今回から新章開始です。……が、この章はそれほど長くならない予定です。
そして今回は章のプロローグ……というよりは何というか箸休め的な回ですね。
一応重要っぽい設定は出てきますが。
※今回横島君は一切登場しません※
それではまたあとがきで。
家須と佐多の情報整理
――デーエムエム社長室――
ソファーにどっかりと腰掛ける佐多に、家須が今回の件……
「サっちゃんはもうお疲れでしょうし、結論から話しましょう。
――――
「何やて!?」
その言葉を聞いた佐多は思わず立ち上がってしまう。……が、すぐに冷静になり、またソファーに座りなおす。
しかし表面上は冷静に見えても実際には未だ興奮が冷めておらず、小さな声で「よし、よし、よし」と呟き、喜びを噛み締めていた。
「……それで、改二になった艦娘ですが――――」
「ああ、分かっとる分かっとる。大体の見当は付いとるわ」
「おや、そうでしたか」
誰が改二に至ったのかを説明しようとする家須を、上機嫌となった佐多が遮る。どうやら佐多はそれが誰なのか心当たりがあるようだ。
「ズバリ――――
佐多が予想していたのはドクター・カオスの秘書艦である榛名であった。
家須はその名を聞き、「おお」と感心した様な声を上げてにっこりと笑い。
「違いますよ」
と、切って捨てた。
「……は?」
佐多はぽかんと口を開けている。それだけ予想外の返しだったのだ。
「いや……いやいやいや、待ちいや。榛名やないんか? あの子以外で改二になれそうなんは……パピリオんとこの比叡か?」
「それも違います」
「……ほんまかいな。なら誰や? ワルキューレんとこもヒャクメんとこも
「違いますねぇ」
「はあああぁ? ……分からん。全然分からん! 謎や、ミステリーや」
次々と可能性のある艦娘の名を挙げていくが、そのどれも家須に否定された佐多は必死に誰なのかを当てようと考え込むが、やがて頭から湯気が出てきたので諦めることにした。
考えすぎで少しくらっときてしまったらしい。
佐多は両手を上げてギブアップ。その様子を見て家須はより笑みを深めている。
答えを聞いた佐多がどのようなリアクションを返すのか、楽しみで仕方がないのである。
「それでは気になる答えを発表しましょうか」
「おっしゃおっしゃ」
幻聴だろうか、どこからかドラムロールの音が聞こえる気がする。
「正解は――――よこっちのところの那珂ちゃんです!」
「――――はあ?」
佐多のリアクション芸に対する期待に満ち満ちた目をした家須が答えを言うと、佐多から返ってきたのは味も素っ気もない酷く冷めた言葉だった。
「あのな、キーやん。冗談言うんならもうちょい信憑性を持たせんとバレてまうやろ。
第一
面倒そうに家須にダメ出しをしていた佐多であったが、途中で何かに気付いたのか、それとも何かを思い出したのか、何事かをぶつぶつと呟き始める。
「アイツが言うてたんはあくまで基準で……となるとそれさえクリアしたら他んとこよりは……いや、どうやろか……」
佐多はやがて目を瞑って天を仰いで呻くと、「あ」と何かに思い至り、家須へと視線を戻す。
「ノーパソ持ってきたってことはよこっちんとこの那珂の映像でもあるんやろ?
とりあえずそれを見せ――――って、どないしたん、キーやん?」
「……いえ、何のリアクション芸も無かったので少しガッカリしただけです」
「疲れとる言うたやろがい」
家須の理不尽な言葉に佐多は大きな溜め息を吐いた。
リアクション芸には体力が必要なのだ。
「ふう。では、実際にその時の映像を見てもらいましょうか。
場所は『南西諸島海域』の沖ノ島です」
「っちゅーことは戦闘中に改装かいな。無茶しよんの」
家須が佐多の前のテーブルにノートパソコンを置き、動画を再生する。
内容は沖ノ島での戦いの始まりから終わりまで。
最後まで見終えた佐多は背もたれに深く身を預け、長く深い息を吐いた。
「これは本物やなぁ」
「でしょう?」
納得せざるを得ない。確かに横島鎮守府の那珂は改二へと至っている。
「うーん、アイツの言うとった条件から正規の改二第一号はカオスんとこの榛名やと思っとったんやけどなぁ。
まさかよこっちんとことは」
「ええ、その点については私も同感です」
佐多の言葉に家須も頷く。
初めにこの報告を受けた時、家須は「あなたも冗談を言えるようになったんですね……」と、真面目一辺倒な部下の成長(?)を喜んだぐらいだ。
それだけ予想外の出来事であったと言える。
「しかし、今思えば彼……
「あー、確かになぁ。資材やら何やら、
「ちなみに那珂ちゃんの練度は“48”です」
「十分に高い……とは言えんわなぁ」
電子の精霊……深海棲艦の司令官から教えられた改二覚醒条件の一つ、“高い練度”に達しているとは思えない数値だ。
「んー……いや、でもワシらは長門を基準に考えとったからなぁ。
それが間違ってたんやろか」
「ああ、それはありそうですね。
深海提督に長門さんのデータを渡した時に『練度に関しては彼女は改二になれるくらいには鍛えられている』と言われましたし、改二になるには彼女と同等の練度が必要と思い込んでしまったのかもしれませんね」
「まあそん時に『改装に必要な設計図も他資材も無いのに改二覚醒とかチート使ってんじゃねーぞハゲ!!』ってめっちゃキレられたけどな」
「あなたがそれを言いますかってなもんですよ」
斉天大聖の修行を乗り越えた長門は自らの殻を破り……ついでに世界の法則もぶち破り、改二へと至った。
おかげで宇宙意思からの干渉を避け、自分という反則的な存在を世界に馴染ませる為に力を封印せざるを得なくなった。
斉天大聖曰く、それももう少しで必要が無くなるとのこと。
深海提督も昔はゲーム内でチート行為を働いたが、今ではすっかりと善良な精霊となっている。
彼にとっては
その法則や秩序を乱されるのは我慢ならないようだ。
彼が特別な深海棲艦を率い、『はぐれ深海棲艦』を退治するのもその為だ。
そんな今の彼だからこそ猿神鎮守府の長門の改二覚醒は頼もしくもあり歯がゆくもありと、複雑な心境を懐いている。
「何はともあれ、また一つ強力な切り札が手に入ったんは喜ぶべき事やな」
「そうですね。何せ那珂ちゃんの能力は
映像で確認した那珂の能力に、家須は満足気な笑みを浮かべる。
「現状、霊団棲姫に対する切り札は三つ」
家須の言葉に佐多が頷く。
「一つはよこっちの所の那珂ちゃん」
家須が人差し指を立てる。
「一つは斉天大聖の所の長門さん」
次いで中指。
「そして最後に――――」
「
薬指を立てた家須の言葉を佐多が継ぐ。その表情はどこか神妙な色を帯びており、何事か思う所がある事が見て取れる。
「……嫁さんの具合はどうなんや? かなりの怪我やったけど……」
「まだ全快には時間が掛かるみたいですね。ですが、確実に快方に向かっています」
「それならまぁ、一安心ってところやろか」
互いに頷き、溜め息を一つ。
二人の表情は固い。それも当然、切り札は三つと言っているが、実の所そのどれもが万全ではないからだ。
長門は改二に至ったものの宇宙意思の干渉を防ぐ為に力を封印。
那珂も同様に改二に至るもその能力の全容を把握していない。
最後に至っては現在治療中だ。
これでは自分の心を偽る事も難しい。
「……ま、長門と深海提督の嫁さんは近い内に何とかなるやろからええやろ。
那珂も気付きさえすれば後は何とでもなるはずや。うん、問題なし問題なし」
「そうですね。きっと何とかなるでしょう」
はっはっはと笑い合う二人。
先ほどまでの深刻な雰囲気はどこへやら。神魔の最高指導者達は余りにも楽観的な結論を出す。
何も霊団棲姫を甘く見ている訳ではない。世界を、次元を浸蝕し得るその危険性は重々承知している。
ただ、二人は風向きが変わったのを感じた。
こちらに吹いていた向かい風が止み、今度は追い風となっているのを確かに感じたのだ。
「これから色々と忙しくなりそうですね、サっちゃん」
「ちゃんと仕事するんやで、キーやん」
朗らかに笑い合う二人。
「さて、ではここで各鎮守府からのお便りを紹介していきましょう」
「おうコラ」
家須はどこからか取り出した“お便りボックス”なる箱をノートパソコンの横に置き、無作為に一枚の手紙を選び出す。
佐多もツッコミはするがその様子を眺めるだけで止めはしない。何だかんだで良い息抜きになっているのだ。
「では一通目。ドクター・カオス鎮守府の『サイキョ―カワイイ佐渡さま』さんからのお便りです。
『うんえーの人たちこんにちはー!』
はい、こんにちは。サイキョ―カワイイ佐渡さんはいつも元気ですね」
「こんちゃーす。子供は風の子元気な子って言うしな。元気なんはええこっちゃ」
「その通りですね。
『きょうはうんえーの人にしつもんがあります!』
おや、何でしょうね?」
「何でも答えたるでー」
「ははは。
『わたしたち艦娘は大人になれないんでしょーか? わたしは大人になりたいです! おしえて下さい!』
おっと、これは……」
突然始まったラジオのお便りコーナーの様な何か。
元々は家須が味気ない書類整理――特に各鎮守府からの問い合わせ――を、少しでも楽しいものに出来ないかと始めたものだ。
わざわざ各鎮守府に「ラジオのお便り風で」と通達までしたのだから驚きである。
佐多は当初「まーたアホな事しおってからに……」と呆れていたのだが、今ではすっかりと楽しんでしまっている。
今回の一通目はカオス鎮守府の佐渡からのお便りだ。
簡単な漢字しか使われておらず、字も綺麗に書けているとは言えない。しかし、佐渡が心を込めて一生懸命に書いたその手紙には、今の佐渡が抱える思いが宿っていた。
「大人に、か。それはまあ、気になるやろな。改装したら多少成長する艦娘もおるけど、子供から大人にってのは聞かへんな」
佐多はこれまで斉天大聖やヒャクメ、ワルキューレ等から上げられた報告を思い返し、艦娘の肉体的成長について考えを巡らせる。
艦娘は外見こそ人の形をしているが、その本質は軍艦が変じた妖怪――――付喪神に近い性質を持った存在だ。
他の妖怪と違い、付喪神は成長をしない。何故ならば
故に姿が変わらない。変えられない。
付喪神は
では、何故艦娘は多少なりとも肉体的に成長する事が出来るのか。
それは近代化改修を含む“改装”の効果である。
これは艦娘の器とも言える艤装の改装の事を指している――――という訳ではない。
器が変じれば、その付喪神は存在を維持できなくなってしまうからだ。
“改装”とは、
人間ではなく付喪神に近い艦娘は霊基構造――――言わば魂の設計図通りの姿をしている。
人間は肉体というある種強固な外郭がある為に霊基構造が多少変容しようとも外見的な変化は現れにくい。
しかし艦娘は霊基構造の変化イコール肉体の変化となる。
霊基構造の扱いは人間でなくとも難しい。多少の譲渡くらいであれば時間は掛かっても回復するが、渡し過ぎれば当然死んでしまうし、霊基のバランスを崩されては動く事も出来なくなる可能性がある。
故に艦娘の改装には多くの資材が必要となってくる。特に第二改装ともなれば、その数は膨大だ。
設計図やカタパルト等の特殊資材で霊基構造を変容させ、基本の四つの資材――燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイト――で変化した霊基に力を満たし、
それが第二改装――――“改二”である。
どうやら那珂は特殊資材を必要としないタイプであったらしく、消費される基本資材もそう多くはない。
そして本来であれば長門は特殊資材である設計図と余りにも膨大な数の基本資材を必要とするのだが、猿神鎮守府の長門は「知ったことか」と言わんばかりに、それら資材も宇宙意思の加護も無しに己の力だけで改二へと至るという、とんでもないことを仕出かしている。
深海提督が“チート”と言ってしまうのも仕方がないだろう。
「ん~、深海の方からもこういった事に関しては情報なかったみたいやし、調査・研究も他の事で手一杯やし、しばらくは我慢してもらおか。
回答は“検証中”っちゅー事で」
佐多は腕を組み、佐渡の問いに対する答えを出す。
家須もそれに異論はない。ないのだが、とある理由により佐渡の肩を持つ事にする。
「サっちゃんサっちゃん、サイキョ―カワイイ佐渡さんにも色々と切実な理由があるみたいですよ?」
「あん?」
「えーとですね。
『わたしもはるなさんみたいなキレ―な大人になって、てーとくのおよめさんになりたーい!』
……だそうです」
「あんらぁ~~~~~~!!」
家須から伝えられた佐渡が大人になりたい理由が余りにも微笑ましく、また可愛らしいものであった為、佐多は思わず女性的な声を上げてしまう。
「そうかー、そーいう理由かー!」
「こういうの聞いちゃうと何とかしてあげたくなっちゃいますよね!」
「せやなー! ……あー、でも予算は何とかなるとしても人が足らんからなー」
「問題はそこなんですよねぇ」
幼い少女の恋物語にテンションが上がったおっさん二人はその勢いのままに研究チームを発足させようとするが、予算はともかく肝心の人手が足りない事を思い出し、何とか冷静さを取り戻した。
「んー……まあ、これは今度の会議で議題に挙げてみよか」
「ですね。それが良いでしょう」
とりあえず今回は会議に持っていくに留める事とした様だ。
「っちゅーわけなんで、もうちょい待っとってなー」
「続報をお待ちくださいねー。……では、次に行きましょう。
パピリオ鎮守府から『比叡はそんなこと言わない』さんからのお便りです」
「何を言うたんやろな」
「さあ……? えー、と。
『運営の皆様お疲れ様です!』
どうも。比叡はそんなこと言わないさんも毎日お疲れ様です」
「お疲れさーん。パピリオんとこは子守もせなアカンからなー。元気なようで何よりやわ」
次に家須が取り上げたのはパピリオ鎮守府の比叡からのお便り。
文字からも本人の元気とやる気が窺える力強い筆致だ。
姉であるベスパと違い、肉体的にも精神的にも幼いパピリオが司令官を務める鎮守府で秘書艦をしている比叡の苦労を思い、佐多がほっと息を吐く。
そもそも何故ベスパではなくパピリオが司令官をしているのか。簡単に言ってしまえばそれがパピリオに課せられた修行だからである。
本人達の与り知らぬ所で様々な派閥の思惑が蠢いた結果、このような通常ならばあり得ない措置となってしまったのだ。
関わった者全員が「何でこんなことに?」と首を傾げたのは有名な話し。
実は某熾天使が何かしたんじゃないか? という噂がまことしやかに囁かれたが、本人は関与を強く否定している。説得力については……まあ、言うまでもないだろう。
とにかく、やんちゃでワガママなパピリオをお世話しているのが比叡だ。
そんな彼女がしたためたお便りの内容とは……?
「えー。
『最近司令が連れて来たペットのケルベロスの“ケロちゃん”についてなのですが……。
司令は賢いし大人しいから怖くないでちゅよって言うんですけど、やっぱりその……ケルベロスじゃないですか?
みんなでお世話するでちゅって言われても……正直な話、怖くてですね。
私達も気合い入れて頑張ろうと思うんですが、出来ればケルベロスの生態や飼育に詳しい方を派遣していただく事は可能でしょうか?
もしくは生態・飼育マニュアルなど送付していただければ幸いです。
どうかよろしくお願いいたします』
……OH」
「こらまた難儀やなー」
元気とやる気に満ちていた最初の方と比べ、最後の方は文字も小さく、“!”も無くなっている。どうやら相当参っているようだ。
「まぁあの犬種は身体も大きいし気性も荒いしで初心者には向いてないですよね。首も三つありますし」
「ちゃんと世話したったら主人には忠実でよく懐いてくれるんやけどなー」
魔界では人気の犬種なんやがなぁ、と呟く佐多。
残念ながら人間界でのケルベロスは恐るべき魔犬として恐れられているのだ。というか、魔界でも一般的に恐れられている存在である。
ケルベロスをそこらのワンちゃん扱い出来るのはそれこそ中級以上の神魔族でしかありえない。
「んー、ぶっちゃけワシらがすぐに使えてケルベロスの飼育に長けとる奴っちゅーたら、それこそパピリオの嬢ちゃんやからなぁ」
「うちにも動物好きの子がいますが、愛が強すぎて嫌われちゃうタイプなんですよね」
「ああ。おるなぁ、そういう奴」
ケルベロスの飼育について「うーん」と頭を悩ませる二人。
と、ここで家須が何かを思い付いたのか、自分のデスクに戻り、愛用のパソコンから過去の報告書のデータを漁りだす。
「何や何や、何か思い付いたんか?」
「ええ、確かヒャクメの報告書に……あった、これです!」
「んー?」
表示されたのはアシュタロスとの戦いにおけるヒャクメの報告書。
その中でもパピリオにペットの『ペス』として
「あー……っと? ケルベロスの近くの檻に入れられて? その後によこっちも同じ檻に? そん時に嬢ちゃんから色々聞いた?」
佐多は一瞬で報告書に目を通し、要点だけを抜き出して簡潔な言葉に置き換える。
二人は目を見合わせ、同時に頷くと。
「ヒャクメとよこっちを派遣しよう」
と、全く同じ内容を口にした。
「いやー、我ながら結構な名案じゃないですか、これ」
「せやな。ヒャクメの『眼』と調査・観察能力ならそこらの俄かブリーダーなんぞよりよっぽど信頼出来る。
よこっちは人外に好かれる性質やし、ケルベロスが暴れても
思い付きにしては中々の妙案に自画自賛する家須。佐多もそれに異論は無く、二人の能力ならば問題無しと判断する。
佐多はパピリオから「もっとヨコシマと会いたい」とせっつかれていた為、その不満も解消出来ると安堵の息を吐く。
「問題はどれだけの期間にするかやな。二人とも一鎮守府の司令官やし、あんま長いこと拘束は出来へんで」
「そうですねぇ……ま、そこら辺は会議でおいおい決めていきましょう」
「せやな」
佐多は家須の言葉に頷き、諸々の書類の作成は家須に丸投げすることにした。
ヒャクメはうちの管轄やないしな、とのこと。
「んじゃ、そういう方面で進めていくさかい、比叡はもうちょい我慢しといてや」
「話はなるはやで通しますのでね」
パピリオ鎮守府・比叡のお便りへの回答はそんな感じで落ち着いた。
その後も二人は次々と各鎮守府からのお便りを捌いていく。中には先の二件の様に会議で取り上げるべき案件もあり、息抜きのつもりが立派な仕事となっていた。
「……いやまあ、元から仕事は仕事なんやけどな」
「……? どうかしました?」
「いや別に」
少々の雑談を交えつつ二人はそれからもお便りの処理を続け、遂には最後の一通を残すのみとなった。
「ふう。これで最後ですね」
「ようやくやなー。キーやん、これ終わったら飯行こうや」
「そうしましょう。今日は仕事を任せっきりでしたからね、私が奢りますよ」
「おっしゃおっしゃ」
なんだかんだで一時間以上お便りコーナーを続けていた為、陽もすっかりと落ちてしまっている。
これが終われば飯だ! と二人は気合を入れて、
「ん、中々に強い念が籠っとるな」
「ええ。しかも何かビミョーに昏い感じというか怖い感じというか……」
オオオオオ……という擬音が聞こえてきそうなお便りを手に、二人は唾を飲みこむ。
「これだけの念……お猿んとこやろか」
「えっと……おや、よこっちの所からですね。『オーヨド・ザ・グラマラスグラス』さんからのお便りです」
「えらい珍しい……っちゅーか初やな、これ」
それは横島鎮守府からは初となるお便りであった。
一体どのような事が書かれているのだろうか。
「読みますよ。
『
どうも、お疲れ様です。……と、これは」
「あららHNがあんのに普通に名乗ってもうとるな」
「やはりこういうのは慣れが必要ですから――――おや?」
HNとして『オーヨド・ザ・グラマラスグラス』という意外とはっちゃけたものを付けているのに、本文ではそのまま本名を名乗っていることに苦笑が浮かぶ。……のだが、よく見ればHNの部分だけ筆跡が異なっている。
修正テープの跡もある事から、どうやら後から誰かがHNを改竄した様だ。
「誰かの悪戯みたいですね」
「おおう、かわいそうに……」
「ま、それはともかく内容の方を見ていきましょう。
『今回こうして筆を取らせていただいたのは、我らが司令官である横島提督について相談があるからなのです』
……ほほう、よこっちについて相談ですか」
「何やろなぁ」
とりあえず今回の所は悪戯をスルーし、内容の確認へと移る。
佐多は口では疑問を呈しているが、その頭の中ではいくつか可能性が高いものをピックアップしており、その中から更に二つに絞りこんだ。
煩悩に関する事か、恋愛に関する事か。この二つだ。
この二つは一纏めに出来そうであるが、今回の場合の煩悩関係とは風呂や着替えを覗いたり、飛び掛かったりすることに当たる。
そしてヒャクメや斉天大聖からの報告も合わせ、佐多は片方に当たりをつける。
「えー。
『というのも、提督と一部艦娘の恋愛事情についてです』
……おっほ」
「やっぱそっちやんなー」
予想が的中し、佐多は何度も頷く。
ヒャクメに因れば着替えや風呂の場合、横島好みのチチシリフトモモを持った大人の艦娘には必ず駆逐艦娘が同行しており、もし覗きを行おうものなら年上や同年代だけでなくロリっ子達の裸まで覗いてしまう事になる。
他の艦種はともかく、駆逐艦娘を覗くなど絶対に許されない行為だ。(当然ながら全ての艦種に於いても許される行為ではありません)
故に横島はリアルに血涙を流しつつ覗きを我慢しているのだ。
……ちなみに、であるが。
横島は一度天龍・金剛・川内・響・不知火・深雪というイカレたメンバーに風呂に連れ込まれ、そこを加賀・扶桑・叢雲・夕立・時雨・電というヤベー奴らに救出された……という事件があった。
その際に何を見たのか……以来、横島は一部の駆逐艦娘に対して
それを踏まえてお便りの続きを見ていこう。
「それで、と?
『つきましては、横島提督と一部艦』――――ブフォッ!?」
「……!? ど、どないしたんやキーやん」
家須はお便りを読んでいる最中に突然噴き出し、ゲホゲホと咳き込む。そんな家須の背を擦ってやり、佐多は家須にどうしたのかと問う。すると、家須はお便りを差し出し、ジェスチャーで読む様に促した。
「……? 何や怖いな……。えーっと?
『つきましては、横島提督と一部艦娘に』……ぉぉぅ」
噴き出しこそしなかったが、佐多も途中で呻きを上げる。どうにも予想外にも程がある内容が書かれていた様だ。
「……『横島提督と一部艦娘に媚薬を盛りに盛って、適当な部屋に何日間か軟禁したいのですが、その許可をいただけますでしょうか?』
……何が……何があったんや、大淀……?」
「びっくりですよね……あの大淀さんがこんな事を言い出すとは……」
大淀は以前から横島と艦娘達の恋愛について色々と心労を抱えていた。それが先の『横島お風呂連れ込み事件』によって爆発してしまったのだろう。もう考えるのが面倒くさくなって最終手段に手を出そうとしている。
しかし生来の生真面目さからか、それともまだ正気が残っているのか、行動に移すのは家須達から許可を貰ってからにしようとこうしてお便りを出したのである。
……むしろ許可を貰おうとしている時点で正気は失われているのかもしれない。
「まあ……ワシは別に許可したってもええけど……」
「これ、逆にめちゃくちゃな軋轢を生みますよねぇ……?」
自由恋愛の先にハーレムが形成されるのは全然構わないが、流石に薬を使ってなんやかんやさせる事は許可出来ない。二人で意見を出し合い、大淀を落ち着かせるにはどうしたらよいものかと頭を悩ませる。
「んー……
「そう簡単にいきますかね……? むしろ争いが激化しそうなものですが……」
どうやら彼等には完全な解決に至る訳ではないが、それでもある程度の抑止力にはなりそうな案が存在するらしい。
「あー、
「やっぱり特別な物ではありますからね」
「でも『あんまメチャクチャしよったらよこっちからの好感度が下がるでー』って言ったら大人しならんかな?」
「……んん˝~~~~~~……」
何とも悩ましい問題である。事が事だけに完璧な解決法など存在しないのかもしれない。
「……とりあえず、こっちでも色々考えるから早まったマネはせんように……っちゅーことでひとつ」
「結局は問題の先送りにしかなりませんが……まあ、諦めてもらいましょう」
考えすぎて頭が回らなくなった二人は、問題を先送りにすることを選択する。あまり取りたくない手段ではあるが、仕方がない事でもある。
大淀もこうしてお便りを出すくらいには冷静さを保っているのだ。多分恐らくきっともうしばらくの間は耐えてくれるに違いないはずだと思うのだ。
家須と佐多はそう
「……しかし、あのシステムのデータは欲しいよな」
「それは確かにそうですが……今は無理でしょう? 斉天大聖の所は条件を満たしてますけど、それを実行出来るかどうかはまた別問題ですよ?」
「そうなんやけどなー」
佐多はあのシステムとやらに強い関心があるらしく、どうにかして研究を進めたい様であった。
そのシステムは艦娘達の世界には存在せず、こちらの世界で造られた司令官と艦娘の為のシステムである。
深海棲艦との戦いが劇的に変わる訳ではないが、心身ともに
「……あ、確か試作品で条件がめっちゃ緩いやつあったやろ? あれ使えへんかな?」
「条件が緩い……ああ、あれですか。練度が七十以上あれば使えるけど、他の効果は素と比べて誤差程度の」
「そうそう」
「結局よこっちの鎮守府じゃ使えないじゃないですか」
「ちゃうちゃう、あれを使わせるんはよこっちんとこやないんや」
「……?」
何かを閃いた様子の佐多。その顔は、どことなく悪戯っぽい表情を浮かべて……というかむしろ、邪悪と言っても差し支えのない表情であった。
――カオス鎮守府・執務室――
午後の日差しが差し込む室内にて、榛名は一人書類の整理を行っていた。
珍しく他に誰もいないせいか、ペンが走る音がやけに大きく響いて聞こえる。
と、少し休憩を入れようと両手を伸ばし、大きく息を吐いたところでノックの音が響いた。
「はい、どうぞ」
「失礼するであります。――――おや、榛名殿だけでありますか」
「あら、お疲れ様ですあきつ丸さん」
入室してきたのはあきつ丸であった。彼女は室内を見回し、目当ての人物が居なかった事に少々残念そうな声を上げる。
「うふふ、提督はマリアさんを連れて工廠に籠ってますよ」
「むう、またでありますか。書類の整理を榛名殿に押し付けて、ダメな提督殿であります」
頬を膨らませて怒りを露にするあきつ丸。しかしそれはどちらかと言えば自分が放っておかれたことに対する不満にも見える。ぷんぷん丸だ。(?)
「いえ、八割方は提督が終わらせましたよ。残っているのは簡単なものだけです」
「それなら良いでありますが……自分も手伝うでありますよ?」
「んー……それじゃあ、またお願い出来ますか?」
「もちろんであります。手早く片付けるでありますよ」
そうして再び、執務室に静かな時間が訪れた。会話は無いが、そこに気まずさなどは存在しない。
遠く、海の方から聞こえる砲撃訓練の音。グラウンドからは走り込みをする艦娘達の声。室内にはただ静かにペンが走る音。
今まで何度も同じ様に時を過ごした。今では二人ともこの時間が存外気に入っている。
それから一時間と少し。二人係で取り組んだ書類との格闘も終わりを告げる。
「んん~~~、思ったよりも早く済んだでありますな」
「あきつ丸さんが手伝ってくれたおかげです」
「いやいや、何の何の!」
書類整理を終えたあきつ丸が伸びをする。制服に包まれているにも拘らず、その巨大さを存分に主張する二つの凶器がより一層誇張される。
もしここに横島が居れば視線どころか顔面があきつ丸の胸に吸い寄せられていた事だろう。
「ふむ。そろそろおやつの時間でありますな。お茶の用意をするでありますよ」
「あ、ありがとうございます」
こうして見ると仲の良い二人であるが、実は二人は
と、ここで榛名の眼前に光球が生まれ、そこから一通の手紙――――
「あら、これは……?」
「
用意したお茶と大福をお盆に乗せたあきつ丸が横から覗き込む。
あきつ丸はお盆を執務机に置くと、榛名の後ろに回り込んで肩越しに手紙を見やる。
二人の顔は近い。互いの頬が触れ合いそうな距離だ。二人共その距離感に何の疑問も抱かないまま榛名は手紙の封を切り、中身を取り出す。
そしてそのまま内容を読んでいき――――二人の息が、止まった。
「……」
「……」
たっぷり五分間程呼吸が止まっていた二人であるが、そこで思いだしたかのように空気を吸い込み、盛大に噎せながらも何とか窒息死せずに済んだ。
「げほっ……ま、マジでありますか……」
「は、はわわわわ……」
まさしく呼吸が止まる程の驚愕を味わった二人。二人の視線はとある部分に縫い留められたように集中して離れない。
先ほどまで呼吸が止まっていたせいか、現在荒い呼吸をしているせいか……それとも他に
『“ケッコンカッコカリ”システムの導入について』――――。
第五十五話
『家須と佐多の情報整理』
~了~
お疲れ様でした。
そんな訳で一つ目の鎮守府はカオス鎮守府です。
おのれカオスめ……お爺ちゃんなのにモテてるじゃないか……。
次回以降現在のカオスやマリアがどういった状態なのかにも触れていくことになるかと思います。(予定は未定)
横島とマリアのデート回も……あるかな?
『横島お風呂連れ込み事件』はどうしようかな……描写するべきかな?
それではまた次回。