オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!

ヤバイことになってると皆が気付きだす!


地獄への入り口

『ヘビーマッシャー』

『グリーンリーフ』

『天武』

『フォーサイト』

帝国から来たワーカー達は目を見開いていた。

 

依頼で訪れた謎の遺跡。

遠目でもその大きさや立派な作りは見てとれた。

だが近づいてみるとそれが予想以上だったことがわかる。

遺跡の中央に位置する大霊廟。

そしてそれを囲むよう四方に小型の霊廟が並び立つ。

小型とは言ってもそれは中央の霊廟に比べたからであって、彼等の基準からすると息を飲む程に大きく荘厳だった。

 

《ホーク・アイ/鷹の目》《サイレンス/静寂》《インヴィジビリティ/透明化》等の魔法を駆使し、最大限の注意を払いながら近づいたものの敵の気配は無い。

事前の計画通りにチーム別に分かれ、それぞれが四方の小型の霊廟へと散る。

そして念入りに調べ、安全を確認し霊廟へと入っていく。

 

場所は違えど4チームの脳裏によぎったものは同じだった。

 

宝の山だ、と。

 

霊廟の中を見ると彼等の基準では考えられないような物で溢れていた。

いくつも掲げられた貴金属糸で編まれた旗、貴重品であると同時にその煌めく様から美術品として考えればかなりの値打ちであろうことが想像に難くない。

石棺の中には金や銀、色とりどりの宝石といった無数の光沢を放つ装身具の数々、散乱している無数の金貨。

無数にある輝きの中にある黄金のネックレスはどれだけ安く見積もってもこれ一つで金貨100枚はいく、場合によっては倍以上でも何の不思議も無い程の一品。

大振りのルビーの嵌まった指輪。

見事な装飾が施された調度品の数々。

他にも数え切れない程の宝の山に誰もが瞠目せざるを得ない。

 

契約上では依頼者に半分を差し出さなければならないがそれを差し引いても一介のワーカーからすれば天文学的な数値だ。

さらにチームで分けたとしても笑いが止まらないレベル。

なぜならばここはまだ四方にある小型の霊廟の中なのだ。

 

ならば中央の霊廟の中はどうなっているのか。

 

誰もが興奮と熱狂に満ち、舌なめずりしながら大霊廟へと吸い寄せられていく。

 

 

 

 

 

 

フォーサイトの面々は自分達が入った小型の霊廟の中を見渡しながら半ば呆れにも似た感情を抱いていた。

剣士でチームリーダーでもあるヘッケラン・ターマイトが最初に口を開いた。

 

 

「なんだよ、こりゃあ…。おいおいこれ全部本物の金属か!? 偽物じゃないのか!?」

 

 

その言葉に反応したのは弓兵でハーフエルフのイミーナ。

 

 

「信じられないけれど本物のようね、手触りも普通のとは違うのが分かる…」

 

 

次に答えたのは神官のロバーデイク・ゴルトロン。

 

 

「私もこれほどの一品はお目にかかったことがありませんね。どうですかアルシェなら何か分か…」

 

「こらっ…!」

 

 

ロバーデイクを肘で突くイミーナ。

それに気づいたロバーデイクは失言だったというように口を塞ぐ。

 

 

「いいの、気にしないで」

 

 

健気にも笑顔で答えたのはまだ少女と呼んでも差し支えない魔法詠唱者(マジックキャスター)

名をアルシェ・イーブ・リイル・フルト。

鮮血帝によって地位を剥奪された元貴族の娘である。

今まで仲間達には家の事情を話していなかったのだが今回の依頼の前に親が作った借金のゴタゴタに巻き込んでしまい全ての事情を話すことになった。

 

その時はチームから追い出されることも覚悟した。

魔法の才があり、その点ではチームに貢献していたと自負しているがそれでもどれだけ報酬を手に入れても装備の新調もせず、ずっと古くて弱い装備のまま。

いくら魔法の才があろうとも装備の差は大きい。

今まで仲間達は文句の一つも言って来なかったが事情を知った今となってはどんな顔をするか分からない。

それに金銭問題を抱えた人間というのは、様々な面でトラブルになることも多くチームの仲間として歓迎されることなどない。

だから借金の事を知られた時には不安で一杯だった。

もしかすると騙されたと憤慨するかもしれない。

下らないと一蹴されるかもしれない。

そしてチームから追い出されたら今後どうやってお金を稼げばいいのか。

お金を稼いで大事な妹2人を連れて家を出ると決めたアルシェ。

だがそもそも今ある借金を返さないことにはそれすらも出来ないのだ。

 

だが仲間達がアルシェを責めることはなかった。

 

それどころか水臭い、なんで今まで黙ってたんだ、と。

金を上げることは出来ないが協力ならいくらでもする、と。

 

その言葉にアルシェは涙した。

仲間達の優しさに。

そして全員対等が信条のフォーサイトとして決して金を上げるとは言わず仲間として扱ってくれることに。

それが嬉しかった。

 

元から十分に信用していた仲間。

でも今回の事は大きな借りだとアルシェは思っている。

今回の依頼はキナ臭い点がいくつもあり受けるか受けないかはアルシェを抜いた話し合いになったが最終的には受けることになった。

報酬の高さもそうだが未知の遺跡で金目の物が手に入る可能性もあったからだ。

仲間達は美味しい依頼だからと言っていたが自分の為であるのは明白だった。

申し訳ないと思いつつも深く感謝する。

 

もちろんこの遺跡に危険があるかもしれない。

だがそれでも。

いやだからこそ。

もしもの時は自分が皆を守るのだと。

アルシェは固く心に誓っていた。

 

 

「そうね…。うちにも昔は沢山あったし、他の貴族の家に行った時も多くの調度品や金品を目にしたけど…。これほどまでの物はあまり見た記憶が無い。特に装飾の施された物なんかは上級貴族の家で家宝として扱っておかしくない物だと思う」

 

「マジか!」

 

「嘘…!」

 

「そこまでとは…!」

 

 

アルシェの言葉に3人は驚愕する。

とんでもない宝の数々だとは思っていたものの、高価すぎる物を正確に判断できる目は持っていない。

だが元貴族のアルシェが並の貴族ですら所持していない一品だと言ったのだ。

想像以上で、想定以上。

 

 

「ど、どうするのヘッケラン、ぜ、全部、荷に詰めちゃう…!?」

 

 

あきらかに狼狽しながらイミーナがヘッケランに問いかける。

だがヘッケランは首を振らない。

 

 

「いや…、今はやめておこう。帰りに詰めれるだけ詰めよう。今詰めてしまうと探索に支障が出るし、もっと凄い物を発見した際に持ち帰れないだろ?」

 

 

ヘッケランのもっと凄い物、という言葉に3人がピクンと反応してしまう。

そうだ、そうなのだ。

ここは4つある小型の霊廟の一つで中心にはさらに大きな霊廟が存在するのだ。

もっと高価な物が眠っている可能性は高い。

 

 

「し、信じられませんね…! これは夢か何かではないのですか…!?」

 

「…クーデリカ、…ウレイリカ。待っててね…」

 

 

嘆息するロバーデイク。

そして妹の事を考えるアルシェ。

この宝の前ではもう借金などはした額に思えてしまう。

その先に幸せな未来を描き、思わず笑みが零れるアルシェ。

 

それぞれが期待を胸に抱き、4人は中央の大霊廟へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

遺跡の中央に位置する大霊廟。

その中は広間になっており左右には無数の石の台。

対面には下り階段があり、その先には大きな扉があった。

 

階段の上に4チームが揃うと今後の予定を話し合う。

この大霊廟の中には周りの霊廟ほど宝は無かったが地下へと進む階段がある。

ならばその先にはきっと財宝の数々が眠っているのだと誰もが信じて疑わない。

 

 

「しかしグリンガムよぉ、お前のチームもう荷物パンパンじゃないか」

 

 

ヘッケランがヘビーマッシャーのリーダーであるグリンガムに声をかける。

 

 

「うむ」

 

「この先にもっと凄いお宝あったらどうするんだ? それにそれじゃ動きづらいだろ?」

 

「ふっふっふ、そうなれば道中に捨てていけばいいだけのこと。放置しておいては他の誰かに持っていかれるかもしれん。老公のチームもそうであろう?」

 

「儂は止めたんしゃけとな、若い奴らは抑えきれんようてな、捜索に支障のない程度なら許しとる」

 

 

老公と呼ばれた80を超える老人パルパトラ。

グリーンリーフのリーダーである彼は持っていないが彼のチームメンバーはすでにお宝を懐にいくつか拝借している。

だがこの中でまだお宝に手を付けていないのはエルヤー率いる天武。

 

 

「確かにお宝は魅力的ですがね、私は強者のほうを期待していますよ。ドラゴン級であれば苦戦くらいはできるかもしれないのですがね。それに捜索など敵を全て排除してからゆっくりと行えばいいだけのこと。急ぐ必要などありませんよ」

 

 

歪んだ表情を浮かべ笑うエルヤー。

性格は褒められたものではないがその実力は誰もが知っている。

本人はあの王国戦士長と引き分けたブレイン・アングラウスにすら勝てると豪語しているがあながち妄言とも言えない。

エルヤーが剣の天才なのは紛れもない事実なのだ。

個の実力で言えば間違いなくこの中で最強であろう。

並のドラゴンであれば本当に倒してしまうかもしれないのだ。

 

 

「あんたの腕には期待してるぜエルヤー」

 

「ええ、任せて下さい。まぁ私が満足できるような相手がいればいいのですが…」

 

 

ヘッケランの言葉に見下したように答えるエルヤー。

嫌味なのは最初からなのでヘッケランは肩をすくめる程度で流す。

それに仲間として心強いのは確かなのだ。

 

話し合いの結果パルパトラのチームは地上に残り、他の3チームが地下へと捜索に行くことになった。

 

その先に何が待っているかなど考えもしないまま。

 

 

 

 

 

 

地上に残ったグリーンリーフの面々は不満をパルパトラにぶつけていた。

 

 

「老公、勿体ないじゃないですか。なんで地上の捜索をやるなんて言い出したんですか?」

 

 

他のメンバーも同意したようにパルパトラへ視線を向ける。

 

 

「謎の遺跡に最初に侵入するのはちと危険か高すきしゃよ、彼等には我々のカナリアになってもらったのしゃ。無事に生還してくれると良いの」

 

 

パルパトラは飄々と言う。

 

 

「凄いアイテムを発見できるかもしれないチャンスだったかもしれませんよ? 命をチップにするだけの価値はあったのでは?」

 

「主の言うことも正しいしゃろう。しかしこの綺麗な墓地を見しゃまえ、綺麗に整えられているし清掃もしゃれとる。何者かかおるのは間違いない。モンスターの出迎えは確実しゃな」

 

 

その答えにグリーンリーフの面々はわずかに体を強張らせる。

 

 

「だから地上の捜索を受け持ったんですか? 悲鳴が聞こえたらすぐに逃げられるように」

 

「それもある。だが今回のは賭けみたいなものしゃ。主が言うように大損をする可能性もある。その場合は謝らせてくれ」

 

「気にされずに老公、俺たちはいつでも貴方を信頼しています。大概の場合、貴方の選択は正しかったのですから」

 

「生きてさえいればまた稼げるチャンスはある、だから無理に危険飛び込む必要は無い。それに俺たちは何度も救われてきたのですから」

 

「そうですよ、損をしたら歯ぎしりしながら別の仕事でざっくり儲けましょうよ」

 

 

パルパトラを囲み楽しそうに話すグリーンリーフの面々。

 

 

「老公ならばあのパラダイン老くらい長生きしそうですね」

 

「ひゃひゃひゃ、いやいくら儂てもあれは無理しゃ。あれは別格よ」

 

「素晴らしいチームなのですね」

 

 

突然静かな女の声がした。

 

今回のメンバーで女はフォーサイトに2人、天武にエルフの奴隷が3人。

だが誰とも違う声だ。

即座に一行は武器を構えつつ、振り返る。

大霊廟の入り口を塞ぐようにメイド服を着た一人の女性が立っていた。

あり得ないほど美しく、それがゆえに異常さが際立っていた。

奇怪なのはメイド服のような装いをしていることだがパルパトラ達の知る物とは決定的に違う。

鎧にも似た金属の輝きがそこにはあった。

 

 

「主…、何者しゃ? 見かけぬ顔しゃか…。ふむ隠し通路か何かかあったのか」

 

 

カツン、と大理石製と思わしき床に金属音が高く響く。

メイドと思わしき女が履いている、足甲を思わせるハイヒールが立てた音だ。

 

 

「さて、まずは自己紹介を。ボ…、失礼しました。私はプレアデスの副リーダーを務めさせていただいているユリ・アルファと申します。短いお付き合いになるかと思いますがお見知りおきを」

 

 

そうして一礼をするメイド。

だがその視線には殺意が宿っており、その身体からは圧倒的な強者の気配が漂う。

 

 

「愚かにも貴方達が土足で足を踏み入れたのは至高の御方々の住まう居城。あまつさえ至高の御方の宝を盗もうなどと…」

 

 

そうしてユリと名乗ったメイドはパンパンと手を叩く。

その音と共に墓地が揺れた。

 

 

「ナザリック・オールド・ガーダー、出なさい」

 

 

その声と共に床を割って無数のスケルトン達が姿を現したのだ。

単なるスケルトンとは雰囲気が違う、武装も違う。

立派なブレストプレート、紋章の入ったカイトシールド、その手には多種多様な武器を持っていた。

そしてそれらは全てが魔法の力を感じさせる輝きを発していた。

そんなスケルトンが見渡すだけで100体以上はいる。

未だ床から続々とスケルトンは出続けているのでまだ増えるのだろう。

あり得ない戦力にパルパトラ含め、グリーンリーフの面々は絶句する。

そして彼らが何かを言う前にメイドの口が開く。

 

 

「誰一人無事に返しません。その罪、万死に値します」

 

 

その言葉が合図だったかのように無数のナザリック・オールド・ガーダーがグリーンリーフに一斉に襲い掛かる。

彼らは後悔する間も、謝罪する間もなく一瞬で飲み込まれ体に無数の刃を突き立てられた。

 

だが彼らはまだ幸運だったと言えるかもしれない。

苦しむことなく、そして人としての死を迎えられたのだから。

 

中に入った者の末路を考えれば優しい死に方だったといえるだろう。

 

 

 

 

 

 

グリンガム率いるヘビーマッシャー。

道中で出会うアンデット達は決して弱くは無かったがチームとして動けば対処できないレベルではなかった。

数もそれほど多くなくヘビーマッシャーは順調に進んでいた。

だが突如、床に光の紋章が浮かび上がる。

それはグリンガム達全員を範囲に捕らえられるほど大きなものだ。

 

 

「なっ!」

 

 

誰の声か、悲鳴にも似た声が響いた。

 

その次の瞬間、ヘビーマッシャー達の視界は漆黒の世界に包まれていた。

体を襲う奇妙な浮遊感。

足元からはペキパキという何かを踏み砕いた音と共に、ゆっくりと体が沈んでいく感触。

まるで沼に落とされたかのように。

だがそれほどの深さはなく、腰まで浸かった辺りでそれ以上沈まなくなった。

グリンガムは静寂のみが支配する暗黒の中で、親を見失った幼子のような頼りない声で問いかける。

 

 

「だ、誰かいるか…?」

 

「ここだグリンガム」

 

「俺もいる」

 

「な、なんなんだここは…?」

 

 

次々と仲間達の返事が返ってくる。

それもさほど遠くない距離。

全員ではないが半数近くはいるようだった。

 

 

「明かりをつけるぞ」

 

 

仲間の一人がそう言い、明かりを灯す。

だがその仲間を囲うように光を反射する無数の輝き。

それは霊廟でみた宝の輝きを思わせる。

だが違う。

グリンガム達は沸き上がる悲鳴を必死に抑える。

無数の照り返し。

それは辺りを完全に埋め尽くす漆黒の蟲の輝きだった。

室内は広く、壁際まで光は届かない。

一体どれだけ積み重なっているのか想像もしたくない。

 

 

「なんだ、よ…ここ…」

 

 

仲間の悲鳴に同意しつつもグリンガムは先ほどの床の光はなんだったのか考える。

転移系の罠だとするならばそれは彼らの手に負えるものではない。

なぜなら複数の他者へ効果を及ぼす転移の魔法は第5位階か第6位階にあったとグリンガムは記憶していたからだ。

最低でも第5位階を使える絶対者がこの遺跡には存在するということ。

グリンガムはこの遺跡の危険性を強く実感し寒気に襲われる。

 

 

「糞、早く逃げるぞ。この遺跡は…触れてはいけないところだった…!」

 

「逃がすわけにはいきませんな」

 

 

突如、第三者の声が響く。

 

 

「誰だ!」

 

 

グリンガムは慌てて周囲を見渡すが仲間以外には誰もいない。

 

 

「おや、失敬。我輩、この地をモモンガ様より賜る者、恐怖公と申します。お見知りおきを」

 

 

声のした方向。

そこへ向けた視線は異様なものを捉える。

漆黒の蟲を跳ねのけ、下から何かが出てこようとしていた。

やがて漆黒の蟲を押しのけ現れたのは、やはり漆黒の蟲だった。

だがそれは周囲の同族とは明らかに趣を異にしている。

二本の脚で直立し、豪華な金糸で縁取られた鮮やかな深紅のマントを羽織り、頭には黄金に輝く王冠を乗せている。

前肢には先端部に純白の宝石をはめ込んだ王笏を手にしている。

 

咄嗟に危険を感じ取ったグリンガムは交渉を試みる。

 

 

「率直に言う、取引しないか…?」

 

「ほほう、取引ですか。至高なる御方々の宝に手を付けた盗人がよくもいけしゃあしゃあと…」

 

「ま、待ってくれ! 宝なら返す! だから…」

 

 

だがグリンガムの弁明は最後まで続かない。

いつしか口の中へ漆黒の蟲たちが入り込んでいた。

 

部屋中が蠢く。

ザワザワという音が無数に起こり、巨大なものとなる。

そして津波が起こる。

黒い濁流。

 

 

「大罪人の言など聞く価値も無い。その命で償ってもらいましょう」

 

 

グリンガムと共にヘビーマッシャーの面々も黒い渦に巻き込まれる。

鎧の隙間に蟲たちが入り込む。

全身に覆いかぶさってきた無数の蟲により身動きも取れない。

いつしか蟲達は口の中から喉、胃の中にまで侵入してくる。

次に来たのは痛み。

鋭い痛みが全身を襲う。

それは蟲達がグリンガム達の体を齧る痛みだ。

耳の中にも入りこまれガサガサ音しか聞こえなくなる。

 

もはやグリンガムは自分がどうなるか想像できた。

このまま生きたまま蟲達に貪り食われるのだと。

 

 

「嫌だ! こんなの嫌だ!」

 

 

絶叫を上げるグリンガム。

その勢いで口から蟲が零れ出るがすぐに別の蟲が入り込む。

やがて腹の中からも痛みがこみ上げる。

グリンガムは必死にもがく。

こんな死に方は嫌だ。

自分を軽んじた者達を見返す、その一念でここまで登りつめた。

もう冒険をせずに暮らしていけるだけの金も貯まったし、高まった名声のおかげでどんな美人だって容易く嫁にできるだろう。

人生の勝利者だったはずだ。

今回だって割りのいい依頼だからわざわざ受けたのだ。

そのはずだったのに。

自分はこんなところで終わるのか。

 

 

「おぼぉおあああ! いぎでがえるんだぁぁああ!」

 

 

口から嚙み砕いた蟲たちを吐き出しながら叫ぶ。

死にたくないという感情だけがグリンガムを突き動かす。

だがその想いも虚しく、巨大な黒い渦がグリンガム達を容易く包み込んだ。

 

しばらくすると蟲の動く音以外は何もしなくなった。

 

もう誰の悲鳴も聞こえない。

 

 

 

 

残った半数のヘビーマッシャーの面々は謎の光で転移した後、気づくと裸で拘束台に寝かされていた。

 

目だけを動かし周囲を確認しようとしていると声がかかった。

 

 

「あらん、起きたのねん?」

 

 

だみ声を響かせたのはおぞましい化け物。

形容するのも憚られる吐き気を催す醜い化け物だ。

 

 

「うふふ、おねえさんの名前を聞かせてあ、げ、る。ナザリック地下大墳墓特別情報収集官ニューロニストよ。まぁ拷問官とも呼ばれているわん」

 

 

ニューロニストの長い触手が一人の捕えられている者の体を優しくなぞる。

 

 

「自分がどこにいるか分かる? ここはナザリック地下大墳墓。至高の41人、その最後に残られた方、モモンガ様の御座します場所。この世界で最も尊き場所。そんなところに土足で入り込み盗みを働くなんてとてもじゃないけど許されることではないわん。これからの貴方の運命について話しておくわねん、あなた聖歌隊ってご存知?」

 

 

突然の質問に男は目を白黒させる。

 

 

「聖歌、賛美歌を歌い、神の愛と栄光を讃える合唱団のことよん。あなたにはその一員となってもらうの、お仲間と一緒にねん。さて貴方の合唱をサポートしてくれる者たちを紹介するわねん」

 

 

今まで部屋の隅にいたのだろうか。

その声と共に何人かが彼の視界に入るように姿を見せる。

その姿を見て彼は一瞬だけ呼吸を忘れる。

邪悪な生き物だと一目瞭然だったからだ。

 

 

拷問の悪魔(トーチャー)よん。この子達と私で協力して貴方に良い声で歌わせてあげるわん。さぁ、早速はじめましょうか」

 

 

男達の懇願など意にも返さずニューロニスト達の魔の手が伸びる。

始まったのは地獄のような拷問。

傷は癒され何度も苦痛を味合わせられる。

何度も、何度も、何度も。

 

彼等が死ぬことを許されたのは数日後のことだった。

 

 

 

 

 

エルヤー達、天武もまた別の場所で転移の魔法にかかっていた。

 

彼等が飛ばされたのは夜空が見える闘技場の中だった。

観客席には無数の土くれの人形が座っている。

 

 

「ふむ? 外、ですか…。参りましたね、私に恐れを為して外へ飛ばしたのでしょうが…。またあそこに戻るにはどうすればよいのか…」

 

 

そしてエルヤーは連れているエルフの奴隷たちを睨みつける。

 

 

「お前たちがしっかりしないから罠にかかってしまっただろうが! 全くもって役立たずめ!」

 

 

罵声を浴びせながら倒れ込んだエルフ達を何度も蹴りつける。

 

 

「はぁ、はぁ…。全く面倒な…」

 

「仲間割れ? そういうのは後にしてもらいたいんだけどなー」

 

 

その言葉と共に貴賓席があると思われるテラスから跳躍する影が一つ。

そこに降り立ったのはダークエルフの少年だった。

 

 

「…何者ですか?」

 

「私はナザリック地下大墳墓、第6階層守護者のアウラ。それとこっちが…」

 

 

アウラは横に手を向けるがそこには誰もいない。

後ろを振り向き降りてきた貴賓席の方へ罵声を上げる。

 

 

「マーレ! 何してんの! 侵入者が来たんだからさっさと降りてきなさい!」

 

「そ、そんな無理だよぉ…、お姉ちゃん…!」

 

「侵入者でしょ! ちゃんと対処しないでモモンガ様になんて言うつもりなの!」

 

「あ、あう…!」

 

 

その言葉にマーレと呼ばれた少女は意を決したのかその場から飛び降りる。

二人のその運動能力はエルヤーを驚かせるには十分であった。

 

例え自分でも生身では簡単に飛び降りれる高さではない。

まぁ恐らくは魔法か何かを使ったのだろうが…。

そう考えるエルヤー。

だがそれよりも気になったのはあの少女がこの少年をお姉ちゃんと呼んだことだ。

男かと思ったがどうやら女だったらしい。

となると姉妹というわけだ。

まだ子供とはいえ容姿は自分が今まで生きてきた中でも一番だ。

それが二人。

エルヤーの欲望が沸き上がる。

この二人を侍らすのも悪くはないな、と。

 

 

「で、挨拶が遅れたけど私がアウラ! それでこっちが」

 

「同じく第6階層守護者マーレ、です…」

 

 

元気な姉に内気な妹か、いいじゃないか。

エルヤーの中ではこの姉妹達でどう楽しもうかという下卑た考えで一杯だった。

 

 

「大人しく私に従うならば手荒な真似はしませんが、どうしますか?」

 

 

ニヤニヤとエルヤーが問いかける。

 

 

「は?」

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん…」

 

 

エルヤーは続ける。

 

 

「貴方達は幸運ですよ? 私のような地上最強の男の所有物となれるのですから」

 

 

その言葉にアウラが強い怒気を孕んだ声で返す。

 

 

「何言ってんのアンタ? 至高の御方に創造された私がアンタみたいなゴミの所有物ぅ? 馬鹿も休み休み言いなさいよね、ブッ殺したくなっちゃうじゃない…!」

 

「おやおや勇ましい少女ですねぇ。まぁ子供では強さなども分かる訳ありませんか。いいでしょう、力づくというのも悪く…」

 

 

エルヤーの視界からアウラが消える。

そしていつの間にか自分の目の前にいた。

 

それと同時にエルヤーの両手が血をまき散らしながら宙に飛んだ。

 

 

「……え?」

 

「至高の御方々の住まうこの場所に無断で侵入した馬鹿達にそのことを後悔させながらジワジワといたぶろうと思ってたのに…! アンタ無理…! 殺したくて殺したくてしょうがない…!」

 

 

エルヤーは理解できなかった。

己の両腕、いつでも剣を抜けるように構えていた腕が消失しているという事実を。

切断面から血が心臓の鼓動に合わせてピューピューと吹き上がっている。

少し遅れてグルグルと中空に飛んだ物が叩きつけられ、濡れた袋が落下したような音を響かせた。

腕から昇ってくる激痛。

離れたところに落ちている自分の両腕。

そして手にムチを握りしめた少女の姿。

まさかムチで腕を叩き切ったのか?

混乱しながらもそういった事実を目にしてようやくエルヤーは現実を把握する。

 

 

「うで、うでがぁああ! ち、ちゆ! はやくちゆをよこせぇ!」

 

「うるさい」

 

 

アウラは喚き散らすエルヤーの足に蹴りを入れる。

その一撃はエルヤーの膝から下の両足を消し飛ばした。

 

 

「うぎゃあああ! あし! あしぃいいい! はやくちゆおおお!」

 

 

仲間のエルフ達が武器を手に握りしめ動き出したので反撃しようと構えるアウラ。

だが。

 

 

「へ?」

 

 

アウラの間抜けな声が響く。

それもそうだろう。

エルフ達は手に持った武器を倒れたエルヤーの体へ突き刺しのだ。

 

 

「びゃあああ! な、なにをする、やめっ! ひっ! いたいっ! いたぃいいいい!」

 

 

エルヤーの叫びに構わず嗤いながらエルフ達は仲間であったはずの男の体へ何度も武器を刺し続ける。

やがて男がこと切れても死体に向かって何度も蹴りを入れる。

その瞳には暗い喜びが溢れていた。

虐げられていた弱者の。

奴隷として惨めな生を歩んで来た者の。

下卑た男の性欲処理としていい様に使われてきた自分達の。

ずっとずっと抑え込まれていた恨みという黒い感情。

それが解き放たれたらもう止まらなかった。

 

 

「うわぁ、わけわかんないけど引くわー…」

 

「ど、どうしようお姉ちゃん…」

 

「いや侵入者だし殺すのは確定なんだけどさ…」

 

「アウラ様、マーレ様!」

 

 

そこへアウラ達のシモベの一体が走り寄る。

 

 

「ん? どしたの?」

 

「ニューロニスト様からです。拷問と魔法による探知と追跡からどうやら今回侵入の依頼をしたのはバハルス帝国の王だということが判明したようです。なのでアルベド様からマーレ様に、帝国へ侵攻する際にそれを大義名分として掲げろ、と」

 

「なるほど、わかりました…!」

 

「へぇ早いね、流石ニューロニスト」

 

「まぁ趣味の拷問はまだまだこれからのようですが…。それと追記ですがそこのエルフ3名はその男に無理やり従わされていた奴隷のようなものらしいです。アルベド様からは好きに扱って構わないと承っています」

 

「いや好きにたって…。どんな状況であれこの地に土足で踏み込んだ者に殺す以外の選択肢なんてあるの?」

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん…。可哀そうだよ、無理やりならしょうがないよ…」

 

「はぁ!? じゃあアンタはこの地に土足で踏み込んだ愚か者を見逃せって言うの!?」

 

「い、いやそうじゃないけどさ…。あ…、お姉ちゃんエルフの国に攻め込むんだし道案内でも、さ、させたらいいんじゃないかな…?」

 

 

マーレのその言葉にポンと手を打つアウラ。

 

 

「お、それはいいかも。そうすればさっさと見つけてすぐ終わらせられるかもしれない!」

 

 

そうして上機嫌になったアウラは3人のエルフ達の元へ近寄る。

疲れたのかいつの間にか3人はその場に伏していた。

 

 

「ねぇねぇ、貴方達さ助けてあげるからお願い聞いて欲しいんだけど」

 

 

だが3人のエルフは死んだように答える。

 

 

「殺して下さい…、生きててもしょうがないです…」

 

「もう疲れました…」

 

「耳もこの状態では里にすら帰れません…」

 

 

3人の嘆きにアウラはなぜか励まそうとしてしまう謎の事態に陥る。

 

 

「げ、元気出しなって! い、生きてれば良いことあるからさ! だ、だからお願い聞いて! ね?」

 

 

だが3人の顔が上がることはない。

ずっと下を向いたまま無言で座り込んでいる。

 

 

「あーもう!」

 

 

どうやら無くなった耳が気に入らないらしいのでシモベに命じて回復魔法を使える者を呼んでこさせる。

そしてそのシモベに命じてエルフの耳を治療させるアウラ。

耳が回復するのと同時にエルフ達の表情も明るくなっていく。

奴隷の証としてその身に刻まれた一生消えないはずの傷。

根本から斬られたエルフの耳はすぐに魔法で治療などをしなければ再生しない。

それがこの世界の常識。

下位の魔法やポーションでは古傷のようなものは回復できないのだ。

奴隷となった者は一生その傷を抱えて生きなければならない。

人間の何倍もの寿命を持つエルフ達にとってそれは地獄なのだ。

だがもう違う。

救われた。

このおぞましき呪いから解放してくれた御方がいる。

自分達を救ってくれた御方は誰なのだろうと顔を上げる3人のエルフ達。

その時初めてアウラの顔を見た。

 

そして驚き、いつの間にか自然と片膝を付き忠誠を誓うポーズをとっていた。

 

 

「えぇえええ!? 急に何!?」

 

 

驚いたのはアウラだった。

ただ耳を治しただけでなぜこういう態度になるか理解できなかったからだ。

 

 

「王の証を持つ御方よ、私達を救ってくれたことへの感謝と貴方の身に流れる高貴な血に忠誠を誓います」

 

「誓います」

 

「誓います」

 

「えぇえええ!?」

 

 

この世界ではエルフの王族は左右で異なる色の瞳を持つと言われている。

ダークエルフではあるがエルフとはほぼ同族である。

3人のエルフ達にとって、地獄から救い出してくれたことと合わせると忠誠を誓うことに何の抵抗もない。

むしろこれだけの方に忠誠を誓える喜びを感じていた。

 

 

「ま、まぁいいや。で、お願いなんだけどさ、エイヴァーシャー大森林の付近にあるエルフの国って分かる? そこまで案内して欲しいんだけど」

 

「そこは私達の祖国ですが…、一体どのような用事で…」

 

「うん。そこの王様が邪魔だからブッ殺しに行こうかなって」

 

 

ニッコリと答えるアウラ。

3人のエルフ達の表情が凍る。

アウラの横ではマーレがワタワタとしていた。

 

 

「ま、まずいよお姉ちゃん…! あの人達の王様殺すって言って案内なんてしてくれるわけないじゃん…!」

 

「そ、そっか! しまった、どうしよう…!」

 

 

アウラもようやく失言に気付きワタワタとしだす。

 

この時、3人のエルフの胸中に沸いたのは感激だった。

エルフの国を支配する王は強大な力を持つが尊大で冷酷だ。

苦しむ民の為に動こうなどとは毛ほども思わない。

長年続いた法国との争いでもどれだけ自国の民が死のうがどうしようがなんとも思わず城で贅沢三昧である。

女達は全員子供を産む為の機械としか思っておらず戦力増強の為に子供だけは作るがもちろん親としての義務など欠片も果たさない。

むしろ弱ければ役立たずだと断じる始末である。

噂では奴隷になったエルフ達は誘拐されたのではなく王に売られたという話すら真しやかに囁かれていた。

そして奴隷となったエルフに価値などないと公言し、耳が切られたエルフに居場所は無い。

誰からも支持されない独裁者。

だがなぜそんな者が王であり続けたのか。

それは単純に強いからだ。

彼がいなければエルフの国は他国にすでに滅ぼされていてもおかしくなかった。

種の存続のためにはいてもらわなければならない者である事は間違いないのだ。

 

だがそれも今日までだ。

 

目の前にはあの王すら凌ぐのではないかというダークエルフの姉妹がいる。

それも瞳には王の証を宿して。

そしてあの王を排除してくれると言ったのだ。

こんなに喜ばしいことはない。

 

落ち込んだ私達を励まそうとしてくれるような優しき方が王となられればきっとエルフの不遇の時代は終わりを迎える。

3人のエルフ達はそう思いただただ感激する。

 

そんなことなど思われているとは露ほども思わないアウラ。

ただひたすら彼女への感謝の言葉と、崇拝する言葉、崇める言葉が降り注ぐ。

 

 

「えぇー、なんで…?」

 

 

彼女達のチームのリーダーを殺し、仕舞には彼女達の国の王を殺すと明言したアウラ。

恐れられこそすれ、なぜ感謝されるのか。

わけもわからないままただ思う。

 

酷いことをしたはずなのに急に感謝されるような意味わかんない状況になってるのなんて世界中でも私ぐらいしかいないんじゃないか、と。

 

 

 

 

 

 

「バフッ!」

 

 

くしゃみをする名犬ポチ。

 

 

「どうしたんですか神様、風邪ですか?」

 

 

垂れた鼻水をブリタに拭いてもらう名犬ポチ。

ふと他愛もないことを思う。

 

この世界に来てからくしゃみなんて初めてだな、と。

 

 

 




次回『スピネル』ルベド編。


長くなってしまったのでフォーサイトは次回に回します。
くそー、全部1話に纏めたかったー!


ワーカー達「ぐえー、死んだンゴ」
奴隷エルフ達「最高の王様見つけたぜ」
アウラ「おかしい、何かがおかしい」
名犬「謎のくしゃみ」

アウラ英雄伝説が始まる!?

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