狩人の証   作:グレーテル

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 地の文と会話文のバランスが難しいですね。狩りの描写が全然無くて困りました。


第2話「龍歴院」

 「さて、着いたか」

 

 古代林での戦闘が終わり、飛行船に揺られる事数日。アランは目的の場所へと帰還した。高山地帯に建てられた巨大な石造りの構造物と、その構造物を利用して各種設備を整えた研究機関、龍歴院である。

 古代林に生息するモンスターの生態や、かつて存在したと考えられるモンスターの化石の調査が龍歴院の主な活動内容である。

 主な内容と言っても、それらの活動が精力的に行われ始めたのは飛行船技術が普及し始めた近年になっての事で、古代林の地質もその全てが判明した訳ではない。水源地や洞窟、広大な平原の広がるエリアから植物が視界を遮る密林地帯まで、古代林の様相は幾重にも変化しているのだ。

 これら各地域にどのようなモンスターが存在するのか。それを調査する過程で龍歴院の調査隊は運悪く夜鳥ホロロホルルに遭遇してしまい、助け舟として龍歴院所属のハンターであるアランに救援を要請したのだ。

 

 「怪我人が出てなかったのは幸い、かな」

 

 龍歴院が特設した付属の集会所にて、複数人の研究員に囲まれながら台車で運ばれていく夜鳥の遺体を、アランはじっと見つめていた。古代林での戦いを繰り広げたかつての相手の影が小さくなるのを見届けたアランはヘルムを脱ぎ、目鼻立ちが着々と大人へ向かっていく青年の素顔が外気に晒される。肌を伝う汗の跡を拭い、瞳の色と同じ黒い髪を軽く整えてから小さくため息をつく。

 

 「っ、少し当たり過ぎた。まだ引かなさそうだ」

 

 アランの着用している黒狼鳥の素材を用いた防具、薄緑色の皮膜と紫色の刺々しい甲殻で覆われたこのガルルガシリーズは高い防御力を持つが、夜鳥を狩猟する際に受けた痛みは思いのほか長引いていた。

 右腕と左肩、それから右足を動かす度に若干の痛みを感じてはいるが、アランはこれから先の予定についてを考える。確かに傷は痛むが、致命傷には至っていない。食事をしっかり摂ってから手持ちの回復薬を幾つか飲んで一晩眠れば何とかなる。アランがハンターとして今まで積み重ねてきた経験に基づく確信だった。

 

 「さて、後は……」

 

 台車に乗せられた夜鳥を見送ったはいいが、このまま集会所にぼけっと突っ立っている訳にはいかない。当初の目的を済ませる為にアランは、龍歴院の制服をかっちりと着こなした女性と、大きな書物を背負った一匹のアイルーの下へと向かう。彼女の方も、徐々に近付くこちらの存在にはもう気付いているようだ。

 

 「やあ」

 「おかえりなさい、アランさん。ホロロホルルの狩猟、お見事でした」

 

 軽く手を挙げて挨拶をするアランににこやかに微笑む女性。彼女はこの龍歴院の集会所の受付嬢。本職は研究職との事だが、古代林を調査する各研究員の助けになるハンター達の為に日夜クエストを斡旋しているのだ。

 

 「古代林で足止めされてた調査隊も無事に戻れたそうだね。間に合って良かった」

 「はい。今頃は調査していた周辺の報告と狩猟されたホロロホルルの解析で大慌て、でしょうね」

 

 人間の力の及ばないモンスターの脅威にさらされても尚衰えを知らぬ彼らの飽くなき探究心に苦笑しながらも、アランはその熱意を羨ましく思う。それから受付嬢と二、三口の世間話をした後、クエスト完了の手続きを行った。

 

 「アーラーンー」

 「あらんだにゃー」

 

 そんな折、アランの背後から近寄る一人と一匹の影。編み込んだ鎖の上から白い布を巻き付けた、という表現が似合う意匠の防具、フルフルシリーズを着込み、二つに折り畳まれた重量級の弩砲を背負った青年がアランの肩に手を置く。青年の傍にいるブレイブネコシリーズを着た白い毛並のアイルーもアランの足元をちょこまかと動き回っていた。

 

 「……ガッシュ」

 「おっす。さっき丁度ポッケ村から戻ってきた所なんだ。聞いちゃったぞ今の話、古代林の調査隊を助ける為にあの面倒なアイツを一人で狩猟したんだってな。さすがは我が相棒、惚れ惚れしちゃうね」

 

 アランに呼ばれた青年、名はガッシュ。短く切った茶髪に黄緑色の瞳、にやりと口角を上げた表情が軽薄な印象を感じさせるアランの同業者。身に着ている物からも察しの通り、彼もハンターなのだ。

 

 「ガッシュ」

 「いやでもね? 俺だって後れを取ったりはしないのさ。見てくれよこれ、フルフル装備。滞在期間は短かったけど、向こうで頑張って狩猟してさ、新しく作ったんだよ。まあアランの着てるガルルガ装備程固くは無いんだけどな。俺ガンナーだし」

 

 アランの肩に置いた手をぽんぽんと軽く叩きながらガッシュはもう片方の腕をアランに見せびらかす。アランの着ているガルルガシリーズよりも軽装なそれはガンナー用の防具に分類される。ガンナーは大量の各種弾薬や弾の調合素材を必要とする関係上、防御力の要である装甲を可能な限り削除してでも、動きやすさと携行する弾薬の積載スペースを確保する必要がある。彼、ガッシュが自らの防具を固くないと言っていたのはこれに起因している。

 逆に、アランの着る剣士用の防具はガンナーよりも間合いの狭い獲物を扱う関係上、強大なモンスターに近接戦闘を仕掛けざるを得ない。モンスターの攻撃を受けるリスクが非常に高い剣士の防具には、使い手を生存させる為の高い防御力が要求される。同じハンターの防具でも、剣士とガンナーとで大きな違いがあるのだ。

 

 「ガッシュ……」

 「はぁー、にしても良い所だったぜ? ポッケ村。龍歴院(ここ)やベルナ村よりもちっとばかし寒そうな場所だから不安だったんだけどな? 温泉があるとかで意外と村自体は温かいし空気は澄んでるし、出てくる料理の味も良いし、村人はいい人ばっかだったんだよ。でも3週間も滞在するのはさすがの俺も望郷の―――――」

 「ガッ、シュ!!」

 

 肩に置かれたガッシュの手を振り払い、アランは全力で握る。アランがあらん限りの力で握る、等とは微塵も考えてはいない。突然手を掴まれて狼狽しているガッシュにアランは眉間を険しくさせ、若干の怒気を含ませた声で告げる。

 

 「さっきの狩猟で肩が痛くてさ。あまり叩かないでくれると、助かるんだけど」

 「……ごめんなさい」

 「そんなに落ち込まなくても……いや、これがいつも通りのガッシュか」

 

 まるで力尽きたかのような謝罪と共にしょぼくれるガッシュ。彼は非常に調子に乗りやすいが、同時に非情に落ち込みやすくもあった。そんなガッシュに対してこれ以上の追及はやめておこうと考えていた矢先、ガッシュの隣にいたブレイブネコ装備のアイルーがアランに近寄ってくる。

 

 「にゃ、にゃ。あらん、あらん。ボクもいるにゃ、忘れちゃやなのにゃあーっ」

 「ごめんごめん、忘れてなんかいないよ。キッカも久しぶり。ポッケ村はどうだった?」

 

 キッカと呼ばれたアイルーは後ろ足で立ち上がり、アランの着ているガルルガ装備の中でも棘の少ない部分を狙い、両手の肉球をぽにぽにと押し当てている。これはガッシュとの会話続きで置いてけぼりにされたキッカの構って欲しいとの意思表示なのだ。

 

 「モンスターと戦う事もあったけど、旦那さんと一緒だからとっても楽しかったにゃ。旦那さんも、あらんに話したい事がいーっぱいあるにゃよ」

 

 ガッシュ達が出向いていた地、ポッケ村での出来事を身振り手振りで伝えようと、キッカは両手を振り、後ろ足でぴょこぴょこと飛び跳ねている。

 

 「そうだぞアラン。土産話が沢山あるんだ。まあ詳しく話したいから場所を移そうぜ。飛行船に揺られてたら腹が空いてさ、正直もう我慢できん」

 

 すぐに調子に乗り、すぐにしょぼくれて、すぐに回復したガッシュがアランにそう提案する。聞き耳を立てれば、確かにガッシュの腹の辺りから例の音が聞こえてくる。アラン自身も体を休めたかったので提案には同意だが、念の為に傍にいる彼のオトモアイルーに事の真偽を尋ねた。

 

 「……沢山、ねぇ? 本当かい? キッカ」

 「ほ、本当にゃっ。いっぱいあるにゃあーっ!」

 

 キッカから返ってきたのは、やはり両手の肉球によるぽにぽにだった。

 

 

 

 

 

 「……にしてもな、ハンターズギルドと龍歴院がモンスターの生態調査結果を交換し合ってるって話は聞いた事があるし、互いの所属ハンターを各地に派遣させる事があるってのも知ってたが、俺にもその番が回ってくるとはな。アランもとっくに各村に派遣されてたりする筈なんだろうけど、古代林の調査がしたい龍歴院の学者達はアランをあまり他所にやりたくないんだろうな。なんだかんだで夜鳥や黒狼鳥を仕留められるハンターって龍歴院(うち)でもそうそういないもんな」

 

 場所は変わり、ここは龍歴院内にある大衆食堂。飛行船に乗って行き来するハンター達で賑わうここでは酒と料理と喧騒に囲まれる事は良くある事で、各村での出来事や自らの実力自慢に騒ぐハンター達の活気に囲まれながら、アランやガッシュ達二人と一匹は小さなテーブルを囲んでいた。

 

 「黒狼鳥……あいつとはもう一人でやり合いたくないな。次やる時はガッシュの力も借りたい」

 「おうよ。いつでも借りてくれや」

 

 頼んだ料理と共に置かれた水の入ったグラスを仰ぎ、アランはガッシュとキッカの体験談を聞いていた。曰く、ファンゴの親玉はかなり厄介な奴だったと。曰く、白兎獣ウルクススは予備動作無しにいきなり突進をかましてきたと。寒冷地帯へ適応する為に毛皮を纏ったモンスターが多く、中でも草食種のポポから採れる肉や舌の部分、タンと呼ばれる食材が美味だったと。

 

 「っはぁ~。ポポもいいけど、俺はやっぱファンゴの肉だな。この味が堪らないんだ」

 

 熱せられたプレートに乗る、ほかほかと湯気を上らせているサイコロミート。サイコロの名の通り、立方体状にしたファンゴ肉の塊を焼き上げた清々しいまでにシンプルな一品だが、ファンゴの肉が持つ癖のある風味を気に入る者も決して少なくはない。かくいうガッシュもその一人で、山盛りに乗っているサイコロミートをフォークで二つ、一気に頬張りじっくりと噛む。サイコロミートで一杯になり、ぷっくりと膨らんだ頬のまま両目を閉じ、肉の旨味と食感を一しきり味わってから嚥下し、ため息交じりに絶賛する。

 

 「ポポといいファンゴといい、ガッシュは相変わらず肉か」

 「あー、アランはいつも野菜とか魚ばっかだもんな。肉も食わなきゃ元気でないだろ?」

 「そんな、肉もあるさ。ほら」

 

 アランが古代真鯛のアンティパストを完食した時の事。肉を一切食べていないかのようなガッシュの物言いに聞き捨てならぬと、アランは傍らに置いてある半分ほど中身の減っていた皿を見せる。古代林を含め、広い地域に生息する草食種のモンスター、リノプロスの肉を加工した生ハムと、飛行船を経由して入荷されるシナト村の特産品、完熟シナトマトを使った、その名もリノプロシュートの天空サラダ。ガッシュがファンゴの肉を好むように、アランが特に気に入っている一品である。

 

 「ああ、うん。アランはそれでいいか」

 「なんか、引っかかる言い方……」

 

 サイコロミートと合せて高玄米を掻っ込むガッシュの呆れた体の口調に釈然としないアラン。残りのサラダも平らげ、肉も食べてるのだと主張するが、ガッシュはこの話題にはもう触れる様子はなさそうだ。何が悪かったのかと少し落ち込むが、コンビでハンター活動をする程付き合いの長い友人との他愛のない話なのだから、どの道すぐに忘れるだろう。これで良いのだとアランは自分に言い聞かせた。

 

 (古代真鯛やシナトマトもいいけど、このベルナスも中々……)

 

 ベルナスとシナトマのパスタをフォークで巻いて一口。先程の落ち込みも忘れ、加熱されてとろとろになったベルナスの味に夢中になるアラン。戦いの中で受けた傷も、狩りが終わった後の疲れも、この時間が癒してくれる。そして、食事以外にも癒しの存在がここにはいるのだ。

 

 「にゃむぐぐっ、にゃはーっ。フワッフワッフルはいつ食べてもふわっふわなのにゃあー。にゃぐにゃぐっ」

 

 格子状の模様が入った焼き菓子を小さな両手で持ち、もぐもぐと咀嚼するガッシュのオトモ、キッカである。素のままで楽しんだり付属の落花生クリームを付けてみたりと、その味と食感を存分に味わっていた。場所によっては朝食として出る場合もあるが、キッカは菓子と考えているようだ。

 

 「ん、キッカ。口元汚れてんぜ」

 「むにゃう……旦那さん、ありがとうにゃ」

 

 たった今サイコロミートと高玄米を平らげたガッシュがキッカの顔を覗き、テーブルに置いてある紙ナプキンの束から一枚取り出し、キッカの口元に付いた落花生クリームをふき取る。

 

 「ガッシュ。顎にサイコロミートの食べかす付いてる」

 「おいおい、俺がそんなヘマする訳……あぁ」

 

 パスタを食べ終え、口元を拭っているアランの指摘にたった今同じくキッカの口元を拭き終わったガッシュが指先で顎を擦り見ると、確かに食べかすが付いていた。あり得ないと思っていた矢先、何かを察したような諦観に満ちた声音で天を仰ぐガッシュに、今度はキッカが紙ナプキンを持つ。

 

 「旦那さん旦那さん。今度はボクが拭いてあげるにゃ」

 「んぁ?ああ悪いなキッカ」

 「いいのにゃいいのにゃ。ボクにかかればこのくらい……にゃにゃいのにゃいっ、だにゃ」

 

 ガッシュの顎に着いたサイコロミートの油を綺麗に拭き取り、得意げに笑うキッカ。予定では一人で済ませるはずだったが、気心知れた仲間と囲む食卓のお陰で安心感が生まれたのか、クエスト帰りに残っていた痛みも随分と軽くなった。これなら明日には全快になっているだろう。体の調子を改めて確認したアランは安堵しながらグラスに残った水を一気に煽る。

 時間が経って温くなっている筈のそれは、すっきりとした喉越しをしていた。




 この小説における私なりの独自解釈ですが、食事スキルは無い物だとお考え下さい。食べるだけで火耐性が上がったり弾のダメージが上昇するからくりを言葉で表せません。
 もしゲーム準拠で食事スキル有になったら圧倒的不人気メニューが出たり、腕利きシェフ自慢の新作(笑)になりかねないのです。なので、この小説ではこういった名前の美味しいお料理ですよ、程度に捉えて下さい。
 それともう一つの独自解釈ですが、飛行船が発達したおかげで各地域の食材もある程度は流通が効いています。シナトマトとか空輸か直接シナト村へ向かわないとまずお目にかかれませんから。これから先も独自解釈が幾つも出て来ますが、どうかご了承下さい。

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