「グァウッ!? ギャウウァッ!!」
「ビンゴ! ナイスだぜアラン!」
地面に紛れ込むようにカモフラージュが施されていた毒々落とし穴のネットがナルガクルガの後ろ足を絡め取り、ネット下に滞留していた紫色の毒煙を吸い込んでいく。ぴったりと着いている筈の地面が無い後ろ足は虚しく宙を蹴り、前脚をばたばたと暴れさせながら必死にもがいていた。そこへ吸い込み続けていた毒煙が体中に回り、頭部から肩周りへかけてキッカのブーメランが投げつけられ、ガッシュの担ぐアルバレストから放たれる弾丸が次々と突き刺さっていく。
そこへ緊急回避から立ち直ったアランも参加する。罠から距離を離しているガッシュ達と違い、アランは自身も毒煙を吸い込む危険を考えてぐっと息を止めながら抜き放ったツルギ【烏】の刃でナルガクルガの背中を何度も斬り付ける。びっしりと生えた黒毛が切り散らかされ、その下にある皮膚に刃が下ろされる。
落とし穴による拘束、毒による状態異常、キッカのブーメランにガッシュのヘビィボウガン、そしてアランの片手剣。これらのダメージが幾重にも重なれば、さすがの大型モンスターといえども重傷は免れない。刃翼を羽ばたかせて罠から抜け出した時には、ナルガクルガの片目が潰れた状態になっていた。潰れた片目を始め、アラン達から受けた傷から血を流していた。
「グ、グウゥ……」
「おーし、あともう一押し……あり?」
四つの脚で踏ん張りながらもふらつきを見せたナルガクルガに追撃を加えようとした時、アルバレストは弾丸を発射しなかった。落とし穴のラッシュで畳み掛けていた際に弾切れを起こしていたのだ。
「おいおい、こんな時にそうなるかよ!? えっと、弾、弾……あり?」
弾薬専用のポーチを漁りながらレベル2通常弾を探す。が、でてきたのはほんの三発。先の攻撃でガッシュは携行できる分の弾をほとんど使い切っていたのだ。
「にゃう、旦那さん! 早くしないと逃げちゃうにゃあーっ」
「ああ、急いでるんだけどよ……ああもう! だったら……おい、アラン!?」
このチャンスを逃すまいと思いながら、しかし焦る手でレベル3通常弾を取りだろうとするガッシュの手を、アランは掴んで止めていた。アランはポーチから取り出したペイントボールをぶつけ、傍観しようとしているのだ。そうしている間にも、ナルガクルガは撤退を図ろうとしている。よろよろとした足取りでアラン達から離れていた。
ブレイブネコランスを片手にキッカが追いかけようとするも、それより早くナルガクルガは飛行し、エリアを後にする。ナルガクルガを逃してしまったのだ。
「ああ、くそっ! どうしたんだよアラン!? もう少しであいつを狩れてたってのに……!」
ナルガクルガが去り、先程の戦闘が嘘だったかのように静まり返ったエリア内でガッシュがアランに詰め寄る。それに対し、アランはガッシュをなだめる。出来るだけ狩猟に掛かる時間を短縮させたいガッシュの言い分も分かるが、こういう気の緩みそうな時こそ足元を掬われやすいのだ。
「いいや、ここは逃がす方が良い。あのまま戦い続けてたら拙い事になってたかもしれない」
先程、もし無理に追撃を仕掛けていたら思わぬ反撃を食らっていたかもしれない。もしそうなっていたら再装填にもたついていたガッシュを助けられる完全な自信はアランにもない。であれば、無理な追撃は避け、この場で一度体勢を立て直したのちに次のエリアでじっくりとあのナルガクルガを追い詰めればいい。それがアランの考えだった。
「そう、か……。悪い、焦ってた」
「まだ時間はある。それから……」
回復薬とは別の、剣士のアランには縁遠い筈の弾薬ポーチからある物を取り出す。一纏めにされた、数十発分のレベル2通常弾。これを使えと、アランの目が物語っていた。
「弾……?」
「もう無いんだろう? 半額の時に買い溜めておいた」
用意がいいよな、お前って奴は。アランから受け取ったレベル2通常弾を、それぞれ弾薬用のポーチとアルバレストに充ててガッシュは呟く。必要だから、とアランは返した。
「キッカ、あとどのくらいだ?」
「にゃ、もう少しだと思うけど……まだにゃ。大丈夫になったら、ボクが教えるにゃ。まかせてにゃ」
左肩の被弾をそのままにせず、回復薬でしっかりと傷を癒したガッシュがキッカを見る。アランも回復薬と元気ドリンコを飲み下しながらキッカの言葉に耳を傾けていた。アラン達はナルガクルガを捕獲しようと試みているのだ。
「もう少しで転ばせられると思う。その時が狙い目だ」
「麻酔弾は俺だな。罠は頼むぜ」
「ああ、任せてくれ」
砥石でツルギ【烏】の切れ味も整え、準備は万端。最後の一手を決めるべく、アラン達はナルガクルガ追跡の為にエリア4を後にした。
「グルル、グゥ……」
天井に開いた穴から差す日の光が天然の照明になっているエリア7。リモセトスの腐乱死体やかつて大型モンスターが使っていたであろう巣の残骸が点在するこのエリアに、ナルガクルガは逃げ込んでいた。縄張りに侵入した者達に手傷を負わされ、ふらつく体に鞭を打つ。そんな傷だらけのナルガクルガの眼前を、一発の弾丸が通り過ぎていく。
「やべ、外したか!?」
「いや、いい! このまま仕掛ける!」
「んにゃあー!」
首を上げて此方の存在を視認したナルガクルガへ向け、ブレイブネコランスを構えたキッカとツルギ【烏】を引き抜いたアランが一気に畳み掛けた。ナルガクルガの眼前でキッカがちょこまかと動き回り、ナルガクルガの注意を引く。そうしている内に側面へと回り込んだアランがナルガクルガの後ろ足を斬り付ける。続けて二撃、三撃と切り口を加え、それに堪らないといった様子で悲鳴を上げたナルガクルガが跳躍してアラン達を引き離す。
アラン達の背後にいるガッシュが俊敏さの欠けたナルガクルガの影をアルバレストのスコープでゆっくりと追従していき、数度にわたる跳躍の着地地点を予測して銃口を向ける。天井に開いた穴から差す光のお陰で視認性が上がり、その姿を捉える事も容易になっていた。
アルバレストの引き金が引かれ、空薬莢が宙を舞う。銃口から吹き出す燃焼ガスに押し出され射出されるレベル2通常弾が次々とナルガクルガの表皮を穿っていく。
「グギャアアァァッ!!」
「むむっ。旦那さん、あらん! 獲物に弱りが見えるにゃ!」
激痛にもがくナルガクルガの姿を見て、キッカが頃合いだと知らせる。そこへアランのツルギ【烏】の刃がナルガクルガの後ろ足を斬り付け、紫の防具を返り血に染めていく。止めに剣先を突き刺し抉り抜くと、ナルガクルガは地面へと横たわり四肢をもがかせた。身体を支える足へダメージが蓄積した事でバランスを崩し、ナルガクルガは転倒したのだ。
「アラン!」
「分かってる!」
持ち味である高い跳躍力を失ったナルガクルガへ、アランはすかさずポーチから円盤型の装置を取り出し地面に設置する。しっかりと設置されたのを確認してから中央のスイッチを押し、離脱。一拍を置いたのち、装置から放射状に発せられた電流がナルガクルガの四肢と接触する。接触している皮膚から手足へ、手足から胴体へと伝う電流にナルガクルガはびくびくと全身を痙攣させた。
「グァウッ……ギャウウッ!!」
キッカの仕掛けた毒々落とし穴と対になるトラップアイテムであるシビレ罠を使い、アランはナルガクルガを拘束状態に持ち込んだのだ。ネットを張り巡らせて物理的に拘束させる落とし穴と違い、発せられる電気に触れさせるだけで効果を発揮するシビレ罠は、その優れた即効性の代償として落とし穴ほどの高い拘束性は持たない。現にナルガクルガは両前脚を動かそうとしており、罠を振り解くのも時間の問題だった。
「ガッシュ!」
「待ってましたぁ!」
アランの声に応じ、アルバレストの引き金を引く。シビレ罠にかかっているナルガクルガの顔面に当たった弾丸が破裂し、白色の煙がもわもわとナルガクルガの顔面を覆う。続け様にもう一発発射。二つの煙が一纏まりに重なり合い、ナルガクルガの鼻孔へと吸い込まれた。
「ガゥ、グ……」
吸い込んだ煙、気化された捕獲用麻酔薬が徐々に体中を巡り、ナルガクルガの動きが緩慢になっていく。両の刃翼に勝るとも劣らぬその鋭い眼光が蕩けていき、やがてナルガクルガは前脚を枕にするように頭を垂れさせた。
「クルルル……クフー……クルル、クゥ……」
眼は完全に閉じられ、静かな寝息がアラン達の耳に入る。アラン達はナルガクルガの捕獲に成功したのだ。
「おっしゃあ! クエスト成功だな!」
「やったにゃあーっ! ばんにゃーい!」
ガッツポーズを取り、狩猟成功の喜びを全身で表すガッシュとキッカ。湧き上がる感情に正直な彼らの姿にアランはガルルガヘルム越しに微笑む。賑やかで頼もしい、気の置けない仲間。彼らの助力が無ければ、今回の狩猟はもっと長引いていたかもしれない。
もう一度、シビレ罠の上で寝息を立てているナルガクルガを見る。改めて、アランは共に戦う者達が持つ存在の大きさを再確認した。
「あらん、あらんっ」
「ん? ……ああ、ほら」
呼ばれ、振り向く。右手を上げたキッカがじっとアランを見つめていた。右手の肉球とにやつくキッカ顔を交互に見て、その意図に気付いたアランが左腕のガルルガアームを外し、キッカとハイタッチをする。
「にゃーん!」
以前賑やかな主人だといっていたが、このオトモも十分賑やかだ。エリア7から移動する際、アランはそんな事を考えていた。
「……まだ持ってたのか、ガッシュ」
「当然。満天の星空の下で食うこんがり肉も最高だからな」
ベースキャンプへ辿り着いた時には、すっかり日が沈んでいた。僅かに冷えた空気が肌を包み、見上げれば無数の星々が夜の空に輝いている。時折見かける流れ星を肴に、ガッシュは肉焼きセットを広げていた。ガッシュの近くで両手をかざすキッカが、肉を焼く火で暖を取っている。
「この後飛行船に乗るんだから、あまり詰め過ぎない方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だって。こんがり肉だぞ?」
その言い分が理由になっているのか疑問に思う一方で、アランも軽食を作る為にベースキャンプにある簡易キッチンで火を熾していた。オレンジ色の淡い光が辺りを照らす中でベルナ村から持ってきたチーズを火で軽く炙る。チーズの表面が火の熱で溶け始め、全体の形がぐにゃりと歪んできた所でスライスされたパンに乗せ、食む。良く噛んで飲み込んで、夜の冷えた空気でチーズが冷めない内にもう一口食む。驚く程簡素な出来で、見方を変えればズボラにも思えるだろうそれは、これ以上付け足せばそれら全てが余計なものになりかねない程に美味だった。
最後の一かけらをしっかりと味わったアランは、使い終えた火を消してガッシュを見る。火の上での数度の回転を終えてこんがりと焼き上がった肉に、ガッシュは思いっ切り齧り付いた。
焼きたてのこんがり肉ってどんなお味なのでしょう。あの大きな塊に齧り付くのも良いけど、少しずつ薄く切ってパンとかに挟むのも良さそう……むむむ。