狩人の証   作:グレーテル

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お待たせしました。今回の話が今年最後の投稿になります。


第8話「旅立ちのベルナ」

 「リリィナ、新しい防具の調子はどうだ?」

 「少しぎこちないけど、飛行船に乗ってる間に慣れると思うにゃ」

 「なら、向こうでクエストに行く時には大丈夫だな」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 ベルナ村からオトモ広場へ向かう道の途中で、アランはフェニーの背に跨るリリィナに新調したオトモ装備の着心地についてを聞いていた。以前出向いたクエストの報酬で得た素材の一部を端材に変換し、アランはこれからの狩りの助けとしてリリィナにプレゼントをしていた。アメショ柄の毛を覆う黒、背に納める四つ又の刃、影に溶け込む漆黒の毛と鋭利な刃翼を持つ迅竜の素材を使った装備、ナルガネコ装備に身を包んだリリィナはアランにそう返した。新たな武具を贈ってくれた主人の期待に応える為に今まで以上の働きを見せようと、リリィナは一層のやる気を出していた。

 

 「それと、今から気張る必要はないからな。まだ楽にしてていい」

 「にゃ。任せてにゃ」

 「やれやれ」

 

 村を出る前から張り切っているリリィナに苦笑しながら、アランは目当ての人物を探していた。幸いにも、これといった苦労をする事無くその人物は見つかった草を食んでいるムーファ達の中でも特に体格の良い、背にはアイルー達が数匹は入りそうな程大きな荷台を乗せたムーファのすぐ近く。もっと正確にいうと、その体格の良いムーファに咥えられていた。

 

 「むうぅ~っ、んん~っ! うぅ、降りられないよぉ……」

 

 青と白を基調にしたワンピース状のゆったりとした衣服、背に掛かる程度の長さを持った金の髪、ぱっちりとした青い瞳とネコの耳を模した白のカチューシャ。先の尖った長い耳と四本の指を持つ、竜人族の女の子。

 アランが探していた人物である彼女は、衣服に付いたフードを背後のムーファに咥えられて宙吊り状態になっていた。手足をじたばたと暴れさせてムーファを振り解こうとするも、全く手を、もとい口を離す気配は見当たらない。依然として宙吊りになっているまま女の子はうなだれていた。

 

 「カティ」

 「ほぇ……? っあぁー! アランさん! リリィナちゃんも!」

 「また、みたいだな」

 「うぅ……。ここから降ろして下さいぃ……」

 

 アランに名を呼ばれた女の子、カティは宙吊りのまま目を見開いてアランとリリィナを見た。目に涙を浮かべて、助けてほしいという意思表示をしている。現在彼女が置かれている状況と幼さの残る彼女の容姿が相まって、非情に保護欲をかきたてられる光景だった。

 

 「分かった、少し待っててくれ。これは……時間が掛かりそうだな」

 

 この光景をもう少し眺めていよう、などという思いはアランには微塵も無いようで、すぐさま背後のムーファに近寄り、ガルルガアームを外してそっと額を撫でる。

 

 「フェフ、フェフ」

 「よしよし。ほら、良い子だから離してあげるんだ」

 

 カティのフードを加えたままふすふすと鼻を鳴らすムーファと、何とかしてカティを降ろしてあげようとするアラン。片手では駄目だと感じたアランは右腕の盾とガルルガアームを外してフェニーから降りているリリィナに持ってもらい、左手を額から喉へとなぞらせ、右手の指先で背中をわさわさと掻いていく。

 

 「アランさん、何とかなりそうですか?」

 「大丈夫だ。俺に任せろ」

 

 涙で潤んだ瞳のカティに短く返すアラン。ゆっくりと、ムーファの首が下がってきた。あともう少しで終わりそうだという希望を感じながら、決して油断や慢心は生むまいと意識を集中させてアランは撫で続けた。

 

 「フェフ。フェ、フ……」

 

 右手を額へ戻し、左手を頬に移して顔を集中的に撫でていくとムーファの頭はさらに下がっていき、カティの両足がようやく地に着いた。無論これで終わりという事はなく、ムーファは彼女の衣服に付いているフードを咥えたままだ。アランは続けて頬に当てていた手を顎へ潜らせ、指の背中で喉から顎へ何度も往復させる。顎と喉の起伏に合わせて指を這わせていくと、ムーファは口に咥えていたフードを離した。ムーファの意識はアランの方へ向いたのか、アランの顔へ頬ずりをし始めている。それに対してお返しとばかりにアランも撫でてはムーファが機嫌の良さを表すように首に結ばれたリボンに付いたベルをカラカラと鳴らしている。アランの両手にすっかり夢中になっていた。

 そんなムーファの様子を見てもう大丈夫だ、というサインの為にアランはカティのフードを軽く摘んで二、三度引っ張った。

 

 「はあぁ、降りられたぁ……。アランさん、ありがとうございますっ」

 「何とかなったみたいだな。言っただろう? 任せろ、って」

 

 胸に手を当てて安堵し、アランに向き直ってぺこりとお辞儀をするカティ。もう一方のアランも成体のムーファを何度も撫でていた所為か、いつの間にか両手の指の間に絡まったふわふわの体毛を一つの毛玉に纏めてポーチに仕舞う。目先の問題を解決したところでアランは本題に移った。彼女に用があってきたのは、何もムーファをなだめる為ではない。

 

 「頼みがある。しばらくの間、うちのフェニーを預かってほしいんだ。ギルドマネージャーからの通達でユクモ村に行く事になった。少し厄介そうな話だから、一緒に連れて行く訳にもいかなくてな。カティなら、と思ったんだ」

 「ユクモ村に、ですか? アランさんが?」

 

 怪訝な表情で首をかしげているカティに、アランはこれまでの経緯を簡単に説明した。

 ユクモ村とココット村、二つの村の付近にあるフィールドで大型モンスターが暴れている事。それらの各モンスターは現地にいるハンターだけでは対処が難しく、龍歴院のハンターの力を借りなければ解決が難しい事。そしてコンビで狩りをしているアランとガッシュが二手に分かれてそれらの問題解決の為に一時的に村を離れる事。

 

 「そんな事があったんですね。アランさんと、ガッシュさんが……」

 

 アランの話を聞いて、カティの想像の中にいるモンスターには角や翼が付け足されていき、凶悪なイメージで描かれていく。想像の中のモンスターが口から火炎を吐き出し、アランとガッシュが敢然と立ち向かっていく情景が浮かび上がっていた。

 

 「頑張ってくださいね。私、応援してますっ!」

 「ああ。ユクモ村の事は俺が何とかしてみせる」

 

 片膝をついてカティと目線を合わせる。リリィナに預けていたガルルガアームとツルギ【烏】の盾を受け取り、傍らにいたフェニーを抱っこしてカティの前に向き合わせた。

 

 「だから、カティにはフェニーの事を頼みたいんだ。安心して村を……おっと」

 「フェニ」

 

 抱っこしていたアランの手の中から離れたフェニーがカティに近付いて頬ずりをし始めた。

 

 「へ? わぁ……ふふっ。フェニーちゃん、くすぐったいったら」

 「フェニ、フェニッ」

 「むぅ……お返し、えいっ」

 「フェニフェニッ、フェニニッ」

 「えへへ、ぎゅうーっ」

 

 鼻先をすりすりと擦り付けてくるフェニーを両手でわしゃわしゃと撫で返すカティ。最後に額と額をくっつける。小さな動物と幼い少女が戯れている様子は、一つの絵画として描かれたかのような愛らしさと美しさを持っていた。

 そして、アランが密かに思っていた通り、カティがフェニーの筋力に振り回されている様子は見られない。フェニーも懐いており、カティも嫌がる様子を見せていなかった。

 

 「大体……三週間、だな。フェニーの世話については簡単に纏めておいた。困った事があったら父さん達に聞いてくれ。カティにならきっと力になってくれる」

 「はい。私に任せてくださいっ!」

 「フェニ!」

 

 フェニーを飼育する上での注意点や餌を与える時間、トイレの始末等が書かれたメモをカティに手渡す。早速呼吸が合ってきたのか元気いっぱいに返事をするカティと、彼女に抱っこされているフェニーが首の鈴を鳴らしている。

 

 「行こうか。リリィナ」

 「にゃ」

 

 新たな村での新たな狩りへ赴く前にアラン達は最高の激励を貰い、オトモ広場を後にする。

 

 「アランさーん! リリィナちゃーん! リィーリャーっ!」

 「フェニーッ! フェニーッ!」

 

 アラン達の後ろ姿にカティは手を振って、フェニーは小さく飛び跳ねて見送った。それに対して、アランも小さく振り返って片手を挙げていた。

 

 「さて、と。それじゃあアランさんのメモを……へ?」

 「フェニッ! フェニフェニーッ!?」

 

 やがて彼らの姿が見えなくなったところで、カティはアランから手渡されていたメモを読もうとした。瞬間、カティの身体がふわりと浮かび、両足が地面から離れていた。下を見下ろす(・・・・)と、ほんの少しだが先程よりも小さく見えるフェニーがいる。

 

 「ま、まさか……」

 

 ぐぎぎぎ、と音が出てきそうなぎこちなさでカティは背後へ振り返る。黒い皮膚に、全身を覆うふわふわの白い体毛。大きなかごを背中に乗せ、首元には黄金色のベルが付いた青いリボン。

 

 「フェフ」

 

 カティのフードを咥えていた、体格の良いムーファだった。ムーファの扱いに慣れているアランの手を借りて脱出し、そしてもう一度捕まったのだ。その事実をじわじわと実感させられたカティは再び目尻に涙を溜めて、手足をばたつかせるのだった。

 

 「だ、誰かぁ~! 助けてくださあぁ~い!」

 

 

 

 

 

 「んぁ? もう終わったのか」

 

 村に戻ると、いつものフルフル装備を着込んだガッシュとブレイブネコ装備を着たキッカがベルナ村の小さな屋台にてアランとリリィナを待ち構えていた。

 

 「待たせた」

 「うんにゃ、そうでもねぇ。まあ、座れって」

 

 口角を小さく上げて、ガッシュは右の親指で隣の椅子を指差す。アランとリリィナも遠慮なく座った。

 ここは龍歴院の集会所で営業しているアイルービストロの分店、通称アイルー屋台。ベルナ村の名産品であるチーズをフォンデュ料理にして提供する屋台で、村の人間や別の地方から観光に来た旅行客、そしてアラン達ハンター等、幅広い層に利用されている屋台なのだ。

 

 「おやおや、アランじゃないのさ。ガッシュから聞いたよ。違う村に行くそうじゃないのさ。ほらほら、ぼーっと座ってないでアランもお食べニャ。しっかり元気付けて行くんだよ」

 

 アイルーと名が付く事からも分かる通り、この屋台は獣人族のアイルーが経営をしている。白のエプロンに金髪のカツラをかぶった、女房口調が印象的なアイルー。屋台のおかみと呼ばれている彼女が、この屋台を切り盛りしていた。

 

 「アランの好きな物をたくさん揃えておいたニャ。しっかり噛むニャよ。それと、好き嫌いやお残しは駄目ニャ。いいね?」

 「待ったおかみ、俺もいる事忘れちゃあいないよな?」

 「大丈夫、大丈夫。アタシにお任せ、ニャ」

 

 おかみがぱちりとウィンクをして、四つのフォンデュフォークと大きな皿がアラン達の前に置かれる。ニンジンやブロッコリー、ナスにトマト、パンやハムなど、色とりどりの具材が盛られていた。これらの具材をチーズに付けて賞味するのだ。

 

 「ありがとう、おかみ」

 「おーっし、腹一杯食ってやるぞー!」

 「あつ、あっつにゃ……」

 「ふーっ、ふぅーっ。にゃむ」

 

 言うが早いか、二人と二匹はフォークを手に取り、思い思いに選んだ具材を一刺し。そうして屋台に備え付けられたファウンテンの頂上からとろとろと流れ落ちる玉子色のカーテンにするりと潜らせた。フォークに刺さった具材を包んだチーズがほかほかと湯気を立てている。アランとガッシュはそのチーズが冷めぬ内に、リリィナとキッカは逆にしっかりと冷ましてから頬張った。

 

 「所でアンタ達、良い人は見つけたのかい? 二人共もうすぐ二十になるんだから、そろそろ考えておいた方がどうだいニャ」

 「んぁ? あー……どうだろうな」

 

 おかみの切り出した話題に、ガッシュは曖昧な返しをする。見るからに興味がなさそうな彼の様子に呆れた溜息を吐きながら、おかみはチーズに包まれたナスを咀嚼し嚥下したアランへ視線を移す。ガッシュがこの様子だと、恐らくは彼も同じなのだろう、と。

 

 「右に同じく」

 「はぁ、やっぱり……。アンタ達ねぇ、ハンターの仕事に勤しむのも良いけど、一度でいいから恋をしてごらんよ。きっと人生も変わるニャ」

 「んな事言われてもなぁ。ああ、どうせなら同じハンターが良いよな。お帰りを待ってます、みたいなのは性に合わないんだよ。むず痒くなりそうだぜ」

 

 そうして話をしている間も、みるみる内に皿の中身が無くなっていく。エビを頬張るキッカとパンをチーズに潜らせているリリィナを余所に、おかみの言い分に対してのガッシュの意見がそれだった。根本にハンターとしての生活があり、加えて上昇志向のある彼にとっては隣に立って互いに高め合えるような相手が好ましいのだろう。

 

 「……俺は、何だろう。好きになった相手がタイプなのかもしれない。こればかりは、何とも……」

 「それでもいいけど、無関心になるのだけは駄目だよ。いいね?」

 

 黙々とチーズフォンデュを味わっているリリィナを隣に、一人悩み続けているアランをおかみは心配そうに見つめていた。合理主義的な所があるアランは、ガッシュのような遊びの部分が少ない。色恋沙汰など、それこそ絵本かおとぎ話の中の出来事なのではと思っている程に縁がないのだ。

 

 「ま、何とかなるだろ。って、おいキッカ! お前食い過ぎだろ! 俺にも寄越せっつの!」

 「にゃぐぐ、早い者勝ちにゃ……あっつ、あっつにゃ!」

 「ああーっ!? お前それ、最後のハムじゃんか! 食ったな、食いやがったなぁ!!」

 

 おかみの心配もどこ吹く風、ガッシュはいたって平静で楽観的だった。そんな彼の関心は隣にいる業突く張りなオトモに移っていた。アランとガッシュが話している間も、キッカは皿の中身をどんどん減らし続けていたのだ。ガッシュにばれて、キッカは慌ててフォークに刺さったハムを口の中へ突っ込む。が、まだチーズが冷めていなかったのか、口の中でとろける熱々のチーズにはふはふと息を吐いては吸っていた。

 

 「ふざけんなよこの野郎! 楽しみにとっておいたのに!」

 「はふ、あふ。あらんとおかみさんが話してる内に旦那さんが食べていいって言ってた気がするにゃ……にゃあ!? ふみっ、にゃぎゅうっ!?」

 

 食べ物の恨みは恐ろしいとはよく言ったもので、ガッシュの怒りは収まる気配を見せない。キッカの両頬を掴んでぐにぐにと引っ張っていた。対するキッカもやられたままでは終わらず、その小さな両手でガッシュの頬に肉球攻撃を繰り出していた。

 

 「このっ、このっ!」

 「んにゃあーっ!」

 「……駄目か」

 「恥ずかしいから、めっ、にゃ」

 

 リリィナを撫でようとして両手で防がれているアランの隣で、ガッシュとキッカは激しい攻防を繰り広げている。ガッシュが頬を引っ張り、キッカがぽこぽこと肉球で叩いている。

 

 「……アンタ達」

 「なん……ぁ」

 「にゃ、にゃあぁ……」

 

 徐々にヒートアップしていく彼らの熱は、おかみの一言で一気に冷やされていった。いつものようににこやかな笑顔なのにガッシュとキッカは得体の知れぬ威圧感に圧され、大型モンスターに睨まれたケルビのようにぶるぶると体を震わせて縮こまっている。

 

 「ここはお料理を食べる所で、暴れる所じゃあないニャ。まだやるなら、ゲンコツニャ」

 「ひいいぃぃっいひいいぃー!?」

 「にゃああー!? 反省しますにゃ! ごめんなさいしますにゃ! だから……い、命だけはお助けをにゃー!!」

 「まったくもうっ。これに懲りたら大人しくするんだよ」

 

 おかみのお仕置き宣言を引き金に悲鳴を上げ、互いに体を抱き合わせて許しを請うガッシュとキッカ。ガッシュ達の様子を傍目に見ていたアランとリリィナは、おかみを怒らせるとこうなるのかと戦慄していた。昔から世話焼きな性分で笑顔の絶えなかった姿を知っているだけに、直接怒られていないのに冷や汗が止まらなかった。

 

 「はぁ、助かったぁ……。仲良くしなきゃ駄目だよなキッカ」

 「そうにゃそうにゃ。ボクたち仲良しにゃ」

 「さーて、チーズチーズっと……あれ?」

 「にゃ……にゃう?」

 

 おかみの一声で喧嘩を止めたガッシュとキッカがフォークを手に皿を見ると、山のように盛られていた具材はなく、白一面の真っ平らがそこにあった。ガッシュとキッカは何かの冗談かと目を擦ってもう一度皿を見るが、やはり何もない。具材は無くなっていた。

 

 「俺とリリィナで楽しませてもらったぞ」

 「な、あ……えぇっ!?」

 「ガッシュ達が肉ばかり取って、ほとんど野菜しか残ってなかったからな」

 「いや、それは……そ、そうだ! ハムとかパンが―――――」

 「それでキッカと喧嘩してたんだろう?」

 「あぁ……」

 

 肉好きのガッシュと野菜好きのアランが並んだら、当然そうなる。彼らが雇ったオトモ達も味の好みは主人と似た傾向にあるので、減っていくのは殊更に速い。そして、キッカとのいざこざもあってガッシュは殆ど食事にあり付けていない。虚しく天を仰ぐガッシュの腹の虫がもっと食わせろと泣き喚いていた。

 

 「足りねぇ、足りねぇよ……こんなんじゃ……」

 「ほら、お食べな」

 「はぇ? っこ、これは……!?」

 

 ガッシュの前に置かれたのは、おかみからの差し入れだった。

 

 「名付けて、リモセラチーズのバゲットサンド。今度出そうと思ってる新メニューだニャ」

 「まさか、俺に……?」

 「お腹が空いてちゃあ力が出ないじゃないのさ。これを食べて元気を出しなニャ」

 

 手頃な大きさに千切った砲丸レタスの上にスライスしたシナトマトを乗せ、ムーファのミルクから作ったチーズとリモセラミを贅沢に挟んだバゲット。

 

 「やったぜー! いっただきまーす!」

 

 おかみ考案の新メニューを誰よりも早く楽しめる。先程までの消沈もどこへやら、ガッシュは喜色満面の笑みでバゲットに齧り付いた。バゲットの表面のザクザクとした食感に瑞々しい砲丸レタス、シナトマトのジューシーさとまろやかで濃厚なチーズの味、塩とスパイスの効いたリモセラミの旨味が重なり、噛めば噛むほど幸せな気分へと誘われていく。この新メニューは成功する。良く噛んでからごくりと飲み下し、ガッシュはそう確信した。

 

 「んんー! うまー!」

 「へぇ、羨ましい。おかみ、俺とリリィナ、あとキッカにもいいかな?」

 「うんうん、少し待っててニャ。皆、どんどんお食べニャ」

 

 続けて二口、三口と夢中になって食い付いているガッシュを見て、アランも思わず本音が出た。アランは堪らずおかみに注文する。おかみもそうなる事を予想してか、すぐさま二つの皿を出していた。ガッシュと同じものと、それよりも一回り小さいものが二つ。アラン、リリィナ、キッカで丁度一人と二匹分だった。

 

 「にゃ? ぼ、ボクもいいのかにゃ?」

 「阿呆。キッカお前、これ食わなきゃ損だぞ。めっちゃ美味いんだって!」

 

 おかみやアラン、そして主人のガッシュを見回したキッカは戸惑うが、他でもないガッシュ本人がそう勧めてきたのだ。発言者のアランは勿論の事、おかみもいつものにこやかな笑顔に戻り、リリィナも反対している様子はない。

 

 「い、いただきますにゃ……」

 

 アラン達が見守る中、キッカもバゲットを一口。瞬間、キッカは目を見開いて今にも跳び上がりそうになった。

 

 「にゃあー! とっても美味しいにゃ!」

 「ほらな。言っただろう? ほれ、どんどん食おうぜ!」

 「にゃ、食べるにゃー!」

 

 先程まで喧嘩していた二人の姿はどこにも無く、おかみの味に揃って舌鼓を打っているハンターとオトモアイルーの姿がそこにはあった。

 

 「ふふ……」

 

 内心で大成功だと思いつつ、おかみは微笑ましく眺めていた。これから村を離れて頑張ろうとする若者たちを沈んだ面持ちのまま見送るのは駄目だ。

 大切な仲間と離れ、落ち込んでいるだろう彼らを自慢の味で笑顔にする事、生まれ故郷を遠く離れていても彼らにベルナの味を覚えておいてもらう事。それがおかみの目論見だった。

 

 「うん。美味い」

 「にゃ。元気が出てきたにゃ」

 

 ガッシュとキッカが完食した中、少し遅れてアランとリリィナも完食した。腹ごしらえを済ませたアラン達はおかみと別れの挨拶を交わす為に席を立つ。

 

 「もう、行くんだね」

 「ああ。ありがとう、おかみ。おかげで元気が出たよ。行ってくる」

 「しばらく離れちまうが……なーに、心配ねぇ。すぐに戻って来るぜ」

 「……やだねぇ。泣かないって、決めてたのにさぁ」

 

 刻一刻と、その時が迫っていた。想いに逆らい潤んでいく瞳を何度も拭いながら、おかみはアラン達を見る。

 

 「アンタ達、向こうに行っても頑張るんだよ。親御さんたちの為にも、ちゃんと帰って来るんだよ。病気に気を付けて、風邪ひいたりするじゃないよ。いいね」

 

 鼻をすすり、滲む視界と震える声でアラン達に念を押す。最後に、一番最後に、おかみは一言、締め括った。

 

 「いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 ベルナ村から龍歴院へと向かう入口に長く立派な髭をたたえた男性と青の制服をかっちりと着こなした女性が立っていた。ベルナ村の村長と受付嬢だった。

 

 「とうとう、行くのだな」

 「ええ」

 「そなた達ならば、きっと良き未来を齎してくれるだろう。このベルナ村と同じように」

 

 地についた杖を片手に一人頷きながら、村長はかつての彼らを思い返していた。一人は困窮する村人の為に、もう一人は狩人としての功績の為に。それぞれの目的は違えど、彼らは力を合わせて立ち向かい、この村に住む者達に貢献してきた。

 

 「うっ、うぅ……二人共、本当に行ってしまうのね……」

 「うわぁ……」

 「ぐずっ、っう……ううぅ……寂しくなるわ。二人のいない村……グスッ」

 「だからってそんなになるかよ普通。おいおい、泣くなっての」

 

 涙をこらえ見送る。字面だけなら屋台のおかみと同じだった。が、目の前の受付嬢は遠慮なく涙を流していた。すする程度に収まり、鼻水が出ていないのがせめてもの救いだろう。一向に泣き止まない受付嬢に引き気味のガッシュが何とも言えない声を出す。こんな時どんな事を言えばよいものか。ガッシュは迷いに迷っていた。そうしている内に、隣にいるアランが受付嬢へそっとハンカチを手渡す。溢れ出る涙を拭い、ハンカチが濡れる。いつまで出続けているのだろうか。底無しにすら思える受付嬢の涙腺にアランとガッシュは互いに目を合わせて肩を竦めた。

 

 「ぐす……アラン君の、形見……うぅ」

 (死んだ事になってる……)

 

 両手でハンカチを握りしめている受付嬢の言葉にいたたまれない気持ちにされるアラン。勝手に殺さないでくれと言いたい衝動を抑えて村長を一瞥する。

 

 「すいません。もう、行きますね」

 「うむ。二人共、頼んだぞ」

 「はい。行こう、ガッシュ」

 「おうよ。やってやるぜ」

 

 防具を外した手で村長と握手を交わし、アランとガッシュ一行は龍歴院へと歩を進めた。徐々に小さくなっていく彼らの背中を、村長はいつまでも見つめている。かの村々へ向かい、件の竜を制するだけでは終わらないだろうという予感を、村長は感じていた。この二人と彼らのオトモならば、それ以上の何かを起こせると。

 

 

 

 

 

 「さてと、ここからは分かれ道だな」

 

 龍歴院の飛行船発着所。ここでは飛行船に乗り、各村に訪れに来た観光客を始め、食料や物資、研究員やハンターなど、あらゆる物が空路を経由して日々行き来している。そして今日は、アラン達もその中の一つに混ざる事になる。ガッシュはココット村へ、アランはユクモ村へ。それぞれに宛てられた任務に向かうのだ。

 

 「あらん、あらん」

 「ん?」

 

 キッカがガルルガフォールドに肉球を押し当てる。視線を下げると、涙ぐむ瞳でキッカがアランの顔を見上げていた。アランが片膝をついて目線を合わせると、キッカはすぐさま両手を広げて抱き着いてきた。肌に当たるヒゲと体毛のくすぐったさに我慢し、キッカに抱き着かれている体勢のままガッシュと苦笑し合う。

 

 「……頑張ってにゃ。絶対絶対、また会うにゃ」

 「分かってる。約束だ」

 

 ゆっくりとキッカの両手を離し、約束事でする指切りの代わりにキッカの両手をぎゅっと握る。柔らかな毛とぷにぷにとした肉球の感触を堪能してからアランは立ち上がった。

 

 「無事に狩猟できれば、ベルナに戻れる。そうすれば全部元通りだ」

 「だな。簡単で助かるぜ」

 

 キッカはガッシュの隣に、リリィナはアランの隣に直る。あと数分で飛行船は離陸する。二人の会話もこれが最後になるだろう。

 

 「余計な心配だと思うが……怪我、すんなよ」

 「分かってる。ガッシュは……心配なさそうだな」

 「っへへ、言うねぇ」

 「事実だからな」

 

 アランとガッシュが最期にしない最後の会話を繰り広げている内に、発着場の汽笛が出発の合図を出している。これ以上の長居をする事は出来ない。

 

 「今に見てなアラン。とびっきり最高の土産話を聞かせてやるぜ!」

 「ああ。楽しみにしてるぞガッシュ」

 

 がっしりと固く握り合う握手を交わし、アランとガッシュはそれぞれの飛行船に乗り込んだ。新たなる地に待ち受けるモンスターの脅威を打ち払い、再開の約束を必ずや果たさんという決意を秘めて。




今までで最も長くなっている気がします。このくらい長い方が良いのか、もう少し短めにした方が良いのか、未だに分からないです。

それはさておき、前書きの通り今回の話で本作『狩人の証』は書き納めになります。
年末で気が浮かれてしまいがちですが、どうか事故や病気にかからぬよう気を付けてお過ごしくださいませ。

それでは皆様、良いお年を。

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