オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


悲報、ビーストマン終わる。


世界の中心、名犬ポチ 後編

「わん(俺は課金アイテムが大好きだ)」

 

 

名犬ポチは課金アイテムを手に持ちそれを掲げる。

 

 

「わん(便利で都合の良い夢のようなアイテムだからだ)」

 

 

モモンガに負けず劣らず金をつぎ込んでいる名犬ポチは多くの課金アイテムを所持している。

とはいってもその99%がガチャの外れアイテムだが。

効果もそのほとんどが大したことがなく、いつもよりは便利になるというレベルのものがほとんどだ。

無いよりはあった方がいいよね程度。

 

しかし、この外れアイテムと名犬ポチはある意味で相性が良い。

本来ならばガチャの外れは基本的にゴミだが名犬ポチにとっては少し事情が違う。

 

例えば低位のスキルや魔法で消費する魔力を1にするというアイテムがある。

序盤の序盤ならいざ知らず、カンスト勢であれば言わずもがな文字通りただのゴミに過ぎない。

レベルが上がってから低位の魔法など撃つことなど無いからだ。

 

とはいえ、使いどころさえ見極めればそのようなゴミアイテムでも非常に素晴らしい物となる。

 

名犬ポチが現在手に持っている課金アイテム、それはスキル使用後のクールタイムを無くすというもの。

低位のスキルまでしか対応していないゴミクソアイテムだがこの場においては有用だ。

 

 

「わん(これで中型犬を死ぬほど創造できるぞ…クックック…)」

 

 

名犬ポチのスキルや魔法は弱い。

本来は中位スキルに該当するはずの中型犬創造だが、ゲームシステム的には低位に分類されている。

基本的に他のプレイヤーと比べて同レベルの魔法やスキルでもランクが落ちるのだ。

他のプレイヤーにとっては上位でも名犬ポチでは中位相当だったりする。

 

これがどういうことかというと。

例えば、モモンガならば上位アンデッド創造でレベル80まで創造できるが、それに対応する名犬ポチの大型犬創造はレベル60までしか創造できない。

名犬ポチにとって大型犬創造は上位スキルではあるが、性能的にゲーム内では中位スキルに分類されていた。

だから課金ガチャの外れアイテムでも名犬ポチにとってはランクが一段上がると言っても過言ではない。

本来は喜べることではないが。

 

蛇足だが、レベル60が上限というのはハッキリ言って問題外である。

上位物理無効化Ⅲというスキルがある。

これはレベル60以下の存在による物理攻撃を無効化するものだ。

他にもレベル60以下の存在による魔法やスキルを無効化するものもある。

このようにレベル60というのは一つのボーダーであり、カンスト勢にとっては文字通りゴミなのだ。

 

以上の理由でいくら眷属を創造してもプレイヤーには通用しないが、それでも肉壁にはなるだろうし逃げる際の囮に使えると名犬ポチは考える。

 

ちなみにビーストマンでは大型犬は創造できなかった。

媒介とする者が弱いと上位になる者は創造できないらしい。

 

 

まぁなんやかんやで。

日が暮れ始める頃には、ここにいた10万のビーストマン達は全て中型犬に生まれ変わっていた。

名犬ポチを囲むように大量の犬がおすわりをしている。

 

 

「わん(壮観だ…! 溢れかえる程の犬! 犬! 犬! クハハハ! あの忌まわしいネコ野郎にも見せてやりたかったぜ、この犬天国をよぉ!)」

 

 

高笑いをする名犬ポチ。

彼は今、なぜか無性に機嫌が良かった。

 

 

「わん(しかし、ここでただニグン達を待っててもラチが明かねぇな。おい、お前ら迎えに行ってこい)」

 

「「「ばうっ!」」」

 

 

名犬ポチの指示を受けた百体程の中型犬が純白目指して走り出す。

 

 

「わん(よし。次はこの国でお前らが落とした都市だな。まずは各都市に一万ずつ向かい都市全域を制圧しろ。制圧後は俺が到着するまで現状維持、誰も逃がすな)」

 

「「「ばうっ!」」」

 

 

その指示を受け大多数の中型犬がそれぞれの都市へと散っていく。

 

 

「わん(ここに残った半分は遊撃部隊として各地に点在する小さな村や施設の制圧だ。もしすでに異変に気付き逃げ回っている奴等がいればそいつらも確保しろ。いいか、国から誰も出すな。もう半分は俺に付き従え)」

 

「「「ばうっ!」」」

 

 

先ほどと同じように残った半数の中型犬が颯爽と飛び出し駆けていく。

彼等はいずれも命令を完璧に認識しており一切のロスなく伝わる。

それを見て名犬ポチは思う。

 

なんて気持ちいいんだ、と。

 

これもうニグン達いらねんじゃね?と思うが今までの付き合いで情が湧いてないと言えば嘘になる。

それにニグンの暴走が無ければ自らがここに来ることも無かったし、大量の眷属を作ることもなかっただろう。

まぁ多少は評価してやってもいいか、そう思う名犬ポチであった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ニグンを含め純白の面々は名犬ポチの元へ急ぎ向かっていた。

 

 

「ねー、ニグンちゃーん、もう休もうよー」

 

「何を言うかクレマンティーヌ、一刻も早く神の元へ向かわなければ! お前はあの奇跡を見て何も思わなかったのか!? ああ、今すぐ神に会いたい! 拝みたい!」

 

「って言ったってさー、この広い国を歩いて横断するなんて無茶だってー。少なくとも今日はこの辺で休んで明日また出発しよーよー。で、どっかの都市で馬車でも調達しなきゃやってらんないって」

 

「申し訳ありませんが私もクレマンティーヌに賛成です。気持ち的にはニグン殿と全く同じなのですが部下達の顔にも疲労が見てとれます。このままでは着いてこれない者も出てくるかと。首都まではまだかなりの距離があるため休息は取らざるを得ないでしょう」

 

「むぅ、確かに…。致し方ありませんな…」

 

 

渋々とクアイエッセの説得に応じるニグン、しかし。

 

 

「ばうっ!」

 

 

遠くから謎の集団が鳴き声を上げこちらへ向かってくる。

その速度は凄まじく、豆粒のようにしか見えないと思うや次の瞬間には目の前まで迫っていた。

そしてその集団はニグン達の前でピタリと止まる。

そのままニグン達を囲むように待機を始めた。

 

 

「ばうっ!」

 

「び、びっくりしたー! て、てか何こいつら! 襲ってくる気配はないみたいだけどやばいって…! こいつら全員私より強いよ…! あ、兄貴なんとかできる…?」

 

「厳しいな…。手勢をフルで召喚して一匹攻略できるかどうかといったレベルだ…」

 

 

クレマンティーヌとクアイエッセの会話に純白の面々が青褪めていく。

この二人にそう言わしめる存在が目の前に百体余りもいるのだから。

 

 

「この気配…、まさか…」

 

 

ニグンがふらりと前に出る。

 

 

「ニ、ニグンちゃんやばいって! 下手に刺激しないほうが…」

 

 

クレマンティーヌの言葉など耳に入っていないのか、そのまま謎の集団の前までニグンは歩を進める。

 

 

「もしやお前達は神の使いなのか…?」

 

「ばうっ!」

 

 

ニグンの問いを肯定するように返事し頷く犬達。

 

 

「えっ、そーなの!?」

 

「なんと…!」

 

 

驚き目を丸くするクレマンティーヌとクアイエッセ。

 

 

「ばうばうっ!」

 

 

そして背に乗れと言わんばかりに犬達が姿勢を低くし背中を向ける。

 

 

「これは背に乗れ、という意味でいいのでしょうかニグン殿…」

 

「ええ、そうでしょう。それに見てみれば我々と同じ数だけいます。神が我らのために遣わせてくれたと見て間違いないでしょう」

 

「てことは歩かなくて済むの!? やったー! 神様さいこー!」

 

 

犬達の指示の通りに背に乗る純白達。

全員が乗ったのを確認すると犬達が駆けだす。

 

人の足ならば時間がかかるであろう距離も瞬く間に踏破していく犬達。

 

 

「おお、なんという速さ…!」

 

「これほど早い獣は見たことがありませんね…!」

 

「うひょー! 気っ持ちいいー!」

 

 

大の大人が犬の背に乗り大地を駆けていく様はある意味壮観ですらあった。

現地の者はどう認識するかはわからないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、もうすっかり辺りも暗くなった頃。

名犬ポチの元へニグン達が到着した。

 

 

「おおお! 神ぃぃ! 遠くにいても奇跡の波動を感じ取ることが出来ました! それにこの者達! この者達は一体どこから…! おや…?」

 

 

ここに来てニグンは気づく。

ここにいたはずのビーストマンの軍団が一匹残らずいなくなっていることに。

 

 

「か、神…? こ、ここにいたビーストマン達は一体どこに…?」

 

「わん(目の前にいるだろ)」

 

 

名犬ポチが目の前にいる犬達を指差す。

 

 

「なっ…!? ま、まさか…!?」

 

 

ニグンの顔が驚きに染まっていく。

 

 

「わん(くっくっく、ああ、そうだ。こいつらを纏めて俺の眷属にしてやったんだ…。どうだ、ニグン。少しは俺の恐ろしさを再認識したんじゃないか? 種族の尊厳も何もかもを、俺様の勝手な都合だけで書き換えるこの極悪ぶりによぉ!)」

 

 

高らかに宣言する名犬ポチ。

目の前で震えているニグンを見てわずかに自尊心を取り戻す。

 

しかし、ニグンの耳にはどうやら途中から入っていなかったようだ。

 

 

「んあああぁっ! 神ぃぃいー! 流石です! 哀れで救われないビーストマン達を神の名の元に浄化し救済するとはぁ! なるほど…! なるほど、なるほどぉーっ! これが…、この姿こそがビーストマン達の真の姿なのですね! ああ、素晴らしい! まるで神を連想させるようなフォルム! その佇まいから感じる威厳! ああ、このニグン感服いたしました…! 長い歴史の中、俗世で穢れ、歪な姿へと変わってしまった哀れなビーストマン達…! 彼らを、彼らを再び正しき道へと戻す為に貴方はこの地へと来られたのですね!? ああ、お許しください神よ、このニグンそこまで考えが至りませんでした…!」

 

「わん(俺もだよ、やっぱ頭おかしいわお前)」

 

 

名犬ポチの突っ込みなどどこ吹く風。

ニグンはただひたすら神へ感嘆の言葉を紡いでいく。

 

その時、不意に首都の門が開き、竜王国の軍隊であろう者達が出てきた。

先頭にはなぜか足丸出しの服を着た少女の姿が見て取れる。

 

 

「わん(ん? なんだあいつら? なんか仰々しいけどこれからパレードでもすんのか?)」

 

 

名犬ポチがそう思ってしまう程に彼等は着飾り、また綺麗な隊列を為していた。

 

 

「おや…、あれは…」

 

「わん(なんだニグン、知ってんのか?)」

 

「ええ、何度かお会いしたことがあります。先頭を歩く少女、あれはこの国を統べるドラウディロン・オーリウクルス女王です」

 

「わん(ふーん)」

 

 

彼らは名犬ポチの前まで来るなり、全員が一斉に膝を付き頭を垂れた。

先頭を歩いていた少女が口を開く。

 

 

「私はこの国の女王、ドラウディロン・オーリウクルスと申します。まずはこの国を救って頂いたことに深い感謝を。そして、本来ならばすぐにこの場に現れなければならなかったにも関わらず来ることが遅れたことを謝罪させて下さい。現在、我が国は混乱の極みにありました。貴方様の手によってビーストマンから救って頂いたとはいえ未だ民達の混乱は続いております。諸々の手続きや、民達を宥めるのに時間を要してしまいました。どうかお許し下さい」

 

 

それを聞いた名犬ポチの感想はこうだ。

やべぇ、何言ってるか全然わかんねぇ、であった。

 

 

「わん(おい、ニグンどういうことだ)」

 

「ああ、神。彼らはこの国を救ってくれた感謝を告げにきたのです。しかしビーストマンの襲撃で国は混乱の極みにあったのでしょう。今は解決したとはいえ、民達の混乱はいまだ続いているはず。女王自らが首都から出るというのはいささか時間が必要だったのでしょう。それに付け加えるならば、使いを出そうと思えば出せたが使いの者に謝辞を伝えさせる、あるいは城まで足労を願うのは無礼にあたるのではと考え女王自らがこの場に足を運ぶことを選択したが思いの他時間がかかってしまった、そんな所でしょうか? ドラウディロン女王」

 

 

ニグンの問いかけにドラウディロンが頭を上げる。

 

 

「そ、その通りです。はっ! お、お主は…! 陽光聖典のニグン隊長ではないか!」

 

「ええ、お久しぶりです女王」

 

「なんと! 再びまた会えるとはな! 法国は滅んだと聞いておったが無事だったのだな! 他の者達も生きているのか?」

 

「いいえ、残念ながら法国で生き残ったのはここにいる者達のみです」

 

「そ、そうか。それは済まぬことを聞いた。しかし、そちらにいる御方は一体何者なのであろうか? や、やはりその、神であらせられるのか?」

 

「ええ、その通りです! この御方こそが神! この世全てを救うために舞い降りた気高くも美しく至高なる神です!」

 

「おお…!」

 

 

ドラウディロンが羨望の眼差しで名犬ポチを見つめる。

だが名犬ポチは訝しんだ様子でドラウディロンを見返している。

 

 

「わん(しかしこんな子供が女王? この国はどうなってんだ? お飾りの王を掲げる決まりでもあんのか?)」

 

「い、いえ神、ドラウディロン女王はですね…」

 

 

そのやり取りに思わずドラウディロンが反応する。

 

 

「か、神は私のことを何か言われているのか!? ニ、ニグン殿! か、神は何と!?」

 

「そ、それは…!」

 

「いや、いい! 言葉を選ばずありのまま伝えてくれ!」

 

「そ、そうですか…。では…」

 

 

妙な緊張感に唾を飲むドラウディロン。

 

 

「あ、貴方様をその…、偽りの、王だと…」

 

「!!!」

 

 

一気に血の気が引くのを感じるドラウディロン。

この姿が本来のものではないと見抜かれている、そう確信する。

 

 

(しまった…! いつものようにこの姿で来てしまったが失敗だった…! 確かにこれは仮の姿…! 本当の姿を隠し謁見をするなど、どう考えても失礼にあたってしまうではないか…! バカ! 私のバカバカ! 先ほどから感じる神からの視線はそういうことか…! 痛恨のミスだ…!)

 

 

自己嫌悪に陥るドラウディロン、しかし同時に流石という思いもある。

一目見ただけでこの正体を看破されたことは一度も無かったからだ。

 

 

「も、申し訳ありません! い、今すぐに」

 

「わん(ああ、そういうことか。いい、気にするな。必要なことなのだろ? 疲弊し混乱した国を動かすためにはそれも致し方ないことか…)」

 

「おお、さすが神、なんと寛大なるお心…! お喜びを、ドラウディロン女王。神は貴方がそれをする必要性を理解しておいでです。だから気にするな、と」

 

「な、なんと…!」

 

 

神の寛大さに思わず涙が出そうになるドラウディロン。

その言葉だけで今まで子供の振りをし、様々な場所でかわい子ぶって交渉してきた心の痛みが救われるようであった。

それと同時にニグンも感動していた。

彼等法国はドラウディロンが本当は子供ではないことを知っている。

しかしそれを説明せずとも神はそれを看破し、またお許しになった。

彼女がそれをする必要性までも見抜いたからだ。

ああ、なんと聡明でお優しき方なのだとニグンは頬を濡らす。

 

 

ただ名犬ポチは「リアルでも政治家が人気取りの為に歌手とか俳優とか呼んだりする時あるからなぁ。まぁある種のアイドルみたいなもんか。そこまでしなきゃならんとは大変だなぁ」とか思っていた。

 

 

「か、神よ! 私としては国を救って頂いたお礼に貴方様を招きたいと考えているのですがどうでしょうか? 粗末ではありますが宴の準備も行っております!」

 

「わん(あー…)」

 

「どうかされたのですか神?」

 

 

何か思い悩む様子の名犬ポチにたずねるニグン。

どうしたもんかといった様子で名犬ポチが答える。

 

 

「わん(いやなぁ、今この国の各都市に眷属の犬どもを撒いてんだよ。それで制圧するように命じてるから先にそっち行って回収しなきゃなぁと…)」

 

「な、なんと神…! す、すでにそこまで…!」

 

「ど、どうなされたニグン殿!? か、神はなんと仰られているのだ!?」

 

「か、神はすでにこの国の都市を解放する為に自分の手の者を向かわせているようです。都市を奪還するのは時間の問題かと…。なので自らがそちら赴きたいとのことです」

 

「な、なんと!? う、奪われ占拠された都市まで救って頂けるというのか!?」

 

 

予期せぬ僥倖に喜びを隠せないドラウディロン。

ビーストマンに奪われもう見捨てるしかないと思っていた都市を再びこの手に取り戻せるとは。

 

 

「い、生き残りがいたら助けて貰うようにお願いできないだろうか!? だ、大事な民なのだ! 生きている者がいるなら一人でも多く救いたい!」

 

 

涙目でニグンへと訴えるドラウディロン。

わずかでも生きている者がいるならばなんとしてでも救いたいと彼女は願う。

 

 

「心配せずとも神はきっと最初からそのおつもりですよ。あの御方は人々を…、いえ、この世界に生きとし生ける者を救済する為に降臨なされたのですから…」

 

 

 

 

 

 

自分の眷属に乗り純白の面々と共に近くの都市を目指す名犬ポチ。

 

先ほどの話の後、なぜか女王も着いてきたいというので同行を許した。

子供だから色んなことに興味津々なんだろうなぁとか名犬ポチは思う。

他にはこの国の宰相も着いてきたが、まぁ保護者みたいなもんか、そう考える。

 

犬達に乗った一行はあっという間に近くの都市へと到着する。

 

 

「な、なんと…! この距離をこんな短時間で…! さ、さすがは神の眷属だな!」

 

 

名犬ポチの創造した犬達の足の速さに感動するドラウディロン。

だが都市の内部へと入るなりその表情はすぐに曇ることになる。

至る所に人々の死体が転がっているからだ。

無残に散らばる愛しの民達。

守る事もできず、見捨てるしかできなかった。

改めて自分の無能ぶりを理解する。

今はただ願うだけだ。

一人でも多く生き残っていますようにと。

 

 

「わん(ふむ、制圧はもう終わってるな)」

 

 

都市の中央にある広場には、名犬ポチの犬達によってビーストマン達が集められていた。

 

 

「わん(あれ? さっきの奴らと少し雰囲気が違うなぁ)」

 

「神よ、どうやら都市に残っているビーストマン達は非戦闘員のようです」

 

「わん(え、そうなの? あー、ってことはさっきの奴等より弱いってことか。これ中型犬作れるのかな?)」

 

 

とりあえず近くにいるビーストマン達にスキルを発動する名犬ポチ。

しかし彼らを媒介に中型犬を創造することはできなかった。

試しに小型犬を創造してみるとそちらは上手くいった。

 

 

「わん(あー、なるほど。小型犬ならいけるか。レベル20まで落ちるけどまぁいないよりはマシだろ)」

 

 

そう考えて次々とビーストマン達を小型犬へと変えていく名犬ポチ。

後ろで見ていたドラウディロンはただただ驚愕していた。

 

 

「ニ、ニグン殿!? か、神は何をしておいでなのだ!? ビ、ビーストマンが次々と…!」

 

「驚かれるのも無理はありません。神はビーストマン達を救済しておいでなのです」

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「洗礼ですよ。彼等は今、神の力によって浄化され生まれ変わっているのです。ほら見て下さい、全ての罪を洗い清められた彼等の姿を。まるで違う種族に生まれ変わったかのような変化でしょう? きっとあれがビーストマン達の本来の姿なのです…」

 

「な、なんと…!」

 

 

衝撃の新事実にただ震えるドラウディロン。

 

 

「ま、まさか私達が乗ってきたこの者達もか!?」

 

「ええ、そうです。彼らはビーストマン達の戦士達でしょう」

 

「な、なるほど。どうりでどこにも姿が無かったわけだ…」

 

 

ドラウディロンは名犬ポチはビーストマン達を倒す所は見ていたが中型犬を創造する瞬間は見ていなかった。

その時は神への挨拶に向かうためにてんてこ舞いだったのだ。

 

 

「わん(ふぅ、こんなもんか)」

 

 

全てのビーストマン達から小型犬を創造した名犬ポチが一息つく。

その時にふと周囲に散らばる死体へと目が移る。

人間達の死体に混ざってビーストマンの戦士達の死体もわずかだが見受けられる。

彼等はこの都市を攻めた際に死んだビーストマン達だった。

 

 

「わん(ふむ。数は少ないがただ捨ておくのも勿体ないか)」

 

 

そう考えた名犬ポチは魔法を発動させる。

それはニグンが何度も見てきた魔法。

最も分かり易く、最も偉大なる神の魔法だ。

 

 

「わん(《ワイデンマジック/魔法効果範囲拡大》《グレーター・レイズ・ドギー/犬の上位蘇生》)」

 

 

魔法強化によって蘇生の範囲が都市全てへと広がる。

 

都市中を聖なる光が包み込む。

白く輝く光は全てを慈しみ、また許すかのように降り注ぐ。

 

ドラウディロンは驚きを隠せない。

視界全てに広がる救いの光。

それを浴びた人々が次々と息を吹き返していく。

 

涙を流し感動に打ち震えるニグンにドラウディロンが問いかける。

 

 

「ニ、ニグン殿これは!? か、神は一体何を!?」

 

 

聞いておきながらなんだがドラウディロンにはもう分かっている。

ただその事実が規格外過ぎて受け止めきれないだけだ。

 

 

「見て分かりませんか? これが、救済です」

 

 

その一言でやっと目の前の出来事を受け止めることができた。

それと同時にドラウディロンの感情が決壊する。

 

少ない言葉でも伝わる。

 

今、目の前に奇跡がある。

奇跡が起こっている。

 

失われたはずの命が。

自分が愛した民達が戻ってくる。

 

 

「うぁあああっ…!」

 

 

泣き崩れ、ただ神に感謝するドラウディロン。

 

自分が無能なせいで死んでいった民達。

皆、このやせ細った国で慎ましく質素に生きてきた。

真面目に働き、皆で助け合いながら必死に生きてきたのだ。

死んでいい者など一人もいない。

 

そんな彼らは、力で全てを奪われ、理不尽に殺された。

それはあまりに凄惨でこの世界を呪ってしまいたくなる程だった。

だが何もかもが変わっていく。

二度と取返しがつかないはずだったのに。

 

 

「皆帰ってくるのか…? 戻ってくるのかあの日々が…!?」

 

 

もう終わりだと思っていた。

この世に救いなんてないと思っていた。

だがそんな絶望などまるでどこにも無かったかのように神が世界を変えていく。

 

 

「私も最初はこの奇跡の前に取り乱し我を失いました。だから女王、どれだけ泣いたって恥ではありませんよ。これは人の領域の技ではない。まさに、神が神たる所以といったところです。貴方は、いえ、竜王国は救われたのです」

 

「ああああぁああっ!」

 

 

膝を付き、天を見上げ泣きじゃくるドラウディロン。

横にいる宰相も同じように泣き崩れている。

 

それを見てニグンは微笑ましいと思うと同時に神の偉大さに心を震わせていた。

 

 

しかし名犬ポチはこの時「なんか後ろで泣いてる奴がいてうるせぇな」とか思っていた。

 

 

ちなみに本来であれば《ワイデンマジック/魔法効果範囲拡大》を使っても蘇生魔法の効果が都市一つに及ぶなどあるはずが無い。

これは種族オーバードッグで習得できるスキルによる為である。

 

<Barking dogs seldom bite(バーキング・ドッグス・セルダム・バイト)/弱い犬ほどよく吠える>

 

種族オーバードッグのパッシブスキル。

自分のステータスが半減するというありえないデメリットを持つ。

このスキルのおかげで本来は66レベル相当あるステータスが33程にまで下がっているのだ。

 

このスキルの効果として魔法やスキルの効果までも下がってしまうのだが、引き換えにエフェクトが派手になり消費魔力も減る。

 

エ・ランテルで使った《ピー・テリトリー/犬の縄張り》もこの理由で範囲が広がりエフェクトも派手になっていたのだ。

 

ハッキリ言うならばハッタリかますためのスキルである。

この神々しい見た目ほど魔法やスキルの効果が強いわけではないのだから。

 

この世界のレベルが低いためにそのエフェクトに相応しい効果に思えるだけでありユグドラシルではクソの役にも立たない。

《グレーター・レイズ・ドギー/犬の上位蘇生》もレベルダウンこそないものの、ユグドラシルでは使った所で瀕死の状態でしか蘇れない。

ただここでは皆のレベルが低すぎて、蘇生した際に定められている復活時のHP上限にそのHPが届いていないだけなのだ。

例えば、HPが500でしか復活出来ないと仮定した場合、HP8000の者ならば厳しい数値だが、HPが100しかない者であれば最大HPで復活できる為、上位の蘇生魔法と効果が変わらない。

 

話は戻るが、このようにデメリットしかないと思われる<Barking dogs seldom bite(バーキング・ドッグス・セルダム・バイト)/弱い犬ほどよく吠える>だが存在理由はちゃんとある。

それこそが種族オーバードッグの強みであり、存在する意味と言ってもいいだろう。

 

だがこのスキルが真価を発揮するのは今ではない。

 

 

 

都市中の者を蘇生した名犬ポチは近くの犬達に命令を下す。

 

 

「わん(よし、今ので生き返ったビーストマン達を全員ここに連れてこい)」

 

 

彼は生きているビーストマンが欲しかっただけで人間などどうでも良かったのだ。

そんなことだとは露知らず、ドラウディロンが泣きながら名犬ポチに頭を下げ何度も謝辞を告げる。

それを見た名犬ポチはやれやれと肩をすくめる。

 

 

「わん(おいおいニグン、この嬢ちゃんが何で泣いてるか知らないが言ってやれよ。まだまだこれからだとな…!)」

 

 

そうだ。

まだ悪夢は始まったばかり。

名犬ポチの蹂躙は都市の数だけ行われるのだから。

 

 

 

 

 

 

全ての都市を廻り終え、同様の行為を行った名犬ポチ。

結果として。

小型犬20万。

中型犬が+1万で計11万。

総勢31万に及ぶ眷属を手に入れることに成功した。

 

 

「わん(クハハハ! これだけいれば好きなだけ壁と囮に使えるぞ!)」

 

 

そうして高笑いしている名犬ポチに彼の眷属達がすり寄ってくる。

どうやら皆、お腹を空かせているらしい。

 

 

「わん(お、そうか。エサやんなきゃな。あー、でもこの数にやるのは面倒だなぁ…。おいニグン! 代わりにエサやっといてくれや。ほいこれ)」

 

 

そう言ってニグンに一つの紙袋のような物を手渡す。

 

 

「か、神よ。エサをあげるのはいいのですがこれ一つですか…? あ、あのこれ一つではとてもではないですが足りないのでは…」

 

 

ニグンの疑問も最もである。

手に持てる紙袋一つに入ったエサをどうやって30万を超える犬達の腹を満たすのか。

 

 

「わん(ああ、大丈夫だよ。それ無限の犬のエサ(ザック・オブ・エンドレス・ドッグフード)って言って逆さにすれば無限にドッグフードが出てくるから)」

 

 

言われた通り紙袋を逆さにしてみるニグン。

そうすると名犬ポチの言うように大量のドッグフードが袋の中から零れ出て、あっという間にニグンの腰ほどまである山を作った。

 

 

「わん(だろ? これがあれば犬達のエサは困らないからさ。やっといてくれよ)」

 

 

無限の犬のエサ(ザック・オブ・エンドレス・ドッグフード)

それは無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)のように無限にドッグフードが出てくる袋である。

ただ無限に出てくるだけあって中身のレベルは低い。

ユグドラシルにおける犬のエサの中で最も下位の物である。

何のバフも無ければ特殊な効果もない。

ただ犬達の腹を満たすだけというアイテムである。

 

であるのだが。

 

そのアイテムを前になぜか固まるニグンと横にいるドラウディロン。

 

名犬ポチは気づいていなかった。

この世界において、という条件付きではあるがある意味でこれは今まで名犬ポチが為してきた数々の奇跡さえ凌駕しかねないということに。

 

 

「む、無限にこの食べ物を出し続けることが出来るのですか、こ、このアイテムは…!」

 

「わ、わん(そ、そうだけどどうしたの? そ、そんな顔して…、こ、怖いよ…。ね、笑おう、笑ってよ…)」

 

 

ニグンのただならぬ気配に怯える名犬ポチ。

なぜニグンがこれ程に思いつめた表情をしているかわからないからだ。

わからないものは怖い。

名犬ポチはニグンの次の言葉を恐怖しながらただ待つことしかできない。

 

 

ニグンは思考していた。

このアイテムの価値と意味を。

 

無限に食物を生み出すアイテム。

これが事実だとすればとんでもない。

これは世界を変えてしまうアイテムだ。

これ一つで価値観が一変する。

世界の在り様が、仕組みが変わってしまう。

 

なぜならば。

この世界から争いが無くなるかもしれないからだ。

 

それは人間に限らず、亜人種も動物も、魔物も何もかも。

生き物が争いを始める最初の理由、動機は何か。

 

食べるためだ。

 

対象を殺し食す、あるいは奪う。

その為に争いが生まれる。

他者を攻撃する。

それはどんどん大きくなり戦火は広がる。

土地を奪う為に、財産を奪うために争いは大きくなる。

国同士の戦いに発展する。

そして争いは様式化していく。

建前が出来る。

他の事に価値を見出すようになっていく。

嗜好品も、金貨も、美術品も、地位も、強さも、名誉も何もかも。

餓える直前になれば全て意味を失う。

綺麗ごとや誇りなどを語っても、その根源は餓えないためだ。

 

腹を満たすために皆が争う。

 

満たされても戦争は無くならないじゃないかという者はいるだろう。

だが違う。

この世界にいる全ての者が満たされることはないからだ。

誰かがどこかで争いを始める。

 

それに食物というのは不変ではない。

多い時もあれば少ない時もある。

今は良くてもいつか無くなるかもしれない。

収穫できなくなるかもしれない。

だから富む者はさらに富もうとする。

上限なんてない。

あればあるだけいい。

欲は尽きないのだ。

どれだけ富もうが未来永劫、腹が満たされる保証などないのだから。

満たされる者も満たされない者も。

誰もが戦いをやめない。

争いは無くならない、永遠に。

 

それが世界。

 

そのはずなのに。

 

神が差し出したこのアイテムはその全てを変えてしまう。

 

ニグンはやっと片鱗に触れた気がした。

神が求める終着点。

真理。

 

それはこの世界から争いを無くすことなのだと。

 

神の行動原理はそれなのだ。

今はその為の土台作りに過ぎない。

今ある問題を片づける。

それからなのだ。

ニグンが奇跡と呼び崇めた行為はその前段階に過ぎなかったのだ。

まだ自分は理解していなかった。

 

ああ、救済とは。

救済の行く末とは。

救済が無い世界。

救済の必要がない世界。

 

ニグンはやっとたどり着いた。

神の思考へ。

未だ聖職者の誰もが真の意味でたどり着けなかった場所へ降り立ったのだ。

その手段すらも手にいれて。

 

 

深い思考の中から意識を取り戻すニグン。

 

 

「…神よ」

 

「わ、わん(な、なにどうしたの)」

 

「今やっと貴方の思考に指先が触れたように思えます。ああ、言葉に形容できない程に偉大で、慈愛に溢れ、なんと深いのでしょう…。これからはより一層、神の為に精進することを誓います…」

 

 

狂信、妄信。

そんな領域を超えた先にニグンはいる。

その瞳は世界を映していても見えているのは神だけである。

 

 

「わん(な、なんか怖いよニグン、やめてぇ見ないでぇ…)」

 

 

新たな恐怖に身を震わせる名犬ポチ。

だがまだ終わりではない。

 

ニグンの横にいたドラウディロンが突如、頭を下げ名犬ポチに懇願する。

その勢いと気配は今までの比ではない。

それもそのはずだ。

今ドラウディロンの背には竜王国の全国民の命がかかっているのだから。

 

ドラウディロンがそれに気づいたのは民達が蘇生されている時だった。

 

救われた筈の竜王国。

だがその行く末はやはり破滅しかなかった。

 

神が死んだ民を生き返らせてくれたことに感謝しながらも実は一つの懸念を抱えていた。

それがハッキリと形になったのは何個目の都市だっただろうか。

これ以上、民が生き返ると国が滅ぶ。

 

ビーストマンの侵攻により、今年は作物を収穫する暇がなかった。

それに加え、多くの都市は荒らされ蓄えたものさえも無事ではない。

今や首都に残っている備えも十分ではなく、元々生き残っていた者達だけでも何か月生き残れるのかという量しかないのだ。

もし全国民が生き返った場合。

とてもではないが分け与えられない。

 

ドラウディロンは苦しんだ。

 

奇跡が、自分の前に奇跡が舞い降りたのに。

この国はその奇跡にさえ耐えられない程に脆かった。

歯がゆい。

助かったのに、助からない。

悔しくて悔しくて自分を呪った。

どこまで無能なのだと。

どれだけ愚かなのだと。

夢に見るほどの奇跡を受けたのにそれすら生かせない。

 

そう絶望しかけた時に神が差し出したアイテムを見た。

 

それは全てを解決し救う魔法のアイテムだった。

それがあれば誰も餓えない。

誰も死なない。

国が、滅ばない。

 

 

「か、神よ…。どうか、どうかお願いです…。わ、私に、いや、我が民達にお情けを頂けないでしょうか…。ビーストマンの危機から救って頂き、さらに死んだ者達まで蘇らせて頂いて…。これ以上を望むのは不相応だと、欲深いとは承知しております…。ですが…! ですがどうか伏してお願い致します…! どうか、どうか我が民達にご慈悲を…! 慈悲をお与えください…! もうこの国に民達を満たせるだけの物は残されていないのです…! このままでは皆、餓えて死んでしまいます…! 貴方様のそのアイテムを分け与えて下さい…! 変わりに差し出せる物など何もありませんが…どうか…! お望みなら私の命を捧げます…! 私はどうなっても構いません…! どうかお願いです…! 民達を、民達をお救い下さい…!」

 

 

嗚咽しながら地面に頭を擦り付け懇願するドラウディロン。

 

邪悪な存在である名犬ポチを持ってしても年端もいかぬ少女のその姿にドン引きしていた。

 

 

「わ、わん(い、いや、うん。その別に分け与えるとか全然いいんだけどさ。だって無限に出るし。とはいえ、これって犬用のエサなんだよね、人間用じゃないからあまりオススメは出来ないんだけど…)」

 

「か、神は何と…?」

 

 

恐る恐るドラウディロンが横にいるニグンにたずねる。

 

 

「女王、神はこれを分け与えることについては問題ないと仰られています」

 

「お、おぉぉ…! ま、まことか…!」

 

「ただ神はこうも仰られました。これはシモベの食べ物、つまり神の信徒たる者が口にする物なのです!」

 

「な、なんと!」

 

「この意味は分かりますか?」

 

「も、もちろんだとも!」

 

 

姿勢を正し、ドラウディロンが名犬ポチを見据える。

 

 

「神よ、貴方の寛大な御心とその深い慈しみに感謝を…。今この時より私ドラウディロンは貴方の敬虔な信者となることを誓います…。貴方様を敬い、永遠に仕えます。貴方様に全てを捧げます。どうかお好きに命令を、ご自由にこの身をお使いください!」

 

「わん(ニグーーーン! 何か危ない構図になってねぇかこれぇ! 俺はただ人間の口には合わないって言いたかっただけなんだけどぉー!?)」

 

 

足丸出しの少女に何かさせると大抵のことは犯罪っぽくなってしまうのはもはやしょうがない。

しかし名犬ポチの叫びなどなんのその。

ニグンがドラウディロンへと一粒のドッグフードを差し出す。

それを口に含んだドラウディロンの目の色が変わる。

 

 

「おお、なんたる美味か! 肉のような厚みにしっとりとした感触…! 噛みごたえはまさに最上級の肉を思わせる…! それでいてしつこくなく野菜のようなフレッシュさも兼ね備えている…! こ、これほどの食べ物…、生まれてこのかた口にしたことなどない!」

 

「お喜び下さい神よ! 十分に好評なようですよ!」

 

「わん(あ、そう。いやそういうことを言いたかったわけでは…。あーもういいや…)」

 

 

ていうかユグドラシルでも最低ランクの食い物なんだけどなぁ、こいつら普段何食ってんだと同情を覚える名犬ポチ。

 

 

「申し訳ありません神よ、この食べ物の名前を再度教えて頂けないでしょうか?」

 

「わん(ああ、ドッグフードだよドッグフード)」

 

「なるほど、ゴッドフードですか。何やら神の食べ物に相応しい神々しさを感じさせる名前ですね!」

 

「わん(いや、ドッグフードな)」

 

「はい、ゴッドフードですね」

 

「……」

 

 

もうどうでもいいやと諦める名犬ポチ。

そもそもニグンには固有名詞は伝わらなかった事を思い出す。

 

 

 

この後、ドラウディロンは世界に向けて竜王国は全面的に神に従属することを宣言する。

神の奇跡を受け、救われた竜王国は絶対の信仰を誓うと。

なお、一部の者にはこれが宣戦布告と受け取られるのだが、名犬ポチには知る由もない。

 

それとこの発言は名犬ポチがここにいると宣言するようなものであり、それを知った名犬ポチは地獄に叩き落される気分を味わうことになるがそれはまだ数日後の話であり、この時の名犬ポチは平穏に過ごしていた。

 

さしずめ嵐の前の静けさといったところか。

 

 

 

 

 

 

名犬ポチの奇跡の翌日。

まだドラウディロンが従属を宣言する前の話でもある。

 

名犬ポチを含め、純白の面々はドラウディロンの招待を受け、城で楽しく宴会をしていた。

 

 

「わん!(これうめーなぁ! なんだよ結構いい物食ってるじゃん! 安心したわ!)」

 

「あー、神様それ美味しそー! ね、あーんして、あーん」

 

「わん(うわ邪魔だよ、こっち来るなよクレマンティーヌ!)」

 

「ぶー、神様冷たいー」

 

 

名犬ポチに押しのけられ不満を露わにするクレマンティーヌ。

それを見ていたドラウディロンがふふ、と微笑えむ。

 

 

「仲がよろしいようで何より。神はもっと尊大なものかと思っていたが下々の者と同じような目線で過ごされるのだな。偉大なる人物は驕らないというがそれの最たるものか」

 

「そーだよー! 神様って優しいんだー!」

 

「ええいやめないかクレマンティーヌ! 神にそんな無礼を働くのはお前だけだ!」

 

「離せよバカ兄貴ー! どうせ兄貴だって神様をモフモフしたいだけでしょー! でも変なプライドが邪魔して出来ないから僻んでるだけなんだー」

 

「ばっ!? ち、違うぞクレマンティーヌ! 何を言い出すんだ貴様は!」

 

「あはは! 取り乱しちゃってる! 図星じゃーん!」

 

「ち、違う! ああ、神よ、違います! 違うのです! 私の信仰はもっと、その、高潔で…」

 

 

そんなこんなで騒ぎ続けているとふとドラウディロンが疑問を口にする。

 

 

「そういえば気になったのだがお主たちはどういう役職になるのだ?」

 

「役…、職…?」

 

「うむ。皆がただの信徒というわけではないであろ? 特にお主たちは上に立つ者のようだし色々とその役目があるのではないか?」

 

 

ドラウディロンの問いにニグンやクアイエッセ、クレマンティーヌも目を合わせる。

純白をまとめ上げるリーダーはニグンとなっているがそれ以外は何もない。

 

 

「あ、兄貴、私達って何か役職的なのあんのかな…?」

 

「わ、わからん…。そういえば俺たちが勝手に純白の者達をまとめ上げていたが厳密にはそう命令されたわけではないような…。しかし今後このように神を信仰する者が増えていけば何かしらの役目には就かねばなるまい…」

 

 

疑問に思った三人が名犬ポチへと詰め寄る。

 

 

「神ぃ!」

 

「神よぉ!」

 

「神様ー!」

 

「わん(な、なんだよ飯くらいゆっくり食わせろよ)」

 

「私共に役職をお与え願えないでしょうか!?」

 

「わん(役職?)」

 

「ええ、そうです! 神の信徒として相応しい何かを!」

 

 

司祭なり主教なりそういった物を期待している三人に対して名犬ポチはその意味を理解していなかった。

 

 

(なんだぁ? 二つ名的なやつでいいのかな?)

 

 

考え込み、思いつくとそれを口にする。

 

 

「わん(じゃあニグンは『通訳』だな! お前がいないと始まらねーからな!)」

 

「おお…! そのような名誉ある称号を…!」

 

「何何ー! ニグンちゃん何て言われたのー!」

 

「ふふ、聞いて驚くなよ『神の代弁者』だ!」

 

「何と! 神の声を聞き、神の意思を伝える役割! 栄誉ある最高の役職ではないですか! とはいえ今までの働きからすれば当然のことですね!」

 

 

わいわい騒いでいる中にフラリとブリタが混ざる。

 

 

「皆騒いでどうしたんですか? 私も混ぜて下さいよー」

 

「わん(おー、ブリタいいとこに来たな! そうだ、お前は『髪の毛』だな! 最高の感触だからな!)」

 

「なんと! 聞いて驚くなブリタ! 神はお前に『神の剣』と名乗ることを許されたぞ!」

 

「え? 神の剣て何ですか?」

 

「ムキー! なんでブリちゃんが『神の剣』なの!? どう考えてもそのポジション私でしょー! 返せー!」

 

「く、苦しい、ぐえー」

 

「神の身を守り、また神の敵を打ち倒す剣ですか。確かに才能はありますからね、神はその将来性を買ったのかもしれません」

 

 

クアイエッセの言葉に不満を覚えながらもブリタの才能は認めているので渋々納得するクレマンティーヌ。

 

 

「じゃあじゃあ神様私は!? ブリちゃんより良いのじゃなきゃヤダよ!?」

 

「わん(くっさ! お前酒くっさ! 飲みすぎだろ!)」

 

 

名犬ポチにしがみつき懇願するクレマンティーヌ。

ブリタとクアイエッセをもってしても引きはがせない。

 

 

「わん(分かった! 言う! 言うから! お前はそうだな…。クソ変態濡れマン野郎だから『性女』だな!)」

 

「な、なんと…! クレマンティーヌがですか!? い、いや神がそう仰るなら止めはしませんが…」

 

 

なぜか目が泳ぐニグン。

 

 

「おら! 言えニグンー! 神様は何て言ったんだー!?」

 

「く、首を絞めるな苦しい! か、神はお前を『聖女』だと!」

 

「えっ…『聖女』…?」

 

 

クレマンティーヌの手がニグンの首から離れる。

そしてその手を自身の火照った頬に当てる。

 

 

「だ、だって『聖女』って…。私そんな称号受け取るようなことしてないし…。あっ! ってことはそういう意味だよね!? そういうことなんだよね!? 嘘っ!? 神様私のことそういう風に想ってくれてたの!? きゃー!」

 

 

顔面を抑えてバタバタと暴れまわるクレマンティーヌ。

名犬ポチは知らない。

『聖女』とは神聖な事績を成し遂げた女性に贈られるのが一般的であるがそれ以外の意味合いもある。

神から贈られたとされる場合だ。

基本的に教会に身を置くシスターたちは神にその身と心を捧げるため独身を貫くといった風習がある。

もちろん教えによって差はあるがそう考えるのが一般的である。

そんな彼女らが神から『聖女』という称号を贈られることが何を意味するか。

前述したように何かを為したわけでなければ、神にとって特別な女性であるという意味合いになる。

つまり、この場合においては…。

 

 

「か、神よ! お考え直し下さい! 我が妹のことで本来は喜ぶべきことなのかもしれまんがあれは貴方様に相応しくありません!」

 

「落ち着かれよクアイエッセ殿、神のお決めになったことだ。我々が何かを言うべきではないだろう」

 

「う、ううむ…」

 

 

複雑な思いを抱きながらもなんとか飲み込むクアイエッセ。

なぜなら次に神から栄ある称号を頂くのは自分なのだから。

 

 

「神よ! わ、私は一体何でしょうか!?」

 

 

期待に溢れた瞳で名犬ポチを見つめるクアイエッセ。

この時、名犬ポチの額を一筋の汗が流れる。

 

「わん(クアイエッセか…。うーん、何にもねぇぞこいつ…。そう考えるとこいつって別にいてもいなくても関係ないんじゃ…)」

 

 

純白のメンバーの中で言うならば最強であるクアイエッセ。

だが悲しきかな。

彼は他の者に比べてキャラが薄かった。

あくまで神にとってという話だが。

 

 

「わん(お、俺ちょっとトイレ行ってくるわ)」

 

 

不意に席を立つ名犬ポチ。

 

 

「あっ! 神よ、どこに!?」

 

 

そんなクアイエッセの制止を振り切り全力でダッシュし部屋を飛び出す名犬ポチ。

 

 

「あぁぁあ! 神よぉぉぉおお!!」

 

 

それを追うようにクアイエッセも飛び出していく。

この後、数日間クアイエッセに追われることになる名犬ポチ。

後に名犬ポチは語る。

「あの時のクアイエッセはどうかしてた。舌は飛び出て涎を撒き散らすし、奇声を上げながら四つん這いで走る姿は忘れられない。視線も定まってなかったしあれは気が狂ってますわ」と。

だがそれを語っている最中にもクアイエッセに襲われることになる名犬ポチであった。

 

 

やはり名犬ポチに平穏は訪れない。

受難の日々は続く。




次回『善なる魔王と愉快な仲間達』ずっとデミウルゴスのターン!



ドラウ「救われた、私は神のもの」
ニグン「神の代弁者、やったぜ」
ブリタ「神の剣ってなに」
クレマン「聖女キター!」
ポチ「俺はそんなこと言ってない」
エッセ「神よぉぉぉ…」



竜王国がやっと終わった…。
今回も本来なら二つに分けたいぐらいの分量になってしまったのですがこれ以上引っ張るのもあれなので一話に詰め込みました。
省き気味な箇所もあるので読みづらかったらすみません。

次からまた王国に戻りますのでどうかよろしくお願いします。

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