狩人の証   作:グレーテル

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お待たせしました。投稿です。
今回も独自解釈が入りますが、どうかご容赦ください。


第11話「渓流の水獣」

 「ねぇ、サヤカ」

 「なに? コノハ」

 

 渓流のジャギィノス掃討から数日。サヤカは数少ない友人の少女を自宅へ招いていた。

 少女の名はコノハ。ユクモ村でギルドガールを務めており、村のハンターであるサヤカや、今は諸々の事情で龍歴院から派遣されたハンターのアランにクエストの紹介を行っている受付嬢なのだ。ギルドガールとしてはまだまだ経験の浅い新米らしいが、必ずや自他共に認められる敏腕受付嬢になろうと日々研鑽を重ねる努力家でもある。

 

 「あのハンターさんの事、信用できない?」

 「すると思う? 私が」

 「そっか。そう、だよね……」

 

 拒絶を続ける変われない無二の親友の姿に俯くコノハ。彼女は、サヤカはまだ忘れられないのだろう。サヤカを良く知るコノハも忘れる事はない。サヤカを今のサヤカに変えてしまった、あの日の出来事を。

 

 「そんなに落ち込まないで。村は私が何とかしてみせるから」

 「……うん」

 

 コノハの願っている言葉とはかけ離れたサヤカの言葉。サヤカはあのハンター、アランを受け入れるつもりはない。ハンゾーもいるとはいえ、あくまでも自身の力で解決し続けようとするその姿がコノハは辛い。

 

 「しかし、良かったのですかニャ? 主の兵糧は余裕がない状態。あの時、ハンター殿の申し出を断ったのは……」

 

 兵糧。それはハンゾーなりの言い方で表す、サヤカの使うアイテムボックスの中身の事だった。蓋を開いて見れば、回復薬や砥石、元気ドリンコ等の狩りをする上で使うアイテムが入っていた。が、その数はとてもじゃないが潤沢とはいえず、その有様を表すのなら心許ないと言った所だった。サヤカ自身もアイテムポーチにそれ程アイテムを詰め込んではいない。ハンゾーの言う申し出とは、渓流のジャギィノス掃討のクエストにてアランが渡そうとした元気ドリンコを受け取らなかった事を指している。もし受け取っていたら多少なりとも余裕が出ただろうに、サヤカはそれを断った。サヤカの懐事情を知るハンゾーにはそれが分からなかった。

 

 「いいのよ。私にはハンゾーがいるんだから」

 「ニャムゥ……」

 「それに、コノハもね。だから……私は大丈夫」

 

 釈然としないといった様子のハンゾーを抱っこするサヤカ。ハンゾーのミケ柄の毛並みに頬ずりをするサヤカの姿はとても落ち着いており、アランに嫌悪の感情を見せていた時とはまるで別人のようだった。

 

 (サヤカ……)

 

 どうする事も出来ず、ただ両手を握りしめるだけのコノハ。自分の言葉は、もう届かないのかもしれない。もう、あのハンターに頼るしか他に方法はないのかもしれない。それでも、己の無力を知ってしまった今でも、サヤカに変わってほしいと願わずにはいられなかった。嫌悪と拒絶で凝り固められた彼女ではない、今ここにいるハンゾーを抱きかかえている彼女がサヤカの本当の姿なのだから。

 

 

 

 

 

 「熱い……」

 「にゃ、うぅー……」

 

 宿舎に備え付けられた湯船から上がったアランの一言がそれだった。腕も足も真っ赤になり、肩からはほかほかと湯気が上っている。木製の椅子にどっかりと座って天井をぼーっと見つめる。同じく湯から上がったリリィナもアランと同様に天井を見ていた。

 

 「ハンター様、、オトモ様、どうぞですニャ」

 

 ガラス製のコップが二つ、テーブルに置かれる。中身は透明な液体で、置かれた拍子にその表面がゆらゆらと揺れていた。声の聞こえた方へ振り向くと、空の盆を手に持つアイルーが一匹。彼はこの宿舎で働くアイルーで、今はアランとリリィナのルームサービスを担当していた。

 

 「ありがとう。助かるよ」

 

 コップへ手を伸ばすと、触れた指先からはひんやりと冷たい感触があった。そのまま一口含んで、こくりと喉を鳴らす。湯に浸かって火照った体にすっと浸透していく清涼感に瞳を閉じて小さく深呼吸をするアラン。湯から上がって飲む冷たい水がとても心地がよかった。

 

 「っぷはー……。すっきりにゃ」

 「この渓流天然水は、ユクモ村に住まう人々の生活を支えている大切な水なのですニャ。ハンター様とオトモ様にも、きっと気に入っていただけると思いますニャ」

 「にゃ、とっても美味しいにゃ。ありがとうにゃ!」

 

 ぐったりとしていたリリィナもルームサービスの出した渓流天然水によって元気を取り戻し、水分を含んでくしゃついているアメショ柄の顔に笑顔を咲かせる。ここの所仏頂面でいる事が多かった彼女だが、笑っていられる時間が少しでもあるのは幸いであった。

 

 「あの湯に浸かるのにはどんな効果があるんだ?」

 「ニャ、よくぞ聞いて下さいましたニャ。あのユクモの湯には体の血のめぐりを良くする効果があるのですニャ。さらにさらに、えっと……えっと、シンシンカンシャ?」

 「新陳代謝かにゃ?」

 「それですニャ! 新陳代謝が活発になり、老廃物が出ていくのですニャ。そして、お風呂から上がって冷たいドリンクをぐいっと一杯! これが、ユクモの湯の楽しみなのですニャ。体も健康になり、日々の疲れを癒す温泉を今日も沢山のお客様がご利用なさっているのですニャ」

 

 盆を手にすらすらと説明をするルームサービス。村の事になると饒舌になるのかもしれない。次第に片手で盆を持って、もう片方の手を使って身振り手振りを含んでの説明になっていた。

 

 「そして、ユクモの温泉は浸かるだけではないのですニャ。温泉から出る蒸気を使い、農場で採れた新鮮なお野菜やお肉、お魚たちを蒸すお料理もございますニャ。これは蒸す事によって―――――」

 

 立て板に水。このまま止めなければずっと話していそうな勢いのルームサービスを眺めては微笑むアラン。止めはしない。リリィナに笑顔をくれた者の言葉を、どうして止められようか。

 ありがとう。小さな小さな働き者へとアランは彼の言葉に耳を傾けながら、内心に感謝の言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 「到着しましたニャ。ハンターさん、後はお願いしますニャ!」

 

 サヤカとハンゾーが荷車から降り、それに続くようにアランとリリィナもベースキャンプへと足を着ける。背後へ振り向くと、荷車を引くガーグァとそれに乗る御者のアイルーが背を向けて村へ続く道へとまっすぐ走り去っていた。

 渓流に縄張りを持つようになった水獣ロアルドロスの狩猟。それが今回のクエストの内容だった。先日向かったジャギィノス討伐で村の人間が林業の為に渓流へ訪れる事が出来るようになったとはいえ、ここには危険なモンスターが多く生息している。今回のターゲットになっているロアルドロスを始め、アラン達がユクモ村へ訪れた目的である泡狐竜タマミツネも後に控えているのだから。

 

 「…………」

 「…………」

 

 今日も彼と彼女の間には言葉が無い。重苦しい沈黙の中でアイテムボックスにあるガラス瓶がかちりと鳴り、防具同士がかたかたと当たる音だけが耳に入っていた。

 

 「……ほら」

 

 だから、近付く為のきっかけが欲しかった。サヤカには無くとも、アランはそれを求めている。

 目を細めて警戒するサヤカに元気ドリンコを手渡そうとする。透ける黄色の液体が瓶の中でゆらゆらと揺れていた。紫色の甲殻と、漆黒の毛。その間にたった一つの瓶があるだけなのに、彼女との距離がとても遠く感じる。

 

 「あなた……」

 「今度は大型モンスターだろう。長期戦になるかも―――――」

 

 彼女の中にある何かが、アランを邪魔をしている。手を伸ばしても、足を詰め寄せても、彼女のいる所に届かない。この声も、声に乗せた想いも、彼女に届ける事が出来ない。

 

 「いいえ、結構よ。携帯食料だけで十分」

 「……そうか。分かった」

 

 そして、伸ばす手は今日も届かなかった。アランの手にはビンが握られたまま、サヤカはベースキャンプを離れていく。サヤカとアランを見比べておろおろしていたハンゾーも、アランにお辞儀をしてサヤカの後をついて行った。

 

 「にゃうぅ、言い返してやりたいにゃ。ぎゃふんといわせたいにゃ……!」

 

 ナルガネコヘルムの奥でふんすと鼻息を荒げるリリィナ。手をふるふると震わせ、その足は今にも地団太を踏みそうだった。

 

 「まだ、駄目か……」

 

 元気ドリンコをポーチへ戻し、アランはため息を一つ吐いた。

 

 

 

 

 

 全身を覆う黄色の皮と鱗、後頭部から首全体を覆うスポンジ状の大きな鬣が時折辺りへと小さな水しぶきを撒き散らしている。水生獣ルドロスの群れの中で一際大きな体躯を見せる雄の個体、水獣ロアルドロスが這うように地に着いた四つの脚で渓流のエリア5、周囲を木々に囲まれた薄暗いフィールドを闊歩していた。

 

 「ハンゾー。細かいのをお願い」

 「なら、リリィナにも頼もうか」

 

 サヤカの言葉に従い武者ネコノ太刀を抜刀するハンゾーへ続くように、リリィナもナルガネコ手裏剣を背から抜く。背後から聞こえる声にサヤカが振り返り、アランと目が合った。直接言葉を交わさずとも、彼女の視線が物語っていた。余計な事を、と。

 

 「大丈夫だ。リリィナは役立たずじゃない」

 「……だと、いいけれど」

 

 だから、アランは否定する。リリィナは違う。アラン自身が何かを言われるのは構わないが、リリィナまで役立たずと言われる筋合いはないのだ。

 サヤカは目を細めて、ヒドゥンブレイカーの柄へと手を伸ばし、ロアルドロス目掛けて一気に駆けて距離を詰めていく。

 

 「はあぁっ!!」

 

 物音に気付いたロアルドロスの首が振り向いた瞬間、ヒドゥンブレイカーを振り上げる。ハンマーの背がロアルドロスの顎を打ち上げ、小さくのけ反った。これだけでは大したダメージは与えられないが、ターゲットの狩猟に入る為の初手としては上々だった。

 

 「キュオウッ、キュオオォッ!」

 

 サヤカの発する敵対の意思、不意打ちに放ったハンマーの一撃、サヤカの背後にいるアラン達やハンゾーの存在を認識し、ロアルドロスは雄叫びを上げてルドロス達に攻撃命令を下した。

 

 「クォウッ、クォッ!」

 「クォアァッ!」

 

 ロアルドロスに危害を加えられて憤慨するルドロス達。鳴き声を聞き付けた他の水生獣が忽ちの内にぞろぞろと集まっていき、ロアルドロスの率いるルドロスの群れはサヤカとアラン、ハンゾーとリリィナ達へと喚き立てていた。

 

 「ハンゾー!」

 「お任せあれニャ!」

 

 ロアルドロスと正面からにらみ合うサヤカをカバーする為に彼女の背後へと移動するハンゾー。武者ネコノ太刀を両手で握り、その刃先をルドロスの群れへと向ける。

 

 「リリィナ、あのオトモが危なくなったら助けるんだ。いいな?」

 「旦那さんがそういうなら、そうするにゃ」

 「任せたぞ。いつも通りにな」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 ナルガネコ手裏剣を手にリリィナはルドロスの群れへ向かい、アランはロアルドロスの後ろ足へと回る。アイテムポーチから取り出したペイントボールをロアルドロスにぶつけてからツルギ【烏】を抜き、重撃の刃薬を塗布する。盾と剣の摩擦で生まれる火花で燃焼させ、刀身に緑色の薬液を蒸着させた。

 

 (焦らず、少しずつだ……)

 

 無数のささくれが出来た塗膜に包まれたツルギ【烏】をロアルドロスの後ろ足へ叩き込む。一度ではなく、続けて二度三度と斬り付けてから離脱。ロアルドロスの反撃がない事を確認してから、今度は尻尾へと斬り付けた。

 

 「でやあぁっ!」

 

 右と左から、それぞれ弧を描くように襲うロアルドロスの噛み付きを躱し、ヒドゥンブレイカーを首元へと叩き込むサヤカ。スポンジ状の鬣へと槌頭をめり込ませ、中に含んでいた水分をばしゃりと飛び散らせる。

 

 「キュオゥッ、キオォッ!」

 「クォオウッ」

 

 ロアルドロスが吐き出す、真っ直ぐに飛んでいく水ブレスを横転で躱した所へ、背後にいるルドロスの水ブレスがサヤカを襲う。ロアルドロスの物と違い、放物線を描く小さな水の塊は、彼女に当たる直前で鉱石製の小太刀に阻まれた。ルドロスの水ブレスを防いだのは、武者ネコノ太刀を構えるハンゾーだった。

 

 「主、お怪我は!?」

 「平気よ。その調子でお願い」

 

 背中合わせのまま、サヤカはロアルドロスを、ハンゾーはルドロスの群れを睨む。手近な一匹へと狙いを定め、ハンゾーは一気に間合いを詰め寄せてから武者ネコノ太刀で斬り付ける。

 

 「クォウッ、クゥゥッ」

 「切り捨て……御免ニャアーッ!」

 

 額へ、前足へ、顎へ。短い悲鳴を上げるルドロスの身体へと連続斬りを見舞い、続けて二体目へ向けて跳躍。落下の勢いを乗せた武者ネコノ太刀を首元へと振り下ろす。

 

 「クォオッ!」

 

 この勢いのまま三体目を狙おうとした時、ハンゾーの背後から一匹のルドロスがハンゾーへ圧し掛かろうと大きく上体を起こしていた。ハンゾーの体勢は既に三匹目へ向かおうとしている最中であり、ルドロスの存在の認識に一歩遅れた事で回避は至難を極めている。

 

 「ニャ、迂闊―――――」

 

 ハンゾーへ圧し掛かる寸前、ルドロスの顔へと二つのブーメランが飛来。飛び掛かろうとした姿勢から一転、ブーメランのダメージによって姿勢を崩したルドロスは背中から地面へ転がり、じたばたと四肢をもがかせて悶絶していた。

 

 「……巨大ブーメランの技にゃ」

 

 ルドロスへ向けて投擲し、U字を描いて戻ってきた二つのブーメランを片手でキャッチしたリリィナが小さく呟く。

 

 「ニャウ、かたじけない……。助かりましたニャ、オトモ殿」

 「旦那さんの言いつけだから、助けたのにゃ」

 

 転倒したルドロスへ、リリィナはもう一度二つのブーメランを投擲。腹と後ろ足へ切り込みを入れ、再びリリィナの手へとブーメランが戻っていく。

 

 「今度は油断しないように、にゃ」

 「然り。このハンゾー、もう油断せぬニャ!」

 

 ハンゾーとリリィナの活躍によって、ルドロスの群れは着々とその数を減らしていく。そして、オトモ達は一層奮起する。自分たちの活躍によって主人が動きやすくなると信じて。

 

 

 

 

 

 「キュオゥッ、キュオォッ!」

 

 ロアルドロスは首を左右に振り、手当たり次第に水ブレスを吐き出しながらエリア5を爆走していた。エリアの端へ差し掛かると同時にぐるりと体を転げさせて方向転換し、再び爆走。ハチの巣の出来た小さな木や倒木を蹴散らしながらアラン達へ目掛けて突っ込む事もなく、只々走り回っていた。アランはその姿を目で追い、サヤカもハンマーの構えを解かずにじっと気を窺っていた。

 

 「こう動き回られてると困るな」

 

 アイテムポーチへ手を伸ばし、閃光玉を握るアラン。そのまま空へ放ろうとして、やめる。今コンビを組んでいるのはガッシュではなくサヤカだ。これから行う行動の一つ一つを口頭で伝えなければならない。

 

 「少し、目を閉じていろ」

 「……何をするつもり?」

 「あいつの足止めをする」

 

 長々と説明する暇は無い。一度手にある閃光玉をサヤカに見せてから、爆走を続けるロアルドロスの軌道を先読みして投擲。素材玉の中で絶命した光蟲が、眩い閃光を放った。

 

 「キュオオオォッ!?」

 

 眼前で炸裂する強烈な光をまともに浴びたロアルドロスは爆走する足を止め、大きく体をのけ反らせた。先程まで右へ左へと爆走していた足はぴったりと止まり、一時的に視力を奪われたロアルドロスはきょろきょろと辺りを見渡していた。無論、時間経過で目が見えるようになるのだから首を動かした所で見える訳もない。

 

 「……足止め、ね。そう言う事」

 「足に行く。頭は頼んだ」

 

 絶好の攻撃チャンスの到来に、アラン達はそれぞれの持ち場へと向かう。サヤカのヒドゥンブレイカーがロアルドロスの鬣を殴打し、アランのツルギ【烏】が後ろ足へ切創を刻む。

 

 「ギュアァウッ!? キュオオォォ!」

 

 視界を潰された所へ襲う突然の痛みにロアルドロスは堪らず暴れだす。前脚が空を引っ掻き、尻尾が地面を打ち、明後日の方向へ水ブレスを吐き出していた。

 

 「……ここだ!」

 

 水ブレスを吐く瞬間の硬直を狙い、アランはロアルドロスの後ろ足を二、三度と切り続けた。重撃の刃薬によってささくれ立ったツルギ【烏】の刃が表皮を裂き、その奥に見える筋肉を少しずつ切断していくと、後ろ足へ集中的に蓄積していった痛みに堪らなくなったロアルドロスは転倒し、地面へと体を投げ出した。

 

 「だあぁっ!!」

 

 転倒したロアルドロスの鬣へ、サヤカのヒドゥンブレイカーがめり込む。何度も振り下ろされるハンマーの打撃に立派な鬣は次第にその形を凹凸模様に歪められていき、含んでいた水分が土へと吸収されていく。

 後方にいるアランもサヤカに続くように、ロアルドロスの尻尾へ向けてツルギ【烏】の刃を振り抜き、予めつけていた切り込みを深く、更に深く刻んでいく。

 

 「キュオゥ、キュウゥッ!」

 

 もう一息の所で、ロアルドロスが起き上がる。纏わりつくアラン達を振り払うようにその場で一しきり暴れると、ロアルドロスはアラン達から背を向けた。無理に深追いせず、余裕を持って退避していたサヤカが怪訝そうに見つめ、アランはロアルドロスの向いている方向を目で追い、その意図に納得する。今のロアルドロスの状態と、このエリアにいる彼我の状況に。

 

 「エリア移動か」

 

 エリア5の西。皮がはがれ、中身がくりぬかれた倒木が傍らにあるエリア6へと続く通り道へ、ロアルドロスが歩を進めていく。取り巻きにいたルドロス達の数を減らされ、分が悪いと判断したのだろう。含ませていた水分が減って萎んだ鬣を揺らしながら、ロアルドロスはエリア5を後にした。

 

 「危ないにゃ、旦那さん!!」

 

 アランがツルギ【烏】を納刀しようと、腰へ目線を向けた時だった。リリィナの叫び声に顔を上げると、ヒドゥンブレイカーの柄を握るサヤカが力を溜めたままアラン目掛けて一直線に向かっていた。紅色の両目はアランをしっかりと捉えている。サヤカがハンマーの構えを解く事なく、刻一刻とアランとの距離を詰めていた。

 

 「何を―――――」

 「頭を下げてなさい!」

 

 彼女の意図が分からず、アランは反射的に彼女の言葉に従い片膝をつく。ハンマーがアランの眼前へ近付いていき、そのまま後ろへと通り過ぎて行った。サヤカが狙っていたのは、アランではなかったのだ。

 サヤカの姿を追って振り返ると、背後には一匹のルドロスがアランに飛び掛かろうと身を低く構えていた。

 

 「でやあぁ!!」

 

 奇襲を企んでいたルドロスへ、サヤカは溜めに溜めた力を一気に開放する。下から上へ掬い上げるようにヒドゥンブレイカーを振り上げ、僅かに掠めた地面が大きく抉れる。抉り、巻き込んだ土ごとヒドゥンブレイカーの槌頭をルドロスの腹へめり込ませ、器用にもそのままルドロスの体をハンマーで持ち上げたのだ。

 

 「クォ、オォ……」

 「こ、のっ!」

 

 ヒドゥンブレイカーを大きく振るい、槌頭の上で呻き声を上げるルドロスを遠くへと投げ飛ばす。ほんの一瞬宙を舞った後に地面へびたりと打ち付けられたルドロスはアラン達への反撃を諦め、重たい足取りでロアルドロスが通って行ったエリア6への道へと逃げ帰っていった。

 

 「旦那さん!」

 「リリィナ……」

 「申し訳ありませぬニャ、ハンター殿。よもや伏兵がいようとは……」

 「いいや、平気だ。何ともない」

 

 焦りを見せた声のリリィナと、武者ネコヘルムに小さな絆創膏を貼っているハンゾーがアランへ駆け寄る。討ち漏らしがいた事に関して、アランはリリィナ達を責めるつもりはない。というよりは、そこまで意識が回っていない。彼女の、サヤカの行動に呆気にとられていたのだ。

 アランの視線は、しゃがんでヒドゥンブレイカーの手入れをしているサヤカに向いていた。携帯砥石を取り出し、ヒドゥンブレイカーの槌頭に付着したロアルドロスの鬣の欠片や血液をこそぎ取っている、サヤカの姿に。殴打時の打撃の衝撃を和らげる、緩衝材という名の邪魔者になるそれらを排除し、武器本来の威力を取り戻したヒドゥンブレイカーの柄を二、三度と握り直したサヤカは腰へと納刀し、立ち上がる。

 

 「君は……」

 「閃光玉のお返し」

 

 ぽつりと呟かれたアランの言葉を、きっぱりと告げるサヤカの言葉が遮る。

 

 「貸しを残したままでいるのが嫌なだけ。それだけよ」

 

 爆走を続けていたロアルドロスを止めたあの閃光玉。アランにとっては使う必要があったから使っただけのアイテムだが、それがサヤカを動かした。理由や動機はどうあれ、サヤカは救ってくれたのだ。

 

 「主、主ー! お待ち下さいニャー!」

 

 ロアルドロスを追う為、エリア6に向かう道へ歩を進めるサヤカ。オトモのハンゾーも、アラン達へ小さくお辞儀をしてから背を向けて歩きだす主人を追っていく。

 

 「少しは近付けた、のか……?」

 「にゃう、ワタシにはよく分からないにゃ」

 

 未だに彼女の全容は分からないが、それでもほんの僅かに光明が差している。信頼を築く為の希望がまだある事に安堵し、アランも彼女の後を追った。

 ロアルドロスの狩猟と、彼女との距離を今よりも縮める為に。




重撃の刃薬には、こういった解釈をしました。
燃焼させ、蒸着させる際にわざと薬液の成分を不揃いに固まるようにさせ、刃の部分と刀身にのこぎりのようなギザギザとした塗膜を付けて与える破砕ダメージを上げる、といった具合です。

減気の刃薬はある程度考えが纏まっているのですが、心眼の刃薬をどうしようか悩み中です。
難しい……むむむ。

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