまた同じような視線をルベドに向ける。

 

 

「うぅ…あぁぁ…、ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 

彼等の視線を遮るように必死で顔を手で覆い隠すルベド。

悲しみの中で感じるのは孤独。

皆自分から離れていく。

もういない。

友達もいない。

フォーサイトもいない。

アルシェが、いない。

誰もいない。

もう誰も自分に微笑んでくれない。

その事実に打ちひしがれルベドは立ち尽くす。

 

だがやがて自分の使命を思い出す。

 

 

「姉さん…、そうだ、私は姉さんの為に…」

 

 

ルベドに残った最後のよすが、生きる意味は最初に与えられた命令だけだ。

それが自分の全てであり、それが無くなれば自分は存在しないのと同じだ。

 

 

「待ってて、姉さん…。私が邪魔なモノ全部排除するから…」

 

 

ルベドが一歩踏み出す。

 

 

「姉さんとモモンガ様の愛を邪魔するもの全部私が…、だから待ってて…」

 

 

まるで先ほどの嘆きなど忘れたかのように力強く歩き出すルベド。

 

 

「何があっても私は姉さんの味方だよ…」

 

 

その微笑みは天使のように。

 




次回『覇王の道』コキュートスさん出番ですよ。


シズの鬼軍曹っぷりは某フル〇〇〇ジャケット的なあれです。
あんまり長くてもアレなので大分端折ったつもりなんですがそれでもほぼ1話を使い切るという…。
まぁ箸休め的な何かだと思って下されば…。

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