オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

34 / 49
前回までのあらすじ!



純白全滅! しかしついにアルベドの悪行に気付くアウラ!


姉弟VS姉妹

「クソがぁぁああ! ナメるなよこの小便臭いガキがぁぁあああ!」

 

 

アウラに不意の一撃を喰らわせられたアルベドが激高しながら立ち上がる。

 

 

「下品な言葉使いだね。程度が知れるわよ、アルベド」

 

「ガキが偉そうに語るなぁああ! ブッ、ブチ殺してやるぅ!」

 

 

完全に頭に血がのぼったアルベドがアウラへと突進しバルディッシュで斬りかかる。

だが再び真なる無(ギンヌンガガプ)の効果を発動させるアウラ。

 

 

「ぐっ! ま、またか!」

 

 

アルベドとその周囲を真なる無(ギンヌンガガプ)の一撃が押し潰す。

効果は通らないとはいえわずかに足止めを喰らうアルベド。

 

 

「レインアロー・天河の一射!」

 

 

動きの止まったアルベドに上空から光の矢が降り注ぐ。

 

 

「ナメッ…るなぁあああ! ウォールズ・オブ・ジェリコ!」

 

 

アルベドがスキルを発動させる。

瞬く間にアルベドの周囲に城壁を思わせる頑強な岩の塊が聳え立つ。

それにより光の矢のほとんどを防ぎきるが、発動のわずかな遅れが一本の被弾を許す。

 

 

「ア、アウラの分際でよくもぉぉ…!」

 

 

一本の光の矢が肩を貫通したことにより、大きくはないが風穴が出来ていた。

肩の傷口を押えながら憎々し気にアウラを睨みつけるアルベド。

 

 

「便利だね世界級(ワールド)アイテム。効果は通らなくても足止めに使えるなんて」

 

「ア、アウラ…。今ならまだ許してあげるから返しなさい、良い子だから…。ね、悪い様にはしないから…」

 

 

表情が引きつりながらも笑顔でアウラに語り掛けるアルベド。

 

 

「今更何言ってるの? それでこの場が収まるとでも? バカは休み休み言って頂戴」

 

 

アウラの言葉を無視するようにアルベドが傾城傾国の効果を発動させる。

再びチャイナ服から光の龍が飛び出す。

それを見て困惑するアウラ。

 

 

「な、何を…!? 真なる無(ギンヌンガガプ)を持っている私には…」

 

「バカはてめぇだぁぁあああ! お前意外にも相手はいるのよ!」

 

「っ!? しまっ…! フェンッ! 逃げっ…!」

 

「もう遅い!」

 

 

天空に飛翔した龍が瞬く間に近くにいたフェンリルへと舞い落ちる。

すぐに逃げようとしたフェンリルだがそんな簡単に回避できるはずも無い。

フェンリルの意識が白く染まり、アルベドの支配下へと落ちる。

 

 

「くふふ、貴方と一対一ならともかく真なる無(ギンヌンガガプ)を取られた上でフェンリルも相手にするのは少々キツいからね…。それにもうこれでナザリックに向かえる者は誰もいない…」

 

 

厭らしく表情を歪めるアルベド。

 

 

「やってくれたわねアルベド…」

 

「さぁこれで形勢逆転といったところかしら…。どうする? 命乞いなら聞いてあげてもいいわ」

 

「何度も言わせないで…」

 

「は…?」

 

「ナメないでって言ったでしょ!」

 

 

アウラが吠え、スキルを発動させる。

それによりフェンリルがその場に抑え込まれたかのように動けなくなる。

これは自身の使役する魔物を強制的に待機させるスキル。

洗脳状態にあってもアウラが使役するという事実は変わらない。

これにより身動きの取れなくなったフェンリルは実質的に戦力外となる。

 

 

「なっ!?」

 

「これでもウチの子よ。あんたなんかの思い通りにはさせない…」

 

「ア、アウラァ…!」

 

 

怒りと屈辱に唇の端から血が流れるアルベド。

だがアルベドにはまだ手がある。

ガルガンチュアだ。

アウラ及びマーレと戦闘になるとは思っていなかったので先行させて竜王国へと向かわせてしまったが呼び戻せば何の苦も無くアウラを制圧できる。

そう考え、ガルガンチュアに戻るよう通信を送る。

だがガルガンチュアから返ってきた返答は交戦中により帰還不可というものだった。

 

 

(交戦中!? こんなところで誰と!?)

 

 

そう、問題は交戦していること自体ではない。

ガルガンチュアと交戦できるような者が存在するという事実だ。

現地の者ならば即座に殲滅できるはずで交戦中などとは言うはずがない。

だが同時に疑問にも思う。

いくら交戦中だとしても命令に従い帰還しないのはおかしい。

再度ガルガンチュアに通信を送る。

何者と交戦しているのか、と。

返ってきた返答は『最重要目標』と()()()()()()()

それに冷や汗が流れるアルベド。

 

まさか。

なぜここに奴が。

 

全く想定していなかった。

共を連れているとはいえほとんど単身と変わらないような人数で行動しているとは。

だがすぐに奴の、名犬ポチの狙いに気付くアルベド。

またしてもやられた、そう思う。

 

 

(そ、そうか! 竜王国の女王、あの始原の魔法(ワイルドマジック)すらブラフか! あれだけの戦力、そしてそれを有効活用するために人間達をかき乱しておきながら…! それすらも全てブラフ! 真の狙いはこれか!)

 

 

アルベドは戦慄する。

定石通りにいけば竜王国に始原の魔法(ワイルドマジック)を撃たれたとしても全滅しない規模、あるいは

配置、時期をズラした部隊を投入するのがベストだった。

だがもちろんそんなこと名犬ポチが考えつかないはずが無い。

だからこそだ。

あれだけの切り札を持っていながらそれをブラフに使い捨てるなど誰が想像できる。

ナザリックと戦っても勝率があるほどの切り札を手放すなど。

 

そして竜王国から出てきた名犬ポチ。

この先にあるのは?

向かう先は?

 

ナザリックだ。

 

 

(あ、あの野郎…! そ、そうか、始めからこうするつもりだったのか! その為に外に大多数の部隊を出さざるを得ない状況を作りやがったのね…!)

 

 

ナザリックへの帰還。

一言で言ってしまえば当たり前で最も最初に考慮するべき考えだ。

だがそれが最も難しいことは名犬ポチも知っているはずだ。

アルベドの裏切りなど勘づいているだろう。

故にアルベドの手がどこまで広がっているのか判断できないナザリックにみすみす帰還しても後ろから何者かに刺される可能性は否定できない。

だからこそのブラフ。

戦力を外に出さざるを得ない状況を作り出す。

その隙を突いてこちらを嘲笑うかのように帰還するつもりだったのだ。

 

 

(な、なんて野郎なの…! 確かにナザリックを掌握すれば、あるいは無事に帰還を知らしめれば敵対者の排除など二の次でいい…!)

 

 

正面からやり合って敵対者をねじ伏せられる状況にまで追い込んでおきながらまさか別の手を打ってくるなど考えも及ばなかった。

名犬ポチの大胆で不敵なまでに思い切った考えに心底震えあがるアルベド。

だが、と思う。

だからこそ喜びを隠しきれない。

 

 

(勝った…!)

 

 

結果論としてだがアルベドの定石を外した行動は身を結ぶ結果になった。

 

 

(こうなるとは思っていなかったけれど、最善手を打つべきでないという私の考えは間違っていなかった! あはは! 最高にツイてる…! ルベドとガルガンチュアのみを連れてここに来たのは間違いでなかった! ここで名犬ポチを始末すればそれで私の勝ちだ…! 今ならデミウルゴスの邪魔も入らず完全なる勝利を手に出来る…! 認めましょう名犬ポチ…。頭脳戦では私の負けよ…。だが運は私に味方した…!)

 

 

自分の中で膨れ上がる歓喜と興奮を抑え込むことができないアルベド。

先ほどまでとは違って心底嬉しそうに表情が歪む。

 

 

「どうしたのアルベド、頭でも打った?」

 

 

心配そうにアウラが問う。

 

 

「いいえ、何でもないわアウラ。さぁ続きをやりましょう。速攻でカタをつけさせてもらうわ」

 

 

もはや時間が惜しい。

早くアウラを始末し、ルベドと合流してガルガンチュアの元へ向かうのだ。

そして名犬ポチを潰す。

 

 

「来なさい、アルベド!」

 

 

アウラの叫びに呼応してアルベドが飛び出す。

両者がぶつかり火花を散らす。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、名犬ポチは制止しようとする獣王をなだめ北上していた。

 

 

「わん(だから気のせいだって! そんな音なんてどこからも)」

 

 

ズン、と重く響く音と共に大地がわずかに揺れた。

 

 

「わん(へ?)」

 

 

やっと獣王の言う音らしきものが聞こえ始めた名犬ポチ。

たしかにこれはやばそうな匂いがプンプンする。

 

 

「くーん」

 

「わん(ま、待て待て。まだ危ないって決まったわけじゃねぇだろ? ここは正体を見極めず逃げる方が危ないって! とりあえず何者か確認するべきだ…!)」

 

 

それっぽい事を言って自分のミスを無かったことにしながら静かに音のする方へ向かう。

そしてやがて見えてきたのは巨大なシルエット。

 

本来ならそれを見てすぐに逃げるところであったが名犬ポチは何か引っかかるものがあった。

 

 

「わん(あのシルエット…、どこかで…)」

 

 

さらに近づき、霧に邪魔されずそれを認識できる距離まで近づいた名犬ポチは瞠目する。

 

 

「わん!(ガ、ガルガンチュア…! な、なんでここに…!)」

 

 

見間違いではない。

あれは自分のよく知っている存在だ。

 

ナザリック第4階層・地底湖の階層守護者ガルガンチュア。

 

元々ギルドメンバーが作った存在ではなくユグドラシルに存在していたゴーレムを再配置しただけなのだが、だからといって同じものは二つと存在しない。

他のゴーレムと違って守護者にするにあたって独自にチューニングが施されている。

だから見間違うはずがないのだ。

あれは正真正銘、ガルガンチュアだ。

 

 

「わん…(ま、まさか…! ははは! そ、そうか…! 俺だけじゃなかったのか…! 他にも来ていたんだなっ! この世界に!!!)」

 

 

この世界に来てからの孤独、不安。

何もかもが一瞬で吹き飛ぶように高揚する名犬ポチ。

自分だけだと思っていた。

寂しさを紛らわす為に悪事を働きながら生きてきた。

そのせいで他にもいるらしいユグドラシルプレイヤーの影に怯えることになってしまったが。

だがもうそんな心配しなくてもいいのだ。

仲間がいる。

アインズ・ウール・ゴウンの仲間がいるならもう何者も怖くない。

アインズ・ウール・ゴウンは最恐最悪のギルド。

ユグドラシルで最も恐れられた悪の華。

 

あの日々が帰ってくるのだ。

 

 

「くーん!」

 

「わん!(うるせぇ!)」

 

 

喜びのあまり獣王の制止など聞かず、ガルガンチュアの前に飛び出す名犬ポチ。

そして必死に身振り手振りでアピールする。

 

 

「わん!(誰だ!? お前がいるってことは誰か来てるんだろう! 近くにいるのか!? なぁ! ああ、本当に嬉しいぜ! もうプレイヤーの影に怯えなくて済むんだからな!)」

 

 

心底嬉しそうに、おそらくこの世界に来てから最高の笑顔で語り掛ける名犬ポチ。

それとは裏腹にガルガンチュアの体から発せられる光が激しく明滅する。

そしてガルガンチュアから聞こえた人工音声に名犬ポチは驚愕する。

 

 

「最重要対象ヲ補足、タダチニ排除スル」

 

「わん(は? 何言って)」

 

 

笑顔のまま固まる名犬ポチにガルガンチュアの一撃が無慈悲に振り下ろされる。

 

大ピンチである。

 

 

 

 

 

 

 

 

マーレの魔法により吹き飛ばされたルベド。

空中で体勢を整えマーレへと向かっていくが魔法で迎撃され、まともに近づくことができない。

 

 

「う、ぐぅ…! 」

 

 

その間にもどんどんマーレは距離をとっていく。

この時、ある人物と繋いでいたメッセージの魔法を切るマーレ。

 

 

「ルベドさん! もうやめましょう! 本来は僕たちが戦わなきゃいけない理由なんてないはずです! 僕たちは至高の御方の為にあるべき存在です! そんな僕たちが争うなんてその、良くないです!」

 

 

必死にルベドを止めようと説得するマーレ。

 

 

「否定。私は至高の御方の為に存在する訳じゃない」

 

「えっ、何をルベドさん…!?」

 

「私は与えられた命令を遂行する為にだけ存在する」

 

「そんな…」

 

「命令遂行の為には貴方の排除は必須」

 

「わかりました…、いくら話しても無駄みたいですね…」

 

「肯定する」

 

 

再びルベドがマーレめがけ突進するが魔法で撃ち落とされる。

 

 

「ぐっ…!」

 

「手加減できません、どうか許して下さい」

 

「それはこちらも同様っ…」

 

 

だが何度ルベドが突進しても正攻法ではマーレの魔法を掻い潜ることはできない。

 

 

「あぐっ…」

 

 

すでに服はボロボロ、肌は汚れあちこちが削れている。

だがルベドの体は丈夫である。

ステータスにおいては、コアとする熱素石(カロリックストーン)のブースト無しでレベル100の戦士職に匹敵。

頑強さタフさに限定するならそれを遥かに凌駕し、ガルガンチュアの上すらいく。

だが彼女の頭の中まではそうではない。

 

 

「あ…、あ…」

 

 

脳内のデータのやり取りが上手くいかず、よろけるルベド。

精密機械で出来た彼女の頭の中は衝撃にさほど強くない。

大量のデータと記憶を蓄積しているHDD、さらにはメモリにまで影響が出るのは必然。

 

もちろん並大抵の戦闘では衝撃を受けたとしても大丈夫なように設計されている。

しかし、今回のように一方的に何度も何度も何度も攻撃を喰らう状況になればその限りではない。

 

 

「わ、分かってるよアルシェ…。約束だもんね…」

 

「ルベドさん…?」

 

 

損傷しエラーのおき始めたルベドの脳内。

まるでフラッシュバックのようにデータが呼び起こされる。

今、ルベドの目の前にはフォーサイトの面々が見えていた。

かつてした会話。

その記憶がリピートされる。

 

 

「うん、そうだね、ちゃんと学習するよロバーデイク…。大事なこと…、そうか、学習…」

 

 

エラーを出しながらも現在の状況を認識していないわけではない。

過去のデータから打開する為の手段を得る。

 

 

「ヘッケラン…、イミーナ…」

 

 

かつて見た二人のコンビネーションとその動き方、戦い方。

戦闘能力は高くなかったがそこから得られる物はある。

二人を模倣し動くルベド。

 

 

「う、動きが変わった…!?」

 

 

突然の変化に驚きつつも魔法を放つマーレ。

だが今度は今までのように直撃しなかった。

フェイントを入れ、マーレを惑わし回避する。

そしてルベドの手首から先が離れ、マーレ目掛けて発射される。

 

 

「ロケットパンチ」

 

 

それと同時に自身も回り込み、発射した手と別方向からマーレへと攻撃を仕掛ける。

 

 

「くっ…!」

 

 

いくらマーレでも瞬間的に二つの魔法は放てない。

迎撃するにもどちらか一方になる。

 

 

「《トワイン・プラント/植物の絡みつき》っ!」

 

 

瞬時に本体の方が危険と判断し、ルベドを拘束する。

だが飛んできた手は回避できずに直撃を許す。

 

 

「うわぁあああ!」

 

 

体にクリーンヒットし吹き飛ぶマーレ。

その間に力づくで拘束する植物を引きちぎり、飛んだ手を回収し再び装着するルベド。

初期状態ならば学習するという概念はルベドになかった。

だが今は違う。

短いとはいえフォーサイト、あるいは人間達から学んだことはある。

それを応用し、考察し、構築する。

全ては模倣から始まる。

模倣し、不純物をそぎ落とし、自分のものとしていく。

自身に生じたエラーとは裏腹にルベドは成長していた。

 

 

「植物は地面から生じる…、上空への退避が有効…」

 

 

マーレの魔法への対策も怠らない。

学習したルベドはもう同じ手は二度と食わない。

 

 

「ぐっ…、まずい…、一撃でここまで…」

 

 

致命打とまではいかないが一撃で喰らうには破格のダメージを負ったマーレ。

なんとか立ち上がり再び距離を取ろうとする。

しかしルベドが即座に追いかける。

魔法の発動が間に合わず接近を許してしまうマーレ。

今度は手を飛ばさずそのまま拳を振りぬくルベド。

それと同時に肘から炎と煙が勢い良く噴射される。

ジェット噴射のパワーが乗り、拳の速度は音速を超える域に達する。

周囲に衝撃波を生じさせながらマーレに拳が突き刺さる。

咄嗟に両手でガードしたマーレだが両手の骨が砕け、数キロもの距離を吹き飛んでいく。

 

もはやアウラとアルベドがいる場所からかなり離れた場所まで来ていた。

 

吹き飛んでいくマーレの隙を逃がすはずもなく、ジェット噴射の力を使い超加速で追いかけていくルベド。

やがて勢いが無くなり止まるマーレ。

すぐに起き上がろうとするがそこにはすでにルベドがいた。

 

 

「ぐっ…!」

 

 

一目で危険を察知するマーレ。

ルベドが突き出した両手の掌に穴が開き、そこに膨大なエネルギーが集まっているのを感じる。

 

これはルベドの必殺技。

荷電粒子砲。

簡単にいうならロボット物でよくあるビーム兵器の類である。

中二病あふれるタブラがノリノリで搭載したものである。

 

もちろん溜める時間が必要なため、即座に撃てるようなものではない。

だが今のように吹き飛ぶマーレを追いながら溜めていれば発動までのラグは無くせる。

 

全力で防御魔法を展開するマーレ。

だがそれでも防ぐことは不可能だと察していた。

この一撃で自分はやられる。

そう直感していた。

 

 

「…?」

 

 

だがいつまで経ってもルベドが荷電粒子砲を撃つことはなかった。

マーレの目に映ったのは大きく目を見開き硬直するルベド。

マーレの後方を凝視したまま固まっている。

理由はわからないがこの機会を逃すわけにはいかない。

すぐに上空に退避し、魔法を放つ。

 

 

「《ヴァーミリオンノヴァ/朱の新星》!」

 

「うぐっ…!」

 

 

炎が直撃したルベドだが瞬間的に後退し被害を最小に抑える。

そして意図的か、自分からマーレと距離を取り後方に動くルベド。

マーレも深追いしないよう距離を保ちつつルベドを追う。

そのまま移動しながら再び両者の攻防が繰り広げられる。

 

だがこの時マーレは知らなかった。

自分の後ろに何があったのか。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ…!」

 

「わ、わからない! ただ遠くのほうで爆発やら何かが起こってる!」

 

「だんだん近づいてきてないか…?」

 

「避難したほうがいい! 村の皆に伝えろ! すぐに避難するんだ!」

 

 

ここはカルネ村。

いつしかマーレとルベドはカッツェ平野を飛び出しその近くまで迫っていた。

遠くでも分かる程の巨大な爆発、あるいは衝撃を伴いながら移動する何かに村の人々は恐れ逃げようとしていた。

 

 

「エ・ランテルまで逃げよう! すぐにだ! エンリもネムもすぐに準備しなさい!」

 

「分かったわ、お父さん。ネム、何やってるの! すぐに逃げないと!」

 

 

エンリとネムもこの時カルネ村にいた。

父に促され避難しようとするエンリだがネムが遠くを見たまま動かないので必死に言い聞かせる。

 

 

「早く逃げようネム! 手遅れになるわ!」

 

 

だがそんな姉と対象的にネムはなぜかこの時、一人の友達を思い出していた。

距離は離れており、普通の人間にすぎないネムには知り得ない筈だった。

それはたまたまか、はたまた何かの直感か。

皆が恐れる何かがある方向を見ながらポツリと呟くネム。

 

 

「ルベドちゃん…?」

 

 

ネムが発したその言葉。

誰にも知る由は無いが、その一言をきっかけにカルネ村に近づいていた謎の爆発と衝撃は遠のいていくことになる。

結果としてカルネ村の人々は避難することなく無事に済んだ。

 

 

 

 

 

 

回復魔法で両手の傷を治したマーレだが本職ではないため完全回復とはいかないが魔法のキレが悪くなるわけでは無い。

先ほどまでのように何度も魔法を放っていく。

しかしそのうちの半分はルベドに回避されるようになっていた。

 

 

「く…! どんどん動きがよくなってる…! な、なんで…!?」

 

 

ルベドの速度自体は変わらないが体の使い方、効率的な動き方を戦いの中で学習していく。

他の守護者よりも劣っていた戦闘技術という点ももはや最初ほどの差はない。

マーレの魔法を撃つまでのラグ、そして範囲、あるいは癖。

そういったデータも少しずつ、だが確実に蓄積していくルベド。

 

その結果か、僅かずつではあるが次第に押し込まれていくマーレ。

 

 

「ぐっ!」

 

 

空中に浮かぶマーレの上を取り、頭上から蹴りを振り下ろすルベド。

直撃したマーレが勢いよく地面に叩きつけられる。

 

 

「かはっ!」

 

 

大地に叩きつけられた衝撃で口から血を吹きだすマーレ。

あまりの衝撃に咄嗟に起き上がることができない。

すぐにルベドが降りてきて倒れているマーレの体を跨ぐように立つ。

 

 

「降伏を要求する…」

 

 

再度降伏を要求するルベド。

もう勝敗は決していたからだ。

この距離ではマーレが魔法を撃つよりもルベドの拳の方が先に届く。

 

 

「ごめんなさい…、できません…」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもです…。あはは、お姉ちゃんに怒られちゃうなぁ…。ルベドさん強いや…」

 

「…」

 

「ねぇルベドさん、どうしてあの時撃たなかったんですか? あの時撃ってればあの時点で勝負は着いていたかもしれないのに…」

 

「それは…」

 

 

あの時、それはルベドが荷電粒子砲を撃とうとした時のことである。

なぜか、と問われればあそこで撃てば後方にいる人たちを殺してしまうから。

そう答えるべきだっただろう。

だがなぜだろうか。

ルベドはそう答えなかった。

 

 

「ともだちが…」

 

「…?」

 

「ともだちがいたから…」

 

 

なぜそう答えたのかルベドにも分からない。

そもそも友達を殺してはいけないとは学習していない。

だがアルシェとした人を殺してはいけないという約束とは別に、殺したくない、そう思ってしまった。

 

 

『ねえ名前なんていうの? 私はネムだよ!』

 

『そっか、じゃあルベドちゃんって呼ぶね!』

 

『じゃあルベドちゃん、私と友達になって』

 

 

なぜそう思ったかは分からないままだが、突如としてフラッシュバックしたかつての記憶。

それはルベドにとって大きな出来事だったように思う。

もちろんその理由は言語化して説明などできないが。

 

 

「ともだちを死なせたくなかったから…」

 

「僕にはその、よく、わかりません…」

 

「私にも…、よく分からない」

 

 

ここで会話しただけのマーレにはもちろんルベドの言葉の意味など分かるはずなどない。

だがマーレはルベドを馬鹿にするつもりなど毛頭なかったし、むしろルベドのことは嫌いではなかった。

同じナザリックの仲間だからという意味ではなく、個人的に好ましく思ってさえいた。

誰かを想うというのは大事な姉がいる自分には理解できたからだ。

だからこそこうしてお互いに譲れないことがあるということが少し悲しかった。

 

 

「どうしたんですかルベドさん…、攻撃しないんですか…?」

 

 

隙だらけのマーレにいつまで経っても攻撃を加えようとしないルベド。

途中でマーレの方が痺れを切らして自分から問いかけてしまっていた。

それに対し弱々しく答えるルベド。

 

 

「殺したくない…」

 

「え…?」

 

「もう誰も殺したくない…、だから降伏して…、お願い…」

 

 

泣きそうな顔でマーレを見下ろすルベド。

 

 

「優しいんですねルベドさんは…、でも僕も同じですよ。ナザリックの仲間を手にかけたくはないです…。でも僕は引き下がるわけにはいきません…、ルベドさんもでしょう…?」

 

「…肯定」

 

「だからしょうがないですよ、それにルベドさん。まだ戦いは終わってませんよ?」

 

「理解している…」

 

「はぁ…」

 

 

思わずため息を吐くマーレ。

ルベドに対してではない、愚かな自分に対してだ。

この時、マーレには切り札が一つ残っていた。

もし上手く使えればここでルベドを止めるのも可能だと考えていた。

しかし。

 

 

「ルベドさん、僕はこれから魔法を撃ちます。今までのと違って全力の魔法です」

 

「…急に何を?」

 

「本当は隙を突いて撃とうとしてたんですがルベドさん全然トドメを刺そうとしないから…。それに本来なら途中で僕は負けていたわけですしね…。なんか不意を突くのも悪い気がして…」

 

「……」

 

「一応お姉ちゃんの手前、それにナザリックのシモベとして手を抜くことはできませんからね…。本気で行きますよ?」

 

 

そうマーレが言い放つと同時に巨大な魔力の奔流が周囲に広がる。

 

 

「…!?」

 

「じゃあ、撃ちます」

 

 

そうマーレが宣言する。

今までで最大級の脅威を感じ取ったルベドは即座に空高くジャンプし距離を取る。

 

 

「《アース・サージ/大地の大波》ッッ!!!」

 

 

マーレが最も得意としルベドとの闘いでも何度も使用したこの魔法。

だが今までとは違う。

決定的に違うのはその発生場所だ。

今回はマーレを中心として放たれたこの魔法。

 

一般的に魔法の威力は発動場所が術者から離れれば離れる程弱まる。

それは当然だ。

掌から直接炎を発生させるのと100メートル先で発生させるでは威力、あるいは消費する魔力が変わってくる。

遠くで魔法を発動するにはそこまで魔力を移動させるという過程が必要になるからだ。

魔力を移動させる分、ロスすることになる。

 

そして範囲魔法を得意とするマーレ。

マーレは基本的に自分のすぐ側で魔法を発動させることはしない。

なぜなら範囲魔法の特性上、そうすると自分も巻き込んでしまうからだ。

ゆえに十分な距離をとって魔法を撃つのがマーレのスタイル。

だが逆に言えば常に魔力をロスしていることになる。

ならば魔力を移動させることなく、自分を中心として魔法を発動させればどうなるか。

 

今までよりも威力が高く、あるいはより範囲の広い魔法が撃てることになる。

それこそがマーレ本来の魔法の威力。

それはナザリック最強の個といわれるルベドにさえ致命傷を与えうる一撃。

 

 

「…っ!」

 

 

即座に距離を取ったルベドだったがすでに魔法の射程圏内である。

加えて今までよりも広い範囲とその威力、迫る速度すら早く感じる。

隆起する大地が今にもルベドを飲み込まんと襲い掛かる。

 

 

「追い付か…れる…っ!」

 

 

ルベドは理解していた。

まともに喰らえば致命的だと。

だからこそ必死で、全力で逃げるルベド。

やがてルベドの足を大地が飲み込もうとした刹那、迫る大地を蹴り、殴り飛ばすルベド。

しかしそれで隆起する大地の勢いを殺せるわけでは無い。

荷電粒子砲を撃てば相殺できるだろう。

だが今はもうエネルギーを溜める時間が無い。

手足、及び背中等、ジェット噴射できる場所全てから炎と煙を噴出し加速する。

一気に速度が上がり、大地から距離をとることに成功する。

しかし完全に振り切れたわけでは無い。

先鋭化した一部の大地が伸び、ルベドの片腕を掴む。

 

 

「ぐっ…!」

 

 

体勢を崩すルベド。

掴まれた腕は簡単には引きはがせない。

速度が落ち、隆起する大地に飲み込まれそうになる。

まさに絶体絶命のルベド。

 

 

「緊急…、手段…っ!」

 

 

大地に飲み込まれる直前、自らの片腕を肩から引きちぎり、空へと逃げる。

おかげでなんとか範囲外まで逃げる事に成功するルベド。

それを下で見ていたマーレ。

 

 

「逃げ、られちゃったかぁ…。もし言わなければ…、逃がさずに…、すんだ…、かな…?」

 

 

自身を中心として発動した《アース・サージ/大地の大波》。

ルベドにさえ致命傷を与えうる必殺の一撃だが、魔法耐性のある自分さえもただでは済まない。

まさに命と引き換えの大魔法。

その《アース・サージ/大地の大波》に飲み込まれるマーレ。

成功するにしろしないにしろ、死は避けられない。

 

 

「がっ…! ごめ…、お…、姉ちゃ…!」

 

 

ベキベキバキバキという音と共に押し潰されていくマーレ。

最後に思ったのは大事な姉のこと、そして創造主のこと。

 

 

「ぶくぶく茶釜様…、お役に立て、ず…、申し訳…」

 

 

マーレの意識が飛ぶ。

夢の世界に落ちた彼はピンク色をした肉棒を幻視する。

嬉しさのあまり駆け寄るがすぐに自分の失態を思い出す。

叱責されるかと怯えるマーレに手が差し出された。

まるで、よく頑張ったね、と言わんばかりに優しく頭を撫でるピンク色の肉棒。

心地よい感触に身を任せるマーレ。

 

だが大地はそんなマーレの夢も、体も、何もかも全てを飲み込み、やがて止まった。

 

 

 

 

 

 

「…っ! がっ…! ぐ…!」

 

 

雲を突き抜けた先の遥か上空まで飛翔したルベドだがやがてジェット噴射が止まる。

熱素石(カロリックストーン)のおかげでエネルギー自体は無限だが、その設計上、熱排出の問題もあり一度に使用できる時間と限界は決まっている。

今はその全てを駆使したため、一定時間もうジェット噴射は使えない。

その上、片腕は失い、また今までの戦いでの損傷もあり即座に次の行動に移ることもできない。

その為に遥か上空から、受け身も着地の準備も出来ずにただ落ちるしかなかった。

そのまま轟音と共にまとも地面に叩きつけられる。

ピクリとも動かないルベド。

 

少し時間が経ち、ルベドの脳内が再び活動を始める。

すぐに体内スキャンを開始し損傷を確かめる。

 

 

「損耗率…、甚大…。行動に影響…あり…。ナノマシンによる自己修復を開始…。推定所要時間…、…分。ハードディスク及びメモリにも欠損…。命令の遂行に…、問題…。いくつかのプログラムが応答無し…。システムの変更を…、要求…。不可…。再起動を開始…」

 

 

その言葉と共にルベドの目の光が消える。

メインの電源が切られ自己修復及び、再起動による不具合の消去にキャパが割かれる。

マーレとの闘いで負ったエラーを治すにはしばらくの時間を必要としていた。

 

片腕を失い、脳内も損傷したルベド。

いくら自己修復と再起動をしても所詮は応急処置に過ぎない。

 

失った物はもう取り戻せないのだから。

 




次回『望まぬ邂逅』出会ってはいけない二人がついに出会う。


思ったよりマーレVSルベドが長くなってしまったのでアウラとアルベドは次の話で…。
えー、いよいよ次の話でついに出会ってはいけない二人が出会う予定です。
いやぁ、ここまで長かったなぁ。
今言えるのはただ一つ。

名犬ポチよ、どうか気持ちを強く持って!


そして早く投稿したい気持ちでどんどん寝不足になっていく自分! どうなる!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。