名犬ポチ&カッツェ! 夢のタッグ結成!
そこへアルベドもたまらず参戦!
「止まっ…、止まりなさいガルガンチュアッ! すぐに止まるのよ!」
切羽詰まったような叫び声を上げガルガンチュアを制止させるアルベド。
正体は分からないが名犬ポチとその横にいる黒い生き物から底知れぬ何かを感じる。
戦力的にガルガンチュアと自分ならば劣るとは思えないが腐っても至高の41人+未知の相手と対峙する際にいきなり事を構えるのはよろしくない。
向こうが先制攻撃を仕掛けてこないならまずは様子をみるべきだと判断する。
アルベドの声を受け攻撃を仕掛けようとしていたガルガンチュアの動きが止まる。
同様に名犬ポチとカッツェも攻撃を止め、声のしたほうへ顔を向ける。
そこにいたのは黒い翼の生えた黒髪の美女。
身体には薄手のマントのような物を纏っており、後ろに一匹のスケルトンを連れている。
「何者だ…?」
突如現れたアルベドに明らかに警戒して対峙するカッツェ。
後ろに連れているスケルトンも気になるが非常に低レベルな為、警戒には値しないと判断するが問題はこの女だ。
アルベドもカッツェのその挙動だけで油断のならない相手だと本能的に悟る。
だが肝心の名犬ポチはポケーっとしており頭に疑問符が浮かんでいるような状況だった。
こいつどこかで見たことあるなぁ的な。
一先ずアルベドは付け入る隙を探す為に二匹に接近しようとするが、向こうの射程有効距離がどの程度か不明な以上、近づきすぎるわけにはいかない。
二匹から十分に離れた場所で立ち止まり会話を試みる。
「名犬ポチ様、ずっと探しておりました…!」
恐らく全てお見通しであろう名犬ポチに茶番を仕掛けるアルベド。
表情を読まれないように頭を下げる。
「え? 俺?」
「知り合いか、ポチ?」
「いや…、うーん…。どこかで見たことある気がするんだがなぁ…」
(ナザリックにおける全NPCの頂点、守護者統括アルベドよ! くっ、分かり切っている癖に…! 自分にとってお前など覚えるにも値しない存在だとでも言いたいの!? 随分と馬鹿にしてくれる…!)
浮かび上がる血管と怒りを必死に抑え込み耐えるアルベド。
「アルベド…、守護者統括アルベドです。貴方様方、至高の御方に仕える忠実なるシモベにございます」
それを聞いて名犬ポチは思った。
あーこれ人違いだわ、と。
(なんだ? 嗜好の御方って。この世界でそんな奴と会った記憶ねーしなぁ。てかこいつは見覚えはあるんだよな…。どこだったか…)
うーんと首を捻りながら考える名犬ポチ。
そんなことを呑気に考えている名犬ポチと違ってカッツェはその警戒を解いてはいない。
何かあればすぐにでもアルベドに攻撃を仕掛けられるように位置どる。
(この黒猫…、やりにくいわね…。しっかりとこちらが嫌な所に陣取ってくる…。ふん、名犬ポチめ、自分は敵対していないような気配を出している癖に眷属には露骨に警戒させるとはね…。腹芸で出し抜けるならやってみろとでもいいたいのかしら…!)
アルベドもこれが名犬ポチの手なのだろうとすでに看破している。
こちらが名犬ポチの隙を突くために近づいたように、向こうもこちらの隙を突くために揺さぶりを仕掛けているのだと。
「お前が誰かわかんねーけどガルガンチュア止めてくれてありがとな、お前良い奴だな」
よく分からないがガルガンチュアと戦闘にならなくて良かったと単純に考える名犬ポチ。
そんな風にニコニコと話す名犬ポチの言葉に脳内で血管がブチブチと切れるのを感じるアルベド。
「おいポチ、お前のとこのNPCじゃねぇのか? ガルガンチュアに命令できるってことはそういうことだろ? お前の忠実なるシモベとか言ってたし」
「え?」
「ええ、その通りでございます。私は至高の41人に創造されたNPC。御身のいかなるご命令にも従います」
「至高の…41人…?」
なんだそりゃと思いながら聞いていた名犬ポチだがアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが41人なのを思い出す。
それと同時にやっと記憶の中で目の前の女の正体に行き着く。
「あ…! あー! お前アルベドか! 思い出したぜ! タブラさんの作った三姉妹の一人だな! なんだよー、早く言えよなー!」
そうして破顔する名犬ポチにアルベドは心の中で毒づく。
(だからアルベドだって最初に自己紹介してるだろうが…! くそがぁ…! ふざけやがって…!)
「思い出して頂けたようで嬉しいですわ…!」
そんな事をおくびにも出さず笑顔で答えるアルベド。
「見覚えのないマント羽織ってるから気づくの遅れちゃったじゃん! だってお前確か白いドレス着てたよな? タブラさんがこだわってたから覚えてるぜ。あれ、てかNPCが喋っ…むぐっ!?」
失言しそうになる名犬ポチの口を咄嗟に抑えるカッツェ。
そのまま後ろのほうに名犬ポチを引きずっていき小声で会話を始める。
「お前余計なこと言うな! なんか知らんがNPCはユグドラシル時代と違って転移してきてから自我を持つようになってんだよ!」
「ど、どういうことだってばよ!?」
「俺にもわかんねぇよ! でも自分がゲームの中で作られたプログラムだっつう自覚は無いみたいなんだ。そこらへん掘り返すと面倒臭いから放っておけ」
「??? 余計わかんねぇ!」
「わかんねぇなら尚更だ! とりあえずNPCは基本的には創造されたギルドのプレイヤーの言う事は聞いてくれる筈だからお前は上手い事取り繕え!」
「わ、わかった!」
コソコソと密談する二匹にアルベドから声がかかる。
「どうかなさいましたか名犬ポチ様?」
「あ、い、いやなんでもねぇ。なんでもねぇよ?」
取り繕おうとしてアタフタしてる名犬ポチを見かねたのか、横にいたカッツェが鋭い視線をアルベドに向け質問をする。
「先に聞きたい、ガルガンチュアはなぜ名犬ポチを攻撃していたんだ? アインズ・ウール・ゴウンに属する者なら名犬ポチに攻撃を仕掛けるのはおかしいだろ?」
その質問で周囲の温度が途端に下がったかのような感覚に襲われるカッツェ。
対するアルベドもいきなり核心を突いてくる質問にわずかに体が反応するがかろうじて動揺を隠すことには成功する。
「も、申し訳ありません! ガルガンチュアの起動実験をしていた際に途中で動き出してしまいまして…! 命令が不十分な状態で外に出てしまったのです! ま、まさか名犬ポチ様に攻撃を仕掛けることになろうとは…! 本当に申し訳ございません!」
すぐに膝をおり地面に頭を擦り付けようとするアルベド。
それを見た名犬ポチが咄嗟に止める。
「わ、いいっていいって! 土下座なんかしなくても! 事故ならしょうがねぇさ」
「おいポチ、ガルガンチュアのことはわからねぇがそんな誤動作みたいなことあり得るのか?」
「うーん、よくわかんねぇけどあるかも。ナザリック内でもるし★ふぁーさんていう人が変なギミック入れてたりしてたしなぁ。実際にナザリック内の風呂場にいるゴーレムにギルメンが襲われたりとか普通にあったぞ?」
「な、なんだそりゃ…。お前ら無茶苦茶だな…。なんで自分の拠点内で攻撃仕掛けられるんだよ…」
名犬ポチの言葉に軽く引いているカッツェ。
他のギルドの内情などはよく知らないのでそんなものかと思いつつもカッツェの中ではまだ何か腑に落ちないものがある。
このアルベドというNPCはアインズ・ウール・ゴウン所属であるとは分かった。
ギルド武器が破壊され、ギルドが崩壊した後のNPCのように暴走状態になっていないのも十分に見て取れる。
だから名犬ポチを攻撃する理由は無いはずだ。
ゴーレムの誤動作というのならその可能性も十分にあるのだろう。
だがなぜだろうか。
本能はこの女を危険だと叫んでいる。
理屈上は信用しても問題ないはずなのだが信用してはいけない気がする。
どうしたものかと考えているカッツェとは裏腹に名犬ポチはアルベドに食い入るように質問を始める。
「ア、アルベド。お前がここにいるってことはその…、ナザリックはあるんだよな? 俺以外に誰かギルメンが来てるんじゃないのか?」
縋るように問う名犬ポチ。
それは願いであり、祈りのようでもあった。
「……、はい。モモンガ様がナザリックにてお待ちしております…」
「モ、モモンガさんが!? モモンガさんも来ているのか!?」
恐らくこの世界に来てから一番の朗報であろう。
飛び上がらんばかりにはしゃぐ名犬ポチ。
アルベドは爆発しそうなのを必死に抑え、顔には笑みを貼りつかせながらコクリと頷く。
「俺一人じゃなかったんだな…! そ、そうかモモンガさんが…! モモンガさんも来ているのか…! ははっ、やったぞ…! モモンガさんがいるならもう安心だ…!」
無意識なのだろうが何が起きたのかと尋ねたくなる程、高速で尻尾を振り出す名犬ポチ。
(なんてわざとらしい奴…! こ、こんなくだらない挑発…! いえ、認めましょう名犬ポチ…! 貴様の挑発は確かにこれ以上ない一級品よ…! こ、ここまでイラつかせられるとは思っていなかったわ…! こんなにコケにされたのは初めてよ…! 覚えていなさい名犬ポチ…!)
途中で何度か攻撃を仕掛けらせそうな隙を見つけるものの、横にいるカッツェが上手に機を潰していく。
(ちっ、気になるわね…。ナザリックのシモベではないと思うが一体何者…? やりづらいわ…。このままではこの膠着状態を崩せそうにないわね…。もう少し誘導してみるか…)
「名犬ポチ様」
「なんだアルベド?」
満面の笑みで答える名犬ポチ。
「どうか! どうかナザリックにおかえり下さい! 私はモモンガ様の命でずっと貴方様を探しておりました。モモンガ様もずっと心配しておいでです。どうかすぐに顔を出して安心させてあげて欲しいのです…」
「ああ…! ああ! もちろんだとも! すぐ行こうぜ!」
そう言ってトコトコとアルベドの方へ無防備に歩いていく名犬ポチ。
「ま、待てポチ! 気をつけろ!」
「気をつけろってカッツェ、何言ってるんだよ。こいつはアインズ・ウール・ゴウンのNPCだぜ? わざわざ俺を迎えにきてくれたんだ。それにモモンガさんがいるってわかった以上ナザリックに帰らねぇとな」
そう言う名犬ポチの背を見ながら未だ嫌な予感が拭えないカッツェ。
力づくで止めようかとも思ったが、あまりにも名犬ポチが嬉しそうな顔をしているものだから躊躇してしまった。
全部俺の思い違いなんじゃないのか? そう考える。
本当に裏も何も無く、このまま名犬ポチが無事に帰れるならそれにこしたことはないのだ。
自分の行動は名犬ポチの気持ちに泥を塗ることになるのではないか。
そう考えて対応が遅れてしまった。
このことをカッツェは後悔することとなる。
ふと後ろにいたクレマンティーヌとかいう女のことを思い出す。
名犬ポチを慕っていたようだがそういえばずっと静かだなと不思議に思って。
そして後ろを見た瞬間、カッツェは自分の直感が正しかったと思い知る。
「あ…、あ…」
そのクレマンティーヌが言葉も出せない程に怯えてこちらを凝視していたのだ。
いや、正確にはアルベドとかいう女のことを見て、だ。
そしてこのクレマンティーヌが少し前に名犬ポチに言っていた言葉を思い出す。
自分はその時ガルガンチュアの相手をしていた為にちゃんと聞こえていたわけではないがどこぞの女に仲間を殺されたとか言っていた気がする。
女。
そして今クレマンティーヌはアルベドを見て声も出せないほど必要以上に怯えている。
やはりあの女、何かある。
もう一度アルベドと出会ってから得た情報を洗いなおす。
そもそも一緒に連れているスケルトンは何なんだ?
シモベの一匹なのだとしても低レベルすぎる。
一桁ほどのレベルしかないように見受けられる。
そんな奴を連れまわしてどうする気なのか。
そして次に気になったのは。
『見覚えのないマント羽織ってるから気づくの遅れちゃったじゃん!』
名犬ポチがアルベドに言い放った言葉だ。
NPCでも複数の装備を持たせることはよくあるが見覚えのないマント、というのが気になる。
自分のとこのNPCの装備を忘れるはずが無い、名犬ポチが覚えていないだけということもあるが…。
加えて言うなら特殊効果もないただの低級のマントに思える。
未知の世界に来てわざわざそんな装備を身に付けるようなことをするか?
そんな物を装備する意味がわからない。
あのゴーレムを連れている時点で戦力を隠すなどという意図ではないだろう。
例えば着ている装備を隠すような意図でもない限り…。
待て、隠す? なぜ?
瞬時に自分の体温が下がるのを感じたカッツェ。
咄嗟に名犬ポチへと叫ぶ。
「ま、待て! 行くなポチ! やはり何かおかしい! すぐに戻…」
カッツェがそう言いかけた瞬間、アルベドが勢いよく振り向く。
まるで名犬ポチとカッツェの距離が離れるのを見計らっていたかのように。
その際、纏っていたマントが宙に舞いアルベドの着ている服が白日の元に晒される。
「なっ……!」
言葉が出ないカッツェ。
想像だにしない出来事に思考が止まり、冷や汗が大量に流れ出る。
それはまずい。
どんな理由にせよ、それがあるという事実だけで震えが走る。
傾城傾国。
対象者を強制的に洗脳する凶悪な
だがそれだけで終わりでは無かった。
本当に恐れるべきは手に握っている一本の槍。
時が止まったかと思った。
恐らくプレイヤーなら一番見たくないアイテムと言っても過言ではないだろう。
ユグドラシルでも最悪と称すに相応しいアイテムの一つ。
発動者と対象者の二者をロストさせるという悪夢のような効果を持つ。
「ロ、ロンギヌスッ…!?」
それを握っているアルベドの顔がぐにゃりと欲望に塗れた醜い表情へと歪む。
そしてアルベドは手に持っていたロンギヌスを横にいるスケルトンへと投げ渡す。
それが何を意味するか瞬時に理解したカッツェ。
(マントは傾城傾国を隠す為…! そしてロンギヌスはその傾城傾国で洗脳したスケルトンに使わせるためかっ…!)
なぜアルベドは自身の持つ
決まっている。
名犬ポチに使う気だからだ。
「逃げろポチーッ!」
「え?」
未だに事態を把握していない名犬ポチ。
そんな名犬ポチを助けようとカッツェが走り寄ろうとするが。
「ガルガンチュアッ! その黒猫を潰しなさいっ!」
「グオオ!」
ガルガンチュアの拳がカッツェへと繰り出される。
ダメージこそないものの、攻撃を当てられ形が崩れる為にカッツェは助けにいくことができない。
「く、くそがっ…!」
突然のことに何が起きたのかわからず慌てる名犬ポチ。
「な、なんだ、何をしてるんだアルベド…?」
「こういうことです…!」
クツクツと肩を揺らしながら名犬ポチを嘲笑うかのようにアルベドが腕を突き出し命令する。
「ロンギヌスを放ちなさいッ! 対象は名犬ポチッ!」
「ッ!?」
その時になってやっと名犬ポチも事態を把握する。
どうしてこうなったかわからないが何が起きたかはわかる。
アルベドの命令を受け、恐らく傾城傾国の支配下にあるスケルトンが手に持ったロンギヌスを自分に向け発動させようとしている。
ロンギヌスが眩しく光ると同時に、反射的に地面を蹴り必死に逃げ出す名犬ポチ。
「あははは! 無駄よ! 無様ね、名犬ポチ! でももう逃げられない! お前もこちらの隙を伺おうとしていたのでしょうけどこちらが
アルベドの声などもはや名犬ポチの耳には入っていない。
今までの名犬ポチとは思えない程、素晴らしい速度で疾走する名犬ポチ。
間違いなく過去最高のレコードを叩きだすほどのスピード。
だが一度発動したロンギヌスから逃げる事は不可能。
光の矢となったロンギヌスが逃げる名犬ポチの体を後ろからいとも簡単に突き刺す。
そしてロンギヌスを放ったスケルトンは瞬く間に消滅した。
「あがっ…!」
体勢が崩れ、走っていた勢いのままゴロゴロと地面を転がっていく。
やがて勢いがなくなるとそのままコトリと地面に倒れる。
「う、嘘だ…! ポ、ポチーッ! ポチィィ!!」
遠くでカッツェが叫ぶが名犬ポチに答える余裕はない。
「かはっ…! はっ、はっ…」
光となったロンギヌスが名犬ポチの中に徐々に入り込んでいく。
それと同時に、名犬ポチの体が薄れ末端から消失していく。
「アハハハハハハハハ! やった! やったわ! 名犬ポチをやった! 勝った…! 私は勝ったんだ…! アッハハッハッハハハハッハハハ!!! これでもう邪魔する者はいない…! あの御方は…! モモンガ様は私だけのものだぁぁぁああ! やはり至高の41人などくだらない…! モモンガ様こそ至高! モモンガ様こそ絶対! アハハハ!」
狂ったようにアルベドが嗤う。
アルベドとて名犬ポチ及びカッツェと正面から戦えばマズイという予感はあった。
ロンギヌスが回避されるとは思わないが何か予想の付かないことをしでかすかもしれないし、最悪の場合相打ちにまで持っていかれてしまうかもしれない。
自分には一撃必殺の武器があるのだからまともに戦うなどバカらしい。
隙を突くのが一番。
だからこそあんな下らない茶番をしてまで名犬ポチの油断を誘ったのだ。
名犬ポチとてその程度お見通しではあろうがアルベドとしては邪魔が入らずロンギヌスを発動できる時間さえ作れれば良かった。
そしてアルベドは見事にその千載一遇のチャンスを逃さずモノにしたのだ。
流石の名犬ポチとはいえ、傾城傾国にロンギヌスまでは予想できなかったに違いない。
賭けに勝った。
そう確信するアルベド。
「う…、ぐ…」
「無様無様無様ァ! お前を慕ってたあの人間共と同じようなクソみたいな最後だわ! くだらないお前にはお似合いの最後よ名犬ポチィ!」
ケタケタケタとアルベドの叫び声が響く。
「…し、慕ってた人間? ま、まさかニグン達を…やったのは…」
「ああ、それもわからなかったのね? あはは! なぁーんだ、至高の41人の1人と言っても大したことが無いのね…! やはり偉大なるはモモンガ様ただ一人! で、例の人間でしたか? ええ、そうです私です! 私が殺しました! 愚かな奴等でしたよ…? お前を売れば助けてあげるって言ったのに馬鹿みたいに最後までお前を信じていたのだから! 本当に愚かで笑えてくる!」
「……!」
「命を賭してまで信じていた肝心の名犬ポチはここで無様に地に伏しているというのに! お前など信じる価値など欠片もないただのゴミだと分からなかったのね…。まぁでもしょうがないわ、お前同様人間も救いようのない程愚かな生き物なのだから…」
なぜだろう。
多少の情こそあれど、別にニグン達など使い捨ての手駒である。
もちろん所有物を失った怒りはある。
だがこの時になって名犬ポチはそれ以外の感情を感じていた。
「ニ、ニグン…! クアイ…エッセ…! ブリタ…! なんで…!」
名犬ポチの瞳からほんのわずかだが涙が零れる。
だがそれ以上に大きな疑問が頭をよぎる。
アルベドが自分を騙そうとしていたのならどこまでが本当でどこまでが嘘なのか。
「モ、モモンガさんは…、モモンガさんがこの世界に来ているというのは…本当なのか? モモンガさんは…」
「黙れこのクソがぁぁ! 偉大なるモモンガ様の名を貴様風情が口にするな汚らわしい!」
「がっ…! ぐ…!」
もはや身動きも取れず、体の半分以上が消失した名犬ポチを怒りのまま踏みつけるアルベド。
「ふーっ、ふーっ…。いけないいけない、ついつい熱くなってしまったわ…。もう少しで殺してしまうところだった…。せっかくですもの、無様な名犬ポチの姿を最後まで見届けないともったいないものね」
「……っ」
かろうじて残っている名犬ポチの意識。
だがそれも次第に薄れていく。
自分でも分かる。
それは死でなく、もっと恐ろしい別の感覚。
怖くも無ければ気持ちよくもない。
ただただ無に飲み込まれていく。
身体どころか魂も何もかもが無くなる。
名犬ポチという存在が徐々に消えていく。
やがて名犬の体は跡形も無く消えた。
流れ出た血や涙すらどこにも残っていない。
実は名犬ポチがロンギヌスを回避できるようなスキルを持っていたなどという都合の良いことはない。
実は対策をしており偽装して誤魔化していることもない。
正真正銘。
名犬ポチは消滅した。
◇
狂ったように笑い続けるアルベドを見ながらカッツェは立ち尽くしていた。
名犬ポチの消失。
それはカッツェの心を折るには十分だった。
いくら名犬ポチに恐るべき切り札があろうとそれを切る前にやられては意味がない。
まさかロンギヌスがあるなどとは想定していなかった。
「……う、嘘だ…、ポチ…、なんで…」
自分がちゃんと名犬ポチを止めていたらこんなことにはならなかったのではないか。
ちゃんと自分の勘に従って行動していれば…。
だが全ては後の祭りだ。
もう取返しはつかない。
「ああ…、ちくしょう…、なんでだ…? なんで俺が関わった奴は皆こうなっちまうんだ…? 俺は…、俺はただ皆仲良く…、生きていければって…、笑えればって…、それだけなのに…なんで…」
かつてこの世界に来て多くの者を助けるために国を作った。
でも最後には何も残らなかった。
何もかも自分の掌から零れ落ちていく。
今回もそうなった。
名犬ポチとまた会えて…、嬉しかったのに…、それも全部消え去った。
もう名犬ポチはいない。
今の俺はなんのために存在しているんだ。
自問自答するカッツェ。
絶望に打ちひしがれ、膝を付き空を見上げる。
何も見えない。
今のカッツェには何も見えない。
いや、見えてももう反応する気も起きなかった。
だからアルベドがすぐ側まで近づいてきてもピクリとも反応しない。
「ふん…、諦めたか…。ま、下等生物には相応しい姿ね」
トドメを刺そうとカッツェの前に立つアルベド。
名犬ポチは排除したとはいえ残っている危険分子を放っておくつもりはない。
「すぐに後を追わせてあげるわ…」
そうしてアルベドが手を下そうとした瞬間。
「くーん!」
獣王が間に入りアルベドの足に必死で噛みつく。
「邪魔だ、ゴミが…!」
「きゃん!」
軽く足を振り払うアルベド。
それだけで獣王は血を吐き吹き飛んだ。
その時、獣王が持っていた荷物が飛び散る。
名犬ポチの為に作っていた弁当や水筒、及びそれを入れていた風呂敷などだ。
その風呂敷が宙に舞い、カッツェの前を流れていく。
ふと視界に入った風呂敷を見てカッツェの意識が覚醒する。
なぜならそれは…。
「…! ネコさま大王国のギルドの紋章…!?」
それを手に取りまじまじと見つめる。
間違いない。
正真正銘、本物のギルドの紋章が描かれた旗だ。
なぜそれがここに、と驚愕する。
そう思うと同時にギルドが滅ぼされた時の事を思い出す。
また諦めるのか。
あの時みたいに。
磔にされて殺された時、諦めなければ違う未来があったのだろうか?
悪あがきでもスキルを発動し行動を起こしていれば何か変わっていたのだろうか?
わからない。
今となっては何もわからない。
だが。
「例え無駄だとしても…、今度は最後まで抗ってみるか…!」
カッツェの目に光が宿る。
そこへ魔法属性の乗ったアルベドの攻撃がカッツェを襲う。
「《サブスティテュートキャット/猫被り》!」
「っ!?」
身体を切り裂いたはずがそこにあったのは実物と錯覚するほどの残像。
「くっ!? こ、姑息な真似を…!」
そんなアルベドへ後ろから声がかかる。
「仕切り直しだ女、今度は好きにさせねーぞ」
「黙れ…、下等生物が…!」
「ははっ、覚悟しとけよ? 今からお前はその下等生物に足を掬われるんだからよ」
「ほざけぇっ!」
「正面からとは芸が無ぇな!《キャットトリック/猫騙し》!」
「なんだっ…!?」
アルベドの眼前で両手の肉球を合わせ魔法を発動するカッツェ。
一瞬にして五感が失われ無防備になるアルベド。
その隙に獣王へと駆け寄り回復するカッツェ。
すぐに五感を取り戻したアルベドがカッツェを忌々し気に睨みつける。
だがそんなことなどお構いなしとばかりに獣王を抱えて逃げ出すカッツェ。
「なっ!?」
「はは! 仕切り直しとは言ったが戦うなんて言ってねぇからな! 《キャットブースト/猫足》!」
唱えた魔法でカッツェの移動速度がハネ上がる。
クレマンティーヌの元まで行き、同様の魔法をかける。
「お前は担げねぇから自力で走れ!」
「は、はひぃ!」
「お、追え! ガルガンチュア!」
ガルガンチュアに命令を出し、自らもカッツェを追うアルベド。
アルベドとガルガンチュアが追ってくるのを確認しながらカッツェは哂う。
(待ってろポチ、必ずお前を取り戻す…! 何があろうとやってやるさ! だって…)
腹をくくるカッツェ。
大丈夫だと必死に自分に言い聞かせる。
その目は希望に満ちていた。
(お前から預かったこれがあるんだからよ…!)
なぜならまだ起死回生の一手はあるからだ。
◇
コキュートスが出撃した少し後。
ナザリック地下大墳墓。
玉座の間。
「そろそろ」
ポツリとシズが呟く。
「ん? どうしたっすかシーちゃん」
そう尋ねるルプスレギナの言葉に答えず、シズはその手に持つ銃をいじり出す。
「モモンガ様の前よ、やめなさいシズ」
長女であるユリもたまらず注意する。
だがシズはそれに答えず自身の持つ銃に弾を込め始める。
セバスだけがシズの真意に気付いていた。
「ちょ、ちょっとマズイっすよシーちゃん、ユリ姉怒ってるっすよぉ~」
シズを止めようと近寄るルプスレギナ。
だがその手が触れる前に顔を上げるシズ、そして。
「皆、ごめんね」
そう言ってスカートを捲り上げるシズ。
するとその中から催涙弾がバラバラとまかれ、地面に落ちると同時に大量の催涙ガスを噴射した。
即座にナーベラル、ソリュシャン、エントマは回避するが至近距離にいたルプスレギナのみ回避できずにまともに喰らう。
「ぐうわぁああっす!」
催涙ガスをまともに喰らい目と鼻が潰れるルプスレギナ。
即座にその首へ注射針のような物を刺すシズ。
「うっ…」
意識を失いルプスレギナが倒れる。
「シ、シズ! い、一体何を…!?」
突然のことに困惑するソリュシャンへ向け銃を撃つ。
「ぐ…!」
空中に飛んでいた為、回避できずにその弾を体に受けるソリュシャン。
対スライム用の麻酔が入っており行動不能に陥る。
「セバス様、ユリ姉さんをお願い」
「承知」
シズの言葉に応じてセバスが催涙ガスをかき分けユリへと迫る。
「セ、セバス様まで、なぜ!? うぐっ…!」
セバスの一撃が鳩尾に入り吹き飛ぶユリ。
シズの前にはエントマが立ちはだかる。
「や、やめよぉよぉ、どうしちゃったのぉ…!」
シズへと声をかけるが返ってきたのは銃弾。
だがエントマの操る蟲達が盾になり銃弾を弾く。
「効かないよぉ」
だが盾になった蟲達へと別のガスを吹きかける。
「わ、わぁぁ!」
そのガスを浴びた蟲達が体勢を維持できなくなりボトボトと地面に落ちる。
隙間を縫いエントマ本体へと銃口を突き立てる。
まともに被弾したエントマがその場に崩れ落ちた。
それと同時に空中にいるナーベラルへと飛ぶシズ。
「いくら貴方でもここまでやっては見逃せないわ…! 《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》!」
向かってくるシズへとナーベラルの魔法が放たれる。
さすがにこれは回避できずにまともに被弾し下半身が吹き飛ぶシズ。
だが上半身だけでナーベラルにしがみ付くとその首へと針を刺す。
それが合図だったかのようにナーベラルの体から力が抜け地面へと落ちる。
かくしてプレアデス全員が地に伏すことになった。
「シ、シズ!」
下半身が吹き飛んだシズへとセバスが駆け寄る。
「大丈夫」
いつものポーカーフェイスのままムクリと起き上がるシズ。
「だ、大丈夫なのですか?」
「動力はやられていない。下半身はスペアがあるから交換すれば大丈夫」
「そ、そうですか…」
何とも言えないような顔でシズを見つめるセバス。
だが周囲に倒れるプレアデスの面々を見てセバスは申し訳なさそうにうつむく。
「セバス様、しょうがない。説明しても信じてもらえなかった。こうするのが最善。それに皆麻酔で眠らせてるだけ。ユリ姉さんは?」
「気絶だけで済ませていますよ」
「そう良かった。ユリ姉さんだけは私の麻酔効かないからセバス様がいなければここは突破できなかった」
「しかしやるものですね、同格4人を相手どって全員戦闘不能にするなど普通であれば考えられません」
「皆とは方向性が違う。まともに戦えば私が一番弱い。でも不意を突き弱点を突けばそう難しくない。それに狙撃できる場合ならば敵が数段格上でも倒せる」
「なるほど…。今後何かあっても貴方とは敵対しないようにしましょう。しかし…」
冗談混じりに深いため息を吐くセバス。
「本当にこれで良かったのでしょうか? ナザリックに属する仲間に手を出してまで…」
「こうしなければ動けなかった。説得しようとしても聞き入れてもらえず騒ぎになるのは必然。かといってセバス様が単身で抜け出せばここはどうにかなってもアルベド様に連絡がいく」
「ふむ…、しかし貴方ならどうにかできると…?」
セバスの問いにシズが自分の頭をトントンと指で叩く。
「ナザリックのギミックは全てここに入っている」
「なるほど…。で、これからの予定は?」
「クーデター」
「な…!」
シズの言葉に絶句するセバス。
「もちろん至高の御方に対してじゃない、アルベド様。あの人が不在の内に私がナザリックの全権を掌握する」
「で、できるのですか?」
「少々血生臭くはなるけど。あぁセバス様は別で動いて大丈夫。後は私だけでなんとかする」
「な、なんとかとはいっても…。ナザリック内にはアルベドの息がかかっている者達もいるでしょうし命令のみで動かせるゴーレム等は全て指揮化においているはずですから貴方一人では…」
「うん、一人なら無理」
「で、では…」
「大丈夫、頼れる人を知ってる。だからナザリックは私に任せて」
「シズ…」
「デミウルゴス様とてこのままではジリ貧…。いくらナザリックを制圧しても味方が減るのは厳しい」
「ふむ。やはりデミウルゴスは裏切っていないのですね…?」
「あれ? 気付いてたわけじゃないの?」
「ええ、勘ですよ。もちろんそこに至る理由はありましたがね。ルベドがいなくなった時、アルベドはここにマスターソースを確認しに来ましたよね? 詳しいことは分かりませんがあれでルベドが反旗を翻したかどうか確認しているようでした。ならなぜデミウルゴスが裏切った時は確認しなかったのでしょうか? 色々とゴタゴタはあったようですがそれでも確認をしないというのは少し腑に落ちない。いくら疑わしくとも確認できる方法があるのなら確認するのが普通ではありませんか? そこでおかしいと思ったのです」
「鋭い」
関心したようにシズが拍手をする。
「まぁ肝心のマスターソースの見方がわからないのでそれ以上はわかりませんがね…」
「補足すると敵対状態になったNPCは色が変わる。そしてアルベド様がルベドを見る為に開いた時にチラリと見えたデミウルゴス様の色は変わっていなかった。それだけで十分」
そうルベドがいなくなった時、冷静さを失っていたアルベドはここにセバス達がいるにも関わらずマスターソースを開いてしまったのだ。
マスターソースは空中にウィンドウが出現し表示されるので反対側から透けて見える。
それをシズは見ていた。
「なるほど…、勉強になります」
「えへん」
「ではシズ、私はもう行きます。早くしないとあの悪魔がやられてしまうかもしれませんからね」
そうして襟を正し出て行こうとするセバス。
だがシズがそれを止める。
「待ってセバス様」
「どうしました?」
「動けない。下半身を交換するの手伝って」
「……」
最後がどうにも締まらないシズであった。
次回『鬼軍曹シズ』もう一人の自動人形が動く。
戦闘が始まるかと期待していた方すみません。
二匹の活躍は今後にご期待下さい、今しばらく辛抱を…。
そしてアルベド、エンジンフルスロットル。
正直皆さんの反応が怖くて少し股間を濡らしている作者…。
明日はどっちだ!?