狩人の証   作:グレーテル

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久々の投稿になります。一部分ですが、今回は試験的に一人称視点の文で書いてみました。
あまりにも難しくて、途中で投げそうになりました。


第16話「触れ合う手と手」

 「これでよし、にゃ」

 

 小さな体の彼女は滞りのない、てきぱきとした手際で水に浸した布巾を絞り、ベッドに寝かされている主人の額に乗せていた。

 事の発端は、サヤカ達がタマミツネを狩猟し終えてユクモ村に帰った時の事だった。ユクモ村に辿り着いたすぐ後に、アランが気を失って倒れた。サヤカ達はすぐにアランが使っている宿に彼を運び込んだ。アランは高熱を発し、苦しんでいたのだ。

 

 「ハンターさんが薬を飲ませてくれたし、今の所はこのまま安静にさえしてればきっと大丈夫にゃ」

 

 言葉とは裏腹に、彼女は不安な様子を見せている。大丈夫。その言葉は、自分に言い聞かせているように思えた。

 

 「もし知ってるのなら、教えて。彼は何を隠していたの」

 「……旦那さんから黙ってるように言われてるから、ハンターさんに教える事はできないにゃ。でもこうなった以上、ハンターさんも知る必要があると、ワタシは考えるにゃ。だから、特別に教えてあげるにゃ」

 

 サヤカは知りたかった。アランが倒れるに至った原因を。彼のオトモであるリリィナならば、何か知っているかもしれないと。

 

 「……これにゃ」

 「これは?」

 

 彼女が取り出したのは、黄色い液体が入った小さなビンだった。元気ドリンコには見えそうもない。もしそうならば、彼が口封じをする理由にはならないのだ。

 だとしたら、一体なんなのか。その答えは、彼女の口から明かされた。

 

 「旦那さんがハンターさんと狩猟したロアルドロスの体液、狂走エキスを使って調合したアイテム。強走薬グレートにゃ」

 「強走薬、グレート……!?」

 

 そのリリィナの言葉に、サヤカは耳を疑った。

まさか彼が、そんな物を使っていたとは。驚愕へと変わっていく彼女の表情がそう物語っていた。

 

 「……彼は、幾つ使ったの?」

 

 服用すれば、一時的に無尽蔵のスタミナを得る事が出来る強走薬。そして、ロアルドロスを始め、特定のモンスターから入手できる狂走エキスを使って調合した物、強走薬よりも更に高い効果を使用者にもたらすアイテムが、この強走薬グレートなのだ。

 それだけを聞けば、使用者に大きな力を与える便利なアイテムに思える。しかし実際は、その真逆であった。

 無尽蔵のスタミナを頼りに動き続ければ、動いた分だけ効き目が切れた時に身体に負担がかかる、とても危険な代物。短時間に過剰摂取をしたら、それだけで身体を壊しかねない劇薬なのだ。

 

 「ワタシが数えてた中では、三つにゃ」

 

 あの短い間に、アランは三つも使っていた。強走薬の効果が切れて、一気に疲労が圧し掛かってきたであろう身体を動かし続ける為に、再度強走薬を服用する。そうして、彼はタマミツネの狩猟を成し遂げた。その行為によって相当な負担がかかってしまう事も、恐らくは承知の上で。

 サヤカに隠し、ハンゾーに悟らせず、リリィナにも黙らせて。そうしてアランはずっと無理をし続けていたのだ。接触を拒み続けるサヤカの信頼を得る為に。

 

 「主、ただ今戻りましたニャ」

 

 もっと早く彼を信じていたら、こんな事にはならなかったのだろうか。サヤカが終わりの見えないもしもの話を繰り返し考えている内に、アランの防具を加工屋へ運びに行っていたハンゾーが戻ってきた。

 

 「加工屋殿曰く、ハンター殿の防具は酷い水やられになっていたようですニャ。しかし、一晩ほどの時間があれば、修理は可能との事ですニャ」

 「そう……助かったわハンゾー」

 

 防具に纏わり付いた水がスタミナの回復を遅延させるという水やられ。もしかしたら、それを補う為の強走薬だったのかもしれない。だとすればこうして薬を飲ませてベッドで寝かせているだけでは治療が長引いてしまうかもしれない。

 一刻も早い手立てを打たねば。ハンゾーの報せを聞き、サヤカは一層の焦りを感じていた。

 

 「むむ。ハンター殿の容体に気を取られ、肝心な言伝を忘れる所でしたニャ。主、コノハ殿と村長殿が主を呼んでおりましたニャ」

 

 そんなサヤカに新たな報せが伝えられる。ハンゾーは、ごしごしと額を拭っていた。

 

 

 

 

 

 「さあ、長居は無用にゃ。さっさと卵を納品して、旦那さんの下に戻るにゃ」

 

 見慣れている景色。渓流のベースキャンプで、一人のハンターと一匹のアイルーが身支度をしていた。ナルガ装備に身を包んだサヤカと、同じくナルガネコ装備のリリィナである。

 彼女らがここにいるに至ったのは、村長からのクエストの依頼。ガーグァの卵の納品だった。

 

 「あまり長居は出来そうにないわね。早く終わらせないと……」

 

 村長の提案とコノハの後押しによって決まった、タマミツネの狩猟で体調を悪くしたアランへの贈り物。それがガーグァの卵だった。高い栄養価を持ち、ユクモ村でも食材として親しまれているガーグァの卵の、更に高い価値を持つとされる野生のガーグァが産み落とす天然物の卵ならば、きっとアランの療養の助けになる筈。それが、村長とコノハの考えだった。

 

 「……それにしても、意外ね。あんなにあっさりと引き受けてくれたなんて」

 「旦那さんの身がかかってる大事な時に、しのごの言ってる場合じゃないのにゃ」

 

 先程の発言から分かる通り、ここにはリリィナがいる。アランのオトモである彼女がここにいるのは、サヤカがクエストへ出発する前に彼女に同行を申し出たからだった。

 お世辞にも、ハンゾーは卵を運ぶような繊細な作業には向いているとはいえない。そこで、アランのオトモであるリリィナならばどうだろうかと、サヤカは考えた。

 タマミツネの狩猟でも終始ハンゾーを導き続けていた彼女がいれば、このクエストを成功させる確率は大きく上がるかもしれない。問題は、彼女がサヤカを快く思っていないという所にある。今までの行いの数々を見れば、それも致し方ないのだが。

 それを踏まえた上で、サヤカは断られると予想をした上で提案を持ちかけた。が、意外にも彼女は二つ返事で付いてきた。主人であるアランの具合が少しでも良くなるのなら、リリィナにとってもこの提案に乗らない選択肢はない。共通の目的の下に、リリィナとサヤカの間には奇妙な共同関係が出来上がっていた。

 

 「地図を持って出発にゃ。さあ早く、急ぐにゃ」

 

 彼女はもう、キャンプからエリア1へと続く道の入り口で待っていた。が、あくまでも、サヤカを置いていくつもりはないらしい。

 

 「平気よ。この辺りの地理なら体で覚えてるから」

 

 青の支給品ボックスには手を付けず、サヤカはリリィナと共にエリア1へと進んで行く。元々大掛かりな戦闘も予想されない運搬クエストで、支給されたアイテムを使う事の方が稀なのだ。それに渓流を騒がせていたタマミツネが狩猟された今、危険とされるモンスターは精々小型の鳥竜種くらいしかいない。

 しかし運搬中に妨害にあったとなれば話は別で、だからこそサヤカはリリィナという護衛を必要としたのだ。

 

 「ここには三匹……。いつも通りね」

 

 今日も変わらず、ガーグァ達は餌を求めて水に浸された地面を突いていた。早速、サヤカはヒドゥンブレイカーを抜刀する。背後を見せた瞬間に一気に接近して、軽い一撃を加えて驚かせる算段でいた。

 

 「刺激を与えて、あのガーグァ達を驚かせるの。そうすれば卵を産み落とす筈よ。気付かれないように、後ろからそっと近づかないと。臆病な性格だからすぐに逃げられてしまうの」

 「だったら、ワタシに良い考えがあるにゃ。ここで待ってるにゃ」

 

 そんなサヤカに、リリィナが待ったをかけた。言うが早いか、彼女はがさがさと地面を掘って地中へ潜ってしまった。時折、リリィナがいると思われる場所からは小さな土煙がぽふぽふと吹き出ている。その土煙が、真っ直ぐにあのガーグァの下へと向かっていく。

 何をするつもりなのか。サヤカはじっと、土煙の跡を目で追っていた。

 

 「グアッコ、カコッ」

 「カッコ、カコッ」

 

 ガーグァ達も土煙に気付いたのか、三匹は土煙を囲むようにして集まり、不思議そうに首をかしげていた。土煙の正体が餌になる小さな昆虫か、はたまた見た事も無いご馳走でも埋まっているのか。それを確かめる為に、囲んでいた内の一匹が、土煙を突こうと平たい嘴を伸ばした。

 

 「うにゃあーっ! にゃにゃっ、にゃーっ!!」

 

 嘴が突く直前、地面からリリィナが飛び出てきた。ガーグァ達が食糧だと思っていたのは、一匹のアイルーだったのだ。リリィナは大声を上げながら、両手をぶんぶんと振り回してガーグァ達を威嚇していた。

 

 「クァーッカカッ!?」

 「クァッ、カーッ!」

 

 突然現れたリリィナを見たガーグァ達はたちまちパニック状態に陥った。右へ左へ、バタバタと体を揺らしながら右往左往とエリア1の中を一しきり走り回り、茂みの向こうへと逃げ帰っていった。

 

 「まさか、こんな方法があったなんて……」

 「驚かせるだけでいいなら、お茶の子さいさいだにゃ。ちなみに、これは旦那さんが教えてくれた方法にゃ。さてと、これで卵が手に入る―――――」

 

 ガーグァが逃げ帰ったのを見てから駆け寄ったサヤカと共に、リリィナは周囲を見渡す。先程までガーグァ達が居た所には小さな黒い粒のようなものが落ちていた。

 

 「卵じゃないにゃ」

 「全部、ガーグァのフンね。乾燥させれば薬になるけど、今は必要ないわね」

 「む……うにゃ」

 「こればかりは仕方ないわね。他のガーグァを探さないと……」

 

 目当ての物を得られず、がっくりとうなだれるリリィナ。しかしここで立ち止まったところで、卵を得られる訳ではない。サヤカは彼女に手招きして、エリア4へと続く道へと歩みを進めていた。

 

 

 

 

 

 「ここにもないにゃ。全部フンだにゃ! どうなってるにゃ!」

 「二匹しかいないなんて……参ったわね。このままじゃ日が暮れちゃうわ」

 

 皮のはがれた倒木が横たわる、廃屋の目立つエリア4に移動したサヤカ達。しかしまたしても収穫はなく、リリィナは細い後ろ足で地団太を踏み、サヤカは焦りを募らせていた。

 日が暮れるまで時間をかけるつもりはないだろうが、今は一刻も早くクエストを終わらせる必要があるのだ。それがここまで出てこないとなれば弱音の一つも出てしまうのも無理はなかった。

 

 「もしかしたら……あそこなら、あるかもしれないわね」

 「んにゃ、何か考えがあるにゃ?」

 

 ふと思いついたようなサヤカの物言いに、リリィナは首をかしげる。この渓流の地形と、先日のタマミツネの狩猟を終えた事を合わせて考えれば。幾つかの推測がサヤカの頭の中で出来上がり、一つの筋道を立てていく。

 

 「可能性の話よ。でも考えてる通りなら、ガーグァ達はあそこに集まってる筈……こっちよ、ついて来て!」

 

 ただの可能性に過ぎないが、他に宛てがあるのかと聞かれれば首を縦に振る事が出来ない。この案を思いついたサヤカにも、サヤカを不思議そうに見るリリィナにも。

 エリア4の北。サヤカ達がタマミツネと最初の交戦を繰り広げたエリア7へと駆け出す。淡い期待と、僅かな望みを抱いて。

 

 

 

 

 

 「にゃ……」

 「良かった。思ってた通りだったわ」

 

 背の高い黄金色の植物と、水に浸された地面。そこに集まっているのは、実に五匹の集団を成しているガーグァ達だった。

 

 「タマミツネを討伐したエリアに、川があったのは覚えてるかしら。タマミツネの身体から血や細かい肉が一緒に流れて、ここのエリアに辿り着いたんじゃないかって考えたの。臭いに釣られて小さな虫が集まって、それを求めてガーグァ達はここに集まったんじゃないかしら」

 

 ガーグァ達は、皆一様にその嘴で地面を突いていた。時折首を持ち上げて咀嚼するような素振りを見せている。ここにはたくさんのご馳走がある事が窺えた。

 

 「ねぇ。さっきの潜ったの、もう一度出来ない? あれだけの数を全部驚かせるのは、私じゃ難しいわね。あなたがいてくれたら、もしかしたら……」

 「むっ。そ、そこまで言うなら、どーしても! って言うなら、やってあげてもいいにゃ。ワタシがひと肌脱いであげるにゃ」

 「ええ。あなたの力が、どうしてもいるの」

 

 サヤカの言葉を聞き、リリィナは先程よりも勢いよく地面を掘り進み、ガーグァ達を難なく驚かせていた。右往左往と走り回ってから、慌ただしい足音が茂みの向こうへと逃げ込んでいった。後に取り残されたのは、サヤカとリリィナだけ。目当ての物を探すべく、彼女らはくまなく周囲を見渡した。

 

 「卵、卵……うう、また無いのはいやにゃ」

 「諦めないで。きっとどこかに、……?」

 

 次々と見つかる、ガーグァのフン。僅かに見出した望みすらも断たれてしまうのか。そんな考えがよぎる中、サヤカは群生する植物の根元に光る、ある物体を見つけた。

 

 「これって、まさか……!」

 

 植物をかき分けて、その光の正体をしっかりと両目に捉える。大きく、丸く、そして艶のある表面。さんさんと降り注ぐ日光を黄金の輝きへと変化させ、その物体はただならぬ存在感を放っていた。

 

 「やっぱりだわ。ガーグァの金の卵っ!」

 「うにゃ……金ぴかだにゃ」

 

 先程の焦燥から一転。サヤカは一気に表情を明るくさせ、リリィナも物珍しそうにその黄金の卵へと視線を注いでいた。

 

 「これを納品すれば、きっと村長達も喜んでくれるわ。アランの身体も、すぐに良くなってくれる筈よ」

 「うにゃ。そうと決まればさっそく納品にゃ。ここはワタシに任せるにゃ!」

 

 言うが早いか、リリィナはその小さな両手でしっかりと卵を持ち上げる。アランと共に向かったクエストの数々で鍛えられたリリィナの身体は、大きく重たい卵を抱えても尚、ふらつく様子は一切見られなかった。

 

 「なるほど……。だったら、周りの警戒は私の役割ね」

 

 一歩一歩、リリィナはバランスを崩す事なくベースキャンプへと歩みを進める。彼女の運搬を手助けする為に、サヤカはポーチから幾つかの閃光玉を取り出し、いつでも投擲できる姿勢のまま周囲への警戒をし続けていた。

 

 

 

 

 

 「ただいま。ハンゾー」

 「む、戻られましたか。主」

 

 卵を無事納品し終え、私達はアランのいる宿へと戻ってきた。扉を開けて部屋へ入ると、そこにはアランの額へ布巾を乗せるハンゾーと、元々ここで働いていたルームサービスの子の姿があった。

 

 私達が卵を運んでいる間にアランの看病を任せていたけど……大きなトラブルもなかったのかしら。ルームサービスの子も最初はパニックになってたけど、今は落ち着いてるみたい。二人で力を合わせて、ずっと一緒に頑張ってくれてたのね。

 

 「今戻った所。様子はどうかしら」

 「薬が効いてきたのでしょう。だいぶ落ち着いてきましたニャ」

 

 ハンゾーの代わりに、ルームサービスの子が答えてくれた。彼の顔色を見ると、呼吸の荒さも殆どなくなっている。

 

 薬が効いてきたのかしら。何にしても、悪化してなくて良かった。

 

 「偉いわハンゾー。あなたも、色々と助かったわ」

 「ニャ、ワタクシはハンター様のルームサービスですニャ。必要な物があったらワタクシに申し付け下さいニャ。すぐにご用意いたしますニャ」

 

 ハンゾーも、ルームサービスの子も、彼のオトモも。いつでも動ける状態のまま、じっと彼の目が覚めるのを待っていた。そんな時、私の視界に彼の手が映る。片腕だけが布団から出ていて、私はその手へ向けてゆっくりと腕を伸ばしていく。そうして私は両手で、彼の手をそっと包むように握った。

 

 あの時、この手が掴んでくれなかったら。きっと今も湖の底にいて、もう二度と戻ってくる事はなかったのかもしれない。

 もしあなたがいなかったら、私は今頃……。

 

 「……ぅ」

 

 ベッドから聞こえる小さな声。視線を向けると、彼の目がうっすらと開いていた。起き上がりたいのか、ゆっくりと上体を動かしている。その拍子に、私が握っていた彼の手は離れてしまった。

 

 何だか名残惜しいような気がしたけど……よく分からないわ。何なのかしら。

 

 「君、は……」

 「気が付いたのね。ハンゾー、水を持って来て」

 「承知、ですニャ」

 

 私は彼の背中へと腕を回して、彼がふらついて倒れないように支える。こうして近くで見ると、意外と彼の背中は大きくて、支えてる手からは硬い筋肉の感触が伝わってきた。

 

 ハンターだからっていうのもあるけど、しっかりした体つきをしてるのね。今まで考えた事も無かったし、防具の上からじゃ分からなかったけど……性別の違いもあるのかしら?

 

 「あの時村に戻って、それから……」

 「すぐにここに運び込まれたの。防具は加工屋の方に預けてるわ」

 「ハンター殿、どうぞですニャ」

 

 ハンゾーが持ってきた水を一口飲んで、彼は小さく息を吐いた。

 

 「そうか。加工屋に……」

 「それで、具合の方はどうかしら。もう少し横になってるか、もし食欲があるなら少しくらいは食べておいた方がいいわ。栄養を摂っておけば、それだけ早く体も良くなるから」

 「…………」

 

 ガーグァの卵は大切に保管されている。本人の要望があればいつでも食事を用意する準備は出来ていた。けど、一向に彼からの返事が来ない。じっと私の方を見たまま固まっていた。

 

 まるで何か、驚いているように見えるけど……どうしたのかしら。

 

 「な、なに?」

 「いや、こうして気を遣ってくれてるのが意外で。随分と雰囲気が変わったように見えて、少し驚いてる」

 「……。……え? え!?」

 

 ようやく話してくれた彼の言葉を聞いて、ほんの僅かな間、頭の中が真っ白に塗り潰されたような感覚に陥った。彼にとっては何気ない一言のつもりなのかもしれないけど、それでも私を混乱させるには十分だった。

 

 「な、ぁ……そん、な……っ」

 「この村で会ったばかりの頃の尖ってる感じが無くなってるような、そんな気がするんだ」

 「うぅ、それは……その……」

 

 ただただ慌てるばかりで、上手く言葉が出てこない。彼の言葉の一つ一つに翻弄されて、私は何もできなくなっていた。この妙にむず痒い空気から抜け出したいような、もう少しこのままでもいいような、変な感覚。居心地が悪い筈なのに、こういうのも悪くないかもって思う自分もいて、とにかく訳が分からなかった。

 

 何、これ……。何なのよ、一体……。

 

 「……ふふ」

 「こ、今度はなに……?」

 「いや、今までの睨んでた顔を思い出してた。今の方が自然な感じがしていいな」

 「~~~~っ!!」

 

 前言撤回。今すぐ止めさせなきゃ。

 

 「へ、変な事言わないでっ! 私の事なんていいから!」

 「慌ててる姿を見る事も無かったな、そういえば」

 「や、やめてってば、もう……。それで、何か食べられそうなの?」

 

 強引に、私は話の流れを変えることにした。彼のされるがままに言われ続けていたらどうなってたか、あまり想像したくなかった。本当に、どうにかなってしまいそうだったから。

 

 「そうだな……。少しだけ、頂こうかな」

 「分かったわ。出来るまで横になってて。ハンゾー、後をお願い」

 

 私はすぐに立ち上がって部屋を出る。心なしか、普段よりも早足になっている気がした。

 

 ちゃんと美味しく作れるかしら。舌に合えばいいけど、なんだか不安になってきたわ。

 

 

 

 

 

 「ささ、ハンター殿。しばしお休みくだされニャ」

 

 肩を押すハンゾーの肉球の感触が、アランへ横になるようにと促している。ハンゾーに続くように、ルームサービスのアイルーがそっと毛布を掛け直す。

 

 「……旦那さん」

 

 ハンゾー達の背後から、リリィナがアランを見つめていた。アランの身を案ずる両目は、安堵に包まれながらも、未だに不安の色を含んでいた。アランが目を覚ました安心と、再び症状があったするのではというもしもの可能性がリリィナの中でぐるぐると回り続けていたのだ。

 

 「心配かけたなリリィナ。もう大丈夫だ」

 「旦那さんなら大丈夫だって、信じてたにゃ。でもあんな無茶は、もうやっちゃ駄目にゃ」

 「分かった。次から気を付ける」

 

 ベッドで横になったまま、アランはリリィナの額に手を伸ばす。ゆっくりと近付けたアランの手が、リリィナの毛の感触を捉えた。リリィナはアランの手を拒まず、逆に彼の手に自分の両手をそっと添えている。リリィナは普段のような嫌がる素振りを見せていなかった。それから少しして、リリィナの額から手が離れた。アランの方から離したのだ。

 

 「お待たせ。少し冷ましておいたけど、まだ熱い所もあるから気を付けて」

 

 部屋の外から聞こえる足音が近付き、盆を持ったサヤカが部屋の中へと入ってくる。それに合わせて、リリィナが毛布を退かしてアランをそっと起こす。サヤカが持ってきた盆には、一つの小さな器が乗せられていた。

 

 「これは……」

 「お粥、っていうの。具合が悪くなった人は、これを食べるのよ。これはガーグァの卵も一緒に混ぜてあるの。栄養たっぷりだから、きっと体もすぐに良くなると思うわ」

 「すぐに、か。それなら……」

 

 器の中身は、多めの水で煮込んだ米に、溶いた卵を混ぜたものだった。アランは早速、木製のスプーンを手に一口、二口と手を進めていく。味はまだよく分からないが、熱すぎず、冷めきっていない程よい温かさに、アランは次々にスプーンを動かしてく。

 

 「ねぇ、なるべく少なめにはしておいたけど、だからって全部食べる必要はないわよ?まだ完治してないんだから、あまり無理はしないでね」

 「ん? いいや、これくらいなら平気だ。全部いける」

 

見る見るうちに減っていく粥をみて心配になったのか、サヤカは思わず口を滑らした。彼が無理に腹に詰めようと、一気食いをしようとしているように見えたのだ。が、それはどうやら杞憂だったようで、アランは苦しい様子は見せていない。それから程無くして、アランは完食していた。

 

 「本当に、全部食べちゃうなんて……」

 「だから言ったじゃないか。これくらいなら平気だ。それより、もう少し欲しい。まだ残ってるか?」

 「ええ、まだ残ってるけど……本当に少しだけよ? あんまり食べすぎるのも良くないんだから」

 

 部屋から出たサヤカが、再び新しい粥を持って来る。先程よりも少ない、半分にも満たない量だった。しかし手を動かす速さは変わらず、新しく持ってきた粥は数分と経たずにアランに平らげられてしまった。

 

 「もう終わりか」

 「物足りないだろうけど、今は我慢して。残りは氷結晶で囲んで保管してあるから、ちゃんと治ったらまた作るわ」

 

 空になった器を下げようと、サヤカが手を伸ばした時だった。彼女の言葉に、アランは妙な引っ掛かりを覚える。氷結晶についてではない。その後の言葉に引っ掛かりを覚えていた。

 

 「なに、君が作っていたのか?」

 「え? ……あ」

 

 今出された粥を作ったのは、サヤカなのか。思えばいつもこちらが頼めば軽い食事を作ってくれるリリィナは、ずっとアランの傍にいた。ハンゾーも、ルームサービスのアイルーも、ここにいる。アランの言葉を聞いて、何かに気が付いたように目を丸くするサヤカを、アランはじっと見つめる。

 

 「あ、あのっ!? それは、えっと……」

 

 盆を手に、再び狼狽するサヤカ。違うと言おうにも、事実なので否定できない。何かを言い返そうにも上手くいかず、アランの視線から目を背けるようにそっぽを向く以外、なにも出来なくなっていた。

 羞恥か、はたまた別の感情か。サヤカはうっすらと頬を赤らめて俯いていた。せめてもの抵抗にと、手に持っていた盆で体を隠しながら、サヤカはアランの疑問に答えた。

 

 「……ええ、作ったのは私。あなたのオトモにも、手伝ってもらったけど」

 「リリィナが?」

 

 サヤカの言葉に、アランはリリィナの方へと視線を向ける。意外だった。今までサヤカに対して良い感情を持っていなかった彼女が、サヤカと協力して何かに取り組んだ事が。

 

 「ガーグァの卵を手に入れる為に、一緒について来てもらったの。断られると思ってたけど……」

 「旦那さんの為にゃ。これくらいへっちゃらにゃ」

 

 話に挙げられた当人のリリィナは、別段嫌がっている様子は見せなかった。心なしか、サヤカに対しても不快感を表していないようにも思える。

 彼女らに何があったのか、アランは不思議で不思議で仕方がなかった。もしやリリィナも具合が悪いのではと思ったが、彼女は至って健康そのもの。ますます訳が分からなかった。

 

 「旦那さん、食べたら横になってにゃ。何かあっても、ワタシ達がいるから大丈夫にゃ」

 「む、むぅ……」

 

 釈然としないまま、アランはベッドに横になる。自分が眠っている間に何があったのか。様々な推測が頭の中で一しきりぐるぐると回ったが、何にしても今までのような不仲の状態でないのなら何でもいいかと、アランは適当に結論付ける事にした。

それから、腹が満たされた事で訪れた眠気に見舞われて、アランはすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 それから翌日の事、アランはすっかり良くなっていた。強走薬を使っていた時の、体が重くなる感覚はどこにもない。快調そのものだった。

 

 「旦那さん、身体の調子はどうにゃ?」

 「全快だリリィナ。心配かけたな」

 

窓から差し込む朝日の眩しい時間帯。アランはサヤカ達にも完治した事を伝えようと、宿から出ようとした時だった。背後からリリィナが声を掛けてきたのだ。

 

 「そうにゃ、旦那さん。昨日の夜に手紙が来てたにゃ。旦那さん宛ての、大事なお手紙らしいにゃ」

 「手紙?」

 「これにゃ」

 

 リリィナが両手で大事そうに持っている手紙を受け取る。赤の封蝋に見える紋章は、龍歴院の物だった。封蝋を剥がし、中に入れられている折り畳まれた書をゆっくりと開いていく。

 

 「これは……そうか。そう、だな」

 

 文字を目で追っていき、手紙の内容に目を通すアランの顔が徐々に曇っていく。いつか、この時が来るとは思っていた。今がそのいつかだったというだけの事なのに、それがとても口惜しく思えてしまう。願わくばもう少しだけでも、共にありたいのだ。

 

 「残された、時間は……」

 

 リリィナから手渡された龍歴院からの手紙。そこにはベルナ村への帰還の旨の内容が書かれていた。

 




前回の投稿からの間にスイッチ版XXや新作のモンスターハンターワールド等、色々な発表がありましたね。
猛者は両方とも買うんでしょうか。

※追記『モンスターハンターRe:ストーリーズ』、『とあるギルドナイトの陳謝』等の作品を書かれている皇我リキさんよりファンアートを頂きましたので、ここに掲載させて頂きます。
ハンゾーとサヤカのペアですね。とても愛らしい、素敵なイラストです。ありがとうございます。

【挿絵表示】

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