オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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初投稿です、よろしくお願いします。


純白編
名犬ポチの帰還


部屋の中央にある黒曜石の巨大な円卓を41の豪華な席が囲んでいる。

だが一つを除き他の全ては空席だ。

 

 

「ふざけるな!」

 

 

唯一席に座っている骸骨は怒号と共に両手を円卓に叩きつける。

 

 

「ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!なんで皆そんな簡単に棄てることができるんだ!」

 

 

このナザリック地下大墳墓を拠点として活動するギルド、アインズ・ウール・ゴウン。

そのギルド長であるモモンガは怒りのあまり我を忘れていた。

 

‐いつかまた会いましょう‐

 

皆そう言って去っていった。

だが帰ってくる者は誰もいなかった。

 

先ほどログアウトして去ってしまったヘロヘロの最後の言葉はモモンガが長い間沈殿させていた本心を迸らせるには十分だった。

だが怒りの次に来たのは寂寥感。

 

 

「……」

 

 

「……いや、違うか。簡単に棄てたんじゃないよな。現実と空想。どちらを取るかという選択肢を突き付けられただけだよな。仕方ないことだし、誰も裏切ってなんかいない。皆も苦渋の選択だったんだよな……」

 

 

「……」

 

 

そんなふうに顔を落としひとりごちるモモンガは気づかなかった。

今この場にログインしてきたギルドメンバーがいたことに。

冷静さを欠いていたモモンガはギルドメンバーログインの表示に気付かなかったのだ。

 

 

「随分と荒れてるじゃないか…モモンガさん…」

 

 

突如聞こえる超絶ハードボイルドなイケメンボイス。

 

 

「え…!?」

 

 

モモンガは慌てて顔を上げる。だがそこには誰もいなかった。

 

 

「まぁ飲めよ、これは俺のオゴリだ」

 

 

気づくとグラスがモモンガの前までに滑ってきた。

よくあるバーでお酒を「俺のオゴリだ」と言って他の人に向けて滑らすやつである。

まぁ円卓の上でカーブを描いているので違和感があるのだが。

 

 

「い、一体何が…!?」

 

 

モモンガは慌てて周りを見渡すがやはり誰もいない。

そしてモモンガには不可視化は効かない。

だから誰かが隠れているという可能性も存在しない。

 

モモンガは狼狽するが、すぐにその声が誰のものか思い当たる。

 

 

「ま、まさか! 名犬ポチさん!?」

 

 

モモンガのその声に反応するかのように一匹の子犬が円卓の上に飛び乗る。

最初から席に座っていたのだがその小ささから見えていなかっただけである。

 

 

「おいおい、やっと気づいたってのか…? 冷たい奴だぜ…」

 

 

やれやれと肩をすくめる名犬ポチ。

だがその姿と相まって全くハードボイルドさは無い。

どこからどう見てもただの愛玩動物である。

 

 

 

“名犬ポチ”

 

 

全盛期にはわずか41人でユグドラシルランキング9位を記録したギルド:アインズ・ウール・ゴウンに所属する一人。

全員が異形種、そして悪のロールプレイに徹したギルドのメンバーに相応しく、ある意味で恐れられている。

最も悪にこだわったウルベルト・アレイン・オードルをして邪悪と言わしめた男であり、ゲーム内最強プレイヤーの一人たっち・みーにPVPで勝利した経験もある。

この時、敗北したたっち・みーに「とてもじゃないが攻撃できない…!」と言わしめるほどの実力である。

『戦闘は始まる前に終わっている』を体現したキャラであった。

 

その外見は真っ白な子犬。

両手に乗れそうなサイズで、まさに生まれたての子犬といった具合である。

 

テリア、コリー、ハスキー、プードル、ラッシー、シェパードetc…等のように、なんと犬の種族をレベル1で99重ねるという暴挙に至ったキャラである。

結果、隠し種族オーバードッグを取得。

まさに全てを超越した犬の王であった。

 

ちなみに外装は課金で作成したものを使用。

余談だが属性はカルマ値:-500の極悪。根っからの悪である。

 

 

 

 

 

「モモンガさん、つらい事があるならここで全部吐き出しちまいなよ…」

 

 

そう言いながらいつの間にか手元にあるグラスに入った酒をストローでかき回す名犬ポチ。

体のサイズが小さいので全身を使ってグラスを支えている。

 

 

「め、名犬ポチさん、すいません、せっかく来てくれたのに、あんな…」

 

 

「おっと、よしなよ。最後なんだ、そういうのは無しにしようぜ」

 

 

先ほどの失言について謝罪しようとするモモンガを止める名犬ポチ。

 

 

「それにモモンガさんは皆に気使ってあんまり自分の気持ちとか言わなかったろ? 皆のフォローとかギルドの維持とか雑務に追われてばっかりなのに文句の一つも言わない。むしろそんなモモンガさんの本音が最後に少しでも聞けたのは嬉しいんだぜ…?」

 

 

「名犬ポチさん…!」

 

 

「ていうかそれ飲みなよ」

 

 

先ほどモモンガに向けて滑らせたグラスを指さす名犬ポチ。

 

 

「いや、アンデッドなんで飲めませんって」

 

 

「ふふ、相変わらず無骨な奴だぜ…」

 

 

ギャグのセンスは無い。

 

そんなやり取りが続き、やがて昔話に花が咲いたモモンガと名犬ポチは楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

「あ、しまった…。もうサービス終了までそんな時間ないですよ」

 

 

「おっと、もうそんな時間か…」

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎサービス終了の時間が迫ってきていた。

 

 

「自分は玉座の間で最後を迎えようと思うんですが名犬ポチさんもどうですか?」

 

 

「すまねぇ、是非一緒にと言いたいところなんだが約束があるんだ…」

 

 

「約束?」

 

 

「そうだ、俺はあいつと決着を付けなきゃならねぇ。許してくれ…」

 

 

「ああ、ネコさま大王国の…」

 

 

モモンガは得心したように頷く。

名犬ポチはギルド:ネコさま大王国と敵対していたのだ。

なんでも永遠のライバルがいるらしい。

当初は対抗して犬好きを集めイヌさま大天国というギルドを立ち上げようとしたのだが、ネコ好きの圧倒的数の前に犬好きは分が悪かった。

そしてある日、ネコさま大王国全員による大襲撃に遭い犬好きが次々と猫好きに鞍替え。

これが後に伝わるユグドラシル三大奇襲の一つ“肉球大虐殺”である。

 

この“肉球大虐殺”後、名犬ポチは絶望に打ちひしがれ彷徨っている時にモモンガに拾われたという経緯がある。

この出来事をモモンガは後に「捨てられた子犬拾ったと思ったらプレイヤーだった」と語る。

 

 

「俺はナザリックの外に出ちまうけどメッセージを繋げておいてくれないか? モモンガさんの応援が欲しいんだ…」

 

 

その声にモモンガがにこやかに応じる。

 

 

「もちろんですよ! 最後なんですから絶対勝って下さいよ!」

 

 

そうして二人は別れた。

名犬ポチはナザリックの外へ。

モモンガは途中でセバスとプレアデスを連れて玉座の間に向かう。

玉座の間でアルベドの設定をいじったのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

名犬ポチはネコさま大王国の拠点へと向かう。

一歩進む度にかつての記憶が蘇る。

 

あの屈辱と苦渋の日々。

犬好きが次々と猫好きになっていく絶望感。

昨日まで犬のアバターだった者が次々と猫へと変わっていく。

そして残されたのは自分一人。

忘れるものか。

リアルの都合でインできなくなっていたものの、それを忘れたことなど無い。おそらく。

 

沼地を踏みしめ川を越え山を越え目的地へ向かう。

時間が無いのでめっちゃダッシュであるが。

 

 

所属人数だけならユグドラシルでも上位であったネコさま大王国。

今でも少なくない人数がいるだろう。

そして今日はサービス終了日、所属プレイヤーの多くが帰ってきているかもしれない。

対して自分は一人。

勝てるはずがない。

だが、だがそれでも自分は行かねばならない。

犬の尊厳を守るために。

 

 

だが目的地に着いた名犬ポチは目を疑う。

 

 

「こ、これは…!?」

 

 

目の前にあったのはもはや廃墟と言ってもいいネコさま大王国の拠点。

少なくとも周囲にプレイヤーの気配はない。

スキル<肉球の祝福>を持ち、肉球持ちの存在を探知できる名犬ポチから猫が隠れられるはずがない。

そして彼ら肉球持ちのキャラは物理的に指輪をはめれないため探知阻害の指輪を使用している可能性は0。

つまり、今この拠点の上層にはプレイヤーが存在しない。

外のお祭りに出掛けただけなのかもしれないがそれでは拠点のこの荒廃ぶりの理由にはならない。

 

名犬ポチの驚愕が伝わったのかモモンガが声をかける。

 

 

『ど、どうしたんですか?』

 

 

「……ギ、ギルドが」

 

 

その後は言葉が続かない名犬ポチ。

モモンガも何かを察したのか声をかけるのをやめる。

 

とりあえず拠点に侵入した名犬ポチだがトラップ等が発動した様子が無いことに気付く。

外観と同じく内装も崩れ落ちているということは拠点の自動修復が機能していない。

トラップも発動しないことを合わせて考えると維持する資金が無くなっている事が考えられる。

他にも様々な可能性が頭をよぎるがとりあえず奥へ進んでいく。

途中で猫のNPCが襲い掛かってきたがレベルも低く戦闘力を考えて作成されていないそれは名犬ポチの敵ではなかった。

しかし拠点最奥部が近くなるとやっと<肉球の祝福>に一つのプレイヤー反応が出る。

 

拠点最奥に到着するとそこには一匹の猫が玉座に座っていた。

 

 

「お前だけか…」

 

 

「……」

 

 

名犬ポチの問いに猫は答えない。

だがこれが答えだとばかりに猫は名犬ポチへ襲いかかる。

そして永遠のライバルとも呼ばれた二匹の獣の戦いが始まった。

 

 

よだれが舞い、毛が散り、肉球がぶつかり合う。

 

 

「まさかお前一人とはな…! 他の仲間はどうしたんだ!?」

 

 

「……っ!」

 

 

戦いながらも名犬ポチのその言葉に顔を歪ませる猫。

だが攻撃の手が休まることはない。

互角の戦いを続ける二人だがやがて均衡は崩れる。

その隙を突くように名犬ポチが魔法を唱える。

 

 

「《トゥルー・パピー/真なる子犬》!」

 

 

第9位階に存在するこの魔法は対象を強制的に子犬化させる。

低位の回復魔法では戻せないという恐ろしい魔法である。

だがこの猫には通用しない。

 

 

「効くかバカが!」

 

 

もちろん効かないのは分かっている。

同レベル帯であり同じようなスキル構成である猫には簡単に無効化できる。

だがこの魔法は自動無効化ができない。

つまり任意でレジストしなければならないのだ。

レジスト自体は簡単なものであるがレジストする為にコンマ数秒の隙ができる。

その隙を見逃す名犬ポチではない。

そのわずかな時間の間に名犬ポチの周囲に立体魔法陣が浮かび上がる。

 

 

「俺の勝ちだ…!」

 

 

そうして名犬ポチは課金アイテムを使用する。

詠唱時間を無くして放たれる魔法、それは。

 

 

「しまっ…!」

 

 

猫の叫びをかき消すように名犬ポチの叫びが響き渡る。

 

 

「超位魔法!!《フォールンパッド/失墜する肉球》!!」

 

 

二人に巨大な肉球が迫りくる。

名犬ポチも対象範囲内なのだが防御の構えを取り魔法で身を守る。

対して猫は反応が遅れ魔法が直撃。

肉球の柔らかい優しさに二人は包まれる。

 

 

 

そして勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勝ったぜモモンガさん」

 

 

メッセージを通じてモモンガへ声をかける名犬ポチ。

 

 

『やりましたね! 名犬ポチさん!』

 

 

それに反応するモモンガの声は弾んでいる。

仲間の勝利を喜び興奮しているようだ。

だが名犬ポチの反応は薄い。

 

 

『…? どうしたんですか名犬ポチさん』

 

 

名犬ポチはその問いにすぐに答えることができなかった。

 

様々な思いが胸を駆け巡る。

そして思い出すのは先ほどのライバルとの戦い。

勝利した喜びよりも到来したのは空虚感。

 

ライバルは一人だった。

かつてあれだけの仲間に囲まれていたのに。

 

当時、とても強大に感じていた存在は驚くほど小さく感じた。

 

最後に彼は言っていた。

ゲーム好きというより猫好きの集まりだったため瓦解するのは驚くほど簡単だったと。

そのライバルも最近はリアルに時間を取られてろくににインできなかったらしい。

だがやはり思い入れはあったのだろう。

まともにインできなくてももはや拠点が機能していなくとも。

拠点が無くなる事だけは阻止しようとした。

本当にわずかな時間でもインし、ソロで効率が悪くても必死で資金をかき集めたのだろう。

 

アバターだから分からないがギルド武器を破壊しようとした時、とても悲しそうな気配を感じた。

かつて名犬ポチはネコさま大王国のギルド武器を破壊してやると豪語していたが結局できなかった。

なぜかそれを破壊することがライバルを否定することになる気がして。

 

その後、しばらく沈黙が続いた後、何も言わず名犬ポチは去った。

ただそれでもライバルが所持していたワールドアイテムだけは奪っておいた。

別に欲しかったわけではない。

もうゲームも終わるのだし何の意味も無い。

ギルド武器は破壊できなかったけれど、喜びも無かったけれど、それでも何か、何かライバルに勝ったのだという証が欲しかった。

そうしないと自分の中でケリがつかないような気がした。

最後に振り向いて別れを告げようと思ったがやめた。

 

なぜかライバルはそれを望んでないような気がしたのだ。

 

 

 

 

 

地上に戻り空を見上げた名犬ポチはその景色に驚く。

 

夜空を飾るように打ちあがる沢山の花火、そしてあれ狂う超位魔法の嵐。

 

そう、最後の瞬間を迎える為のお祭り騒ぎが繰り広げられていた。

 

 

「はは、外は凄い騒ぎだ。モモンガさんにも見せたかったぜ…」

 

 

『やっぱり外はお祭り騒ぎなんですねー。そうだ、動画撮って後で送って下さいよー!』

 

 

「ああ、いいぜ」

 

 

23:55:20

 

 

何かを覚悟したように名犬ポチは呟く。

 

 

「モモンガさん、ありがとな」

 

 

『え…?』

 

 

「ネコさま大王国の拠点、もう機能してなかった。維持するだけで精一杯って感じで廃墟同然だった。それでやっと気づいたんだ。モモンガさんがどれだけ大変な思いをしてナザリックを維持してくれてたのかが…。久しぶりに帰ってきてナザリックが変わらずにまだあるってことがどれだけ幸せだったのかってことを…」

 

 

『名犬ポチさん…』

 

 

その言葉に涙ぐむモモンガ。その一言だけであのつらい日々が救われる気がした。

 

 

「だからさ、またやろうぜ」

 

 

『え?』

 

 

「ユグドラシルは終わりかもしれねぇけど、また何か新しいこと始めようぜ。ユグドラシルの代わりにはならないかもしれねぇ。でも、俺たち仲間だろ? 今までモモンガさんを一人にしてた奴が何言ってるんだって思うかもしれねぇけどさ…。それでもまた何かやりたいんだよ」

 

 

『名犬ポチさん…』

 

 

「仕事も軌道に乗ってさ、前みたいに時間作れそうなんだ。だから、モモンガさんさえよければまた俺と一緒に遊んでくれねぇか…? 別にゲームじゃなくてもいいんだ。ただ時間ある時に話すだけでもさ…」

 

 

過去を思い出し、自分の気持ちに気付く名犬ポチ。

 

 

「ああ、やっと分かったよモモンガさん…。楽しかった、そう、楽しかったんだ…、何よりも。一日おしゃべりで潰れたことがあったよな、馬鹿話で盛り上がった。家族サービスを捨ててログインしてくる奴もいた。色んなことがあったよな…」

 

 

『そう、ですね、本当に楽しかったです…』

 

 

涙声で答えるモモンガ。泣いているのかもしれない。

 

 

「だからさ、これで終わりにしたくねぇんだ。ユグドラシルは終わりかもしれないけどよ、俺たちならきっと何かできる。昔の仲間みんなにも連絡とろうぜ、そしたらまたアインズ・ウール・ゴウン再結成だってできるかもしれねぇ!」

 

 

楽し気に語る名犬ポチ。

モモンガもそうなったら素晴らしいだろうなと思う。

でも、どこかで、心のどこかでそうはならないだろうなという想いもある。

仮に集まってもまた一人になるんじゃないか、自分を置いて皆どこかに行くんじゃないか。

もう一人は嫌だ。

そんなつらい思いをするくらいなら、いっそ…。

 

 

「俺はもうどこにも行かねぇよ…、例え誰も集まらなくても…」

 

 

『え……?』

 

 

モモンガの心を読んだかのように名犬ポチは続ける。

 

 

「こんな事言うと重いとか言われそうだけどさ、俺アインズ・ウール・ゴウンの皆と過ごした時間が一番楽しかったんだ。それにモモンガさんに寂しい思いをさせてた事にも気づいた。だからもう二度と手放さない。モモンガさんさえよければ俺はずっとモモンガさんと一緒にいたい…」

 

 

『はっ、ははははは!!!』

 

 

途端にモモンガの笑い声が響き渡る。

 

 

『なんですか、それ。ちょっと愛の告白みたいになってんじゃないですか!』

 

 

ツボに入ったようにモモンガの笑いは止まらない。

 

 

「なっ! そんなんじゃねぇよ! 俺は普通だ! 女の子大好きだぜ! そんなんじゃなくて、こう友情的な…?」

 

 

『ははは、分かってますよ。冗談ですよ、冗談』

 

 

そうしてゲラゲラと笑うモモンガ。

 

 

『ふぅー、そうですね…。もし名犬ポチさんがこれからも遊んでくれるなら嬉しいです』

 

 

「じゃ、決まりだな」

 

 

名犬ポチの言葉にモモンガの寂しさが消えていく。

たしかに仲間全員が集まることはないかもしれない。

それでも名犬ポチさんだけでもいてくれるなら…。

 

もう一人じゃなくなる。

モモンガはユグドラシルの最後をこんな気持ちで過ごせるとは思っていなかった。

 

 

『名犬ポチさん、ありがとう。貴方のおかげで最高の最後になりそうですよ』

 

 

「おう、でも終わったらすぐに連絡するからよ」

 

 

『はは、せっかちですね、いいですよ、わかりました』

 

 

23:59:30

 

 

ユグドラシル終了まで秒読み段階。

 

 

「モモンガさん、最後はあれやろうぜ、あれ」

 

 

『え? ああ、あれですか。ふふ、いいですよ』

 

 

23:59:45

 

 

『「せーの」』

 

 

『「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」』

 

 

23:59:55

 

名犬ポチもモモンガも目を瞑る。

最後の瞬間を、幻想の終わりを気持ちよく迎えるために。

 

 

23:59:57、58、59…

 

 

ブラックアウトし‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

00:00:00、01、02、03…

 

 

「……ん?」

 

 

モモンガは異常に気付く。

ゲームが終了しない。

サーバーダウンか延期になった等、無数の可能性が頭をよぎるがどれも決定的なものには程遠い。

そしてコンソールが浮かび上がらないこと、他のあらゆる機能にも一切の感触がないことに驚愕する。

 

名犬ポチと繋がっていたメッセージもいつの間にか切れている。

確認の為に再度メッセージを送る。

繋がらない。

何度試しても繋がらない。

他のギルドメンバー全員にかけてみるも繋がらない。

困惑するモモンガに声がかけられる。

 

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様」

 

 

初めて聞く女性の声。

それが横にいるNPC、アルベドのものだと気づく。

そしてモモンガはこの異常事態に気付く。

 

やがてモモンガは思い当たる。自分が異世界に来てしまった可能性に。

 

だがそれと同時に深い絶望がモモンガを襲った。

 

 

「なんで、なんで名犬ポチさんに繋がらないんだ…。まさか、俺、俺だけが異世界に来てしまったのか…、そんな…」

 

 

モモンガは何度も何度も名犬ポチにメッセージの魔法を送ったがついに繋がることはなかった。

 

 

「嘘だ…、名犬ポチさん…、俺を、俺のことをもう一人にしないって言ったじゃないか…!」

 

 

名犬ポチが悪くないのはわかっている。

だが、それでも、それでも名犬ポチの言葉に縋りたかった。

またすぐに話せると思った。

すぐに会えると思った。

それなのに、もしかすると二度と会えないかもしれないのだ。

 

モモンガが少しでも冷静ならあらゆる可能性を想定したかもしれない。

外に出てわずかでも情報を入手していれば希望を持てたかもしれない。

 

だが先ほどの名犬ポチとのやり取りと現状との落差に耐えられなかった。

 

もし名犬ポチを探して見つからなかったら、きっと自分は壊れてしまう。

 

そんな最悪を味わうよりは、ここで動かず夢に浸っていたかった。

どこかに名犬ポチがいるかもしれない。

いつか会えるかもしれない。

自分から動いてその可能性を閉じるよりは…。

 

 

 

ここで何もせず死んだように待ち続ける。

 

 

 

モモンガは意識を手放し、夢の中で仲間達に会うことを選んだ。

 

 

 

 

 

 




次回『邪悪降臨』カルネ村に激震が走る、はず。

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