オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


竜王国を攻め落とさんとするビーストマンの前に悪神あらわる!


※前篇、後編ときたら中編もあっていいと思うんですよね
そして全く同じことを前に言った気が…、気のせいかな


世界の中心、名犬ポチ 中編

昔々ある所に、厳密には700年程前にこの地に神が舞い降りました。

 

当時、この世界はありとあらゆる種族により血で血を洗う凄惨な争いが繰り広げられていました。

弱き種族は迫害され、奴隷のように扱われていました。

もちろんこの世界に来た神も容赦なくこの争いに巻き込まれてしまいました。

 

神の体はとても小さかったのですが不思議な力を持っていました。

さらに神は何匹もの自身に似た獣を連れていたのです。

神とその獣たちは強く、他者を寄せ付けませんでした。

 

しかし争いを好まない神はある場所に国を作りました。

その国ではどんな者でも平等に生きることができました。

神は何者をも差別せず、助けを求める全ての種族に手を差し伸べました。

気づけばそこには沢山の種族が集まっていました。

その中には我々ビーストマンの祖先と人間達もいました。

神の庇護の元、争いから解放された種族達はこの国で平和に生きていくことができるようになりました。

 

しかしさらに100年後、別の神達がこの地に舞い降りたのです。

それが六大神です。

六大神は前の神と違い、全ての種族を助けようとはしませんでした。

六大神は自身の姿に最も近い人間達のみを助け始めました。

神が作った国の外にはまだ多くの人間達がいて今もずっと迫害されていたのです。

 

六大神は強かったので各地で人間達を助けていきました。

そして人間達は六大神の元、繁栄することができたのです。

 

その時、神の国で保護されていた人間達は思いました。

 

自分達も六大神の元に行けばあそこにいる人間達のように繁栄できるのではないかと。

今よりも良い思いをすることができるのではと。

六大神は主に迫害されていた人間達を助けていたのでこの国にいる人間達は良い案を思いつき実行しました。

自分達も迫害されていると嘘を吐いたのです。

 

その話を聞きつけた六大神はすぐに現れました。

そして神達の戦いが始まったのです。

神は六大神を説得しようと何度も対話を持ちかけましたが六大神は聞く耳を持ちません。

それもそのはずです。

保護されていた人間達があることないことを六大神に吹き込んだからです。

神の言葉は言い逃れの言葉としか思われませんでした。

 

六大神は強く、流石の神も六人もの神を相手にしては手も足も出ませんでした。

そして六大神の魔の手は神だけでなく、神が保護していた亜人種達にまで及びました。

ですが神は偉大です。

神は自分の身よりも保護していた種族達の安全を優先しました。

神が足止めをしている間に我々ビーストマン達も逃げ延びることに成功したのです。

そして神の国は滅びました。

我々ビーストマンの祖先が最後に見た神の姿は、保護していたはずの人間によって磔にされる姿でした。

 

そして人間は歴史から神の存在を抹消しました。

それもそのはずです。

神に関連する全ての事をもみ消さなければ本当は迫害など無かったと証明されてしまうからです。

 

我々の祖先は心に誓いました。

 

どれだけ時間が経とうとも必ずや人間達に復讐し、神の国を取り戻すのだと。

 

それが我々ビーストマンという種族の使命であり、神への信仰の証なのです。

 

 

   終わり。

 

 

 

それはビーストマン達に伝わる言い伝え。

もちろんこれ以外にも神の残した言葉は沢山ある。

 

その一つが悪神の存在。

 

かつて神がいた世界で神と同等の存在と謳われた対を為す悪魔。

神はおっしゃった。

あれは我々とは決して相いれない存在。

悪意の塊。

出会えば争わずにはいられない。

だからもし出会うことがあれば全力で逃げよ、と。

 

 

そして今その悪神はビーストマン達の目の前にいる。

 

言い伝えは正しかったとすぐに誰もが理解するだろう。

なぜならビーストマンの歴史はここで終わるからだ。

神の無念も、人間への復讐も何も為せない。

悪神の手によって全てが蹂躙される。

 

この世界からビーストマンという種が消え去るのだから。

ビーストマン達は何を為すことも無く滅びるのだ。

 

悪という存在はいつでも他者を踏みにじる為に存在する。

 

 

 

 

 

 

 

「い、嫌だ…! か、神の無念も晴らせずこんな所で終わるなんて嫌だ…!!!」

 

 

ビーストマン達の王である獣王は震え泣きながらも必死に言葉を紡ぐ。

 

 

「わん(ど、どうしたんだよお前、何泣いてんだ? 悲しいことでもあったのか?)」

 

 

急に狼狽する相手を見てさすがの名犬ポチも驚きを隠せない。

 

 

「お、お前に何が分かる…! 我々ビーストマンがこの600年どんな思いで生きてきたか…! 我々は弱く、やせ細った大地で必死に生きてきたのだ…! 復讐する時を夢見て必死に強くなること、そして生き残ることだけを考えてきた…! そしてついに手に入れたのだ力を! 数百年にも渡る研鑽で人間達を蹂躙できる力と体を手に入れた! やっと…、やっと我々の悲願が叶うというのに…! なぜこの時になって邪魔をしに来るのだ!!!」

 

「わ、わん(お、おい待て落ち着けって。誰かと間違えてんだろ)」

 

「邪悪にして…、この世全てを嘲笑い踏みにじる者…! やはり神のお言葉は正しかった…! こんな、こんな者が存在していていいわけがない! 認めん…! 我は絶対に認めんぞ! お前はこの世に存在していてはいけないのだっ!!!」

 

 

獣王がその手に持った巨大な大斧を名犬ポチ目掛けて振りかぶる。

 

 

「わん!(うわっ! 急になんだよ!)」

 

 

咄嗟に<超越化>のスキルを発動し己のステータスを66相当まで引き上げその一撃を受け止める。

 

 

「なっ…!」

 

「わん(危ねぇな! 今のはちょっとやばかったぞ! 元のままだと怪我してた!)」

 

 

プンスコ怒る名犬ポチを前に獣王と周りのビーストマン達が戦慄する。

なぜなら獣王のその一撃はドラゴンをも殺す一撃だからだ。

 

獣王がなぜビーストマンの中で歴代最強と謳われたのか。

 

それは彼が竜殺しを為したからだ。

 

かつてビーストマン達の国を一匹のドラゴンが襲った。

そのドラゴンは強く、竜王を名乗っていた。

ビーストマン達は手も足も出なかった。

だがもちろんただやられるわけにはいかない。

その時、単身でドラゴンに挑みかかった者がいた。

それが獣王。

その戦いは一昼夜続いたが、ついに獣王はドラゴンを倒すことに成功したのだ。

そしてそのドラゴンの骨から削り出したのがこの大斧。

 

ドラゴンを殺す獣王の力とそのドラゴンから作った最強の大斧。

その一撃は大地を割り、空すらも切り裂く。

誰にも止められる筈がないのに。

 

悪神は易々と片手で受け止めた。

 

 

「あ…、あ…!」

 

 

絶望に染まる獣王と、崩れ落ちる周囲のビーストマン達。

やはり言い伝えは本当だった。

神と対を為す化け物。

我々の手に負える筈などないのだと。

 

 

「逃げろっ…!」

 

 

獣王が声を絞り出す。

 

 

「我を置いてお前らだけでも逃げろっ!」

 

「そんなっ!?」

 

「何を獣王様!?」

 

「バカが! 見てわからんか! こやつには誰も勝てん! 我が時間を稼ぐ! お前らだけでも逃げて生き延びるのだ! ビーストマンの血を絶やすなっ!」

 

 

だがそれが不可能なのは全員が知っている。

 

ここから逃げ出してもビーストマンに待っているのは破滅だけだ。

散り散りになれば他種族から狩られ殺されるだろう。

国に帰っても、もうあの国に実りは残されていない。

餓死するのをただ待つだけだ。

 

だから、だからこそビーストマンという種が生き残る為には。

竜王国を滅ぼすしか道は無かったのに。

 

 

「なぜだ…! なぜこんなことを…! 他種族に戦いを挑んで破れるならいい…、諦めもつく。あるいは600年前のあの時、逃げ延びた我々を狩りにくれば良かったのだ…! なぜ! なぜ今になって…! この長い時を経て、我々の悲願が叶うかもしれないという段階になってなぜそれを摘みに来るのだ…! 酷い、酷すぎる…! もし我々に最初から未来が無かったというのなら…、希望など持たせるなっ…! あの時に殺してくれれば良かったのに…!」

 

 

名犬ポチを前に泣きじゃくる獣王。

何を言ってるかわからないのでひたすら困惑する名犬ポチ。

 

 

「何をやってるっ!? 早く逃げんかっ!!」

 

 

未だ逃げずに狼狽しているビーストマン達へ檄を飛ばす獣王。

 

 

「し、しかし獣王様…!」

 

「諦めるなっ! 例えそのほとんどが滅んだとしても! わずかでも生き残れれば再び陽の目を見ることができるやもしれぬっ! しかしここにいては待っているのは確実な死だけだっ!」

 

「じゅ、獣王様っ…!」

 

 

その言葉でやっとビーストマン達が動き出す。

例え破滅しか待っていないと理解していても。

ほんのわずかな可能性に賭けてこの場から逃げ出す。

誇りも名誉も何もかもを捨てて。

 

 

「わ、わんっ!?(お、おいお前らどこ行くんだよっ!)」

 

 

急に逃げ出したビーストマン達を前にわけもわからず困惑する名犬ポチ。

 

 

「お前の思うようにはさせんぞ悪神…! ここから逃げ延びた同志たちが腐肉を喰らい、泥水を啜ってでも必ずや生き延びてくれるだろう…! この命に代えてでもこの我が同志が逃げ延びる時間くらいは稼いでみせるっ…!」

 

 

ここにきてやっと事態が飲み込めてきた名犬ポチ。

詳しいことはわからないがなぜかビーストマン達は敗走を始めるらしい。

 

 

まずい。

 

 

咄嗟に名犬ポチは思う。

 

彼はこの戦争において圧倒的な決着を回避するためにここに来ているのだ。

ドラマチックな展開など何もなく、なぁなぁで、あるいは引き分けという形が望ましいのだ。

他のプレイヤーの存在を確信した今となってはこの世界の基準を逸脱した力を思わせる事件などあってはならない。

少なくとも自然のままに放置しておいてこの国が亡びるならまだ良かった。

しかしニグン達の暴走が全てを変えた。

ニグン達によってこの亜人種が殲滅させられることなどあってはならないのだ。

自分の与えた装備のおかげでニグン達という存在はパワーバランスを崩してしまっており放っておけばそうなってしまうのは必然。

だからそれを防ぐ為に介入したというのに。

結果的にこいつらが全員、敗走?

そしてその後、なぜか種が滅ぶなどということがあったらどうなるか。

ドラマチックすぎる。

 

少なくとも自分であればそこにはプレイヤーの介入を疑わざるを得ない。

 

だからダメだ、このままでは。

 

 

「わん!(は、話し合いで解決しようよ! ねっ! 平和が一番だよ、君もそう思うだろ!?)」

 

 

だが名犬ポチの言葉は伝わらない。

獣王は震えたままで、他のビーストマン達はどんどん逃げ出していく。

 

 

「わん!(やめてぇ! 行かないでぇ! お願い!)」

 

 

手詰まりになった名犬ポチは苦し紛れにスキルを発動する。

 

それは<愛玩のオーラ>。

 

自身が放つオーラに触れた相手を状態異常に追い込むスキルである。

Iで興奮。

IIで熱狂。

IIIで狂乱。

IVで心酔。

Ⅴで卒倒。

現地の者には<愛玩のオーラI>でも十分な効果を発揮するのだがそんなことなど知らない名犬ポチは<愛玩のオーラⅤ>を発動してしまう。

そして効果範囲を広げる為に課金アイテムを駆使する。

故にその効果はここにいる十万のビーストマン全てに及ぶことになる。

 

一瞬で全てが変わった。

 

名犬ポチを中心に温かくぽかぽかとした謎の気配が周囲へと広がり10万ものビーストマン達を包み込む。

ビーストマン達がこのスキルに耐えられる筈も無い。

このオーラから放たれる優しさと柔らかさすら感じ取る間もなく全員が気を失う。

かくして、たった一瞬で十万ものビーストマン達が地に伏した。

 

 

「あ、あ、ああああ…!!」

 

 

ただこの時、一人だけスキルから逃れた者がいた。

それは獣王。

その胸にかかる首飾りは神の残した遺産。

低位の状態異常を無効にするアイテムだった。

だから彼はこの場で起きたことを余すことなく目にしていた。

絶望など生ぬるい。

もっと深い感情が彼を包んでいた。

何をしても、悪神からは逃げられない。

 

 

「わん?(ん? お前それユグドラシルのアイテムか? それにそこにある旗…、どこかで見た気が…)」

 

 

何かに気付きそうになる名犬ポチ。

それは何度も目にしたはずの宿敵の紋章。

しかしそこは名犬ポチ。

 

 

「わん(うーん、汚れててわかんねーな。気のせいか)」

 

 

彼はポンコツであった。

 

 

「わ、我々をどうする気だ…! やはり殺すのか…! ここにいる全員を…!」

 

 

未だ同じことをのたまう獣王。

駄目だこいつ話通じねぇ。

そう確信する名犬ポチ。

しかしリーダーであるこいつをどうにかすればこいつらを説得できるんじゃないか?

そう考える名犬ポチ。

 

 

「わん(お前らの都合など知ったことじゃないし、何を言ってるかもわからん。だからな、お前には俺の意思を伝える道具になってもらおう…)」

 

 

ニヤリ、と悪い顔をする名犬ポチ。

 

何か恐ろしい事が起きると獣王は確信する。

それは自分達が想像する悪意の遥か上を行くものなのだと。

ビーストマン達の存在の否定。

種の終わり。

 

 

「わん(今日からお前は俺の仲間だ。さぁ皆を説得してくれたまえ)」

 

 

そして魔法を発動する。

 

 

「わん(《トゥルー・パピー/真なる子犬》)」

 

 

それはかつてユグドラシル最終日にライバルとの闘いでも使った魔法。

第9位階に存在するこの魔法は対象を強制的に子犬化させる。

低位の回復魔法では戻せないという恐ろしい魔法である。

無論、彼の持つ首飾りも第9位階の前では役には立たない。

そして魔力の乏しい獣王では元々レジストなど出来る筈も無い。

 

獣王が激しい光に包まれる。

 

獣王の中の全てが変わっていく。

あれだけ焦がれた復讐の気持ちも、神への信仰も。

何もかもが薄れていく。

新しい何かで塗りつぶされていく。

あれだけ恨んでいたはずの人間になぜか親近感すら感じていくような気がする。

怖い。

あれだけ信じてきたことが。

あれだけ費やしてきたことが。

全て否定され書き換えられる。

これが、悪神。

 

やがて光の粒子と共に獣王の体が消えていく。

 

後に残ったのは小さな生まれたての子犬だけ。

 

 

「く、くぅ~ん…」

 

 

まるで生まれ変わったかのような新しい感覚と開放感に困惑する獣王。

その時、ふと獣王の腹が鳴った。

そういえばこの戦いを始めてからほとんど飯を食べていない。

まさか体が変わっても空腹は変わらないのかと少し可笑しな気持ちになる。

 

 

「わん(なんだ腹減ってんのか、ドッグフード食うか?)」

 

 

そう言って差し出されたドッグフードなる物に咄嗟に飛びついてしまう獣王。

美味しいご飯を食べれるだけで無上の喜びを感じてしまう。

 

 

「わん(美味いか? お~、よしよし)」

 

 

自分の頭をなでる悪神の手がなぜか愛おしく感じる。

不思議なことに生きてきた中で最も幸福感に包まれている気がする。

 

頭を撫でられ、尻尾を全力で振りながらエサを食すその姿にはもう何の威厳も無い。

 

ビーストマンを統べ、ドラゴンをも殺す獣王。

 

それはもうどこにもいない。

 

 

 

 

 

 

 

竜王国、王城の玉座の間。

そこにいるのはドラウディロンと宰相、そしてクリスタル・ティアの面々。

例外なく誰もが世界の終わりのような表情を浮かべていた。

 

 

「アダマンタイト級冒険者クリスタル・ティア…」

 

 

玉座に座るドラウディロンが小さく呟く。

 

 

「ここまで国の為に働いてくれて本当に感謝する…」

 

 

子供の姿であるドラウディロンが恭しく頭を下げる。

いつものような子供の仕草や口調などは影を潜めている。

 

 

「じょ、女王…?」

 

 

ドラウディロンを前に跪いているクリスタル・ティアの面々。

そのリーダーであるセラブレイトがいつもと違う様子のドラウディロンを怪訝に思う。

 

 

「もう十分だ…。むしろここまで付き合ってくれたことに感謝する…。お主たちがいたからこそ我が竜王国は今日まで持ちこたえることが出来たのだ…。女王としてお主たちに最大限の敬意と感謝を…」

 

「な、何を女王…?」

 

「この城に残っている物であれば何でも好きに持っていくがよい…、まぁ大した物はもう残っていないが路銀の足しくらいにはなろう? 済まんな、ここまで尽くしてくれたお主たちにしてやれることがこのくらいで…」

 

 

その表情からもう全てを諦めていることがわかる。

セラブレイトとて今の状況は痛いほど把握している。

もうビーストマン達の勢いは止められない。

だからこの首都が、城が落ちるのは時間の問題だ。

竜王国は滅びる。

 

 

「宰相、お主も早く国を出る準備をせよ。道中は厳しいものになるだろうし、安全も保障されていないがここで命を散らせるよりはマシだろう…?」

 

 

横に立つ宰相に向けてドラウディロンが言う。

しかしゴホンと一息入れて宰相が反論する。

 

 

「お言葉ですが女王、私は生活水準を下げるのが死ぬほど嫌なのです。この地位で好き勝手生きてきた私が今さら難民のような生活が出来るとお思いですか? 悪いですが最後までここで贅沢三昧に過ごさせて頂きますよ」

 

「ははっ、嘘つきめ。この国で贅沢できる人間など私を含めて誰もおらん。食事だって民と変わらない。金が無いのは誰よりもお主が一番わかっているだろうに…」

 

「女王がなんと言おうとも私は意見を変えるつもりはありませんよ」

 

「全く、困った奴だ…」

 

 

ドラウディロンが軽く苦笑する。

 

 

「女王様こそお気持ちは変わらないのですか?」

 

「ああ、国の再建の目途が立つならまだしも滅亡しか道が残されていない国の王が逃げ出してどうする? そんなことでは国の為に死んでいった兵士や民に顔向けできないだろう? 国が亡びるのならば王も共に滅びるべきだ。それが私の、いや王たる者の最後の務めだろう…。無能な王とて、その務めぐらいは果たせる…」

 

 

悲しみと諦念が入り混じった声で話すドラウディロン。

今まで必死に王としての重責を担ってきた。

今更投げ出すことなどできない。

それにドラウディロンとて自身の責任が無いとは思っていない。

自分がもっと有能であれば違っただろう。

もっと外交に長けて入れば。

もっと経済を上手く回すことができれば。

何か特産品でも作る事ができれば。

何でもいい。

どんなことでも、何か一つでもできれば国の未来は違ったかもしれない。

だがこの国が他の国と交渉できる物、引き換えにできる物など何も無かった。

日々、生きるだけで必死な貧乏国家だ。

だからこうなったのは必然。

自分が無能だからこそ国は滅ぶのだと。

そうドラウディロンは思う。

 

 

「女王様!」

 

 

突如セラブレイトが大きな声を上げる。

ドラウディロンや宰相、彼のチームメンバーでさえ突然のことに驚く。

 

 

「貴方は十分に務めを果たされています! その小さな体でこの国の全てを背負ってきたのも分かります! その小さな体で!!!」

 

(なんで小さな体を二回言った…?)

 

 

少し疑問を抱くが話の文脈的に重要では無いので聞き流す。

 

 

「責任など感じる必要などありません! 未だ幼いその身で十分すぎる程に働かれています! むしろ子供の身でありながら国の為に誠心誠意働くその御姿に私は…、私はっ…!」

 

 

急に泣き出すセラブレイト。

そしてやたら子供であることを押し出され気まずくなるドラウディロン。

子供の方が皆の受けが良いという理由でこの形態になっているが本当は大人の姿をしているのだ。

もちろん女王の地位に就いて短くない月日を過ごしているが竜の血を引いているという理由で成長が遅いと思われているらしく、精神年齢もその姿と変わらないと誤解してくれる者が多い。

セラブレイトもその一人だ。

 

 

「あ、い、いや、うん…。そ、そう言ってくれて嬉しい、ぞ…」

 

「なんと勿体なきお言葉!」

 

 

先ほどまで泣いていたと思えばドラウディロンの愛想笑いに目を輝かせているセラブレイト。

 

 

「ま、まぁそれは置いておいて、だ。お主たちも早く逃げるがよい。お主たちならば難なく脱出できるであろう? それにアダマンタイト級冒険者、どこの国にいっても苦労することはあるまい」

 

「そんな女王! 私に女王を見捨てて逃げろと仰るのですか!? いいえ! お断りいたします! できるはずがありません! 女王、貴方を守ることが私の責務です! もし逃げろと仰るのなら貴方様もご一緒に! ああ、安心して下さい! 何があろうとも私がお守りいたします! 一生!」

 

(一生!? てか顔、近っ)

 

 

テンションが上がりすぎてドラウディロンの目前まで迫っているセラブレイト。

もちろんドラウディロンへの想いだけでなく、ビーストマンの非道を許せないという気持ちもある。

あの人々の嘆きをセラブレイトは忘れてはいない。

 

 

「そ、その気持ちは嬉しいがお主は冒険者…。私の為ではなく民の為にその力を使うべきであろう…?」

 

「うっ、し、しかし…」

 

「食料も無い、金も無い、国から逃げても生き残れる者は少ないだろう。中には怪我をしてもう国から出られない者すらいる。私には彼らを置いていくことなどできないよ。もし逃げるとするならば私は最後だ…」

 

 

憂いを帯びた表情で微笑むドラウディロン。

 

 

(か、可愛い…!)

 

 

ドキドキを抑えられないセラブレイトだが、すぐに我を取り戻す。

 

 

「な、ならばこそ私も残ります! 私が最後までこの国を守ります!」

 

「それが不可能なのはお主とて承知しておろう? 気持ちは嬉しいがお主とてチームのリーダー。チームの安全を考えるべきではないのか…?」

 

「そ、それは…」

 

 

セラブレイトには反論できない。

その通りだったからだ。

自分の為にチームの皆まで巻き込むわけにはいかない。

ならば自分だけでもと、そう言いかけた時。

 

 

「じょ、女王様っ!」

 

 

玉座の間の扉を勢いよく開け、兵士の1人が慌てた様子で入ってくる。

 

 

「た、大変です! ビ、ビーストマンが! ビーストマンの軍団が!」

 

「くっ! ついに攻めてきたか!」

 

 

玉座から立ち上がり険しい顔をするドラウディロン。

クリスタル・ティアの面々も宰相もついに来たかという顔で兵士の言葉の続きを待つ、が。

 

「何が起きたかわかりません! た、ただビーストマンの軍団が二つに割れています!」

 

「!? 二手に分かれて攻撃してきているということか!?」

 

「ち、違います! ハッキリとは断言できませんが、あれは…! あれは何者かから逃げているように思えます!」

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「ちょ、直接見て頂いた方が早いかと…!」

 

 

意味がわからない。

兵士の案内の元、ドラウディロンも宰相もクリスタル・ティアも外を見れる場所まで出る。

眼前に広がるビーストマンの軍団は報告の通り確かに二つに割れていた。

まるで何者かを通る道を作るかのように。

 

だがそれだけではない。

ここからでも分かる。

ビーストマンの軍団は恐慌状態に陥っている。

統制は取れておらず、皆が慌てふためいている。

 

 

「な、なんだ…!? 何が起きている…!?」

 

 

ドラウディロンの疑問に答えられる者はいない。

ここにいる全員が目の前で起きていることを理解できていないのだから。

 

だが次の瞬間。

さらに理解できない事態が彼らを襲う。

 

 

「っ…!?」

 

 

ビーストマンの軍団の先頭付近で何かが突如激しく光り輝く。

それが合図だったかのように10万ものビーストマンの軍勢が一気に逃走を始める。

何かから逃げるようにその足取りに迷いは無く、示し合わせたように誰もが一心不乱に全力で逃げ出している。

 

しかしそんな彼らを逃がさぬとばかりに、目に見える程の魔力のオーラが先ほど何かが輝いた場所あたりから放たれビーストマンの軍勢を覆うように広がる。

 

不思議な力だった。

まるで救いのような。

全てを許すような優しき魔力の奔流。

魔力を有するドラウディロンにはその本質が理解できた。

こんなものは知らない。

竜王である祖父やその仲間ですらこんな力は持っていない。

それは他者を害するものではなく、何かもっと別の。

 

そして気づけば。

動くビーストマンは一人も残っていなかった。

誰も彼もが気を失い地に伏している。

 

 

奇跡だ。

 

 

誰かが言い出した。

その通りだとドラウディロンも思う。

この時、祖父から聞いた話を思い出す。

 

100年の揺り返し。

 

それは一定の間隔でこの世界に神が舞い降りるとされる昔からの言い伝え。

六大神や八欲王がそれに当たるとされているがそれ以降は主だった神の降臨は確認されていない。

祖父の話によると13英雄の中にも神がいたらしいが一般には知られていない。

なにはともあれだ。

それらの話は全て大昔の話でありドラウディロンには関係の無い話だった。

正直に言うなら神という存在すら疑っている。

恐らく神と形容されるほど強き者が居ただけで、ただの言葉のあやではないかと。

そう思っていたのに。

 

 

「ま、まさか…」

 

 

祖父からの話で以前、神が降臨したとされる時期を思い出す。

そこから計算していくと確かに符合する。

八欲王が来てからは約500年。

13英雄から数えれば約200年。

 

 

「ほ、本当に実在したのか、神は…。いや、ぷれいやーは…」

 

 

先ほどまでの絶望などどこへやら。

劇的な変化についていけずただただ茫然と立ち尽くすドラウディロン。

 

ただ一つ、願わくば。

八欲王のようにこの世界に害を齎す悪神でないことを祈るだけだ。

ただ、なんとなくそうではない気がする。

 

ここからでも感じるその神々しきオーラ。

先ほど感じた救いのような優しき魔力。

今まで感じた何よりも慈愛に溢れている。

 

きっと神は、この神は。

 

世界を救うために現れたのだと。

 

ドラウディロンにはそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

ドラウディロンがそれを目撃したのと同じ時。

 

神を追って竜王国に向かっていたリグリットも遠くの丘の上からその全てを目撃していた。

 

 

「お、おおお…! なんという力…! なんと静かで柔らかな魔力か…! まるでこの世全ての者を許すかのような…」

 

 

その力を前に、年甲斐もなく感動し、涙を流したまま膝から崩れ落ちるリグリット。

 

やはり神はいた。

そしてエ・ランテルを救ったように竜王国も救うのだと。

 

リグリットは確信する。

やはりあの御方は我々人類を救済する為に現れたぷれいやーなのだと。

この世界から闇を斬り払うために舞い降りた救世主なのだと信じて疑わなかった。

 

そう思うと喜びと興奮を抑えられない。

 

 

「見ているかツアーよ…、お主の死は無駄では無かった…。ここにおったぞ、あの悪しきぷれいやー達と対を為す正しきぷれいやーが…」

 

 

かつて共に戦った13英雄のリーダー。

そのリーダーを思い出すリグリット。

まだ世界は終わっていない。

評議国が滅ぼされ、法国も滅んだ。

だがここにいる正義の心を持ったぷれいやーがきっと世界を導いてくれる。

 

そう信じてリグリットは竜王国へと足を向ける。

その足取りは今までよりも軽く希望に溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

多くの者が目撃した奇跡。

 

竜王国の兵士達と、クリスタル・ティア、そしてドラウディロン女王は城から。

神を追って竜王国に来ていたリグリットは遠くの丘の上から。

 

そしてニグン達は制圧した都市の高台から。

 

 

「ニ、ニグン様、あ、あれは…」

 

 

部下の1人がニグンへと声をかける。

 

 

「あ、ああ…。間違いない…、神だ…」

 

 

ここからでも感じるその溢れ出る力に感動に打ち震えそうになる。

 

だが、なぜ、という疑問がニグンを包む。

神は最初、自らがこの国を救おうとはしなかった。

それは自分達を試す為だと思っていた。

しかし都市を解放していくうちにだんだんと自分の行いが正しいのかわからなくなってきていた。

神の力を求め、神に縋りたくなる気持ちで一杯になった今この時。

 

再び神は奇跡をおこされた。

 

まさか自分達の至らなさ、不完全さを理解させる為だったのか。

真なる救済の本質を我々に示すために。

はっ、と思う。

まだ神の奇跡は終わっていないのではないか、そう思う。

 

ビーストマン達を倒すだけならば奇跡足り得ない。

ならば奇跡とは。

奇跡とは、この世の常識を超越したもの。

不可能を可能にすること。

 

ならば、ならば神は。

 

 

「ニ、ニグン様っ!?」

 

 

突如駆けだすニグン。

慌てて部下達がその背を追っていく。

 

 

「ま、まさか神…、あ、あなたはっ…!」

 

 

先ほど感じた神の力。

そこには敵意のようなものなどなく、愛すら感じた。

もしそれが正しいとするなら。

 

 

「あなたはビーストマンすら救おうとお考えなのですかっ…!?」

 

 

頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えるニグン。

そんな発想など生まれてこのかた覚えたことが無かった。

 

だが考えれば不思議でも何でもない。

 

偉大なる神がこの世全ての命を愛し、救おうとしても何の不思議もない。

 

常識で測れない程の慈愛。

信じられないような深き博愛。

何よりも大きな恵愛。

 

だが。

だからこそ神。

どこまでも偉大で至高なる存在。

 

今になって分かった。

なぜ神が最初、この国を救うという自分の提案に難色を示したのか。

それは救いでは無かったからだ。

ビーストマンを殺し人間を救う。

それは神の救済でない。

 

これが、これこそが神の。

 

 

「あぁあぁぁぁああかみぃぃぃいいいい!!!!」

 

 

ニグンの中で何かが弾けた。

まるで最初に神の御業に触れた時のように再びニグンを激しい絶頂が迎える。

 

やがて力なく倒れるニグンだがその表情は形容できないほど緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

「わん(うーん、皆起きねぇなあ)」

 

 

仰向けになった獣王の腹を撫でながら名犬ポチは思う。

未だ十万ものビーストマン達は気を失ったままで一向に目覚める気配が無い。

 

 

「わん(説得は後回しとしてとりあえずニグン達を止めるか)」

 

 

そしてスキルを発動する。

それは<中型犬創造>。

最大Lv.40の犬を創造できるスキルである。

別に小型犬でも良いのだが単純に中型犬のほうが足が速いためである。

かといって大型犬にしてしまうとあまり沢山は創造できないので一度に12体まで創造できる中型犬が適切と判断したのだ。

 

 

「わん(よーし、こいつらを使いに出し…うぇっ!?)」

 

 

驚く名犬ポチ。

なぜならそんな光景は初めて見るからだった。

 

近くで倒れている12体のビーストマンに異変が起こったのだ。

突如その手の肉球が風船のように膨れ上がったかと思うとビーストマンの体をその膨らんだ肉球が包んでいく。

やがてそれが全身を覆ったかと思うとその肉球を破り、中から創造した中型犬が出てきた。

 

 

「「「ばうっ」」」

 

「わん(え、え~…)」

 

 

初めて見る光景に目をパチクリさせる名犬ポチ。

 

 

(こ、これはビーストマンを媒介にしたということか…? な、なんで? ユグドラシルじゃこんなことなかったのに。てかカルネ村の時は普通に創造できたよな? あれ?)

 

 

しかし分からないことは深く考えないのが名犬ポチの良い所だ。

 

 

「わん!(まあいい! よくわからんがお前達はこの国の都市へ散れ! もしそこで戦いや争いがあれば何としてでも止めるのだ! そしてニグンという男を見つけた者はすぐに虐殺を止めさせろ! これ以上この国で死者を出させるな! それがお前達の仕事だ! 分かったか!?)」

 

「「「ばうっ!」」」

 

「わん!(よし! ではすぐに行動を開始しろ! 散っ!)」

 

 

名犬ポチの合図と共に12体の中型犬が解き放たれる。

その姿は早く、あっという間に見えなくなる。

 

 

「わん(ふぅ、とりあえずこれで一安心かな。被害を最小限に抑えておけばここにプレイヤーの存在を感じさせなくて済むだろ)」

 

 

疲れた名犬ポチはひと眠りすることにする。

この国は広いので中型犬達が戻ってくるのもしばらくかかるだろうと考えて。

 

 

そして数時間後、戻ってきた中型犬達から無事に命令を達成したと報告を受ける。

ニグンたち純白とも出会えたようで今はこちらに向かってきているらしい。

 

最初はどうなるかと思ったが結果的に上手くいったことに胸を撫で下ろす名犬ポチ。

 

しかしここで一つ気付く。

 

 

「わん(あれ? お前らいつまでいるんだ? もう制限時間は過ぎてると思うけど)」

 

 

目の前にいる中型犬達を見て思う。

とっくに時間は過ぎていはずでもう消えてもいいはずなのに一向に消える気配がない。

むしろ目算では遠くの都市まで言った奴は時間切れで帰ってくる前に消えるとすら思っていたのにそんなこともなく全員が無事に戻ってきている。

 

 

「わん(あっ! まさかビーストマンを媒介にしたからか!?)」

 

 

名犬ポチの読みは合っていた。

ただ、なぜそうなったかまでは理解していなかったが。

 

この世界にきていくつかの魔法やスキルには変化が起きている。

例えばモモンガの使うアンデット作成のスキルでは実際の死体を媒介に創造することで消えないアンデッドが作成できるようになっている。

同じように名犬ポチの犬創造のスキルにも変化が起きていた。

 

それは肉球がある種族を媒介にできるようになるというもの。

もちろん近しいレベルの者には通用しないしレジストも可能なのだが腐っても名犬ポチはカンスト勢。

ビーストマン程度が抗えるはずがなかった。

 

そのこと全てを名犬ポチは理解したわけではなかったがビーストマンが自分のスキルの媒介にできることだけは分かった。

それと同時にいけない気持ちがムクムクと大きくなる。

 

 

「わん(もしかして…、もしかしてだが…)」

 

 

深く考え込む名犬ポチ。

 

 

「わん(こいつら全員媒介にすれば俺の軍団作れるんじゃね?)」

 

 

そのことに悪魔が気づいてしまった。

 

 

「くーん」

 

 

腹を撫でられていた獣王が名犬ポチの言葉に賛同を示す。

生まれ変わって身も心も犬となり果てた獣王は新しき生を堪能していた。

価値観が変われば全てが変わる。

今となっては獣王も名犬ポチに仕えることを何よりも幸せと感じている。

だからこそ彼は名犬ポチの提案に心から賛成しているし嬉しく感じている。

自分の仲間達もこの幸せに包まれるのだから。

あれほど執着していたはずの復讐などもう欠片も覚えていない。

 

 

「「「ばうばうっ!」」」

 

 

周囲にいた12体の中型犬も獣王と同じく賛同する。

 

 

「わん(おー、そうかお前らも賛成か)」

 

 

ニタリと悪魔のように顔を歪ませる名犬ポチ。

いつだって自分の願望を後押しする者達の声ほど頼もしいものはない。

 

 

「わん(じゃあ、しょうがねぇなぁ…)」

 

 

この時を持ってビーストマンの未来は消えた。

 

 

 




次回『世界の中心、名犬ポチ 後編』神の軍勢、ただし弱い。


獣王「幸せ」
ドラウ「神きたー」
リグリット「やはり神」
ニグン「うっ…」
ポチ「眷属たくさん作るマン」


自分で言うのもなんですが宗教のような恐ろしさを感じる。

たまたま休みが取れたのですぐ続きを書けました、ただ意図せず3部構成になってしまったので早く次を投稿できるように頑張りますー。
しかし書いているとなんでどんどん長くなっていくんだろう。

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