私は川澄さんに代わってからの大淀しか知らないので、東山さんの大淀も見てみたかった。
「ふんふふんふふーん♪」
その日、横島は上機嫌だった。
横島が家須達にレポートを提出してから艦これにログインして数時間。ゲーム内時間で数日が過ぎた頃、
この手紙が内容を見てから横島の機嫌は目に見えて良くなった。面倒臭いと言っていた書類仕事もスラスラとこなし、今では鼻歌さえ口ずさんでいるほどに。その鼻歌は流麗で耳に心地よく、聞く者の気持ちを和らげる効果があった。横島の意外な特技に艦娘達は驚いたものだが、同時に既に何人かは横島の歌のファンとなっている。
カラオケタダちゃんの面目躍如といったところか。しかし、それには代償が存在していた。
「……何て締まりのない顔をしてるのかしら」
横島の書類仕事を監督していた霞が呟く。そう、横島は新たに着任する明石達に思いを馳せているせいで、頬は緩み、鼻の下は伸び、口はだらしなく広がるという何とも情けない表情を晒していた。
霞は当初、鼻歌を歌いながら煩悩にまみれた表情をしている横島を叱り飛ばそうとしたのだが、それは秘書艦である吹雪に止められ、横島がああいった顔を晒している間は仕事の効率や正確性、その他諸々が普段の数倍以上に高まると教えられ、怒るに怒れなくなったのだ。
確認してみれば、確かに彼が現在鼻歌交じりにちゃっちゃとこなしている書類は霞から見ても完璧であり、吹雪の言に嘘は見られない。しかし、だからと言って普段からこの状態を維持出来ていなければ大した意味はなく、結局後に霞が横島を「普段からあれだけ出来るようになりなさい!!」と叱るのであった。
「……ところで、司令官は明石さんや大淀さん達がどんな人かは聞いてるの?」
そうやって横島に問い掛けるのは吹雪型の三番艦“初雪”だ。黒いロングのストレートヘアーと切り揃えられた前髪が特徴の艦娘。消極的な性格で言葉数も少なく、小さくぼそぼそとした声で話す。やれば出来る子ではあるし仕事もちゃんとこなすのだが、途中で帰りたがったり引きこもりたがったりするのが玉に瑕。
しかし横島はそんな初雪のダウナーな雰囲気を気に入っているらしく、初雪の行動を容認している。初雪も初雪で横島が気に入ったのか、よく執務室に出入りし、漫画やゲームの話をして(彼女なりに)盛り上がっている。
だが、ここでやはり霞が仕事の邪魔をしかねない初雪を叱り飛ばそうとしたのだが、横島が先んじて「仕事の邪魔をしないのなら何をしててもOK」と容認。結果、初雪はお気に入りの毛布やクッションなどを手に、今日も執務室でダラダラと自堕落に過ごす。そのことで横島が霞に叱られているのを見ない振りして。
「明石達がどんな人か、かー……」
初雪の質問に横島が脳裏にナイスバディな女の子を思い描く。男の……横島の願望が露骨に表れたそれは、横島の脳裏でセクシーポーズを取り、妄想の産物の癖に横島を誘惑する。当然横島の顔はだらしなく歪んだ。間近で見続けてきた吹雪はその顔を何かもう可愛いとすら思えるようになってきている。
「やっぱこう、バイーン、ボイーン、ボーンみたいな……!!」
鼻息荒く答える横島に、初雪は「……ふむ」と唸り、暫し考えを巡らせる。やがて答えにたどり着いたのか、キリッとした表情で横島に確認する。
「……それはつまりドラ○もん体型……?」
「違う、そうじゃない」
横島の性癖にあらぬ疑いが掛けられ、一瞬執務室内がざわめいた。ちなみにだが“仕事の邪魔をしなければ”というのは初雪だけでなく、全ての艦娘に通達済みだ。現在の執務室にも全員ではないが、多くの艦娘達が集まっている。
「……だって、バスト・ウエスト・ヒップがバイーンボイーンボーンなんでしょ? だったらドラ○もん体型……」
「いや、バスト・ウエスト・ヒップじゃなくてチチシリフトモモなんだが……」
初雪の発言を横島は訂正する。またも考え込む初雪が出した答えはこれだ。
「……分かった、つまりロボ○トポンコッツ……」
「違う!!」
それは当時の青少年達の性癖に多大なる影響を与えた漫画。あの漫画を読んで育ち、超乳・奇乳(いずれも爆乳を越える大きさのおっぱいのこと)好きになった者も多いという。
「……私はノ○イダーが好きだけど、司令官は誰が好き……?」
「ん? あー、ナ○スかな。普段はクールだけど意外と初心だったりするところが可愛いし」
「ボクはプ○ティナがかっこよくて可愛くて好きー!」
「一番かっけーのはロ○ゼロだろー!!」
わいわいと盛り上がる横島と一部の艦娘達。仕事も一通り終えているので誰も文句を言ったりはしないのだが、それでもそんな彼らを見て機嫌が悪くなる者もいる。……とは言っても若干二名なのだが。そしてそんな皆を観察している者達も。
「……ふんふん、不知火が言った通り中々面白いことになってるね」
「陽炎もそう思いますか」
不知火の隣で面白そうな笑みを浮かべているのは陽炎型一番艦“陽炎”だ。薄い茶色のセミロングの髪を大きな黄色いリボンでツインテールにしており、前髪の分け目から丁度触覚やいわゆるアホ毛のように髪が一房ピンと立っているのが特徴だ。
明るく気さくな性格の持ち主で、横島ともフレンドリーに接し、他の駆逐艦達のお姉さんとして振舞っている。厳密には陽炎型駆逐艦は後期に生産されたので実際にはお姉さんでも何でもないのだが、そこは見た目や雰囲気で何とかなっている。ただし実の妹にはあまり姉扱いされていない。
「……ん?」
皆が仲睦まじく騒いでいる所を眺めていた吹雪の目の前に光球が現れ、そこから一通の手紙が出現する。大本営からの指令所はこういった形で届くようになっているのだ。
「……司令官、もう間もなく明石さん達が着任するみたいですよ」
「え、マジで!?」
吹雪の言葉に驚いた横島は吹雪から手紙を見せてもらい、内容を確認する。そこには確かにもう間もなく明石達が着任すると書かれている。
「どうしよう、迎えに行った方がいいのかな? 待ってる方がいいのかな?」
「ここで待ってる方がいいと思いますよ? 司令官はこの鎮守府のトップなんですし」
横島は吹雪の言葉に納得し、静かにいつもの執務机に着く。他の艦娘達も空気を読んだのか静かになり、今か今かとその瞬間を待つ。
そんな皆の姿に叢雲は「何でみんな執務室から出ないんだろう……」と思ったのだが、それを言ったら皆から「お前が言うな」と返されることが分かっているだけに言葉にはしないのだった。
そしてそれから数分後、何故かピンと張り詰めた空気で満たされている執務室のドアがノックされる。
「……入ってくれ」
「はい、失礼いたします」
皆がごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。ドアはゆっくりと開かれ、三人の少女が入室した。
「任務娘こと大淀以下三名、着任いたしました。これから横島提督の指揮下に入ります」
執務室に多くの艦娘がいることに最初は戸惑った様子を見せた三人だが、いち早く正気に戻った大淀の言葉に合わせ、キッチリと敬礼をする。周りの皆も大淀達に答礼するのだが、大淀達の姿は見た目の年齢差もあり、駆逐艦の皆よりも遥かに軍人のように見える。
「い」
「……?」
横島は大淀達の挨拶には触れず、まるで吐息のようにただ一文字だけを呟く。そんな横島を訝しんだ吹雪だが、彼女が横島に向き直った時には彼はまるで腹を抱えるようにうずくまっていた。
「……!? 司令官、一体どうし――」
吹雪を始め幾人かの艦娘が横島に駆け寄ろうとしたのだが、それは他ならぬ横島の行動によって遮られた。
「――ぃよっっっっっしゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
横島がグワンと思い切り仰け反り、彼の体から高出力の霊波が放出される!!
「キャアアアアアアア!!?」
横島が発した霊波は執務室に暴風を巻き起こし、書類を飛ばし、艦娘達のスカートをそんなの関係ねえと言わんばかりに思い切り翻らせる。皆パンツが丸見えだ。
「ついに……ついにロリじゃない女の子が来ぃぃぃぃぃたぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
ぐおおー!! と勢い良く叫ぶ横島。その雄叫びはどこか湿り気を帯びている。……泣いているのだ、横島は。
「提督と艦娘とはいえ簡単に言えば上司と部下!! ちょっとしたことが切っ掛けで始まるオフィスラブ!! 人と艦娘の禁断のラブストーリーが始まってぼかーもー!! ぼかーもー!!!」
「やかましいわこんボケーーーーーー!!!」
訳の分からないことをのたまいながら大淀達に迫ろうとした横島に、パンツどころか肋骨辺りまでワンピースが捲れあがった叢雲の渾身の
「ぼく横島!! 三人ともよろしくー!!」
「は、はあ……」
叢雲の蹴りから一分と経たずに復活した横島の挨拶に、大淀達三人は若干引きながらも返事をする。それからは皆の自己紹介タイムだ。駆逐艦の皆が一人ずつ簡潔に挨拶をしていき、友好を深めていく。やがて全員分終了したのか、三人は横島の前に並ぶ。
「改めまして、“任務娘”こと大淀です。艦隊指揮、運営はどうぞお任せください」
「私は“アイテム屋娘”こと明石です。他にも少々の損傷なら私がばっちり直してあげますので、お任せください!」
「私は“給糧艦”間宮と申します。これからは私が皆さんのお食事を作らせていただきますね。戦闘での疲労回復も私にお任せください」
大淀達三人の挨拶も終わり、横島は嬉しそうに何度も頷いている。それもそうだろう。何せ大淀と明石は横島と同じくらいの見た目年齢であり、間宮にいたっては横島よりも年上に見えるお姉さんだ。今までロリっ子に囲まれていた横島からすれば、嬉しくないわけがない。というか目尻に雫が光っている。
「ふんっ、デレデレしちゃって。そんなに私達には魅力がなかったわけ?」
デレデレと鼻の下を伸ばす横島に叢雲が噛み付いた。それは誤解なのだが傍から見ればそう思われても仕方がないだろう。誤解を解かねばなるまい。横島は口を開く。
「いや、俺は駆逐艦のみんなもメチャクチャ可愛いと思ってるけど……俺はロリコンじゃないし、ロリっ子達に煩悩をぶつけたら、それはただの変態じゃないか」
その発言は致命的に言葉が足りなかった。
「……じゃあ、私達にそういうことしても変態にはならない。つまり私達は変態だと暗に言っているわけですか?」
「い、いやあの、別にそういう訳じゃ……!?」
明石が悲しそうな顔をし、俯いて目元を手で覆う。大淀と間宮はそんな明石を気遣ってか肩や背中に手を置く。ついには明石から嗚咽が漏れてくる。
泣き出してしまった明石に横島がパニックに陥ってしまうが、当の明石は実は笑いを堪えていた。そしてそれは大淀と間宮も同様である。駆逐艦の皆に対する発言への、ちょっとしたお仕置き。……のはずだったのだが。
「ちょっと司令官!! 私達に対しては手を出す素振りもないくせに、ちょっと歳が同じくらいだったら誰でもいいってわけ!!!?」
「クズだクズだとは思ってたけど、まさかここまでのクズだとは思ってなかったわ!! ちょっとでも評価したのが間違いだったわね!!」
「ついに正体を現したわねクソ提督!! それでもアンタは男なの!?」
「ほんっっっと、何でアンタみたいのが提督になってんのよ!! これなら深海棲艦のとこで捕虜として捕まってるほうがまだマシなんじゃないの!?」
――横島は、四人の艦娘からボロクソに罵られていた。一人だけ怒っているポイントがおかしいような気がするが、それは気のせいだろう。四人の艦娘からのクズだのクソだの罵倒の波状攻撃は未だ止まず、横島はただコメツキバッタのごとく何度も何度も明石に土下座している。その光景を見た三人は「やべえ、やりすぎた」と口を揃えたという。
「――というわけでしたごめんなさいっ!!」
全てを明かした明石は横島に両手を合わせて頭を下げる。横島はそれを苦笑いで受け取り、特に追求もせず許す。まあ、発端は自分の発言だったのでそれを考慮しての結果だろう。
「本当、人騒がせなんだから……!!」
代わりに怒りが未だ衰えないのは叢雲。他の三人は呆れたのか馬鹿らしくなったのか、早々に執務室を後にしてしまったが、彼女はぶちぶちと文句を言っている。その姿に横島の苦笑が深まるが、実は横島は明石達の対応に感心しているのだ。
「ま、とっさにああいう対応が出来るわけだし、みんなからのちょっと返答に困る相談にもちゃんと対応出来るだろ」
それはほんの小さな呟きだったのだが、それを耳聡く聞きつけた者がいた。
「ちょっと返答に困る……って、どんな相談……?」
「ん?」
初雪の質問に横島は言うべきか悩むが、名前さえ出さなければ誰の相談か分からないだろうと軽く考える。
「そうだな、例えば“司令官、ボクね、ブラジャーが欲しいんだ! でもどうやって着けるか分からないから着け方を教えてよ!!”とか“あのよー、司令官。司令官ってさ、その……女と、えっちなこと……ってしたことあったりすんのか?”とか“ねえねえ提督さん、赤ちゃんはどうやったら作れるっぽい?”とかかな」
「主に名前以外の部分で誰が相談したか丸分かりなんですけど――――!!?」
今日も叢雲のツッコミは調子が良い。声の通りもよく、理想的だ。
「ひどいよ司令官!! あれは二人だけの秘密だって言ったのにー!!」
「なに深雪様との秘密の猥談の内容を明かしてんだー!!」
「自分からバラしちゃった――――!!?」
再び叢雲のツッコミが響き渡る。現在の鎮守府でブラジャーを着けていないボクっ子は一人だけであるとか、男勝りで乱暴な口調なのは一人だけであるとか、語尾に“ぽい”を付けるのは一人だけであるとか。皆知らぬふりをしてくれるだろうに、自分からバラしてしまってはそれも出来ない。
「……夕立」
「ぽい?」
「司令に何か変なことをされませんでしたか?」
「ぽ、ぽい?」
「どこか触られたりはしませんでしたか? まさぐられたりは? 舐められたりは? 包み隠さず、一から十までこの不知火に全てを話しなさい……!!」
「不知火、鼻息が荒いっぽい~……」
唯一夕立だけは不知火に部屋の隅に連れて行かれていたので難を逃れていた。そのかわり、別の問題が発生してしまったが。
騒がしい執務室の中、横島は端末を手ににんまりとした笑みを浮かべる。家須達からの手紙の内容通り、以前の建造で消費した資材は補填され、潤沢とまでは言わないがそれなりの量の資材が表示されている。
「……やりますか」
次は、建造の時間だ。
第十一話
『サポート三人娘、着任』
~了~
タイトルは三人娘だが、その三人娘は完全に空気だった。
……ちゃんとした紹介は次回です。
ついに駆逐以外の艦娘が出てくるよ!(今の所明石達は艦娘ではないので)
さて、誰が出てくるのでしょうか?
それではまた次回。
どうでもいいですが、私はマ○シャル派です。