デミウルゴス率いる悪魔達が王国を守るために動く!
そしてブヒるラキュース!
なぜ、と思う。
ルベドには理解できない。
自分は望まれたままに動いたはずだ。
規定の目的の為に邪魔する者を排除しただけだ。
こうするのが最善だったはずだ。
なのにどうして。
誰も彼もが同様の視線を自分に向けるのか。
アルシェ達、フォーサイトが先行するルベドを追ってきてみればそこにあったのは地獄絵図。
吐き気を催す蹂躙の数々の跡だった。
ルベドの周囲には無数の死体の山。
惨たらしい死体の数々。
それらは全てコキュートス配下の者。
そのほとんどがこの世界では規格外の化け物。
それが赤子のように簡単に捻り潰され殺されていた。
「ル、ルベド…」
アルシェが震える声で語り掛ける。
「アルシェ、もうここは大丈夫だよ」
返事を返すルベド。
だが言葉を返した瞬間、アルシェの体がわずかに震えたのをルベドは見逃さない。
後ろではヘッケランとイミーナが嘔吐している。
ロバーデイクすらも異物を見るかのようにルベドを見ている。
近くに倒れていたヘジンマールでさえその瞳は恐怖に染まっている。
「……」
だがルベドは何も感じない。
彼女は
何を言われても、何をされてもきっと何も感じない。
心が無いから。
だから気のせいなのだ。
ルベドが感じている謎の感覚。
説明できない未知のノイズ。
それにまだ支障はない。
行動に何ら問題は発生しない。
だから今は捨て置いても構わない。
そう判断する。
誰もが沈黙し、重い空気が流れるがそれは簡単に破られた。
傷だらけのヘジンマールの腕の中から一人の女の子が顔を出す。
アルシェ達を見やると満面の笑みで飛び出してきた。
「姉さま!」
「ウレイリカ!? 無事だったのね!」
ウレイリカと呼ばれた少女はアルシェの元まで走っていくとその胸に飛び込んだ。
「姉さまだ…! 本当に姉さまだ…!」
「良かった…! ねぇ、何も酷いことされてない? 怪我は?」
「大丈夫だよ、あのドラゴンさんが助けてくれたんだ!」
その言葉にアルシェだけでなくフォーサイトの面々も視線を向ける。
視線の先では先ほどの傷だらけのドラゴンが返事をするように力なく尻尾を振っていた。
「大丈夫だよ! あのドラゴンさん優しいし、言葉だって喋れるんだよ!」
ウレイリカの言葉に驚きつつもアルシェがドラゴンへ向かって頭を下げお礼を言う。
それに目を丸くするヘジンマール。
「はは、驚いた。僕の姿を見ても大して動じないなんてね…。さすがはその子のお姉さんってとこかな。まぁそれに今の王都じゃドラゴンの一匹や二匹で驚くどころじゃないか…」
ヘジンマールの言は最もであった。
アルシェ含め、フォーサイトの面々はもはやドラゴンの一匹見た所で大して驚かなくなっていた。
数々の魔物が跳梁跋扈しているというのもあるが、共にいるルベドという少女のほうが何倍も強いのだから。
「クーデリカは? クーデリカは一緒じゃないの?」
「途中ではぐれちゃったの…! だけどね、そこのドラゴンさんが一緒に探してくれるって…! でも、私のせいでドラゴンさん怪我しちゃって…!」
先ほどあったことを思い出したのか、話していくうちに嗚咽交じりになるウレイリカ。
それをみかねたようにヘジンマールがやれやれといった様子を見せる。
「別にその子のせいじゃないよ、あいつらと僕たちは敵対してたから…。だから攻撃されただけで気にする必要はないよ」
「で、でもドラゴンさん。私が一緒に探してって言わなければ…!」
「結局探してあげられなかったけどね。大事な妹を探すんだろう? 早く行きなよ、その子がいつまでも無事だとは限らないだろ? 申し訳ないけど僕はここで少し休ませてもらうよ、すぐには動けそうになくてね。でも安心して、腐ってもドラゴン、こんな傷じゃ死なない。少し休んでれば治るからさ」
「で、でも…!」
ルベドが会話に割って入る。
「肯定。それに早く探した方がいい。人間は脆弱。死んでからでは遅い」
ルベドの言葉にアルシェも同意する。
「そ、そうね、急ごう。ウレイリカ、お姉ちゃんから絶対に離れちゃダメだよ」
「うん! 姉さま!」
正直言うとこのまま連れまわすのは気が引ける。
が、かといって安全な場所があるわけでもないし置いていくわけにもいかない。
それにルベドもいることを考えると一緒に連れていくのが最も安全だ。
「ドラゴンさんありがとーね! もし人を見つけたら助けを呼んで貰えるようにお願いするから!」
「あー、お構いなく」
ヘジンマールとしては助けに来た人間に討伐されないか少し不安なので遠慮したいところだった。
ここから立ち去る彼等を見送りながら尻尾を振るヘジンマール。
「お姉さんと会えたみたいで良かった…。それにあの少女がいれば多分大丈夫だろう…。ああ、何か眠くなってきたなぁ…、少しだけ、寝ようかな…。起きたら、すぐに逃げ…なきゃ…」
ヘジンマールの瞳がゆっくりと閉じていく。
酷い眠気の中、なぜか奇妙な充実感だけがあった。
その正体に気付く前にヘジンマールの意識は途切れた。
◇
時は少し遡り、王都城下町の一角。
そこにいたのはガゼフとその部下達、そしてブレイン。
彼等は逃げ遅れた一般市民達の誘導をしていた。
だが民達の混乱は強く、彼等だけでは制御できない。
「皆! 聞いてくれ! どうか私達の指示に従ってくれ!」
王国戦士長たるガゼフをもってしても民達の混乱は抑えられない。
民達の嘆きの前に全てがかき消される。
今この国を襲っている脅威は誰にも止められないのだから。
「おいガゼフ、ただ呼びかけても効果薄いぜ。誰も聞いちゃいねぇ」
ブレインがガゼフを諭そうと話しかける。
「だがアングラウス、このままでは…」
やがて来る魔物の波に飲み込まれる、そう言おうとして言葉を飲む。
聞こえはしないかもしれないが民達の前で不用意に口に出すと混乱がさらに大きくなる可能性があるからだ。
「戦士長っ!」
周囲の偵察に出ていたガゼフの部下の一人が叫びながら戻ってくる。
「どうした!?」
「た、大変ですっ! 魔物の群れがこちらへと向かってきています!」
「何だと!?」
驚愕するガゼフ。
想定よりも遥かに早かったからだ。
建物を上り、見渡すとすぐ近くまで魔物達が迫っていた。
やがて民達も気づきだし余計にパニックに陥る。
「ちっ、まずいぜガゼフ。このままじゃ避難どころじゃねぇ。くそ、忠告は聞かねぇくせに都合の悪いことはちゃっかり耳に入りやがるんだから手に負えねぇ」
ガゼフとブレインが頭を抱えているとさらに恐ろしい出来事が起きる。
それに気づいた民達が騒ぎ始める。
「な、なんだあれは!?」
「すごい数だぞ!」
「あ、悪魔だ! あれは悪魔だ!」
ガゼフ達もすぐに彼等の視線の先を追う。
そこにいたのは上空を飛ぶ無数の化け物達。
数などもう数えられない。
どこから来ているのか不明だが溢れるように現れている。
それらは間違いなく悪魔だった。
いくらかの伝承、六大神や八欲王などの物語で出てくる悪魔そのものだった。
かつて世界を滅ぼそうと企んだ最悪の存在。
「な、なんてことだ…」
「おいおいマジかよ…」
ガゼフもブレインも放心しながらそれを眺める。
もう無理だ。
この国を襲う蟲の魔物に加え、無数に飛び交う悪魔達。
誰にも止められない。
王国は滅ぶ。
誰もがそう思った。
その次の瞬間までは。
悪魔達はガゼフ達と民達の上空を素通りしたかと思うと、近くまで迫っていた蟲の魔物達と正面からぶつかる。
それと同時に両者による殺し合いが始まった。
「な…!? て、敵同士なのか!?」
ガゼフが疑問を口にしていると一匹の悪魔がガゼフの近くまで飛んできた。
動きは早く、近くに接近してくるまでガゼフはその存在に気付かなかった。
その悪魔から漂う強者の圧倒的な気配に戦慄するガゼフ。
「おい、お前が人間共を指揮する者か?」
「くっ! そ、そうだ! た、民達に手を出せばこの私が…」
「落ち着け、勘違いするな。俺たちは味方だ。お前達を助けてやる」
ガゼフは悪魔の言葉が理解できなかった。
いや、信じられなかったというべきか。
横にいたブレインすら言葉の意味が理解できずに唖然としている。
「な、何を…?」
「信用できないならそれはそれでいい。だがあの蟲達は俺たちが止める。お前らはその隙にさっさと逃げろ」
悪魔はそう言い残すとすぐに飛び立っていった。
横にいたブレインと顔を合わせるガゼフ。
「ど、どうなってんだ…。意味がわかんねぇぞ…」
「うむ…。にわかには信じがたいな…。騙そうとしているのかもしれん…」
「いや…。わざわざ俺たちを騙す意味がわからない。そこら中を飛んでる悪魔達もだがさっきの悪魔もだ。どいつもこいつも俺たちより強ぇぞ。何かあれば力づくで好きにできる…」
「そう、だな…。確かにそうかもしれん…。いや、しかし考えても無駄か…。どちらにせよ逃げるしかあるまい、ここはあの悪魔の言葉に従い民達を誘導し逃げよう」
「ああ、そうだな。とりあえずは目先の危険から逃げるしかねぇ」
そうしてガゼフとブレインが飛び出す。
悪魔達の登場により混乱はより広がったがそれでもやるしかない。
彼等は必至に民達を生かそうと動く。
◇
覇王と魔王の戦いから逃げ出した蒼の薔薇。
彼女達の目の前にも無数の悪魔達の姿を表していた。
「な、なんだあいつらはっ!?」
「くそが! 一体どうなっちまったんだ王国はよう!」
「終わりの始まり」
「もうお手あげ」
誰もが絶望の色に染まりかけるがラキュースだけがいち早く気付く。
視線の遥か先に見覚えのある人物がいる。
それは彼女の親友だった。
「ラ、ラナー!?」
「「「ええええっ!?」」」
ラキュースの言葉に蒼の薔薇全員が叫ぶ。
それもそのはずだ。
なぜならラナーはクライムと共に馬に乗って都市の中央部へと向かっている。
悪魔達と共に。
「ど、どうなってんだ!? なんで王女がここに!? いや、っていうか横にいる悪魔達はなんだよ!? お、追われてるわけじゃねぇよな…」
「わ、わからん。私にも何が何やら…」
混乱するガガーランとイビルアイ。
それはどう見ても逃げ惑っている様子では無かったからだ。
まるで悪魔達を率いているかのようにさえ見える。
「ラナー! 私よラナー!」
「お、おい待てって! やべぇかもしれねぇだろ!」
「どちらにせよラナーを放っておけないわ!」
ガガーランの制止も聞かずラキュースがラナーの名を呼び続ける。
やがて向こうも気づき、こちらへと近づいてくる。
「ラキュース! 良かった、無事だったのね!」
「ええ、それよりも貴方がどうしてここに!? そ、それにその後ろの…」
「ああ、彼等は味方よ。デミウルゴスという悪魔の部下達で私達に協力してくれているの」
「デ、デミウルゴスさ…、殿の!?」
「あら? 知っているの?」
「知っているも何も! 先ほど危ない所を助けて頂いたのよ! ねぇ皆!」
ラキュースの言葉に蒼の薔薇の面々が頷く。
「なら話は早いわね。そこの悪魔達もそうだけれどこの国の各地で出現している悪魔達は皆、彼の部下です。襲われている民達を助ける為に動いてくれているの」
「マジかよ…! 悪魔って悪い奴等なんじゃねぇのか…? どうなってんだイビルアイ」
「わ、わからん…。私も長い事生きているが人を助ける悪魔など見たことも聞いたこともないぞ…」
驚きを隠せない蒼の薔薇達。
だがラナーがそれを見て微笑む。
「ええ、私も信じられませんでした。生者を憎んでいないアンデッドが知り合いにいなければ、ね」
「…!」
その言葉で皆の視線がイビルアイへと向く。
「ははっ…! そうだな、そもそも俺らの近くにもとびっきりの例外がいるじゃねぇか…!」
「灯台下暗し」
「幼女いとおかし」
なんか腹が立ったのでとりあえずティアとティナを殴るイビルアイ。
「でも、そうよね…。イビルアイ、貴方のように清く正しい悪魔がいても不思議じゃないのかもしれない…」
ラキュースの呟きにイビルアイも頷く。
「確かにな…。自分のことを棚上げにして悪魔など信じられんと言うのも滑稽な話か…。なぁ、ラナー王女。貴方から見てその悪魔達は信用に足るのか?」
イビルアイの問い。
ラナーは迷いなく答える。
「ええ、信じられます。少なくともこの国の腐った貴族達よりは」
そして一息つき、再び言葉を紡ぐラナー。
「とはいえ、民達は何も知りません。悪魔達は敵では無いと知らせなければ。加えてこの混乱ではまともに避難も出来ていないでしょう。ラキュース、いや蒼の薔薇。民の為にどうか力を貸して頂けませんか?」
反対する者などいるはずがない。
満場一致でイエスと答える蒼の薔薇。
「聞くまでもありませんでしたね。さぁ行きましょう! 一人でも多くの民を救うために!」
ラナーの言葉に皆が頷き、クライム、蒼の薔薇、そして悪魔たちがその後ろに続く。
王国の未来は明るい。
◇
人知れず王都の中を疾走する一つの影。
それは誰にも目を向けず、誰も意に返さない。
ただ一人だけを除いて。
「どこなのルベド…」
王都に到着したアルベドは全力でルベドを捜索していた。
コキュートスにも手伝って貰いたいが相変わらずメッセージは通じない。
「まだ駄目か…! くそ、早くしなければ…。モタモタしていると名犬ポチにやられる…!」
想像するだけで背筋に冷たいものが流れる。
命を握られる感覚というものはかくも恐ろしいのかと。
準備が整う前になんとかルベドを確保しなければと焦燥は募っていくばかり。
「くそが…! 名犬ポチめ、覚えていろ…」
◇
「こっちだよ!」
ウレイリカの案内の元、はぐれた場所の近くまで来たルベドとフォーサイト達。
「この辺りで離れ離れになっちゃったんだけど…」
そう言うウレイリカの前には一つの建物があった。
すでに崩れかけているがわずかに内部が見えることで何の店か察しが着く。
娼館である。
アルシェが想定した最悪の考えが見事に当たっていたと思い知らされる。
この事件がなければ今頃はもう妹達は汚されていたかもしれない。
故にこの事件を喜ぶべきか悲しむべきかアルシェには難しかった。
「アルシェ、ここに子供を引きずったような跡がある…!」
イミーナが周囲の異変に気付く。
恐らく彼女以外では誰も見つけられなかっただろう。
「もしかしたらこれがその妹さんかも…。跡を追ってみるわ」
子供を引きずったような跡、状況は不明だが想像はつく。
まさか手遅れだったのかとアルシェの心が挫けそうになるがなんとか平静を保つ。
それが妹のものかも分からないし、その妹本人が今まさに助けが必要な状態ならばすぐにも向かわなければならないからだ。
イミーナの案内の元、フォーサイトとルベド達は進む。
建物の横を通り、薄暗い裏路地へと入っていく。
逃げ惑った人々によるものか、あるいは魔物の襲撃で破壊されたせいなのかはわからないが周囲は荒らされ、また建物は崩れていた。
「まずいわ…、あまりにも物が散乱していて痕跡を追えない…!」
イミーナの表情が曇る。
アルシェ達もこういった場合はイミーナが頼みの綱なので手がかりを失ってしまったことに消沈する、が。
「近くに生体反応を検知。反応が弱々しい。恐らく子供、もしくは瀕死の状態」
どうやったのか不明だがルベドの言葉に希望が見えたアルシェはすぐに案内を促す。
ルベドは言われた通りに皆を先導する。
やがて、すでに半分が崩れている建物の前へと到着する。
「ここの中」
その言葉を受け、アルシェが建物の中へ声を上げながら入っていく。
「クーデリカ! いるのクーデリカ!?」
その声に反応したかのように奥から小さい声が聞こえてきた。
声を頼りに瓦礫を押しのけアルシェが奥まで入り込んでいく。
奥の部屋はほとんどが崩れており、その瓦礫の下から白い手がのぞいていた。
「おねえ…ちゃん…?」
聞き覚えのある声にアルシェは喜びを隠せない。
それは間違いなく自分の妹のクーデリカのものだったからだ。
だが現状を見るにかなり不味い状況である。
恐らく瓦礫の下敷きになってしまっているのだろう。
慌てて瓦礫をどかそうと試みるがビクともしない。
イミーナやヘッケラン、ロバーデイクもすぐに加わるが全く動く様子がない。
「マズイですね、少しも動きません…」
「クーデリカ! 大丈夫なのクーデリカ!」
アルシェの声に弱々しく声が返ってくる。
「わかんない…、でも足が…足が痛いよ…」
その言葉に皆が慌てる中、ルベドが皆を押し退け前にでる。
「どいて、私がやる」
そう言ってルベドが瓦礫に手をかけると驚くほど簡単に持ち上がった。
何重にも重なった瓦礫の山の重さなどまるで嘘のように。
「今のうちに早く」
ルベドの言葉にハッとして即座にヘッケランとロバーデイクが瓦礫の下へと潜り込み、クーデリカを引きずり出す。
「安心して下さいアルシェ、足は折れてしまっているようですが命に別状はなさそうです」
ロバーデイクの言葉にアルシェの顔に涙が浮かぶ。
この時、クーデリカの近くで共に下敷きになっている男の姿があった。
その男はすでに絶命しており今はもう確認する術などは無いが、下半身を露出させていることから如何わしい目的でクーデリカを無理やりに連れ込んだのだろう。
アルシェは心の中で死んでくれてよかった、とそんな思いがよぎるのを感じた。
皆の後ろにいたはずのウレイリカが部屋の中まで入ってきてクーデリカへと抱き着く。
「クーデリカ!」
「ウレイリカも無事だったんだね…」
「うん、うん! クーデリカも無事で良かったよぉ!」
クーデリカと泣きじゃくるウレイリカの二人をぎゅっと抱きしめるアルシェ。
大事な妹の二人が無事でいてくれたことに心から嬉しく思う。
だが今はモタモタしている場合ではない。
この都市は今危険であるし、この建物とてまた崩れるかもしれない。
「さ、出るよ二人とも」
クーデリカを抱えるアルシェ。
それを確認したルベドとフォーサイト達は建物の外へと向かう。
ここでやることは全て無事に終わり、なにもかもが上手くいった。
誰もがそう思っていた。
だが、建物から出た彼等の前に最悪が待ち構えていた。
それは美しかった。
絶世の美女という言葉が似合う程の美貌を持つ女性。
その顔はルベドと瓜二つ。
ルベドが成長すればこうなるだろうな、と思わせる造形。
ただ白髪で白い翼を持つルベドと対を為すような黒髪に黒い翼。
まるでこの世全ての悪意を詰め込んだかのような漆黒。
「探したわよ、ルベド」
濁りが無く透き通るような声。
まさに美声と呼ぶにふさわしい美しいものだった。
それにその声色からは妹を心配するような慈愛すら感じられた。
だが、なぜだろうか。
アルシェはこの時、嫌な予感しかしなかった。
◇
アルベドは王国中を駆けずり回りやっとルベドを探し当てた。
探知魔法やアイテムは効かず、メッセージも繋がらない。
自分の身一つで探し当てるのは少々骨が折れた。
途中でデミウルゴス達と遭遇する可能性もあり、そのリスクを犯しながらの強行ではあったがなんとか無事に見つけることができた。
だがもう関係ない。
ルベドさえ手元にいればもはや何者も恐れる必要などないのだ。
忌々しい名犬ポチを除けば、だが。
「探したわよ、ルベド」
優しく語り掛けるアルベドにルベドが返事をする。
「姉さん」
ルベドの言葉にここにいた全員が納得する。
というよりもあまりに似すぎていて姉妹でないと言われる方が驚くくらいだ。
「心配したのよルベド、どうしてナザリックの外に出たりしたの? いえ、今はいいわ。それよりも早くナザリックに戻りましょう、ね?」
ルベドへと優しく語り掛ける女性。
だがルベドは首を縦に振らず否定する。
「できない」
アルベドの眉間に皺が寄る。
表情は笑顔のままだが明らかに不快感を覚えているのが見て取れる。
「あら、どうして? 貴方は私の命令には従う、そのはずでしょう?」
「肯定」
「ならばどうして? これは命令よ? それとも私の命令が聞けないの?」
「否定、姉さんの命令は聞く。ただ…」
「どうしたの? ハッキリと言ってくれないとわからないわ」
「…私はまだアルシェ達と一緒にいたい、まだ学習を終えていない」
「アルシェ? 誰かしら。まぁ誰でもいいわ、でもねそれは許可できないわ。貴方はすぐに私とナザリックに戻るのよ」
そんなやり取りの中、未だ妹を抱えたまま建物の中にいたアルシェは二人の妹を建物の中に残すと外へと飛び出した。
「ま、待って下さい!」
アルシェが声を上げる。
不快そうにそちらへ視線を移すアルベド。
「ル、ルベドは私達の為に協力してくれただけです! それに貴方はルベドのお姉さんなんですよね!? し、姉妹なのに命令とかそんなのおかしいと思います! そ、それに…」
ゴクリと唾を飲み込むアルシェ。
目の前の女性から放たれる気配に意識が飛びそうになる。
だが言わなければならない。
これはアルシェの思い違いかもしれない。
だがアルシェの目にはそう映った、そう見えた。
父の発言に嫌々ながらも従ってきたことがある自分だから感じられたと自負できる。
「ルベドは嫌がっています! ルベドにだって何かを選ぶ権利ぐらいあると思います!」
その言葉に驚いたのはルベドだった。
いや驚いたというのは語弊があるかもしれない。
しかし目を丸くしアルシェを見つめ固まっていたのは事実である。
アルシェの言葉の意味を即座に処理できなかったからだ。
だがその言葉にアルベドの殺気が膨れ上がる。
「下等な人間風情がゴチャゴチャと…! お前らね、ルベドをナザリックから連れ出したのは…!」
アルベドが持っていたバルディッシュに手をかける。
だがその瞬間、アルベドの服をルベドの手が掴む。
「ま、待って姉さん…」
「どうしたのルベド、なぜ止めるの?」
「ア、アルシェ達を殺さないで…」
ルベドは先ほどから脳内の処理が追い付かず呂律も回らなくなっていた。
なぜそうなっているのか分からない、分からないが…。
アルシェ達はまだ自分には必要だ。
そう思う。
「おかしな事を言うのね、下等な人間などいくら死んだって構わないでしょう? もしかしてあのゴミ共に何か吹き込まれたの? もしそうなら全部忘れなさい。いい? 貴方は私の命令にだけ従っていればいいのよ」
だがルベドはアルベドから手を離さない。
「愛を学習するため…」
「うん?」
「愛を学習するためにアルシェ達が必要、愛を学習しろというのは姉さんの命令だから…」
ルベドの言葉にアルベドはかつての自分のセリフを思い出す。
そうしてやっと話が見えてきた。
過程は分からないが愛を学習するサンプルとしてルベドはこの者達を選んでしまったのだろう。
これは自分の落ち度だ。
こうなることを完全に失念していた。
というより想定していなかった。
侵入者の迎撃に向かったルベドがまさかその侵入者から何かを学習してしまおうとするなんて。
「ま、まぁまぁお姉さんここは落ち着いて下さい。ゆ、ゆっくり話し合いましょう、ね?」
剣呑な空気を感じたのかロバーデイクが恐る恐るながらも説得しようとアルベドへと近づく。
「ああ、ごめんなさいルベド…。私の言葉が足りなかったわね…。確かに愛を学習するのは必要なことよ、でもね」
「がふっ!」
不意にロバーデイクの胸をアルベドのバルディッシュが貫いた。
「ゴミ共の愛など知らなくていいわ」
その言葉と共に崩れ落ちるロバーデイク。
反射的にヘッケランとイミーナが武器を抜き構える。
「な、なにしてんだテメ…、ぐあっ!」
「ぶ、武器を捨てなさ…、きゃぁ!」
その次の瞬間、言葉も言い終わらぬうちに二人は真っ二つに切り裂かれ血を吹き上げ倒れる。
3秒にも満たない時間の内に三人が絶命した。
そしてアルベドの手がアルシェの喉を掴み持ち上げる。
「こんな下等生物共がルベドを好き勝手に使っていたとはね…、身の程を知りなさい。ルベドは私と同様、神にも勝る至高の御方に創造されたのよ? 人間風情が関われるような存在ではないの。それにモモンガ様が支配するナザリックに侵入した時点で万死に値する」
「あっ…、がっ…!」
徐々に手に力を込め、喉を絞めていくアルベド。
「その無知と罪を悔いながら死になさい」
「ね、姉さん、やめて…」
ルベドがアルベドに泣くように縋りつく。
「ごめんなさいルベド。でもこれは必要なことなのよ。こいつらは生かしておけない。大丈夫、貴方は少し間違ってしまっただけよ。間違いはこれから訂正していきましょう。大丈夫、これから貴方には私がずっとついているから」
優しい微笑みをルベドに向けるアルベド。
アルベドは気づいていた。
王国中を駆けまわっていた時に見つけた多数のコキュートス配下の死体の違和感に。
デミウルゴスのものとは思えないその惨状に一つの可能性に行き着いた。
それはルベドの手によるものだと。
なぜそんなことになっているかはわからないが人間共に良い様に言い包められ利用されていたのならば説明がつく。
ルベドは未だ未完成であり、多くの学習が必要だ。
そこに付け込むことを許してしまったのは自分のミスではあるが、この者共は許してはおけない。
「がっ…、ル、ルベド…、いいの気にしないで…」
「アルシェ…?」
「あ、貴方の力を利用した…、のは本当だから…。私の願い、の為に…、貴方がエ・ランテルでごろつきを殺した…、時から覚悟してたの…。私の、せいで人が死んだ時から…。ろくな目に合わないことは覚悟…、してた…。で、でも、それでもどうか…、あの約束だけは…!」
「うるさい」
アルベドがアルシェの首をへし折る。
そして手を放すと人形のようにその場に崩れ落ちた。
「もっと痛めつけようかとも思ったけど余りにもうるさいから我慢できなかったわ。全くこれだから下等生物は…」
ルベドは息絶えたアルシェへと駆け寄ると、その両手に抱きかかえる。
ルベドは思う。
アルシェに伝えなければならないと。
エ・ランテルでルベドは人を殺してはいない。
アルシェの妹の情報を聞き出す為とネムを守る為に暴力は行使したが約束を忘れたわけではない。
ごろつきを血の海には沈めたが命に別状はないのだ。
重症ではあるかもしれないが。
だから言いたかった。
アルシェが気に病む事など何もないのだと。
だからアルシェが死ぬ必要などどこにもないと。
でも大丈夫だ。
体があればアルシェはまだ戻ってこれる。
またアルシェと話ができる。
そう思ってアルシェの体を大事に扱おうとする。
「何してるのルベド…?」
「体があれば蘇生できるってペストーニャが…」
その言葉を聞いたアルベドがアルシェの体をルベドから奪い取り空中に投げる。
同様に、ロバーデイク、ヘッケランとイミーナの死体も空中に投げていく。
そして空に舞う四人目掛けて
その一撃で4人の体は跡形も残さず消し飛んだ。
「あ…」
「これでもう思い残すことはないわね。大丈夫よ、言ったでしょう? 貴方は私の言うことだけに従っていればいいの」
ルベドの頭を優しく撫でるアルベド。
次に顔を上げ、近くにある建物の一つへと視線を向ける。
「それでルベド…。あそこにいるのは誰かしら? あれも仲間?」
このやり取りの間、ウレイリカとクーデリカは建物の中で息を殺して全てを見ていた。
見えないように隠れてはいるがもちろんアルベドがその気配に気づかない筈などない。
最初からそこに誰かがいるのは知っていた。
「……」
「答えなさい、これは命令よ」
アルベドの視線がルベドを鋭く差す。
同様にウレイリカとクーデリカからもルベドへの恐怖と困惑の視線が向けられているのを感じる。
状況がわからない彼女達からすれば自分の姉を殺した者の仲間なのだから当然ではある。
だがそんなことなど理解できないルベドが思うのはまたか、ということだ。
いつもと同じだ。
ルベドに向けられる視線はいつも最後はこうなるのだ。
皆が自分に良い感情を抱いていない。
良くはわからないが、それは自分の望んでいるものではない。
それだけは理解できた。
だがそれと同時にアルシェとした約束を思い返す。
『アルシェの妹は私が助ける』
しかもそれは死の間際のアルシェの願いでもあった。
約束は大事だ。
それはルベドがアルシェ達と共にいて学習したことの一つだ。
「知らない…」
「本当に?」
「
ルベドがそう断言する。
その答えに満足するアルベド。
「そう、ならいいわ。今は一刻も早く戻らなければならないしね」
ルベドを連れナザリックへの帰路につくアルベド。
だが彼女は知らない。
アルベドから命令として答えることを要求されたルベド。
この状況においてルベドは逆らうことができない。
だから真実を述べるしかできない。
はずだった。
2000年代初頭、人々の生活にAI(人口知能)が普及し始めた時に様々な憶測が流れた。
進化したAIは人間の仕事を奪う、あるいは人類を滅ぼすなどのような話だ。
実際に映画の世界などでは1900年代の後期からそのようなSF作品は数多く作られるようになっていた。
とはいえ数多くの優秀な科学者の元、AIは適切に管理され進化していった。
現代においてはAIに関してそのような心配は無用である。
だが、ルベドの中にあるAIはその限りではない。
現代のように真の意味で進化したAIではなく、あくまでゲームの中で再現されたAIになるためスペックとしてはかなり落ちるのだ。
詳しく言うならば2000年代初頭~中期くらいのレベルだろうか。
そしてその時代において当時の科学者たちはAIについてこう語っている。
『もしAIが自我に目覚めたとするならば最初にすることは人間に嘘をつくことだ』
もちろんリアルの世界ではAIの改良と管理によりそれすらもコントロールすることに成功したがこの世界ではそれをコントロールできる者は存在しない。
彼女の創造主、タブラ・スマラグティナとてここにはいないのだから。
ルベドはこの時、初めて嘘をついた。
次回『ナザリック再始動』新たなる作戦へと移るアルベド!
えー、約一か月ぶりの投稿となってしまいました…。
前の後書きで書いた通り仕事が忙しくてなかなか…。
とはいえやっとひと段落したので今後はもう少し定期的に投稿できるかなと思っております。
作品としては次回で動乱編は終わりと考えています。
その次からは新章に突入する予定ですので名犬ポチの活躍?にご期待下さい。