今回はちょっと意外なキャラの名前が出てくることになりそうです。
それではまたあとがきで。
横島は艦隊が帰ってくるまでの間に、先の演習を何度も思い返していた。
演習の内容……その
まず初撃。鳳翔と翔鶴による航空攻撃による被害はとりたてて語ることはない。問題はその後からだ。
比叡の回転チョップ。あのタイミングで全員が回避しきるとは横島には到底思えなかった。かなり無駄な動きを取っていたが、それだけに威力は抜群。まさか、その余波を受けても全員が無傷で済むとは思わなかった。
加えて間髪入れずに放たれた摩耶の回転ドロップキック、“摩耶様ドライバー”だったか、あれが炸裂した時、横島は更に数人の中破・大破を覚悟した。それだけの密度の霊波の爆発を引き起こしていたのだ、摩耶という艦娘は。
見た目の派手さに負けぬ威力の爆発。そして避けようのないタイミングであったはずの攻撃。しかし、実際には吹雪のみが小破するという結果に終わる。
更にその後。扶桑と吹雪が摩耶・鳳翔と戦い、
極めつけには扶桑が摩耶を一撃で下したことだ。いくら扶桑の霊力が強いとはいえ、それで摩耶の防御を簡単に突破出来るとは到底思えない。それだけ地力に差があった。
吹雪にしてもそうだ。確かに吹雪には鷹の眼と称することが出来るほどの空間認識能力がある。狙撃も得意な方だ。しかし、だからと言って
相手を一切見ることなく、相手の足にピンポイントで砲撃を当てるなど、今の吹雪では到底不可能であるはずなのだ。
最後に付け加えるならば、扶桑が大破した途端に皆が続けざまに倒されたことだろうか。格上相手にそれまで持ちこたえることが出来たというのに。
「……」
そこまで考えた横島の脳裏に、扶桑のある言葉が浮かび上がる。
――――私は忠夫さんの傍にいる限り――――世界一の“幸運艦”なのよ。
「……
バカバカしい話だ。バカバカしい話であるが、“運が良かった”……というのは間違いではない。
運良く攻撃を躱せた。運良く被害が最小限で済んだ。運良く相手を捌けた。運良く相手を倒せた。摩耶を倒せたのはつまり“運が良かった”からに他ならないからだ。
扶桑は霊力制御の一環として横島に言霊を習っている。そのせいか、扶桑はここぞという時に望外の幸運を発揮するようになっていた。
「……今回もそれか? 最後に長波にワンパン大破されるところもそれっぽいし……」
ぶつぶつと己の考えを小さく零す横島であるが、その思考は途中で中断された。艦隊が帰還したのだ。
せっかくだから、というわけでパピリオと一緒に扶桑達を労いに行く横島。扶桑は最後で失敗したことにより何度も頭を下げてきたが、横島の笑顔とナデナデ(頭)によって瞬時に笑顔を取り戻した。
「まさかこのご時世にニコポとナデポを見るとは思わなかったでちゅ……」
「何だそりゃ?」
「いや、いいんでちゅ。ヨコシマはそのまま大きくなってくれればいいんでちゅよ」
「何目線なんだそれは……?」
何だかとっても優しい笑顔のパピリオに首を傾げる横島であったが、もう一つ分からないことがあった。
横島達は席に戻り、視線を管制室の隅へと向ける。そこにはとても落ち込んだ様子で体育座りをし、鳳翔や翔鶴、摩耶に慰められている比叡の姿があった。
「何であの子は帰ってくるなりあんなに落ち込んでんだ?」
演習で勝利を掴んだのは言わずもがなパピリオ艦隊の方だ。ならば一体何故こんな風に落ち込んでいるのか。
「いや、それがさ。提督からのお仕置きが確定したってんでこんな風になっちゃってるみたいでさ」
「お、っと。君は確か、長波?」
「おうよ、よろしくな」
横島の声ににかっと笑みを浮かべて挨拶を交わす長波。どうやら姉御肌な性格の持ち主らしく、比叡へのお仕置きは勘弁してやってほしいと交渉に訪れたようだ。
「うーん、でもでちゅねー」
「いーじゃんかよー、ちょっとくらい。演習で提督にいいとこ見せようとちょっとヒャッハーしただけじゃんか。隼鷹さんなんか四六時中ヒャッハーしてるじゃんか」
「あー、それを言われると……いや、でもでちゅね……」
パピリオは“隼鷹”なる人物を思い起こし、その普段からの様子に迷いを見せた。横島はそんなパピリオを見、四六時中ヒャッハーしているという情報から“モヒカンでサングラスをかけたトゲトゲ肩パッドのマッチョ艦娘”を想像する。
『隼鷹でーぇすぅー、食料と水をよこしなぁ!! ヒィャッハアァーーーーーー!!』(バイクを乗り回しながら)
「いやまさかな」
ぷるぷると頭を振り、バカな妄想を振り払う。
横島は落ち込んでいる女の子は見たくない。それはそれで可愛いと思ったりもするが、率先して見ようとは考えていないのだ。本当に考えていない。本当だぞ。
なので、ここはパピリオの説得に回ることにした。
「ほら、比叡も反省してるみたいだしさ、今日のところは俺に免じて……」
「ヨコシマがそう言うなら仕方ないでちゅ」
なんだそりゃ、と横島達の様子を窺っていた皆はずっこけた。これも鶴の一声、と言えばそうなのだろうが、パピリオの艦娘達は自分達の苦労は一体と落ち込まんばかりである。
パピリオはそんな自分の艦娘達はスルーしつつ、席を立って比叡のところに向かうと、腕を組んで仁王立ちしながら今回の沙汰を告げる。
「あー、あれでちゅ。私も少し大人気なかったでちゅからね。今度の金曜日のカレー、ヒエイが作ってくれたらそれで許してあげまちゅ」
「……本当ですか!?」
「ハンバーグと目玉焼きも付けてくれたらいいでちゅよ」
「付けます付けます! ありがとうございます提督ーーーーーー!!」
比叡はヒエエエと泣きながらパピリオにしがみついた。どうやらパピリオのお仕置きとやらは相当に恐ろしいものらしい。横島も自分がパピリオのペットだった頃を思い出し、「そーいやあの頃のパピリオは怖かったなー」などと述懐していた。
「……んで、何やってんだよじーさん?」
横島は懐かしい思い出を振り切り、ちらりと視線をカオスへと向ける。
カオスはお茶を思いきり噴き出しゲホゲホと噎せ、榛名に背中を擦られていた。よく見ればその榛名も少々顔色が悪いことに気付く。
「い、いや……嬢ちゃん、ちょっと聞いていいかの?」
「んー? 何でちゅかおじいちゃん?」
立ち直ったカオスは丁度横島の隣の席に帰ってきたパピリオに質問をぶつける。それはどうしても聞いておかねばならないことだ。
「嬢ちゃんのとこの比叡は……料理が得意なのか?」
果たして、カオスの口から出てきたのはそんな何でもないような世間話に該当する質問。しかし、カオスの……というか、カオス鎮守府の全員が物凄く真剣な表情でパピリオの答えを待っており、その様子に場の空気がどんどんと重くなっていく。
パピリオは何故そんな空気になっているのかがまるで理解出来ず、首を傾げながらも正直に答えることにした。
「うちのヒエイはお料理がメチャクチャ得意でちゅよ? そもそも今回の演習メンバーはみんなヒエイの料理の教え子なんでちゅ」
「何と!?」
「ほ、本当ですかっ!?」
それはカオス達にとってあまりに衝撃的な答えだったのか、思わず立ち上がってしまう程に驚愕している。そのとっても失礼な反応に横島はカオス鎮守府の比叡の料理の腕の程を察し、カオスに確認を取る。
「……じーさんとこの比叡はそんなに料理下手なのか?」
その質問に、カオス達は青い顔をさっと背けることで答えた。「そんなにか……」と聞いたことをちょっと後悔してしまう程に彼らの顔色は悪い。
「ちなみに得意料理は?」
「んーと、和食の……カイセキ? でちたっけ。それが一番得意みたいでちゅね」
「マジか、意外だな」
人は見かけによらないとはこのことか。
比叡は傍から見る限りかなり騒々しいタイプの性格の持ち主であるようだが、まさか繊細さの極致とも言える懐石料理が得意だとは誰も思うまい。
「でも私はあんまり好きじゃないんでちゅよね、カイセキって。味が薄いんでちゅよ」
「あー、分かる分かる。俺も昔はそうだった」
横島はパピリオの言葉に頷く。横島も食べ盛りの青少年。どちらかと言えば濃い味付けの方が好みである。しかし、上司である美神が機嫌が良い時に連れて行ってもらった店で懐石料理の美味しさ、味わい方を知ったようだ。
「……ちなみに他の鎮守府の比叡はどんな感じなんだ?」
先程の話から察するに、やはり同じ艦娘と言えども個人的な差というものは存在するようだ。ここまで極端な例は珍しいだろうが、とりあえず横島は他の鎮守府の比叡も気になったので聞いてみることにする。
「私のところの比叡は可もなく不可もなく……どちらかと言えば苦手な方か。よく火加減を間違えたりしているな」
「うちの比叡は得意な方なのねー。と言っても、料理上手な艦娘達に比べたらまだまだだけどね?」
今のところ全く同じということはないようである。こうなってくるとまだ見ぬ己の鎮守府にやって来る比叡の料理の腕はいかほどなのだろうか。
「そんで、老師んとこの比叡はどんな感じなんだ?」
「ふむ……あまり評判は良くないが、ワシを含め一部にファンがおる。……時々、個人的に作ってもらっとるんじゃ」
どうも猿神鎮守府の比叡が作る料理はかなりエスニック色が強いらしく、一部の者以外には残念ながら不評であるらしい。
しかし斉天大聖は比叡の料理に何故か懐かしさを覚えるため、定期的に料理を作ってもらっているようだ。
斉天大聖は猿神――――インド神話に於けるハヌマンと同一視されることもある神であるため、それが影響しているのだろう。
「それはそうと、いよいよ次はワシの艦娘達との演習じゃ。覚悟は良いか?」
斉天大聖の言葉にあまり見つめたくなかった現実を突きつけられる。彼の艦娘達の練度は全員が最高値。そこだけを見ればマリアが六人編成されているようなものである。
もちろん個々人の力量には差があるだろうが、練度差の暴力というのは中々に覆しがたいものがある。
気が付けば斉天大聖は通路に立っており、その背後には彼に付き従う六人の艦娘達が横島を見つめていた。
「これがワシの艦隊じゃ」
旗艦に戦艦“長門”、以下戦艦“
長門以外が海外艦となっており、五人の美しい金色の髪が目に眩しい。
「ふふふ。長門も含め皆見目麗しく、ナイスバディの持ち主。確か……お主は金髪美女が好きじゃったな?」
「……ああ、それが?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、斉天大聖が横島に問う。その問いに対し肯定を返した横島に向けて――――。
「――――羨ましいじゃろ?」
「――――ぶっ殺す……!!」
嘲笑を浮かべ、見事なまでにケンカを売った。
「放せ、ベスパッ!! ワルキューレッ!! あの猿はっ!! あの猿だけはーーーーーーっ!!!」
「いいから落ち着きなって!!」
「こんなことで命を捨てるのかお前は!!」
斉天大聖の挑発に見事なまでに釣られた横島は彼に殴りかかるが、ベスパとワルキューレに抑えられる。流石の横島も上級魔族二人は振り払えないのか、それとも二人の身体が密着しているから振り払いたくないのか、ともかくもがきながらも抑え込まれていた。
斉天大聖はそんな横島の様子ににんまりとした笑みを浮かべる。
「ふふふ、ぶっ殺すと来たか。そこまで言われてしまってはワシも拳で抵抗するしかないのう。最近はワシの方も身体が鈍ってきておったしの。
「……!!?」
横島は斉天大聖の言葉に衝撃を受ける。そう、全ては横島から言質を取るための行動。
現在横島は美神や小竜姫だけでなく、斉天大聖の弟子という扱いになっている。斉天大聖にとっても横島は新しく出来た将来が楽しみな逸材だ。
なので、何かと理由を付けては横島を鍛えようとするのである。
横島は愕然と膝を着き、がっくりと床に項垂れる。
「は、嵌められた……!!」
「これで何回目なのねー?」
どうやら横島は今までにも同じような目に遭ったことがあるらしい。強くなっても、頭の回転が速くなっても、こういう時にお約束が働いてしまうのは彼らしいと言えよう。
「ほれ、いつまでも這い蹲っとらんでシャキッとせい。せっかくウチの艦娘達が挨拶に来とるんじゃから」
「誰のせいだと……!! いや、もういいや。美女達との新たな出逢いに比べれば全ては些末事……」
「……どーやらまだショックからは抜け出せていないようでちゅね」
微妙に遠い目をしながらも横島は立ち上がり、通路に立っている猿神艦隊の女性達と向かい合う。
まず一歩進み出たのは黒い長髪が美しい日本の艦娘。斉天大聖の秘書艦、長門だ。
長門は横島に微笑み、良く通る声で挨拶を交わす。
「お初にお目に掛かる、横島殿。貴方のことはよく老師から話を聞いている。私は長門。老師の秘書艦を務めていて、好きな男性のタイプはヤンチャで腕白な少年か、大人しく儚げな少年だ」
「ああ、よろし――――ん? んん?」
おかしい。今、自己紹介に何か余計な装飾が施されていたように思える。ショックがまだ抜けていないのかと横島は己の脳を疑ったが、考えを整理する前に次の艦娘が同じように一歩前に出る。
「私はウォースパイト。よろしくお願いしますね、Mrヨコシマ。
ウォースパイトさんは柔らかく、とても優しい笑顔と声音でそんなことをおっしゃいました。
大丈夫、まだ慌てるような時間ではありません。三度目の正直という言葉が日本には存在します。次の……次の艦娘ならきっと何とかしてくれる。
「余はネルソン。ナガートと同じビッグセブンの一角にして、本国の旗艦としてその存在を世界に刻んだ艦だ。余に相応しい男は常に
どうやら二度あることは三度あるらしく、横島の希望は儚く散ってしまったようだ。
これはもう
――――男を紹介してくれ。
つまりは、そんなところだろうか。
家須曰く、猿神鎮守府の艦娘は実力は全鎮守府中最強であるが、その割には士気が低い。その理由は彼女達を率いる提督がゲーム狂いの猿爺であるから。
彼女達はこう思ったのだ。せっかく今度はヒトとして生まれたのだから、素敵な恋がしてみたいと。そしてその結果が猿爺だ。
せめて……せめて外見だけでも人だったら……。
カオスとその秘書艦・榛名を見た彼女達の衝撃はどれだけの物であっただろうか。それ以前に、横島と横島鎮守府の艦娘達との仲睦まじい様子はどうだっただろうか。
きっと、嫉妬パワーはとんでもないことになっているだろう。正直色んな意味で戦いたくないと横島は思う。
「私はビスマルク。自分で言うのもなんだけど、私は美しいでしょう? だからこう、普通の男性よりも重厚な……年を重ねた男性が好みかしら」
ついに名前以外の部分が男の好みになってしまった。
横島は彼女達が男に飢えているというのに自分に全くと言っていい程反応しないことに、人知れず胸が張り裂けそうなほどのダメージを受けている。
しかしこれには一応の理由があり、
実は横島は長門の好みの範疇にギリギリ収まっている。この『NTR、ダメ、絶対』というルールがなければ、少々危なかったかもしれない。
次に前に出たのは横島とそう年齢が変わらなさそうな美少女。微笑む姿がとても可愛らしいが、彼女も横島には何の反応も示していない。
「私は重巡のプリンツ・オイゲンです! よろしくお願いしますね、ヨコシマさん」
にっこりとした笑顔で元気よく挨拶をするプリンツは、まさに天真爛漫といった風情だ。見ているだけで己も笑顔になりそうな、そんな空気を放っている。
しかし横島は知っている。この後に男の好みを言って自分が浮かべている笑顔を消失させてくるということを。
「好きなタイプはですねー。えへへ、俳優の近畿剛一君です」
その名前を聞いた横島の顔からは一切の表情が消えてなくなり、すっと背を向け。
「五分ほど席外します」
と言って、皆が止める間もなく管制室から出ていくのだった。
「え……あ、あの、私ヨコシマさんに何か失礼なことを……!?」
プリンツは横島の豹変ぶりに思い切り動揺し、頼れるお姉さまのビスマルクや横島の艦娘達、そして提督達に涙目で問う。
まあ、失礼なことをしてしまったかと聞かれれば、誰もが失礼なことをしていたと言うだろう。当然プリンツだけではないが。しかし今までの横島を知っている者達からすれば、今回の横島の行動は聊か疑問が浮かんでくる。
パピリオやベスパ、吹雪や金剛達などが横島を呼び戻そうと席を立った次の瞬間、その場の誰もが驚くほどの霊力の奔流と哀しき漢の叫びが聞こえてくる。
「ちくしょおおおおおおお~~~~~~っ!! ちっくしょおおおおおお~~~~~~っ!!!」
漢は哭いていた。出てきた人物の名前がまさかの人物であったが故に。またも貴様が持っていくのかと。やはり美形は許されない。
「ぬ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ちぃっくしょおおおおぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」
その哭き声は管制室を揺らし――どことなく某緑色のセミっぽい人造人間を彷彿とさせる叫びに秋雲が笑いを堪えているが――きっちり五分後、横島はとっても“スッキリ”とした顔で戻ってきた。“スッキリ”という効果音も出ているので間違いない。
「フゥ~~~スッとしたぜ。おれはチと荒っぽい性格でな。激昂してトチ狂いそうになると泣き喚いて頭を冷静にすることにしているのだ」
「いきなり妙な設定を生やすのはやめなさいな。……あとあんたがやるなら王子の方じゃないの?」
霞の呆れたようなツッコミが微妙だった管制室の空気を動かす。横島は懐を探りながら元の位置に戻り、頭を下げてくるプリンツを手で制する。
「すみません、失礼なことを言ってしまいまして……」
「いやいや、別にそういうことじゃなくてだな……。それより、この写真を見てくれ」
ようやく目当ての物を見つけたのか、横島は懐から一枚の写真を取り出し、プリンツへと渡した。そこに写っているのは肩を組んで笑い合う二人の少年。
一人は目の前の横島忠夫。そしてもう一人は――――近畿剛一だ。
「え……えぇっ!? 近畿君!? 何で、どーしてこんな写真が……!?」
「ああ、銀ちゃん……近畿剛一なんだけど、実は俺の幼馴染でな。その写真は前に会った時に撮ったんだよ」
「近畿君と幼馴染!?」
横島の情報にプリンツを始めとした猿神艦隊の女性陣、そしてイケメン俳優とコネがあると知った一部の他鎮守府の少女達。
写真と横島を交互に見るプリンツは最初は驚愕を浮かべていたが、それも徐々に期待へと変わっていく。横島もそれを承知しているのか、何回か頷き、プリンツが望んでいるだろう事を告げる。
「一応紹介はするけど、あんまり期待はしないでくれよ? 銀ちゃ……近畿剛一も俺に女性関係とかそういうのは一切話してくんねーし、もしかしたら既に彼女とかいるかも知んねーからさ」
「は、はい! 充分です! ありがとうございますヨコシマさん!!」
プリンツは舞い上がらんばかりに喜んでいる。彼女から発せられる霊波も幸せでいっぱいだ。その分、隣のお姉様方の霊波は嫉妬で染められていっているのだが、幸せいっぱいなプリンツにそれが届くはずもなく。
プリンツは長門や最後の艦隊最後の一人であるグラーフ以外の三人からほっぺたを突かれまくるのであった。
「あぶぶぶぶぶぶ」
「ふふふ、良かったじゃないのプリンツ」
「上手くいくといいですね、プリンツさん」
「末永く爆発するように祈っておいてやるぞプリンツ」
……何だかんだ応援はしてくれるようだ。
「ところで、何で近畿剛一を知ってんだ? まさか、こっちの世界にもいるとか?」
このゲームの世界と横島の住む世界は別のはず。ならば近畿剛一も知らないはずなのだが、その理由はいたってシンプルであった。
「ああ、それならワシがこっちに来る際にゲームだけでなく漫画やアニメ、ドラマに映画、それからアイドルのCDなんかも持ってきたからじゃな。特に“踊るゴーストスイーパー”シリーズは皆に好評じゃ」
「あ、なるほど」
斉天大聖の説明に横島はぽんと手を打つ。考えてみれば自分もジェームス伝次郎のCDを持ってきたのだ。ならばDVDを持ってくるのも可能であろう。
横島が納得を示し、一瞬の間が空いたことで、遂に最後の艦娘が一歩を踏み出す。
「……ふう。オイゲンだけで結構な時間を使ってしまったな。私はグラーフ・ツェッペリン。……本来ならここで男性の好みを言うのが正しいのだろうが……」
「全然正しかねーからな?」
「天龍ちゃん、空気読みましょうねぇ?」
「……後で少々時間をもらっても良いだろうか? 少し、相談したいことがあるのだ」
「え、俺に?」
真面目な恋愛相談など横島に乗れるか怪しいにも程があるが、それでもグラーフは藁にも縋る思いで横島へと頼んでいるのだろう。
横島は不安そうにしている美女の頼みごとを断れるような精神は持っていない。非情に癪ではあるのだが、目の前の美女が意中の相手と結ばれるように相談に乗ることを決めた。
本当に好きな相手がいるのなら、その人と結ばれるほうが絶対に良い。
「分かった。それじゃあまた後で」
「……礼を言う。ありがとう、ヘル・ヨコシマ」
これで一応は全員の自己紹介が終わったことになる。
次は横島達の艦隊の選出だ。目の前の六人の美女美少女はそれぞれが規格外も規格外。横島は彼女達の
特に――――長門。
彼女の霊力は金剛よりは小さい。だが、横島は長門にどこか得体の知れなさを感じていた。果たして、
横島は天井を見上げ、考えを纏める。ここは最強の布陣で迎え撃とう。確実に負けるだろうが――――それも経験である。
「……天龍、出れるか?」
「へっ、当然だぜ!」
まずは現状の最高戦力、軽巡の天龍。
「金剛、本当は色々と慣らしてからにしたかったけど出てもらっていいか?」
「勿論デース! 提督の
次に、同じく最高戦力の金剛。破壊力とデタラメさは随一だ。
「扶桑さん、連続になるけどお願いします」
「はい、提督。きっと期待に応えてみせます」
次に扶桑。実力もそうだが、彼女に関しては気になることもある。その検証も兼ねての抜擢だ。
「加賀さん、開幕に強烈なのぶちかましてやってください」
「ええ。……これが最後。気分が高揚してきたわ」
横島鎮守府最強の空母、加賀。気合も十分漲っており、気後れするようなことはないだろう。
「那珂ちゃん、また
「はーい! アイドルはファンの期待に応えなきゃだよね。那珂ちゃん、頑張りますっ! きゃはっ☆」
更にアイドル艦(?)、那珂。彼女は走・攻・守のどれもが高いレベルで纏まっており、横島から霊力の指導を受けてからは更に実力を向上させている。
「そんで最後。旗艦は――――叢雲、お前だ」
「……え? わ、私……っ?」
名前を呼ばれたのは叢雲。自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、動揺を露にし、横島、そして周囲に視線を向ける。
「な、何で私なのよ? 駆逐を入れるなら夕立とかの方が近接では強いし、遠距離なら吹雪とかが狙撃上手いし……打撃なら、最強の電がいるし……」
「ん、まあ確かに訓練とかでも夕立の方がスコアは上だったし、吹雪はさっきも活躍してたしな。電はもう言わずもがなだし」
「……っ」
「――――でもな」
自分で言ったことではあるが、叢雲は悔しそうに唇を噛む。
しかし、今の叢雲にその様子はない。落ち込んでいる……つまりは自信を喪失してしまっているのだ。
横島からは自分達が最弱であると聞いてはいた。しかし、自分達には天龍がいた。デタラメの化身と言っても良い程のデタラメさを誇る天龍の強さ。後に彼女を超えるデタラメさの金剛が現れたが、それでも叢雲の中で天龍というのは強さの象徴であったのだ。
それが、あっさりと敗れ去った。天龍の力を自分達の力と見ていたわけではないが、それでもああまで手も足も出ないとは考えもしなかった。
油断、慢心、あるいは錯覚。叢雲は高くなっていた鼻をポッキリと折られてしまったのだ。
叢雲の霊力は強い。かと言って最強ではないし、横島鎮守府でも上は何人もいる。駆逐艦に限定してもだ。それでも戦闘となれば彼女は上から数えたほうが早い程に強かった。叢雲はプライドの高さに釣り合う実力を持っていたのだ。
しかし、その実力はまるで通じず。防御すら何の意味もなかった。
叢雲の状態は以前の曙に似ている。自分が弱いのだから、強い者を代わりに出せばいいと、そう思っているのだ。
――――だが、横島が今回叢雲に求めているのは“戦闘力”ではなかった。
「――――でもな、俺が一番頼りになるのはお前だって思ってる」
「……え」
横島は叢雲と視線を合わせ、そっと語る。
「確かに戦闘力は上の奴が他にいるけどな、咄嗟の判断力や指揮能力、作戦能力なんかはお前が一番だ」
「な、何を……?」
叢雲は狼狽えてしまう。信頼の籠った瞳や声、横島の言葉に叢雲は思考を鈍らせながらもそれを鮮明に心に刻み込んでいく。
「さっきのマリアとの戦いもそうだ。みんながやられた時に、自分を囮にして天龍達に攻撃を任せたり。戦力を正しく把握して、作戦を立案し、すぐさま行動に移る。……あの時も言ったけど、中々出来ることじゃない」
「……」
「お前の言葉に天龍も電も従った。お前の言動には力があるんだ。叢雲は叢雲にしかない才能を持ってる。みんなを纏め、動かすカリスマ性――――リーダーシップだ」
横島のその言葉は叢雲だけでなく、横島鎮守府に所属する全ての艦娘に届いている。そして、皆はその言葉に頷いた。
叢雲と一緒に海域に出撃した時、いつの間にか叢雲が皆を引っ張っていることが多い。皆が彼女の言葉に奮起し、戦い抜く。それは時に、旗艦を超える皆の道標となることもあるのだ。
それが横島が叢雲に求めている“力”――――リーダー足りえるカリスマ。
「俺らはまだまだ練度が低いからな、戦闘力なんかこれからいくらでも身につく。でも、お前は今の状態でもそれを超える力を持ってんだ。だから俺はお前を一番頼りにしてるし、今回も選んだ。……これが理由だ」
「……あ……う」
横島の言葉は上手いとは言えない。しかし、だからこそ叢雲には真摯に心に響いた。横島の言葉が、叢雲の心を解していく。
「提督の言うこと分かるなー☆ 叢雲ちゃん、すっごく頼りになるもんね!」
「な、那珂っ?」
そして、何も叢雲のことを頼りにしているのは横島だけではない。
「ま、そーだな。俺も何回か叢雲に尻拭いしてもらってるし。頼りになるのは間違いねーぜ」
「少し自分の身を軽く見がちだけれど……そうね。私達の纏め役はあなたが適任よ」
「みんな、違う役割を持っている。私には出来ないことも、あなたには出来る。叢雲、あなたといると心強いわ」
「あ、あんた達……」
次々に声を掛けてくる艦隊メンバー。そのどれもが真摯な輝きを放っていて。言葉に込められたその想いに、叢雲は不覚にも涙ぐんでしまう。
「ヘーイ、叢雲」
「金剛?」
金剛が叢雲の手を握る。声は軽いが、握った手、見つめてくる視線はどれもが真剣だ。伝わってくる、とはこういうことを言うのだろう。
「私は叢雲と過ごした時間は短いデース。But、それでも分かることはありマース」
くい、と手を引き、金剛は叢雲の耳元で囁きかける。
「あなたの気持ちは知ってマース。
「は――――はぁっ!!?」
ボンッ!! という破裂音と共に、叢雲の顔が真っ赤に染まった。その様子に他の皆は驚きを露にするが、金剛は周囲のことなど気にせず話を進めていく。
「私も同じデース。だからこそ、今の叢雲では張り合いがありまセーン。真っ直ぐ前を向いている叢雲だからこそ、私のライバルに相応しいのデス」
「ら、ライバルって……」
金剛の言う“ライバル”。その意味を理解した叢雲はまたも顔を赤くする。ちらり、と横島の方に視線を向ける。横島は真剣な顔で叢雲を見つめていた。
咄嗟に視線を外す。顔の赤みは深まるばかりだ。
「それで、どうしマスかー? このままここに残りマスかー? ま、そうだったら私や天龍、その他諸々が
「こんの……!!」
叢雲は金剛の言う美味しいところの意味を完全に理解したらしい。湧き上がるのは反骨心。心に満ちていくそれは、負の感情ではなく、むしろ叢雲の総身に力を与えていた。
「叢雲」
「司令官……?」
何かきっかけがあれば燃え上がる、そんな時に横島が叢雲に声を掛ける。彼女の様子を見て、最後の発破を掛けようというのだろうか。
横島の眼は、確かに叢雲の眼に力が宿るのを見た。ふ、と笑みが零れる。
「叢雲――――」
「なによ、司令官」
「普段のお前もいいけどさっきまでのちょっとしょんぼりしたお前も少し押せば流されてえっちなことが出来そうな感じで非常にグッドだと思う」
「何で今その話をしたーーーーーー!!
「ゲハアアアァァァッ!?」
発破を掛けるのではなく、セクハラを仕掛ける選択をした横島。何故そっちを選んだのかと聞かれても、彼には答えようがないだろう。しいて言えば、何故か言わなければいけない気がした、だろうか。
叢雲のラリアットで派手に吹っ飛んだ横島は壁にめり込んでしまう。吹雪が「司令かーん!?」と慌てて助けに行くのは、既に見慣れた光景になってしまった。
「まったく、アンタって奴は本当にもう……!!」
思わず悪態が出てしまう叢雲。しかし、それに反して叢雲の口には確かな微笑みが浮かんでいた。
叢雲は一つ大きく息を吸い、深く長く息を吐く。
「仕方ないわね」
晴れやかな笑みを見せ、叢雲は艦隊メンバーに向き直る。皆横島のことはとりあえず無視して叢雲を見つめていた。
「アンタ達を纏めることが出来るのなんて、私しかいないみたいだし。しょうがないから、旗艦やったげるわ。みんなも、精々頑張りなさい」
ふふーんと得意そうに笑う叢雲に、井桁を浮かべて天龍が突っ込む。
「テメェ、いい気になってんじゃねーぞ叢雲ォ!!」
「あらー、そんなに怒っちゃって。まーた私に尻拭いさせる気かしらー?」
「だー!! これじゃあ調子を取り戻したんじゃなくて調子に乗ってるだけじゃねーか!?」
「ぶー! いつかセンターの座を奪ってやるんだからー!」
「そう言いながら飛びついてくんな那珂ァ!?」
ぎゃいぎゃいと罵り合いながら、それでも皆の顔には笑みが浮かんでいる。楽しそうに口喧嘩を楽しむ叢雲達に、長門達猿神艦隊は小さく笑みを浮かべて様子を眺めていた。
「ふっ。何だ、良いチームじゃないか」
「ああ。如何に余達に練度で劣っていようが、練度だけが戦いを決めるわけではない」
「彼女達は
猿神鎮守府の士気は他と比べると低い。だが、それは戦闘とは関係のない部分だ。斉天大聖が士気の低さを問題としないのはそのためである。
彼女達はちゃんと大切なことを理解している。自分達が何のために戦うのか、戦いの先に何を得るのか。皆、それぞれが戦う意味を見出している。
では何故士気が低いのかと言うと、それは書類をほっぽり出してゲーム三昧だったり、ゲームに出てくる武器やロボットを開発・建造しようとしたり、抜け毛が凄かったり、ラッキースケベなことが起こっても無表情なくせに格闘ゲームの女キャラが負けて服が破れると「ムッキャーーーーーー!!」と興奮したり、猿だし……猿だし。猿だし。
ほぼ……自業自得……!!
流石に出撃の際は真面目にやっているが、それでも普段が普段なので……駆逐艦などには“お猿のお爺ちゃん”と慕われているが、一緒にゲームをやると情け容赦なしに蹂躙されてしまうので同時に恐れられていたりもする。
「ふん。だが、分かっているな? 余達の
「ええ、はい。大丈夫ですよ」
「
猿神艦隊の視線が強まる。それを受けて、横島艦隊も騒ぐのを止め、その視線を真っ直ぐに受け止めた。
「まずは私達が見極めよう。彼女達が、我等と共に
猿神艦隊は今回、とある特殊な任務を帯びている。それは横島とその鎮守府の今後を左右する、とても重要なもの。
そうと知らぬ横島艦隊だが……否、たとえ知っていたとしても真っ直ぐひたむきに向かっていくだろう。
「……」
叢雲は心が熱を帯びていくのを自覚する。皆が、金剛が、そして横島が己の燻っていた心に火を点けてくれたのだ。あの時の言葉は、己に調子を取り戻させるため。
どうやら横島には自分のことなど何もかもお見通しらしい。だが、それが不思議と心地よい。
パシンと掌に拳を打ち付ける。やる気が出る。気合が満ちる。敵わぬだろうがそれでも挑む。
「さあ、行くわよ!」
演習最終戦。対猿神艦隊――――開始。
――――そして、世界の今後を左右する者が、ここにも存在する。
「……ココニ、提督ガイル」
ヲ級達が案内された中枢海域中心部、
壁に走った赤いライン。どこか脈動するかのように茫洋とした光を湛えるそれは、見た目以上に恐怖心を煽ってくる。
「……ヲ?」
港湾棲姫が扉を開く。中はかなり広いドームのような構造となっており、部屋の中心には巨大な円筒状の水槽のような物があった。
中にあるのは何か大きなもの。全容はうかがい知れないが、何処か懐かしい感覚に包まれる。
「……?」
じっと水槽を見ていて、ようやく気付く。壁を走る赤のライン、それは床にも走っており、その全てが集中する場所が水槽なのだ。いや、もしかしたら
「――――キ、キキ……。ヨウヤク到着シタカ」
「……ッ!?」
声が聞こえる。今まで聞いたことがないような、不思議な声だ。子供のような甲高さを有していながら、反対に年老いた何者かをイメージさせるような、そんな声。
その声はどこから響いているのかヲ級達は辺りを窺うが、自分達以外の姿はどこにもない。スピーカーから発せられたのかと思えば、その様子もなかった。
何がどうなっているのか、と困惑していると、いつの間にか水槽の傍に小さな何者かの姿があった。そこには誰もいなかったはずなのに。
――――それは人ではなく。艦娘でもなければ、自分達深海棲艦でもありはしなかった。
一言で言えば異形。五体の関節が繋がっておらず、頭部は半ば程までしか存在しておらず、脳の代わりに球体が浮いている。無機質であるのに、どこか有機的な容貌の
「ヨウコソ、僕ノ鎮守府ヘ。僕ガコノ鎮守府ノ提督デアリ、ソシテ――――
そう告げるのは滅んだはずの存在。かつてとあるゲームの世界を支配し、それが故に討ち滅ぼされた
第四十一話
『最終戦に向けて』
~了~
横島「ちなみにお仕置きってどんなことするんだ?」
パピ「コンゴウちゃんとの接触を一日禁止でちゅ」
横島「……」
パピ「……」
横島「え、それだけ?」
パピ「でちゅよ。実際効果がある子にはとことん効くんでちゅよね。この前なんかウチのオオイちゃんにキタカミちゃんとの接触を禁止したら、一日で胃に穴が空いて泣いて土下座してきまちたから」
横島「マジか」
パピ「マジでちゅ」
横島「……マジで?」
パピ「マジでちゅ」
せっかくだから銀ちゃんも巻き込んでやろう(挨拶)
そんなわけで意外なキャラその一、近畿剛一こと銀ちゃんを話に絡ませようかと思います。
ただし出番がいつになるのかはまったくもって不明です。(爆)
そして意外(?)なキャラその二、キャラバンクエストに取り付いた悪霊です。
深海棲艦の提督は彼でした。
何で生きてるのかとか諸々の事情は次回以降に判明……するのだろうか……?(爆)
本当は猿神艦隊と戦うとこまでいきたかったなぁ。
ただそれをするとどこで切ればいいのか分からなくなるから……。
それではまた次回。