「……で、だ。俺の話は大体終わったが、俺が居ない間、アランは何やってたんだ? のんびり採取ツアーと洒落込んでたって訳でもないだろ?」
食事も終えて一息つき、今度はガッシュの側が聞き手になろうとしていた。自分がいなかった三週間、アランがどれだけクエストをこなしていたのかを聞く為に。それを聞かれ、腕を組んで唸っていたアランが片手を開き、これまでの出来事を大まかに思い出していく。
「そうだな、まずこの装備を強化する為に鎧玉を集めて……」
「ふむふむ」
「それから調合素材を色々と揃える為に古代林を回って……」
「なるほど」
開いた片手の指を一つ一つ折っていくアランに相槌を打つ。
「古代林で暴れてたイャンクックを狩猟したり……」
「おっ? やるねぇ」
「交易に向かってたオトモを休ませてあげたり……」
「ああ、しっかり労ってやるのは大事だよな」
「……そんな所かな?」
「てめぇこの野郎っ!!」
怒り心頭と言った様子で両手でテーブルを叩き、立ち上がるガッシュ。いきなり怒鳴られたアランと、隣で大声を出されたキッカが何事かとガッシュを見る。
「どうしたんだガッシュ? いきなりテーブルなんて叩いて」
「どうもこうもあるか!? リオレイアとかナルガクルガみたいな、おっかない奴らを狩猟したとか! そういう激闘があったろ!? 無いのか、無いんだな!? 返せこの野郎! お前に追い付く為に
テーブルから身を乗り出したガッシュがその両目から滝のように涙を流しながらアランの両肩をがっしりと掴み、ぶんぶんと揺さぶる。が、ガッシュは何かを思い出したようにすぐに両手を離した。
「……っと、確か肩は駄目だったな。すまんすまん」
「ああ、そこは覚えてたんだ。でも、ナルガクルガか……」
「おっ? 今度こそ何かあるんだな?」
「ああ。あれは……一週間くらい前、だったかな」
含みを持たせたアランの言葉に先程の怒りもどこへやら、これから始まる話に顔を綻ばせるガッシュ。隣にいたキッカもまた、アランの話にわくわくしていた。
「ベルナ村で依頼を頼まれたんだ。あの時は古代林での採取クエストだった」
「新しいゼンマイ茶?」
「そう、古代林で採れる特産ゼンマイを使ったゼンマイ茶。これをベルナ村の新しい名物にしようと思うの!」
一面に広がる草原と山々に囲まれ、澄んだ青空には白い雲と黄色い飛行船が浮かぶのどかな村、ベルナ村に来ていたアランはベルナ村観光大使の肩書を持つ、ベルナ村の受付嬢の話を聞いていた。ベルナ村の村人たちに古くから飲まれているゼンマイ茶には独特の苦みが出ており、しかもパッとしない味だという。そこで彼女は古代林に群生する特産ゼンマイを用いた、新しいゼンマイ茶を作ろうというのだ。そして、行く行くはベルナ村の名産に加われば、とも考えている。
「特産ゼンマイとなると、古代林か。場合によっては肉食モンスターが湧く所にも行く必要がありそうだ」
「ええ。フィールドには危険なモンスターがいるから、ハンターに頼むしかなくて……」
しかし、モンスターと戦う術や力を持たない彼女ら村の人間が狩猟場に赴く事は出来ない。よしんば足を踏み入れる事が出来たとしても、古代林には大人しい性格の草食種以外にも凶暴な肉食性のモンスターや甲虫種が数多く潜んでいる。果たさねばならない目的があったとしても、長生きをしたいのなら無暗に踏み込んではならない。
「ベルナ村の観光大使として、か。大変だ」
「今回のアイデアはなんとしても成功させたいの。お願いアラン君、力を借して!」
そこで、クエストとしてハンターに依頼するのだ。モンスターの狩猟や捕獲、フィールドに生えている植物の採取等が出来る彼らの力を借りる事で目的の物、あるいは結果を得る。
龍歴院が設立される過程で複数の小さな集落が寄り纏まった事で生まれた村として、ベルナ村は龍歴院と深い関わりを持つ村でもあり、龍歴院の所属ハンターであるアランも過去に多くの村人の悩み事を解決してきた。今回もその一つだが、こうして名指しで依頼されるのはそれだけ信頼されている証なのだろう。
「名指しで頼まれたなら、頑張らない訳にはいかないな。ベルナ村にはいろいろと助かってるから、俺でよければ力になるよ」
「アラン君……っ! ええ、一緒にがんばりましょう!」
嬉しさに両目を潤ませてアランを見つめる受付嬢に、なるべく多めに採取して来ようとアランは計画を練っていた。
「……ここにも無い、か」
地を見れば隙間無く敷かれた落ち葉が絨毯のように広がり、天を仰げば太く大きな樹木から木漏れ日と共にはらはらと木の葉が舞い落ちている。端に転がっている腐った木屑から無数のキノコが生え、水を入れた風船のようにぷっくりと膨れたハチの巣が黄金色の蜜を垂らして甲虫種のオルタロスを誘き寄せている。
龍歴院から送られる支給品に入っていた地図でいう所の、ここは古代林のエリア4。草食種の
「もう少し探してみないと駄目だな」
ポーチに入っているゼンマイの数にため息をつく。たったいまポーチに詰めた分を含めて、特産ゼンマイの数は七個。状況は当初に予定していたよりも捗っていなかった。
(見つからない……いつもならとっくに集まってる頃なのに)
採取系の能力に優れたレザーシリーズを着込んだアランは改めて防具の調子を確かめてみるが、クエスト出発前と同じくどこにも不調は見られない。
「仕方ない。もう少し遠くへ……む」
地図と睨めっこをしながら古代林を一周するコースを辿ろうとした、その時。何者かの視線を感じた。古代林の木々ががさがさと音を立て、舞い落ちる木の葉を増やす影の正体をアランは捉えた。
「グルルルル……」
闇へ溶け込むように発達した黒く滑らかな体毛、鞭のようにしなる伸縮自在の尻尾、前足から伸びる大きなブレード状の刃翼。後ろ足のみではなく、前足も含めた四つの足で這うように身体を支える原始的な骨格を持つ、飛竜。アランが感じた視線の正体、
「ナルガクルガ……!」
「グャオオオオオオオオッ!!」
目の前の小さな生き物が縄張りを荒らす敵だと認識したナルガクルガのバインドボイスを、アランは片手剣の盾で遮りながら冷静に彼我の戦力差を確認する。
(……さすがに、拙い)
アランが着ているレザーシリーズは採取系の能力に優れてはいるが、大型モンスターとの本格的な戦闘に耐えうる代物ではない。防御力に不安の残る装備で倒せる程、ナルガクルガは甘い相手ではない。アランは隣接するエリアへ撤退するべく、即座にポーチから小さな手投げ玉を取り出す。
「そら」
取り出した手投げ玉についている小さなピンを引き抜き、投擲。小気味良い破裂音と強烈な閃光がナルガクルガの眼前で炸裂。一時的にモンスターの視覚を奪う事を目的に作られた道具、閃光玉である。
「ガウウッ!?」
「悪いな、お前の相手をするつもりはないんだ」
高い足止め効果を持つが、連続で使用する事で閃光玉の効果は徐々に弱まってしまう。そして、その足止めが成功したのならこの場に長居する必要はない。視覚を潰され悲鳴を上げるナルガクルガを尻目に、アランはエリアを移動した。
「成程なぁ。さすがにレザー装備じゃ分が悪いよな」
「そんな所。それとも、無理にやり合って大怪我でもしてほしかった、とか?」
ヘルムを脱いだキッカの頭を撫でているガッシュに、アランは不満かを尋ねる。が、ガッシュは肩をすくめている。
「いいや。それで、ゼンマイ茶の方はどうなったんだ? 俺はずっと前に飲んでそれっきりだが、あれパッとしない味だったろ?」
初めてゼンマイ茶を飲んだ時の妙な苦みを思い出したガッシュがあからさまに苦手だという表情をしながらアランの話に興味を見せた。
「それが……」
「まさか、嘘だろ?」
期待を膨らませるガッシュとは正反対の曇りを見せるアランの表情に、ガッシュは不安を募らせた。その後の顛末がどんなものになったのか、容易に想像できたからだ。
「味がそれ程変わってなかったんだ。苦いだけで、パッとしなかった」
「あちゃー」
そいつは残念。そう付け加えて頭を掻くガッシュ。もし特産ゼンマイを使って味が良くなるのならば、偶の気まぐれに飲むくらいはとガッシュは考えていた。これから先、別の村へ赴く際の差し入れにするのも悪くはないとも考えていたが、その目論見も水泡と帰してしまった。
「しかし、あのナルガクルガか……なあアラン、どうだ? 俺らで狩猟してみないか?」
「クエストがあるなら、考えてみる」
ゼンマイ茶から話題を変えて、ナルガクルガの狩猟を提案する。ガッシュの提案に、アランも別段嫌そうな素振りは見せない。アランにもやる気はあるのだと捉えたガッシュはにやりと笑った。
「言ったなぁ? おっしゃあ、待ってろよー!」
言うが早いかガッシュは立ち上がり、ファンゴの如く真っ直ぐに大衆食堂を走り去る。あっという間に姿が見えなくなったガッシュにアランはキッカと目を合わせて苦笑した。
「楽しいご主人だな、キッカ」
「にゃうっ」
右の肉球をアランに見せ、キッカはにっこりと微笑んだ。数十分後、ナルガクルガの狩猟依頼を受けてきた旨の話を上機嫌で持ち込んできたガッシュの無邪気な姿に、アランは小さくため息をついた。
狩りの描写はいつになったら出て来るのやら。もう少々お待ち下さい。