煩悩日和   作:タナボルタ

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まるで必殺技のバーゲンセールだな……(挨拶)

お待たせいたしました。

マリアとの演習……一体どのような蹂躙劇が繰り広げられるのか……?


今回はちょっと(かなり)悪ノリが過ぎる部分がありますので苦手な方には申し訳ないです。
おまけで必殺技辞典とかつけておきましたよ。……こんな感じの悪ノリです。

それではまたあとがきで。


百の年月を超えて

 

 ――――私も、頑張ればご褒美をもらえるのだろうか?

 

 活躍する自信はある。当然勝つ自信だってある。しかし、普段の自分の態度からして、それを要求するのは不自然なのではないかと考える。

 

「……」

 

 脳裏に過ぎった疑問を頭を軽く振り、放り出す。今は目の前のことに集中するべきだ。油断などして負けてしまっては元も子もない。

 前を見ろ。敵を見据えろ。如何に相手が強大とても、気持ちは決して負けぬように。

 

 ――――さあ、演習を始めよう。

 

 

 

 

 

『来るぞみんな……気を付けろっ!!』

 

 通信から横島の声が響く。相対するマリアには聞こえないはずのその声が、開戦の狼煙となった。

 

「マリア・ビット・射出!!」

 

 マリアの背部に展開されている艤装から、六つの球体が浮かび上がる。それが半分に分かれ数が十二に、更に分かれ二十四に――――。

 くし型となったそれは、マリアの艦載機である。装甲が一部スライドし、そこから銃身が覗く。一体どのような力が作用しているのか、横島艦隊に向かっていくその軌道は幾何学的な軌跡を描いていた。

 

「……負けません」

 

 その軌道、その威容に動揺を隠せない天龍達。だが、加賀は誰よりも早く立ち直り、己の職務を全うする。

 左手に白の、右手に青の霊力光を輝かせ、弓を引く。射られた矢は強大な霊力を宿し、加賀が装備している艦載機へと姿を変える。それは“流星・改”と“烈風”。

 加賀の霊力アシストを受けた戦闘機が、敵艦載機を、そしてマリアを攻撃しようとその暴威を解放する。――――しかし。

 

「……通じない……!!」

 

 流星・改と烈風はその悉くがマリアのビットに撃ち落され、撃墜を免れた者達もマリアの両前腕部から展開された機銃(マシンガン)で叩き落される。

 それに加えて天龍達の対空迎撃は螺旋や直角を描いた軌道で躱され、地味ながらもじりじりと装甲を削られる。

 

()()()()・十基四十門・一斉射!!」

「――――チイィッ!!」

 

 ビットによる攻撃を辛くも避け続ける天龍達に、更なる暴力が襲い掛かる。霊子魚雷、という初めて耳にする名の兵器であるが、天龍はまっすぐに向かってくるその四十もの魚雷を見て、これを受ければ敗北は確実であると直観する。

 迫る魚雷に、ビットは主の元へと帰還しようとする。これは――――好機(チャンス)だ。

 

「合わせろや電ァッッ!!」

 

 自慢の刀を振りかぶり、天龍は皆よりも前へと突き進む。そして、それは電も同じ。天龍に言われるまでもなく、その身体は既に動き出していたのだ。

 

「――――応ッ! なのですッッ!!」

 

 呼吸を合わせるために電は吼え、天龍と対称になるように錨を振り上げる。その際、錨の持ち手の部分から“シュココン”と軽い音が鳴り、その長さを三倍程へと変貌させていた。

 狙うは帰還していく敵艦載機、迫りくる魚雷。打つは海面、そしてその先――――!!

 

「ダブルッ!」

「ライジングッ!」

 

 二人の振り(スイング)は音を置き去りに、残像すら残らない速度で繰り出された。

 

「――――インパクトォッ!!!」

 

 天龍と、そして電の得物が海面に打ち下ろされた瞬間――――二人の全面数十メートルの海が、爆ぜた。

 魚雷ごと海を巻き上げ、敵艦載機を巻き込む。当然魚雷は空中で爆発、艦載機を巻き込んで全て誘爆していった。

 これこそ天龍発案の目くらまし・対戦闘機・対魚雷迎撃技“ライジングインパクト”である。

 二人の膂力、魚雷の爆発。それらによって大爆発が起こったことにより、辺り一面には水煙が充満していた。数メートル先も見通せぬ程の濃さ。それは、ある艦娘が実力を発揮する絶好の機会である。

 

「……行くよ」

 

 その艦娘の名は時雨。彼女は自らの気配をほぼゼロへとすることが出来る。その隠密具合は美女美少女センサーを搭載している横島ですら気付かない程である……と言えば、それがどれだけ凄まじいことかが伝わるだろうか。

 

『いやーこの前書類整理してたらさー、いつの間にか時雨がすぐ隣から俺の顔を覗き込んでてさー。あん時はマジでびびったなー』

『あー、確かにね。いつ執務室に入ってきたのかも分からなかったし……』

『それから夜寝ようとベッドに入ったら隣に笑顔の時雨がいた時とかは死ぬかと思った』

『え、もしかしてあの子ってストーカー……?』

 

 通信からちょっと危険な会話が漏れてきているが、時雨は気にしない。自らのスキルの有効活用であり、修行にもなるのだ。風呂やトイレに侵入しているわけでもなし、大目に見てほしいとすら考えている。

 時雨は音もなくマリアの背後に回り込み、背中の艤装が変形した単装砲を構える。狙いは機関部……といきたいところであるが、何分マリアの艤装は艦娘の物とは随分と様相が異なる。先の通信でも“深海棲艦の艤装の残骸から造り上げた”と言っていた。ならば狙いは他につけるべきか。

 

「……? ――――ッッッ!?」

 

 時雨の思考はごく短いものだった。しかし、それでもマリアの背後を取って、()()()()()考え込んでしまったのが仇となった。

 マリアの背部の艤装。そこには先程のライジングインパクトで撃墜を免れた二基のビットが格納されている。そして、そのビットからは砲門が展開されており、例外なく時雨をロックオンしていたのだ。

 

「機銃・発射」

「うわあああぁぁぁっ!!?」

 

 いくら一発一発の威力が低いとはいえ、至近距離から二基のビット――実質八基――による一斉射は時雨の装甲を見る見るうちに削り取っていく。

 ――――時雨、大破。

 

「ロケット・アーム!!」

 

 マリアは水煙の先、一点を見つめ、両手を射出する。数秒後、その両手は一人の艦娘を掴み、猛烈な勢いで引き寄せる。あまりの力の強さに水面から放り出され、数メートル程宙を浮いてしまっている。

 

「くぅっ!?」

 

 引き寄せられたのは加賀。マリアの握力が強すぎたためか、加賀の装甲が破損している。

 しかし、加賀もさる者。不安定な空中だというのに既に弓に矢は番えられ、マリアがいるであろう場所へと狙いを定めていた。……だが、それは既に遅きに失している。

 両腕を戻したマリアは既に主砲の狙いを加賀へと合わせているのだ。それは世界最大最強の戦艦主砲。46㎝三連装砲である。

 

「主砲・斉射」

「――――っっっ!!?」

 

 爆炎と爆光に加賀は飲まれる。その絶大な威力に耐えることなど出来はしなかった。

 ――――加賀、大破。

 

「そこです」

 

 マリアは次の得物に狙いを付ける。彼女に搭載されているセンサーは特別性だ。光、温度、音、距離、加速度などに加え、()()も感知することが出来る。つまり、マリアにとってこの水煙は何の障害にもならない。

 

「ぽいっ!?」

 

 円を描くように移動していた夕立の前に突如として現れたのは、先程もその脅威を見せつけてきたマリア・ビットだ。くし型のビットが四基、猛然と夕立に迫る。――――だが。

 

「行くよ」

 

 夕立は敢えて前進。ビット達の攻撃を避ける為に飛び込むように転がり、そして体勢を立て直す。位置は丁度ビット達の中心。夕立の口は弧を描き、小さな舌が乾いた唇を濡らすようにペロリと舐め上げた。――――瞳が赤く染まる。

 夕立は主砲を両手に超至近距離での砲撃を開始する。それはまるで格闘技の演武をしているかのような動きであり、砲撃の反動や、時にはビットも銃撃を利用した防御・回避・攻撃をほぼ同時に行う。

 まだまだ完成とはいかないが、それでも接近戦での実力は飛躍的に上昇している。だからこそ、夕立は何とか持ちこたえることが出来た。

 

「――――ですが・それもここまでです」

「ぽっ!?」

 

 未だ消えぬ水煙からぬっと現れたのは巨大な艤装を背負ったマリア。夕立はその威容に後退を選択するが、それは出来ない。何故ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「食らうっぽい!!」

 

 ならば、と夕立は一発・二発と砲撃をマリアに浴びせる。その全てが顔面狙い。霊力も込められたそれは並の深海棲艦ならば沈めることも出来るのだが……。

 

「む、無傷……っ!?」

 

 その程度の攻撃が、マリアに通じるはずもない。更に追撃をしようと主砲を構えた瞬間、その砲口はマリアに握り潰された。そのタイミングは――――発射と、ほぼ同時。

 

「きゃああぁぁぁーーーーーーっ!!?」

 

 暴発。込められた霊波と砲弾の威力により、この時点で夕立は中破してしまう。更に、そこにダメ押しの一撃が入る。

 

「ロケット・突き押し!!」

「――――っ!!?」

 

 夕立の胸にぶち込まれた、強烈な一撃。マリアの超パワーとロケットの勢いに海面に押さえつけられながらガリガリと装甲と艤装を削られ、ついには戦闘不能となった。……どう見ても突き押しではなくもみじおろしである。

 ――――夕立、大破。

 

 ここまででほんの数分。既に横島艦隊の半数が大破判定をもらってしまう。それは横島にも伝わっているし、横島から天龍達残りの三人にも伝わっている。

 

「くそっ! ……わりぃ、俺の作戦が足を引っ張っちまった……!! こんなことになるとは俺の目でも見抜けなかった……」

「流石にこの展開は想像できないでしょ。……もうちょっとなんとかなると思ってたんだけどねー……」

「はわわ……どうしたらいいんでしょうか……」

 

 ようやく薄れゆく水煙の中、三人は合流し、やや現実逃避にも似た言葉を交わす。マリアは襲ってこない。何を考えているのか……天龍達は不気味に思う。

 強い風が吹き、水煙が流されていく。天龍達三人の数十メートル先、果たしてマリアの姿はそこにあった。

 無表情の、しかしその瞳には何か強い意志を感じさせる何かを宿し、マリアは天龍達三人を睨む。それは、まるで警戒しているかのような風情だ。

 真意は不明……しかし、攻めてこないのならば自分達が行動を起こす番である。

 

「二人とも」

「あん?」

「な、何でしょう……?」

 

 叢雲がマリアから目を離さずに二人に話しかける。

 

「私が囮になるから。……攻撃、よろしく」

 

 槍を握る手に力が入る。冷汗が噴出して止まらない。恐怖がないと言えば嘘になる。いくら轟沈することがない演習といえど、恐ろしいものは恐ろしい。痛み――――これほど分かりやすい恐怖の象徴もないだろう。自分は、それを真っ向から受け止めねばならない。

 叢雲はともすれば引きつりそうになる顔を獰猛な笑みへと無理やり変え、一歩を踏み出した。

 

「叢雲さん――――お願い、するのです」

 

 叢雲は既に覚悟は終えている。勝ち筋があるのはこの作戦しかない。それに思い至った電に出来ることは――――その叢雲の覚悟に応えることである。

 ほんの数分で加賀達横島鎮守府の最強戦力達をたった一人で倒した存在に対し、囮を任せる。とても怖くて、とても恐ろしい。

 しかし、それが自分達だ。それが艦娘という存在だ。これは演習。しかし、それに挑む心は実戦と同じく。

 未熟な自分達を導いてくれる、あのおバカで優しい司令官が誇れるように――――強くあるのだ。

 

「フンッ――――上等ォッ!!」

 

 裂帛の気合を胸に、叢雲はマリアへと駆け出した。

 叢雲の役割は背後の二人に目を向けさせないために派手に振る舞ってマリアの視線を釘付けにすること。マリアもセンサーで天龍達の動きを把握しているので、叢雲の狙いは理解している。

 潰そうと思えば簡単に潰せる叢雲達の作戦。だが、マリアは敢えてそれに乗ってやることにした。

 それは油断でも慢心でもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意思表示である。

 

「舐めんじゃ――――っ!?」

 

 マリアの傲慢にも見える態度にプライドを刺激された叢雲は毒づこうとするが、突如として射出されたマリアの両腕に機先を制される。

 

「ろ、ロケット・パンチ!?」

「ノー・レディ叢雲・ロケット・アーム・です」

 

 機械の両腕にがっちりと両肩を掴まれた叢雲は、非現実的な光景についついどうでもいいツッコミを入れてしまう。マリアのロケット・アームは有線式。加賀と同じくワイヤーの巻取りによって引き寄せられる叢雲に対し、マリアは必殺の一撃を用意する。

 

「ジェット・ニー!!」

「ぶっ!!?」

 

 足裏のジェット噴射を利用した強烈な右膝蹴りが叢雲に炸裂する。叢雲は艤装のサブアームを動かし、何とか主砲を割り込ませるのが間に合ったが、それでも大きなダメージを受けてしまい、主砲はズタボロ。叢雲自身も中破となる。……しかし、それでもまだマリアの攻撃は終了していなかった。

 マリアの右脛の装甲が一部展開し、とある兵器の発射口が露出する。それは、超小型爆弾の発射口。

 

「クレイモア・キック!!」

「――――ッッッ!!?」

 

 夥しい程の数の小型爆弾が射出され、幾重もの爆発が悲鳴ごと叢雲を包む。対人指向性地雷(クレイモア)という名前ながらその兵器の性質はどちらかと言えばクラスター爆弾に近い。全身を爆発に蹂躙された叢雲は当然大破し、海面を跳ねるように転がっていく。

 残りは二人。その二人も真っ直ぐに向かって来ている。正面と――――空中から。

 

「やあああああああ!!」

「おおおおおおおお!!」

 

 天龍が正面、電が上だ。マリアへと向かう途中、天龍が電を投げ飛ばしたのだ。

 既に二人の武器には限界以上の霊力が注ぎ込まれている。天龍は刀を海面に突き刺し、電は錨を振りかぶっている。

 回避は可能。迎撃も可能。しかし――――それすらも受け止めてみせる。マリアの決意に翳りは無い。

 

「おおおおおおおおらぁっ!!!」

 

 海面に突き刺したことでより爆発的な霊力を溜め込んだ刀が、海を鞘とした居合の一振りとして放たれる。

 

かみなり斬り(ブルー・サンダー・スラッシュ)!! なのですっ!!」

 

 錨を高速で左右に振り、まるで落雷のような軌道を描く一撃が振り下ろされる。

 

「――――っ!!!」

 

 必ず受け止める。その決意を示すかのように――――マリアの両腕は、()()()()()()()()()()

 

 天龍の刀が、電の錨が、マリアの両腕とぶつかり合う。瞬間、巨大な霊波の爆発が起こり、三人を包み込む。音が消えたかと錯覚するほどの爆音、瞳が焼き切れるのではないかと思える爆光の果て――――三人は、立っていた。

 

「……これでも、ダメなのかよ」

 

 天龍の口から思わず弱音が漏れたのは仕方がないことだろう。半ばから折れた天龍の刀と、半分がひしゃげて千切れた錨。先の爆発で中破した二人。対するマリアの両腕には少々の亀裂が走った程度だ。

 

『何と、マリアの装甲に傷を付けおったか……!』

 

 カオスの賛辞も天龍達には聞こえない。ならば、それを伝えるのは一人しかいない。

 

「お見事です・ミス天龍・レディ電」

 

 マリアの両腕が折れ曲がり、砲身が現れる。

 

「しかし――――私の勝ちです」

 

 天龍は咄嗟に両腕を、電は艤装の盾を構える。防ぐことは不可能。だが、それでも何もせずにはいられない。何かをせずにはいられない。

 

「エルボー・バズーカ!!」

 

 天龍にも、電にも。それを防ぐ手立てなどなく。

 

 

 

 ――――こうして、横島艦隊は全員が大破状態となった。

 

 

 

 

 ――――管制室。

 

「……」

「……」

「……マリア、気合入りすぎじゃないか?」

「……ああ、うむ」

 

 想像以上の蹂躙劇に横島は少々引いてしまう。カオスも何やら歯切れが悪く、やや複雑そうな目でマリアを眺めていた。

 

「時雨達はともかく、夕立と叢雲への攻撃はいくら何でもやりすぎだろ。 文句言ってやろうか」

「やめんか。それには訳があるんじゃ」

「あん?」

 

 いくら演習とはいえ、必要以上に痛めつけられた形となってしまった夕立達のことで、横島はマリアに怒りを覚える。だが、カオスは理由があるのだとそれを止める。横島に胡乱げな目で見られるカオスであるが、動じることはない。

 

「……まあ、理由は後で聞くか。今はあの子らを労ってやんねーと」

「うむ、そうじゃな」

「せっかく俺達が勝ったんだし」

「うむ。………………うん?」

 

 横島があまりにも自然に口に出したことで、カオスは危うくその言葉を流してしまうところであった。どちらが勝った、と?

 

「……小僧、お主は何を言って――――」

「ほい、これ」

 

 問い詰めてくるカオスに横島は自らの端末の画面を見せる。思わず覗き込んだのはカオスと、その秘書艦榛名、更には斉天大聖を始めとする他の鎮守府の司令官達。

 横島の端末の画面、そこにはデカデカと“完全勝利!! S”の文字が浮かび上がっていた。

 

「……何じゃとーーーーーー!!?」

 

 カオスが横島の端末をひったくって叫ぶ。榛名やあきつ丸、他多くの艦娘達も混乱している。理由を分かっていそうなのは「あちゃー」と頭を掻いているヒャクメくらいなものだ。

 

「な、何故じゃ!? 一体何故そんなことに!?」

「じーさんの端末の方はどうなってんだ?」

 

 横島の言葉に、カオスは思い出したかのように自らの端末の画面を見やる。そこには“不明な艦娘が登録されました。システムに深刻な障害が発生しています。直ちに運用を停止してください”――――という警告文が踊っている。

 

「くっ、しくじったわい! システムを誤魔化し切れんかったか……!!」

 

 カオスは端末を懐から取り出した何らかのユニットに接続し、それに備え付けられているキーボードを猛烈な勢いで叩き出す。……そう。当たり前であるがマリアは艦娘ではない。マリアを横島鎮守府との演習で運用するために、端末のシステムに細工を施していたのだ。

 要するに不正である。これにより横島艦隊が勝利扱いとなり、カオス艦隊の反則負けとなったのだ。

 

「そんなわけだから、俺達の勝ちだ。経験値もたんまり貰えたし、結果オーライって感じかな?」

『……』

 

 端末の通信機能を使い、横島は懸命に戦ってくれた自らの艦隊に言葉を掛ける。返事は来ない。それもそうだろう。真正面から挑んで惨敗したと思ったら、相手側の反則負けで自分達の勝利となったのだ。咄嗟に声は出ないだろう。

 

『……な』

「な?」

『――――納得いかなーーーーーーい!!』

 

 結局、絞り出されたのは叢雲のそんな叫び声だけであった。

 

 

 

 

「――――で、マリアが普段より気合入ってた理由って何なんだ?」

 

 管制室の中にある男性用トイレにて、横島がカオスに問う。カオスが用を足したいと言ってきたので横島が案内したのだ。用も足し終え、二人は廊下で話し込む。

 

「ふむ……ちょいと驚かせてしまうことになるじゃろうが……それでも知りたいか?」

「あ? ……ああ、まあ教えてもらえるなら」

 

 随分と慎重な様子のカオスに横島は少々面食らう。どうやら事態は横島が思っていた以上に根が深いものであるのかもしれない。

 

「簡単に言うと、じゃ。……マリアはな、お主からご褒美が欲しかったんじゃよ」

「……どーいうこった?」

 

 横島は首を傾げる。カオスからならともかく、何故自分から? というのが率直な感想だ。

 

「ほれ、お主のとこの夕立が活躍したらご褒美が欲しいと言っとったじゃろ? マリアもそれが目当てだったんじゃ」

「……いや、だから何で俺なんだよ? じーさんが何かやりゃーいいじゃん」

「そりゃー好いた男からもらいたくなるのが人情じゃろうて」

「好いた男っつったって――――は? ……は?」

 

 二度見ならぬ二度聞きと言ったところか。横島は大きく目を見開いてカオスを見やる。カオスの目は真剣な光を湛えており、そこに嘘は見られない。

 マリアが、自分を、好いている?

 突然の言葉に横島の頭は回らない。困惑する横島の様子にカオスは小さく溜め息を吐くと、どこか遠くを見ながら、やや照れ臭そうに話し始める。

 

「ワシもな、最初は全く気付かんかった。マリアが誰かにそういった感情を持つとは思いもせんかったし、何よりその相手が小僧だとは欠片も考えはせんかった」

 

 どこか、後悔が滲みだすカオスの声。今彼が見ているのは過去のマリアだ。

 

「……ある時、榛名がワシを好いていると知った。()()()()()、ワシに対して向けられていた()と同じものだったからじゃ」

 

 それは七百年も過去の時代。カオスが唯一愛した女性と過ごした、彼の青春時代とも言える過去。

 

「マリア姫と同じ瞳を榛名はしておった。そして、それからようやく気付いたんじゃ。マリアがお主を見る瞳も、それと同じであるとな」

「……」

 

 愛する者を振り返るカオスの言葉に影が宿る。それにも理由があった。カオスは、マリアに対して取り返しのつかないことをしてしまっている。

 

「詳しいことは省くが、かつてマリアは()()()()()に恋心を抱いているようじゃった。マリアの……娘の初恋とも言えるその想い。――――ワシは、それを踏みにじってしまった」

 

 ――――百年前、マリアは微笑みを浮かべていた時代があった。とある青年と交流し、未知の感情を育てていく毎日。それはカオスの策略であったのだが、それでもマリアはその青年との未来を願った。

 

 ――――結果、マリアと青年の道は交わることはなく。マリアは“笑顔”というプログラムを封印するようカオスに要請した。

 それから百年、マリアは一度も笑顔を浮かべたことはない。青年の活躍が記された書物を読んでも、日々を“無”の表情で過ごしてきたのだ。

 

 ――――しかし。

 

「百年経って、マリアが笑みを浮かべたことがあった。……切っ掛けはろくでもないものであったが。……それでも、一瞬であっても――――マリアはプログラムを超え、確かに微笑んで見せたのじゃ」

「……それって」

 

 カオスの言葉に、横島の脳裏にその時の映像が浮かび上がる。

 

 ――――マリア……横島さん・好き。

 ――――ドクター・カオスの・728.3%好き。

 

「……」

「そういうことじゃ。……夕立に強く当たったのは、要求していたものがものだけに嫉妬といったところかの。叢雲に関しては……まあ、お主がいじめられてると思ったんじゃろ。未熟な感情を制御出来なかったんじゃな。それなら美神の嬢ちゃんにも同じことをやってくれと思うが、マリアは嬢ちゃんと仲が良いしのー」

「あー……」

「まあ、ワシの方から強く言っておくから許してやってくれ」

「ん……」

 

 ボリボリと頭を掻く。思考は纏まらず、余計なことが頭を巡る。……確かにろくでもない切っ掛けだなーとか、まさかあの時の薬がまだ効いて……? など。

 

「……」

 

 横島はマリアが嫌いではない。嫌いではないが、苦手意識を持っていた。ある意味二人の始まりと言える惚れ薬騒動の際には殺されかけ、マリアが仕事を手伝いに来た時には仕事を奪われ(誤解と嫉妬)、マリアの妹には殺されかけ……積み重ねが積み重ねだけに、これは仕方がないだろう。

 しかし、カオスから聞かされたマリアの気持ち。これを知ったことにより、横島の中でマリアに対する認識に変化が起き始めていた。

 

「……ん?」

 

 コツコツと、廊下を歩く足音。そちらに目を向ければ、ゆっくりとした歩調で向かってくるマリアの姿があった。

 

「……っ」

 

 マリアの顔を見た瞬間、不意に横島の胸が高鳴った。何故か、先程見た時よりも可愛く、美人に見える。

 マリアの外見モデルはカオスの想い人であったマリア姫である。彼女も美女であり、当然マリアも美しい容姿と言えるのだが――――今までの認識がおかしかったのではないかと思えてしまう程に、マリアが輝いて見える。

 これこそがカオスのマリアへの援護射撃。横島はチョロい。マリアを意識させることによって、マリアへプラスの補正を掛けることに成功したのだ。

 

「横島さん」

「あー……お疲れ、マリア」

 

 二人の間に緊迫した空気が流れる。……横島にだけ感じられる、一方的な緊張である。マリアも演習が終わって帰ってきたらカオスが勝手に自分の気持ちを横島に打ち明けていたとは想像できまい。……それを考えるとカオスはまたもやらかしているのではないだろうか。榛名さん、出番ですよ。

 

「……」

「……」

 

 横島はうまく言葉が出ず、マリアはどこか様子のおかしい横島に疑問を覚える。そのままお見合いを始めて十秒……二十秒……カオスが横島の背を肘でつつく。

 

「あー、えっと……ご褒美!」

「……?」

「ほれ、演習でマリアが活躍したから何かご褒美でもあげようかなー、とか何とかー……」

 

 しどろもどろになる横島の背後でカオスが「ドアホーーーーーー!!」と叫びたそうな顔をしているが、横島はそれに気付けない。しかしマリアは何かに気付き、じっとカオスを見つめる。それはもう穴が開きそうなほどに。もしマリアが妹のテレサであったならば、レーザービーマー(目からビーム)で実際に穴を開けていただろう。

 

「……横島さん・ご褒美を・いただけるのですか?」

「お、おう。俺に出来ることなら」

 

 カオスから視線を外し、マリアは横島に確認を取る。積極的な様子に少し戸惑うが、マリアは普段からこうだったと思い返した横島はそれを了承。自分に出来ることなら、と言うが、横島に出来る範囲というのはとても広く、多岐にわたる。

 マリアが望むもの。横島に求めるもの。それは――――ささやかな、幸せである。

 

「では――――あの日・出来なかったことを・少しだけ」

「出来なかったこと――――?」

 

 ふわり、とマリアの匂いが横島の鼻先をくすぐった。

 横島の視界の端、やや赤みの強い桃色の髪が映る。背中に回された細い両腕。胸に感じる()()()()()()

 

 優しく。ただ優しく。マリアは、横島を抱きしめた。

 

「ま、マリア……!?」

 

 ついぎょっとした声を出してしまう横島。過去の出来事からこのシチュエーションに危機感を抱いてしまったのだ。瞬間、するりとマリアの腕は解かれ、二人の身体は離れる。

 横島の顔を見つめるマリアの視線はどこか切なそうで、横島の胸は先のような声を上げた罪悪感で締め付けられてしまう。

 

「今は・ここまでです」

「あ……」

 

 ただ見つめ、そして()()()。その寂しげな笑顔は、ただ美しかった。

 

「いつかまた・続きを・お願いします」

「……」

 

 そう告げるマリアに、横島は何も言い返せない。マリアの表情に見惚れてしまったからだ。このまま沈黙したままは不味いと、横島は咄嗟に頷いて見せた。マリアはどことなく嬉しそうな表情を覗かせる。横島は、何故かそれを嬉しく思った。

 

「……」

 

 マリアの浮かべる微笑み。カオスも改めてそれを見ることが出来た。以前、マリアは一度だけカオスに微笑みを見せたことがある。マリア姫の伝言を伝える時だ。

 その時の笑顔と、横島に見せる笑顔と。二つを比べ、やはり――――マリアの気持ちを確信することが出来た。

 

「戻りましょう・ドクター・カオス。……横島さんも」

「うむ」

「お、おう」

 

 三人で並んで歩く。マリアが戻って来ているということは天龍達も戻って来ているということである。

 横島はこれ以上皆を待たせるのはよくないと考えているが、何故か皆に会うのが躊躇われた。まるで、浮気をしてしまったかのような妙な罪悪感と背徳感が横島を苛む。

 それは感じなくても良いはずの感情であるのだが……。

 

「……そろそろ、ワシも覚悟を決めんとな」

 

 誰に聞かせるでもなく、カオスは声にならない程度の声量でそう呟いた。

 ずっと棚上げしてきたその気持ち。踏み出すことを恐れていた想い。カオスは、榛名の姿を思い浮かべる。

 

 ――――……この歳で、か。人生何があるか分からんもんじゃの。

 

 ふっと息を吐き、カオスは考えを巡らせる。

 

 ――――はて、榛名の指のサイズは何号なのかのー?

 

 ちらりと横の二人を観察しながら、カオスは一つの未来を思い描いていた。

 それが実現するのかは未だ分からない。だが、カオスはそれを真実にしたいと思う。

 

 カオスもまた、数百年の時を経て、かつてと同じ感情を蘇らせることが出来たのだから。

 

 

 

 

 

第三十八話

『百の年月を超えて』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~おまけ~~~

※煩悩日和の必殺技辞典※

(読まなくても特に支障はありません)

 

①イナズマ・ホームラン

 

電の必殺技。

元ネタはアニメ『トップをねらえ!』に登場するロボット『ガンバスター』に内蔵されている武器『バスターホームラン』(バットの名前)を使用し、敵の弾を打ち返すカウンター技であるが、アニメでは設定だけで実際には登場しなかった。その代わりに漫画版やスーパーロボット大戦シリーズなどで登場している。

 

 

②イナズマ・(ダウン)(アッパー)・ホームラン

 

電の必殺技その2。

元ネタは週刊少年ジャンプで連載されていた野球漫画『Mr.FULLSWING』の登場人物『虎鉄大河』(通称キザトラ先輩)の必殺技である『DUVS(ダウン・アッパー・ブイ・ストーム)』。

極端なアッパースイングというだけなのに、物凄く格好良い名前が付いている。

 

 

かみなり斬り(ブルー・サンダー・スラッシュ)

 

電の必殺技その3。

元ネタは上記と同じく『Mr.FULLSWING』の登場人物『虎鉄大河』の必殺技である『BTS(ブルー・サンダー・スラッシュ)』と、週刊少年サンデーで連載されていた剣豪漫画『YAIBA』の主人公『鉄刃』の必殺技である『かみなり斬り』。

 

BTSは地面を抉りながらアッパースイングを行い、ボールについた傷や土が空気抵抗の歪みを引き起こし、雷のような不規則な軌道で地面に落ちるという技。……反則にならないよね?

 

かみなり斬りは剣を振りかぶって飛び上がり、落下と共に雷のようにジグザグに剣を振って相手を斬る技。

 

どっちも雷のような軌道を描くので混ぜてみました(名前だけ)。電はキザトラ先輩のファン。

 

 

④ダブルライジングインパクト

 

電と天龍の合体技。

元ネタは週刊少年ジャンプで連載されていたゴルフ漫画『ライジングインパクト』。

これは作品タイトルであり、また主人公『ガウェイン七海』の持つ能力も『太陽の光跡(ライジングインパクト)』という名前である。

ゴルフボールとゴルフクラブの真芯に光が見え、インパクトの瞬間にそれが完全に重なれば信じられないほどの飛距離を出せるようになる……という能力。

ガウェインが成長するにつれインパクトの際の光が強まったり、光同士が引き合ったりと、どんどんパワーアップしていった。最終的には小学生なのに450ヤード(約411メートル)もの飛距離を出している。

 

煩悩日和での使い方だとダフリ(ボールを打ち損ねて地面を叩いてしまうこと)なので、相手の弾を打ち返そう。……それってイナズマ・ホームランなのでは? 天龍は訝しんだ。

艦載機や魚雷を防ぎ、水煙で目くらましをしたがあまり意味がなかった不遇の技。今後出てくるかは不明。正直普通の深海棲艦相手に使ったら強すぎる……。

 

 

⑤時雨式暗殺術(仮)

 

時雨の必殺技。

元ネタは特になし。音も気配もなく相手の背後に回り、一瞬で方を付ける。

美女美少女センサー搭載の横島でも気付けないようで、時々横島に対して悪戯を仕掛けている。実は皆が知らない内に何度か横島と寝た。(意味深)

よく考えたら必殺技じゃない。

 

 

⑥超近接砲撃術(仮)

 

夕立の必殺技(未完成)。

元ネタは映画『リベリオン』に登場する拳銃を使用した架空の近接格闘術『ガン=カタ』。

“統計学的に優位な位置”に立ち回りながら射撃・打突を駆使し、絶え間の無い攻撃を繰り出す格闘術である。……何を言っているのか、今の僕には理解出来ない。

 

そのスタイリッシュさによってカルト的な人気を獲得したガン=カタ。今では二挺拳銃の使い方のテンプレとして定着していると言っても過言ではないだろう。本当にかっこいい。

夕立が赤い目を輝かせてガン=カタの構えを取りながら「最高に素敵なパーティーしましょう?」……いいと思います。

よく考えたら必殺技じゃない。

 

 

⑦居合(?)

 

天龍の必殺技(仮)。

元ネタは格闘ゲーム『GUILTY GEAR』の主人公『ソル=バッドガイ』の技の一つ『ヴォルカニックヴァイパー』と、『YAIBA』の登場人物『沖田総司』の稽古中に偶然出来た技。

 

ヴォルカニックヴァイパーは炎を纏った剣を逆手に持って斬り上げる無敵対空技。

ソル曰く「俺の剣は居合だ」とのこと。大地を鞘に見立てているらしい。ソル殿、それは居合ではないでござるよ。

 

沖田総司の方は逆手に持った刀で地面を切りつけ、地面に溜めた気を爆発させるとともに相手を斬り上げる技。……一体どんな稽古をしていたのか。

同作者の推理漫画『名探偵コナン』にも登場し、西の名探偵『服部平次』の剣道におけるライバルであることが判明している。

 

二つとも逆手の切り上げで非常に派手。

 

 

 

 

 

 

カオス「小僧、トイレに案内してくれんか? この歳になると近くて敵わん」

横島「じーさん、周りには女の子がいっぱいいるんだぞ? デリカシーってもんがねーのか?」

満潮「 ア ン タ が 言 う な 」




お疲れさまでした。

マリアは優遇しようと思っていたんです。マリアいいですよね……。
そうそう、最初の部分はマリアのモノローグです。(分かりづらいにもほどがある)

マリアととある青年の話を知りたい方は『(有)椎名百貨店(超)GSホームズ極楽大作戦!!』を買うのです。

カオスと榛名の話もどこかで入れたいけど、どのタイミングで入れればいいのか……。

次回は天龍達への労いと他の艦隊達の様子ですかね。猿神艦隊を活躍させたい……。

必殺技とかそこら辺は……申し訳ありませんでした。お許しください。お許しください。

それではまた次回。

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