煩悩日和   作:タナボルタ

16 / 58
最近FGOにはまっていますー。
いつかFGOとGSで何か連載してみようかな……?
もちろん主役は横島で。


青い血潮で赤く染まる

 

 某月某日、夜の美神除霊事務所。

 その日は久しぶりに事務所メンバー全員で夕食を取っていた。

 メニューは横島とシロに嬉しい肉が中心。それに加えてタマモの為に油揚げ、他に魚と野菜が少々といった風情だ。

 

 わいわいと賑やかに過ぎていく時間、話題の中心はもちろん横島が調査をしているゲーム『艦隊これくしょん』だ。

 

「――っつー訳で、天龍っていう子とバトったんすよ」

「アンタもよくよく災難に遭うわね……」

 

 美神の呆れたような言葉に、横島は乾いた笑いを零すしか出来ない。その間も手と口は忙しく動いており、肉を取ってはご飯と共に口に入れ咀嚼をしては肉を取りを繰り返している。

 マナーとしては最悪だが、意外と料理を零すことも無く、食べる姿以外は綺麗なものだ。

 

「それにしてもけしからん奴でござるな! 先生に対して襲い掛かるとは……!!」

「ある意味横島が発端みたいだし、わりといつものことなんじゃないの?」

「うーん……」

 

 横島が話した内容にシロは怒り、タマモは疑問を呈し、キヌは困ったように唸る。確かにその通りなので否定出来ないからだ。

 

「……それで、その天龍って子とはどこまでいったの?」

「いやー、天龍にOKも貰えたし、あともうちょっとで大人の階段を上ることが出来たんすけどね――――はっ!?」

 

 美神の何気ない言葉に思わず隠していた出来事をポロっと話してしまう横島。女性陣の眼がとっても痛い。

 

「――横島君」

 

 美神は熱いお茶を一啜りし、ふっと笑う。彼女は横島を見据え、ただただ冷たく言い放った。

 

「たとえゲームの中で()()になったとしても――――現実では変わらず()()のままなのよ?」

「――――」

 

 美神の言葉のナイフが横島の胸に突き刺さる。

 横島は「ごふっ」と血を吐き、そのまま仰向けに倒れ、静かに息を引き取った――――。

 

 

 

 

 

 

 2分後、横島はキヌとシロとタマモの懸命なヒーリングにより息を吹き返した。

 

 

 

 

 世界(ところ)変わってゲームの世界。

 横島鎮守府は現在、鎮守府海域最後のステージ『南西諸島防衛線』を攻略中だ。羅針盤が指し示した針路は“A”。敵のボスに確実にたどり着けるルートだ。

 

「……敵艦発見!! 軽巡ヘ級が2、駆逐ハ級が2だ!!」

 

 旗艦である天龍の声が響き、それを聞いた艦娘の皆がそれぞれ戦闘態勢に移行する。

 今回の出撃メンバーは天龍を旗艦に、那珂・吹雪・叢雲・時雨・夕立だ。彼女達は横島鎮守府の中では最も練度が高く、戦闘も得意である。

 吹雪は他の皆に比べると練度は落ちるが、それでも彼女の空間認識能力(ホーク・アイ)は捨てがたい。そういった理由もあり、彼女は今回も出撃を果たしたのだ。

 

 ――戦闘開始。まずは天龍・叢雲・夕立の3人が獰猛な笑みを浮かべ、まっすぐに敵に突撃していく。

 

『3人は敵艦を引っ掻き回しつつ、余裕があれば撃破を狙ってくれ! 残りの3人は天龍達の援護、こっちも余裕があれば撃破を狙っていけよー!』

「了解!!」

 

 横島の指示に艦娘達の声が1つになって返ってきた。

 天龍は眼を爛々と輝かせながら単身軽巡ヘ級へと向かい、叢雲と夕立は2人でもう片方の軽巡ヘ級を狙う。

 空いた駆逐ハ級はそれぞれ那珂と時雨が請け負い、吹雪が全体のバックアップに回る。このままでは吹雪の負担が大きいが、今回の出撃メンバーは猛者ばかりだ。

 ほどなく那珂が駆逐ハ級を撃沈させ、吹雪のフォローへと入る。

 

「さすが那珂さんですね!!」

「もー、吹雪ちゃんったら。那珂“ちゃん”でいいよー?」

「いえ、やっぱりちゃん付けはちょっと……」

 

 ちゃん付けをリクエストする那珂に対して、吹雪は少々やり辛そうだ。やはり真面目な吹雪としては目上の艦娘をちゃん付けになど出来ないのだろう。

 那珂は吹雪と2~3言葉を交わすと、今度は天龍のフォローに入りに向かう。

 

「夕立、ちゃんと合わせなさいよ!!」

「ぽいぽいぽーい!!」

「私の分かる言葉で返事しなさいよ!?」

 

 戦闘中でも叢雲のツッコミは冴え渡る。2人は軽巡ヘ級の砲撃を回避し、2人でヘ級を挟むように移動。そのまま円を書くように海を駆けながら攻撃を開始する。

 1人が敵を牽制し、1人が攻撃をする。時に役割をスイッチし、時に同時に攻撃を加える。シンプルながらも堅実な手であり、それ故に練度が高くなければ戦況をひっくり返すことは難しい。

 やがて軽巡ヘ級は為す術も無く全身に傷を負い、呻き声を発しながら海底へと沈んでいった。

 

「完全勝利っぽい!!」

「ぽいんじゃなくて完全勝利なの」

 

 この2人、意外と良いコンビなのかもしれない。

 

「こっちも終わったよ」

 

 静かにそう告げたのは時雨だ。先ほどまで駆逐ハ級と戦っていたはずなのだが、その痕跡はどこにも見られない。いつ戦闘が始まったのか、そしていつ戦闘が終わったのか、それは全体を見ていたはずの吹雪にも分からなかった。

 

「全然気付かなかった……」

「時雨は暗殺者になれるっぽい!!」

「やめてよ、もう。……褒めたって何も出ないよ?」

「今のって褒め言葉なの!?」

 

 未だ戦闘中だというのに賑やかなものだ。

 こういった賑やかさは横島も好みであるのだが、横島の隣には霞と大淀がいる。彼女達が怒り出さないうちにちゃんと叱っておかないと、2人の怒りの矛先は横島に向かうだろう。

 

『こら、そういう雑談は戦闘が終わってからにしろ。天龍は今も戦闘中なんだぞ?』

 

 キリっと引き締まった顔で吹雪達を叱る横島に大淀は満足気な笑みを浮かべ、1つ頷く。ちゃんと公私を使い分ける横島に感心を示しているようだ。しかし、そんな横島を見る霞の表情は何とも微妙なものだった。

 何故ならば横島の膝の上には皐月が収まり、彼の背中には初雪がもたれかかっているからだ。

 初雪は横島の肩から顔を出して端末を眺めており、皐月も横島の頬に頭を寄せたりしながら観戦している。

 

 一応邪魔はしていない。指揮に口を出したりなどしないし、横島の視界を遮ったりもしていない。確かに邪魔をしてはいないのだが……。

 

「……叱った方がいいのかしら……」

 

 少々迷う霞であった。

 

 さて、横島がそんな状態であるというのは現場には伝わっていないので、吹雪達は素直に横島の言葉に従う。

 いくら自分達が優勢であるとはいえ、確かに先ほどの行動は問題だ。もしかしたら大淀や霞に叱られたり反省文などを書かされるかもしれない。

 そんな未来を幻視しつつ天龍の方へと眼を向ければ、そこには現実離れしたとんでもない光景が繰り広げられていた。(ゲームだけど)

 

「オラオラァ!! そんな程度でこの俺を()る気かぁ!?」

「アアァ――――ッ!!」

 

 雄叫びを上げながら繰り出されるヘ級の砲撃を、天龍は()()()()()()()()()()()ゆっくりと前へと進んでいく。

 天龍の口も動きもまだまだ余裕が溢れており、その姿は頭部のユニットを含めて鬼のようだ。

 

 天龍は敵を挑発しつつわざと時間を掛けて追い詰めていたのだが、他の皆が既に戦闘を終わらせていることに気付くと笑みを浮かべる。

 

「アイツらも結構やるじゃねえか……そんじゃ、俺もとっとと終わらせるかぁ!!」

 

 天龍はそう叫ぶと一気にヘ級との距離を詰める。先ほどまでの歩みの遅さからは考えられないスピードであり、ヘ級には一瞬の内に懐へと入られた様に感じただろう。天龍は既に左腕で刀を振りかぶっている。

 ヘ級は天龍の攻撃に備え、咄嗟に艤装で武装している右腕を掲げ、盾にする。例え艤装が破壊されようともヘ級には下半身が変化した巨大な獣の口がある。一撃を耐え凌げば、反撃の機会もあるはずだ。

 

 ――その一撃が、()()()()()()()()()()()

 

「オオォ――――ラァッッッ!!!」

 

 天龍の左腕が、()()()()。余りにも速過ぎる腕の動きに、眼では捉えられなかったのだ。

 天龍の腕は振り抜かれており、海面は刀を叩きつけられたせいで、彼女を中心に()()()()()()()()()()()()()

 

「……? …………?? ………………???」

 

 ヘ級は言葉もなく2つに割れた体のまま海底へと沈んでいく。恐らくだが、ヘ級は自分の体がどのようなことになっていたか気付きもしなかっただろう。それほどまでに、天龍の一撃は鋭かった。

 

「うっし、これで片付いたな」

 

 返り血すら浴びていない天龍は刀を肩に担ぎ、まるで何事も無かったかのように吹雪達へと合流した。

 

「……」

「……ん? どうした、お前ら?」

「……」

「……おい、何かあったのか?」

 

 皆天龍の声に反応を示さず、ぽかんと呆けた様に口を開いたまま天龍を見つめている。無理もあるまい。あんな風に1人だけ出演しているゲームが違うかのような戦闘シーンを見せられたのだ。皆が固まるのも仕方がない。(※このゲームは『艦これ』です)

 

「いや……いやいやいやいやいやいや」

「天龍、凄いっぽい……」

 

 辛うじて口を開いたのは叢雲と夕立だ。それでも2人とも上手く言葉を発することが出来ていない。天龍としては少々困ってしまう。

 

「あー……ほら、さっさと攻略を再開しようぜ? こうしてぼーっと突っ立っとくっわけにもいかねえし」

「……そうね。確かにその通りだわ」

 

 叢雲は頭痛を抑えるかのようにこめかみに指を当てながら天龍の提案に肯定を示す。他の皆も声には出さないが賛成のようで、静かに隊列を組んで移動を開始する。

 

「……ねえ天龍。提督って天龍よりも強いんだよね……?」

「ん? おう、今の俺より提督の方が強えーぜ」

「そっか……そっかぁ……」

 

 時雨の問いと天龍の答えにより、何とも微妙な空気が一行を支配する。

 その様を見ていた横島も天龍の強さに「おお……!!」と感心していたのだが、横島の周囲にいる艦娘達の彼を見る目が変化していた。

 純粋に尊敬する者、困惑を映す者、ドン引きして「もうアンタが深海棲艦と戦いなさいよ……」と呟く者、「艦息(かんむす)に改造しちゃいましょうか」と眼をキラキラと輝かせる者と、実に様々だ。

 

 羅針盤も空気を読んだのか、示した針路は“C”と“D”。戦闘はなく、資材を回収出来るマスだ。

 

「何だよ、つまんねーの」

『まあそう言うなって。次はボスの所だからな。気を引き締めていけよ?』

「了解了ー解。ま、大船に乗った気でいてくれよ」

 

 戦闘が無いことに不満げな天龍だが、横島の言葉にいくらか機嫌を回復させる。その誰かを彷彿させる姿に、横島は苦笑を浮かべる。

 

「むー……」

 

 そんな2人の様子に頬を膨らませるのは吹雪だ。()()()()以来、吹雪は天龍と横島を2人きりにさせないようにしている。もし2人きりになってしまったら、その時はもうとても青少年にはお見せできないような事態に発展するだろう。もちろん性的な意味で。

 吹雪は内から湧き上がる何らかの感情のままにそれを阻止しているのだ。これには叢雲を初めとした駆逐艦娘達も協力を約束してくれており、あれから今まで横島と天龍が2人きりになったことは1度も無い。

 2人とも残念そうにしていたが、横島は美神に言われたことが後を引いているのか肯定的であり、天龍も天龍で「しょうがないか」と諦め気味だ。……チャンスがあれば狙っていくだろうが。

 

「司令官、次の陣形はどうします?」

『んー……次はボスだし、複縦陣でいこうか。何だかんだ一番バランスがいい陣形だろうしな』

「はいはい、了解よ。……ちゃんと指揮しなさいよ?」

『分かってるって』

 

 艦隊は陣形を整えながら移動を開始。目指すはボスが居る“F”のマスだ。

 しばらく進むと、天龍が報告を上げてくる。――敵艦発見だ。

 

「空母ヲ級、軽母ヌ級、重巡リ級、軽巡ヘ級、駆逐ハ級、駆逐ハ級……。数はこっちと同じだな」

『……初めて聞くのが3体いるな。気を付けろよ』

 

 横島は天龍の報告を聞き、眼を細める。空母、軽母、重巡。今まで出会ったことがない敵たちだ。一体どのような攻撃を仕掛けてくるのか……。

 横島は大淀に視線を送る。大淀は頷くと、空母……航空戦力について簡単な解説をしてくれた。

 

『制空状態、触接判定、対空砲火、開幕航空攻撃……ややこしくて今すぐどうこうするのは無理だな。みんな、無理はしないでくれよ……』

 

 珍しくシリアスな声音で心配を口にする。端末から見える映像は、もう少しで戦闘に入るという場面だ。ここまで来れば、敵艦隊の姿も見えてくる。

 

『……おいおい、マジか。今までの深海棲艦とはまるで別物じゃねーかよ』

 

 ()()()()()()その姿に、横島は思わず声を出していた。完全な人型。それが横島が見た空母ヲ級に対する印象だ。頭の帽子(?)こそ今までの敵艦同様の不気味な見た目だが、ヲ級そのものは横島の煩悩センサーが反応するほどに美しい容姿をしている。……実は重巡リ級にも少々反応している。

 

『あれが空母ヲ級……!! かなり強そうな上に美少女じゃねーか!! 意外だった……!!』

 

 美少女という言葉に引っかかりはするものの、横島の深刻そうな声に天龍を始め、現場の艦娘達は気丈に振舞う。

 

「心配はいらねーよ!! どーせ俺達が勝つに決まってんだ!!」

「提督、海域を開放したら何かご褒美が欲しいっぽい!!」

「あ、ボクも何か頼もうかな……」

 

 皆の頼もしい言葉に横島は笑みを零す。そうだ、彼女達ならば何も心配はいらない。必ず勝ってくれるだろう。

 

『うむ!! 何ぼ美少女でも深海棲艦は深海棲艦!! 明るく生気に満ち溢れる艦娘の皆の魅力には敵うまい!!』

「アンタは何の勝ち負けを解説してんのよ!!」

「絶対那珂ちゃんの方が可愛いもん!! 提督はもっと那珂ちゃんをチヤホヤするべきだよ!!」

「アンタも変なとこで対抗意識を持つんじゃないわよ!!」

 

 結局どんな時でも横島は横島ということなのだろうか。先ほどまでのシリアス(?)な雰囲気が台無しである。

 

『ああ、でもしかし……!!』

「……司令官?」

『あのどこか遠くを見ているような眼差し、守ってあげたいと思わせる白く透明な肌、抱き締めたら折れてしまいそうな華奢な身体……!! そしてそれらが渾然一体となって醸し出される、どこか消えてしまいそうな、それでいて傍にいてあげたくなるような儚げな雰囲気……!! 深海棲艦じゃなければ……!! 深海棲艦じゃなければああぁぁぁ……!!』

「……あの、司令官?」

「ちょっとアンタ!! あの空母ヲ級に対してそういう感想を口にするくせに、何で私ら駆逐艦娘は対象外になってんのよ!! そこまで見た目年齢変わらないでしょーが!!」

『その“少し”が問題なんだよ!!』

 

 そうして始まる口喧嘩。ギャイギャイと騒がしく繰り広げられるそれは、戦闘中とはとても思えないほどにまで隙だらけである。

 現在艦隊は誰もが敵を警戒せずに横島に対して文句を言っている。横島の周りの皆もそうだ。艦娘として、先ほどの言葉はちょっと見過ごせないらしい。

 

 そうして騒いで5分間。皆が荒い息を整えている時に、初雪がぼそっと呟いた。

 

「……敵艦隊は?」

 

 

 

 

 ――――あ゛!?

 

 皆が発したその一文字は、見事なまでに綺麗に重なったという。

 

『わ、忘れてたーーーーーー!!?』

「何でそんな大事なことを忘れてるのよアンタはーーー!!」

「霞が言えることじゃないとボクは思うんだ!!」

「皐月は黙ってなさい!! それで、みんなは大丈夫なの!?」

 

 慌てて皆が端末を覗き込んで見れば、そこには意外な光景……攻撃してくる意思を見せないヲ級と、それに戸惑う他の深海棲艦の姿が見える。

 

『……何だ?』

 

 横島が疑問を口に出すと、ヲ級の体がピクリと反応した。横島の声が聞こえているのだろうか?

 

『……もしかして、俺の声があのヲ級に聞こえてたりするのか?』

「いえ、それは有りえませんよ。これは艦娘としか通信は出来ないはずですし、そもそもこちらの通信が筒抜けなら、敵艦隊が提督の指揮にカウンターを取るはずです」

「だよなあ……」

 

 横島は大淀の言葉を肯定する。肯定はするが……到底納得は出来ない。

 

『……ヲ級は可愛いなー』

「ヲ――ッ!?」

『……ヲ級とイチャつきたいなー』

「ヲ、ヲヲ、ヲ……!?」

 

 横島が小さな声で呟く度にヲ級は反応し、顔を赤くしてオロオロとうろたえる。その反応から分かることは1つだ。

 

『やっぱり向こうに丸聞こえじゃねーか!!』

「本当ですね……」

 

 これには大淀も肯定せざるを得ない。

 しかし何故あのヲ級に通信が聞こえているのだろうか。他の深海棲艦の様子から、横島の通信が聞こえているのはヲ級だけだと推測出来る。

 あのヲ級が特別なのか、それとも人型の深海棲艦には端末からの通信を傍受することが出来るのか……。

 

 ――横島の勘は、()()であると告げている。

 

「……ヲッ、ヲ、ヲヲッ」

「……手旗信号?」

 

 何を思ったのか、ヲ級は他の艦の背中を押して距離を取り、どこからか取り出した小さな旗で艦娘達に手旗信号を送り出す。

 日本で手旗信号が考案されたのは海軍であり、カタカナの裏文字を両手を用いて書いて見せ、ほぼ誤りなく読み取ることが出来たことから正式に採用された。これが“海軍手旗信号法”になったと言われており、その後海軍で覚えた信号法を商船でも使用されるようになり、海軍と統一した“日本船舶手旗信号法”として定められた。

 空母ヲ級が見せているのはこれだ。

 

「あー、何々?」

「ソ、チ、ラ、ノ」

「テ、イ、ト、ク、ノ」

「カ、オ、ヲ」

「ミ、セ、テ、ホ、シ、イ……?」

 

 ソチラノテイトクノカオヲミセテホシイ。そちらの提督の顔を見せてほしい。

 空母ヲ級は真っ赤に染まった顔でそう主張している。それが意味するところはつまり……。

 

「おい、どうするよ? アイツめっちゃ期待してるぞ……?」

「そうね。モジモジしつつ指を絡めながら上目使いでこっちを見ているものね……」

「ゲームシステム的に深海棲艦が鎮守府に攻撃を仕掛けてくることはないから、別に問題は無いといえば無いけど……」

 

 天龍達は円陣を組んで話し合う。時々ちらっとヲ級の方を見てみれば、期待に潤んだ視線をこちらに向けてくる。どうにも断り辛い。

 

「……司令官、どうしましょう?」

『んー……時雨が言う通り問題が無いのなら、見せちゃってもいいんじゃないか?』

「じゃあ何かあった時は時雨の責任っぽい?」

「それは理不尽過ぎると思うよ!?」

 

 吹雪は判断を横島に委ね、対する横島は消極的ながらも見せてもいいと考えている。他の皆も何だかもう見せちゃってもいいかと考え始めており、何かあった時には全責任を時雨に押し付ける考えだ。

 

「みんなには失望したよ!!」

 

 横島は大淀の指示に従い端末を操作して吹雪達のいる海上に自らが映った画面を出現させる。

 横島からは判断できないが、吹雪達の頭上に3メートル程のウインドウが開いており、そこに横島の顔が投影されている。ちなみにこのウインドウは艦娘にしか見えないようになっているのだが、やはりヲ級には見えているらしい。ウインドウが出現した際に、驚いたのか体を跳ねさせていたことが確認出来た。

 

『これで向こうにも見えてんのか? ……おーいヲ級、見えるかー?』

「――ヲ、ヲヲゥ……!!」

 

 横島は半信半疑ながらも微笑み、ヲ級に向けて手を振ってみる。すると、ヲ級はそれに反応して声を発し、また顔を赤くする。何やら体がプルプルと震えているようで、やがてヲ級は顔を両手で覆った。

 

『ヲ級? どうした、大丈夫か?』

 

 顔を隠した自分に対して掛けられる、優しい声。

 ――心配してくれているのだ。敵である自分を。敵である彼が。

 それを理解したヲ級は胸が熱くなるのを感じ、その熱の……熱から来る感情のままに動き出す。

 ヲ級は体を翻し、「ヲーーーーーーッ!!!」と叫びながら全速力で後ろに向かって駆け出したのだ。

 ……敵前逃亡である。

 

「――ッ!?」

 

 これには今までヲ級の様子を見守っていた他の深海棲艦も大慌て。吹雪達艦娘に頭を下げ、走り去ったヲ級を必死に追いかけだしたのだ。

 

「……どういうことだよ」

 

 天龍の呟きに答える者は……答えられる者は誰もいない。

 ただ、分かっていることもある。あの空母ヲ級は――――横島忠夫という少年に、一目惚れしたということだ。

 

『……え、マジで?』

 

 横島の呆然とした呟きが、執務室に響いた。

 ちなみにだが、今回の一連のやり取りは戦闘扱いになっていたらしく、何故か戦術的敗北の判定が下されていた。

 ……誰にもダメージを食らわせていないからだろうか……?

 

 

 

 

 

 

第十五話

『青い血潮で赤く染まる』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

不知火「ぬい……」

陽炎「どうしたの?」

不知火「いえ、あの空母ヲ級だけど……」

陽炎「ああ、ビックリしたよねー。まさかあんな展開になるとは……」

不知火「本当に。深海棲艦の血は青いのに、何故ヲ級の顔は赤くなったのか……」

陽炎「気にするところはそこなの!?」

 




お疲れ様でした。

サブタイはヲ級のことを表していましたー。

ちなみにですが大淀・明石・間宮の出番が少ないのは戦闘回だからです。
戦闘がない回では色々と出番が出てくると思います。
戦闘中に指揮そっちのけで大淀達に飛び掛ったりするのはしない方向でどうかひとつ。

それではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。