狩人の証   作:グレーテル

13 / 24
お待たせしました。
リアル生活での色々なゴタゴタと新作のXXが楽し過ぎて更新が遅れてしまいました。
レンキンスタイル、楽しいですね。


第13話「妖艶なる舞」

 「―――――じ、……るじ! 主!」

 「……ッ!!」

 

 布団を振り払い、バネでも仕込まれていたかのようにベッドから跳ね起きる。きめ細やかな白い肌からはじっとりと汗が出ており、長い黒髪が首筋に張り付いていた。

 

 「は、ぁ……っ」

 

 荒い呼吸に大きく上下させていた肩が、次第に小刻みに震える。サヤカは二、三度と、大きく呼吸をして弱々しく縮めていた肩を落ち着かせ、気持ちを整えた。カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。少女、サヤカにとってとてつもなく悪い寝覚めで迎える朝だった。

 

 「ニャ、にゃぐぐ……おはようですニャ。主」

 「は、ハンゾー……?」

 「ええ、セッシャですニャ。主が随分とうなされていたようでしたから、心配になって起こそうとしたのですニャ」

 

 声が聞こえた方向へ振り向く。ベッドの陰になっている所へと視線を移すと、そこには背を床に付けて後ろ足の肉球をこちらへ見せているハンゾーの姿があった。起き上がった拍子にひっくり返してしまったのだろう。サヤカは慌ててハンゾーを抱きかかえて、荒れた毛並みを整えた。

 

 「そう……悪い事をしちゃったわね。平気?」

 「いえいえ。常日頃からセッシャは鍛錬を重ねておりますゆえ、この程度ではびくともしないのですニャ。それより主、お体の方は大丈夫ですかニャ? 何か、怯えているように見えましたが……」

 「ううん、私なら平気。心配してくれてありがと」

 

 武者ネコヘルムは被っておらず、八の字に眉間を曲げたハンゾーの表情から心配している様子がはっきりと読み取れる。そんなハンゾーに申し訳なさを感じつつも、サヤカは心配してくれた礼と、跳ね除けてしまった事への謝罪の意味を込めて、彼の小さな額をそっと撫でた。白と薄茶と黒が合わさったミケ柄の、少し硬めの毛の感触が心地よい。

 

 「むっ! そうですニャ、主。汗もかいてるようですし、セッシャが湯浴みの支度をしてきますニャ。少々お待ち下されニャ!」

 「あ……」

 

 ふと思いついたようにぽんと手を叩き、サヤカの手の中からするりと抜けたハンゾーが部屋を出ていく。とてとてと足音が聞こえては、慌ただしく物音を立てている。それだけでハンゾーがせっせと準備をしている事が分かった。

 

 「……また、見たのね」

 

 ハンゾーがいなくなり、再び一人になった事で先程の悪寒が蘇ってきた。震える体を抱きしめたサヤカは掻き消えてしまいそうな、とても小さな声でぽそりと呟いた。

 

 「コノハ……お母さん……」

 

 瞳から零れた雫がベッドへ落ち、斑点へと変わる。一つ一つの小さな斑点は徐々に繋がっていき、やがて大きな染みとなっていく。細い指で何度拭っても、一向に治まってはくれない。

 

 「私、わたし……っ、うぅ……」

 

 瞼の奥から溢れ出る止め処の無い熱を、サヤカはただ拭い続ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 「恥ずかしいにゃあ……」

 

 両手で顔を覆い、恥じらう表情を隠しているリリィナ。彼女は昨晩の事を思い出し、盛大に悶絶している。両手の隙間から覗く顔は真っ赤になっており、額から蒸気が出てきそうな勢いで上気していた。

 

 「分かった、悪かったって。次は控えめにするから、な?」

 「うぅ……お手柔らかにお願いにゃ」

 

 リリィナを悶絶させている原因、彼女の主人のアランがため息交じりにそう呟いた。リリィナの脳裏に浮かぶのは昨晩の自分の姿。ごろごろと喉を鳴らし、猫撫で声で主人にすり寄るだらしのない姿だった。

 

 「そうだな……リリィナ、しばらくそっとしておいた方が良いか?」

 「お願いにゃ旦那さん。少し、落ち着きたいにゃ」

 

 再び両手で顔を覆い、ぶんぶんと首を振るリリィナ。そんな彼女の様子を見て、アランは小さく微笑む。こんなに慌てるリリィナを見るのはいつぶりだろうか。

 

 「分かった。雑貨屋に行ってくる」

 「うぅ……行ってらっしゃいにゃ」

 

 ガルルガ装備とは異なる趣の、外出用のベルダー装備に着替えたアランが扉に手をかける。アランが宿を出る前に振り返ると、片方の手で顔を隠していたリリィナが空けたもう片方の手を振っていた。リリィナからは見えていないだろうが、それでもアランはリリィナへ向けて軽く手を振ってから宿を後にした。

 その後、買い物は滞りなく行われ、アランはいずれ来たるタマミツネ狩猟に備えて装備の手入れや刃薬やシビレ罠等の各種アイテムを揃え、その日を費やした。

 

 

 

 

 

 「……以上が、今回のクエストの内容になります」

 「遂にこの時が来たようですニャ、主!」

 

 概要を伝える受付嬢の言葉にふんすと鼻息を吹かし、興奮冷め止まぬといった様子のハンゾーがサヤカを見上げていた。

 ジャギィノスの掃討とロアルドロスの狩猟を終え、渓流に生息しているモンスター達を制していくサヤカとアラン達へ、遂に件のモンスター、泡狐竜タマミツネ狩猟の依頼が来たのだ。

 

 「タマミツネは以前狩猟に向かったロアルドロスよりも強力なモンスターです。決して準備は怠らず、万全の状態で挑んで下さい」

 

 受付嬢、コノハの言葉に頷くサヤカ。タマミツネを狩猟する風景を想起して気合を入れるハンゾーとは異なり、彼女の表情は一切の油断を取り払うように気を引き締めている。

 アランにとってはそんな彼女を見るのはいつもの事だが、ほんの一瞬だけ、コノハはアランとは反対にそんなサヤカへと悲痛そうな面持ちを見せていた。

 サヤカの身を案じているように見えるコノハの表情に気付き、アランは一瞬思案を巡らせるも、すぐさま思考を別の事へと移らせる。アランにとっての目下の問題は解決していないのだ。

 

 「来たか……」

 

 今の彼女との共同戦線にどうしたものかと迷わせる、ため息のような呟きだった。隣でアランを見上げているリリィナも、腕を組んで俯いている彼の仕草から余裕のなさが窺えた。だから、リリィナは彼の防具に軽く手を当て、アランの気を引いた。

 

 「旦那さん」

 「リリィナ? どうした」

 

 ガルルガフォールドに当たった小さな感触に気付いたのか、アランは片膝をついてリリィナと視線を合わせる。リリィナの思惑通り、彼の視線はこちらへと注がれた。

 

 「大丈夫にゃ旦那さん。ワタシがついてるにゃ」

 「そう、か……そうだな。分かった。頼りにしてるぞ、リリィナ」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 両手をきゅっと握り、リリィナは真っ直ぐにアランを見つめる。彼女がいつも言っている言葉に、アランは微笑んだ。慣れない土地と上手くいかない出来事で、弱気になっていたのかもしれない。

 元気付けてくれた礼にと、アランはガルルガアームを外し、リリィナの頭へと手を伸ばす。彼女の頭を撫でようとしたアランの手は、彼女の両手に阻まれた。

 

 「それは恥ずかしいから、ダメにゃ」

 「そうか……」

 

 先日の事もあってか、今日のリリィナは一層隙がなかった。ぷに、という心地よい肉球の感触を味わえただけでも良しとしようと、アランはおとなしく引き下がり、ガルルガアームを嵌め直した。そうして、頭の中でタマミツネを狩猟するにあたっての対策を始める。必要なアイテム、心掛けるべき戦術、小型モンスターによる妨害への対策を、アランは考え抜く。

 そして、彼女、サヤカとの信頼関係の構築。これがアランにとって一番大事な案件だった。良好な関係を築ける、最後のチャンスだろう。件のタマミツネに悩まされているこのユクモ村の為にも、たった今喝を入れてくれたリリィナの為にも、アランはしくじる訳にはいかない。万全の体制と、細心の注意を以て挑まんという決意をアランは己が胸中に込めた。

 

 「よし、リリィナ。気合を入れて行こう」

 「にゃ!」

 

 ガルルガアームの具合を確かめたアランに、リリィナはしっかりと頷いて応える。大切な主人の為なら、何の努力も惜しみはしない。アランのオトモとして、全力で狩りのサポートに挑む。それはリリィナにとっていつもの事だった。自分のやるべき事、目的がはっきりしているのだから、何も迷う必要はないのだ。

 

 「……サヤカ」

 「なに? コノハ」

 

 アランとリリィナが互いに励まし合っている中、サヤカとコノハも同様に、それぞれ言葉を交わし合っていた。

 

 「必ず、帰って来てね。私、待ってるから」

 「うん。ありがと」

 

 震えていたコノハの手を、サヤカがそっと握る。コノハの手を包んだ、温かいサヤカの両手。アランがいる手前、張りつめた表情は崩していないが、それでもコノハを案ずる気持ちを偽るつもりはない。サヤカもコノハも、互いに互いを無二の親友として大切に思っているから。

 

 「私なら大丈夫。いつもみたいに、ちゃんと村に戻って来るから」

 

 サヤカの紅い両目が、コノハを見つめる。コノハが小さく頷くと、サヤカは手を離した。

 

 「ハンターさん、こっちは準備万端ですニャ! 用意が出来たら乗って下さいニャー!」

 

 荷車を繋いだガーグァに乗る御者のアイルーが、小さな手を振っている。渓流のベースキャンプへ向かう村の出口で待機していた。

 

 「…………ッ」

 

 サヤカがアランへ牽制の意を込めて一瞥し、マイハウスへ戻っていく。それに続くように、ハンゾーがお辞儀をしてから彼女の後を追っていく。彼女の腕前は、ジャギィノス掃討とロアルドロスの狩猟で既に見ている。彼女の火力を活かす為に自分がサポートに徹する環境が整えられれば、たとえタマミツネが強力なモンスターであろうと狩猟する事が出来る筈だ。

 タマミツネに対して不確定な情報がまだあるものの、それだけは、アランは自信と確信をもって言えた。

 

 「あの、ハンターさん」

 

 アランも準備を整えようと宿へ向かおうとした矢先、サヤカと話していた受付嬢、コノハが声を掛けてきた。彼女の声に、アランはゆっくりと振り返る。視界に入ったのは、不安げな表情をしたコノハの姿があった。

 

 「その、サヤカの事……怒ってます、よね?」

 「いいや」

 

 即答だった。アランの言葉に、コノハは耳を疑った。コノハをそうさせている当の本人は、どこにもおかしな様子は見られない。彼は至って自然体だ。

 

 「ただ……そうだな。君が彼女を大切に思ってるようで、少しホッとしてるよ。それじゃあ、俺も準備があるから、これで」

 

 片手を軽く上げて、アランは宿へと戻る。リリィナも、それに続く。余所余所しそうに、コノハへと会釈をしてから。

 

 「一体、どういう……」

 

 アランの言葉の意図が分からず、コノハは怪訝な表情のまま、黒狼鳥の甲殻に身を包んだ彼の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 

 「主、村の為にも、此度のイクサは決して仕損じる訳にはいきませんニャ。ゆめゆめ油断なされぬよう、どうかお気を付け下されニャ」

 「ええ、分かってるわ。ハンゾーも気を付けてね」

 

 ユクモ村から出立し、ここは渓流のベースキャンプ。アランとサヤカはいつもの通りに、これといった会話のないまま到着した。正確に言うと、サヤカがアランの持ちかける話を突っぱねているのだが。

 

 「ハンター殿。此度の救援、誠に感謝なりですニャ。このイクサ、共にカチドキを挙げましょうぞニャ!」

 

 元気いっぱい、力一杯に両手を握り、アランにも向き直るハンゾー。狩猟達成を目指して今回のクエストに挑む彼の瞳はとても純粋だった。

 

 「…………」

 「あ……ああ、そうだな。一緒に、頑張ろう」

 「ニャ!」

 

 ハンゾーの背後からこちらへ視線を注ぐサヤカに意識が向いて、どうにもぎこちなく曖昧な返事になってしまうアラン。が、それでも感じ良く受け取ってくれたのか、ハンゾーは満足げに頷いていた。頼もしい救援だと思ってくれているのだろう。彼、ハンゾーはこのユクモ村で出会った当初から友好的だった。

 

 「旦那さん、こっちはいつでも行けるにゃ」

 「分かった。行こうか、リリィナ」

 「ニャ? ハンター殿、支給品は持って行かないのですかニャ?」

 

 地図と携帯砥石を数個、ポーチに詰めたアランがエリア1へ向かおうとする。その背中へ、ハンゾーは問いかけた。

 

 「ああ。ギルドからの支給品はここに置いていく。ポーチの空きもそこまでないし、一度ここまで逃げ込む事も考えてるんだ。ここに来るのは大袈裟かもしれないけど、体勢を立て直すにはうってつけの場所だから」

 

 事実、アランのポーチには応急薬や携帯食料を詰め込めるだけの余裕はない。タマミツネの体液への対策に持ってきた消散剤や各種刃薬に加え、落とし穴やシビレ罠も持っている。そしていつもの癖か体に染みついた惰性か、弾薬用のポーチにも通常弾を忍ばせている。

 そんな状態で支給品にまで手を回す訳にはいかず、だからアランは支給品ボックスにあるアイテムはそのままここに置いていく事にした。万一に撤退する時の事を考えて、回復手段を残す事で保険にしておくのだ。保険があれば、心持ちにも幾分かの余裕が生まれる。余裕を持たせる事で、多少のミスやトラブルが起こっても軌道修正を容易に出来る。自分一人で狩る訳ではなく、ここにはリリィナを始め、サヤカやハンゾーもいる。故にアランはもう後がない、という状況に陥る事はなんとしても避けたいのだ。

 備えよ、常に。訓練所で教わった教訓を忘れず、アランは今まで以上に余念なく入念に備えていた。

 

 「……と、いう訳だ。君もアイテムは十分に持ってるだろうから、前みたいに元気ドリンコは渡せない。けど、向こうで危なくなったら言ってくれ。渡すだけの余裕は持たせてみせる」

 「…………」

 「主、いかがなされたニャ?」

 「……行くわよ。ハンゾー」

 「あ、主? 主ーっ!」

 

 アランをじっと見つめるも、サヤカはそのまま一言も語らずにベースキャンプを後にする。彼女の様子に訝しむハンゾーも、しかしどうする事も出来ずに彼女の後に続いて歩いていく。

 アランも遅れまいと、彼女達について行く。アランは心なしか、アイテムポーチが出立前よりも重く感じていた。

 

 

 

 

 

 ギルドからの目撃情報を頼りに、アランとサヤカ達の一行は真っ直ぐエリア7へと向かっていた。麦に似た人の背を越える背丈の植物が群生し、お世辞にも良好な視界は望めそうにない景色の広がるエリアだった。さらにエリア全体のほぼ半分ほどが水浸しの陸になっており、群生する植物の向こう側には大きな湖が広がっている。エリア自体の広さはそこそこあるだろうが、実際に狩猟するとなると、こちらが有利になれる場所はかなり限られているように見えた。

 

 「あれが……」

 

 サヤカが小さく呟く。周辺のエリアへ巡回していなかったのか、目的のモンスターはすぐに見つかった。体を丸めてリラックスした状態で佇んでいる件のモンスター。泡狐竜タマミツネだ。そして、タマミツネの様子を窺うように、遠巻きにはルドロスが数匹いた。

 

 「なれば一番槍は! セッシャが頂くニャーッ!」

 

 言うが早いか、ハンゾーは背に担いだ武者ネコノ太刀を抜刀し、タマミツネへ向けてまっしぐらに突撃する。

 どたどた、ばしゃばしゃと足音を立て水を踏むハンゾーに気付いたのか、タマミツネが首を上げてこちらを一瞥した。ハンゾーが距離を詰めていく間、タマミツネは尻尾を地面に擦り付ける。すると、あっという間に地面が泡立つ。

 

 「ニャッ!? これは、なんと面妖な……!?」

 

 不幸にも、タマミツネの立てた泡に突っ込む形になってしまったハンゾーが、体中についた泡に狼狽する。

 

 「ニャッ、ニャッ……! この、取れないニャ!?」

 「ハンゾー!」

 

 ハンゾーが両手を我武者羅に振り回して泡を払おうとするものの、一向に泡は取れる気配がない。タマミツネの意識がハンゾーへ向き、彼を助けようとするサヤカがヒドゥンブレイカーを握り、タマミツネへ向けて接近する。

 

 「ハンゾーから離れなさい!」

 

 接近する最中に溜めた力を使い、ヒドゥンブレイカーを振り上げる。その槌頭は、タマミツネが大きく跳躍した事によって空を打つだけに終わる。タマミツネの挙動にアランは以前狩猟した迅竜ナルガクルガの面影を感じながら、しかしそれとは似て非なる動きをするのかと観察する。

 どちらにしても、あのままサヤカだけに狩らせる訳にはいかない。ツルギ【烏】を抜刀し、会心の刃薬を塗布する。アランに続くように、リリィナもナルガネコ手裏剣を引き抜いた。

 

 「ハンゾー! 無事!?」

 「ニャウ……不覚。主の手を煩わせてしまうとは」

 「出過ぎると危ないわ。無理はしないで」

 

 ヒドゥンブレイカーを手にしたまま、サヤカはタマミツネに立ち塞がる形でハンゾーを背後へ匿う。

 

 「クォオッ」

 

 危なげなく距離を取って回避したタマミツネがぱかりと口を開けると、サヤカへと半透明の球体を吐き出した。ふわふわと漂う大きな球体が、真っ直ぐ、ゆっくりとサヤカへ向かっていく。

 

 「シャボン玉……コノハの言ってた通りみたいね」

 

 横へ転がり、タマミツネの吐いたシャボン玉を避ける。標的のいなくなった空間へふよふよと漂った後に、シャボン玉は地面へ落ちて滞留する泡の塊になった。あれもハンゾーの身体に纏わりついていた泡と関係があると、サヤカとアランは推測する。

 あれを浴び過ぎたら危険だと、実物を目の当たりにして認識を確たるものにした。

 

 「リリィナ、牽制を頼む。あの泡には、気を付けてな」

 「お安い御用にゃ!」

 

 力強く頷き、リリィナはタマミツネの側面へ回り込むように立ち回る。時折、遠巻きにいるルドロス達の動向にも視線を向けながらタマミツネへ向けてブーメランを二つ投擲。タマミツネの右肩と背ビレを浅く斬り付けた。

 

 「クゥウ……ッ」

 

 大型モンスターへ与えるダメージとしては非常に小さく、手応えはまるで無い。が、タマミツネの意識をサヤカ達から別の物へ向けるには十分で、リリィナへと首を向けるタマミツネの後ろ足へ、アランのツルギ【烏】が濃い紫の毛を僅かに斬り散らす。アランを疎ましく思ったのか、タマミツネはブラシのような尻尾を振ってアランを追い払おうとする。大型モンスターの巨体から繰り出される尻尾に当たってはひとたまりもなく、アランは深追いはせずに後退した。

 

 「でやあっ!」

 

 リリィナからアランへ、注意が向いていたタマミツネの隙を見逃さないサヤカがヒドゥンブレイカーで無防備な顎を打ち上げる。続け様にヒドゥンブレイカーを振り下ろし、タマミツネの左前脚に槌頭を叩き込んだ。僅かに怯んだタマミツネに、アランのツルギ【烏】とリリィナのブーメランが尻尾と脇腹を斬り付ける。一度距離を離したサヤカと入れ替わるように前へ出たハンゾーの武者ネコノ太刀がタマミツネの額を捉えた時、タマミツネに異変が起こった。跳躍し、アラン、サヤカ達から離れたタマミツネの相貌がアラン達ただ一点を見つめていた。

 

 「コオオオオォォッッ!!」

 

 薄紫のヒレは紅く変色し、両の前脚は小刻みに震え、タマミツネはありったけの力で咆哮する。目に見えて分かるタマミツネの外見の大きな変化とピリピリとした辺りの空気が、本格的な闘いの合図を告げていた。

 タマミツネは怒り状態になったのだ。

 

 「グルルル、グォウッ!」

 

 ばら撒いた泡を利用し、側面から回り込むように地面を滑走するタマミツネ。直線的な突進ではなく、弧を描いて接近するトリッキーな挙動は、アラン達に標的の予測を困難にさせていた。

 振り上げたタマミツネの尻尾が狙ったのは、アランだった。

 

 「こっちか!」

 

 紫色の甲殻へ叩きつけられるブラシ状の尻尾を、小さな盾で受け止める。かろうじて直撃は避けられたが、受け止めた衝撃までは相殺しきれず、痺れる腕を庇いながら大きく後ずさる。

 

 「な……あぁっ!?」

 

 体が後ろへのけ反り、たたらを踏んだ足が泡を踏んだ。バランスこそ崩されながらも何とか踏んばっていた足が、その摩擦を失えばどうなるか。泡が絡まった踵がつるりと滑り、アランはその場で盛大に尻餅をついた。

 

 「グロロゥ、ゴウゥッ」

 

 空中で体を捻るようにジャンプし、シャボン玉をばら撒くタマミツネは、次の標的をサヤカへ定めた。タマミツネはヘビのように全身を左右にくねらせ、水中を泳ぐかのような動きで地上を滑走する。摩擦を低減する泡を駆使し、かつ自身の巨体を使って轢き潰さんとする突進を、サヤカはハンマーを手にしたまま前転し、何とか回避した。

 

 「この、なんて速さなの!」

 「うぐぐ、何という身のこなしか!? 目で追うのもやっとですニャ!」

 

 サヤカ達のすぐ横を通り過ぎたが、タマミツネは突進の勢いをそのままにぐるりと反転し、再び突進を敢行。飛び退いたハンゾーとサヤカの間を滑走していく。

 

 「まだ来るわよハンゾー! 気を抜かないで!」

 「承知! ……ニャ!?」

 

 二度目の突進を終え、なおもサヤカ達を狙うタマミツネへと、体勢を立て直したアランがツルギ【烏】で斬りかかり、リリィナもブーメランで応戦する。タマミツネの意識が彼等へ向いたのを見て、サヤカがヒドゥンハンマーの柄を握り力を溜めている中、ハンゾーは自らの体に起きている異変に気付いた。

 

 「こ、これは一体……ニャッ、ニャアアーッ!?」

 

 体に纏った泡が、いやに多かった。タマミツネの突進を避ける際に、地面に設置されていた泡を踏んでいたのだ。結果、体中に纏わり付いた泡が、ハンゾーの小さな両足を浮かす程に増幅していた。その特性を理解しきっているタマミツネとは正反対に、ハンゾーは滑る体でバランスを取ろうとしてジタバタと手足を動かして暴れている。ハンゾーは自らに掛かった状態異常によってあらぬ方向へと動き回り、自由な移動が困難な状態に陥っていた。

 

 「ハンゾー! っ、あ……!?」

 

 パニック状態のまま地面を滑っていくハンゾーに気を取られたサヤカへ、タマミツネの放ったシャボン玉が当たる。ナルガ装備に纏わり付いた泡に、サヤカは忌々しげにタマミツネを睨みつけた。ハンゾーを助けようにも、その道中にはタマミツネが設置した泡の塊が無数に散りばめられ、それらを避けながら進もうにもタマミツネの妨害がないとは限らない。そして、自らも泡を浴びている以上、もう一度泡を浴びてしまえばハンゾーの二の舞になってしまう。サヤカがハンゾーを救うのは困難な状況に追い込まれた。

 

 「くっ……!」

 

 サヤカには、サヤカを見るタマミツネが、まるで目論見通りだと嗤っているかのように見えた。事実、サヤカは思うように身動きが取れなくなってしまったのだから、タマミツネからすれば状況は好転している。アラン達さえいなければ、このままサヤカ達を丸め込めるのだから。

 

 「リリィナ、行けるか?」

 「にゃ。任せ……にゃ!?」

 

 サヤカの状態を見て、アランはリリィナにハンゾーの救出を任せようとしていた。小回りの利くアイルーのリリィナなら人間よりも小柄で、なおかつ機動力もある。リリィナならばタマミツネの妨害と設置された泡の塊を避けながらでも、ハンゾーを救うには十分に余裕がある筈だ。

 

 「クォゥ、クオォッ!」

 「オゥッ、クゥオッ!」

 

 が、アランの背後に見える気配に、リリィナが視線を向けた。そこにはアラン達の劣勢を感じ取ったルドロス達が、ここぞとばかりに妨害を仕掛けようと接近していたのだ。

 

 「ルドロスか!」

 「もう、こんな時に! あっちに行くにゃ!」

 

 ブーメランを投擲し、ルドロスを追い払う。リリィナがルドロスに気を取られている内に、タマミツネの意識がハンゾーに向いている事を感じ取ったアランがタマミツネへ接近する。振り上げたツルギ【烏】をタマミツネの前足、正確に言えば爪の部分へ刃を振り下ろし、弾かれた。

 

 「な……!?」

 

 弾かれたツルギ【烏】の刃先が空へ向かい、アランが大きく体をのけ反らせる中、タマミツネが標的へ目掛けて滑走する為に両足にぐっと力を込めていた。

 タマミツネが見ている物、タマミツネの視線の先にある物が分かり、アランは再びタマミツネへ斬りかかる。先程弾かれた足ではなく、しっかりと刃の通る胴体へ。とにかく攻撃を加えて気を逸らそうとするが、片手剣が与えられるダメージはとても小さく、タマミツネの足止めをする事は叶わない。アランの攻撃を掻い潜ったタマミツネは勢いよく滑走し、狙った標的へと向かっていく。

 標的は武者ネコ装備に身を包むオトモアイルー、ハンゾーだった。

 

 「やっと取れた……待っててハンゾー! 今行くわ!」

 「ッ! ダメですニャ主! こっちに来ては―――――」

 

 アランとリリィナがタマミツネの気を引いていたからか、サヤカは無事にハンゾーの救出に向かう事が出来た。サヤカの手には消散剤が握られており、これを使う事でハンゾーの身体に纏わり付いている泡を取り除く事が出来る。

 ハンゾーまでの距離は、あともう少し。一刻も早く、ハンゾーを助けたい。そんなサヤカの想いは、彼女の背後から急速に追い上げ、そして追い越した大きな影に打ち砕かれた。

 

 「うぐっ……ニャアアアアーッ!!」

 

 大きく振り上げたタマミツネの尻尾が、勢いよくハンゾーへ振り下ろされる。体に纏った泡がばしゃりと散らされ、小さな獣人族の体が宙を舞った。タマミツネは辺り一帯へ散りばめた罠に引っかかった外敵である、泡まみれになったハンゾーを狙っていたのだ。

 

 「ハンゾー!」

 「うぅ、ぐ……なんの、これしき……」

 

 エリア7に響く、悲鳴にも似たサヤカの叫び声。ハンゾーは武者ネコノ太刀を地面へ刺し、それを支えにしてふらふらと揺れる体で立ち上がろうとする。防具のお陰で多少は和らいでいるが、それでも大型モンスターの攻撃に直撃したダメージは大きかった。

 ハンゾーに打撃を与えたタマミツネは、アランとサヤカへ向けてシャボン玉を吐いてから一度反転して距離を離し、再びハンゾー目掛けて突進する。

 

 「駄目だ、間に合わない……!」

 「うぅ、速過ぎるにゃ!」

 

 湖を背後に、よろめいているハンゾーへと、刻一刻と迫るタマミツネ。アランの走力ではタマミツネに追い付く事が出来ず、リリィナも同じく間に合わない。

 

 「お、おのれ……!」

 

 狙われているハンゾー自身も、地面に突き刺してあった武者ネコノ太刀を引き抜いて迫るタマミツネへ向けるが、震える刃先はとても心許なく、弱々しかった。

 まずは一匹。自身の状況に確信を持ったタマミツネの思惑は、ヒドゥンブレイカーを放り捨てて身軽になったサヤカによって阻まれた。

 

 「ハンゾー……ハンゾー!!」

 

 サヤカの手が、ハンゾーを突き飛ばす。再びハンゾーの体が宙を舞い、サヤカが身代わりになる形でタマミツネの突進を受けた。

 

 「が、っあ……!?」

 

 その巨体が持つ重量と、泡による滑走によって得たスピードの乗った頭突きがサヤカの腹部に当たる。タマミツネはそのまま自身諸共湖へと飛び込み、サヤカを水中へと突き落とした。

 

 「そんな、旦那さん……」

 「…………ッ」

 

 声を震わせるリリィナに、アランは何も言葉を返さない。ツルギ【烏】の柄を強く握り、タマミツネが飛び込んだ湖を睨みつけていた。 

 

 「主、どうして……」

 

 サヤカに突き飛ばされたハンゾーが立ち直り、その目にした物は、使い手のいなくなったヒドゥンブレイカーと、辺りを見渡せども見えない主人の姿だった。どれだけ目を凝らしても、どこにもいない。自分を助けて、代わりに犠牲になったのだ。

 

 「どうしてセッシャを……何故です!? 何故セッシャを庇ったのですニャ!! どうして……どう、して……ニャアアアアァァッ!!」

 

 立ち尽くすハンゾーの手から、武者ネコノ太刀が抜け落ちる。そうして、主人を呑んだ湖へ、ハンゾーは絶叫する。怒りか、悲しみか、湧き上がる感情を吐きだしても、返ってくるのは静寂だった。

 

 「……リリィナ」

 「にゃ、旦那さん? これは……なるほど、そう言う事にゃ」

 

 アランはツルギ【烏】を納刀し、ポーチに詰めていた閃光玉をすべて取り出す。それらをリリィナに手渡し、叫ぶハンゾーを見つめたまま眉間に皺を寄せ、先程よりも一層強く両手を握っていた。

 湖面から上がり、けたたましく水しぶきを上げたタマミツネが、アランとリリィナ、そしてハンゾーを睨む。まるでタマミツネが、次はお前達だとでも言っているかのように。

 

 「出来るか?」

 「にゃ!」

 

 閃光玉を受け取ったリリィナは、彼が何をしようとしているのかを感じ取る。オトモとしての自分が、今何をするべきなのかを。だから、リリィナはアランの言葉にしっかりと頷いた。アランが望む事を成さんとする、その意思の助けになる為に。

 

 

 

 

 

 (くる、しい……息が……ッ!)

 

 暗い、暗い湖の中で、サヤカはもがいていた。必死に足をばたつかせ、呼吸のできる水面へ、あわよくば陸へ上がろうとしている。が、衣服のようなナルガ装備は水中では大きな抵抗になり、足が着かない水中という事もあってか、サヤカは天地の判別が困難な状況に追い込まれていた。

 足首を保護する防具が邪魔になって水を蹴り出す事が出来ず、呼吸が出来ない苦しさから逃れようともがく度に体力を消耗し、息が続かなくなっていく。苦境から脱出しなければならないのに、負の循環ばかりが続き、サヤカは更なる苦境へと陥っていた。

 

 (このままじゃ……痛っ!?)

 「ッ!……ゴボッ!?」

 

 もがいている最中、サヤカはタマミツネから受けた突進のダメージが体に響き、思わず呻き声を上げてしまう。しかし、ここは地上ではなく水の中。体内の酸素が吐き出され、サヤカはさらに息が続かなくなっていた。

 

 (そんな……私……ここまで、なの……?)

 

 これ以上酸素を出すまいと両手で口を押さえるが、もう吐きだす息があるのかもサヤカには分からなかった。もう力が残っていないのか、ばたつかせていた足はいつの間にか動かなくなっており、水面に上がる事が出来なくなっていた。

 

 (逃げて……ハン、ゾー……)

 

 湖の底に沈もうとしているのに、体はもう動かない。意識を保っているのも難しくなったサヤカは、最後に救っただろう自身のオトモの無事を祈るしかなかった。

 そうしている内にも意識は遠のいていき、サヤカの瞳がゆっくりと閉じられる。自力ではどうする事も出来ず、諦観の念が水底へ沈んでいくサヤカを徐々に支配していく。

 

 「ッ……ッッ!」

 

 サヤカの意識が完全に無くなる寸前。何かが、サヤカの腕をがっしりと掴んだ。




モンハンの水中戦については、3Gの体験版で少し触った事があります。
むかし着衣泳をした事がありまして、水中戦をやってて『なんで防具着ててこんなに早く泳げるんだろう』って思った事がありました。
その後、すぐに『ハンターだから』って答えが浮かんで納得させられてしまいました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。