オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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凱旋!しない

「しかし神、これはどうしたらよいでしょうか…?」

 

 

そう問うニグン達の目の前には全裸の人間が何十人も転がっていた。

すでに何人かは目覚めているが状況を理解できずにキョロキョロしている。

 

とりあえず名犬ポチは蘇生した陽光聖典の者達には、現在陽光聖典の隊員達に装備させている武器と防具を複製して手渡しておく。

 

 

「わん(ニグンの部下はこれでいいとして…、冒険者共は放っとけ。街もすぐそこだしなんとでもなるだろ。下手に関わっても面倒臭いしな。冒険者に関しては俺は何も知らない、いいな?)」

 

「おお、その偉業を誇りもしないとは…! 畏まりました」

 

 

恭しくお辞儀をするニグン。

そして蘇生されたばかりで現状を理解していない部下達に今までの全てを説明していく。

 

 

「わん!(てゆうかお前はフードかぶっとけや! 冒険者達に顔見られたら面倒臭ぇだろうが!)」

 

 

名犬ポチは落ちていたクレマンティーヌのマントを拾い、クレマンティーヌに羽織らせフードを被せる。

言葉は理解できなくてもすぐに察するクレマンティーヌ。

 

 

「あ、そっか。顔見られたらヤバイよね。中には拷問した奴もいるしねー」

 

 

とんでもないことをサラっと言いながらケラケラと笑うクレマンティーヌ。

イラっとした名犬ポチは一発ビンタを入れておく。

何やら喘ぎ声みたいなのが聞こえたが気のせいだろう。

 

 

「神よ、この後はどうする予定なのですか? 可能であれば法国を訪問して頂きたいと思うのですが。国では神の降臨を心待ちにしている者も多くいます。神の言葉で皆を導いて頂ければ、と…」

 

 

クアイエッセの言葉に嫌な汗が流れる名犬ポチ。

ニグンからも同じことを言われ続けていたがなんとかはぐらかしてきたのだ。

ここにきてクアイエッセも法国行きたい派になってはマズイ。

この二人を同時に説得できる気がしない。

 

 

「え…! 法国行くの、マジ…? わ、私は反対だなー。別に今すぐ行かなくていいんじゃん。ね、神様だって堅苦しいの嫌じゃない? あの国ってマジでつまんないからさー」

 

 

クレマンティーヌの反対に名犬ポチは歓喜する。

その言葉にクレマンティーヌへの評価を上げざるを得ない。

 

 

「わん!(いいぞ濡れマンてぃーぬ! 行け! そのまま押し切れ!)」

 

 

突如クレマンティーヌの肩に乗り鼓舞する名犬ポチ。

だが周りから見ると肩の上でジャレているようにしか見えない。

 

 

「えへへ…。なんかよくわかんないけど神様モフモフだー!」

 

「わん!?(何してんだバカ! 早くクアイエッセを説得するんだよ!)」

 

 

名犬ポチを抱きしめると激しく頬ずりするクレマンティーヌ。

その中でバタバタと暴れる名犬ポチ。

 

 

「どちらにせよ法国に向かわせている定時連絡のクリムゾンオウルがそろそろ戻ってくる頃ですので神の降臨を伝えさせましょう。きっと法国民全てが喜びますよ! あとクレマンティーヌ、お前のことも報告しておくぞ」

 

 

その言葉に名犬ポチとクレマンティーヌの表情が死ぬ。

共に膝を付くその仕草は完全にシンクロしていた。

 

そしてクアイエッセの予言通り一匹のクリムゾンオウルが遠くからこちらへ飛んでくるのが視界に入る。

そのままクリムゾンオウルが近づいてくるとクアイエッセの肩へと止まり先に報告を行う。

終わり次第、神の降臨を法国に伝えて貰おうと上機嫌だったクアイエッセ。

だが報告を聞いていくうちにその顔が凍っていく。

その尋常ではない気配に名犬ポチとクレマンティーヌが顔を上げる。

 

 

「どしたの兄貴?」

 

 

だがクアイエッセは答えない。

やがてニグンとその部下達も近づいてくる。

 

 

「どうしたのだクアイエッセ殿、法国で何かあったのか?」

 

 

神よりも重要なことなどないだろうといった様子で語り掛けるニグン。

目の焦点が定まっていないクアイエッセが震えながら答える。

 

 

「そ、それが…、ほ、法国が…、スレイン法国が…」

 

 

一呼吸入れ、喉をゴクリと鳴らす。

 

 

「滅びた、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ! エ・ランテルには帰らないんですか!?」

 

 

漆黒の剣のリーダーであるペテルの驚いた声が響く。

 

 

「貴方達はこの街を救った英雄ですよ!? それなのになぜ!?」

 

「申し訳ない、神がお決めになったことなのだ。私たちはこの街を離れる。すまないがここに倒れている裸の者達のことを頼んでも良いだろうか?」

 

「そ、それは構いませんがこの人達は一体…?」

 

「聞かないで貰えるとありがたいのだがね…」

 

 

ペテルの問いをはぐらかすニグン。

だがペテルはその倒れている者達の中に見覚えのある顔を発見する。

それはエ・ランテルの冒険者達だった。

だが一つ奇妙な点がある。

そのいずれも死んだはずの者達だったからだ。

中には行方不明とされていた者達もいたが生存は絶望視されていた。

そんな者達が大量にここに倒れている。

どういうことなのか。

いや、一つだけ思い当たることがある。

それは自分達にも舞い降りた奇跡。

 

 

「ま、まさかニグン殿…。こ、この者達は…」

 

「……。あとは頼んだぞペテル殿」

 

 

そう言ってニグンは話を切る。

横ではクアイエッセがンフィーレアをダインとニニャに預けていた。

 

 

「まだ目を覚ましていないが直に目覚めるでしょう。申し訳ないのですが私の代わりにンフィーレア君を祖母に届けて頂けませんか? 彼の祖母に救出を頼まれたのですが私は行けそうにないので…」

 

「それは構わないのであるが…、本当に戻られないのであるか? これだけの功績、街やギルドから多大な褒賞も出ると思うのであるが…」

 

「いいのです、私達は神に仕える身。人類の為に貢献できるのであれば多くは望みません」

 

「凄いです…、王国の貴族共に聞かせてやりたいですよ…。 ああ、貴方達のような方がいれば王国ももっと良くなるのに…」

 

 

クアイエッセの言葉に感動するニニャ。

ダインはンフィーレアを受け取るとそのまま背負う。

 

 

「はいはーい、とりあえず皆さんこれでも纏って下さいよー」

 

 

ルクルットが軽口と共に裸の者達へ布切れなど局部を隠せそうな物を配っていく。

それらを受け取ると裸だった者達は漆黒の剣と共にエ・ランテルへと帰還する。

その中には一組の親子も混ざっていた。

 

そしてなぜかブリタも帰還しようとしていたので名犬ポチはクレマンティーヌに命じて押さえつけさせておく。

悪魔に魅入られたブリタにもう自由は無いのだ。

 

 

 

 

 

 

エ・ランテル中はもはやお祭り騒ぎであった。

 

大量のアンデッドが突如出現し、空前絶後の危機が都市を襲った。

このままエ・ランテルが落ちるのではないかという絶望の中、英雄の如く現れた王国戦士長とその部下、見知らぬ勇士たち。

しまいには天から降り注いだ神々しい光が都市内のアンデットを全て消滅させる。

おかげで奇跡的にほとんど死者は出ることはなかった。

 

市民の多くはこの時、神の存在を感じていた。

神が救いを差し伸べてくれたのだと。

あの説明のできない事態を前にそれに反論する者は一人もいなかった。

あれはあまりにも人の理解を超えていたのだ。

 

そして墓地から出現していた無数のアンデッドも姿を消す。

同時に墓地へ向かっていた冒険者チームと共に数十人もの冒険者達が帰還した。

その冒険者達はいずれも死んだとギルドから認定されていた者達だ。

 

その報告を受けた冒険者ギルド長アインザックは歓喜した。

エ・ランテルの冒険者のレベルは他の都市に比べ低い。

最高がミスリルであるからだ。

だが今回帰還した冒険者の中にはオリハルコン級の冒険者チームに加え、ミスリル級の冒険者も複数いた。

その全てがエ・ランテル所属の冒険者ではなかったが、それでもエ・ランテル所属の冒険者チームがいくつも帰還したという喜ばしいニュースは都市内を騒がすには十分であった。

傾いたエ・ランテルにおいて冒険者がいて困ることなど何一つないのだから。

 

しかも帰還した冒険者達は口々に語った。

自分達は間違いなく死んだ、と。

だが深い闇の底で、神々しい純白の手が差し出されそこから自分達は救い上げられたのだと。

 

人の口に戸口は立てられぬ。

 

その話は様々な憶測や尾ヒレを付けながらあっという間に都市中を駆け巡る。

やがて噂が噂を呼び、一つの真実として語り継がれることになる。

 

エ・ランテルに神が舞い降りたと。

 

数多の奇跡を目撃した者はもちろん、享受した者達によってその伝説は不変となる。

やがてカルネ村を発端とした犬神教がエ・ランテルに広まることになるがそれはまだ少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

冒険者に連れられ多くの市民と共に避難所にいたリィジー・バレアレ。

エ・ランテル中が歓喜に包まれる中、彼女の心だけは晴れることはなかった。

都市が救われようがどうしようがリィジーにとって大事な孫が帰って来なければ意味は無い。

今、この手の中に収まる『神の血』。

何よりも焦がれたこのポーションが霞むほど大事な孫。

このまま死んでしまうのではないかという程、衰弱したリィジー。

その視界に信じられぬものが入る。

 

避難所のドアを勢いよく開け放ち入ってきた小さな影。

その影はリィジーを見やると一直線に駆け寄ってくる。

 

夢でも見ているのか、と自問するリィジー。

それは何よりも大切な孫の元気な姿だったからだ。

 

 

「ンフィー…レア…?」

 

 

か細く小さい呟きがリィジーの口から洩れる。

 

 

「おばぁちゃん」

 

 

その自分を呼ぶ声が紛れもなく本物だと頭が訴える。

未だ信じられず孫へとヨロヨロと近寄る。

だが孫の口から飛び出た言葉は再開の喜びでも自分を心配する声でもなかった。

 

 

「何やってるんだよ、おばぁちゃん!」

 

「え…?」

 

 

孫のンフィーレアの怒気を孕んだ声。

思い返せば孫が自分に怒りを露わにするのは初めてかもしれない。

訳も分からず唖然とするリィジー。

 

 

「エ・ランテルから危険は去ったかもしれないけど怪我をしてる人は沢山いるんだよ! おばぁちゃんは薬師でしょ!? 怪我人を助けもせずこんな所で何やってるんだよ!」

 

 

もちろんンフィーレアも祖母が自分の心配をしていたことは知っている。

漆黒の剣からはもちろん、クアイエッセからも事情を聞いていたからだ。

自分の事をここまで心配してくれる祖母の気持ちは素直に嬉しいし、今は互いの無事を喜んで抱き合いたい気持ちもある。

だがそれでは駄目なのだ。

リィジーはンフィーレアがこの世で最も尊敬する人物だ。

薬師として超一流で誰よりも憧れている。

誰よりも強く、誰よりも知識に富み、誰よりも薬に精通している。

いつか自分もそうなりたいと願う理想の人物だ。

だからそのような人物がこんなことでは駄目なのだ。

ンフィーレアがこうなりたいと憧れる祖母の姿はこんなものではない。

 

 

「ほら早く立ち上がって。怪我人を助けに行かなくちゃ。今この街で最も必要とされてるのは僕たちみたいな薬師でしょ? すぐにポーションを準備しなきゃ。都市中の人となると作り置きしている分じゃとてもじゃないけど足りないよ」

 

 

ンフィーレアのその姿にリィジーの目から大粒の涙が零れる。

不思議と、再会を喜ぶ言葉や自分を心配する声よりも薬師としてあろうとする孫の姿が嬉しかった。

こんなところで悲しみに暮れ蹲っている自分よりもよっぽど強い。

自分の情けない姿に恥じ入るがそれよりも孫の成長を嬉しく感じる。

 

 

「生意気言いおって…。ふん、わかっとるわい! ほら行くぞンフィーレア!」

 

「あ、待ってよおばぁちゃん!」

 

「それにほら、これを見てみぃ!」

 

「あ、赤いポーション!? 噓でしょ、これって…!?」

 

「そうじゃ! これから忙しくなるぞい! 覚悟はできとるな!?」

 

 

先ほどまでの憔悴など嘘のようにリィジーは力強い足取りで歩み始める。

後ろを慌てて付いていくンフィーレア。

誰にも見られることは無かったがその瞳からは祖母のように大粒の涙が零れていた。

 

この後、事態が収束した後にンフィーレアから自分は蘇生されたのだと告げられたリィジー。

それが自分が助けを求めた金髪の男とこの『神の血』をもたらした男の信奉する神という存在によるものだと聞かされたリィジーは深い感謝と共になぜかすとんと胸に落ちるものを感じていた。

 

薬の事だけを追い求めた人生。

他の事など歯牙にもかけず、興味すら無かった。

神の存在なども笑って生きてきた。

だが今は少し違う。

誰よりも自分の無知を知っているし無力も知っている。

自分の傲慢さを恥じ、初心を思い出す。

そしてこの薬の道に入った時に師匠から聞かされた言葉を再び胸に刻み込む。

 

この世は未知で溢れている。

 

まさにその通りだ。

もう一度基本からやり直そう。

そして既成概念に捉われずあらゆることを実験するのだ。

先人の知識に頼りすぎていた部分もある。

当たり前と断じていた事も疑ってかかり、新たに取り組むべきだ。

何よりこの『神の血』の解析もしなければならない。

ああ、なんと忙しい。

時間などいくらあっても足りない。

 

胸の高鳴りを抑えられないリィジー。

 

後にリィジーとンフィーレアは第三のポーションと呼ばれる物の開発に成功することになるのだがその作成方法は謎のままであった。

一説によるとこの世界の物ではない素材を使用しているとも噂されるがそのレシピが公開されることはなかった。

素材の一部はカルネ村に向かったンフィーレアがその地に残された神の一部の採取に成功し、それを使用しているのではと語られるが推測の域を出ず、それを確認する術は無い。

やがてその第三のポーションは『神の唾液』と人々の間で呼ばれるようになる。

真実を知るのは一部の者達だけである。

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の剣や蘇生した冒険者達が墓地から去り、名犬ポチとその関係者だけが残る。

クアイエッセから法国滅亡の報を聞いた名犬ポチ。

この間ずっと名犬ポチは思考の海に沈んでいた。

様々な可能性が思い当たる。

だがこの場合、最悪を想定するべきだろう。

ならば最悪とはなんだ。

名犬ポチにとっての最悪。

それは。

 

 

「わん(卑猥なる者よ、もう一度説明しろ)」

 

 

ニグンを介して名犬ポチの言葉が伝えられる。

 

 

「は、はい…。クリムゾンオウルの報告によると中心地である神都はもちろん周囲の都市に至るまで、わずかな建築物の残骸は残っているもののほとんど更地と呼んで差し支えない状態になっているようです。絶対とは言えませんが生存者がいる可能性は0と言ってよいかと思います…。国どころか、都市、人に至るまで法国として残っているものは何もありません…」

 

 

その言葉にニグンやクレマンティーヌ、陽光聖典の隊員達も絶句している。

誰も言葉を発せない。

 

 

(かつてニグンから聞いた法国の戦力…。この世界は平均レベルが低すぎてあまり参考にはならないが、一部の突出した者達の強さがニグンの説明通りだとすればユグドラシルの基準においても高レベルである可能性はあり得る。プレイヤーの血を引いているという事実からするとカンストまで成長できると仮定しても違和感はない、か…)

 

 

だがそうなるとそれはそれで問題である。

高レベルがわずか数人といえど存在する法国をここまで完膚なきまで叩き潰せるとなると法国を襲った戦力はその上を行っていると見るべきだからだ。

だがクアイエッセの言葉はこれでは終わらない。

 

 

「すでに周辺にはその情報は広まっています、世界中に流れるのは時間の問題かと。それとこれは未確認で、リエスティーゼ王国の王都から来ていた旅の者が話しているのをクリムゾンオウルが耳にしただけなのですが…。その、アーグランド評議国は国そのものが吹き飛んで何も残っていないそうです…」

 

 

評議国という国の強大さを理解しているニグン達は信じられない。

世界最強のドラゴン達が支配するあの国が滅ぶなどということがあり得るのか、と。

同時に名犬ポチもより深く思考する。

これもかつてニグンから聞いた情報の中にあった。

 

 

(ドラゴンの支配するアーグランド評議国か、恐らくはこの世界最強の国家であると言っていたな。ユグドラシルでもドラゴンは最強の種族だった。少なくとも雑魚ではないだろうし…その国を滅ぼせる存在がいるとするならば警戒しないとマズイな…)

 

 

だが名犬ポチは簡単に一つの可能性に行き当たる。

どこまでが真実かわからないが精査する必要もなく、疑問の余地もなくそのようなことを可能とする存在に心当たりがあるからだ。

 

 

(考えたくはないが…、というよりなぜ思いつかなかったのだ…。この世界にアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが来ていないか疑問に思っていたが、それよりも重大な問題があるじゃないか…)

 

 

それは他のプレイヤーも訪れているという可能性。

 

 

(これは本当にマズイぞ…。評議国と法国、この二つが滅ぼされていることから敵は二勢力あると見るべきか、いや一つの勢力が集団で来ている可能性もあるか…。というか、そっちのがヤバイな、漁夫の利が狙えん…。しくじった、調子に乗って《ピー・テリトリー/犬の縄張り》なんて使うんじゃなかった…。あんな巨大範囲魔法は目立ってしょうがない、ここにプレイヤーがいると宣伝しているようなものだ…)

 

 

だが後悔しても遅い。

少なくとも今は一刻も早くエ・ランテルから逃げ出さねばならない。

いきなり国を滅ぼすような奴等がいるのだ。

話し合いなど通じないと見るべきだろう。

 

 

(それに戦力差もヤバイ…。カンストプレイヤーだったら例え一人でも勝負にならんぞ…)

 

 

ユグドラシル時代、PVPでは脅威の勝率を誇った名犬ポチではあるが今はそれが通用しないことぐらいは理解している。

名犬ポチの強さはステータスやスキルのような能力的な所にはない。

単純にその見た目から人の良心に付け込むという下卑たものだ。

まともに勝負したら相手になどならない。

 

 

(この世界で俺たちプレイヤーが蘇生できるかどうかは不明だが…、というか可能だとしても生き返してくれる者がいるとは限らない…。取り返しの付くユグドラシルと違ってここでは良心の呵責などに期待できないか…)

 

 

サポート職に近い名犬ポチでは単独での戦いなど自殺行為に等しい。

結論として導き出されるのはいかに戦いを回避するかというもの。

 

 

(どうにもならん、これは尻尾を巻いて逃げるしかないな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙し思考する名犬ポチの前でニグン達も話し込み状況の確認をする。

 

 

「クアイエッセ殿はどう思う? そんなことが出来る者がいると思うか…?」

 

「私がクレマンティーヌを追う前に国では占星千里が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活を占っておりました。カイレ様と共に漆黒聖典のメンバーはその調査に向かう予定で私もそのメンバーに入っていましたが、私だけは予定を変え、単独でクレマンティーヌを追うことになったのでその後の話は…」

 

「ふむ、では漆黒聖典はその破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)と戦いになって破れた…と?」

 

「そう考えるのが自然でしょうね、しかしそうなるとカイレ様の装備していたケイ・セケ・コゥクも通じなかったという事になるのでしょうか…。それに神都には番外席次がいます。隊長すら赤子のように扱うあの方がやられるなど考えたくはないですが…」

 

「評議国のことを置いておいたとしても、絶望的だな…」

 

 

この場にいる者の心境は全員同じだった。

漆黒聖典や番外席次、そして六大神の残した秘宝すら通じなかったのだ。

もはやどうにもできない。

評議国が滅んだということも事実ならば余計にだ。

もう希望は無い。

たった一つを除いて。

 

 

「これは運命だったのかもしれんな…」

 

「な、何をニグン殿!?」

 

「いや、勘違いしないで欲しい。国が滅んだことについてではない。皆よ、私達の目の前にはどなたがいるか忘れたのか? 疑問には思っていたのだ、なぜ今この世界に降臨なされたのかということを…」

 

 

ニグンのその言葉に全員が真意に思い当たる。

 

 

「そ、そうか…」

 

「なるほど…!」

 

「ああ、救いは目の前に…!」

 

 

そして全員の視線が名犬ポチへと突き刺さる。

 

 

「わん?(ん?)」

 

「神! 貴方がこの地に舞い降りた理由にやっと気づくことができました! 貴方は滅びゆくこの世界を救う為に降臨なされたのですね! まさに我々の希望! まさに救いの神!」

 

「わん?(へ?)」

 

 

思考の海から浮かび上がった名犬ポチはニグンが何を言っているか理解できない。

 

 

「かつて世界に降り立ち災厄を振りまいた悪神…! 今再びこの世界をその脅威が覆いつくそうとしている…! 貴方様はその者達から世界を救う為にこの地に舞い降りられた…! その偉大な使命に今まで気付くことが出来ず申し訳ありません! このニグン! 微力ながら貴方様の為に力を振るうことをお許し下さい!」

 

「わ、わん?(な、何言って…?)」

 

「皆よ聞け! 悲しいことにすでに祖国は滅びた! だが全ては終わったのか!? 否! 断じて否である! 前を見よ! 我らの前におわすは一体誰だ!」

 

「「「「「神! 神! 神!」」」」」

 

 

陽光聖典の隊員達がニグンの声に呼応するように唱和する。

 

 

「然り! ならば何を恐れることがある!? 我々神の剣となり悪しき者達を滅ぼさん! 共に立て! 神と共に戦える栄誉をその胸に刻み込むのだ! 神と共に戦える事を喜ぼうではないか! 栄光は我らと共にある! 祖国の無念を! 祖国の悲願を! 我々が神と共に晴らすのだ! さぁもう一度言うぞ! 我らの前におわすは一体誰か!?」

 

「「「「「神! 神! 神!」」」」」

 

 

異様な熱気、狂信的とも言える程の信仰。

それを目の前にした名犬ポチは恐ろしさのあまり漏らしていた。

 

 

「おお! 神が許しをお与えになられたぞ! 皆並べ! 神から賜れた一部を己の中へと取り込み神への誓いとするのだ!」

 

 

ニグンが名犬ポチの零れた聖水を器へと救い上げる。

それを順番に隊員達へと一滴ずつ飲ませていく。

もちろんクアイエッセとクレマンティーヌも飲んでいた。

宗教的に聖人や神、そのような者達の一部を己に取り込むという思想は全く不思議ではない。

だがここでニグンは見知らぬ黒いローブを纏った七人の男に気付く。

それはカジットの弟子達だった。

 

 

「む、お前達は?」

 

「どうか我々にもその栄誉をお与えください! 我らが師、カジット様への神による慈悲! あれほどの感動を私達は感じたことはありません! 魔法の腕ならば自信はあります! どうか! どうか我らにも神に仕えることをお許し下さい! カジット様が受けた恩の分まで働くことを誓います!」

 

 

その瞳に嘘は無かった。

カジットと共に邪法に手を染めた愚かなる罪人達。

だがその姿にもう後ろ暗いものはなかった。

彼等もまた光に魅せられ、そして正しき道へと歩を進める同志であった。

 

 

「うむ、今は少しでも人手が欲しい。それに神がお救いになったカジットの弟子であるお前達。きっと神も無碍には扱わぬだろう」

 

「おお、感謝します! 神に栄光あれ!」

 

 

そしてカジットの弟子達も聖水を口に含んでいく。

それを満足気に眺めるニグン。

 

 

「私はここに宣言しよう! 我々は陽光聖典ではなく! 法国の兵隊でもない! 今! この時を持って! 神直属の部隊となる!」

 

「「「「「うぉぉおおお!!!」」」」」

 

 

もう誰にも止められない。

 

 

「神よ、申し訳ありませんが勝手ながら私の方で便宜的に名前を決めさせて頂きます。それとクアイエッセ殿、実力的には貴方の方が上だが神の言葉を代弁する都合上、私が取り仕切ってもよいだろうか?」

 

「構いません。それに地位的には六色聖典の隊長である貴方の方が上です。異論などあるはずがありません」

 

「感謝する、クアイエッセ殿」

 

 

そしてニグンが隊員達の前へと向き直る。

 

 

「改めて宣言する! 私は今! この時を持って! 神に仕える部隊! 『純白』の設立を宣言する! 神のその偉大なる御姿を冠したこの名! 各員この名に恥じぬようしかと心に留めよ! その働きを持って神への信仰とするのだ! さぁ問おう! 我々はなんだ!?」

 

「「「「「純白! 純白! 純白!」」」」」

 

「然りぃぃぃ! ならば純白とは何だ!? 存在意義は!? 何の為に存在する!? 誰にこの信仰を捧げる!?」

 

「「「「「神! 神! 神ぃぃ!」」」」」

 

 

総勢80名を超える神の部隊『純白』がここに誕生した。

全員が聖遺物級以上の装備を身に纏い、実力も一級品。

現地の勢力として言うならば間違いなく最強の部隊がここに生まれたのだ。

全ては神の為に。

全員が一つの目的に迷うことなく突き進む狂信の部隊。

全てを白く染め上げる純白の部隊。

それはこの世界に何を齎すのか。

 

 

勝手に設立された『純白』を前に怯える名犬ポチ。

自分の横にはこの熱気に耐えられず気を失っているブリタがいた。

ブリタの影で頭を抱え震える名犬ポチ。

 

 

「わん…(誰か助けて…)」

 

 

その声は誰にも届くことなく虚空に消えた。

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルのとある借家の一室。

そこには最近越してきた親子が住んでいる。

母親は家で内職をして日銭を稼ぎ、まだ小さな息子は簡単な配達の仕事をしている。

親子二人で生きて行くのは大変な時代だがそれでも親子の顔に悲壮感は無かった。

夕方頃になり、配達を終えた息子が帰ってくる。

それに気づいた母親は息子を迎えるために玄関へと立つ。

勢いよく玄関のドアを開ける息子。

 

 

「おかあさん、ただいま!」

 

 

住む場所は変わり、配達の仕事もするようになったがそれ以外は今までと何も変わらない日常。

だがなぜか少年はこの事に説明できない幸福を感じるのだ。

ドアを開けた先でいつものように母親が優しく出迎えてくれた。

 

 

「おかえりカジット」

 

 

 




次回『暗躍する悪魔と胎動する悪の華』やっと出番だぞ!


この辺りから原作の流れとは離れていくと思います。
長くなってきたのでここらで章管理始めてみようかと思ったり。



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