煩悩日和   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今回は横島君も艦娘も出てきません!
そしてまた他作品のキャラが出てきます!

……うーん、何か多重クロスみたいになってきたなぁ。

それではまたあとがきで。


老いてますます盛んなり

 

 都内某所、格安アパート“幸福荘”。ここに、とある老人とその若き娘が住んでいる。

 千年を生きる錬金術師、“ヨーロッパの魔王”ドクター・カオスと、カオスが造り上げた“人造人間”マリアである。

 その日、カオスの元に依頼があるとして、とある奇妙な二人組がアパートを訪ねてきた。

 

「どうも、『デーエムエム』の家須です」

「佐多や。よろしゅう」

「……な、何故神魔の最高指導者が……?」

 

 速攻でバレた。

 

「ふっ。流石はドクター・カオス。あなたの目は誤魔化せませんね」

「ワシらのこの変装を一瞬で見破るとは思わんかったわ」

 

 ちなみに二人はTシャツを着ており、家須の白いTシャツには『神の子』、佐多の黒いTシャツには『神の敵対者』とそれぞれ書かれている。

 

「老いたとは言え、この天才たるドクター・カオスの目を欺くのは不可能という事じゃな! ワハハハハッ!!」

 

 神魔の最高指導者達の(バレバレな)変装を見破ったカオスは得意げに大笑する。

 家須達二人も気分を害した様子もなく、むしろ称賛するかのような光をその目に宿している。

 ……カオスの背後に控えたマリアが何かを言いたそうな目で三人を見ているぞ。

 

「それでは本題に入りましょうか」

 

 家須達からカオスへの依頼の内容を簡潔に纏めれば、以下の様になる。

 半物質・半電脳空間で構成された世界にて、軍隊を率い、とある敵と戦ってもらうこと。

 自らが率いる軍隊――艦娘と、敵対生物――深海棲艦の調査・研究。

 艦娘の装備の研究・開発・改良。

 

「ふむ。なるほどのぅ」

「これはかなり長期の依頼となります。今のところ期間は無制限であり、毎月一定額をお渡しします。更に有用な情報の入手、装備の改良や新装備を開発出来ればその都度特別報酬を出す事をお約束します」

「ある程度やったら私的な研究・開発も認めたるでー」

「な、何という好待遇……! 遂にワシにも運が巡ってきたか……!?」

 

 提示された条件にカオスが歓喜の声を上げる。

 現在カオスとマリアの二人は極貧生活を送っている。齢千歳を数える錬金術師、ヨーロッパの魔王と呼ばれ恐れられた彼の偉人は日夜アルバイトに精を出し、日銭を稼いでいる。

 不完全ではあるが不老不死とは言え、食わねば飢えるし動けなくなる。マリアもカオスと共に毎日頑張っているが、マリアのメンテナンス代、武装による弾薬代、燃料代、充電による電気代などで月々の家賃すらまともに払える状態ではない。

 たまに美神令子や小笠原エミなどにマリアを貸し出す事で、何とかギリギリ生活費を捻出しているのだ。

 そんな困窮した毎日を過ごしている中、今回の依頼が舞い込んできたのだ。浮かれて飛びついてしまっても仕方がないだろう。

 

「ドクター・カオス・この依頼・受けますか?」

「当然じゃ! このドクター・カオスに任せておけい!!」

 

 今まで口を挟まなかったマリアの問いにカオスは即答する。家須達も満足そうに頷き、正式に契約を交わす事となった。

 家須達はカオスに全ての事情を説明していく。別世界の滅亡や深海霊団棲姫の存在、そして滅びた世界を救う為、一部の深海棲艦達と協力関係にある事など、カオスをして驚愕に開いた口が塞がらない情報が語られたが、それでもカオスは不敵に笑って見せた。

 

「フフフ……フフハハハハハ!! 面白いっ!! 面白いではないか!!

 深海棲艦!? 深海霊団棲姫!!? いいじゃろう……この天才たるワシの叡智によって、見事討ち滅ぼしてくれようぞ!!

 ワハハハハハハハハッ!!!」

 

 強大な敵の存在を知らされてなお、カオスが怯む事は無い。むしろカオスの心は熱く、燃え滾っていた。

 ()()()よりおよそ七百年。ヨーロッパでは日々を無為に過ごしてきた。それが日本に来てからの日々はどうだ?

 確かに貧乏に喘いでいる。苦しい毎日を過ごしている。だが、これ程までに刺激的な日々はヨーロッパ(むこう)では考えられなかった事だ。

 あの若き日の情熱が蘇る。活力が湧いてくる。それは、今のカオスが最も求めていたものだ。

 

「ふふふ。凄まじい自信ですね」

「頼もしいこっちゃ」

 

 カオスの身体から湧き上がってくる家須達も笑みを零す。素晴らしく活力に満ちた良い霊波だ。最高の仕事をしてくれると、そう思わせてくれる。

 

「――――と、そうじゃ。神魔と人間の協力者も居るんじゃったな。それが誰なのかは教えてくれるのか?」

「もちろんです。今の所神界から二柱(ふたり)、魔界からも二柱(ふたり)

「そんで人間界は一人。カオス含めて六人で協力してもらうでー」

「ふむ。思ったよりは少ないんじゃな」

 

 霊力が満ち溢れたおかげか、ふと冷静になったカオスが家須達に協力者の詳細を問う。

 まず返ってきたのは人数について。神・魔・人間界から各二人ずつ。依頼の規模に対して余りにも少ない人数だ。

 

「いわゆる少数精鋭というやつです。神界(こちら)からは斉天大聖孫悟空とヒャクメが」

「ほんで魔界(こっち)からはワルキューレとパピリオが任に就くで」

「ほう……? 斉天大聖はともかく、他は顔見知りでやりやすいが……何故パピリオが?」

 

 今回の任務に就く者が顔見知りで構成されるのは連携を取りやすくする為だとカオスは考える。神魔の中には人間嫌いも数多く、そうでなくても人間と轡を並べる事を屈辱に感じるプライドの高い者も多い。それを考慮しての事だろう。

 

「パピリオの嬢ちゃんは……何でやろなぁ……?」

「ええ、本当……何でですかね……?」

「それでよいのか最高指導者」

 

 しかしパピリオは本当にいつの間にか司令官になる事になったのでそこら辺の思惑とは一切関係が無いのだ。

 

「まあいいわい。神魔族だけでなく人間にも協力を要請する理由を聞いても良いかの?

 ……まあ、大方の予想は付くが」

 

 パピリオの事は一先ず置いておき、カオスは今回の件に人間を関わらせる理由を問うた。

 

「……ええ、予想通りだと思いますよ」

「今の神魔はホンッッッッッマにゴタゴタしとるからな」

 

 そう、今の神魔会はアシュタロスとの戦いの後処理に奔走させられている。

 神魔の融和が進み、デタントへと舵を取っていた矢先にあの大戦だ。

 各界の反デタント派が息を吹き返し、色々と調子づいて来ているのでそれらを抑えるのに人も時間も取られているのである。

 

「そんな訳であなた達人間に頼らざるを得ない状態なのです」

「ホンマあいつら事が済んだら覚悟しとけよ……ヒャクメのおかげでアジトの位置も全部把握しとるからな……」

 

 疲れた様に溜め息を吐く家須と、黒いオーラが身体から漏れ出ている佐多。どうやら相当に苦労させられているらしい。

 

「……ですが、こちらにとっては悪い事ばかりという訳でもないんですよね」

「パピリオの嬢ちゃんを始め、()()()()()()()()()()をこっちの任務に突っ込められたからな」

「……なるほど、下手に動かすよりよっぽど楽になるじゃろうな」

「ははは、流石ですね」

 

 斉天大聖を除いた三柱、パピリオ・ワルキューレ・ヒャクメは、アシュタロスとの一連の戦いを経て一気に名前が知れ渡った。

 全ての戦いで中心人物として活躍し、そしてアシュタロスと因縁深い美神令子と親しいワルキューレとヒャクメ。パピリオは言わずもがなだ。

 そして彼女達は知名度がありながら、その実力は低いと言わざるを得ない。

 パピリオは一年という短すぎる寿命と引き換えに強大な魔力を持っていたが、今では寿命も延び、その分格段にパワーも下がってしまっている。

 ワルキューレは苛烈な闘争本能を持ちながらもそれを制御し、冷静に戦いを進めていく高い精神力を持っている。

 また戦術・戦略の知識も豊富であり、あらゆる銃器に精通した彼女は極めて優秀な兵士と言えるだろう。

 だが、だからと言ってワルキューレの戦闘能力が高いという訳ではないのだ。

 確かに彼女は優秀な戦士であるが、それでも戦闘に特化した神魔と比べれば二歩も三歩も劣る。

 仮に武神である小竜姫と真っ向から戦闘をした場合、ワルキューレは手も足も出ずに完封負けを喫するだろう。

 ワルキューレはかつて戦乙女として名を馳せた姉妹の一人ではあるが、特筆する様な武力を持ってはいないのである。

 そしてヒャクメに至ってはそもそも非戦闘員の情報官だ。一応神族としてそこらの悪霊や妖怪よりは強いと言えるが、それでも戦闘能力は最下級である。

 

「つまりこの任務はあやつらを守る為のものでもあるという事か」

「そういうこっちゃ。あいつらに何かあったらそれこそ困るからなー」

 

 ワルキューレ達は既に自分達が置かれている状況を説明されている。故にあちらの世界での生活を主としており、滅多な事ではこちらの世界に出てこないのである。

 

「となると……斉天大聖は()()()()()()だけでなく、パピリオ達の護衛でもあるという訳か。

 あの魔猿とも呼ばれる神界の暴れん坊がよく承諾したもんじゃな」

「……本当に流石ですね」

「そっちも正解や。斉天大聖には宇宙のタマゴの中に引きこもってもらう事で疑似的に神魔のバランスを取っとるんや。

 ……とりあえずのとこは、やけどな」

 

 アシュタロスが魂の牢獄から解放され完全に消滅した事により、神魔間のバランスは大きく変動した。

 何せアシュタロスは次期魔王候補の一柱とも目されていた魔界の大公爵だ。それほどのビッグネームが失われたとなれば、神界魔界そのどちらも上へ下への大騒動になる事は当然である。

 そこで台頭してきたのが反デタント派というわけだ。

 最高指導部の会議で軍部のタカ派が「アイツらどうする? 処す? 処す?」と、半ば本気で提案する程に派手に動いていたのだが、そこに斉天大聖が待ったをかけた。

 

「神魔のバランスさえ取れれば動きを阻害出来るんじゃろう?

 ならばワシをあの宇宙のタマゴに封印してしまえばよい」

 

 その発言に誰もが絶句した。

 

「神魔としての格はアシュタロスの方が上じゃが、実力ではワシの方が上じゃろう。

 もとより半ば引退している身じゃ。この場の誰かが抜けるより、ワシが抜けるのが最良じゃろうて」

「……」

 

 確かに安全策を取るのならば斉天大聖の言う事も尤もであった。格でこそ劣るものの、その知名度や影響力は決してアシュタロスに引けを取らず、実力に関して言えば凌駕すらしている。

 神魔のバランスを取る事を考えれば他に選択肢は無いと言えた。

 

「悟空……」

 

 沈痛そうに斉天大聖の名を呼ぶのは、とある一人の女性だ。

 黒の長髪、豊満な肢体を持ち、それを覆い隠すのはビキニの水着と布地の少ない袈裟の様な物という、露出度の高い服装をした美女。

 これで仏門の徒だというのだから驚きである。

 ともかく、その美女は世界の安定の為に自らの身を擲とうとしている()()()()()に心を痛めた。

 

「そのような顔をせんで下され、お師匠様。何もこれが今生の別れという訳でもなし。会おうと思えばいつでも会えるんじゃ」

「……うん。それは分かってる。分かってるけど……」

 

 黒髪の美女――――斉天大聖の師、玄奘三蔵は愛弟子の目を見つめ、こう問うた。

 

「悟空……

 『宇宙のタマゴに引きこもって煩わしい仕事なんか投げ捨てて、四六時中向こうの最新ゲーム三昧じゃー!!』

 ……だなんて、考えてないわよね?」

「……」

 

 斉天大聖は答えない。

 

「悟空」

 

 お猿は目を逸らした。

 

「悟空」

「イヤジャナ―ソンナワケナイジャロオシショーサマー」

 

 猿爺はカクカクとした動きで何とかそう返した。

 

「あたしの目を見なさい悟空。目を見て言いなさい悟空」

 

 結局最後の最後までゲーム猿は三蔵と目を合わせる事は無かった。その後も会議は続き、最終的に斉天大聖の提案が採用される事となる。

 三蔵は何とも言い難い表情を浮かべていたが、最後には弟子の事を信じ、ちゃんとゲームだけでなく仕事にも励む様にと言い含めるにとどまった。

 そんな斉天大聖が齎した成果は――――言うまでもないだろう。三蔵ちゃんは鼻高々である。ただ、艦娘の士気が低めな事には苦笑を浮かべるしかなかったが。

 とにかく、それが斉天大聖がこの任務に従事している理由であった。

 

「……うーむ、まさかあの斉天大聖がテレビゲーム好きだとは。何というか全然イメージと違うのう」

「彼は昔から遊び好きでしたからね。人間の娯楽を知ってからはずっとああなんですよ」

「神魔は意外とそういうのにハマる奴が多いんよ。有名どころでは龍神王の息子の天龍って坊主が人間界の遊園地にハマっとるしな」

「なるほど……」

 

 カオスは茶を啜りながら神魔の娯楽事情に耳を傾ける。神魔の事はある程度理解していたつもりだが、まだまだ理解が足りなかったらしい。

 

「……おお、そういえば」

 

 カオスは一つ重要な事を聞くのを忘れていた事に気が付いた。

 

「最後の人間の協力者は誰なんじゃ? ワシと顔なじみの者だとは思うんじゃが……」

「あ」

「おっと、すまんすまん。忘れとったわ」

 

 カオスの問いに家須と佐多の二人もその事を思い出した。二人は軽く頭を下げてそれを詫びると、最後の協力者の名を出す。

 

「依頼を持っていくのは美神除霊事務所です」

「美神の嬢ちゃん……っちゅーよりは横島の坊主やな」

「……ほう?」

 

 告げられた名にカオスは片眉を上げる。自らの背後、マリアがその名にわずかに反応した事に気付いたからだ。

 

「まあ、ワシが知る限りこういった依頼を受け、達成出来そうなのはあやつらくらいか。納得と言えば納得じゃが……本命は小僧の方なのか?」

「ええ。美神さんは性格的にこういった事には向いていません。おキヌさん、シロさんやタマモさんも同様ですね」

「対して横島の坊主は人を動かすのが得意みたいやからな。部下になる艦娘も戦術とか戦略とか理解しとるし、坊主でも問題はないやろし」

「それにかなり長期の仕事となるので依頼料は奮発する予定ですから、美神さんも断らないでしょう」

「艦娘は美女美少女揃いやから坊主もウハウハやしな」

「……ああ、なるほど」

 

 今の説明で得心がいった。つまりこの依頼は()()()()()()()()()()()()

 美神や横島へ用意するのは金と女。自分には思う存分研究開発が出来る環境。恐らく他にもアシュタロスとの戦いで功績を挙げた者には様々な形で褒美――詫び――が贈られている事だろう。

 先程の説明で反デタント派と霊団棲姫への対応で人手が足りないと聞いて妙に思ったものだが、何てことはない。一番人手を割いていたのは()()()()()()()だったのだ。

 

「ご苦労な事じゃのー。道理で世界が急速に安定に向かっておるはずじゃ」

「……ちょっとあなた、いくら何でも察しが良すぎません?」

「普通にビックリやわ。良かったら魔族に転生せえへん? それなりの地位と役職を約束するで?」

「あっ、サっちゃんずるい! うちも! うちも優遇しますよ!!」

 

 爺さん(カオス)を巡って争うおっさん二人という薔薇色な……薔薇……? まあそういった方面の光景が繰り広げられる中、それをただ静観していたマリアは()()()()()()()といった状態だった。

 ()()()よりマリアは横島と会っていない。タイミングが合わなかったというのもあるし、会って何を話せばいいのかも分からない。

 ただ、会いたいとはずっと思っていた。

 しかし、今まで行動に移してはいない。何故か足が動かなくなるからだ。

 マリアはそれを“切っ掛け”が無いからだと考えた。横島と会う必然性が無いからだと。

 ――――当然、それは間違いだ。

 マリアに足りないものは“切っ掛け”ではなく“勇気”。

 会いたいから会う。それをするだけの僅かな一歩を踏み出す勇気こそが、彼女に足りないものなのだ。

 そして、カオスはそんな(マリア)の逡巡に気が付いていた。

 

「ところで、各鎮守府で協力するとの事じゃが、それぞれ別の宇宙のタマゴを使うんじゃろ? どういう風に交流するんじゃ?」

「ああ、それはまだ調整中なんですが、宇宙のタマゴを連結させるんです。そうやって()()()()に移動するんですよ」

「斉天大聖クラスやったら普通に世界間の移動も出来るんやけど……それをやってしもたら引きこもる意味がないしな」

「対外的にもこういったポーズは必要ですし」

「……なるほど」

 

 カオスは一つ頷き、本命について尋ねる。

 

「あと、ここに居るマリアも連れていく事は出来るのかの? 自慢じゃないが、ワシはマリアが居らんと生活出来んのじゃが」

「ドクター・カオス?」

 

 その問いの真意が理解出来なかったマリアは、怪訝そうな表情でカオスを見やる。

 

「うーん、そうですね……。技術的には問題ありませんよね?」

「おお。要は端末とその嬢ちゃんを繋げばええわけやしな。多少調整は必要やろうけど、問題なくいけるはずや」

「ふむ。ならばまた後日そっちに顔を出そうか。調整ついでに機材の受け取りもしてしまおう」

「おや、よろしいのですか?」

「こっちとしてはありがたいけど」

 

 カオスの申し出に家須達は機材の量や重さを考えて一瞬躊躇うが、そもそもマリアも同行するのだから問題が無い事に気付き、デーエムエム本社に来てもらう事にした。

 諸々の技術の詳細等もその時に説明する予定である。

 

「うむ。では詳しい事はまた後日じゃな」

「ええ。契約書もその時に」

「いやー、ほんま助かるわー。ほなまたなー」

 

 話が纏まり、一先ず伝えておくべき事も伝え終わった家須達二人はカオスの部屋を出る。

 思ったよりも話が弾んでしまい、時刻は既に一六時を回っていた。本日中に片付けなければならない仕事はまだまだある。二人はそそくさとアパートを後にし、会社へと戻っていった。

 二人を見送ったカオスは長く、深く、重々しく息を吐くと、緊張で強張った筋肉を解す様に身体を伸ばす。

 表面上は余裕を持って対応しているように見せかけていたが、その実、多大な恐怖と緊張を強いられていたのだ。

 流石のカオスでも最高指導者が相手では分が悪いどころではない。

 今でも鮮明に思い出せるかつての光景。島一つを簡単に消し飛ばし、それでもなお威力が損なわれない“究極の魔体(アシュタロス)”の砲撃を防ぎ切ったあの威容、あの威光、あの偉業。

 ()()()ならずとも、あの二柱ならばほんの吐息程度の力でその身を消し飛ばせよう。

 

「……」

 

 背筋や腰の辺りからボキボキと音を鳴らしているカオスをマリアは静かに見つめている。その顔は無表情だが、見る者が見れば内面の感情を見抜くのは容易い。

 

「何故自分も連れていくのか……聞きたいのはそれじゃろ?」

「……っ」

 

 カオスの言葉にマリアの鉄面皮が僅かに歪む。

 

「まあ簡単な話し、ワシからの援護射撃というか何というか……」

「援護射撃・ですか?」

 

 言葉の意味が分からないマリアは首を傾げる。

 カオスはマリアの反応に苦笑を浮かべると、その理由を言って聞かせる事にした。自覚を促すのも情操教育には必要だろうとの判断だ。

 

「同じ仕事に従事すれば、マリアも横島の小僧と会いやすいじゃろ?」

「………………」

 

 マリアはたっぷり一分間一切の動きを停止。その後まるでロボットの様な動きで(ロボットである)ガクガク(ワタワタ)と両手を意味なく動かし、視線を彷徨わせる。

 やがてマリアは胸に手を当てて目を瞑り、十秒間ずつ俯き、天を仰いでカッと目を見開くと――――。

 

「――――何の事でしょうか・ドクター・カオス」

 

 ――――見事にしらばっくれてみせた。

 

「いくら何でも分かりやすすぎるわい」

 

 当然ながらカオスには通じなかった。

 

「……いや、それも当然か」

 

 ぽつりとカオスは呟く。何せ自分には前科がある。あの時の事を考えれば、こういった態度に出るのも仕方がないだろう。

 このまま直球で突いていっても、今の状態では頑なに否定するだろう。ならば今は藪をつつくような真似はせず、少しだけ触る程度に抑える。何せ時間はたっぷりとある。焦って答えを出させるような真似はしなくても良いのだ。

 

「いや、最近美神達にも会っとらんからな。マリアはあの小僧と仲が良かったし、久しぶりに会いたいのではないかと思っての」

「……」

 

 マリアは答えない。ただ彼女の身体から響く機械音がやや激しさを増している。それはまるで心臓の鼓動の様にカオスには感じられた。

 

「……艦娘とは・その名の通り・女性しかいないと・聞きました」

「ん? ……ああ、そうじゃな」

 

 話の繋がりが一瞬分からなかったが、すぐにピンときた。何せ相手は横島なのだ。艦娘との関係やら何やらが気になってしまうのだろう……と、思ったのだが。

 

「ドクター・カオスを・支えてくれる・女性が・現れるかも・知れません」

「――――ほう?」

 

 その返しは、想像だにしなかった。カオスの口から漏れ出た声は驚愕の為か、それとも感心した為か。いや、実に興味深い返しである。

 先の言葉にはまだまだ微小ではあるが、明らかに何らかの感情が乗っていた。それは純粋にカオスに対する心配の気持ちであるのか、新たな出逢いを願ったのか、それとも余計なお世話だと()()()()()()()()()()()

 マリアはあの時より感情が育ってきている。それはもしかしたら今だからこそなのかもしれない。横島と……()()()()()()()()()()()()()()()()()、より強い想いを持つ事が出来たのではないだろうか。

 カオスの口許に笑みが浮かぶ。最愛の娘に嫌味を言われたようなものであるが、それでも気分は良い。だから、それに乗ってやる事にした。

 

「そうじゃなぁ……マリア姫と別れて以来、そういった事を考えた事は何度かあったものじゃが……」

 

 思い浮かぶのは生前のマリア姫の顔。真っ直ぐに前を見据える彼女の目には何度となく心を打たれたものだ。それから後の時代に出逢った、好意を懐いた女性達。確かに彼女達にもほのかに想いを懐いたものだ。だが……。

 

「それでも、ワシはずっと独り身じゃった。それだけマリア姫に対して惚れこんでおったというか……他の誰かにそういった感情を向けるのをどこかで裏切りだと考えておったのか……ふむ。こういうのを『重い』と言うんじゃろうか」

 

 何度もプロポーズをしたが、その度に自分では足手纏いになると断られ続けた。心は通い合っていたが、それでも一緒にはならなかった。マリア姫は自分の死後、カオスに相応しい伴侶が現れるだろうとも言っていた。それから今まで、熱く燃える様な感情を懐いた相手とは出逢えていない。むしろ、そういった感情はどんどんと失われていった。

 今にして思えば、あの日マリア姫が亡くなった時に同じく自分も死んでいたのかもしれない。あの時より数百年。この身の老化は想定以上の速度で進んでいった。

 

「……まあ、流石にこんな爺を相手にする様な女子(おなご)は居るまいて。自分で言うのも何じゃが、色々な意味で悪趣味と言わざるを得ん」

「……」

 

 カオスの声に込められた幾許かの寂寞の感情に気付き、マリアは何も言えなくなる。しかし、カオスはまた笑う。

 

「しかし、もしそんな悪趣味な女子(おなご)が居るのなら……考えてみるのも有りかの」

 

 老いらくの恋なぞろくなもんじゃないがのー、とカオスは大笑する。そのカオスの姿に、マリアは何故か胸が軽くなる様な感覚を覚えた。何故その様な感覚を覚えたのか、それにどういった意味があるのか、マリアには分からなかった。

 だが、同時にマリアはこうも感じた。()()()()()()()()()()()()――――そんな、不思議な感覚だった。

 

「何にせよ、これから色々と楽しくなりそうじゃわい」

「……イエス・ドクター・カオス」

「ほ? ――――はっはっは! お前もそう思うか、マリア!!」

 

 その言葉は思考を介せず、口に出ていた。未来がどうなるか分かりもしないのに、カオスの言葉を肯定した。

 未知を、楽しむ。それはまるで人間の様だ。愛する娘のさらなる成長にますます笑いが込み上げてくる。

 

「わははははははっ!! 待っておれよ深海霊団棲姫!! この“ヨーロッパの魔王”ドクター・カオスが貴様を水底に沈めてくれようぞ!! ふふはははははははははははははははっ!!!」

 

 込み上げる感情のままに高笑いは響く。(マリア)の想いと未来。幸あれと、カオスは願い、笑う。

 未来を見通せずとも、より良い未来を構築し、引き寄せる。それこそが自分の役割なのだと確信を抱き。

 

 

 

 

 ――――自分が新たな運命と出逢うという未来など、考えもしていなかった。

 

 

 

 

 

第五十六話

『老いてますます盛んなり』

~了~

 

 

 

 

 

 

「うるっさいよカオっさん!! ご近所さんに迷惑でしょうが!!!」

「ぐわあああぁぁーーーーーーっ!!?」

「ドクター・カオス!!?」

 

 ――――そして、大家さんに「うるさい」とシバかれる未来も想像していなかったのだ……。

 

 

 




お疲れ様でした。

今回出てきた三蔵ちゃんはFGOの三蔵ちゃんです。
私の中で三蔵法師と言えばFGOか最遊記なのです。どっちにするか迷いましたが今回はFGOの方で。チチシリフトモモには勝てなかったよ……
まあ最遊記の方の三蔵も金髪タレ目毒舌ヘビースモーカーハイネックノースリーブ黒インナーと、スケベさでは負けてないと思います。()

小竜姫とワルキューレの力関係ですが、拙作内では小竜姫の方が圧倒的に実力が上ということになっています。
ワルキューレファンの皆さんごめんなさい。

そして斉天大聖の格ですが、拙作内では超上級神魔族であり、アシュタロスは最上級神魔族という分類になっています。
上から順に最上級、超上級、上級、中級、下級、最下級といった感じです。

それではまた次回。

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