オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!



竜王国を飛び出す名犬ポチ! それを追う純白!


決戦編
名犬ポチ、家出する


カンストプレイヤーらしき影に怯え、とりあえず竜王国から抜け出し逃亡を計る名犬ポチ。

とはいえ計画性も無ければ、現在敵がどこで何をしているかの情報も無い。

唯一分かっているのは法国と評議国という二大強国が滅んでいるという事実のみ。

故に逃げるならば適当だとしても方向としては南に逃げるべきである。

しかし名犬ポチが向かっているのは北。

しかも本人は気づいていない。

彼がもう少し聡ければ気付いていたはずだ。

 

周囲は緑がほとんどない荒涼たる大地。

加えて薄い霧によって辺り一帯が覆われており視界も悪い。

そこはカッツェ平野。

かつて名犬ポチがエ・ランテルに凱旋せずに逃げ出し、竜王国に着くまでに通った場所。

言ってしまえばまだ数日、数週間前の話である。

 

だが彼は気づかない。

身の危険に怯え、そこまで頭が回っていないのだ。

もしニグンやクレマンティーヌ等を連れていればツッコミも入っただろう。

だが今や純白の面々は誰もいない。

名犬ポチの魔法で子犬と化した元ビーストマンの王、獣王がいるだけである。

 

 

「わん(あー、もう歩くの疲れたー。今日はもう休もうぜー)」

 

「くーん」

 

「わん(ええ? 今日はまだ3キロ位しか歩いてないって? マジかよ、死ぬほど歩いたじゃん)」

 

 

名犬ポチの歩幅は小さい。

ブリタの頭に乗ったり、眷属を使って移動しなければ亀の如き移動スピードである。

 

 

「わん(とはいえモタモタしてたらニグン達に捕まるのも事実か…。うーん、どうしたもんか…。まぁ幸いここは視界も悪いしそう簡単に見つかるとは思わないけど…、うん?)」

 

「くーん」

 

「わん(なんだって? 遠くで大きな音がする?)」

 

 

獣王の突然の指摘に耳を澄ます名犬ポチ。

だが特に何も聞こえなかった。

人間よりも五感は優れてはいるのだがその名犬ポチをしても聞き取れなかった。

という事は何もないのであろうと判断する。

これに関しては獣王の感覚がより優れていたということなのだが名犬ポチは自分の目や耳で見たもの聞いたものしか信じないのだ。

愚か者である。

 

 

「わん(何も聞こえねぇよ、気のせいだろ)」

 

「くーん」

 

「わん(そんな心配すんなよ、俺はこれでも危機管理能力は高い方なんだ。俺の言う通りにしてれば大丈夫だって。とりあえずこのまま進もう。竜王国から距離をとらねぇとな)」

 

「くーん…」

 

 

不安そうな顔の獣王。

そして彼の不安は最悪の形で的中することになる。

 

もし名犬ポチが竜王国を飛び出していなければ。

あるいは純白の面々を連れていれば。

 

そんなことにはならなかったかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

ナザリック第4階層・地底湖。

 

アルベドはそこでガルガンチュアを起動し、転移の準備も終えていた。

 

 

「よし、これでいいわね。あとは上手くいってくれるのを祈るだけね…」

 

 

すでにアウラとマーレはエルフ国と帝国へと向かった。

コキュートスも数は少ないがシモベを引き連れ王国へと攻め込む準備を終えている頃だろう。

後は自分だけだ。

 

 

「ガルガンチュアを先頭にし距離を置いて共にカッツェ平野を南下する…。いくら名犬ポチとてガルガンチュア相手では分が悪いはず…。それに起動を終えて命令を出された後では説得も通じない。ゆえに名犬ポチとしては始原の魔法(ワイルドマジック)を使わざるを得ない…。その隙を突いて私自らが竜王国に乗り込み名犬ポチを殺る」

 

 

言葉で言うと簡単だがアルベドとしては危険すぎる賭けである。

それにルベドを連れていくとはいえ、ほぼ単身で敵地に乗り込むのはリスクが高すぎて現実的ではない。

だが、だからこそいい。

定石や最善手を捨てて一か八かの賭けに出るしか名犬ポチの牙城を崩す手段は無い。

 

本来ならばナザリックの軍を使って竜王国に攻め込むのが定石であろう。

アウラやマーレでは名犬ポチに出てこられた最に寝返られる可能性がある。

故にナザリック内のゴーレムで組織した部隊で攻めるのが最も現実的。

この世界のレベルではとてもではないが対処できるレベルではない。

だからその攻めを防ぐには始原の魔法(ワイルドマジック)でゴーレム達を一掃するしかない。

それと時を同じくしてアウラやマーレ、コキュートスもだがこの全員を王国のデミウルゴス討伐に出すのが最も良い。

デミウルゴスの勝ち目が無い勝負に持ち込めば王国にも始原の魔法(ワイルドマジック)を撃つしかなくなる。

 

そもそも始原の魔法(ワイルドマジック)は連発できるのか?

射程距離は?

クールタイムは?

疑問は尽きないが、最悪クールタイムが存在しないとしても二発撃たせれば弾切れになる。

三発目の補充をされる前に、ルベドを竜王国に攻め込ませ殲滅すれば全てが終わる。

 

だがそれでいいのか?

名犬ポチがそこまで読んでいないとは考えにくい。

今までのことを考えればこの作戦は潰されると考えるべきだ。

 

ならばどうする?

名犬ポチの狙いは?

不確定要素は?

 

答えは出ない。

だが出ないからこそ、私自らが出る。

私にとっての敗北条件は私が敗れること、あるいは名犬ポチがナザリックに帰還すること。

私自らが攻めるのは悪手どころか愚かと言ってもいいだろう。

名犬ポチとて私がそんな行為に出るなど予想できないはずだ。

手駒がいるにも関わらず、頭自らが突っ込むなどどんな兵法書にも載っていない。

 

名犬ポチを混乱させられれば万々歳、できなくとも意表を突ければそれだけで有利に持っていくことができるかもしれない。

運が良ければ深読みして撃つタイミングを見失うかもしれない。

 

とはいえ万が一にも始原の魔法(ワイルドマジック)が自分に飛んでくれば終わりなのでそこは避けなければならない。

そのためのガルガンチュア。

わざとらしくガルガンチュアを出撃させ竜王国へ向かう。

 

あとは名犬ポチのリアクション次第だ。

 

ガルガンチュアに始原の魔法(ワイルドマジック)が撃たれればそれを機に私とルベドで竜王国へ攻め込む。

撃たれなければガルガンチュアにそのまま攻め込ませればいいだけだ。

期待はしていないが、アウラの命令でエルフ国の奴等も竜王国へ向けて進撃するので目くらましにでもなれば御の字。

私が攻め込めない事態に陥ったとしてもエルフ国の奴等への対処で竜王国も手いっぱいになるだろう。

そこで名犬ポチが出てくる可能性もある。

 

ハッキリ言って作戦などとても言えた内容ではない。

しかし、問題はいかに名犬ポチの予想をこちらが裏切れるかにかかっている。

 

悔しいがここは運を天に任すしかないだろう。

 

 

「ここまで追い込まれたのは屈辱的で腹立たしいがなんとか挽回してやる…。モモンガ様は私のものだ…! お前なんかには指一本たりとも触れさせるものか…! 名犬ポチィ…!」

 

 

内に滾る怒りを抑え込み第4階層を後にするアルベド。

後はナザリック内の警備を少し変更し守護者達の権限を奪っておくだけだ。

それが終わったら出撃する前に愛しいあの人の姿をこの目に収めておこう。

あの人との蜜月の時間を想えば私はなんでもできる。

 

 

「待っていて下さいモモンガ様…。私が、このアルベドが貴方様を…、くふふふ」

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことでしょうかアウラ様…?」

 

 

エルフ国、玉座の間。

王が不在の今、その最奥に位置する玉座はアウラの物となっているらしいのだが本人は一度も座してはいない。

 

 

「うーん、正直私もよくわからないんだよね…。でもそういう命令が出てるから皆には竜王国を攻めて欲しいんだよ。聞いた限りでは竜王国を占領している奴がいる可能性があってそいつを炙り出す為、かな…」

 

「め、命令とあらば従いますが…」

 

 

アウラの提案を無碍に断るつもりなどもちろん無く、アウラの言う事ならば全てに従う気でいたエルフ達だがこの命令は少し腑に落ちない。

 

アウラもエルフ達がそう思うのは最もだと思っていた。

だからこそどうしようか悩んでいる。

本来ならば力づくで言う事を聞かせているところだが正直自分も悩んでいる。

それに加え、ほんのわずかだがこのエルフ達に情が湧いてきてもいた。

無論、命令があれば何の躊躇も無く切り捨てられるがむざむざと死なそうとは思わなかった。

 

 

「竜王国が占領ですか…? そういえば少し前にビーストマンの大軍が竜王国に向かったという知らせがありましたがそのことでしょうか…?」

 

「ビーストマン?」

 

「ええ、竜王国はここ何十年もビーストマンという亜人種の危機にさらされていました。今年は今までよりも大規模だという話は入ってきていましたが…」

 

「竜王国は落ちたの?」

 

「直接の交流があるわけではないのでわかりかねますが…、今のところそういった話は聞いておりません…」

 

 

そうして竜王国とビーストマンの歴史を詳しく聞いていく。

だが、とアウラは考える。

今年に限っての大規模な侵攻。

確かにそう考えればデミウルゴスが手引きしていた、という可能性も否定できるものではない。

しかしそれは違うとは思う。

普通に考えれば生態の変化や食糧危機に瀕したという線が濃厚だ。

それにそんな大規模な侵攻であるならば周囲に影響が出てもおかしくない。

少なくともここエルフ国にまで影響は出てきていないし、知らせもない。

まぁエルフ国と竜王国に直接の繋がりがあるわけではないらしいので情報が遅れているだけということも十分に考えられる。

それにエルフ国事態が人間社会とは深くも関わっていないのだ。

とはいえ今までよりも大規模にしては周囲に与える影響が少なすぎるとは思う。

無血開城でもしたわけではあるまいに。

 

 

「何か…ひっかかるわね…」

 

 

アウラにはナザリックの他の者達と一つだけ違うことがある。

 

シャルティアの死の真相。

 

それが敵対した評議国のドラゴンによるものではないと彼女だけが知っている。

おそらくはアルベドすら知り得ないアウラにのみ分かる現地の微かな痕跡、傷跡。

可能性は高くないと思っていたがここで第三者の存在が再び浮かび上がる。

 

 

「確認…、するべきか…」

 

 

アルベドの命令ではエルフ国の者達に命令を出したらすぐに撤退する予定ではあった。

だがこの違和感を放置してナザリックに帰還するべきか。

 

否。

 

あの時は確証も何も無かったゆえに黙していたがこれで何か尻尾がつかめるのならば情報を入手し帰還するべきだ。

情報次第では作戦を一から考え直す必要もあるだろう。

もし想定通りであり、デミウルゴスの手によると裏付けがとれるならそれでいい。

あるいは関係ない全く別のくだらない出来事でもいい。

この違和感を拭いされれば。

 

 

「ア、アウラ様…」

 

 

黙ったままのアウラに恐る恐る横にいるエルフが問いかける。

 

 

「竜王国へ攻めこむのは保留する」

 

「え?」

 

「私とフェンで竜王国の様子を見に行く。誰に占領されているのか、いや、竜王国に何が起きたのか…」

 

「ア、アウラ様の強さは存じていますが…、その、御一人、いやフェンリル様も共にとはいえ危険ではないでしょうか? 偵察ならばこちらで出しますが…」

 

「いや、その必要はないわ。私なら相手の感知外から確認できるしね。すぐに戻る」

 

 

そう言い放つなりアウラは外に待機していたフェンに飛び乗り竜王国へと向かう。

 

アルベドの話によれば竜王国の女王は強大な魔法を撃つことができるという。

そしてデミウルゴスがそれを利用しようとしていると。

もしそれが本当ならば今すぐにナザリックの軍を持って攻め込むべきだ。

もちろん魔法のことも考え複数に部隊を分けるべきだが。

それを現地の者に攻め込ませる?

効果は薄い、とそう思う。

もちろん作戦では現地の者はあくまで囮でその隙にアルベドが攻め込むという段取りだが本当にそれでいいのか?

 

もしそこにデミウルゴス、あるいは第三者の存在があるならば危険すぎるのではないか。

 

デミウルゴスがいない今、アルベドという頭脳を失うのはまずい。

自分やマーレ、あるいはコキュートスでは感情に任せた失敗をするかもしれない。

本当に単身で攻め込まねばならないとするならば自分がいくべきだ。

モモンガ様がお休みの今、アルベドにはナザリックの管理をしてもらわなければならない。

 

だがそれもこれも竜王国がどうなっているか次第である。

 

 

「ん?」

 

 

そう考えながら竜王国へ疾走する途中、カッツェ平野にさしかかると何キロも先ではあるが謎の集団を発見する。

途中でいくつか小動物の気配は感知していたがこのような集団は初めてだ。

 

 

「人間の集団? 人数は、百人程か…。竜王国の方からきたの…? 様子がおかしいわね、何かから逃げている…? いや、誰かを探している?」

 

 

霧が立ち込め視界が悪いとはいえアウラの感知能力の前では意味を為さない。

 

 

「気になるわね…。幸い移動スピードは速くないし竜王国の様子を見てから捕まえて情報を引き出してもいいか…」

 

 

気になるとはいえ今の最優先事項は竜王国がどのような状況かだ。

あの人間共が竜王国の関係者ならば何か問題が起きているのは事実らしい。

 

 

「一体何が…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではモモンガ様、行って参ります」

 

 

ナザリックの玉座の間。

返事をしないモモンガを前にアルベドが恭しく頭を下げる。

踵を返し出て行こうとするアルベドに横から声がかかる。

 

 

「アルベド」

 

 

横に待機していたセバスが顔を上げアルベドの名を呼ぶ。

 

 

「何かしらセバス」

 

「これからまたデミウルゴスの討伐に向かわれるのですか?」

 

「…ええ、そうよ。あの裏切り者にはキッチリと思い知らせてあげなくてはならないからね」

 

 

ニコリと暗い笑みを浮かべるアルベド。

しかしそんなことなど意にも介さずセバスは続ける。

 

 

「ならば私をどうかその討伐隊の中に入れて下さい」

 

「貴方を?」

 

「はい。至高の御方を裏切るなどとても許せることではありません。この怒りを鎮めるためにもどうか私にも討伐隊に加わる許可を」

 

 

そう言って深々と頭を下げるセバス。

それを見てアルベドは考える。

 

元々セバスとデミウルゴスの仲が悪いのは知っていた。

それに加えてナザリックを裏切るという大罪。

我慢できないのも当然か。

 

それにコキュートスの部隊にセバスを混ぜるのも作戦としては悪くない。

何があるかわからない為、あまり戦力を外には出したくはなかったが全てが終わった後にセバスは邪魔になりそうではある。

モモンガ様の身の周りの世話をするのは自分だけでいい。

ならば本人が望んでるうちに外に出して始原の魔法(ワイルドマジック)を喰いつかせるエサにするのもいいだろう。

 

 

「わかったわ、セバス。許可し」

 

「反対する」

 

 

許可を出しそうになったアルベドを止めたのはセバスの後方に位置するシズ。

セバスはもちろん、周囲にいたプレアデスの面々もシズの突然の反対に驚いている。

 

 

「ど、どうしたのシズ?」

 

「どうしたっスか、シーちゃん」

 

 

困惑する姉妹を他所にシズは続ける。

 

 

「私達にここに待機せよと命じたのはモモンガ様。それにアルベド様が外に出る以上、最低でも守護者クラスの者が一人は必要。最悪の事があった場合モモンガ様を守れない。モモンガ様の命令を曲げ、さらに警備を薄くするのはセキュリティ的に看過できない」

 

 

シズの目は鋭くアルベドに向かう。

口を挟もうとしたセバスだが、その言に反対できる言葉を持たずただただ沈黙するしかない。

 

ここまで攻め込まれる事態などないと思うがシズの言も納得はできるとアルベドは考える。

 

 

(シズの言うことも最もね、セキュリティを薄くしてまでセバスを出す意味はないか…。まぁ邪魔であれば後でいくらでも手はある。今はデミウルゴスと名犬ポチをどうにかしなければ…)

 

 

「そうね、シズの言う通りだわ。私も怒りで少し冷静さを欠いていたようね。セバスには悪いけど貴方はここでモモンガ様の身をお守りして」

 

「…はい」

 

 

露骨にガッカリした様子を見せるセバス。

デミウルゴスをその手にかけられないことが心底悔しいのだろう。

 

 

(これ程の意気込みがあったならば最初からコキュートスを玉座の守りに配置してセバスを外に出すべきだったか…。まぁ後の祭りね…、それにどちらにせよ邪魔者は排除するのだし気にする事も無いか…)

 

 

そんなことを考えながらアルベドは玉座の間を後にする。

 

アルベドが去った後、セバスからは妙な威圧感が溢れていた。

それは悔しさとも怒りともつかない感情。

 

まるでそう、機を逸した、そのような雰囲気。

だが。

 

 

「セバス様」

 

 

その空気を破るようにシズがセバスの名を呼ぶ。

 

 

「…なんですかシズ」

 

 

恨みがましい様子など無く、ただ気落ちしたような声でセバスが答える。

だがシズから続いて出てきた言葉は。

 

 

()()()()()

 

「シズ?」

 

「何言ってるんスかシーちゃん」

 

「どうしたのシズ?」

 

 

プレアデスの面々もシズの謎の発言に困惑している。

だがその中でセバスの目だけが驚愕に見開かれていた。

 

 

()()()()()()()()

 

 

セバスは直感的にそう思った。

この玉座の間にいて自分だけが気づいたあの違和感。

いや、疑惑。

プレアデスの誰も気づいていないと思っていたのに。

いや、もしかして知っていたのか?

彼女の頭にはナザリックのギミックが全て入っている。

ならば最初から知っていたのかもしれない。

 

 

()()、このままモモンガ様のご命令通りに待機するべき」

 

 

シズが何を知っているにしろ、どちらにせよ今は動けない。

もしシズがその機会を判断できるというならば従うのもやぶさかではない。

 

 

「そうですね、少し早まった事をしてしまったようで…」

 

「うん」

 

 

不思議に思うプレアデスの面々を他所に、セバスとシズだけが理解の色を示す。

 

まだナザリック内に火種は残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「神ィィィ!」

 

「神様ー、どこー!?」

 

 

ニグン率いる純白は名犬ポチを探すために総出でカッツェ平野に出ていた。

すでに名犬ポチが竜王国を飛び出してから二日程立つが一向に見つかる気配はない。

 

 

「ちくしょー…、神様全然見つかんないよー…、これも全部バカ兄貴のせいだ!」

 

「お、落ち着けクレマンティーヌ! ご、誤解ゴハァッ!」

 

 

クレマンティーヌの重いフックがクアイエッセの腹に刺さる。

もう彼に発言権は残っていない。

 

 

「まぁまぁクレマンティーヌ。殴るのは後でいいとして」

 

「ニグン殿!?」

 

「今は神の行方が大事だ。些事に構っている場合ではない」

 

「些事!?」

 

「そうだね、その通りだよ。イライラしてて余計なこと気にしちゃった、ゴメンねー」

 

「余計!?」

 

 

ニグンとクレマンティーヌの会話の端々でクアイエッセの叫びが響くが誰も反応しない。

 

 

「それはいいとして何か遠くの方で音が聞こえませんか?」

 

「それはいい!?」

 

「うるせぇクソ兄貴!」

 

「へぶんっ!」

 

 

クレマンティーヌのカカト落としがクアイエッセの頭部に綺麗に入る。

脳が揺れた彼はピクリとも動かず地に伏した。

 

 

「ごめんブリちゃん、で何だって?」

 

「いや遠くで音が…」

 

 

ブリタの発言に従い耳をすます純白の面々。

そうすると確かに遠くから音が聞こえる。

 

まるで巨大な何かが動いているような。

 

 

「な、何の音だこれは…?」

 

「確かめにいくべきでしょうか…?」

 

「もしかしたら神が何か…」

 

 

正体不明の音にどうするべきか悩む面々だが、今は名犬ポチの手がかりが何もない状態。

ワラをも掴む気持ちでその音の元へ向かおうと決める。

 

 

「あー、ごめん。私ちょっとトイレしてきていい? すぐ追い付くからさー」

 

「なんだ仕方ないやつだな、ならば先に言ってるぞ」

 

「はーい」

 

 

クレマンティーヌを残し純白の面々が音の元へと先に向かう。

 

 

「あー、やっぱ薄着は冷えるなー。もうちょっと着込むべきかなー」

 

 

恐らく寝ている時に名犬ポチが羽織らせてくれたマント。

それが嬉しくてそれのみ着込んできたのだがいかんせん薄手で寒さを防ぐ効果は無かったらしい。

 

 

「それよりもトイレトイレ」

 

 

誰もいないとはいえ腐っても女。

人目につきそうにない岩場を探しはじめるクレマンティーヌ。

名犬ポチに一刻も早く会いたいが生理現象は我慢できない。

もしかするとお酒の飲みすぎなだけかもしれないが。

 

 

「あー、早く神様に会いたいなー」

 

 

ベストポイントは中々見つからない。

 

 

 

 

 

 

「どう、いうこと…!?」

 

 

竜王国から数キロ。

その位置にアウラはいた。

距離はあるものの、特別な探知阻害魔法などが掛かっていなければアウラならば十分に他者を認識できる距離ではある。

もちろん城壁や建物の関係上、肉眼で全てが見えるわけではない。

だが驚いたのは竜王国にいる無数の気配、その存在。

 

 

「もっと近づいて確認するべきか…、いや、でも…!」

 

 

アウラが驚くのも無理はない。

アルベドから聞いていた話、あるいは想定していた事態のどれとも一致しなかったからだ。

 

 

「竜王国にいる何万もの犬…! ま、間違いない…! あれは名犬ポチ様の眷属…! ま、まさか名犬ポチ様がここに…!?」

 

 

竜王国が何者かに支配されているなんてとんでもない。

竜王国を支配しているのは名犬ポチ様だ。

その証拠に何万もの眷属で隙間なく竜王国全体を管理している。

 

これは予期せぬ僥倖である。

名犬ポチの行方さえつかめればすぐに助け出すことができる。

デミウルゴスは後回しでいい。

 

そう考えスキルや探知の魔法を駆使し竜王国内を探すが名犬ポチの行方はつかめない。

恐らく竜王国内にはすでにいないようだ。

 

 

「い、一体どこに…!? あっ!」

 

 

その時に、少し前にすれ違った人間の集団を思い出す。

 

 

「あいつらのあの慌てよう…、もしかすると何か知っていたのかも! しまった! やはりあの時に捕まえて話を聞くべきだったか! フェン! 戻るよ! さっきの人間共を探すんだ!」

 

 

慌てて踵を返しカッツェ平野へと戻るアウラ。

名犬ポチの足取りがつかめた事に喜びを隠せないものの、早く見つけなければという想いが自身を急かす。

 

 

「名犬ポチ様…! どうかご無事で…!」

 

 

疾走しながらもひたすらにアウラは祈る。

 

 

 

 

 

 

あれから音のする方へ延々と向かっていたニグン達。

その音のする場所がようやく近くなってきた、そう思った時。

霧の向こうに巨大なシルエットが見え始めた。

 

 

「な、なんだあれは…!?」

 

 

30メートルを超える巨大な影。

狼狽するニグンを他所にそのシルエットがだんだんと近づいてくる。

それが目前にまで迫り、霧の中から姿を現した。

 

ようく見れば可愛らしい外見をしているとも言えるがその巨大さからそんな微笑ましいものではないと分かる。

 

ニグンは法国にある文献で似た存在を見た記憶がある。

ゴーレム。

岩のような無機物から構成された人型兵器。

だがそれはこんなに巨大ではなかった。

しかもこんなに巨大なものは御伽噺にすら出てこない。

 

 

「み、皆気をつけろ! 下手に刺激をするな!」

 

「し、しかしニグン様! もしかすると神によるものかもしれません!」

 

「そ、そうかもしれん! だが…」

 

「神?」

 

 

どこからか艶っぽい女性の声が聞こえた。

 

純白の面々の視線が声のしたほうへと向く。

すると巨大なゴーレムの奥から絶世の美女とも呼ぶべき女が姿を現した。

 

 

「神、か。ねぇ、少しお話をしましょう」

 

 

優しく微笑む様子とは裏腹に一瞬にして純白の面々に恐怖が伝播していく。

目の前の女から発せられる圧倒的な死の気配。

 

根拠はない。

根拠はないが、ニグンはすぐに確信した。

 

 

これは神の敵だと。

 

 




次回『ニグンよ永遠に』信仰は消えない。


えー、この辺りからまた殺伐としてしまうかもしれません…。
でもきっと!
きっと名犬ポチがなんとか、して…く……

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