デミウルゴス暗躍!
ナザリックの守護者が動き出す!
アーグランド評議国、スレイン法国滅亡の報が世界中を駆け抜けた。
予想だにしない事態に震撼する諸国。
生き残りはおろか目撃者もいなかった為に情報が出回るのが遅れに遅れた。
各国とも途端にその原因の究明や今後の対応に追われることとなる。
ただ、どれだけ動いても国の運命に変化はない。
抗う力が無ければどれだけ策を練ろうとも無意味なのだ。
◇
バハルス帝国。
帝都アーウィンタールの中央に位置する皇城。
その中の執務室の一室で緊急の話し合いが行われていた。
「どういうことだ…? 評議国と法国が滅んだだと…!?」
「ええ、信じられませんが事実のようです。すでに両国とも更地になっていることが確認されています」
秘書官のロウネ・ヴァミリオンの報告に皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは頭を悩ませる。
「そうだ、爺よ。エ・ランテル近郊に出現した謎の遺跡の捜索はどうなっている?」
ジルクニフの問いが長い白髪と髭を蓄えた一人の老人へと向けられる。
それはバハルス帝国主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダイン。
英雄の壁を越えた領域に立つ存在、逸脱者である。
「そろそろ着いた頃合いですかな…、何かあれば弟子に連絡が入る手筈になっていますが…。これは悪手であったかもしれませんな…」
「うむ、王国との国境の守りの兵が偵察中に偶然見つけたという遺跡…。興が乗って人を送り出したのはいいがその後に起こった評議国と法国の滅亡の報…。無関係だと思うか…?」
「わかりませんな…。ただ法国はともかく、評議国に勝てる勢力など思い当たりませぬ。そうなると完全に未知であるあの遺跡、疑わしくはあります。そしてもし無関係では無かった場合、次はこの帝国かもしれませんな」
「やめろ、冗談ではない…。第一送ったワーカーから足はつかないようにしているのだろう?」
「ええ。ですが本当にただの遺跡という可能性もあります。ふふ、未知の遺跡、素晴らしいではないか…! 何か魔法の深淵に触れるきっかけの一つぐらいあるやもしれぬ…! いいか、ジル。魔法とは」
「やめろフールーダ。それに言葉遣いが戻っているぞ」
「おお、これは失礼しました…!」
ジルクニフは徐々に興奮しだしたフールーダの頭を押さえる。
今の状況が分かっているのか?と。
だが仕方ない。
魔法のことになるとフールーダはのぼせ上り使い物にならなくなるのだ。
とはいえ、今回の未知の遺跡へワーカーを送り込むことになったのも元を辿ればフールーダたっての希望もあったのだ。
文献にも何も記されていない巨大な構造物。
フールーダの琴線に触れるものがあったとしても不思議ではない。
だが、だからこそこの事態にもっと精力的に動いて欲しかった。
まあジルクニフ的にもエ・ランテルは将来的に入手したい都市である。
その近郊のことは知っておきたかったということもあるのだが。
「とりあえず遺跡に関してはワーカーの連絡を待つことにする。帰ってこなかった場合はどちらにせよ危険だ、今はそれ以上深入りするのは禁ずる。今はそれよりも評議国、法国の滅亡の情報を少しでも入手しろ。もしこの帝国にも危険が迫るようであれば何かしら手を打たねばならん。まずは…」
ジルクニフはテキパキと部下に指示を出していく。
だがすでに時は遅し。
送り出したワーカーなど無関係にすでに悪意は帝国に向いている。
シャルティア亡き今、守護者最強であるマーレ。
それが配下を引き連れ攻め入ることが決定されている以上、帝国に希望は無い。
◇
アゼルリシア山脈の麓。
とある任務でここを訪れていた王国のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』。
だが聞いていた話とは違う事態に困惑していた。
「どういうことだよリーダー。任務は激化した
「そのはずよ、そのはずなんだけれど…」
蒼の薔薇のリーダーであるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラはガガーランの問いに困惑しながら答える。
それも当然だ。
依頼が来た段階ではこの辺りは山から下りてきたモンスターが闊歩していたのだから。
「全然モンスターいない」
「超平和」
双子のティアとティナがイエーイと手を合わせる。
「それどろか山全体が恐ろしいくらい静かだな、本当に縄張り争いなんてやってんのか?」
「それに麓の村や町に被害が出る前にって話だったけれど、これなら被害が出る心配もないわね。それに対象のモンスターがいないんじゃ任務のやりようも無いわ。王都に帰りましょう」
そうして各員それぞれ帰り支度を始める。
「しかしよ、評議国と法国が滅んだって話、あれマジなんか? そんな奴いたらもうこの世界終わりだろ? 何かの間違いじゃねぇのか?」
竜王及び、評議国の強さをチームの仲間から聞いているガガーランは疑問を抱かざるを得ない。
「イビルアイなら何か知ってるんじゃねぇのか?」
ガガーランの視線の先にいるのは、大振りの宝石が嵌った仮面を付け深紅のローブを纏った小柄な女性。
その名はイビルアイ、かつて一国を滅ぼした伝説の吸血鬼『国堕とし』である。
「思い当たらなくはないが…」
過去を思い出すように遠い目をするイビルアイ。
「何か知ってんのか! 誰だっ!? 教えろよ!」
「答えろー」
「忍法・くすぐり地獄」
「や、やめろお前らっ…! ぐ、ぐえー!」
ガガーランに襟元を掴まれ激しく揺さぶられ、ティアとティナに謎のくすぐりを受けるイビルアイ。
しかしなんとか振りほどき距離を取ることに成功する。
「む、昔を思い出しただけだ…! 強い奴で思い当たったのは200年前の魔神くらいだが今はもう一匹も残っていない! だが仮にいたとしても竜王達に勝てるとも思えん…。そういう意味なら何も知らない、と答えることになるな…」
「しかし分からないわね…。イビルアイでも知らないそんな強者が本当に存在するなんて…。評議国と法国の情報を耳にしたのは国を出るのと入れ違いだったから帰ったら詳しく調べてみましょう。ラナーにも会いに行かなくちゃ」
「そうだな、とりあえず帰ってからどうするか決めるか」
「帰って遊ぶ」
「食う寝る」
その時イビルアイはふと思いついた。
なぜ縄張り争いが繰り広げられているはずのアゼルリシア山脈がこれほど静かなのかと。
もちろん麓までその音が響いてくるなどということはないがそれでも山の雰囲気というものがあるのだ。
小動物は騒ぎ、風にはわずかな血の匂いが混ざる。
だが何もない。
(縄張り争いをしていたという情報は確かなはずだ。ギルドが持ち帰った情報だからな。だが今はその様子は無い。決着が着いた? あるいはそれどころではなくなった可能性…)
ドラゴンの知覚が優れているのはイビルアイも知っている。
そして評議国と法国が滅亡したという事実、これを合わせて考えると…。
(手に負えないレベルの強者の出現に気付いたのか…? まさか…、逃げ出した…?)
あり得ないと思いながらもその考えが頭から離れない。
アゼルリシア山脈を支配する
共にアゼルリシア山脈を支配する王と言っても過言ではない。
それらが恐れるとするならば…。
(評議国と法国が滅んだという話は本当かもしれんな…、もしかすると…)
限りなく真実に近づいているイビルアイ。
だがその強大さと凶悪さは彼女を持って予想できないものであった。
◇
竜王国。
玉座に座りながら幼い女王ドラウディロン・オーリウクルスは国の行く末を嘆いていた。
「終わりじゃ終わりじゃ! もうこの国は終わりじゃああああ!」
「お、落ち着いて下さい陛下!」
「落ち着けるかぁ! 法国が滅んだだと!? だ、誰がこの国を守ってくれるのだ…。法国の助けが無ければこの国などいつビーストマンに攻め滅ぼされてもおかしくない状況なのに…。それどころか評議国が滅んだってなんだ…? 竜王達を滅ぼせる者がこの世にいるのか…! もうダメだぁ…、世界の終わりだぁ…」
「も、戻って来てください陛下! 意識をしっかりと持って!」
宰相が違う世界にトリップしそうになった女王に近づきその頬を激しく叩く。
「痛っ! 痛い痛いっ! な、何をする!?」
「陛下がその義務を放棄しようとするからです」
「じゃあどうしろと!? もう何もできることなどないだろ! 夢見るくらいは許してくれ!」
だが玉座の間に騎士風の男が慌ただしく入ってくる。
「し、失礼します! 大変です陛下! ビーストマンの侵攻により2つの都市が陥落しました!」
「なんだとぉおお!?」
「また陥落したとは…!」
その報告にドラウディロンと宰相は驚きを隠せない。
「まずいではないか! もうこれで合わせて5つだぞ! この首都まで来るのも時間の問題ではないか!」
「もはや残った民を全て首都に集め敵の兵糧切れを狙うしか…。先にこちらの食料事情が悪化する可能性がありますが。とはいえ敵は困ったらこちらの民を食べれば兵糧切れの心配はありませんし」
「頭が痛い…! お先が真っ暗すぎる…!」
ドラウディロンには嘆くしかできない。
一つ、彼女には奥の手とも呼べるものがある。
それは始原の魔法。
通常の魔法と違い、魂で行う魔法。
多くの民の魂をすり潰せば強大な魔法も行使できる。
曾祖父にあたる竜王から聞いた
しかし脆弱で一般市民程の力しか持たない彼女では軽く見積もっても百万の犠牲は必要だ。
どちらにせよ地獄しか待っていない予感に震えるドラウディロン。
竜王国が滅ぶまで秒読み段階。
◇
王都リ・エスティーゼ。
その王城の中、黄金と呼ばれる王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの寝室。
深夜にも関わらずラナーは一人の客人を招いていた。
誰もその訪問者のことは知らない。
ラナーの付き人であるクライムでさえも。
この訪問者とは男女の仲、というわけではない。
人間ではないのだ。
誰にも知られるわけにはいかない。
ラナーの前にいるのは一人の悪魔。
「王国はどうなのですか? 国として何か動きを見せる様子は?」
「何もありません。王国には関係ないとして傍観するようです」
「なんと…。近隣の国が滅んだというのに何のアクションも起こさないのですか?」
「ええ。というより意見が纏まらないのです。国の決定は王と貴族の合議で為されるのですが、王派閥と貴族派閥に分かれ対立しておりそれ以前の様々な弊害が出ているのです。何か重大なことを決定するなどとてもとても…」
「なんと愚かな…。それに貴方から聞いた話によると隣のバハルス帝国に飲み込まれるのは時間の問題のように思えます、そのことについては王や貴族達はどうお考えで?」
「王は頭を抱えるばかり。貴族たちに関してはそもそも身の危険をさほど感じていないようです」
「支配する旨みすら無いですね…。王を傀儡にして国を操ろうにもその手足が腐っているのでは意味がありません。その手足まで支配するならばそもそも全て自分達でやることになってしまいますし本末転倒です。全く困ったものです…」
「貴方の期待に答えられるものを準備できなくて申し訳ありません。私には何の力も無いので…」
だがラナーのその言葉に悪魔は優しく微笑む。
「いいえ、そんなことはありませんよ。貴方との邂逅、それがこの王国で最も有益なものでした。自分と同じ目線で話を出来る人物がいるとは良いものですね。これが友人というものでしょうか?」
「フフ、そうありたいものですね」
二人の顔に浮かぶ笑み。
それは同種のものであった。
どこまでもドス黒く、他者を貶めることに何の躊躇もない。
「しかし貴方はなぜ王国に? 貴方の話を聞くに、お仲間に追われているのでしょう? もっと良い場所は沢山あったと思いますが…」
「理想は西に位置するローブル聖王国でした。広大なアベリオン丘陵とエイヴァーシャー大森林の先にあるというのが素晴らしい。大軍を率いてこられてもここでゲリラ戦が仕掛けられるので少数でも多大な被害を与えられます。空を飛んで来れば狙い撃ちです。多くの亜人種の部族があるのも良かったですね、いくらでも利用できる。もちろんまともな戦闘になるのは時間の問題ですがそれでも最初に有利に動けるというのは大きいですよ」
「なるほど…。しかし私には分からないのですがならばなぜそちらへ向かわれなかったのですか?」
「有利とは言っても勝てる可能性は0です。ローブル聖王国は理想の地ではありましたがそれは戦いが前提で考えた場合です。あくまで戦いは最後の手段ですから。とは言ったもののやはり理想の地、追い込まれた際には逃げ込みたい所ではありますが、私の仲間は許してくれないようですし諦めるしかありません」
「しかし信じられませんね…。私はあまり強さというものを理解できないのですが貴方の強さが桁外れなことは理解できます。その貴方が勝てないのですか?」
「無理ですね。私と同格の者が複数いますが、こと戦闘においてはかなり遅れを取ると言わざるを得ません。1人なんとか勝負になる者もいますが配下も含めた場合、とてもではないですが戦いになりません」
「それは、冗談ではないのですよね?」
「もちろんです」
悪魔の言葉にラナーは深いため息を吐く。
目の前の悪魔がどうにもできないならばそれは詰みだ。
しかもすでに評議国と法国が滅んだことは伝わっている。
王国内部ではいまだ信じていない者も多いがこの悪魔と対峙しているラナーには断言できる。
それは真実であり、いつこの国に降りかかってもおかしくはない。
そして恐らく話し合いの余地などないのだと。
「貴方はどうやってこの局面をひっくり返すおつもりなんですか?」
その問いに悪魔は満面の笑みで答える。
「我々にとって神にも等しき御方を探し出すことです。その御方がこの地に来られてるというのは推測でしたが先日のエ・ランテルの一件で確信しました。私の求める御方はこの世界におられます」
エ・ランテルの一件、それはラナーも知っている。
大量のアンデッドの出現とそれを打ち滅ぼす聖なる光。
御伽噺のような話だが今ならば全て信じられる。
「なるほど…、その方のお力を借りるということなのですね?」
「厳密には少し違いますね、あの御方がいればそもそも戦いは起こりません。私の仲間達との敵対関係も解除できるでしょう。とはいえ、それを阻止しようとする者も仲間にいるのです。その者より早く捜索せねばならないのですが…」
「ならばなぜすぐにエ・ランテルに向かわれないのですか?」
「もちろん向かいますよ。ただ情報が私の耳に入るまで時間差がありました、すでにエ・ランテルにはおられないでしょう。次なる目的地も探らねばなりませんが、何よりあの御方の真意を掴まねばなりません。なぜあのような事を為さったのか…」
「エ・ランテルの民を救ったことですか? 国中で救世主が現れたと騒ぎになっていましたが…。それほど高潔で清い心を持った御方なのですか?」
ラナーの問いに悪魔は首を左右に振る。
「いいえ。あの御方は常世総ての悪の上に立つ者、混沌より出で深淵よりも深き闇を齎す者…」
「まぁ」
「私の偉大なる創造主すらその邪悪さには一目置かれていたという話を聞きました。考えるだけでもその恐ろしさに身が震えてしまいます…」
「しかしそのような方がどうしてエ・ランテルの民を救ったりしたのでしょう?」
「それが分からないのです…。全く行動の真意が見えない…。あの聡明なる御方なら私の仲間が反旗を翻し、その身に危険が迫っていることも当然最初から全て知っているでしょう…。だからこそ理解できない…! あの行動に何の意味があるのか…! ああ、やはり私などが至高なる御方のお考えに至ろうなどという事が不遜であったのでしょうか…」
「それだけ凄い御方なら貴方が何かしなくとも解決してしまうのでは?」
「ええ、そうかもしれません。ですが私は配下としてあの御方をほんの少しでも危険から遠ざけねばなりません。それにあの御方の真意が分かればそのお手伝いもしましょう。主に命じられるまでもなく動くのが立派な配下としての務めですから」
「素晴らしいです」
悪魔の言葉に感動し拍手で答えるラナー。
だが悪魔の言葉はまだ終わりではない。
「せめてお会いになる前に手土産の一つくらいなくては…」
悪魔の口角が吊り上がる。
「忠義の証として、仲間の首の一つくらい必要でしょう。危険からお守りする誓いとしてもね」
「何か作戦が?」
「ええ、貴方には悪いのですが近いうちにこの国に誰かを誘き寄せます。この国がどうなるかは保障できませんが…」
「ああ、この国ごと何か為さるつもりですね? 私はかまいませんよ、この国が滅ぼうが何しようがこれっぽっちも未練などありませんから。それどころか喜ばしいくらいです。国が無くなれば私は自由になれるのですから」
「それは良かった」
お互いの利害が一致したというように笑い合う二人。
「貴方がどういう作戦で何をするかは分かりませんが私からも一つ提案が」
「何でしょう?」
「表よりも裏の方が使い勝手がいいかもしれません。こちらの知る全てを提供しましょう。それに巣もアタリはつきます。上がってくる情報を考慮すれば選択肢などあってないようなものなので…」
「それはそれは…」
二人の笑みは深くなっていく。
まるで悪意こそが己の望みだというように。
◇
エ・ランテルの共同墓地。
そこに一人の老婆がいた。
「やはり間に合わなかったか…。しかし噂の救世主とやらはどこに行ったんじゃろうか…」
命からがら評議国から逃げ出した死者使いのリグリット。
ツアーの爆発で敵が吹き飛んだことは確認したが、後に法国が滅んだことも知る。
やはりプレイヤーは一人では無かったと愕然とするが、その時エ・ランテルの噂を耳にした。
それはまさに救世主の降臨だった。
リグリットは心正しきプレイヤーが来たのだと歓喜した。
その者がこの世を救ってくれることを夢見てエ・ランテルへと来た。
だが遅かった。
すでにその者はここにはいなかった。
「なんとしても見つけねば…。お主は何か聞いてないのか? この後どこに行くとか」
己の手の平に向かって語り掛けるリグリット。
そこには不恰好な黒いオーブがあった。
――聞いておらぬ、アンデッド共を駆逐したらすぐにこの地を去ったぞ
答えたのはインテリジェンス・アイテムである死の宝珠。
かつてカジットが所持していたが名犬ポチにやられると同時に所有者のいなくなった死の宝珠はそのまま墓地に転がることとなった。
やがてこのリグリットが訪れ死の宝珠を見つけた。
「まぁお主を手に入れたのだからあながち無駄ではなかったがの」
アンデッドへの支配力を補佐したり、死霊系の魔法の使用回数を増加させたりする効果を持つ死の宝珠はネクロマンサーであるリグリットと相性が良い。
――しかし我の支配が利かぬとは。あのカジットですら私の影響を受けたというのに
「私を舐めるなよ。死霊魔法においてワシに及ぶ者などおらんわい」
そう言って高らかに笑うリグリット。
自身にとって強力なアイテムとなる死の宝珠を手に入れたリグリットは再び旅にでる。
エ・ランテルを救った救世主が世界を救うと信じて。
◇
カッツェ平野。
名犬ポチとその一行は危険から逃げるためにひたすら南東へ向かっていた。
(くそっ…! もしアインズ・ウール・ゴウンに恨みでも持ってるプレイヤーだったら何されるかわかんねぇ…。今は少しでもプレイヤーのいそうなところから逃げねぇと…)」
焦る名犬ポチ。
もうこうなるとニグン達はお荷物でしかない。
数を連れててもしょうがないのでどっか行けと命じるもなぜかずっとついてくる。
「わん!(もう着いてくんなよ! なんだよ純白て! 俺は一人になりたいんだよ!)」
「いいえ神! 私は御身の傍を離れません! 貴方の行くところ、奇跡の起こす場所こそが私達の居場所です!」
「…」
後ろの連中も深く頷いている。
こりゃもうダメだ。
咄嗟に駆けだす名犬ポチ。
「あっ! 神様逃げた! 待ってー!」
だが神速のスピードでクレマンティーヌが追いかける。
「わん!(ひぃぃいい!!!)」
そして回り込むようにブリタも駆けだす。
追い上げながらも上手にクレマンティーヌがそちらへ誘導する。
何気に2人しかいない女同士ということもあり思いのほか仲良くなっているクレマンティーヌとブリタ。
呼吸も合うようになってきた。
徐々に近づいてくるクレマンティーヌへと名犬ポチの意識が向く。
やがてブリタが名犬ポチに接近し、ラグビー選手ばりのトライで名犬ポチの捕獲に成功する。
「わん!(ぎゃあああ!)」
「やった! 神様捕まえましたー!」
ちなみにカミちゃんと呼ぶとクレマンティーヌが凄い顔をするので今は普通に様付けで呼んでいる。
「でかしたぞブリタ!」
ニグン達がブリタへ賛辞を送りながら駆けてくる。
「しかしブリタさんは凄いですね、その、戦闘能力は褒められたものではありませんが…」
クアイエッセの言葉に反応したのはクレマンティーヌ。
「確かにブリちゃんはクソ弱いけどフィジカルはいいモン持ってんだよね。結構いいガタイしてるし足も速いし。鍛えれば使い物にはなるかもよ」
それに反して名犬ポチの運動能力は低い。
現地で言えば十分に高いのだが、それでもスピードを売りにするクレマンティーヌを振り切れるレベルではない。
人間に捕まるなど犬の面汚しである。
もちろんスキルを使えばいくらでも手段はあるが今は少しでも目立つことは控えたい。
やがて名犬ポチは逃げることをあきらめる。
すでに数回逃走を試みているが全て失敗しているのだ。
(もういいや、今はとりあえず遠くへ行こう…)
そして再び歩を進める。
こちら方面へ逃げてきたのは周辺地図を見た時に一つの疑問を抱いたからだ。
期待と困惑。
だがそれは空振りに終わった。
(気のせいだったか…。まぁいいやなるようになんだろ…)
名犬ポチは明日へと進む。
◇
ナザリック地下大墳墓。
表層である霊廟の中には帝国のワーカー達がいた。
グリンガムをリーダーとした14名からなる大所帯の『ヘビーマッシャー』。
80才にもなる老人パルパトラをリーダーとした『グリーンリーフ』。
リーダーであるエルヤー以外の3人はエルフの奴隷という珍しい構成の『天武』。
二刀流の軽装戦士であるヘッケランがリーダーの『フォーサイト』。
いずれも優秀なワーカー達である。
多額の報酬と、目の前に広がる宝の山に誰もが期待を抑えることができない。
さらなる期待に胸を焦がし、霊廟の階段を下りていく。
もう後戻りはできない。
次回『地獄への入り口』ワーカー、散る!
予告でネタバレ。
でも怒る人は誰もいないと思う、うん。
あとパルパトラのチーム名は出てきていない?ので便宜上、二つ名をチーム名としました。