オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!

王都での戦いが始まりドラゴンも巨人もクアゴアも瞬殺!
ルベド達フォーサイトはギリギリ王都IN!


至高なる存在

「わん(ああ、風が気持ちいいな…)」

 

 

空を見上げる名犬ポチの頬を優しく風が撫でる。

太陽は大地を照らし、雲が空を流れていく。

周囲に広がる植物は風を受け踊っているかのようにさえ思える。

広大な自然をその身体全てで感じる名犬ポチ。

それは疲れた名犬ポチの心を癒すかのようだった。

 

 

「わん(ふふ、このまま時が止まってしまえばいいのに)」

 

 

そう思っていたのもつかの間、遠くから悲鳴のような声が聞こえてくる。

気のせいだろう。

そう自分に言い聞かせるが風に血の匂いが交じり始めると否応なく現実に引き戻される。

気付かないままでいたいと願うも、思わず空を見上げていた顔を下に向けてしまう。

 

名犬ポチがいる場所は高い丘の上。

眼下に広がるは竜王国。

そこは現在、数万にも及びそうなライオンを思わせる二足歩行の亜人種に攻め込まれている。

ここから見るに多くの都市らしき場所から火の手が上がっている。

だが各地の都市の城門は破られ、すでに亜人種の多くが自由に行き来しているように見える。

 

そして首都であろうか、最も巨大で最奥に位置する都市のみが未だ無事のようだ。

だが多くの亜人種達がその残った都市に集まっているように見える。

 

まぁ、一言で言うならば。

この国は滅亡一歩手前だということだ。

 

そしてそんな国の惨状を見たニグン達純白が動かないはずがない。

彼等は丘を駆け下りると近くの都市へと突入していった。

しばらくすると一人も欠けることなく純白の面々が飛び出して次の都市へ向けて駆けていく。

恐らくこの亜人種相手に無双しているのだと思われる。

 

名犬ポチはヤバイ、と思った。

 

未だにこの世界の者達の強さのハッキリとした基準は分からないが少なくともこの亜人種達よりもニグン達の方が強いらしい。

だがこの亜人種達が竜王国という一国を滅ぼせる手前まで行けるということは、この世界の基準ではこの亜人種達はそこそこ強いのではないか?そう名犬ポチは考える。

つまり、だ。

恐らく純白の面々は名犬ポチが与えた装備のせいで強さの底上げがされてしまったのだ。

それはこの世界のパワーバランスを崩してしまう程のものだった。

名犬ポチが与えた装備は決して強い装備ではない。

だがそれはユグドラシル基準での話。

長い時をニグン達と過ごして。

そしてこの旅の中で寝食を共にして様々なことがわかった。

 

薄々気付いていたが、この世界の連中もアイテムもレベルが低すぎる。

 

だからこそだ。

他のユグドラシルプレイヤーと思しき連中が存在することが分かった以上、こんなことをしていてはすぐに見つかってしまう。

少しでも事態を抑えなければならない。

 

 

「わんっ!(ちくしょうっ! こうなった以上、ニグン達にゃ任せておけねぇ!)」

 

「ああっ! 神様待って下さいよぉ!」

 

 

突如、丘を駆け下りる名犬ポチをブリタが慌てて追っていく。

 

そう。

名犬ポチが現在、最も望むのは少しでも目立たぬようにすること。

 

ニグン達によって圧倒的勝利などを齎されては困るのだ。

出遅れたとはいえ、今からでも介入しこの圧倒的な戦力差をどうにかしなければならない。

仮にだが相手側の亜人種が優勢からの全滅などそんなドラマチックな展開などあってはならないのだ。

そんなことがあれば確実にプレイヤーの存在を匂わせる。

可能であれば互いの被害は少なく、あるいは同レベルの者同士が争ったような接戦でなければならない。

 

幸い亜人種の本隊らしき大部隊は首都付近に陣取っており、まだ純白の手は及んでいない。

まだ間に合う。

ニグン達よりも先に自分がやるのだ。

これ以上、この地で無駄な血を流させてはならない。

 

全ては自分の安全の為に。

その為ならば名犬ポチは最後まで絶対にあきらめないのだ。

 

白き神が全力で大地を疾走する。

 

ただ、後ろを走る女と速度はそんなに変わらないのだが。

 

 

 

 

 

 

この日を境に世界は名犬ポチを中心に動き始めることになる。

それはこれから名犬ポチが行うことによってではない。

 

ここから遥か遠くに存在するリ・エスティーゼ王国。

事件はそこで起きる。

そのうねりは王国を超え、世界を巻き込む。

 

名犬ポチが直接何かをするわけではなく、周囲が勝手に動き出すだけなのだが…。

そんな遠くの国でこれから起こることなど名犬ポチが知るはずもない。

なぜなら名犬ポチはそこにはいないのだから。

 

 

不在の神、魔の知将を動かす。

 

 

 

 

 

 

王国に帰還していたガゼフは突如混鳴り響いた騒音に驚き城の外に飛び出す。

そこから見た景色は想像を絶するものだった。

 

空には遠くからでもその姿が確認できるほど大きな存在がいたのだ。

それはドラゴン。

この世界で最強の種族とされる強大な生物だ。

 

 

「あ、あれはドラゴンなのか…? な、なぜここに…」

 

 

だがガゼフのその疑問はすぐに意味の無いものとなる。

瞬く間にドラゴンは何者かによって撃ち落とされたからだ。

 

ガゼフだけではなく、この国、いやこの世界の全ての人々が最強と信じる存在はあっけなく敗れた。

ドラゴンをいとも容易く屠れる者が今ここに存在する。

それは遠くから眺めていただけのガゼフ達にも理解ができた。

 

 

「おいおい、どういうことだよ…! あの数のドラゴンにも驚いたがなんで一瞬でやられてんだ…!? 一体何が起きたっていうんだよ…!」

 

 

ガゼフと共に王都を訪れていたブレインがその疑問を口にする。

だがその疑問に答えられる者などどこにもいない。

部下達と共にあっけにとられるガゼフ。

 

しかし次の瞬間、さらに信じられない事態が目の前で起きる。

 

突如、首都を覆う巨大な城壁を囲むように氷が現れどんどんせり上がっていく。

それは天にも届きそうなほど高く積みあがっていき、あっという間に王都を隙間なく包んでしまう。

ガゼフとブレインは気づいた。

何者かわからないがこの国を襲った者達は誰も逃すつもりなどないのだと。

 

遠くから人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

何が起きているかもう衛兵の報告など受けなくても理解できた。

この国は空前絶後の脅威に見舞われている。

王国戦士長としてガゼフがすることはただ一つしかない。

 

 

「行くのか、ガゼフ」

 

「ああ。アングラウス、お前とはここまでだな。少しの間だが楽しかった、達者でな」

 

「はっはっは、何言ってるんだよガゼフ」

 

「…?」

 

「まさか俺をのけ者にする気じゃないだろうな? 俺も行くぜ。こんな楽しそうな事お前だけで行かせられるかよ」

 

「…。死ぬぞアングラウス」

 

「もう俺は一度死んだようなもんだ。それによ、強い奴相手に逃げ出す為に剣の腕を鍛えてきたわけじゃねぇんだ。強い奴がいるなら会ってみたい、それだけさ」

 

「はは、アングラウスはバカなんだな」

 

「うるせぇ! お前にだけは言われたくねぇよ」

 

「はっはっは!」

 

「あっはっはっは!」

 

 

ガゼフとブレインの笑い声が周囲に響く。

その場にいたガゼフの部下達も釣られて笑い出す。

 

 

「戦士長! 我々も行きますよ!」

 

「ええ! 王国の兵士として恥ずかしくない働きをします!」

 

「そもそも逃げられそうにもありませんしね」

 

「最後まで御伴します!」

 

 

部下達の熱い視線を受け、ガゼフの心に熱いものが流れる。

 

 

「国が滅ぶかもしれないんだぞ…? 全くこんな時になってもそんな事を言ってくれるなんてな…。本当にバカで、本当に自慢の奴等だよ…」

 

 

表情を正し、ガゼフは号令を掛ける。

 

 

「これより市民の救出へ向かう! 皆着いてこい!」

 

「「「はっ!」」」」

 

 

 

 

 

 

霜の竜(フロストドラゴン)の一匹であるヘジンマールは大地から自らの同胞が撃ち落とされる一部始終を見ていた。

自らはその怠惰な体によって空を飛ぶことができなかった為、大地から魔法やブレスによって援護をする予定だったがそんな暇などなく、同胞は瞬く間に撃ち落とされてしまった。

 

気がつけば何をするでもなく、敵陣の中にただ一匹取り残されてしまった。

 

 

「ど、どうしよう…!」

 

 

不安と恐怖に支配されたヘジンマールは路地に姿を隠し、涙目になりながら震えていた。

恐らく自分が殺されるのも時間の問題だろう。

 

 

「なんでこんなことに…」

 

 

ヘジンマールは思い出す。

自分達がなぜこうなったのか。

それは一匹の悪魔が原因だ。

至高なる者のシモベと名乗っていた。

その悪魔が自分達の前に姿を現したのが全ての始まりだった。

 

 

 

ドワーフ旧王都フェオ・ベルカナを根城とする霜の竜(フロストドラゴン)達。

その群れを統率するオラサーダルク=ヘイリリアルはアゼルリシア山脈の頂点を霜の巨人(フロストジャイアント)と争っていた。

3匹の妃やその子供15匹たちと暮らし、クアゴアも支配下に置き順調に戦力を増やしつつあった。

 

だがそこに一匹の悪魔が現れた。

 

部屋に引きこもっていたヘジンマールが呼び出しを受け、玉座の間に赴いた時に見たものは悪魔の足元に傅く偉大な父の姿だった。

 

聞いた話によるとその悪魔はいとも簡単に父を力でねじ伏せたらしい。

そして命令に従わねば命は無い、と。

後ろに控えていた妃や他の子供たちも震えながら悪魔に傅いている。

どうやら自分が知らぬ間に色々あったのだな、とヘジンマールは思った。

 

だが力を絶対のものとして生きてきた自分達霜の竜(フロストドラゴン)

力で支配されることには悔しい思いをしつつも誰も文句など無かった。

それがこの世の摂理だからだ。

さらなる強者に顎で使われるのは当然のことなのだ。

 

ただヘジンマールとしてはもう引きこもっていられなくなったのを残念に思った。

 

そしてその悪魔は同じように霜の巨人(フロストジャイアント)をも力でねじ伏せ支配下においた。

こんな強者が存在するのだなと驚きを隠せなかった。

やがて自分達に下された命令はとある連中を襲撃することだった。

不安はなかった。

きっと他の者もそうだっただろう。

結果的に自分だけは別行動だったが誰も自分達がやられるなどとは微塵も思っていなかったに違いない。

その悪魔に敗れたとはいえ、霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)もアゼルリシア山脈を支配する王者、世界でも有数の強者なのだ。

自分達に敵うものなどそうそういない。

しかも今はあの悪魔が後ろについている。

加えてその悪魔にはさらなる強さを持った主がいるらしいのだ。

敵になるものなど存在しない。

そう、例えあの真なる竜王達ですら。

そう思っていた。

 

だが違った。

 

攻撃を仕掛けた相手も驚く程に強大だった。

しかもその敵は膨大な数であるにも関わらず、その一匹一匹が一騎当千の猛者に思えた。

戦力比で言えば自分達の前に現れた悪魔すら相手にもならないレベルだった。

 

ああ、やはり世界には知らないことばかりだ。

そうヘジンマールは思った。

世界はあまりにも未知で、こんなにも強い者達がいるのだ。

まだまだ知識が足りなかった。

もっと勉強したかった。

だがそれはもう叶わないだろう。

同胞は皆、殺された。

自分が殺されるのも時間の問題だ。

 

 

「ああ、まだ読みたい本が沢山あったのにな…」

 

 

絶望と共に深く嘆息するヘジンマールを前に突如悲鳴が上がった。

 

 

「ひぃぃ!!」

 

 

それは一人の少女だった。

恐らくあの蟲の軍勢から逃げてきたのだろう。

路地に入ったところで自分を発見しパニックになっているようだ。

 

 

「お、落ち着いて…! 僕は何もしないよ。それに騒いだらあいつらが来るかも…」

 

 

あいつら。

それがあの蟲の軍勢を意味すると理解した少女は息を飲む。

無闇に声を上げるのは危険だと判断したからだ。

その後、ヘジンマールが自分の目的と状況を説明する。

最初は怯えていた少女だが、目の前のドラゴンが理知的でありさらにその物腰が柔らかいことから次第に警戒心が薄れていく。

そしてあの蟲の軍勢と敵対していたということから味方なのでは?と思い始める。

 

 

「も、もしかして貴方は悪いドラゴンじゃないの…? ドラゴンさん達は助けに来てくれたの…? そういえば少し前に沢山のドラゴンさん達が飛んでるのを見たけどどこに行ったの…?」

 

 

目の前のドラゴンが味方かもしれないという希望が少女の胸に訪れる。

だがヘジンマールの言葉が彼女を絶望に叩き落す。

 

 

「ドラゴンは僕以外みんなやられちゃったよ…。あいつらは強すぎる…」

 

 

その言葉に少女の表情が曇る。

助けに来たかどうかは答えなかった。

あの悪魔がどういうつもりで自分達をけしかけたかわからないからだ。

 

 

「それより早く逃げたほうがいい、あいつらがここに来るのも時間の問題だと思う…」

 

「ドラゴンさんは…?」

 

「え?」

 

「ドラゴンさんは逃げないの? あいつらってドラゴンさんでも勝てないぐらい強いんでしょ…? 逃げなきゃ殺されちゃうよ…!」

 

 

まさか人間に命の心配をされると思っていなかったヘジンマール。

驚きのあまり目が点になる。

 

 

「あははは!」

 

「…ど、どうしたのドラゴンさん?」

 

「人間は面白いなぁ、自分が死ぬかもしれないのに他人の、いや他種族の心配をするのかい?」

 

 

この絶望的な状況だからだろうか。

この少女の発言がやたらと面白かった。

ふと城で見たいくつかの本を思い出す。

あれらの多くは人間種が執筆したものだったはずだ。

内容は多種多様でとても興味深かった。

同一の種族がこんなにも多くの価値観を持っているかと感動したのを覚えている。

それは、自分達ドラゴンには無かったものだ。

 

 

「僕はいい。この体だしすぐに見つかるよ、君だけでも逃げるんだ」

 

「そんな、ドラゴンさん!」

 

 

なぜこの少女はこんなにも他者の心配をするのだろう。

不思議に思うヘジンマールだが遠くに蟲達の姿を確認する。

 

 

「くそ、来たか!」

 

 

ラチが明かないと判断し、咄嗟に少女を口に咥え駆けだす。

 

 

「きゃっ!」

 

「少し暴れるけど我慢してよ!」

 

 

決して早いとは言えない速度でドタドタと逃げるヘジンマール。

この大きな体ではすぐに見つかるだろう。

だがこの少女だけでもどこか遠くに逃がさなければ。

 

 

「待ってドラゴンさん!」

 

「どうしたの?」

 

「私、悪い人たちに捕まってたの! この騒動のおかげで逃げ出すことができたんだけど、一緒にいた双子の妹と離れ離れになっちゃったの! 探しに行かなきゃ!」

 

「はぁ!?」

 

 

この少女は何を言っているのだとヘジンマールは思う。

もはや一刻の猶予すらない。

全力で逃げても逃げ切れるかわからないのに。

 

 

「そんなことできるわけないだろ! このままじゃ殺されるよ! それにもしかすると向こうは無事に逃げてるかもしれない!」

 

「でも逃げられなくて困っているかもしれない! 見捨てるわけにはいかないよ!」

 

 

愚かすぎる、ヘジンマールはそう思った。

この少女は英雄でも何でもない。

ただの少女だ。

身の程を弁えず、自分の願望だけを見て現実を見ていない。

やはり仲間達が言うように人間は愚かな生き物だと再認識する。

だが。

 

 

「ああもう! 君は馬鹿だよ!」

 

 

悪くない、そう思った。

ヘジンマールはそのまま反転し元いたほうへと戻る。

 

 

「どこで離れ離れになったの!?」

 

「ド、ドラゴンさん?」

 

「君だけじゃ見つけても逃げられないだろ! 僕が協力するから!」

 

 

自分のことを本当にバカだと思う。

この少女に付き合ったところで危険が増すだけだ。

だがどうせ自分ではこの場を生き伸びることはできない。

ならばこの少女の酔狂に付き合うのも悪くないと思っただけだ。

 

 

「ありがとうドラゴンさん…!」

 

「お礼はいいよ! それよりも早く見つけて逃げるよ!」

 

「うん!」

 

 

そして少女の指示のもと、彼女達が離れ離れになった場所へと向かう。

しかし。

 

 

「うっ!!!」

 

「ドラゴンさん!?」

 

 

不意にヘジンマールの体に激痛が走る。

ふと体を見やると氷の刃が突き刺さっていた。

 

 

「ほう、まだドラゴンの生き残りがいたか」

 

 

崩れた建物の上からこちらを見下ろす着物を着た真っ白な肌の1人の女性。

人間のように見えるがその気配と肌の色からそうでないのが分かる。

それは雪女郎(フロストヴァージン)

コキュートスの配下で最高位のシモベである。

レベルは82にも達し、その数も6人しかいない。

ナザリック内でも上位の強さを誇る存在である。

 

そんなことは知らないヘジンマールでも相手の危険性は感じていた。

自分達の前に現れたあの悪魔には劣るだろうがそれでも自分から見れば絶望的な相手だ。

その証拠に同胞の幾匹かはこの者によって容易く撃ち落とされている。

竜王である自分の父ですら足元にも及ばない、そんな存在。

 

 

「ちくしょうっ…」

 

 

いとも容易く希望は潰えた。

本の中の物語のように都合よくはいかない。

やはりあのまま逃げるべきだった。

そうすればもう少し生きられたかもしれないのに。

後悔の念が沸き上がるがもうそれすらも無駄だ。

もう詰んでいる。

 

 

「君だけでも逃げろっ!」

 

「ドラゴンさん!?」

 

「早くしろ! あいつの目的は僕だ! だから!」

 

 

そうしてヘジンマールは少女を逃がそうとする。

だが雪女郎(フロストヴァージン)は容赦しない。

人間を殲滅せよとの命令は受けていないが所詮は下等生物。

死のうが生きようがどちらでもいいのだ。

 

 

「ふん、事情は知らんがまとめてあの世に送ってやる!」

 

 

雪女郎(フロストヴァージン)が両手を前に突き出す。

 

 

「くそっ…!」

 

 

もう手遅れだと瞬時に悟ると、せめてもと少女を庇うように抱え体を丸めるヘジンマール。

雪女郎(フロストヴァージン)の両手に魔力が集まっていく。

 

 

「死ね…!」

 

「それは困る」

 

 

魔法が放たれると思ったその瞬間、どこからか現れた一人の少女が雪女郎(フロストヴァージン)へと拳を突き刺していた。

突然のことに何が起こったか理解できない雪女郎(フロストヴァージン)

だがその少女の顔を見るや驚愕に表情を染める。

 

 

「ル、ルベド様…!? な、なんっ…!」

 

「貴方を障害と判断する。この国で暴れるのならば他の者達も排除する」

 

 

ルベドがその突き刺した拳を横に振ると上半身と下半身に分かれた雪女郎(フロストヴァージン)の体がボロ雑巾のように崩れ落ちた。

例えレベル82に及ぶ化け物であろうとナザリック最強の個であるルベドの前では無力に等しい。

 

ルベドだけはナザリック所属でありながら仲間意識も無ければ至高の御方への忠誠も無い。

自分の目的の邪魔になれば誰であろうと排除する。

それが今この国を襲っている仲間であるはずのコキュートス達でさえ。

放っておけばアルシェの妹達が犠牲になるかもしれないからだ。

だから排除する。

 

それが例え何者でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐだ。

デミウルゴスは目的へ向け確実に進んでいる。

コキュートスによる「クレタの涙」は少々厄介だが問題は無い。

部下達を無傷で退避させられなくはなるかもしれないが位置さえ上手くとれば死ぬことはないだろう。

後片付けを部下達に一任することになるので少々不安はあるがしょうがない。

他に手はないのだから。

 

そう考えていると眼下に一匹のアンデッドの存在を感じる。

怪訝に思うデミウルゴス。

コキュートスの部下では無い。

そもそも人間の都市に野良のアンデッドがいるとは思えない。

まあ八本指に一人いたがあれは例外中の例外だろう。

しかしあのアンデッドはこちらを認識しているように思える。

思考などありそうもない低級のアンデッドがなぜか自分へ意識を向けている。

ふと興味が沸いたデミウルゴスはそのアンデッドへと近づく。

 

敵対する様子もないし正体も分からないが、もし邪魔なら消し飛ばせばいいだけのことだ。

 

 

「やあごきげんよう。君は一体何者かな?」

 

「……」

 

 

アンデッドは答えない。

しかしそのアンデッドは体の中から黒いオーブを取り出すとデミウルゴスへと差し出す。

それを受け取るデミウルゴス。

それと同時に目の前のアンデッドの動きが止まる。

 

 

――貴方様の強大なる邪悪な気配に畏敬の念を

 

「ふむ、喋るアイテムですか。なるほど貴方がこのアンデッドの本体というわけですか」

 

――その通りです、厳密には作ってもらったというのが正解ですが

 

 

オーブを手にしたデミウルゴスの脳内へ直接語り掛けるかのように声が聞こえる。

 

 

「で、何か用かな? こちらを見ていたように思えたものでね」

 

――貴方様から強大な死の気配を感じます、いえ、死を撒きちらす気配を、と言うべきでしょうか

 

「ほう」

 

――私は死を齎すためにこの世に生まれました。だからこそ死に憧れ、死に近づき、死を振きたいのです

 

「ははは、面白い。死を与えるためにのみ存在するというのですか」

 

――はい、それが私の存在理由であり意味だと思います。なのでどうか貴方様の傍でその死を感じさせて頂けないでしょうか?

 

「ふむ、どうしたものか。面白いといえば面白いですが…」

 

 

悩むデミウルゴス。

個人的な興味はあるものの今はそんなことにかまけている場合ではないのも事実。

ふとした空き時間に興が向いたから話しかけたに過ぎないのだ。

 

 

――先日、私はエ・ランテルで神と対峙し奇跡を目の当たりにしました

 

「うん?」

 

――生と希望に溢れる聖なる力、まさに神の御業とも言うべき奇跡を。一時はその力の前に自分の存在意義を見失いかけましたが貴方を見て思い出したのです。私は死の為に存在するのだと

 

「…、ちょ、ちょっと待って下さい、エ・ランテルといいましたか? それはあの都市を救ったという救世主の話ですか? 貴方が対峙したその神とは?」

 

――は、はい、白く小さな犬でした。その姿からは想像も出来ない程の膨大な力を感じました。しかし貴方様からはそれに匹敵する闇の力を感じます、ですから貴方様ならばきっとあの神さえも…

 

「愚か者め!」

 

 

張り裂けんばかりのデミウルゴスの一喝で死の宝珠が竦み上がる。

 

 

「私ならばなんだというのです? まさか私ならばあの御方を倒せるとでもいうつもりではないでしょうね? あぁ、無知とは罪だ。知らないとはいえあの御方への不遜を許すわけにはいきません。しかもあの御方と対峙したと? 貴方如きが? 恥を知りなさい! その御方は私が仕える至高なる41人が一人、名犬ポチ様です! この世の何よりも偉大で神をも超える至高なる存在…! それがあの御方です…!」

 

――……っ!

 

 

怒りに満ちたデミウルゴスの言葉に死の宝珠は言葉を失う。

後半にいくにしたがって恍惚の表情に変わっていたように思えるが恐怖に震える死の宝珠にとっては関係なかった。

ここで死を迎えるのだと直感的に理解できたからだ。

 

 

「何か言い残すことはありますか?」

 

――お、お待ちくださいっ…! あの御方がそのような方とは知らず無礼を働いてしまったことを深くお詫び申し上げます…! し、しかし教えて下さいっ…! あの御方から感じたのは聖なる光のような力、しかし貴方様からは深い闇のような力を感じます…! 相反するような御方になぜ貴方は仕えられるのですか…っ!?

 

 

デミウルゴスが嘲笑したように笑う。

 

 

「低俗な者には理解できないでしょうがあの御方の本質は悪。きっとそのお力も現地の人間を利用する…、ために…」

 

 

自分で言いながらデミウルゴスはふと気づいた。

なぜあの御方が人間達を助けたのかはずっと理解できずにいた。

だが今自分で言いかけたことで再認識する。

そうだ。

意味もなくあんなことを為さるはずがない。

何かきっと意図があるはずなのだ。

 

逆に言えば人間達を利用しなければならない事態だということ。

 

ハッとして死の宝珠を見る。

この愚か者は名犬ポチ様と対峙したと言っていた。

あの御方がそのような愚か者をむざむざと逃すか?

いや、ありえない。

ならばこの者が生き延びていること、しいてはここにいることには必然性があるのではないか?

思考の渦に囚われたデミウルゴスは問いかける。

 

 

「…貴方の目的は何ですか? 何をしようとここへ? あの御方と出会った貴方が何を考えこの地へ!?」

 

 

眼鏡の奥に見える宝石の目がギラリと輝く。

怯えながらも死の宝珠は言葉を紡ぐ。

 

 

――と、当初はリグリットという女に言伝を頼まれてこの地へ参りました…

 

「ほう、リグリット」

 

――は、はい。私が知る限りこの世界で最も優れた魔法詠唱者(マジックキャスター)の1人で死霊魔法を得意とする者です

 

「なるほど、貴方の体になっていたアンデッドを作ったのはその者ですか?」

 

――そうです

 

「で、何を頼まれたのですか?」

 

――リグリットはエ・ランテルを救った神はその後、竜王国へ向かったのではないかと考えていました。そして自身は神を追って竜王国へ。私には王都にいる蒼の薔薇というチームへそのことを伝えるようにと

 

「ふむ。蒼の薔薇…、この国最高の冒険者と聞いていますが今はいいでしょう。しかしなぜ竜王国へ向かったと?」

 

――エ・ランテルを救うような慈悲深い方ならば竜王国の惨状を見逃すはずがないと…

 

「……」

 

 

デミウルゴスも消去法からあの御方は竜王国へ向かった可能性も考えていた。

だが理解できない。

この地へ来てからはアルベドの事もあり常に時間との勝負だったために重要そうでない国については調べる時間が無かった。

 

竜王国。

 

人間の国家の中で最も脆弱であり、現在進行系で滅亡の危機に瀕している弱国。

デミウルゴスは最初に周辺国家の情報を入手した際に最も利用価値が無い国と断じた。

だからこそだ。

なぜ名犬ポチ様がそこへ向かわれたのか。

もし単純に身の危険を感じ無我夢中で逃げているだけならばすぐにお助けに向かわなければならない。

だが何かが引っかかる。

 

 

「竜王国とは…どんな国ですか?」

 

――竜の血を引く女王が支配する人間の国家です。昔から続くビーストマンの侵攻により脅かされていましたが、手助けをしていた法国が滅んだことで現在は孤立し窮地に立たされてます…。女王は…

 

 

そこまではデミウルゴスも知っている。

滅亡寸前というならば尚更価値がない。

やはり名犬ポチ様は追い詰められているのではないかと確信しかけた瞬間。

死の宝珠から続いて聞かされた情報に唖然とするデミウルゴス。

 

あまりの衝撃に頭が真っ白になる。

 

名犬ポチの理解できなかった行動が全て一つの線になって繋がる。

それは全くもって想定していなかった事実。

同時に自分の犯してしまった大失態に気付き震える。

 

 

「な、なんという…、なんということだ…!!!」

 

 

大量の冷や汗をかき、焦燥し苦悶の表情を浮かべるデミウルゴス。

その変貌ぶりに呆気にとられる死の宝珠。

 

現地で入手したメッセージのスクロールを開き起動するとシモベへと叫ぶ。

 

 

「各員聞け! これまでの命令を全て撤回する! 王都を吹き飛ばす計画は中止だ! 一刻の猶予も無いため質問は受け付けない! 次の言う命令に従いすぐに行動しろ!」

 

 

メッセージが繋がった三魔将と十二宮の悪魔達は何事かと困惑する。

だがデミウルゴスから放たれた次の言葉は彼らをさらなる混乱の極みへといざなう。

 

 

「今すぐコキュートスの部隊からこの国の人間達を守れ! これ以上の被害を出させるな! 奴等の目的は我々だ! 我々が前線に出ればこの国の被害は抑えられるだろう!」

 

 

三魔将も十二宮の悪魔も突然のことに頭が追い付かない。

それにそもそもコキュートスの部隊とまともにやりあえばとてもではないが勝機はない。

デミウルゴスとてそれは理解している。

だがもはやどうしようもないのだ。

これ以外に手段はない。

すでに自分の犯したミスにより状況は最悪のところまで来ていた。

 

 

「各自<アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪>を発動し悪魔の軍勢を召喚した後、コキュートスの部隊へぶつけて時間を稼げ! もし霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)及びクアゴアの生き残りがいたら人間の救出と避難をさせろ! コキュートスは私がなんとかする!」

 

 

そしてメッセージを切る。

シモベ達の混乱は痛い程伝わってきたがそれを説明している時間はない。

死の宝珠を握りしめたまま空高く飛翔しコキュートスを探す。

 

 

「くそっ…! 失態、失態、失態だ…! なんたる失態…!」

 

 

デミウルゴスは己を激しく責める。

至高の御方の役に立つべく生まれた自分がまさかその御方達の足を引っ張ることになろうとは。

あまりの罪の意識に今すぐ自分の体をこの場で引き裂き死んでしまいたい。

だがそんなことは許されない。

今は少しでもこの失態を取り戻さないといけないのだから。

 

だがそれと同時に至高の御方たる名犬ポチへの畏敬の念を抱かざるを得ない。

 

さすがは至高。

 

やはり自分などあの御方達の足元にも及ばないのだと痛感させられた。

もしかすると死の宝珠は自分にそれを気付かせるためにあの御方が泳がせておいたのではないか、そう思う。

いや、そうだ、間違いないだろう。

きっと全てがあの御方の掌で踊らされているに違いなのだ。

 

あまりの偉大さとその英知に身を震わすデミウルゴス。

 

 

「ああ、偉大なるは至高の御方…! まさかここまでとは…! よもや私のミスまで見通されていたというのですか…!」

 

 

とはいえ自分の失態が許されたわけではない。

名犬ポチの真意に気付き、何をするべきかハッキリした。

その為には何としてもここでコキュートスを退けなければならない。

 

まともに戦っては勝率は皆無とも言っていい。

しかもこの国の人間にこれ以上被害を出させてはならないという条件付きでだ。

だがなんとかしなければならない。

 

己の失態を取り戻すためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルベドの名前がマスターソースに存在しないという事実に意識を奪われ茫然とするアルベド。

しばらくしやっと我に返る。

 

 

「はっ! お、落ち着け、落ち着くのよ私…。大丈夫、ルベドは絶対に私を裏切らない…!」

 

 

なんとか自分にそう言い聞かせ落ち着こうとするアルベド。

もちろんそれは間違っていない。

ルベドは指揮権を持つ者の命令には絶対に逆らわない、それは紛れもない事実なのだから。

 

 

「くそ…、何かの行き違い…、ミスがあったか? それともあの侵入者共が何かを…? くそ、誰かを付けておくべきだったか…!」

 

 

意識を取り戻すのを待っていたとばかりに横に控えていたシモベ達がアルベドへと殺到しこれまでのことを報告する。

 

 

「何ですって? コキュートスがすでに応戦中!?」

 

 

自分の返事を待たずに攻め込んだコキュートスを怒鳴り散らしてやりたいがそもそも向こうからの連絡に答えなかったのは自分のようだ。

自分の迂闊さと間の悪さを呪う。

しかし急げば間に合う。

コキュートスが王都を封鎖しているならばその間にマーレも到着するだろうし、彼らが抑えている間に自分も到着できるだろう。

そうなれば絶対にデミウルゴスを処理できる。

そう考え、直属のシモベを連れナザリックを飛び出すアルベド。

ルベドのことは気にかかるが今はデミウルゴスの排除が最優先だ。

 

 

そうして王都まで向かっている最中に再びメッセージにより別の報告が上がってくる。

ルベドは例の侵入者共と王都へ向かったらしいということ。

そして名犬ポチと思わしき一行が竜王国へ向かったらしいという報告。

 

少数とはいえ各地に散らしていたシモベ達から有用な情報が上がってきたことに喜びを隠せないアルベド。

 

 

「ルベドは王都か…、ならばちょうどいい。デミウルゴスの排除と同時に回収しましょう…。そして後は竜王国か…、ふふ、あそこに逃げ込むなんてもう打つ手無しといったところかしら…。至高の御方といえどナザリックの軍の前では形無しね」

 

 

そのまま名犬ポチの報告を上げてきたシモベへ竜王国の現状について尋ねる。

もちろんシモベも優秀であり、名犬ポチが竜王国へ向かったことを確認すると可能な限り竜王国についての情報を集めていた。

アルベドはデミウルゴスと同じく、竜王国に欠片程の価値も感じておらず障害にもならないと判断しており今まで一切深く調べていなかった。

 

だからだ。

 

デミウルゴスと同じく部下から上がった情報に目を丸くすることになる。

 

 

「な、なんですって!? そ、そんな…そんなバカな!!!」

 

 

あまりの衝撃に我を失いかけるアルベド。

それはアルベドの優位性を根本から覆すものだった。

ルベドの名前がマスターソースに無いことなどどうでもいいと思える程にそれは衝撃だった。

 

 

「やられた…! まさか…、まさかそんなことが…! おのれ名犬ポチ…! 初めから全て知って、いや、計算尽くだったというの!?」

 

 

般若のような形相で歯ぎしりするアルベド。

王手をかけようとしていたらまさか自分に王手がかかっていたような状況である。

 

しかしアルベドもデミウルゴスも気づけなかったのはしょうがないのかもしれない。

元々互いに時間が無かったということ。

そして現地の者でさえ軽んじている事柄にまでは考えが至らなかったのだ。

情報収集をしても現地の者が価値が無いと判断した情報にまでは手が回りづらい。

もちろん普段の彼等ならば苦もなく辿り着けたかもしれない。

究極的に言うならば。

繰り返しになるがやはり時間が無かったということだろう。

 

アルベドは彼女が考えうる中で最善の手段を取ってきた。

そしてそれは間違っていない。

だがそれは彼女が知り得る情報の中でという話だ。

 

結果から見ればそれは全て蛇足であり悪手であったとも言える。

 

アルベドが完全に勝利する為には最も軽んじていた筈の竜王国こそ落としていなければならなかったのだ。

 

 

アウラにメッセージを繋げるアルベド。

 

 

『ア、アルベド! ど、どうしたの!?』

 

 

シャルティアの様子を見に評議国の跡地へ訪れていたアウラはそれがバレたのではないかと冷や冷やしながらメッセージに答える。

 

 

「撤退よ」

 

『え?』

 

「すぐにナザリックに撤退しなさい! 今すぐ全シモベを連れてナザリックに撤退するの! 急いで!」

 

『え? え? 急にどうしたの? 撤退はいいけどエルフの国はもう王様倒して支配下に置いちゃったっていうか、うんそんな感じなんだけど…』

 

「そう、なら最低限のシモベだけ残してすぐに撤退しなさい、いいわね!」

 

 

そう言ってアウラとのメッセージを切ると次はマーレへと繋げる。

 

 

『あ、アルベドさん。今アゼルリシア山脈なんですけど言われてた奴等が…』

 

「そんなことはもういいの! 今すぐナザリックに撤退しなさい! 帝国には引き続き最低限の部下だけ置いて貴方及び最高位のシモベ達は残らず撤退しなさい!」

 

『わ、わかりました!』

 

 

マーレとのメッセージも切ると次はコキュートスへと繋げる、が繋がらない。

どうやら今回は向こうがそれどころではないようだ。

 

 

「くそっ! しかしルベドの件もあるし一度は王都に向かわなければならないか…!」

 

 

アルベドは考える。

今ここで自らが王都に行くのは非常に危険だ。

だがルベドの回収もしなければならない。

ここは危険を十分に承知した上でやはり王都へ向かうしかないだろう。

こうなった以上、ルベドの力は必須と言ってもいい。

 

この劣勢を覆すには妹の力が必要だ。

 

 

「しかし名犬ポチめ…、クソ…! 腐っても至高の存在ということか…! まんまと出し抜かれた…! たった一手、いや、エ・ランテルの事も全て布石だったのか…。しかし、たったこれだけのことでこの局面をひっくり返すなんて…!」

 

 

悔しさのあまり握りしめたアルベドの拳からは血が滴っている。

歯も割れそうなほど噛み締めている。

己が優位だと驕っていたことが悔やまれる。

相手はあの至高の41人の1人なのだ。

どれだけ準備をしても足りなかったというのに。

 

圧倒的劣勢と思われる状況からの逆転劇。

それを可能とするのは竜王国の王女。

 

 

ドラウディロン・オーリウクルス。

 

 

八分の一とはいえ竜の血を受け継ぐ真にして偽りの竜王。

 

アルベドがこの地に来て最も危険視したのは真なる竜王達。

それはシャルティアとの闘いで痛い程痛感している。

真なる竜王のみが使えるとされる始原の魔法。

ニグレドの報告によればシャルティアのスキルや魔法をも貫通したと聞いている。

それが事実だとすれば自分のスキルも役に立たない可能性もある。

それに何より、一撃であのシャルティアを瀕死にまで追い込むのだ。

まともに受けて動ける者はナザリックにすらいないだろう。

だが評議国は滅び、その始原の魔法を使えるドラゴンは全て消え去った。

 

そう、ドラゴンは。

 

だがまだ残っていたのだ。

半人、あるいは半竜の半端者が。

 

 

話によると彼女の力は未熟なため、白金の竜王の究極の一撃たる巨大な爆発を真似るには軽く見積もって百万の犠牲が必要とのことだ。

現地の者共は現実的な話ではないとし軽んじていたようだがそんなことはない。

 

 

 

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しかも範囲は広大。

まともに喰らえばどんな精鋭部隊であろうと壊滅は必至。

 

唯一安全であると断言できるのはナザリック内のみだ。

ナザリックにはモモンガ様がいるから流石に撃ちはしないだろうが外ならばいつ撃たれてもおかしくはない。

 

 

「やらせるか…! やらせてなるものか…! 絶対に、絶対にお前は私が消してやる…! 私とモモンガ様の邪魔をする者は誰であろうと必ず…!」

 

 

名犬ポチが竜王国を掌握するまでもう時間はないだろう。

それまでにルベドを回収し、撤退して体制を整えなければならない。

まるで敗走するように王都へ向かうアルベド。

 

アルベドはこの地に来てから最大の敗北感に晒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デミウルゴスはこれまでの名犬ポチの行動を再度咀嚼していた。

 

ナザリック付近のカルネ村を掌握した後に、都市エ・ランテルで多くの民を救い救世主とも神とも崇められるようになった名犬ポチ。

その真意が今ならば理解できる。

 

ドラウディロン女王に始原の魔法を使わせるには百万もの命が必要だ。

並大抵の数ではない。

とてもではないが個人で管理できる数でもない。

ならばそれをどう集める? 

 

恐怖でもなく、誘惑でもない。

 

あの御方が導き出したのは信仰や崇拝だった。

 

人は崇める者や尊敬する者には自ら近づいていく存在だ。

 

多くの民を扇動するにはそれが最も効率的だったのだろう。

そして最初にそれを行ったカルネ村。

規模としてはあまりにも小さく必要性を感じない。

恐らくは実験。

人間が自分の望むままに動くのかどうかの。

そしてそれは成功し、そのままエ・ランテルの掌握へと向かった。

しかもエ・ランテルでの出来事は波紋を呼び王国全土へと広がった。

 

今やあの方が声を上げれば王国の民達が動くであろう。

 

そして今は本命の竜王国へ向かわれている。

部下からの報告によると竜王国だけでも百万の民はいるらしい。

ならばなぜ王国にまで手を伸ばしたのか。

 

簡単だ。

 

百万では一発しか撃てないが二百万いれば二発撃てる。

 

 

なんと無慈悲で大胆なのか。

命を命とも思わないその考えに心底震えあがるデミウルゴス。

 

愚かな民は誰も気づいていない。

 

自分達が神と崇め憧れる存在こそが自分達を滅ぼす悪なのだということを。

 

 

「おお…、なんと、なんと恐ろしい…!」

 

 

流石はウルベルト様が悪として一目置く程の御方。

血も涙も無い恐るべき考えに恍惚の表情で酔いしれるデミウルゴス。

 

だがやはりデミウルゴスには理解できないことが一つあった。

 

これだけの制限の中、しかもアルベドの追っ手がある状態で時間もろくにないにも関わらずどうやって竜王国の情報を知り得たのか。

 

デミウルゴスもアルベドですらも到達できなかった領域に。

 

いや、違う。

デミウルゴスはそう思う。

 

やはり普通ならばとても到達できる場所ではない。

ならばなぜ迷いも無く、まるで最初から全て知っていたかのように名犬ポチ様は動くことができたのか。

普通ならば知り得ない情報までをも手に入れることができたのか。

 

考えるまでもない。

 

それはあの御方だからだ。

普通では知り得ない情報さえも知ることができる。

あるいはその可能性を想定できる。

遥か先まで見通すことが出来る。

 

故に至高。

 

神をも超える至高なる存在。

 

ああ、なんと素晴らしく偉大なのか。

そのような方にお仕えできる幸せを強く感じるデミウルゴス。

 

 

しかし、だからこそ自分が許せない。

 

自分はもう少しで始原の魔法の贄となる大事な民達を吹き飛ばしてしまうところだったのだから。

 

 

「本当に、本当に取返しの付かないことをしてしまうところでした…」

 

 

最悪の手前で止まったはいいものの、すでに王国の各地で犠牲は出てしまっている。

せっかくあの御方が贄として準備した民を減らしてしまったのだ。

これ以上減らすわけにはいかない。

何が何でも王国の民を守らなければならない。

そう心に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対絶命とはこのことだろう。

 

蒼の薔薇、その中でも200年を生きたイビルアイでさえこんな絶望的な状況は経験したことが無かった。

 

それは突然だった。

民達の避難をしている時にそれは不意に現れた。

 

それが現れただけで周囲の温度が何度も下がったかのように感じられた。

 

 

まるで氷の化身。

武を極めたような荘厳な気配。

覇道を進むように強烈で堂々たる姿。

 

何本もある腕に握られた数々の武具はまるで神話に出てくるもののようだ。

 

どんな金属をも凌駕しそうな甲冑を思わせる甲殻に身を包んだ蟲の武人。

 

まさに覇王。

 

ナザリック第5階層守護者コキュートス。

 

 

 

そんな存在が目の前に現れただけで蒼の薔薇の面々は死を覚悟した。

 

 

「なん、だよこりゃあ…! こんな奴がいんのかよ…!」

 

「もう無理」

 

「漏らした」

 

「ま、魔神…!? まさか伝説に謳われる…?」

 

「いや違う…! そんなレベルですらない…! 評議国の竜王達ですら相手にならないレベルかもしれん…!」

 

 

イビルアイだけがこの中でその強さを正確に感じていた。

いや、というよりはその正体に近づけていた。

 

 

「まさか…、ぷれいやー…!?」

 

 

その言葉がコキュートスの耳に入る。

 

 

「フム、ソコノ女、何ヲ知ッテイル? マサカ名犬ポチ様ガドコニイルカ知ッテイルノカ?」

 

 

質問の意味がイビルアイには分からない。

だが相手はこちらへと近づいてくる。

一歩近づく毎に大地が揺れるようにすら錯覚する程の圧力。

動きたくても動けない。

恐怖に体が竦んで指一本動かすことが出来ない。

 

 

「ドウシタ? ナゼ質問ニ答エン? ソウダナ、仲間ノ悲鳴デモ聞ケバ口ヲ開クカ?」

 

 

その視線が仲間へと向くとその言葉の意図が理解でき、背筋が凍るイビルアイ。

 

 

「お前ら逃げろっ! 殺されるっ!」

 

 

なんとかイビルアイの喉から出た悲鳴のような声だったが仲間達は誰一人動けない。

それもそうだ。

イビルアイですら動けないのだ、動けるはずが無い。

悲鳴も上げることができずにただ石のように固まる4人。

 

 

「や、やめっ、やめてくれっ…!」

 

 

擦れるように出たイビルアイの願いも虚しくその手が仲間へと届く。

 

そう思った瞬間。

 

 

上空から漆黒の塊が飛来し間に割って入った。

 

 

一言で言うならば、それは魔王だった。

 

 

 

余りにも禍々しく邪悪なる気配。

闇よりも深い漆黒。

イビルアイが生きてきた中でもこれほど邪悪な存在は知らない。

 

まさに魔王たるに相応しい存在。

 

 

氷の覇王に続いて、魔王までもが現れた。

もうこの国は、いや世界は終わりだ。

 

そう思ったが魔王の口から語られる言葉は蒼の薔薇の全員が予想しないものだった。

 

 

「悪いですがコキュートス、これ以上は誰一人として殺させませんよ…!」

 

「ハッハッハ! マサカ貴様自ラ現レルトハ!」

 

 

魔王が振り返り、イビルアイ達に声をかける。

 

 

「お嬢さん方、ここは私に任せて貴方達は下がっていて下さい。貴方達は、いやこの国の人々は私が守ります」

 

 

魔王とは思えない台詞に思わずイビルアイが問う。

 

 

「お、お前は何者なんだ…?」

 

 

魔王が答えた。

 

 

「私はね、人を愛してしまった哀れな悪魔です。罪無き人々が襲われているのを見過ごせなかっただけですよ」

 

 

もちろん嘘である。

 

 

 




次回『世界の中心、名犬ポチ』もう誰も彼を無視できない。



ポチ「なんとか目立たないようにしなきゃ…」
デミデミ「さすポチ」
アルベド「敗北感」



うぅやはり時間が空いてしまいました…。
前の後書きでも書いた通り三月まで仕事が忙しくなるので投稿が不定期になると思います。
頑張って早めに更新できるように頑張りますので…。

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