オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!

アウラ株急上昇! 主にエルフに。


ルベドのだいぼうけん

ロバーデイク以外はびくびくしながらもルベドと過ごすフォーサイト達。

しかし特に問題が起こることもなくエ・ランテルに無事着いた。

 

 

「じゃ、じゃあ俺とイミーナで必要な物買ってくるからさ! アルシェとロバーデイクはルベドの面倒見ててくれよ!」

 

「ええ、買い物は私達に任せて貴方達はゆっくりしてて!」

 

 

そう言い放ち疾風のように駆けるヘッケランとイミーナ。

その様子からトラウマが解消される気配は一向にない。

 

 

「あ、ちょっと待って、私も…」

 

 

アルシェが制止の言葉を発した時にはすでに二人の姿は無かった。

 

 

「お、押し付けたわね…!」

 

 

ヘッケランとイミーナに軽い怒りを覚えるアルシェ。

とはいえ自分も内心で押し付けようとしていたのであまり怒れない。

 

 

「まぁまぁいいじゃないですか。きっとあの二人も久しぶりにイチャイチャしたいんでしょう。ここは空気を呼んでお言葉に甘えましょう」

 

 

ロバーデイクの言葉を内心で否定するアルシェ。

あの二人は怖くて逃げただけだ。

今ほどロバーデイクを羨ましいと思ったことはない。

真実を知らないというだけでここまで差が出るのか。

可能であるならば記憶を交換したいくらいだ。

ちなみに説明はしたのだがロバーデイクは信じていない。

 

 

「こら困るよお嬢ちゃん!」

 

 

ふと近くの店で店員のおじさんの叫び声が聞こえた。

 

 

「何?」

 

「金払ってないだろう!? いくら子供でも盗みは見過ごせねぇ!」

 

 

店先でそう叫ぶ店員のおじさんに片手で服の首の後ろの部分を掴まれ持ち上げられている女の子がいた。

全くこんな昼間から盗みなどエ・ランテルも程度が低いなと思うアルシェ。

だがその女の子に見覚えがあることに気付く。

 

ルベドだった。

 

どうやら書店から勝手に本を持ち出したらしい。

 

 

「金って何?」

 

「はぁ!? 金を知らないのか!? む、しかし嬢ちゃん高そうな服着てるな…。この角とか羽の作り物も立派だし…。どこかいいとこの嬢ちゃんか? 親はどこだ?」

 

「すみませんすみませんお金は私が払いますぅぅぅ!」

 

 

事態に気付いたアルシェがヘッドスライディングで店員のおじさんの足元に滑り込む。

 

 

「うわぁっ!? こ、この嬢ちゃんの関係者か? か、金を払ってくれるなら構わねぇが…」

 

「こ、これで足りますか!?」

 

「お、おう。しかしこのお嬢ちゃんは一体何者なん…」

 

「じゃ失礼します!」

 

 

店員のおじさんの言葉を遮り、ルベドを抱えロバーデイクのいる場所まで戻ってくるアルシェ。

 

 

「おお、なんという速さ! 素晴らしいですよアルシェ!」

 

 

うるせぇぞロバーデイク。

そう心の中で毒づくアルシェ。

 

 

「ルベド駄目じゃない! 勝手にお店の商品を持ってくるなんて!」

 

「そうなの?」

 

「ええ、そうですよルベド。先ほどはアルシェがお金を払ってくれていなければ捕まっていたかもしれませんよ。いいですか人の物や商品は勝手に持ち出してはいけません!」

 

 

一般常識が欠如しているルベドを見てロバーデイクが言い聞かせる。

 

 

「ナザリックと違う」

 

 

その後、ロバーデイクが盗みに関してルベドに注意をする。

やがてルベドも人間の都市では物を勝手に持っていっては駄目なのだと理解する。

そしてそれは窃盗と呼ばれ犯罪になるらしいことも。

 

 

「分かったのならアルシェに謝りなさい。人に迷惑をかけてしまった時はごめんなさいをしなければいけないんですよ?」

 

 

神官だからか元々の人柄なのか子供への説明が上手いロバーデイク。

アルシェは少しロバーデイクを見直した。

 

 

「アルシェごめんなさい」

 

 

ルベドがペコリと頭を下げる。

 

 

「よくできました。じゃあ次は本を買ってくれたアルシェにお礼を言わなければなりませんね」

 

「お礼なら知ってる」

 

 

そう言って片手を上げて答えるルベド。

そしてアルシェに向き直る。

胸元にある本を大事そうに抱えながら。

 

 

「アルシェありがとう」

 

「…! いいのよ、そんな高い物でも無かったし…」

 

 

この化け物みたいな存在に謝罪と礼を言われるというのは妙な感覚だ。

それにこうして一緒に過ごしているとあの墳墓での出来事が嘘のように思える。

 

ちなみにこの後ちゃんと自分から店員のおじさんにも謝罪をしにいったルベド。

学習能力は高いらしい。

 

 

「ちなみにどんな本なのですかそれは?」

 

 

笑顔でルベドに問いかけるロバーデイク。

しかしその表紙を見て顔色を変える。

 

 

「愛の本」

 

「いっ、いけません! これはエッチな…いや大人の愛の本です! まだルベドには早いです!」

 

 

そう言ってロバーデイクが咄嗟にルベドから本を取り上げる。

返して、返してと言わんばかりに両手を伸ばすルベド。

だが身長差があるロバーデイクには届かない。

 

本来ならばルベドはここでロバーデイクを殴り飛ばしてでも本を取り返しているところだ。

だがアルシェからエ・ランテルに来るまで無闇に人を傷つけてはいけないと教え込まれている。

結果、ロバーデイクを傷つけないように出力を最低限まで絞り動いているのだ。

素早く動き本を取り返すことも考えたが、ヘッケランとイミーナを殺した際に自分が動いた余波でも十分に致命傷になることを学習しての措置だ。

基本的に最低限の出力で対応しようと努力する。

 

 

「ルベドにはもっと相応しい本があります、私が選んであげましょう」

 

 

もっと相応しいという単語に反応しルベドが頷く。

そして素直にロバーデイクの後ろをついていく。

それを横で見ていたアルシェは思う。

 

 

「こうして見てると普通の女の子なんだけどなぁ…」

 

 

 

 

 

 

「ありがとうロバーデイク」

 

「いいんですよ、しかしルベドは恋愛ものが好きなんですねえ。やはり女の子は恋に憧れるものなのでしょう。アルシェはどうです?」

 

「し、知らないよ! 私はそれどころじゃないし…」

 

 

そんな他愛のない会話をしながら街を歩く三人。

 

 

「しかし買い物はヘッケランとイミーナがやってくれると言っていましたしこれからどうしましょうか? とりあえず食事にでもしますか?」

 

 

ロバーデイクの提案にアルシェは冷や汗をかく。

ルベドって食事できるのか、と。

 

 

「不要。食事無くても問題ない」

 

「ダメですよルベド! 育ちざかりなんですから沢山食べないと!」

 

「必要ない。無くても大丈夫」

 

「ちょ、ちょっとロバー。ルベドがいらないって言ってるんだし、ね?」

 

「アルシェも何を言ってるんですか。子供は沢山食べる! これに限りますよ! あ、もしかしてルベドは好き嫌いでもあるのでしょうか? 思い返せばルベドはこれまでもあまり食事をしていなかったような…。よし! 今日は私がルベドに美味しいものを沢山食べさせてあげましょう!」

 

 

どうやってロバーデイクを説得しようか考えるアルシェ。

だがその時、遠くから女の人の声が聞こえた。

 

 

「こらネムっ! 走っちゃダメよ、危ないでしょう!」

 

「えへへー! 大丈夫だよお姉ちゃん!」

 

 

そう言ってはしゃいでいるネムと呼ばれた小さな女の子がこちらへ走ってきた。

姉に返事をするために振り向きながら走っていたネムは前に気付かずルベドにぶつかってしまった。

 

 

「きゃっ!」

 

「…?」

 

 

ぶつかり倒れた衝撃で手に持っていたお菓子をその場に落としてしまったネム。

そのことに気付くと次第に目に涙が浮かんでくる。

そしてすぐに決壊する。

 

 

「うわぁぁん!」

 

「!?」

 

 

ネムの豹変に驚くルベド。

泣きじゃくるネムへ彼女の姉が走り寄る。

 

 

「ほら、だから言ったじゃない! ああ、ごめんなさい、貴方は怪我は無い?」

 

「大丈夫」

 

 

その後、姉がネムをあやそうとするが一向に泣き止まない。

 

 

「あ、そちらはその子のご家族か何かでしょうか? 妹が粗相をしてしまい申し訳ありません!」

 

「い、いえ大丈夫です。それよりも妹さん大丈夫ですか?」

 

「ええ。怪我は無いみたいなんですがどうやらお菓子を落としてしまったのが凄いショックだったようで…。また買ってあげるとは言ったんですが中々泣き止んでくれなくて…。まぁ普段は食べられないからしょうがないのかもしれないですが…」

 

「おや、失礼ですがこの辺りの方ではないのですか?」

 

「はい。ここから南東に少し行った場所にあるカルネ村の者です。あ、申し遅れました私エンリといいます」

 

「これはご丁寧に。私はロバーデイクでこちらが」

 

「アルシェです」

 

 

三人がそんなやり取りをしている間、ルベドは自身の経験から目の前の少女の問題をどう解決するべきなのか思考していた。

やがて結論に達する。

 

 

「高い高いしてあげる」

 

「え…?」

 

 

ルベドはネムを抱え上げるとそのまま空高くジャンプした。

人を傷つけない程度に抑えた力でジャンプしたのだがそれでもルベド達は遥か上空へと飛翔した。

 

 

「うわぁ…! なにこれ凄い…!」

 

 

先ほどまでの号泣が嘘のように目を輝かせるネム。

頬に触れる風、視界に入る今まで見たことのない世界。

それはネムが見てきたものの中で何よりも美しかった。

 

 

「子供はこれで喜ぶって学習した。どう?」

 

「うん! 凄い! 凄すぎるよ! こんなの初めて!」

 

 

そこから見る景色は絶景としか言いようがなかった。

エ・ランテルはもちろん、ここから遠くにある他の都市まで見渡せる。

自分達の住んでいたカルネ村などもはや手に収まりそうなほど小さい。

 

ネムが感動している様子を見てルベドはロバーデイクの言葉が正しかったと判断する。

なぜかはわからないがやはり高く持ち上げる行為は子供を喜ばせるのだと。

 

 

「ねえ名前なんていうの? 私はネムだよ!」

 

「…。ルベド」

 

「そっか、じゃあルベドちゃんって呼ぶね!」

 

「うん」

 

「じゃあルベドちゃん、私と友達になって」

 

「友達?」

 

 

遥か上空でそんなやり取りがされているとは欠片も思わず地上で挨拶をしていたアルシェ達。

しかも運悪く、誰もルベド達が飛び上がる瞬間を目撃していなかった。

 

 

「じゃあ私達はこれで。じゃあネム行…、あれ?」

 

「おや? ルベドの姿が見えませんね」

 

 

いつの間にか消えてしまったネムとルベドにそれぞれ別の意味で顔面蒼白になるエンリとアルシェ。

 

 

「ネ、ネム!? どこに行ったの!?」

 

「ルッ、ルベドォォーーーーッ!?」

 

 

ちなみにルベドとネムは上空でわずかに風に流されたため違う場所に着地してしまう。

着地後、二人は周囲を見渡す。

ネムはエンリがいないことに、ルベドはロバーデイクとアルシェがいないことに気付く。

 

 

「あちゃー、お姉ちゃん迷子になっちゃった…。しょうがないなぁ」

 

 

ネムがやれやれと嘆息する。

 

 

「ね、私達でお姉ちゃんを探しに行こう、エ・ランテルを探検だよ!」

 

「わかった」

 

 

駆けだすネムの後ろをルベドがついていく。

 

謎の幼女コンビここに生まれる。

 

 

 

 

 

 

「して法国、及び評議国を滅ぼした者について何か進展は?」

 

 

バハルス帝国、帝都アーウィンタールの皇城。

玉座に座っているジルクニフは部下にそう問いかける。

 

 

「い、いえ未だ何も掴めておりません…」

 

「そうか」

 

 

謎の遺跡に送ったワーカー達もまだ帰ってはこないだろう。

何も新しい情報が無いことに軽い苛立ちを覚えるジルクニフ。

流石に起こった事の規模が大きすぎて情報が無いことには動きようがないからだ。

 

その時、地響きのような振動がジルクニフ達を襲った。

部屋の窓や調度品が揺れる。

巨大な何かが大地に激突したような大きな揺れ。

 

 

「何事だ! 確認し」

 

 

そう言いかけたジルクニフの言葉を遮ったのは室外、城の外から聞こえてきた悲鳴。

一体何が起こったのか。

ジルクニフの疑問に答えたのは窓にかかったカーテンの隙間から中庭の様子を見た護衛だった。

 

 

「陛下! ドラゴンです! ドラゴンが中庭に降り立っています!」

 

 

その言葉に沈黙が流れる。

冗談であろうという気持ちからここにいる者は自分の目で確認しようと窓に走り寄る。

 

 

「な、なんでドラゴンがいるんだ!」

 

「誰か評議国のドラゴンと面識はないのか!? あれがそれではないのか!」

 

「外交に行った者の話とは違う!」

 

「ならばあのドラゴンは一体!?」

 

「そんなことよりもここまでの侵入を許してしまっていることが問題だ!」

 

 

ジルクニフの配下の者達が騒ぎ立てる。

それもそのはずだ。

ドラゴン。

強固な鱗に包まれた強靭な肉体、人を遥かに超える寿命、様々な特殊能力に加え魔法の力まで持つ。

この世界において最強の存在。

そんな存在が突如、皇城のど真ん中に現れたというのはとてつもない非常事態だ。

ジルクニフですら固唾を呑んで何が起こるのかと見守っているとドラゴンの背中から一つの小さな影が降りたのが見えた。

目を凝らせばそれは焼けたように肌の黒い子供だった。

 

 

「おそらくですがあれはダークエルフ…! パラダイン様! ドラゴンといいダークエルフといい何かご存知では!?」

 

 

配下の1人がジルクニフの横に立つフールーダへと問いかける。

だが。

 

 

「な、な、なんと、なんということだ…!」

 

 

それを見たフールーダの顔は驚愕に見開かれていた。

 

 

「ど、どうしたのだフールーダ!? はっ!?」

 

 

その時、空を見たジルクニフは気づいた。

それは上空を覆うおびただしい数のモンスター。

一瞬で察する。

こいつらが法国を滅ぼしたのか、と。

ドラゴン一体でも倒せるかわからないのにこのモンスターの数。

もう無理だ。

帝国は滅ぼされる。

そうジルクニフは考える。

ただ、横にいるフールーダは違う理由で驚いていたのだが。

 

 

『えっと、皆さん聞こえますか!? 僕は至高の41人に仕えるマーレ・ベロ・フィオーレです』

 

 

とてつもなく大きな声が響き渡った。

 

 

『こ、この国の皇帝が至高の御方の住まいであるナザリック地下大墳墓に失礼な奴らを送り込んできました。これは許されることではありません!』

 

 

ジルクニフは顔を歪めた。

一体誰がどうやってその答えに辿り着いたのか。

細い糸をどのように辿ったのか。

室内を見渡せば配下からは驚きの表情が返ってくる。

そしてジルクニフの意図を察した者は全員、首を横に振る。

 

 

『手始めにここにいる人間は皆殺しにします!』

 

 

マーレと名乗ったダークエルフは持っていた杖を中庭に突き立てた。

その瞬間、中庭のみに局地的な地震が起こったようだった。

ジルクニフ達にいる場所まで大地の震動は一切感じられなかったが、中庭ではドラゴンとダークエルフを中心に大地は悲鳴を上げ引き裂かれ蜘蛛の巣よりも複雑な地割れを作った。

騎士、近衛兵、魔法詠唱者(マジックキャスター)

中庭にいた全ての者達が大地に飲み込まれる。

ダークエルフが杖を引き抜くと、発生した時と同じように勢いよく大地が塞がった。

先ほどまで中庭に集結していた騎士達の姿はもうどこにもない。

あまりに呆気ない終わりだった。

 

 

『じゃあ次は城の中にいる人間を殺します』

 

 

その言葉にジルクニフが戦慄する。

もはやこの状況はジルクニフの手に余る。

もはや死を待つ以外に出来ることなどないと悟ったからだ。

しかし。

 

 

「おぉぉおお! か、神! 神よぉぉ!」

 

 

窓を開け放ちそのまま身を中空に投げ出し、魔法の力によってダークエルフの元まで飛ぶ。

 

 

「じいっ!? 何をっ!?」

 

 

ジルクニフの叫びになど反応せずダークエルフの元まで一気に舞い降りたフールーダ。

 

 

「おお、神よ…。私は今まで魔法を司るという小神を信仰してまいりました。ですが貴方様がその神でないというのであれば私の信仰心は今掻き消えました。なぜなら、本当の神が私の前に姿を見せて下さったからです」

 

 

跪き、ダークエルフに頭を垂れるフールーダ。

 

 

「し、失礼と知りながらも伏してお願いいたします! 私に貴方様の教えを与えて下さい! 私は魔法の深淵を覗きたいのです! 何卒! 何卒! 神よ! 偉大なる神よ!」

 

 

だがダークエルフはそれを否定する。

 

 

「僕は神じゃありません。もし神がいるとするならばそれは僕たちを御創りになられた至高の御方々です」

 

「し、至高の御方っ!? 貴方様を御創りに…? そ、その御方は貴方よりもお強いのでしょうか…?」

 

「当然です」

 

「な、なんと…! し、しかし私の見立てでは貴方様は第10位階まで使えるのではないのですか!? そんな貴方様よりもお強いと言われるのですか!?」

 

「はい、僕なんて足元に及びません。それに至高の御方は超位魔法を使えますから」

 

「超、位…、魔法…?」

 

 

フールーダは知っている。

第10位階を超える領域にあるとされる魔法の存在を。

伝説の中の伝説。

まさかそれが超位魔法というものなのかと震える。

本当にそんなものが存在し、それを扱うことができるのならそれこそ神だ。

神以外の何物でもない。

 

 

「おぉ…! 重ねてお願い申し上げます! どうか私めを貴方方の末席に加えて頂けないでしょうか!? 対価として全て! 私の持つ全てを神に捧げます! どうか! どうか…!」

 

 

懇願するフールーダにマーレは首を縦に振る。

 

 

「…いいでしょう。至高の御方の為に働くというのなら僕から掛け合ってみます。とはいえ決定するのは至高の御方です」

 

「ええ、ええ! 承知しておりますとも!」

 

「ではまずは貴方が役に立つということを証明して下さい。手伝って貰いたいことがあります」

 

「は、はいっ! 喜んで!」

 

 

フールーダの歓喜の声が響き渡る。

 

そしてこの日。

バハルス帝国は落ちた。

ナザリック地下大墳墓の属国となったのだ。

結果としてはフールーダのおかげで犠牲は最小に留まったと言ってもいいだろう。

帝国に未来があるかどうかは別としてだが。

 

 

 

 

 

 

「こっちだよルベドちゃん!」

 

「うん」

 

 

ネムとルベドはエ・ランテルの裏路地を駆けまわっていた。

壊れた塀の中を潜り抜けたり、使われていない建物を通ったりといった具合に。

だが彼女達は少し不用心だった。

いくら昼間とはいえ入ってはいけない場所というものがあるのだ。

そこは普通の人間ならば決して近づかない場所。

一部スラム化しており治安も悪く、犯罪者などがたむろしている場所だ。

新しい友達が出来てはしゃいでいたネムは自分が危険な場所に入りこんでしまっていることに気付かなかった。

 

 

「あ、あれ? どこだろうここ…?」

 

 

ネムもこの場所の雰囲気が少し違うことにやっと気づく。

そしてネムがそのことに気付いた時はすでに遅かった。

周囲から複数の男達が現れる。

 

 

「お嬢ちゃんたちどうしたんだい? こんなところに二人っきりかい? いけないなぁ…。こんなところに子供だけで来るなんて危ないよぉ…」

 

 

下卑た表情を浮かべ一人の男が近づいてくる。

 

 

「ひっ…」

 

「おお、結構悪くないんじゃねぇか? その筋の連中には高く売れそう…ん!?」

 

 

男の視線がネムからルベドへと向く。

周囲の男達もルベドを見ると思わず唾を飲み込む。

 

 

「おいおい、なんだこいつぁ! ガキとはいえこんな上玉初めてみたぜ!」

 

「ホントだ! すげぇ! どこかの貴族のお嬢ちゃんか何かか!?」

 

「な、なあ売り飛ばす前に少し俺らで楽しんじまおうぜ!?」

 

「あ、ああ! それも悪くねぇな! 子供は趣味じゃねえがここまでの上玉なら話は別だぜ!」

 

「ククク、ヒィヒィ泣かせてみてぇ!」

 

 

欲望に塗れた男達の視線がルベドに突き刺さる。

だが男の1人がここで口にしてはいけないことを口にしてしまった。

 

 

「そういえばこの前、借金のカタに帝国から連れてこられたフルト家の娘ってのが王都の方で高値で売れたって話聞いたけどよ、それよりも高く売れるんじゃねぇか!? おい! 皆、手出してもいいけど傷は付けんなよ!? 価値が下がっちまうからな!」

 

 

男の言葉に皆が頷く。

欲望を発散させられる上に、どれだけ高値で売れるか想像もつかない少女だ。

無闇に傷つけるようなことはしない。

綺麗なまま売れればそれこそ一攫千金にも等しい。

皆で山分けしても取り分は相当だろう。

笑いが止まらない男達。

今日が人生最良の一日になるかもしれない。

そう思い少女へと近づく。

 

目の前にいるのが誰なのかも知らずに。

そしてその少女の気配が変化したことなど誰も気づかない。

 

 

「フルト家? ねぇ、少しお話聞かせて」

 

 

 

 

 

 

 

 

アゼルリシア山脈へ向かい行軍していたコキュートス一行。

突如シモベの1人から重大な報告が上がる。

 

 

「コ、コキュートス様失礼します! 王都付近でデミウルゴス様の姿を確認したとの報告が上がりました! 詳細は不明ですが現在王都に潜伏しているのではと考えられます!」

 

「ナンダト!? 分カッタ、ゴ苦労」

 

 

報告を受けたコキュートスは即座にアルベドへメッセージで連絡を取る。

 

 

『どうしたのコキュートス、まだ例の魔樹を倒してから時間が経っていないけど』

 

「デミウルゴスヲ発見シタ」

 

『なっ…!?』

 

「部下カラ報告ガ上ガッタ、現在、王都ニ潜伏シテイル可能性ガ高イ」

 

『た、確かなのね!?』

 

「姿ヲ確認シテイル」

 

『…分かったわ。お手柄よコキュートス。計画は変更、貴方はすぐに全軍を持って王都へ向かって頂戴。聖王国ももうすぐカタがつきそうだから終わり次第ナザリックに帰還しルベドを回収して王都へ向かう。マーレにも連絡を入れて王都へ向かわせるわ。コキュートスは着き次第、王都を包囲。デミウルゴスの様子を伺いながら私かマーレの到着を待ちなさい。決して貴方だけで突っ込んではダメよ』

 

「承知シタ」

 

『何かあれば随時連絡を頂戴、よろしくね』

 

 

そしてアルベドとのメッセージが切れる。

 

 

「ヨシ、皆聞ケ! 計画ハ変更! コレヨリ王都ヘ向カウ! 決シテ油断スルナ! 相手ハアノデミウルゴスダ!」

 

 

激を飛ばしたコキュートスは進路をアゼルリシア山脈から王都へと変更する。

 

決戦の時は近い。

 

 

 

 

 

 

マーレの元にメッセージの魔法が届く。

 

 

『もしもしマーレ』

 

「ああ、アルベドさん。たった今、帝国を支配したところですよ」

 

『それはちょうど良かったわ。リエスティーゼ王国の王都でデミウルゴスが確認されたの。だから予定変更よ、あなたは最低限のシモベを帝都に残して王都へすぐに向かって頂戴。帝都から王都へ最短距離だとアゼルリシア山脈を横切ると思うのだけどその際、ついででいいから霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)を見かけたら殲滅してきてくれないかしら? マーレなら時間もかからないでしょう?』

 

「わ、わかりました! で、でも時間がかからないとはいえ最速で向かわなくていいんですか? デミウルゴスさんが見つかったんですよね?」

 

『ええ、最悪逃げられることも想定しなければならないからね。もちろんデミウルゴスの排除が最優先なのだけど保険はかけておきたいの』

 

「なるほど、了解です。すぐに向かいます!」

 

『よろしくね』

 

 

メッセージの魔法が切れた後、思わぬ僥倖にアルベドは笑う。

とはいえデミウルゴスの罠の可能性も十分考えられる。

備えはしておくべきだ。

それでもデミウルゴスの足取りがつかめたのは大きい。

決着は近いなと歓喜するアルベド。

 

だがこの時アルベドはまだ知らない。

 

現在、ナザリック地下大墳墓にルベドはいないことを。

 

 

 

 

 

 

死の宝珠は現在、単身で王都へ向かっていた。

とは言ってもリグリットに作ってもらったアンデッドを体として使っているのだが。

 

エ・ランテルでリグリットに拾われた後、話し合いの末、別行動を取る事になった。

 

リグリットは現在、救世主が向かった可能性が高いと思われるカッツェ平野を南東へ進んでいた。

死の宝珠は王都にいるであろう蒼の薔薇にリグリットの伝言を伝えにいく途中なのだ。

 

別にリグリットを裏切って逃げてもいいのだが他にやることもない。

あの救世主、いや神と呼ばれていた存在の力を間近で感じてしまった死の宝珠としては自分の身の程が知れた。

死を撒き散らすという存在意義すら薄れたように感じる。

今となってはあの神という存在に少しでも関われるならば誰にどれだけ協力しても構わない。

死の宝珠もこの世界の行く末を見てみたいのだ。

その為に下らぬ人間の余興に付き合うのも悪くないと死の宝珠は考えていた。

 

この後、王都が最も危険な場所になるなど思いもせずに。

 

 

 

 

 

 

「そうですか、どうやら無事に釣れたようですね」

 

 

己のシモベからの連絡を受け笑顔のデミウルゴス。

 

 

「ああ、皆さま失礼しました。さて、お話に戻りましょうか」

 

 

そしてデミウルゴスは席に着く。

 

8つの椅子で囲まれた円卓のある部屋。

そこに座っているのは『八本指』と呼ばれる犯罪組織の長達だ。

ちなみにデミウルゴスの座っている席は警備部門を統括する六腕のリーダーの席だ。

その六腕のリーダー、闘鬼ゼロは死体となって横に転がっているが。

 

 

「素直に協力して貰えれば嬉しいのですが…、貴方達もこの男のようになりたくないでしょう?」

 

 

恐怖に支配された7人の長は悲痛な顔で顔を上下に振る。

 

 

「良かった。私も無駄な殺生はしたくないですからねぇ」

 

 

絶対に嘘だ、と7人は思ったがそれを口に出せる者などいるはずもない。

この男の恐ろしさを理解した彼らはひたすら従順なイエスマンになるしかない。

 

 

「さぁでは始めましょうか」

 

 

悪魔が笑う。

おぞましい悪意を持って。

 

 

 

 

 

 

「ラナー様、本当に護衛など連れずによいのですか?」

 

 

ラナーお付きの兵士であるクライムは自らの主へと問いかける。

急に遠出をすると主が言い出したのはいいものの、自分しか護衛を連れないことが不安なのだ。

 

 

「ええ、私には貴方がいますから」

 

 

黄金の呼び名に相応しく美しい笑顔を向けるラナー。

彼女だけはこれから何が起こるか知っている。

この国がどうなろうと興味はない。

クライムと共にいられればそれでいいのだから。

 

ただ、この国の最後は眺めの良いところで見たいなと思うだけだ。

王族や貴族の者達、あるいは冒険者、市民等。

どれだけ無様な最後を晒すのか楽しみだ。

 

ああ、人生とはなんて素晴らしいのだと黄金の姫は嗤う。

 

 

 

 

 

 

「わん…(やめろ…ニグン…! やめてくれ…)」

 

 

名犬ポチの言葉はニグンには届かない。

それもそのはず。

ニグンは今、部下達への演説で忙しいのだから。

 

 

丘から見下ろした先に広がるは一つの国。

 

竜の血を引く王女が治める竜王国。

 

 

だが今や各地の都市からは火の手が上がっている。

現在、首都以外の都市は全て落とされて国が滅亡するのも時間の問題であった。

名犬ポチは無計画にカッツェ平野を進んだ結果、そんな国に行き着いてしまったのだ。

 

もちろん目立ちたくない名犬ポチからすればシカト一択なのだがこの純白連中がそうでないのはもう理解している。

だからこそ国を助けるのは断固拒否したはずなのだがニグンには伝わらなかった。

 

 

『なるほど、確かに我々は神のお力に期待しすぎていたかもしれません。それに神が無闇に人々の前に姿を現すのを躊躇するのも理解しました。つまり、このくらいは我々で救済せよと仰るのですね!? ああ、確かに全くその通りです! なんの為の信徒…! なんの為の信仰…! ええ、今こそ我ら神の手足となり人々を救済しましょう!』

 

 

そうニグンは言い放った。

頭を抱える名犬ポチ。

駄目だ、何を言ってもこいつには通じない。

 

 

「各員傾聴! いいか! 神は我らをお試しになっている! さぁ神の期待に答えようではないか! 我々だけでこの国を救済するのだ! さぁ我々は何だ!?」

 

「「「純白! 純白!」」」

 

「然り! 然りだ! さぁ時は来た! 我らの信仰を神に証明するのだ!」

 

「「「おおおお!」」」

 

「救いは私らと共にある! いざ行かん! 全ては神の為に!」

 

 

そしてブリタと名犬ポチを残しニグン達純白は丘を駆け下りていく。

 

世界を救済するために。

 

 

「わん(やめてくれ…、ニグンやめてぇ…、本当にもう…、うぇぇ…)」

 

 

人類の救世主。

そして神。

そう呼ばれた名犬ポチ。

 

彼は今、ガチ泣きしていた。

 

その嘆きは海よりも深い。

 

 

 

諦めるな名犬ポチ、止まるな名犬ポチ。

きっと明るい未来が待っているから。

 

多分。

 




次回『王都の危機』邂逅の時は近い…!?


ロバー「Hなのはいけないと思います!」
ルベド「高い高いマジ有能」
ネム「友達でけた」
ジル「禿げるわこんなん」
フールーダ「ぺろぺろ」
コキュ「絶対王都行くマン」
マーレ「絶対王都行くマン」
アルベド「絶対王都行くマン」
ニグン「救済」
ポチ「悲しみ」

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