狩人の証   作:グレーテル

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お待たせしました。更新です。
今回も独自解釈盛り盛りです。ご容赦ください。


第21話「今度こそ」

 「気を付けろ! なんかやってくるぞ!」

 

 先手を仕掛けたのはライゼクスだった。大きく胸を反らし、頭を持ち上げる動作。他の飛竜にも見られるその動きはブレスを吐く動作に似ており、事実ライゼクスは大きく口を開けて雷属性のエネルギーを持ったブレスをガッシュ達へ目掛けて発射していた。

 

 「おおっと、あぶねぇっ!」

 

 ライゼクスのブレスを回避する為にガッシュはアルバレストを抱えたまま転がり、難なくブレスを回避していた。お返しとばかりにアルバレストのスコープを覗き、クロスヘアをライゼクスの翼に合わせて即座に引き金を引く。アルバレストのバレル内に刻まれたライフリングによって弾丸は螺旋状に回転しながら射出され、スコープの狙い通りに翼へと着弾する。が、翼には目立った傷はなく、翼爪に浅い溝が付いた程度だった。

 

 「えいにゃっ! このブーメランを受けてみるにゃ!」

 「はっ!」

 

 ライゼクスのブレスを皮切りに、既に散開していたアンジェとキッカがライゼクスを挟み込むような位置取りをしていた。キッカの投擲したブーメランがライゼクスの頭上を飛んでいき、アンジェのパラディンランスの穂先は脚を捉えたものの、当たり方が悪かったのか甲殻に受け流されてしまう。手応えの無い感触に顔を苦くさせつつ、アンジェは更にもう一撃を加えようとランスを突きだすが、ライゼクスが翼を羽ばたかせて飛んだ事で避けられる。突如襲った風圧にアンジェは盾に身を隠すことでやり過ごした。キッカは風圧を防げずに地面を転がっている。

 

 「クァオオォォ……ッ」

 「何だ、何してきやがる……!」

 

 アンジェたちの頭上を飛ぶライゼクスは大きく口を開き、先程と同じように雷属性のエネルギーを溜めていく。数秒の間を置いて吐き出されたのは、蛍光色の光を纏った、雷の柱だった。

 

 「……は? なんだあれ?」

 

 ガッシュが呆気にとられている間に、雷の柱は地面を走るような挙動であらぬ方向へと向かっていく。アンジェやキッカを狙っている訳でもない、ガッシュを狙っているようにも見えない、ライゼクスとガッシュの間を通り抜けるように、ただ斜めに移動しているだけである。

 

 「んだよ驚かせやが……ってえぇ!?」

 

 危険な物ではないと踏んでか、ガッシュはライゼクスの放った雷の柱を無視して再度スコープを覗こうとする。その後異変に築いたのは、スコープを覗こうとした瞬間、再び雷の柱を見た時だった。

 

 「はあぁっ!? なんだよそれ!?」

 

 明後日の方向へ向かっていた雷の柱が突如その進行方向を変え、ガッシュ目がけて突っ込んで来たのだ。突然の出来事に絶叫するも回避は間に合わず、ガッシュの身体は雷の柱と衝突して地面を転がっていた。

 

 「ぶえっへぇ!? いってぇな畜生!」

 

 悪態をつきながら上体を起こし、ガッシュはすぐさま弾薬が入っているポーチを確かめた。薬莢の破損や火薬への引火は見られず、いたって無事である。防具の素材に使われているフルフルの皮が雷属性のエネルギーを分散させてくれたお陰だった。

 

 「さすがフルフル装備だ。なんともないぜ」

 

 ガンナーの着る防具は剣士用の物よりも火や雷、水や氷といった属性への耐性が高く作られている。それはボウガンに装填する弾丸に詰められた火薬や、ニトロダケが素材に使われている、弓に装填する強撃ビンへの引火や湿気による破損を防ぐためである。

 遠距離から狩りを行う特性上、モンスターからの攻撃は火や雷属性のブレスを用いたものが主となり、その対策としてガンナー装備には高い属性耐性を持つような加工が施されているのだ。また効果は比較的弱いものの、ボウガンにも同様の加工が施されている。

 

 「無事と分かりゃあ、キッカ……なんだぁ、ありゃあ……」

 

 ボウガンも問題ない事を確かめたガッシュは戦線復帰し、キッカ達の援護に回ろうとした時の事。ガッシュは我が目を疑うかのような光景があった。ライゼクスが蛍光色に光る頭部の鶏冠から雷を放出していたのだ。

 

 「ふにいぃ~! 旦那さん助けてにゃあぁ~っ!?」

 

 雷は剣のような形状をしており、雷を発生させている鶏冠を頭ごと振り回してキッカを斬り付けようとしている。見た目が見た目なその使い方も使い方であった。幸いターゲットにしているキッカの身体が小さい事と、キッカ自信がパニック状態であちらこちらへデタラメに走り回っている事が合わさって何とか凌いでいる。ライゼクスの注意がキッカに向いている隙に、アンジェはライゼクスへ肉薄。ランスの狙いを翼膜へと定めて刺突する。続けて更に二連続で穂先を翼膜へと突き入れ、足へ向けてランスを薙ぎ払った。

 

 「こっちを、向いて……っ!」

 「よし、キッカは逃げられた! 閃光玉使うからお前もいったん下がれ!」

 

 アルバレストを折り畳んで背負い、小脇にキッカを抱えたガッシュがポーチから閃光玉を取り出し、いつでも投擲できるように待ち構えていた。アンジェが後退して体勢を立て直せるように、ライゼクスの動向を一瞬たりとも逃さずに見続けている。

 

 「まだ……行けます!!」

 「は!? おい待てこら! 下がれっつの! 体力持たねぇぞ!!」

 

 閃光玉の光でライゼクスを怯ませ、その隙に一度仕切り直しを図る。そんなガッシュの計画はライゼクスに接近し続けるアンジェの思惑に阻まれた。彼女はガッシュの制止を振り切り、まるで何かに憑りつかれたようにライゼクスに肉薄し続けている。このまま攻撃をしていたらいずれ体力が底を突き、息が切れて下がれなくなってしまう。背に悪寒が走ったガッシュは未だに腕の中で息を切らしているキッカを地面に置いてアルバレストを展開。レベル2通常弾を装填していつでも撃てる状態にしていた。

 

 (彼らは必ず……必ず守ってみせる……! っ!?)

 「な、ぁ……っ!?」

 

 アンジェの両肩が僅かに上下し始めた頃、ライゼクスが反撃を開始し始めた。

 

 「ギオオォォッ」

 

 ライゼクスがアンジェへ向けて翼を薙ぐように振り回したのだ。ライゼクスも飛竜の名を冠するように、その体には飛ぶための翼が当然ついている。そして、それを攻撃する為のものとして使ったのだ。ガッシュやアンジェが着ている装備の元になったフルフルやリオレイアには見られない特徴であった。

 

 「ヤバいぞあれ……! おい! 援護すっからそこから下がれ!」

 

 間一髪、薙ぎ払ってきた翼を盾で防げたものの、アンジェはその場から離脱する気配を見せない。続けてもう一度、ライゼクスの翼による薙ぎ払いが繰り出される。アンジェはこれも盾で凌ごうとするが、完全に受け止めきれずに弾かれ、横倒しにされていた。

 

 「まさか、あいつ……くそ! こっち向けこの野郎!」

 

 嫌な予感がしたガッシュは展開したアルバレストの引き金を引く。狙いはどこでもいい。とにかく攻撃を加えて注意をこちらに向けるのだ。

 

 「ギアオオォォ……ッ」

 

 ガッシュの存在を疎ましく思ったのか、ライゼクスは背後にいるガッシュへ視線を向け、先端が二股に分かれた鋏のような尻尾を閉じたり開いたりさせてガチガチと打ち鳴らしている。すると尻尾から徐々に蛍光色の稲妻を発生させていき、遂に鋏のような尻尾は電気を纏わせているような形態へと姿を変えた。

 

 「んだよまだ何かあんのかよ……っ!」

 「クァオオオォ!!」

 

 尻尾の先端に雷が充填されていき、膨大な光を含んだ尻尾をライゼクスは地面へと叩きつける。尻尾が地面とぶつかりあった瞬間、ライゼクスの尻尾がブレスを放った。溜めに溜めたエネルギーを開放して照射された雷はガッシュへ向けて一直線に放たれる。

 

 「な……うおぉっ!?」

 

 アルバレストを抱え、大きく横へ跳んで回避する。持ち直したガッシュが途中で置いてきたキッカを見るが、彼は体力の回復を終えてアンジェを救出しようと迂回している。キッカを心配する必要が無くなったガッシュはアルバレストの引き金を引く。が、弾が出てこなかった。

 

 「は!? んだよこんな時に! キッカ、行けるか!?」

 「任せてにゃ! うらにゃー! ハンターさんから離れろにゃーっ!」

 

 キッカはアンジェを庇うようにライゼクスの前に立ちふさがり、ブレイブネコランスを振り回し、ブーメランを投げる。目の前に現れた小賢しい存在を払い除けようと、ライゼクスは鶏冠を振り回し、翼爪で薙ぎ払う。が、これらを持ち前の小さい体ですり抜けたキッカがブレイブネコランスで反撃する。大きく飛び跳ねてから振り下ろしたランスが鶏冠を強打する。どこまでも纏わり付こうとするキッカにライゼクスはついに痺れを切らした。

 

 「ピキィイィィイヒルルルルルッ!!!!」

 

 口から白い息を吐き洩らし、翼を広げて咆哮する。ライゼクスが怒り状態になったのだ。ライゼクスの視線はキッカとアンジェに向けられている。あらゆる手段を尽くして叩き潰そうと、明確な敵意を持ってただ一点を見つめていた。

 

 「ギギ、ギッギッギ……ッ!!」

 

 続けて、ライゼクスは翼を開いては閉じ、まるで翼を擦り合わせうような仕草を繰り返した。尻尾に雷を充填させていた時のように、両翼には次第に蛍光色の稲妻が現れていく。それは翼爪から翼膜へと伝播し、発生した雷は勢いを増し、ついに翼爪を包み込む程の膨大な輝きを放った。電力が満タンまで充填されたのか、ライゼクスは満足そうに翼を広げていた。向こう側が透けて見えるほど薄く、蜻蛉の翅のような網目状の模様が走る翼膜は充填された雷のエネルギーによって輝きを放ち、まるでステンドグラスのような絢爛な様相を見せている。が、それは死の危険に満ち溢れた残忍な輝きである事を、アンジェ達はすぐに思い知らされる事になった。

 

 「ハンターさん、ここは一旦逃げようにゃ。ボクがアイツを─────」

 「駄目……ネコさん!!」

 

 再びブレイブネコランスを構えるキッカを突如アンジェが捕まえ、盾の中へと抱き込む。ランスは放り投げられており、アンジェは防御する事、キッカを守る事だけを考えていた。

 

 「ギォオオオアッ!」

 

 ライゼクスが大きく振り上げた翼を叩きつける。雷を纏った翼爪は盾を構えたアンジェを殴打し、叩きつけると同時に纏っていた電気が周囲に飛散。まるでその場で落雷が起こったかのように電気エネルギーの爆発が起こったのだ。

 長い時間攻撃を続け、立て続けにライゼクスの攻撃を防いでいたアンジェにこれを防ぎきるだけの体力は残っておらず、盾を構えていたアンジェの身体はあっさりと弾き飛ばされた。

 

 「ぅああああああああああぁぁ!?」

 

 受け身も満足に出来ず、アンジェは何度も地面を転がっていく。ようやく勢いが止まったものの、アンジェは起き上がるのも精一杯になる程深刻なダメージを受けていた。

 

 「あう、うぅ……」

 

 アンジェの腕の中にいたキッカがもぞもぞと動き、盾の陰から身を出す。苦悶の表情を浮かべるアンジェを一瞥して、キッカはライゼクスへの怒りに拳を震わせていた。

 

 「にゃうぅ、こんにゃろー! ハンターさんに何するにゃーっ!」

 「だ、め……ネコさん……逃げ、て……」

 「女の子をいじめるなんて最低な奴にゃ! ボクが成敗してやるにゃあーっ!」

 

 鶏冠から雷の剣を発生させて振り下ろすライゼクスの頭を掻い潜り、キッカはブーメランを投擲。弧を描いて投げられたブーメランは翼膜を傷つけ、僅かに出血させた。続けて火薬の炸裂音が響き、空を裂いて飛翔するカラの実の弾頭が翼爪に突き刺さる。キッカが視線を横に向けると、アルバレストを構えながらアンジェの下へ向かうガッシュの姿があった。

 

 「よし、そのまま引き付けてろキッカ!」

 

 弾切れになったアルバレストの弾倉へレベル2通常弾を装填し、すぐさま発砲。5発の弾を一気に撃ち切る。2発が背中の甲殻に当たって跳弾、3発が翼に命中し、キッカのブーメランと同じように甲殻を破って出血させた。

 

 「一旦引くぞ。どこかで回復して仕切り直し─────」

 「旦那さん逃げてにゃ!」

 「うおぉやっべえぇ!!」

 

 アルバレストを折り畳んで背負い、気を失いかけているアンジェを抱えて逃げようとした時の事。ライゼクスが翼を羽ばたかせて飛翔し、ガッシュとアンジェのいる場所目掛けて急降下し始めた。明らかに何かをする気のライゼクスに冷や汗を浮かばせ、アンジェを抱えて大きく横へ跳ぶ。

 

 「ギギッギ、ギオオォッ!!」

 

 降下していく勢いを乗せ、ライゼクスは両翼を交互に叩きつけていく。ガッシュ達がいた地点を無数の打撃と放電が襲い、周囲の地形を徹底的に踏み荒らし、草花という草花を根こそぎ蹴散らしていた。太陽が高い位置にいるにもかかわらず、ライゼクスの繰り出す放電は目が痛くなる程眩い。あの輝きに見惚れてはならない。この状態のライゼクスは手が付けられない暴れっぷりを見せている。今の状態で手に負えるような相手ではない事はガッシュは勿論、キッカも察知していた。

 

 「キッカ、お前ランス持ってこい。一旦引くぞ」

 「にゃ」

 

 ポーチから取り出した閃光玉をライゼクスへ投擲。強烈な閃光に視界を奪われたライゼクスは標的を見失い、自身の周囲を手当たり次第に攻撃しまくった。翼が岩を叩き付け、鶏冠の剣が空を斬り、尻尾から放つ雷は明後日の方向へと放たれている。

 

 「旦那さん、ハンターさんの武器を持ってきたにゃ」

 「よし、そんじゃあさっさと逃げるぞ」

 「にゃ!」

 

 アンジェを抱きかかえたガッシュとパラディンランスを持ち上げているキッカがエリアを後にする。案の定、幸先の宜しくない威力偵察に終わってしまった。

 

 

 

 

 

 「よっこらせ、っと。ここならあのデカブツも入って来れないだろ」

 

 人一人が通れる程度の小さな入口を潜り抜けた、周囲を木々に囲まれた場所。ここはエリア12。この森丘で暮らす野良アイルー達の棲み処だった。

 

 「うーっす。ちょいと場所借りるぜ。少し休ませてくれや」

 「ニャニャ? 人間が何の用ニャ。ここはボクらの住む場所ニャ。とっとと引き返すニャ! さもなくば……」

 

 アンジェをゆっくりと横にするガッシュとパラディンランスを置いて一息つこうとするキッカ。そんな彼らを快く思わない野良アイルーはモンスターの牙で作ったピッケルを構え、ガッシュ達を追い払おうとにじり寄っていた。

 

 「そっかそっかー。そりゃそうだよなー。俺らみたいな余所者がお邪魔しちゃあ悪いよなー。この場所貸してくれたらお礼にこのマタタビをやろうと思ったんだけどなー。だぁーめだぁーよなぁーあ!」

 「ようこそボクたちの棲み処へ! どうぞごゆっくりしていってニャ!」

 「めっちゃ現金な奴だなおい」

 

 ガッシュはキッカへのご褒美兼泥棒ネコのメラルーへの対策として常備しているマタタビをチラつかせ、野良アイルーはあっさりとガッシュ達の要求を受け入れた。数秒と経たず豹変したその態度に苦笑しながら、ガッシュはポーチから取り出したマタタビを野良アイルーへと放り投げた。

 

 「旦那さん。ハンターさん、大丈夫かにゃあ……」

 「さあな。横になれば少しは楽になるだろ。キッカ、枕になってやれ」

 「分かったにゃ。ここはボクにお任せにゃ」

 

 ブレイブネコ装備を脱いだキッカが仰向けに寝転がり、彼のお腹にアンジェの頭を乗せて横向きに寝かせる。キッカのふわふわとした感触の白い毛並が傷ついたアンジェの頬を優しく受け止め、快眠効果を促す。逃げている途中で気を失っていたアンジェの表情は幾分か和らいでいるような気がした。

 

 「さて、と……ほれっ」

 

 横に寝かせたアンジェへ向けて、ガッシュはアルバレストを展開。弾丸を装填し、間髪入れず発砲した。銃口から緑色の薬液が噴霧され、防具を纏ったアンジェの身体に付着していく。弾薬に回復薬を調合させた弾丸。回復弾だった。

 

 「ん、ぅ……」

 

 続けて2、3発の回復弾を撃ち、いくらかの時間が経った時の事だった。それまで閉じていたアンジェの瞼がゆっくりと開いていき、アルバレストの調子を確かめていたガッシュと目が合った。

 

 「お、気が付いたか。あぁ、まだ動くなよ。結構痛いの貰ってたみたいだからな。もう少しだけそうしてな」

 

 地面に敷いた麻布の上にカラの実とハリの実を並べ、アイテムポーチから工具セットを出し、中身を広げる。糸鋸でカラの実を半分に割り、二つに割った一方にハリの実を入れ、もう片方には火薬を入れて雷管を詰め込む。それら二つをしっかりと噛みあわせて外側からネンチャク草の成分を抽出した接着液で隙間を埋めていく。粘着液が乾いたら、今度はアルバレストの薬室に入るようにカラの実の表面にある無駄な凹凸をやすりで削って均一にならしていく。ガッシュは消耗したレベル2通常弾の調合をしていた。

 

 「……どうして、助けたのです」

 「死なれたら寝覚めが悪いからだよ。聞きたい事もあるしな」

 

ガッシュは慣れた手際で弾薬を作りながら、アンジェの問いに即答した。

 

 「お前さ、村にいる時にアレを一人で倒すって言ってたろ」

 「……ええ」

 「それってさ、アレに困ってる村の奴らを何とかするよりも大事な事なのか。あいつらが困ってるのを何とかするよりも、一人で倒す方が大事なのか」

 「っ、それは……」

 「俺らの事が邪魔って訳でもなさそうなんだよな。さっきキッカを助けてたし」

 

 ライゼクスが翼に電気を纏っていた時、ガッシュはアンジェがキッカを盾の中に匿っていたのを見ていた。邪魔だというならあんな真似はしない筈。むしろキッカを餌にしてさっさと安全な場所まで逃げている筈なのだから。村にいた時は接触を避けていながら、しかしキッカを気に掛けるような素振りまで見せている。ガッシュはそれが不思議だった。

 

 「……共に戦ってくれた人達がいたんです。私に戦い方を教えてくれた人達が」

 

 「彼らはいつも私を導いて、守って……そして、傷付いた。大怪我を負って、ハンターの道を諦めた。私が、そうさせたのです」

 

 まだ体が痛むのか、横になったままのアンジェが静かに語りだした。ガッシュ達を避けている理由、アンジェにそうさせるに至った、過去に起こった出来事を。

 

 「沼地に現れた二頭の毒怪鳥の狩りが終わった後の事でした。空から降り立った紫色のリオレイアが私達を襲ったのです」

 「……聞いた事ねぇな。紫? リオレイアが?」

 

 リオレイアといえば森に溶け込むような緑色の鱗と甲殻を持った飛竜の筈。それはアンジェの着ているレイア装備が物語っている。だというのに、アンジェの話の中に出てくるリオレイアは体色が紫色だというのだ。ガッシュは首を傾げたが、一先ずはアンジェの話を聞く事に従事した。

 

 「狩りが終わった後で体力もアイテムも消耗していて、私達は抵抗する事が出来なかった。そのリオレイアはあまりにも強大で、私達は逃げる事すら満足に出来なくて……だから彼らは私を守る為に……囮、に……」

 「……まさか、死ん─────」

 「生きてます。生きているから、辛いんです!! 今も、生きて……いる、から……」

 

 アンジェが声を荒げ、やがて嗚咽が混じっていく。目を見れば今にも涙が零れ落ちそうな程溢れていた。

 

 「彼らの在り方を奪って、自由を奪って、なのに私は生きてる! ハンターとして、体の不自由もないまま!」

 

 アンジェの話は一旦途切れ、しばらくの間粗い息遣いが続く。色んなものが混じって頭の中がぐちゃぐちゃになっている。ガッシュはアンジェが落ち着くまで待ち続けた。

 

 「きっと、私はまた繰り返してしまう。あなた達の誇りを……自由を奪い、あなたの未来を奪ってしまう。あなたの自由を奪う事で、あなたと関わる人々を、傷付けてしまう……!」

 

 「もうあんな事を繰り返したくない! 人ひとり守れない私にどうにかできる相手ではないことくらい、分かってます。それでも……それでも、もう……」

 

 頬を伝っていく涙を両手で顔を覆って隠す。表情を隠した手の向こうでアンジェは歯を食いしばり、ぐっと堪えている。そんなアンジェの頭にガッシュはそっと手を乗せた。

 

 「んだよ。無愛想なのかと思ったら、ただの優しい嬢ちゃんじゃねぇか。心配すんな。俺らはそんなにやわじゃねぇ」

 

 レイアヘルム越しにガッシュはアンジェの頭を鷲掴みにしてわしゃわしゃと乱雑に撫でまわしている。突然の事に戸惑うアンジェを余所に、ガッシュはさらにアンジェに話しかけた。頭に置いていた手を退かし、アンジェをゆっくりと起こす。

 

 「なあアンジェ。もう一個聞いてもいいか。そのレイア装備は誰かに倒して作って貰った物じゃあないな?」

 

 ガッシュの問いに、アンジェは小さく首を振った。

 

 「だったらやれる。そんだけ辛い思いして、自分がいなくなっちまえばいいって思ってさ、それでもまだ強くなろうと頑張ってるんだろ。あとは俺らがちゃんと仲間になればいいだけだ。一人じゃないだろ、俺らもいるんだからよ。なあキッカ─────」

 

 アンジェだけでも、ガッシュとキッカだけでも駄目なのだ。しかしガッシュは知っていた。それは裏を返せばここにいる者達が力を合わせれば決して越えられない相手ではないという事を。力を合わせる事で、人はどこまでも強くなれる。それは今までに何度もコンビを組んで狩りに挑んだ親友のアランが教えてくれた事なのだ。

 そしてガッシュは今回の狩りに欠かせない身軽な遊撃隊長のキッカに視線を向けると、彼は大の字になって横たわり、盛大に鼻提灯を膨らませていた。

 

 「……ぐぅ、ぐぅ」

 「寝てんじゃねえタココラァ!」

 「にぅっ!?」

 

 呑気に膨らんでいるキッカの鼻提灯をガッシュはデコピンで壊し、キッカを夢の中から引き摺り戻した。

 

 「むにゃにゃ、ハンターさんの枕になってたらボクも眠たくなってたにゃ……にゃっ! ハンターさん、気が付いたにゃ。良かったにゃぁ! ぎゅうーっ!」

 「ね、ネコさん。くすぐったい……」

 「ぎゅうぎゅうーっ!」

 

 2、3度顔を洗って目を覚ましたキッカがアンジェを見るなり、両手を広げてアンジェに抱き着く。アンジェの枕になる為に防具を脱いだままなので、アンジェはキッカの毛並を存分に味わわされていた。

 

 「ったく、調子の良い奴。で、どうだよ。リベンジといこうじゃんか。今度は、俺ら全員でな」

 

 ガッシュは立ち上がり、アンジェを立たせようと手を差し伸べる。対するアンジェは戸惑いながらも、差し伸べられたガッシュの手をじっと見つめていた。

 

 「……本当に、いいんですか? 私は……もう一度、誰かと共に戦っても……」

 「いいんだよ。俺らはその方が面白くてわくわくするんだからよ」

 「にゃ!」

 

 ゆっくりと伸ばしていくアンジェの手を、ガッシュが強引に掴んで立たせた。

 

 「じゃ、行くか。まずはキャンプに戻らないとな」

 「キャンプに?」

 「ああ。アレをやる為に、な」

 

 

 

 

 

 岩と木々に覆われた天然のトンネルの奥。南側の小さな広場にある池でライゼクスは羽を休めていた。一しきり暴れ回って疲れたのか、体を覆っていた雷は鳴りを潜めている。ライゼクスは池の水を飲んでから、トンネルの中を悠然と闊歩していた。トンネルを抜けて北の広場に入りかかった時、ライゼクスはある物を見つけた。モンスターの肉だった。

 

 「……?」

 

 ライゼクスは首を傾げつつ、その肉へ向けて歩を進める。暴れ回った後の身体は水だけでは物足りなかったので、ライゼクスにとっては丁度良かった。そのまま肉へと歩を進め、一口で齧ってやろうと首を伸ばした時、ライゼクスの足元が突如沈下した。

 

 「ッ!? ギオオォッ! ギキュルルルル……ッ!?」

 「よし掛かった! 耳塞いでろよアンジェ!」

 

 ライゼクスの両足が地面に埋まっているのを確認したガッシュ達が広場の端にある茂みから飛び出し、アルバレストを展開する。生肉と落とし穴を使ったガッシュ達の策、罠を用いた待ち伏せだった。

 

 「行けよオラァ!」

 

 アルバレストの銃口に差し込まれた円筒状の物体がライゼクスの頭部に命中。数秒の間を置いて円筒は爆発した。ガンナーが扱う、モンスターの甲殻にダメージを与えられる強力な弾丸。名を徹甲榴弾という。

 

 「よしキッカ、次だ!」

 「はいにゃ!」

 

 ガッシュの傍らに控えていたキッカが先程と同じ円筒型の物体、徹甲榴弾を銃口に差し込んで装填する。キッカの足元には同じような物がいくつもあり、すぐさま次弾を装填できるようにしていた。

 

 「OKにゃ旦那さん!」

 「おっしゃあ!」

 

 キッカの合図と共にガッシュは徹甲榴弾を発射する。この弾は爆発する特性上、通常弾や貫通弾よりも弾丸が大きくなっている。そこでこの弾を銃口に装填し、ボウガンに装填したレベル1通常弾を使って射出するのだ。

 

 「次だキッカ!」

 「完了にゃ旦那さん!」

 「当たれよっ!」

 

 装填、発射、装填、発射。罠から抜け出せないまま立て続けに起こる頭部での爆発にライゼクスはぐったりとした様子で上体を地面に寝かせていた。

 

 「ライゼクスの動きが止まった……?」

 「あれだけ頭を揺らされたんだ。気絶したんだよ。よしキッカ、次! 拡散弾だ!」

 「お任せあれにゃー!」

 

 キッカが両手で持ち上げた、先程の徹甲榴弾よりも大きな弾丸をアルバレストの銃口に差し込む。そして装填が完了した合図を聞いてガッシュが発砲。弾丸はライゼクスの背中に当たるとバラバラに分解し、中から掌サイズの塊が無数に出てきた。塊は地面やライゼクスの身体に当たった瞬間、爆発した。徹甲榴弾よりも更に高い破壊力を持った弾丸、拡散弾である。

 

 「アンジェ、そこの爆弾をあいつに向かって転がしてくれ。全部使っていいからな!」

 「ぜ、全部ですか!?」

 「ああ全部だ。ここで使い切る!」

 

 ガッシュに言われるがまま、アンジェは茂みに隠してあった大タル爆弾を横に倒し、ライゼクスへと向かって次々と転がしていった。

 

 「こ、これで良いのでしょうか?」

 「ああ、バッチリだぜ。オラアァッ!」

 

 拡散弾の爆発と大タル爆弾の爆発が重なり、白い光が広場を絶え間なく照らしていく。やがて落とし穴から徐々に後ろ足が見え始めてきた。罠が壊されようとしているのだ。

 

 「そろそろ罠が壊れる! アンジェ閃光玉頼んだぜ!」

 「は、はいっ! ……えいっ!」

 

 翼を羽ばたかせてネットを引き千切り、ゆっくりと着地しようとしたライゼクスを光蟲の光が襲った。空中での姿勢制御が出来なくなり、悲鳴を上げながら墜落していくライゼクス。足をばたつかせてもがいている所を、再びガッシュの放つ拡散弾と徹甲榴弾がが雨あられと降り注いでいた。

 

 「グァオォ……ギォ、ォ……」

 

 突然の出来事の連続に堪らなくなったのか、ライゼクスはトンネルへと踵を返して猛然と走り去って行く。南の広場から聞こえる翼の羽ばたく音を聞きながら、ガッシュ達もこの場を離れる準備をしていた。

 

 「あれだけ撃てば甲殻はボロボロになってる筈だ。さっきよりは楽にダメージが入る筈だぜ」

 

 落とし穴があった辺りを見渡せば、ライゼクスの体の一部だった甲殻や鱗の断片がそこかしこに転がっている。これら自体は爆発の影響で武具の素材に使えそうにはないが、ガッシュの放った弾丸の威力を物語るには十分すぎた。徹甲榴弾と拡散弾。この二種の弾は取り回しが悪く使う場面を選ぶ代物だが、それに見合う破壊力を持っていた。

 

「まさか、あの時爆弾を持って来ていたのはこの為に……?」

「まあな。さて、あと一息だ。あともう少しで倒せる」

 「もう少し……でも、爆弾はもう……」

「とっておきがまだあるんだよ。あいつが全身に電気を纏った時。そこが狙い目だ」

 

 不安を募らせるアンジェを元気付け、ガッシュはライゼクスが飛び立った空をじっと眺めていた。

 




今回出てきた徹甲榴弾と拡散弾の解釈。弾の大きさが同じには思えず、このような形に落ち着きました。銃口に弾を装填して、レベル1通常弾と一緒に発射するという解釈です。
ライフルグレネードという武器から着想を得ました。

次回の更新はまだ未定ですが、なるべく急ぐつもりです。ご了承ください。

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