SPECIALな冒険記   作:冴龍

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脅威の力

「厄介なことになった」

 

 吹き荒れる砂嵐から顔を守りながら、吠えるバンギラスの姿から目を離さずシジマは呟く。

 他の戦いを制したヤドキング達とブーバー達が加勢したことで、ハクリューとサナギラスを追い詰めたところまでは良かった。

 

 しかし、それがサナギラスに危機感を抱かせて、バンギラスへと進化させる引き金となってしまったのだ。

 進化したバンギラスは体中に空いている孔から砂混じりの風を噴き出して砂嵐を起こすだけでなく、自らの力の強大さを見せ付ける。

 

 進化した直後のポケモンは、進化の勢いも重なって本来以上の力を引き出すことが出来る。

 

 本当なのかどうかは科学的に証明されていないが、シジマを始めとした歴戦のトレーナーは経験則で知っている。

 しかも相手はバンギラスだ。普段の状態でも強敵のポケモンが、たった今進化したのだから、その力は計り知れない。

 だが、戦っていたエレブー達は臆することなく、加勢した他の面々と共によろいポケモンを包囲すると挑むべく駆け出した。

 

「…どうやら終わりが近いな。だが、お前とカイリューとの勝負には勝たせて貰う!」

 

 過去に今戦っているアキラのカイリューが進化したことで、ワタルと四天王はその勢いで退けられた経験があるものの、如何にバンギラスといえどあの数と状況を覆すのは難しいとワタルは見ていた。

 大局的に見れば、この戦いそのものは負けつつある。しかし、まだアキラとの個人的な勝負は終わっていない。

 

「前みたいに俺の自滅で運良く助かったとかじゃなくて?」

「そうだ。身を隠してから、俺達は何時の日かお前と戦う事を考えて修練を積んできた。お前達が手を抜いていようが他が負けていようともう関係無い。この手で直接倒す」

 

 理想郷建国への未練はもう無いが、ワタルと彼のカイリューとしてはアキラ達に負けたままなのはプライドが許せなかった。だからこそ、このエース対決には必ず勝つ。

 ワタルの宣言に応えるかの様に彼のカイリューの体に力が籠められる。すると、巨体に変化が起こる。

 まるで技を放つ前の電気ポケモンの様に、全身を雷の様な閃電が駆け巡り始めたのだ。

 

 今度は何を仕掛けるのか。

 どんな動きにも対応出来る様にアキラ達が身構えた刹那だった。

 ワタルのカイリューは、その巨体からは想像出来ない速さでアキラ達に迫り、彼のカイリューは正面から体当たりを受けて滑る様に体を転がす。

 

「え? なにこれ?」

 

 アキラの目で見ても、ワタルのカイリューのスピードに付いて行くことは出来た。

 だが、相手のカイリューのスピードが異常なまでに速いことに強い危機感を抱いた。

 あんなに速いと、認識してからそれをカイリューに伝えている間にやられてしまう。

 

 足元をしっかり踏み締めて立ち上がったアキラのカイリューは反撃に移るが、俊敏な動きで避けられて逆にカウンターを受けてしまう。

 彼のカイリューも敵が速くなっていることは認識していたが、動体視力は鋭敏化したアキラと比べて劣る為、付いて行くのがギリギリであった。

 

「”こうそくいどう”で距離取れ!」

 

 すぐさま体勢を立て直す時間を稼ごうと、アキラのカイリューも瞬間的に高い瞬発力を発揮して退こうとする。

 しかし、ワタルのカイリューはアキラのカイリューを凌ぐスピードで軽々と追い付いた。

 

「なっ!?」

 

 想像以上の速さにアキラだけでなく彼のカイリューも目を見開くが、訳がわからないまま”たたきつける”を打ち込まれて叩き飛ばされた。

 吹き飛ばされたカイリューが地に落ちた衝撃で近くに立っていたアキラは巻き込まれて、尻餅を付くだけでなく転げてしまう。

 着ている服は土や砂で汚れるだけでなく、岩肌などに体を擦らせるなどで腕から血が滲み出していたが、それよりもワタルのカイリューの突然の変化に彼は混乱していた。

 

 ”こうそくいどう”などの技で互いに素早さを高めた状態でも、元々の素早さが上の方が速く動ける。それは互いに同じ”でんこうせっか”などの技を使っても同じだ。

 問題は、本来なら素早さはほぼ同じで有る筈にも関わらず、ワタルのカイリューがアキラのカイリューを上回る素早さを実現している事だ。

 

「どうだ? こうしてお前達と戦う時の為に磨いて来たこの速さに付いて来れないだろ」

「一体…どうなって…」

 

 初めての経験にアキラは戸惑う。

 ”こうそくいどう”を使うことで、カイリューは同じ技が使えて尚且つ元々の素早さが自身を大きく上回る相手でも無い限り、確実に距離を取ることは出来る。

 にも関わらず、同じ種族で素早さがほぼ同じであるワタルのカイリューの方が圧倒的な速さを実現しているのだ。

 レベル差が大き過ぎて素早さに差がある訳では無い。

 

 ワタルのカイリューが超スピードを実現出来ている秘密。

 奴の台詞から察するに、何かしらの特訓を行う事で得られる力なのが考えられる。

 そうして思考を巡らせていく内に、彼の脳裏にある一つの可能性が浮かんだ。

 

「”しんそく”か!!」

 

 ”しんそく”、それは限られたポケモンしか覚えられない”でんこうせっか”を凌ぐ技だ。

 本来なら普通のカイリューは覚えることは出来ない技だが、相手は”はかいこうせん”を自在に操ることが出来るワタルのカイリューだ。奴が言っていた鍛錬を重ねている間に、そんな特別な技を習得出来たとしても不思議では無い。

 しかし、彼の推測をワタルは鼻で笑った。

 

「まさかカイリューが”しんそく”を覚えることが出来るのを知っているとは思わなかった。けど残念だが、俺のカイリューは()()()()()()()()()()()()()

「っ!」

 

 感心した声ではあったが、アキラの考えが違う事をワタルはハッキリ断言する。

 思い付くままに口にしてしまったが、冷静に考えればワタルのカイリューの異常なスピードが”しんそく”では無いことをアキラは既にわかっていた。

 

 自らのカイリューと同じ”こうそくいどう”

 

 実際の”しんそく”がどんなものなのかアキラはまだ見てないが、多少体の動かし方や力の入れ具合は異なっているとしても同じ種族だ。同じ技なら基本的な動きも同じだ。

 だからこそ理解出来ないのだ。

 同じ能力値で同じ能力を高める技を使っているのなら、余程のレベル差が無い限りほぼ互角の筈なのに、こちらを遥かに上回る素早さを実現出来ていることがだ。

 

「どうなっているんだよ」

 

 この世界はゲームの様に単純では無く、複雑で奥が深いということはわかっているが、何年過ごしてもアキラが理解出来ないポケモンバトルの技術や応用は幾つかある。

 レッドの突拍子もない奇想天外な発想、ワタルの”バブルこうせん”の強靭さもその一つだが、奴のカイリューの高速化はもっと理解出来なかった。

 

 後々に”ほえる”を鍛え上げることで更なる効果を引き出す技術が出てくるが、”こうそくいどう”を鍛え上げるとあんな風になるのか、それとも別の何かなのか。

 目を凝らして、アキラはワタルのカイリューの動きを隅々まで観察する。

 

 ポケモンの”技”では無くて何かしらの”技術”であることは間違いないが、それが何なのか全くわからない。

 変化と言うと、時折体の至る所から時たまに閃電の様なものが走ったり弾ける様な音を発するくらいだが、あれに何か秘密があるのだろうか。

 

「時間を掛け過ぎるなカイリュー! 一気に勝負を決めるんだ!!!」

「……え?」

 

 ワタルの掛け声に応じて、彼のカイリューは地面を踏み締めると凄まじい瞬発力で接近する。

 咄嗟にアキラのカイリューは両腕を盾の様に交差させて防ぐが、目にも止まらない速さで次々とパンチが打ち込まれていく。

 移動時の素早さだけでなく、攻撃動作もかなり速くなっているらしく、まるでカイリキーのパンチのラッシュを彷彿させる程の勢いだ。

 

 苦し紛れに不意打ち同然の膝蹴りで距離を取るが、やはり”こうそくいどう”をしても追い付かれてしまう。

 何故か”げきりん”を使ってこないのが救いではあったが、速過ぎて”げきりん”時よりも相手がしにくかった。

 

 一瞬生まれた隙に、背後に回り込んだワタルのカイリューは尻尾を掴んで腕を引く形で引き寄せると、アキラのカイリューの鳩尾に重い一撃をかます。

 強烈な一撃にアキラのカイリューの体から力が抜け、すかさずワタルのカイリューは力任せに持ち上げて背中から叩き付けた。

 追い打ちを掛けようとするが、アキラのカイリューは反射的にツノにエネルギーを集めた”つのドリル”を振り回すことで距離を取らせる。

 

 距離を取ることは無駄。

 

 アキラと彼のカイリューは、これまでの攻防からその事を察する。

 そうなると迎撃方法は、正面から挑むよりは相手の勢いを利用したカウンターの方が効率的で確実だ。

 だけど、それとは別の形での勝機をアキラは見出していた。

 

 何故だが知らないが、ワタル達は勝負を焦っているのだ。

 

 状況的に圧倒的に有利な筈なのに、さっき「時間を掛け過ぎるな」とカイリューに伝えていたのだ。

 ひょっとしたら今発揮出来ている超スピードにも、”げきりん”の様に何かしらのデメリットや反動があるのだろう。

 一体どんなデメリットがあるのかは知らないが、どうやって攻略するのかを考えながらアキラは再びカイリューの横に並ぶ様に立つ。

 戦いに巻き込まれる危険性は高いが、そんなことは気にしていられない。そう考えていたら、ワタルのカイリューは近くに転がっていた岩を投げ付けてきた。

 

「避けた後に正面から来るぞ!」

 

 岩を投げ付けると同時に動いたワタルのカイリューの動きを見ながら、アキラは伝える。

 お陰でアキラのカイリューは飛んできた岩と最初の攻撃は防げたが、次の攻撃は防げなかった。

 相手が速過ぎて、幾らアキラの目が付いていけても、口頭で対応を伝えてから実行するまでのタイムロスである数秒が大きくて無理だ。

 

 カイリューと一心同体とも言える感覚を得られれば、言葉で伝えるタイムロスが一切無いので対処し切れる自信はある。

 だが、突発的なラッキーパンチに何時までも期待する訳にはいかない。

 

 この戦いは、自分達の切り札とも言える感覚に頼らずに勝つ。

 

 戦いの余波でアキラは思わずその場から飛び退くが、首元を掴まれた彼のカイリューは強引に押し倒される。

 僅かな電流が体表で弾けていたが、気にしている余裕は無かった。

 そのまま顔を殴り付けようとワタルのカイリューは片腕で抑え付けたまま、腕を振り上げる。

 

 その一瞬だった。

 アキラのカイリューは口から溢れんばかりの青緑色の炎――”りゅうのいかり”が放ったのだ。

 

 追い詰められた火事場の馬鹿力を発揮したのか、凄まじい勢いと規模で放たれる炎を正面から受けたワタルのカイリューは抗いながらも炎に呑まれて大きく後方に吹き飛ばされていく。

 だが、この反撃でも起死回生には至らず、アキラのカイリューが立ち上がる時間を稼ぐだけに過ぎなかった。

 

 吹き飛ばされた筈のワタルのカイリューだが、すぐに起き上がると謎の超スピードを発揮して容赦無く襲い掛かる。

 咄嗟に両腕を持ち上げて防ぐが、加速した勢いが乗ったパンチは弱った体には重く、アキラのカイリューは彼の隣にまで吹き飛ばされる。

 息つく間もなくワタルのカイリューは、突撃してくるが目を凝らしていたアキラは声を上げた。

 

「右ストレートのパンチを流して抑え付けるんだ!」

「っ!?」

 

 これが唯一の可能性とばかりに伝えられた内容にアキラのカイリューは即座に実行した。

 目に追えないくらい速いが、アキラの言う通りにワタルのカイリューの右拳を流す様に避けることを意識して体をズラす。

 すると言われた通り、ワタルのカイリューは右拳で殴り掛かってきた。

 それからアキラのカイリューは反射的に、度重なる練習と技の”ものまね”で染み付いた動きを無意識に実行する。

 

 逸らす形で避けた右腕を掴み、その勢いを利用してからの流れはさっきと同じ背負い投げだったが、先程とは異なり投げ飛ばさずにワタルのカイリューを背中から叩き付けた。

 思わぬカウンターを受けてワタルのカイリューは動きが鈍るが、それだけで終わらず間髪入れずにアキラのカイリューは、倒れている敵を抑え込んだ。

 

「振り払うんだカイリュー!」

「そのまま抑え付けろ!」

 

 ワタルのカイリューは抵抗するが、アキラのカイリューはシジマの元で学んだ格闘技術を上手く活かして抑え込む。

 柔道などの格闘技の試合とは違って、ポケモンバトルは相手を気絶させなければ意味は無い。だけどカイリューは、アキラが伝えてくる対応策をしっかりと守る。

 何の策が無い訳では無いことは彼の目を見ればわかる。あれは何かを狙っているとアキラのカイリューは確信していた。自分では逆転の方法が思い付かないのだから迷いは無い。

 

「貴様…時間稼ぎが狙いか!」

「動き回られるよりは抑え付けた方がずっとマシだ!」

 

 怒りを露わにするワタルの姿を見て、アキラは自分の判断が間違っていないことを更に強く意識する。

 現状ではワタルの方が有利だ。にも関わらず、奴は勝利を焦っている。

 単にバンギラスと戦っている別の主力達が加勢することを恐れている訳では無い。それが何かわからないが、とにかく時間を掛けられることを嫌がっているのだ。

 ならば、時間を稼ぐことでワタル達にとって不都合な何かがある筈だ。何より、抑え付けることであの謎の超スピードを防げるのだから、やらない手は無い。

 

 ワタルのカイリューは、抑え付けるアキラのカイリューから逃れようと激しく暴れ続けていたが、突然まるで時間が止まったかの様に動きが止まった。

 否、動いてはいるが手足は痙攣しているかの様に震え、まるで古いブリキの玩具みたいに動きが鈍っていた。

 

「チャンスだ!!!」

 

 アキラが叫ぶと同時に彼のカイリューも動く。

 さっきまで暴れるのを抑え付けるのに全力を注いでいたが、今はその必要は無い。ワタルのカイリューを正面から向き合う形で両手で持ち上げるとお返しと言わんばかりに顔面に頭突きを叩き込む。

 そして至近距離から”りゅうのいかり”を放って吹き飛ばす。

 

 さっきまでだったらすぐに起き上がっていたが、先程までの超スピードから一転して、ワタルのカイリューは全く動けないどころか立ち上がろうにも立ち上がることが出来ずにいた。

 

「一気に決めるんだリュット! 立ち直る時間を与えるな!!!」

 

 最大の好機が巡って来たと言わんばかりにアキラは大きな声でカイリューに伝える。

 今は動きは鈍っているが、少しずつだが元に戻りつつあるのが彼の目に見えているからだ。

 さっきまで時間を掛けることは自分達に有利だったが、今度は時間を掛け過ぎるとワタル達が有利になる。

 それだけは何としても避けたい。

 

 この時アキラは、「一気に決める」と自身のカイリューに伝えていたが、それは”はかいこうせん”か”つのドリル”などの大技だと考えていた。

 だけどカイリューが選んだのは、彼が考えているのとは異なるものだった。

 

 息を整えたカイリューは、体に力を入れて”ものまね”で引き出せる様になった”げきりん”のエネルギーを体中から溢れさせ始めたのだ。

 

「ちょ! リュット、それ大丈夫か!?」

 

 予想していなかった選択にアキラは慌てるが、構わずカイリューは黄緑色のオーラを制御が難しい規模にまで引き出す。

 これからやることは、ただの”げきりん”による攻撃では無い。アキラを始めとした色んな人物から止める様に言われているのと負担が大きいことは良く理解している。

 しかし、敵を確実に仕留められるのは病み付きになるだけでなく、こういう負けられない戦いでは必ず必要になるとカイリューは確信していた。

 今までの様に偶然の産物では無く、自らの意思で必要と思ったタイミングで使える様にならなければならない。

 

 全ては()()()()()()()()()()()()()に備える為だ。

 

 この一撃に全てを賭ける。

 最早暴発してもおかしくないまでに”げきりん”のエネルギーを溢れさせていたが、体中を激しく駆け巡る制御し切れないエネルギーによる痛みを堪えつつ雄叫びを上げながら、体の奥底からも更なるエネルギーを引き出そうとする。

 覚えのある感覚の様に右腕と拳に極限まで凝縮して纏わせることだけは出来なかったが、膨大なエネルギーをただ溢れさせるだけでも十分だ。

 

 そして”げきりん”に限らず、自らが引き出せる力と言う力を引き出したアキラのカイリューは、勇ましく吠えながら無我夢中でワタルのカイリューへと飛び込んだ。

 

「”はかいこうせん”っ!!!」

 

 ワタルは迫るアキラのカイリューを退けようと声を荒げる。

 彼のカイリューは体をぎこちなく動かしながらも、口元にエネルギーを溜めようとしたが、遅かった。

 距離を詰めたアキラのカイリューが”げきりん”のエネルギーを色濃く放っている右腕で、ワタルのカイリューを殴り付けた瞬間、両者を呑み込む程の黄緑色の光の柱が立ったと錯覚する程の大爆発が起きた。

 

 爆発の衝撃と爆風は凄まじく、周囲の砂浜だけでなく上空を漂っていた雲にも影響を及ぼす程の大きな影響を及ぼした。

 アキラは爆発で起こった爆風をまともに受けて体は宙を舞うが、少し転がったものの砂浜だったこともあって目立った怪我をせずに済んだ。

 

「っぅぅ……流石に…無茶し過ぎだ…」

 

 たった今カイリューが仕掛けた一撃が何なのか、彼には大体察しが付いていた。

 

 クチバシティの戦いで発揮した爆発的な鉄拳だ。

 

 確かにフスベの長の話を聞いていなくても、通常引き出せるポケモンの技を大きく上回ることは知っている。だけど、あれを仕掛けた後はどうなるかアキラ自身、身をもって思い知っている。

 そして彼のカイリューは、爆発の衝撃と反動、それらの影響をモロに受けたのか、アキラがいる傍まで反発する様に吹き飛んできた。

 

「リュット…大丈夫か?」

 

 付いた砂を払い落としながら体を引き摺る様に動かし、アキラは吹き飛んだまま倒れているカイリューの元に駆け寄る。

 まだロクに制御出来ないのに、無秩序に”げきりん”を中心としたあらゆるエネルギーを開放したことで全身――特に殴り付けた右腕は焦げているだけでなくズタズタになっていた。

 

 それは記憶にある時よりも目に見えて酷いものだった。

 ボタンを一つでも掛け違えたら、それこそ相手に仕掛ける間もなく自滅したりもっと酷い状態になっていたかもしれない。そんなことが頭に過ぎる程だ。

 それ程の状態であるにも関わらず、まだ意識があったドラゴンポケモンは、ぎこちなく上半身だけを持ち上げる。

 

「無理はするな。形はどうあれ、俺達は……勝ったんだ」

 

 宥める様に告げながら、アキラはカイリューが殴り付けた際に解放されたエネルギーによって、砂浜であるにも関わらず大きなクレーターが出来るだけでなく黒煙が立ち上っている場所に目を向ける。

 勢いでカイリューに自分達の勝利を伝えていたが、アキラのカイリューが放った必殺の一撃を受けたワタルのカイリューどころかワタルの姿も見えない。

 否、煙が晴れるにつれて黒煙で遮られていた先からワタルが足元をフラつかせながら姿を見せた。

 

「……やってくれたな」

 

 心底忌々しそうな言葉を口にするワタルの手に握られているハイパーボールの中には、先程まで戦っていた彼のカイリューが入っていた。

 ”げきりん”の全エネルギーとその他の要素が重なった相乗効果で生み出された規格外の一撃は、まともに受けたワタルのカイリューの意識を一瞬にして奪った。

 ワタル自身も爆発の余波を受けて、アキラと同じく吹き飛ばされていたが、彼とは違って全身を強く打ち付けていた。

 

「また難癖を付けるつもりか? 過程はどうあれ、こういう戦いは勝つか負けるかのどちらかだろ」

「っ! フッ、確かにな…」

 

 言い訳が出来ないまでにエースを打ち負かされたからなのか、ワタルは騒ぐこと無く、アキラの言い分に清々しそうに応じていた。

 そんな彼の姿を不気味に思いながらも、アキラは真っ直ぐ彼を見据えた。

 

「年貢の納め時だ。大人しく降参しろ」

 

 ワタルに対してそう告げると、まだ立ち上がれないが上半身を持ち上げた彼のカイリューも鋭い目付きでワタルを睨む。

 結果はどうあれ、ワタルのエースを下したのだ。他のポケモン達も倒して――

 

「他のポケモン?」

 

 そこまで頭に浮かんだ時、アキラは何かを見落としている事に気付くと振り返った。

 別に戦っていたアキラのポケモン達とシジマのポケモン達を相手にしていたワタルのバンギラスが、こちら目掛けて駆け出していたのだ。

 

 全身に負った様々な傷跡は、戦いの激しさを一目で物語っていたが、それよりもアキラは何故バンギラスがこちらに向かっているのかが知りたかった。

 最後に見た時は圧倒的な数の差があった筈だが、まさか全員やられたのか。

 

 最悪の考えが頭を過ぎったが、良く見てみるとアキラのブーバーとシジマのニョロボンがバンギラスの足や尻尾にしがみ付いていた。

 その後ろでサンドパンが追い掛けながら、よろいポケモンを狙い撃ちしているのを見ると、どうやら逃げるのを阻止しようとしていた。しかし、しがみ付いていた二匹は、体の各部位にある孔から放たれた”すなあらし”の勢いに抗えず吹き飛んでしまう。

 

「屈辱的だが、今回は負けを認めよう。だが、忘れるな。俺がお前に負けを許すのは今回が最後だ。次戦う時は必ず俺が勝つ!!」

「ッ! 待て!!」

 

 アキラは止めようとするが、バンギラスがこちら目掛けて真っ直ぐ突進してくるのを見て、彼は巻き込まれるのを避けるべく腕が悲鳴を上げることも構わずに倒れているカイリューを力任せに引っ張る。

 だがバンギラスは何もせずに通り過ぎてワタルを抱き上げると、波打ち際に足を踏み入れると同時に体中の孔から一際強い砂混じりの風を吹き上げて大ジャンプをする。

 まるで島から島へとジャンプするのを彷彿させたが、そんなことは無く遠い夜の海の中へと飛び込むのだった。

 

 確かにバンギラスは”なみのり”を覚えられる素質を持っているが、進化したばかりなのにも関わらず苦手な水――しかも寒いこの時期に荒い海と評判のタンバシティの夜の海に迷わず飛び込むとは、無謀だがかなりの度胸ではある。

 

「野郎…そのままタンバの荒波に溺れちまえ」

 

 珍しくアキラは毒づくが、砂浜や岩肌に波が打ち付ける以外目立った音が聞こえなく、戦いが終わったことを改めて実感する。

 

「――リュット……ぇ? わ、わかった。ごめん。…えっと、ちょっとここで待っていて」

 

 アキラはカイリューをボールに戻そうとしたが、何故か戻さずそのままバンギラスと戦っていたシジマの元へと向かった。

 

「すみません先生。勝負には勝ちましたが、取り逃がしました」

「構わん。俺もバンギラスを止めることは出来なかった」

 

 進化直後のポケモンは、本来以上に強大な力を発揮出来る。

 それはアキラも知っていることで、今まで自分達がその力を発揮してきた方だったが、今回は逆にやられてしまった。

 ブーバーを始めとした三匹以外でも意識がある面々はいたが、その多くは酷く消耗しており、中には気絶しているのもいた。

 どうやら最後までバンギラスと戦っていたのは、足にしがみ付いていたのを含めてあの三匹だけだったみたいだ。

 

「…まだまだ鍛えないといけませんね」

「当然だ。ポケモントレーナーに終わりは無い」

 

 今回ワタルや赤い髪の少年を取り逃がしてしまったのは、自分達の油断と力不足の結果と言っても過言では無い。

 シジマ自身、まさかこんなに大きな戦いになるとは思っていなかったこともあるが、次こんな機会があっても同じ轍を踏むつもりは無い。

 彼は更なる鍛錬に力を入れる決意を固める。

 

 その気持ちはアキラも同じだったが、今回の戦いで自分達は、最強クラスと言っても良い相手にどこまで戦えるかを改めて知ることが出来たのに少し満足していた。

 結果的にワタルは逃げてしまったが、初めて目にする未知の力を使われたにも関わらず、以前戦った時に感じていた一心同体の状態に頼らず勝てたのだ。シジマの元で重ねてきた修行のお陰で、以前よりも確実に強くなれているのを確信するには十分過ぎる戦果だ。

 

「…先生。すぐにポケモンセンターにポケモン達を連れて行ったり、”キズぐすり”などを用意しましょう」

「そうだな。ところで何故カイリューをボールに戻さないのだ?」

「それは……あいつが凄く嫌がるんです…」

「何故だ?」

「その…リュットとしては()()()()()()()を無駄にしたくないのだと思います」

 

 カイリューに目を向けると、多少回復したドラゴンポケモンは右腕を垂らしながらゆっくりとした足取りで自分達の元に戻りつつあった。

 アキラとしても、あれだけ酷い傷を負っているのだからモンスターボールに入れてポケモンセンターで治療したいが、カイリューがボールに触れたがらないまでに嫌がるのだ。

 最初は訳が分からなかったが、今は彼はカイリューの意図を理解しており、出来る限りのサポートをするつもりでいた。

 

 何故ならカイリューは、フスベシティを訪れても教わる事が出来なかったあの技――”げきりん”を”ものまね”で真似したままだからだ。




アキラ、ワタルを逃すも彼との激戦を制する。

前回の戦いも含めて、実力もそうですが、劣勢でも「勝ち」への姿勢や考え方が双方の勝敗を分けました。
今回ワタルのカイリューが使ってきた力についてですが、”しんそく”では無いと公言しているのと”技術”扱いであることからも察している方はいると思いますが、本作の独自設定です。
どういうものなのかはその内明かす予定です。
詳細までわからなくても、ヒントっぽいのは既に作中内に出ていますけど。

最後に次回の更新についてですが、まだ一部下書きの状態なので一旦更新を止めます。
後数話で三章に突入出来るのに、こんなタイミングで更新を止めてしまって申し訳ございません。準備が整い次第すぐに更新します。
次回はアキラの目的絡みでのオリジナル展開です。

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