狩人の証   作:グレーテル

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実生活の方が忙しく、あれやこれやとやっていたら3ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
見限られてないか心配です。


第19話「群青の狩人」

 「ギャオッ!」

 「ギャウッ、ギャアッ!」

 「ギャッ、ギャウゥ!」

 

 青々と生い茂った草原を、けたたましい足音が蹴散らしていく。足音は小型の鳥竜種のモンスターによるものだった。常に複数で行動し、じわじわと獲物を追い詰める狡猾な狩人。快晴の空を思わせる鮮やかな青の鱗に身を包んだ狩人。名はランポスという。

 鋭い爪と牙をむき出しに、組み敷いた包囲網の渦中にいる獲物へにじり寄ろうとするその身体を上質な鉱石で鍛えられた大槍の穂先が捉える。

 

 「ギャウアッ」

 

 鱗を貫き、肉を穿つ。確かな手応えを手に感じ、すぐさま大槍を引き抜く。レイア装備に身を包み、小柄な身の丈に見合わぬ長大なランスを扱う少女、アンジェは張りつめた感覚を纏わせながら大きな盾に身を隠した。

 

 「っ……?」

 

 常に複数頭で行動するランポスの習性から、すぐに群れの中の一頭からの攻撃が来ると予想しての防御行動だった。が、いつまで立ってもランポスが飛び掛かって来ただろう、大きな衝撃が来ない。代わりに背後から聴こえた重厚な火薬の炸裂音。この狩りに同行していたガッシュのアルバレストの発砲音だった。

 

 「あんまり突っ込むなよ! あっという間に囲まれちまうぞ!」

 

 アンジェへ飛び掛かろうとしたランポスを撃ち抜き、その背後にいた群れのランポス目がけて数発の弾丸を発砲。固まって機を窺っていたランポス達を散り散りに分散させた。

 

 「はっ!」

 

 ガッシュの援護によって散開した内の一頭に、アンジェはすぐさま狙いを定めた。ぐっと腕を締め、肘と脇腹でランスの柄をしっかりと保持し、身を低く構えて地を蹴る。多量に消費するスタミナと引き換えに繰り出すランスの大技、突進である。

 一直線に、全速力で駆け抜けた勢いを乗せた渾身の一撃がランポスの太く発達した脚を捉えた。黒の斑点模様がついた青空色の皮を貫き、ランスの穂先がランポスの脚の骨を砕く感触をはっきりと伝えてくる。が、先程の刺突よりもより深く突き刺さったのが仇となり、アンジェが槍を引き抜く事が出来ないでいた。

 これでは後退する事が出来ない。刺し貫いたランポスの肉体が、アンジェの手に持つランスをがっしりと掴んでいるようにさえ思えた。

 

 「グァオッ、ギャウォ!」

 

 これをチャンスと見たのか、アンジェの左側面、丁度ランスを握っている側から二頭のランポスがアンジェ目がけて突っ込んできた。上手く身動きの取れない相手の死角に狙いを定め、跳躍するランポス。このまま二頭がかりで飛び付いて仕留めればいい。二頭のランポスは顎の奥に潜ませていた牙をぎらりと光らせ、前足と後ろ足の爪も総動員させてアンジェを抑え込もうと画策していた。

 

 「だから、あっぶねぇっての!」

 「ハンターさんはボクが守るにゃ!」

 

 間一髪、アルバレストの放った弾丸が落下する一頭を撃ち落とし、もう一頭はアンジェの傍へ回り込んでいたキッカのブレイブネコランスが受け止める。

 

 「にゃぐぐ……ふにゃうっ」

 

 否、完全に勢いを受け止めきれなかったのか、キッカは尻餅をついていた。彼らが一瞬の間を繋いでくれたおかげでアンジェは焦る気持ちを持ちつつも、何とかランスを引き抜く。

 

 「く、ぅ……たぁっ!」

 

 ようやく引き抜けたランスを薙ぎ払い、横倒しに弾き飛ばされたランポスがガッシュの放ったボウガンの弾を浴びて絶命する。

 

 (さて、あと何頭だ……)

 

 フルフルキャップの奥からアルバレストのスコープを覗くガッシュの瞳が、周囲をしきりに観察する。これで討伐したランポスの数は六頭になり、生きているランポスがまだ四頭残っている。ランポス達の横やりに警戒しつつ、空になったアルバレストの弾倉に通常弾を装填。コッキングレバーを引いて初弾を薬室へ送り、再び周囲を見渡す。少し離れた場所ではキッカとアンジェがランポスと交戦していた。

 キッカは一体ずつ狙いを絞ってランスを振るアンジェの傍に張り付き、背後や側面から近付くランポス達をブーメランを投げて牽制している。キッカのサポートもあってか、アンジェは一頭、また一頭と着実にランポスを討伐していた。

 

 「ギャウッ、ギャウォッ!」

 「ギッ、ギャオウッ!」

 

 群れの仲間達を討たれて勝つ手だてが無くなったのか、残った二頭のランポスがガッシュ達に背を向け、一目散に逃げていく。ガッシュは追いかけようとするキッカの首根っこを掴み、討伐したランポスの亡骸から適当な鱗や皮を剥ぎ取っていた。

 今回のクエストの目的であるランポスの討伐は達成できたといっていいだろう。これだけの素材を持ちかえればクエスト成功の証明にもなる。森丘全体とまではいかないが、これだけのランポスがいなくなればそう遠くない範囲内でならハンターではない村の人間でもキノコや薬草を取りに来る事ができる筈だ。

 

 「キッカ。この辺りにデカい奴はいるのか?」

 「にゃ? 少し待ってにゃ。……うーん、近くにはいなさそうだにゃ。一つだけ大きいのがいるけど、とっても遠くの方にゃ」

 「いない、ねぇ? ま、とにかく帰ろうぜ。お前もそれでいいだろ?」

 

 手頃な大きさに剥ぎ取ったランポスの皮と鱗、それから牙をポーチに詰めてから、ガッシュはアンジェへと向き直る。不思議な事に、伏し目がちな彼女の表情は曇っていた。クエストには成功したというのに、である。

 

 「なんだ? 腹でも壊したか?」

 「……いえ、何でもありません。村へ戻りましょう」

 

 日が沈みつつある森丘の空へ背を向け、ベースキャンプへと歩みを進めるアンジェ。何事かと目で追うガッシュは、怪訝そうに眉をひそめていた。彼女とすれ違うほんの僅かな瞬間、彼女の両手がぐっと握り締めていたのを見たのだ。先程の俯いた顔も、まるで何か悔やんでいるかのようにも感じ取れる。

 

 「はぁ……なんつーか、訳ありだよなぁ。どう見ても」

 

 彼女の後を追うように、ガッシュはキッカを連れてキャンプへと足を進めていく。何が原因でそうなっているのか、今はまだ分からない。でも、そう遠くない内に分かる。

 なんとなく、ガッシュはそんな予感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 「いやぁーまさかランポス仕留めたくらいでここまで食える物が増えるなんてなぁ。最高だな」

 「とんでもない。私達ただの村人からすれば、ランポスも危険なモンスター。ハンターさんのお陰で食材を確保できてワターシとっても助かってマース。感謝してマスヨ」

 

 夜。ココット村へ戻ったガッシュとキッカは例の店主のいるレストランにいた。テーブルに並べられたものの数々を見ては、ガッシュはごくりと生唾を飲み下す。香ばしい匂いのする温かいパンに、瑞々しさを保ったまま盛り付けられた砲丸レタスとオニオニオンのサラダ、綺麗に焼き上がったサシミウオのムニエルと細かく刻んだパセリの乗ったコーンスープ。そして、アプトノスのステーキ。

 ブルファンゴのものではないが、紛れもない本物である。熱せられたプレートの上で横たわっているステーキがじゅうじゅうと音を立てている。

 

 「ささ、冷めない内に頂いてクダサーイ」

 「当ったり前だろ! んじゃ、さっそく……」

 

 言うが早いか、ガッシュはすぐさまアプトノスのステーキにナイフを入れ、適当な大きさに分けた一切れを一気に頬張る。僅かに赤みが見える加減に焼き上げられたアプトノスの柔らかな肉を、溢れ出る肉汁と共にじっくりと噛み締めながら飲み下す。続けてもう一口。次はパンにコーンスープを一潜りさせ、甘いコーンとふんわりとしたパンの食感を楽しむ。一度味わえば、ガッシュの手はもう止まらなかった。

 

 「あっつ、あっつにゃっ……」

 

 ガッシュの隣に腰かけているキッカも、サシミウオのムニエルを堪能していた。猫舌の所為で何度も息を吹いて冷ましながら、であるが。

 

 「そういえば……ハンターさん達しかいませんネ? 一緒にクエストに行ったお嬢さんはどちらヘ?」

 「途中でボクたちとは別の方に行ったにゃ。多分お家に帰ったんだにゃ」

 「ああ、なんか変だったからな。ありゃあ大人しく寝てた方がいいかもな」

 「待って下サイ。変、とは何デスカ?」

 「んぁ?」

 

 ガッシュ達がいるカウンターの向こう。キッチンにて食材と格闘していた店主がガッシュの言葉に耳聡く反応する。そして身を乗り出してガッシュへと顔を近付けている。

 

 「もう一度聞きマス。変、とは何デスカ?」

 「あ、あぁ。あいつ、アンジェの事だよ。クエストが終わった後さ、何か落ち込んでる感じだったんだよ。クエストは成功したのに、なんか納得がいってないような……とにかく、変な感じでさ。だから今ここに居ないのもそれが原因なのかって」

 

 店主の様子に圧されたガッシュが、簡単な経緯を話した。今日出向いたクエストの事、その終わり間際に見せたアンジェの不審な様子の事。そして、今ここにそのアンジェがいない事も。

 

 「そんな事があったのデスカ……」

 「詳しい事情とかはよくわかんねぇけどよ。まぁ何とかなるだろ」

 

 あまり深く考えていなさそうなガッシュはそう締め括り、ステーキの付け合せに添えられていたポテトフライへとフォークを刺す。ワッフルカットされたものを三つ、一気に噛んでいく。油で揚げられた衣がザクザクと音を立て、中から現れるホクホクとしたポテトの食感と混ざり合っていく。実に幸せそうに、弛緩した表情で噛み締めるガッシュとは反対に、視線を落とす店主の顔には影が差していた。

 

 「まだ、ご自分を責めておられるのですね」

 「んぁ?」

 「なっ、何でもアリマセーン! それよりも大丈夫でしょうか。まだ危ないモンスターがいるんですヨネ?」

 「あぁ、それな。龍歴院でもある程度調べてあるんだよ。で、実際にこっちに来て色々と見た限りでいうと、俺の予想が正しけりゃあ……」

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた森丘の一角で、竜は無心に肉を食んでいた。全身を覆う黒の混じった濃緑色の甲殻は至る所が棘のように鋭く尖っており、長い尾の先端は鋏のように二股に分かれている。太く鋭い翼爪の備わった翼で獲物を押さえつけながら、竜は獲物の皮を口先で噛み、ゆっくりと引き千切っては地面へと放り捨てていく。黒の斑点模様が映える青い皮は黒く変色した血液にまみれており、そこいは元々あった鮮やかさなど一かけらも見当たらない。

 前脚と後ろ足にそれぞれ大きく湾曲した爪を生やし、一層派手な鶏冠を持つ、この森丘に生息する鳥竜種、ランポス達のリーダー。名はドスランポス。ランポスよりも力と知能に優れ、尚且つ恵まれた立派な体格はただの血肉に変えられ、今は竜の胃袋を満たす食糧となっている。

 

 「ッ? ……ッ、ッッッ!!」

 

 大きな弧を描く刃のような鶏冠の生えた頭をゆっくりと持ち上げ、竜はこの場にいない何者かの気配を察知しようと、辺りを何度も、何度も見渡した。

 ここにはいない何かに、竜は苛立たしげに唸りながら翼に生えた爪で乱雑に地面を引っ掻いていく。抑えきれない闘争本能の衝動に駆られるままに、竜は翼を広げ天へと飛翔し、空を塞ぐ厚い雲の中へと一直線に突っ込んでいく。月と無数の星々が照らす夜空を、翡翠色の稲妻が数多と迸り、夜陰に包まれた森丘の静謐(せいひつ)の瓦解を示すかのように、自らが突き入った雲を乱雑に引き裂いた。

 やがて竜はしきりに翼を羽ばたかせ、自らのテリトリーを巡回し始める。唸り声を上げ、視線を巡らせ、そして森丘の隅々まで届くように一層強く咆哮を上げる。

 ここが誰の縄張りであるか、この場所が誰の物であるのか、それをまだ見ぬ何者かに思い知らせるために。

 

 

 

 

 

 「そう遠くない内に鉢合わせる」

 

 

 

 

 

 「ギヒオオオオォォォォッッ!!」

 

 彼の竜の名は、電竜(でんりゅう)ライゼクス。

 この森丘の生態系の頂点に立つ者である。

 




次回は例のアイツが出て来ます。思いっきり暴れ回らせたいですね。

感想や評価の方、いつでもお待ちしております。

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