オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前篇、後編ときたら中編もあっていいと思うんですよね


救済の螺旋:中編(挿絵あり)

空から降り注ぐ光が都市に溢れるアンデッド達を消滅させた後、エ・ランテル内では民衆達が家族や隣人と抱き合い無事を喜んでいた。

それを見ていたガゼフとその部下達もほっと胸を撫で下ろす。

何が起きたかは分からないが助かったことだけは間違いないのだ。

そのガゼフ達の元へと陽光聖典の一人が近づいてくる。

 

 

「ガゼフ殿、無事でしたか」

 

「うむ、そちらも無事だったようだな」

 

「ええ。しかし墓地にはまだアンデッドが確認されています。我々陽光聖典はこれからそれらの排除に墓地へ向かいます。ガゼフ殿達は冒険者の方々と共にエ・ランテル内に残り都市内を警護して頂けないでしょうか? 建物や塀は破壊されていますし、怪我をした市民も多いので手当ても必要でしょう」

 

「それは構わないのだが…、残りのアンデッドはお主たちだけで大丈夫なのか?」

 

「それは問題ありません。神から下賜された装備もありますし、隊として動くならばアンデッドなど敵ではありません。殲滅戦は我々の得意分野ですから」

 

「そうか…。分かった、お言葉に甘えるとしよう。もちろん助けが必要なら呼んでくれ、すぐに駆け付ける」

 

 

ガゼフの言葉に頷いた陽光聖典の隊員は仲間を集め墓地へと向かう。

それを見送ったガゼフとその部下達。

 

 

「ガゼフ隊長。私にはあの者達とついこの前、殺し合いをしたばかりだというのが信じられませんよ」

 

「そうだな、私もだ。全員裸になるという謎の経緯はあったものの、陽光聖典の者達も今は敵対の意思はないようだ。何より王国領であるエ・ランテルの危機に共に立ち向かってくれた。人は助け合えるのだ。それが分かっただけで私は嬉しいよ」

 

「そうですね、隊長…。その通りです」

 

 

感じ入ってるガゼフとその部下達。

そこに都市長パナソレイが近づいてくる。

 

 

「ガゼフ殿、ガゼフ殿ではないか! 助かったよ! 部下から聞いたがエ・ランテルのために戦ってくれたとか! この都市を代表して礼を言わせてくれ!」

 

 

ガゼフに礼を告げるパナソレイ。

だがガゼフの顔は暗い。

昨晩逮捕された件に加え、牢から逃げ出したこともバレたらマズイだろうと思ったからだ。

 

 

「しかしまさか数日前に任務とやらでカルネ村に向かっていたガゼフ殿がちょうど戻ってきてくれていたとは! いやぁ本当に運が良かったよ!」

 

「え?」

 

「アンデッドが都市を襲っているときにどこからともなく現れて民を救ってくれたと聞いているよ。いや、流石は王国戦士長、その強さは噂に違わないものだったと聞いておる!」

 

「あ、あの…昨日、逮捕された件は…」

 

「ああ、あれか! ガゼフ殿の耳にも届いていたか。うむ、昨晩謎の集団が出たとの報告があってな、牢に閉じ込めておいたのだがこの騒動の中、どこかへと消えてしまったらしい。一応今後しばらくは冒険者達に警戒はさせるつもりだが、恐らくすでにどこかへ逃げ出したかアンデッド共に食われてしまっただろう。まぁエ・ランテルとしても復興に忙しくて逃げ出した犯罪者共に関わっている余裕はなくてな。戦士長としては不本意かもしれんがその件については許して欲しい…」

 

「い、いえ、そ、それではしょうがない、ですな! ははは…」

 

 

捕えていた犯罪者を逃がしてしまったことを詫びるパナソレイ。

その後パナソレイは色々と仕事があるらしく早々に去っていった。

 

 

「助かり、ました、ね…。戦士長…」

 

「う、うむ…」

 

 

どうやら助かったらしい。

複雑な気持ちを抱くガゼフだが、王に迷惑をかけるわけにもいかないのでこのまま知らない振りをしようと心に決める。

そして部下達と都市内の巡回へ向かうガゼフ。

道中で怪我をした市民を見つけると手当や安全な場所への案内をしていく。

その中で市民が話している一つの話題に興味を引かれた。

助けた市民の何人かがそれを口にしていたのだ。

謎の剣士に命を救われたと。

珍しい武器を使う剣士で、少なくともガゼフやこの都市の冒険者ではないようだった。

 

 

「陽光聖典の者達でもないようですし何者でしょう? 他国の冒険者でしょうか?」

 

「話だけでは分からんな…。だがやはり人は捨てたものではないな! 民の危機に立ち上がる者が我々の他にもいるとはな。もし会えればお礼をしたいものだ」

 

 

部下達とそう話しているガゼフの横を一人の男が通り過ぎる。

ガゼフの脳裏に一人の男の姿がよぎる。

その通り過ぎた男へと思わず声をかけるガゼフ。

 

 

「ま、待ってくれ! お、お主だろうか…? 民たちを助けてくれた剣士というのは…。そうならば是非お礼をさせて欲しいのだが…」

 

 

だがその言葉に男は振り返らない。

その背中にはなぜか悲壮感のようなものすら感じる。

 

 

「別に助けたわけじゃない。襲い掛かられたから返り討ちにしただけさ。あと俺の事は放っておいてくれ、もうこの国に未練は無いんだ…」

 

 

そう言って男は立ち去ろうとする。

だがガゼフはその男の正体に気付いていた。

忘れるわけがない。

例え背中だけでもこの気配を間違えることなど決してないのだから。

 

 

「そうか、残念だアングラウス…。時間があるなら一度くらい手合わせをお願いしたかったのだが…」

 

 

その言葉に男は瞬間的に振り返る。

顔には驚愕が広がっていた。

 

 

「ガ、ガゼフ…? ガゼフなのか!? ガゼフ・ストロノーフか!?」

 

 

そうしてガゼフへと詰め寄るブレイン。

そのままなぜかブレインの目から涙がボロボロと零れ落ちる。

 

 

「ど、どうしたアングラウス!? け、怪我でもしているのか!?」

 

「良かった…! 良かった…、ガゼフ…! ああ、なんだ昨日の事は俺の思い違いだったんだな…。ハハッ、そうだ。考えればすぐに分かることなのにな…。昨日は衝撃的なことがあったから悪い夢でも見ていたのかもな…。ガゼフが裸になって捕まるなんてそんなことあるわけないのにな…!」

 

「……」

 

 

ブレインの言葉に固まるガゼフ。

 

 

「どうしたガゼフ?」

 

「い、いや何でもないさアングラウス! そ、そうだ! わ、私が捕まるわけないだろう! わ、悪い冗談だ! は、ははは…!」

 

「だよなぁ! ハハハハハ!」

 

 

ガゼフの挙動不審な笑いとブレインの屈託の無い笑いが辺りに響いた。

 

結局ガゼフ逮捕の件は広まることなく終わった。

というより誰も捕まった人物が王国戦士長だとは思っていなかったらしい。

それどころかエ・ランテルの窮地に駆け付けた英雄として語り継がれることとなるのである。

王都に帰った後も賞賛を浴びることになるガゼフだが、その姿は己の功を誇らない謙虚な姿であったという。

民衆からの支持は上がる一方であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の剣の4人はエ・ランテルを照らした光がニグン達によるものではないかと察していた。

 

 

「都市内はもう大丈夫みたいですね」

 

「うむ、もしかするとこれもあの御仁によるものかもしれぬな」

 

「どうやらまだ墓地にはアンデッドがいるみたいだぜ、俺らも行こう! このままじゃあまりにもいいとこ無しだしな!」

 

「そ、そうですね! 少しぐらいは役に立たないと…。それにまだ墓地で戦っているかもしれませんし…」

 

 

4人は互いの言葉に頷くと墓地を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

ブリタは空を見上げてただただ泣いていた。

この光が何なのかわからないが、もし自分の知っている中でこんなことができると思える者は一人しかいない。

 

 

「そっか…。助けてくれたんですね…」

 

 

ブリタは流れる涙を拭きながら己の考えが早計であったことを恥じる。

やはりあの人は英雄だった。

 

 

「皆、ごめん! 私行かなきゃ!」

 

 

そう他の冒険者達に告げ、ブリタは駆けだす。

まだ墓地の方ではアンデッドが出てきているらしい。

きっとあの人ならそこにいるだろうと確信していた。

謝りに行かなければ。

自分の実力では深入りはできないがそれでも行くべきだと思う。

そして、憧れる英雄に少しでも近づくのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテル墓地。

 

ブルブルと体を揺らし体に着いた血を跳ね飛ばす名犬ポチ。

横ではニグンがクアイエッセに回復魔法を唱えている。

 

 

(しかしなんだったんだアイツは…)

 

 

クアイエッセを見ながら先ほどの恐怖を思い起こす名犬ポチ。

そういえばさっきニグンが「卑猥でっせ」って言ってたなと思い出す。

ふと過去にニグンとした話を思い出す。

確か法国のヤバイ兄妹の片割れだ。

 

 

(なるほど、その名に恥じぬ男ということか…)

 

 

クアイエッセに対して警戒レベルを引き上げる名犬ポチ。

だがとりあえず今は死にかけなので放っておくことにする。

 

そして目の前には先ほどボコボコにした女。

大量の鼻血を出しながらピクピクと痙攣している。

 

あとはハゲが残っているだけだ。

こいつの使役するスケリトルドラゴンは倒したがこいつ自身にはまだ何もしていない。

 

 

(こいつもボコボコにするか…)

 

 

そう思い殺気満々でカジットの前に立つ名犬ポチ。

カジットも名犬ポチが自分の目の前まで来た事で擦れた悲鳴を上げる。

 

 

「お、お願いだ…、た、助けてくれ…」

 

「わん(ダメだ)」

 

 

カジットに無慈悲な返答が返る。

そして拳を、いや肉球を振りかぶる名犬ポチ。

それがカジットに届こうかという瞬間、神速の動きで間に割って入る者がいた。

 

それはクレマンティーヌ。

 

例えどれだけ瀕死であろうとも、人外、いや英雄の領域にまで踏み込んだ存在。

その力は決して侮れるものではない。

 

 

「がふっぅ!!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わん!?(えええええ!!??)」

 

 

そしてカジットの代わりにパンチをその身に受け吹っ飛ぶクレマンティーヌ。

 

 

「わ、わん…(な、なんだ…一体…)」

 

 

吹き飛んだ先ではまたピクピクと体を痙攣させている。

何かの間違いかと思い再びカジットに対してパンチを出そうとする名犬ポチ。

しかし再び神速の動きでクレマンティーヌが間に入り壁となる。

 

 

「ごぼぁああぁあああ!!!」

 

「わぁああん!?(な、何ィィィィイイイイ!?)」

 

 

また吹き飛んでいくクレマンティーヌ。

名犬ポチは訳が分からない。

な、なんだ、この女はなんなのだ。

その想いだけが名犬ポチの胸に去来する。

 

呆気にとられている名犬ポチ。

その間にクレマンティーヌはなんとか体を動かし名犬ポチの元まで這いずって近づいてくる。

そして名犬ポチの元まで来ると縋るようにその身体に手を伸ばす。

 

クレマンティーヌの瞳を覗いた瞬間、名犬ポチは激しい嫌悪感に襲われた。

その瞳に情欲に塗れた感情を宿していたからだ。

 

 

「も、もっと、もっとちょーだい…♡」

 

「わ、わん!(うわぁぁあぁぁ!!!!)」

 

 

思わず腰を抜かしへたり込む名犬ポチ。

視線がふとクレマンティーヌの股間へと動く。

そして名犬ポチは全てを察した。

さきほどこの女の名前をニグンが言っていたではないか。

濡れマンてぃーぬ、と。

あの変態の妹だ。

 

 

(こ、こいつもその名に恥じぬ存在だというのか!? おのれ、法国、なんと闇深き国よ!)

 

 

近づいてくるクレマンティーヌに怯える名犬ポチ。

反射的に手が出てまたパンチをお見舞いしてしまう。

 

 

「くっはぁあああっぁああああ♡」

 

 

嬌声と共に吹き飛んでいくクレマンティーヌ。

気付くと後ろにニグンとクアイエッセが立っていた、どうやら回復したらしい。

 

 

「わん!(何見てんだよニグン! 止めろよ!)」

 

「流石は神…」

 

「わん!?(えっ!?)」

 

「あのクレマンティーヌがまさか自己犠牲に目覚めるとは…。これも神の愛に触れたが故ですね…」

 

 

ニグンの言葉にクアイエッセが続く。

 

 

「ああ、なんと慈悲深いのでしょうか…。あの妹にあれほど熱を込めて導いて下さるなど…」

 

「わ、わん(い、いや何言って…)」

 

「そうですともクアイエッセ殿! 神は殺す気ならば簡単にクレマンティーヌを殺すことが出来たでしょう! だがそうしなかった! それどころか私にはあの一撃一撃に愛を込められていたように感じました! まるで間違いを犯した子供を叱るかのような寛大さと優しさ! きっとクレマンティーヌも神のお力に触れ、己の間違いに気づいたに違いありません!」

 

「まさに! まさに! 私にもそう感じられましたニグン殿! あの妹がわが身を顧みず人の盾になるだなんて…! うぅ、私にはまだ信じられません! この感動! この高まり! ああ、どう表現したらよいのでしょうか!」

 

「聞こえるかクレマンティーヌよ! それが神の愛だ! そして自己犠牲を厭わぬその精神! それもまた愛である! それこそが祈りであり信仰! 我々法国民の目指すべき場所である! お前は神の導きによってその境地まで達したのだ!」

 

「わ、わん…(く、狂ってやがる…)」

 

 

ニグンの言葉が耳に届いたクレマンティーヌはそれを己の中で反芻する。

確かに思い当たることはある。

この神と呼ばれる存在の一撃には痛み以外の何かがあった。

抵抗も出来ないほど強大な力で無理やり抑えられ、その拳で絶命するのではないかというギリギリを責めてくるあの手腕。

あの力の前では自分はあまりにも無力だった。

英雄の域まで到達した自分がまるで赤子のように簡単にねじ伏せられる。

力で征服されるあの感覚。

獣のような獰猛さと悪魔のような繊細さ。

こんなのは初めてだった。

たまらない。

 

 

「はぁっ、はぁっ…、こ、これが愛…? これが信仰…?」

 

 

ニンマリと表情が緩むクレマンティーヌ。

自分の中に生じた謎の感情、あるいは気持ちの正体に気付いたのだった。

 

 

「サイッコー……♡」

 

 

クレマンティーヌはこの時をもって信仰に目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わん(こんなの絶対おかしいよ)」

 

 

名犬ポチの言葉は誰の耳にも届かない。

むしろニグンとクアイエッセの賞賛の言葉が届くばかりだ。

頭を抱え膝から崩れ落ちる名犬ポチ。

それと同時に色々と諦めた。

 

とりあえず気を確かに持ち、目の前のハゲをどうにしかしようと考えるがすぐ近くまでアンデッドが迫ってきていることに気付く。

 

 

「わん?(あれ? アンデッド召喚してんのこのハゲじゃねぇの? なんでまだ出てんだ?)」

 

 

ニグンがクアイエッセへ神の言葉を伝える。

そして答えるクアイエッセ。

 

 

「神よ、恐らくですがクレマンティーヌが法国から盗んだ叡者の額冠をンフィーレアという一般の少年に使用している可能性があります。それで発動した魔法かと思われます。おい、そこの男、どうなのだ?」

 

 

クアイエッセがそのままカジットへ問いかける。

 

 

「は、はい、その通りです…」

 

「ならばすぐに連れてこい」

 

「は、はいっ…!」

 

 

クアイエッセに言われるがまま近くにある洞窟の中へ走っていくカジット。

弟子達もそれに続いていく。

その間、周囲に沸いたアンデッドはニグンとクアイエッセが処理していた。

 

 

「お、お待たせしました…。こ、これがその少年です…」

 

 

カジットとその弟子達が連れてきた少年を見て名犬ポチが吠える。

 

 

「わん!(ふざけんなよ! なんで裸なんだよ! ここには変態しかいねぇのかよ! 死ね!)」

 

 

怒れる名犬ポチをニグンが宥める。

やがて落ち着きを取り戻す名犬ポチ。

 

 

「わん(で、ともかくだけど。このアイテムが原因ならこれ外せばいいの?)」

 

「いえ、神…。真に申し上げにくいのですが…」

 

 

そしてニグンが名犬ポチに叡者の額冠というアイテムの説明をする。

 

 

「わん(なるほど、つまり外すと発狂するわけか…)」

 

 

外すと装着者は発狂するため二度と外せないらしい。

ゆえに装着者は自我を失ったまま生き人形として生きるしかなくなる。

ただの魔法を吐き出す装置となるのだ。

 

 

「わん(くだらん)」

 

 

その言葉と共に名犬ポチが叡者の額冠をンフィーレアから無理やり外した。

同時に《アンデス・アーミー/不死の軍勢》の効果も消える。

だが絶叫するニグンとクアイエッセ。

 

 

「ああ何を! 神ぃぃ!」

 

「神よ! 何をなさるのです!?」

 

 

この人間が死のうが発狂しようがなんとも思わない名犬ポチだが簡単な解決方法を思いついたのだ。

発狂して叫ぶンフィーレアの頭部に重く大きな石を落とす名犬ポチ。

ンフィーレアの頭が潰れ一撃で絶命した。

横で言葉を失い顔面蒼白になっているニグンとクアイエッセ。

 

だがそれを意にも返さず名犬ポチは魔法を唱える。

 

 

「わん(《グレーター・レイズ・ドギー/犬の上位蘇生》)」

 

 

あっという間に復活するンフィーレア。

 

 

「な、なんと神ぃぃぃいいい! そ、そんな、そのような手段があったとは!」

 

「ああ神よ! 貴方の前では我々人類の常識などくだらぬ縛りにしか過ぎないのですね!」

 

 

ユグドラシル時代では蘇生時にほぼ全てのバッドステータスは解除されるので大丈夫だろうと高を括っていた名犬ポチ。

蘇生したンフィーレアの様子を見てもどうやら異常は見られなさそうである。

無事成功したようだ。

しかし、マズイ。

目の前でニグンとクアイエッセのボルテージが上がっているのが分かる。

爆発する前にどこか隠れる場所はないかと周囲を窺う名犬ポチ。

とりあえず近場にクレマンティーヌが倒れているのでその影へと隠れる。

 

 

「神ぃぃいいい!!!!」

 

「神よぉぉおおおお!!!」

 

 

案の定、爆発した二人。

そしてクレマンティーヌの影へと隠れた名犬ポチを見つけると猛獣のように襲い掛かる。

 

だがクレマンティーヌの視点からするとそれは違った。

位置関係から、発情した二人の男が自分に襲い掛かってくるようにしか見えなかったのだ。

 

反射的に起き上がると綺麗にクロスカウンターを二発決める。

 

 

「へ、変態! 弱った女を襲うとか神官としての誇りはねぇーのか! それにクソ兄貴! 妹を襲うなんて何考えてんだ!」

 

 

そのままニグンとクアイエッセをタコ殴りにするクレマンティーヌ。

 

 

「ま、待てクレマンティーヌよっ! 違うのだ!」

 

「そうだ妹よ! 兄がそんなことをするはずがなかろう!」

 

「うるせぇーっ!」

 

 

それを見た名犬ポチに閃きという名の稲妻が落ちる。

こいつは使える、と。

そう、リアルにはこういう言葉があるのだ。

毒をもって毒を制すと。

こいつは良い壁役になるかもしれないとほくそ笑む。

だがここでクアイエッセが余計な事を言い出す。

 

 

「ま、待てクレマンティーヌよ、今気づいたがその鎧はなんだ…!」

 

 

クレマンティーヌの鎧に貼りついている冒険者のプレートを指さすクアイエッセ。

それにクレマンティーヌも嫌な汗をかく。

 

 

「そ、それは冒険者プレートではないか! はっ! エ・ランテルで殺害した4人の冒険者どころか、まさかそれだけの冒険者を今まで殺してきたのか…!?」

 

「い、いやこれは、なんていうか、その、流れっていうかその場のノリ?みたいな…」

 

「ば、馬鹿者がっ! 神をも恐れぬ所業…! 悪魔の如き大罪…! まさかそこまでとは、ここまでとは私も予想していなかったぞ…! まさに人類の敵…! 人に仇なす邪悪なる存在…! お前を許そうなどと考えていた私が間違っていた…!」

 

 

人一倍正義感の強いクアイエッセはクレマンティーヌの犯した罪に耐えられなかった。

涙を流しながら怒りを吐露する。

 

 

「お前には神に仕える資格などなかったのだ…! 神の慈悲を受ける権利など持っていなかった…! 今、この時を持って! 私が責任をもってお前を断罪する! せめて来世では清く正しく生きろ、妹よ!」

 

 

クレマンティーヌは身の危険を感じる。

これはヤバイ、と。

この状態のクアイエッセは本気だと知っているのだ。

なんとかしなければ本気で殺されかねない。

 

 

「ま、待ってよ! あ、兄貴も一緒に罪を背負ってくれるって言ったじゃん!」

 

「ああ! その通りだ! だからお前を殺して俺も死ぬ!!!!」

 

「ひぃぃぃーーーっ!!!」

 

 

悪鬼の様な形相でクレマンティーヌに迫るクアイエッセ。

焦る名犬ポチ。

こんなところで盾を失うわけにはいかない。

最悪この兄妹が死のうがどうしようがどうでもいいのだが、盾が無くなるのはマズイ。

今後ニグン相手に身を守れなくなるからだ。

 

 

「わ、わん!(ちょ、ちょっと待ったぁーっ!)」

 

 

慌ててクアイエッセとクレマンティーヌの間に割って入る名犬ポチ。

 

 

「わん…!(お、落ち着け卑猥なる者よ…。この女を殺してはいけない…!)」

 

 

クアイエッセには何を言っているか理解できないがこの場においては大体察しがつく。

 

 

「神よ、止めないで下さい! この女は神が慈悲を与えるには相応しくなかったのです!」

 

「か、神様助けてぇ! わ、私本当に殺されちゃう…!」

 

 

怒れる兄と涙ぐむ妹。

名犬ポチは考える。

この場を乗り切る方法はないのだろうかと。

横でニグンも必死にクアイエッセを止めようとしているが無駄のようだ。

一か八かの作戦に出る名犬ポチ。

 

 

「わ、わん!(わ、わかった! 濡れマンが人を殺したのが原因だってんなら俺がなんとかするから!)」

 

「なんと神!? ま、待てクアイエッセ殿! か、神が…、神が責任を持つと仰られている! だから殺してはいけない! 神はクレマンティーヌを殺すのを望んでいない!」

 

 

ニグンのその言葉にクアイエッセとクレマンティーヌが止まる。

前者は驚愕で、後者は感動で。

 

 

「な…! し、しかしこれほどの大罪…、どれほどの信仰をもってしても贖えるものでは…」

 

「信じるのだクアイエッセ殿…! 神はいつもそのお力で我らを導いて下さった! きっと今回のことも何かしらのお考えがあってのこと…。信じて祈るのだ…」

 

「なんと…」

 

(ハードル上げてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞニグン! いや、通訳がいなくなったら困るからぶっ殺しはしないけども!)

 

 

精神に影響を与える魔法を受けたわけでもないのに激しく狼狽する名犬ポチ。

だがなんとかしなければ貴重な盾が失われてしまう。

名犬ポチはクレマンティーヌへと向き直り、その装備に貼りつけられているプレートを一つ剥ぎ取る。

 

 

(このアイテムから持ち主を果たして蘇生できるのか…。体そのものがあるわけでもなく、かなり実験的ではあるが可能性はなくもないだろう…)

 

 

ユグドラシルでは死体の有無は蘇生とは関係が無かった。

メニューから蘇生したい人物を選べばそこに死体が無くとも蘇生はできたからだ。

この世界に来て色々と魔法も変容しているが、死体がなくとも蘇生ができるという感覚は不思議とある。

ただ、完全にアンデッドと化してしまった場合等は存在が上書きされるので恐らく不可能であろう。

先ほど蘇生した4人は生前の肉体が残っていたという、例外中の例外だ。

 

とりあえず、全く知らない赤の他人は蘇生できない。

何も情報がない状態では蘇生を行う対象を知覚できないため、魔法をかけられない。

かける対象を補足できないのだ。

だが逆に言えば対象を知覚できる手段があれば良いということ。

 

 

(果たしてこの冒険者プレートでそれが可能なのか…?)

 

 

それがこの問題の鍵だ。

その人物が持っていたであろうアイテム及びそれに準じたものから蘇生ができるのか。

さらに突っ込んで考えるとどこに復活するのかという点は疑問が残るがそんなことはどうでもいい。

今は蘇生ができるのか、どうか。

それが問題だ。

恐る恐る魔法をかける。

 

 

「わん…!(《グレーター・レイズ・ドギー/犬の上位蘇生…!》)」

 

 

その時、名犬ポチは確かな手応えを感じていた。

このプレートにわずかに残された、いやこびり付いた血や汗、油など。

0に限りなく近い程の本当に些細なもの。

だがほんのわずかでもその痕跡が残っていれば問題ない。

対象の存在を補足し、そのまま魂を引き寄せる。

やがて名犬ポチの目の前で一人の男が光の粒子で構成されていく。

 

 

「わ、わん…!(や、やったぞ…! 理屈はわからないがこういうところはゲーム的だな!)」

 

 

元々この世界がそうなのか、あるいはユグドラシルから来たもの達の法則はよりゲーム的なものに近いのかはわからないがこれでなんとかなりそうだと名犬ポチは安堵する。

そのままクレマンティーヌの装備に貼りつけられているプレートを次々と剥ぎ取り、順次蘇生させていく。

 

結果的に約8割程の蘇生に成功した。

残りの2割はどうしても対象を補足できなかったのだ。

単純にプレートに痕跡が残っていなかったもの、あるいは多数の痕跡が残りすぎていて特定の一人を選別することができなかった等である。

中には痕跡は残っていたのだが対象者が生存しているのではと思われるケースもあった。

盗まれたプレートか何かだったのだろうか?

その場合ならば殺された人物はろくでもない奴なのでどうでもいいだろう。

少なくともこのプレートを持っていた人間の大多数の蘇生に成功したのでクアイエッセも文句は言わないだろうと名犬ポチは考える。

これでなんとか手打ちにしてもらえないかと名犬ポチは祈りながらクアイエッセを見上げる。

 

だがその効果は名犬ポチの予想を遥かに超えていた。

 

 

「神よ、神よぉぉぉおおお! こ、こんなことが…! こんなことが可能なのですか!? ああ、その偉大なお力で一体どれほどのお慈悲をお与えになるのですか…! 我が妹にこれほどの…! ああ…! もはや私では貴方のお考えの一旦にすら届かないのですね…! あぁ! どうか私にもお情けを! ほんの一部で良いのですぅぅう! どうか! どうかぁぁああ!!!!!」

 

「んぁあああああぁぁあああ!! 神ぃっ! 神ぃぃいいいいい!!!!!」

 

 

狂乱が始まった。

反射的にクレマンティーヌの後ろへ逃げる名犬ポチ。

それを追うようにクアイエッセとニグンが迫る。

 

 

「ぎゃああ! へ、変態ーっ! えろすけべーっ!」

 

 

襲われると勘違いしたクレマンティーヌのフックが二人の水月に突き刺さる。

わずかに白目を向き倒れる二人。

身の危険を辛うじて回避した名犬ポチはここで確信する。

この女は本物だと。

盾としてこれ以上ない逸材である。

無駄にゴミ共へ蘇生魔法を使いまくった価値はあった。

変態だけど。

 

 

「わ、わん…(よ、良かった…、本当に良かった…!)」

 

 

だが安堵している名犬ポチをクレマンティーヌが後ろから抱きしめる。

 

 

「か、神様ありがとう…! わ、私のためにここまでしてくれるなんて…。嬉しい…。ここまで優しくされたの私初めてだよ…。私頑張るから…! 神様のために頑張るから!」

 

「わん!(いやいいよ、気にすんな。どちらかというとこちらが世話に…うわぁああ!!!)」

 

 

その言葉とは裏腹に、爛れた情欲を漲らせた瞳で名犬ポチを見つめているクレマンティーヌ。

舌なめずりまでしている。

激しい生理的嫌悪を覚える名犬ポチ。

 

 

「だ、だからご褒美を…♡」

 

「わ、わん!(や、やめろ、やめろぉおお、俺に触るなぁ!!!)」

 

 

反射的にクレマンティーヌを殴り飛ばしてしまう名犬ポチ。

お礼を叫びながらクレマンティーヌが吹き飛んでいった。

 

毒をもって毒を制す。

それは正しく、とても有効だ。

だが忘れてはいけない。

この場においてはクレマンティーヌも毒なのだということを。

 

 

 

 




今度こそ後編へ!


キャラ増えると纏めるのに量が多くなりますね。

ちなみに名犬ポチへの呼び方の違い。
ニグン「神ぃ!」
卑猥「神よ!」
濡れ「神様ーっ!」

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