色々と忙しかったりで書けず仕舞いでした。今回短いですが、どうかお付き合い下さい。
「本当に、こうするしかなかったのでしょうか」
「言ったであろう。相手は飛竜、お主一人では荷が重い」
「ですが、私は……」
「ワシらも手は尽くした。お主を失う訳にはいかんのじゃ。よいな」
「……はい」
「ふぃ。やーっと着いたか」
退屈な空の旅を終え、ガッシュは足音を大きくして地に両足を着ける。背には折り畳んだ弩砲を携え、乳白色の皮で仕立てられたフルフル防具に身を固めている。彼は一匹のアイルーを小脇に抱えたまま周囲の景色を見渡した。
「さーて……」
小さな雑貨屋に行商人で訪れているだろう竜人族の老婆。槌の叩く音が聞こえる加工屋と、そのすぐ傍に居を置く武具屋。飛行船の発着場から軽く見渡す限りではそれ位しかなく、ベルナ村のように忙しなく行き来している飛行船も、龍歴院のような大きな施設もない。
いまいち、ぱっとしない。それがココット村を見たガッシュの最初の感想だった。
「ははーん、あれか」
村へ入り、歩を進めていく。するとガッシュは長く、先の尖った耳を持つ背の低い老人と、その傍らに佇む
「ふむ、お主が龍歴院から来たハンターじゃな。よくぞ来てくれた」
「ああ。事情は向こうで聞いてる。随分と困ってるらしいな」
皺に覆われた隙間から覗く老人の鋭い眼光がガッシュを射抜き、ガッシュもまた、それに物怖じせずにじっと見返している。先端の尖った細長い耳、人間の老人と呼ぶには一回り以上は小さい体躯、鳥に似た形をした両足首。
ベルナ村のカティと同じ竜人族の彼が、このココット村の村長である。同時に、龍歴院に救援要請をした人物でもある。
「うむ、状況は知っての通りじゃ。この村から近い猟場の森丘に電竜が現れた。奴は森丘の生態系の頂点に立ち、この村に及ぼした影響も決して少なくはない。早急に手を打たねばならぬ」
「結構ヤバい感じか。とにかくそいつを何とかすれば全部解決するんだな」
飛竜は同じ空を飛ぶモンスターでも、例えばイャンクックやホロロホルルなどとは比べ物にならない程桁違いの力を持っている。村に住む専属のハンターだけでは手に負えないという事例もあり得るほど、一筋縄ではいかない相手なのだ。この村が抱えている事態の深刻さは、たった今対面している村長の面持ちからも容易に想像できた。
「話が早くて助かるのう。このままでは村にいる者達も
「言ったろ? その為に来たんだ。俺らに任せときな」
ただ、ガッシュからすればやる事は始めから変わっていない。ライゼクスを狩猟する。それだけなのだ。
「と、いう訳だ。これから仲良くやってこうじゃんか」
コキコキと首を鳴らし、ガッシュは村長の傍らに立つ狩人を一瞥する。伏し目がちな琥珀色の瞳を、ガッシュは真っ直ぐ見ていた。
「俺はガッシュ。あー、こっちのは気にすんな。お前は?」
「……アンジェです」
小脇にかかえた、未だに鼻提灯を膨らませているキッカの事を思い出して、そのまま放置する。互いの紹介を済ませ、ガッシュはアンジェと名乗った少女の装備を改めて見ていた。
背に携えた柱状の獲物と腕に固定された大盾、そしてその二つを持て余すのではないかと思わせるほどの小柄な体。その身に纏うのは緑色の甲殻と鱗、そして鉱石を加工して製作された防具。長大なリーチを誇る槍と大きな盾を揃えた武器であるパラディンランス、そして雌火竜の素材を用いたレイアシリーズに、彼女は身を包んでいた。
「へぇ、いい装備じゃん。ランス使いなんだな」
「っ……これは、その……」
「あん?」
ハンターの身に纏う装備から、そのハンターの実力を推察する事が出来る。レイア装備を着る彼女は、素材の元となったリオレイアを狩猟した事のあるハンターという事が窺えた。ライゼクスと比較すれば危険度こそ低いが、それでも同じ飛竜種を狩猟できる実力を持っているという事に繋がるのだ。
そんな予測から何の気なしに振り出したガッシュの話題に、アンジェは顔を俯かせ、その表情を曇らせていた。
「……何でも、ありません」
そんなアンジェの様子に頭に疑問符を浮かべるガッシュだが、ふとある話を思い出した。良質な素材を使った装備を着て狩猟に挑んだものの、受けた依頼に失敗して自信を無くしたというハンターの話は龍歴院にいた時も小耳に挟んでいる。きっと彼女もそんな所なのだろうとガッシュは結論付けた。
その上で別の所から救援を頼んで狩りに挑むというのだから、傷に塩を塗られるようなものなのかもしれない。
「何でもない、ねぇ。ま、俺も力になるからよ。そんなに落ち込んでたって始まらねぇじゃんか。元気出していこうぜ?」
「……はい」
(うっわぁ……すっげえやり辛ぇ……)
思わず、にが虫を噛み潰したように顔を顰めるガッシュ。話せば話す程疲れていくようで、実際この数分の間、たかが数分の会話ですら疲れていた。これがアランだったらまるで疲れないし、何ならまだまだ会話を続けられる自身すらある程なのに。
「まあいいや。荷物は後にするからよ、どこか飯食える所に案内してくれ。俺今腹減ってんだ」
「……はい」
「あー、あぁ……」
背を向けて歩きだすアンジェの後を追っていく。何を言ってもぼそりと呟くだけで、何ともやり辛い。飛行船での空の旅とは違った疲れが、ガッシュの肩にずっしりと圧し掛かっていた。
「……悪い、疲れてんのかな。良く聞こえなかったからもう一回言ってくれねぇか?」
「デスカラ、今はこちらのメニューは、お出しデキマセーン。アイムソーリー、ヒゲソーリー」
「うっわ、まじかよ……」
ガラリと空いたレストラン。ぽつりと置かれた皿に置かれたホットサンドと、温かそうな湯気を上らせるオニオニオンのスープ。
大好物のブルファンゴのステーキにするか、はたまた趣向を変えてモスポークのカツレツにするべきか。そんな悩みを抱えながらレストランの中へと踏み入ったガッシュを迎えたのは何とも寂しい軽食だった。
「森丘にいるなんとかってモンスターの所為でさ、食材の調達も上手く出来てないんだよね。せめてランポスの群れさえ何とかできれば、少しはいい物も用意できると思うんだけど」
「ソレマデは、ワターシのマカナイで我慢してクダサーイ」
丸眼鏡を掛けた片言な口調の店主と、この店で働くウェイトレスから語られる村の状況。それはガッシュが当初思っていたよりも深刻であった。論より証拠とはよくいったもので、目の前に置かれた皿の中身が雄弁に物語っていた。
「なんてこった。そんなにやべぇのかよ」
「ライゼクスが現れてから、森丘に出る事を禁じられて……その、ごめんなさい」
申し訳なさそうにうつむくアンジェ。血のつながった娘か、あるいは自分の娘同然に育てでもしたのだろうか。この村の村長はアンジェの身を案じて、相当慎重になっていたのかもしれない。結果、この有様になってしまった訳だが。
「ともかく、その森丘の地形も知りたいからな。ちゃちゃっと片付けてやろうじゃんか」
ウェイトレスが持ってきたホットサンドを二口で完食するガッシュ。中に入っているのはオーソドックスなハムエッグ。こんがりと焼き目のついた表面のサクサクとした食感に厚めに切ったハムの旨味と、甘く味付けされた卵のふんわりとした舌触りを、ガッシュは思う存分味わい尽くす。これで腹が膨れたわけではないが、この村の状況でこれ以上を望むわけにもいかない。
「アンタらも苦しいだろうけど、それももう少しの我慢だぜ。俺が全部何とかしてみせっからよ。また美味いもん食わせてくれよな!」
まずは森丘に生息するランポスの討伐からである。分厚いステーキを腹一杯食べる為に、とにもかくにもやるしかないのだ。
「さて、支給品は取ったな? 忘れ物はないか?」
「……問題ありません」
周りを岩壁に囲まれた狭い空間。テントと支給品ボックスが置かれたここは、森丘のベースキャンプ。フルフル装備のガッシュとブレイブ装備のキッカ、そしてレイア装備のアンジェは早速ランポス討伐の依頼を受けていた。全ては美味いステーキの為、もとい、ライゼクス狩猟への足掛かりにする為である。
「キッカ、デカいのはいそうか?」
「……うーん、今の所は何もないみたいにゃ。大丈夫にゃ」
エリア1へと繋がる小さな洞窟の入り口でヒゲをぴくぴくと動かしているキッカ。彼の証言から、少なくとも今の内はライゼクスによる乱入はなさそうだ。
「とりあえず、俺達はパーティを組んだばっかだ。お互い勝手が分からないから、今は固まって動く。大型モンスターが来るかはキッカが分かるから、今の内は心配しなくていい」
「……はい」
相変わらず、反応が小さい。これがアランならばもっと上手くやれていたのだろうと内心にボヤキながら、ガッシュは背に納刀していたアルバレストを展開。コッキングレバーを引き、初弾を薬室へと送り、再び納刀する。
「うっし、こっちは準備OKだ。いつでも行けるぜ」
「……では、参りましょう」
レイアヘルムから僅かに覗くプラチナブロンドの髪を揺らし、アンジェが先導する。キャンプを抜け、エリア1へと出る。穏やかに草を食む草食竜アプトノスを横目に、一行は真っ直ぐエリア2へと向かっていた。
「……して、首尾はどうかニャ」
「今の所、問題はない。このまま監視を続行する」
「龍歴院から来たハンターの方はどうニャ」
「そちらも同じだ。今の所は、な」
「了解したニャ。ご当主にはそのように伝えておくニャ」
「ああ。任せたぞ」
「……さて、私も戻りましょうか。お店の準備をしませんとネー」
今回からココット編になります。アランがユクモ村にいた時の、一方その頃、みたいな具合で進行していきますね。
今年はこれにて書き納めになりますが、来年からも更新を続けていきたいと思っております。
それでは皆様、良いお年を。