SPECIALな冒険記   作:冴龍

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海沿いの決闘

 ワタル、大分記憶は薄れてしまっているが、このタンバシティがある島の近くに隠れ家を築いていることをアキラは何となく知っていた。

 カントー地方では指名手配されている人物だが、単騎で一地方を相手に戦える実力があるなどの要因もあって放置していたが、まさかあちらから接触するとは思っていなかった。

 

 半年以上前に激しい死闘を繰り広げたこともあるが、何より彼は自分のことを嫌っているのでアキラは警戒心を強める。

 しかし、相変わらず偉そうな様子ではあったものの、意外にもワタルの目付きや表情は、戦う気満々なアキラのカイリューとは違ってそこまで敵意を漲らせたものでは無かった。

 

 この状況でワタルが姿を現すメリットや意義は無い様に思われるが、ワタルとシルバーに繋がりがあることを知っていれば可能性としては無くは無い。

 どういう関係だったのかはハッキリと覚えていないが、アキラの中では半年以上前の印象が未だに強い。

 

 まさかシルバーの危機に姿を見せたのだろうか。

 もしそうだとしたら、どういう心境の変化なのか。今までの奴の振る舞いを考えるとにわかに信じ難かった。

 

「年下を囲って何をやっている。まさか弱い者いじめでもしているのか?」

 

 相変わらず小馬鹿にした口調だが、どうも覇気がないと言うか何時もより見下し成分が薄い。

 カイリューやブーバーは露骨なまでに敵意を露わにしているが、暴走しない様にアキラは可能な限り彼らを率いる者として制する。

 

「アキラ、知り合いか?」

「敵ですよ。以前少しだけお話したと思いますが、カントー地方で暴れていたワタルって奴です」

「…彼がか」

 

 シジマは納得していたが、その表情は意外そうだった。

 アキラは知らないが、シジマは彼からだけでなくこの前のエリカとの面談でもワタルと彼が属していたカントー四天王の話を聞いていた。

 ポケモンを使った犯罪はそれなりにあるとはいえ、ロケット団みたいな大規模な組織でも無く、片手で足りる人数だけで大事件を起こした張本人なのだから驚くのはわからなくもない。

 

「彼に少し用があるだけだ。それにしても、出て来るタイミングがヤケに良いな」

 

 伝わるかはわからないが、遠回しに今手持ちに囲まれているシルバーとお前は関係があるだろう的なことをアキラは聞くが、ワタルは鼻を鳴らしはしたが表情を変えない。

 

「たまたまお前を見掛けただけだ」

 

 素直に答える気が無いのはわかっていたが、別の可能性も考えられなくもなかった。

 ワタルは自分達のことをかなり嫌っている。

 散々見下していたのにしつこく食らい付き、こちらが自滅するまで一方的にやられるという試合に勝って勝負に負けた様なものだ。ここで復讐を目論んでいるということも考えられなくは無い。

 

「計画を阻止した仕返しにでも来たのか?」

 

 もし当たって欲しくない方の答えが返って来たら、今まで鍛えて来た力の全てを駆使して徹底抗戦をするつもりで構えるが、答えは違っていた。

 

「計画、ポケモンの理想郷建国のことか……あれにはもう未練は無い」

「………はぁ?」

 

 アキラは思わず奇声に近い疑問の声を漏らす。

 呆れの感情もあるが、あれだけ好き勝手暴れたい放題やらかして、未練が無いというワタルに対する怒りだ。

 

「ちょっと待て、あれだけ好き勝手やりたい放題暴れまくって未練が無いってどういうことだ」

「何だ? 今更俺達の同志になりたいのか?」

 

 師であるシジマが傍にいるにも関わらず、アキラは目に見えて怒りを露わにする。

 何故かは知らないが、悪事から手を引いて貰うのは嬉しいには嬉しい。けど、いざこうもアッサリと止められると如何も納得出来ない。

 

 元の世界で漫画として読んでいた時はさり気なく流してしまったが、実際に戦いに関わった者の視点から見るとふざけるなと言いたい。

 今やっとロケット団三幹部と共闘するのが嫌そうだったジムリーダー達の気持ちがわかった気がする。

 これは腹が立つ。ロケット団側のジムリーダーと戦った経験があるレッド達は、よく今湧き上がる不愉快な感情を抑えて共闘出来たものだ。

 

「お前がどう思おうと知ったことではない。好きにしろ。だが未練が無いのは事実だ」

「この野郎、何清々しく語っているんだ」

「待てアキラ。落ち着くんだ」

 

 声を荒げてアキラは糾弾しようとするが、シジマは止める。

 彼が怒っている理由をワタルは察していたが、少しも響いていなかった。こうして思いを馳せる度に、彼の脳裏に意識を取り戻してからカントー中に広がっていた光景が浮かび上がる。

 

 かつて荒れ果てた自然の殆どは元に戻った。

 

 数十年単位で荒廃、或いは元の環境を取り戻すには、途方も無い時間が掛かると思われていたにも関わらずだ。

 イエローや自分が持つトキワの森の力が関わっているのかは知らないが、バッジのエネルギーがあんな効果をもたらすとは微塵も考えていなかった。

 

 仮に不必要な人間を滅ぼしたとしても、残るのは戦いと破壊によって荒れ果てた大地だ。

 キクコに唆されたこともあったが、自然を取り戻したカントー地方を見ていく内に、その荒れた状態からどうやって理想郷を建国するのか。

 仮にあの戦いに勝てたとしても、確実に荒廃した大地から理想郷へと至るには長い年月が必要になっていただろう。

 人間が築いた社会を壊そうと躍起になっていたが、戦いに勝った後の理想郷の建国に至るまでに掛かる時間や障害などを考えていなかった自分に気付いた。

 

 ワタルは一人物思いに耽ていたが、シジマに宥められてアキラはもう一度カイリューに乗るワタルを見上げる。

 相変わらず刺々しくて傲慢だが、良く見れば幾分か穏やかな印象だ。

 

 反省と言うよりは見つめ直しているのだろう。ある意味過ちを認めてやり直す機会と言えるが、私的感情としてアキラは彼には好意的では無いし、出来る事なら警察に突き出したい。

 しかし、シルバーがワタルの助けを借りている可能性を考えると何とも対応しにくい。

 

 半年前に戦っていた時は、目の前の事に全力を尽くしていたのでそんなことは一切考えていなかったが、戦っていた敵が後々に何かしらの力や助けになるのは面倒だ。

 現にサンドパンやヤドキングを中心とした穏健派さえもカイリューら好戦派と同じく「何開き直っているんだこいつ」と言わんばかりの表情だ。

 確かに何も知らなかったら、アキラも同じ印象を受けただろう。尤も彼らの場合は自分と同様の事を知っていても関係無いだろうけど。

 

「未練が無いなら自首…してくれませんか?」

 

 冷静になったアキラは、ワタルに自首を促す。

 ワタルが冷静なのに自分ばかり興奮していることがバカらしく感じられて、アキラは息を落ち着けようとする。

 あの時は自分達の方が冷静でワタルの方が激昂していたが、何だか立場が逆転したみたいに感じられたのだ。

 

 シバに会った時に同じ対応をするかどうかと聞かれたら悩んでしまうが、度々操られたシバとは違ってワタルは完全に自らの意思で街などを破壊してきたのだ。それはロケット団三幹部の様に、証拠が無いからと言い逃れは出来ない。

 と、ここでアキラは気付いたが、もしワタルが頷いたらシルバーはどうすれば――

 

「フン。確かに未練は無いが、だからと言って裁かれるつもりも無い」

 

 そんな事は無かった。

 少し変わったと思ったが、変にプライドが高い所はすぐには変わらないのだろう。

 何が一体どうなって、今から数年後の第九章での大人っぽい振る舞いに繋がるのか。反省したのかしていないのかさっぱりだが、身勝手な部分は変わっていないらしい。

 

「てめぇ、どこまで――」

「待てアキラ」

 

 また声を荒げて一歩踏み出し掛けたアキラをシジマは肩に手を添えて引き留める。

 二匹しか連れて来ていないシジマのポケモン達も、カイリューを始めとした血気盛んな面々の前で体を張ってとおせんぼうをしていた。

 

「今のお前では歯止めが掛からなくなるぞ。冷静になれ」

 

 シジマの言葉にアキラは息を荒くしながらも踏み止まる。

 このまま突き進めば、間違いなく彼と連れているポケモン達はあのワタルに対して戦いを挑むだろう。

 普段の生真面目な雰囲気は消えて、怒りに燃えている姿を見るのは初めてだ。こうも激情を剥き出しにすると言う事は相当な事があったことは容易に察することが出来る。

 だが、それなら尚更このまま戦うことを許す訳にはいかない。

 

「…すみません」

「どれだけ許せなくても、お前に奴を罰する権利は無い。実力があってもただのトレーナーに過ぎないお前と友人達が、今まで戦ってきて特に咎められなかったのは身を守る為の正当防衛や人々に貢献したが故に見過ごされてきたということを忘れるな」

 

 頭ごなしの説教では無い静かな叱責にアキラの頭は冷えていく。

 勝てる勝てないは関係無い。仮に勝てたとしても、度が過ぎることになることは目に見えている。

 アキラの感情としては叩きのめしてやりたいが、自分達が戦いたいから戦うにしても、超えてはならない一線というものがある。

 ロケット団を始めとしたポケモンを使って大なり小なりで悪事を働くトレーナーと戦う機会が多くて感覚が麻痺気味だが、本来なら警察などの法的な権限を持たない一般のトレーナーに許されているのは、自衛名目での相手ポケモンの無力化までだ。

 

「ワタルと言ったな。別の地方だが、お前の行いは聞いている。彼の言う通り自首するつもりは無いか?」

 

 アキラに代わってシジマが問い掛けるが、ワタルは静かに連れているカイリューと目を交わすだけで口を堅く閉ざしたままだった。

 どうやら誰が何と言おうと素直に聞くつもりは無いらしい。

 

「――そうか。何があったにせよ。ポケモンを使った犯罪を起こしたのなら、ジムリーダーとして見逃す訳にはいかないな」

「!」

 

 まさかとアキラが思った時、シジマは厳しい目付きで彼に告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただし、度が過ぎる行為をしたら承知しないからな!!!」

「っ! はい!!!」

 

 その直後だった。互いが連れているカイリューがほぼ同時に動いた。

 ”こうそくいどう”の瞬発力で飛び出したアキラのカイリューは力を籠めて右拳を突き出したが、ワタルのカイリューは両腕を交差させる形で防ぐ。

 重くも鈍い音が響くが、両者はすぐに弾かれる様に距離を取る。

 

「――シルバーにある程度お前の情報を集めさせてからと考えていたが…丁度良い。今ここで倒させて貰う」

「やっぱりあの少年と繋がりがあったんだな。”れいとうビーム”だ!」

 

 戦う事を許されたアキラからのアドバイスを聞き、即座に放たれた冷凍光線が青白い軌跡を描くが、ワタルを乗せた彼のカイリューは躱すと同時に地上に着地する。

 

 結果的にワタルと戦うことになったが、ジムリーダーシジマの命の元での捕縛――極端に言えば大義名分を得られたことはアキラの中では大きかった。

 変に自分基準で感情の赴くままに好き勝手に挑むよりは、戦う正当性が得られるなどの考えるのも面倒なことが解消されることもそうだが、何より戦うことを許した彼の名に泥を塗る様な真似をしてはならないという意識が強く働いてくれるからだ。

 

 地面に足を付けてからも距離を取るワタルのカイリューに対して、アキラのカイリューは再び使い慣れた”こうそくいどう”で接近すると、今度は互いに拳を突き出してぶつけ合う。

 両者が繰り出したパンチの激突時の衝撃は凄まじく、空気が震え、互いに体が硬直してしまう。

 

「なるべく一対一で挑もうとするな! 数で押すんだ!!」

 

 アキラの言葉にカイリューの”こうそくいどう”を”ものまね”したブーバーとゲンガーが駆け出し、二匹は同時にワタルとカイリューを取り囲もうとする。

 ところが仕掛けようとした瞬間、何か砲弾の様なものがゲンガーにぶつかる形でワタルのモンスターボールから飛び出し、シャドーポケモンは砂浜に叩き付けられる。

 ゲンガーが離脱したことに構わず、ブーバーはワタルのカイリューに対して”ふといホネ”を振り下ろすが、少し遅れて出て来たプテラの翼で防がれた。

 

 序盤の攻勢は失敗に終わった。だが、攻撃を仕掛けたのは彼らだけでは無い。

 ブーバーの攻撃を弾き、反撃をしようとしたタイミングに豪速球で投げ付けられた泥の塊をプテラは顔面に受けてしまう。

 ドーブルがミルタンクに”へんしん”したのだ。顔に受けた泥に怯んでいる隙に、ブーバーは改めて”ふといホネ”で翼竜を殴り飛ばす。

 

 ひふきポケモンの動向を気にしつつ、アキラは砂浜に転がっているゲンガーに意識を向けると、先程激突してきた正体が明らかになった。

 まるで鎧の様な外皮をした蛹の様な外見――アキラが連れているヨーギラスの進化形のサナギラスだ。

 

 サナギラスが仕掛けた不意打ち弾丸突進は、打たれ弱いゲンガーにはかなり重い一撃だったらしく、戦いが始まったばかりなのにゲンガーは既に体をフラつかせていた。

 その様子を見たサナギラスは、止めを刺そうと固い殻の下に隠れた鋭い牙の大顎を剥き出しにする。

 

「エレット! スットのカバーを!」

 

 声を上げてアキラはでんげきポケモンに伝えると、エレブーだけでなく彼の弟子も動いた。

 ヨーギラスは”いやなおと”を響かせることでサナギラスの動きを鈍らせ、”でんこうせっか”で飛び込んだエレブーがドロップキックを叩き込む。

 

 二匹の横槍にサナギラスは一旦退くが、体中から砂混じりの強風を撒き散らして”すなあらし”を引き起こすことで、彼らの追撃を阻止する。

 ”すなあらし”を気にしない特定のタイプ以外の行動を制限する技は厄介だったが、加勢したシジマのオコリザルは怒りの力で強引に突破。サナギラスに拳のキツイ一撃を見舞った。

 

「ポケモンを九匹も連れておきながらジムリーダーも加勢か。数で押さなければ勝てないのか?」

「好きに言え。これは公式戦じゃない。勝つ為なら何でもありの――」

 

 アキラのカイリューが一瞬の隙を突いて、ワタル達の背後に回り込む。

 当然ワタルが連れているカイリューは返り討ちにしようとするが、アキラのカイリューは近くに転がっていた石を砂と共に尻尾で掻き込んで飛ばしてきた。

 飛んで来た大小様々な石と砂を受けて、ワタルのカイリューが動きを鈍らせた時、間髪入れずアキラのカイリューは突き刺す様に鋭い右ストレートを打ち付けた。

 

「ルール無用の野良バトルだ」

 

 台詞だけを聞くとトレーナーの風上にも置けない輩に見えてしまうだろうが、そもそもあちらもトレーナーを狙ったりしてくるのでどっちもどっちだ。

 全ての手持ちだけでなくシジマのポケモン達も加勢しているが、ここまでの事態になるとは考えていなかったからなのか、この場にいる彼のポケモンはオコリザルとニョロボンの二匹だけだ。

 今日の手合わせで戦った手持ち全てが来ていれば勝てる可能性は更に高まったが、現状でも数では勝っているのだから負ける気は無い。

 

「ルール無用か…ならどんな手を使われても文句は言えないな」

 

 乗っていたカイリューから降りたワタルは意味深げな言葉を口にすると、新たにボールから召喚したギャラドスが”はかいこうせん”を放つ。

 当然直進では無く、鋭いカーブを描いて相手を惑わす誘導型の光線だ。

 それが戦っているポケモンでは無くてトレーナーであるアキラを狙って来たが、彼は超人染みた反射神経と動体視力を活かして軽々と躱す。

 

 しかし、ただ避けるだけではワタルのポケモン達が放つ追尾式”はかいこうせん”が相手では、時間稼ぎにしかならない。

 彼が何度でも戻って来る”はかいこうせん”を避けている間に、ヤドキングが念の力で飛ばした岩とドーブルが放った”10まんボルト”をギャラドスにぶつけて光線を中断させる。

 

 きょうぼうポケモンの意識はちょっかいを出した二匹に向けられたが、今度は何時の間に出ていたハクリュー二匹がアキラに襲い掛かる。

 以前なら少し焦る場面だったが、アキラの背後から先が尖った緑色の光弾が通り過ぎる様に飛び、次々とハクリュー達に命中する。

 

 彼の後ろからサンドパンが前に出ると、彼は両手に銃を持つガンマンの様に両手の爪から”めざめるパワー”を交互に放ち、二匹のドラゴンポケモンを攻撃する。

 

 ”めざめるパワー”の威力そのものは、サンドパンの能力も相俟って低いが、彼が連れているサンドパンが放つ”めざめるパワー”のタイプはドラゴンだ。

 こおりタイプと並んで苦手とするタイプのエネルギーであることを活かして、顔などのあまり攻撃を受けたくない箇所を狙い撃ちにしていく。

 

 威力が低いのと引き換えに連射が効く為、接近も許さない。

 そこにオコリザル同様にシジマのニョロボンが果敢に突っ込み、全身を捻らせて、それを活かした打撃攻撃で散らしていく。

 

 状況はそこそこ拮抗状態。

 混乱している今の状況を利用したのか、何時の間にかシルバーの姿は消えていたが、アキラを含めた誰一人気にしていなかった。それよりもワタルとの戦いの方が重要だ。

 

 戦ってみて改めてわかったが、同じドラゴン使いでも明らかに数カ月前に戦ったイブキよりもワタルの方が遥かに格上だ。

 また戦った場合を想定した対策を考えていなかった訳では無かったが、こうも乱戦状態になると対策などは如何でもよくなってしまう。

 とにかく個々に協力し合っている手持ちの力を信じて戦うしかない。今は勝つことが重要だ。

 

「アキラ、他の手持ちの様子は俺が見る。お前はカイリューの指示に集中しろ」

「……ありがとうございます」

 

 血の気の多いブーバーでさえ、他の手持ち達と同様にある程度の冷静さを保って戦っているが、カイリューは完全にワタルと彼が連れている同族を倒すことしか目に入っていなかった。

 手持ち全員を見る気であったアキラにとって、シジマの提案は有り難くもあったが同時にまだまだ乱戦を捌き切れない自らの未熟さを痛感する。

 

 一方、アキラのカイリューはワタルのカイリューと激しい肉弾戦を繰り広げていた。

 裏拳を打ち込んで怯んだ隙にアキラのカイリューは一旦距離を取ると、再び尻尾で転がっていた岩を打ち飛ばす。

 今度のはワタルのカイリューは腕を振って砕くが、僅かな間にアキラのカイリューは距離を詰める。

 

「そう何度も同じ手を食らうものか! ”かいりき”!」

 

 正面から受け止め、ヘッドロックを仕掛ける様にアキラのカイリューの首周りを抑え込むと、ワタルのカイリューは力任せに投げ飛ばす。

 背中から叩き付けられるが、上手いこと受け身を取ったアキラのカイリューは素早く体を起こす。それとほぼ同じタイミングで、駆け付けたアキラが隣に立つ。

 

「リュット”りゅうのいかり”!」

「こっちも”りゅうのいかり”だ!!」

 

 互いに口から青緑色の龍の炎を放ち、激しくぶつかり合う。

 アキラのカイリューが放つ”りゅうのいかり”は、フスベシティで教わった技術のお陰で火炎放射の様なものではなく、ある程度光線の様に纏まった形で放たれていた。一方のワタルのカイリューの”りゅうのいかり”は、その技術を教わっていないのか火炎放射状だった。

 しかし、威力などの面ではアキラのカイリューの方が押してはいたものの押し切るには至らず、最終的に互いの龍の炎は相殺された。

 

「…どこで”りゅうのいかり”のその使い方を教わった?」

「考えたくない可能性も含めて自分で考えろ」

 

 やはりワタルは、”りゅうのいかり”を強化する技術を知っていたらしい。

 だけど素直に答えるつもりは無かったアキラは嫌味を込めて返すと、すかさず彼のカイリューは”りゅうのいかり”から”れいとうビーム”に切り替えて放つ。だが、この攻撃もワタルのカイリューは避ける。

 

 このままでは同じことの繰り返しになると判断したのか、アキラのカイリューは口から”れいとうビーム”を発射しながら接近を試みる。

 苦手なタイプの攻撃を避けながらワタルのカイリューは離れようとするが、アキラのドラゴンポケモンは光線を中断すると飛び込む形でワタルのカイリューを殴り付けた。

 

 ところが不意を突く形で放った拳は、咄嗟に持ち上げた腕に防がれただけでなく、まるで硬い金属を殴った様な甲高い音が響いた。

 すぐにアキラのカイリューは距離を取るが、殴り付けた手を痛そうに振っていた。

 原因を探ろうとアキラは目を凝らすと、攻撃を防いだワタルのカイリューの腕は、良く見てみると若干ではあるがまるで金属の様に鉛色に染まっていた。

 

「部分硬化か、厄介だな」

 

 少々色などは異なっているが、近いものをレッドが使ってきたのをアキラは見たことがある。

 レッドが連れているカビゴンは、”かたくなる”を全身に掛けずに腕などの体の一部を咄嗟に固くして動きを阻害することなく攻撃を防いだり、自らの攻撃に活かしていた。

 どんな技を応用しているのかは不明だが、あの色を見る限りではワタルのカイリューは単純に”かたくなる”とは異なる何かしらの技を覚えている可能性が高い。

 

 だがアキラが特に問題視しているのは、以前の戦いでは使わなかった技術をワタル達がこうして使ってきていることだ。

 もしこの数カ月の間にワタルが自分達の様に鍛錬を重ねていたら、それなりに力が増していることも考えられる。

 早々に勝負を終わらせるべきだろう。

 

「リュット”でんじは”だ! 動きを封じるぞ」

 

 下手に硬いのを殴って手を痛めるよりは、光線などの飛び技で攻めた方が良い。

 その為にも動きを鈍らせて狙いやすくしようとアキラは考え、彼のカイリューも触角から電流を放出しようとする。しかし、その前にワタルのカイリューの方から接近してきた。

 咄嗟に正面から受け止めるが、押し合いになる前にワタルのカイリューは流れる様に頭突きを打ち込んできた。

 思わぬ攻撃を顔に受けて怯むが、流れる様に尾を先程の腕の様に鉛色に硬化させた敵の攻撃を受けて、アキラのカイリューの体は大きく吹き飛ぶ。

 

「あれがアイアンテール”か。技名通りの見た目だな」

 

 初めて目にした技ではあるが、アキラはワタルのカイリューが放った技が何なのか目星を付けていた。

 本当は一連の動きをアキラは読めてはいたが、中々上手くタイミングを合わせたり、咄嗟にカイリューに伝えることが出来ない。

 たった数秒、口頭で伝えてからカイリューが対応するまでに掛かるその僅かな時間が大きな足枷になっていた。

 

 だが下手に細かく伝え過ぎると痛い目を見るので焦らずチャンスを窺い続けるが、ワタルのカイリューがバカにする様に笑うとアキラのカイリューは簡単に頭に血が上る。

 

「ぁ、待て! 腹立つのはわかるけど」

 

 アキラは自身のカイリューを抑えようとするが、カイリューは全身に力を入れた全速力の”こうそくいどう”で一気に飛び上がった。

 腕を振り上げていたが、それはフェイントだ。本命は進化してから太く強靭となった尾をぶつける”たたきつける”だったが、ワタルのカイリューは難なく躱す。

 その直後だった。

 

 ワタルの全身から濃い緑色の光が激しく溢れる様に爆ぜたのだ。

 

「!?」

「”げきりん”!」

 

 ドラゴン技の到達点の一つ、”げきりん”。

 反射的にアキラのカイリューは翼を羽ばたかせて後ろに下がるが、遂に本気を出した彼のカイリューは濃い緑色のエネルギーを身に纏い、飛んでいるアキラのカイリューに突っ込む。

 辛うじてアキラのカイリューは振るわれた攻撃を躱すが、そのパワーと勢いでバランスを崩してしまい、体を安定させるのに手間取る。

 その間に攻めに転じたワタル達は、生まれた隙を逃すつもりが無いのか急降下する形で迫った。

 

「体を屈めて反撃!」

 

 ワタル達の動きを予測したアキラは、咄嗟に大声で伝える。

 空中でファイティングポーズで構えたカイリューは、ワタルのカイリューの”げきりん”を纏ったパンチを体を屈めて避けると、すかさず無防備な腹部に拳を叩き込んだ。

 

 何とか予測した通りの動きをしてくれたので、スムーズに反撃に転じられたがこのまま勝てるとは思っていない。

 ワタルのカイリューの方もダメージは受けたが、すぐさま逆襲を仕掛けてアキラのカイリューと空中で取っ組み合いをしながら激しく地面に激突し、互いのカイリューは殴り合いながら激しく転がる。

 

「下がるんだリュット!」

 

 アキラの言葉に彼のカイリューはマウントを取っているワタルのカイリューを蹴る形で押し退け、弾かれる様に立ち上がると一旦トレーナーの元にまで下がった。

 シジマの元で修業している過程で格闘ポケモン達の動きを真似たり参考にしている為、接近戦では有利に戦えていたが、やはり”げきりん”による攻撃力差は無視出来なかった。

 

 アキラの見立てでは、こちらのカイリューが数発殴るのと”げきりん”を纏った一発がほぼ同じダメージだ。

 それではダメージレースに負けてしまうが、対策が無い訳では無かった。

 寧ろ、彼らとしてはワタル達が”げきりん”を発揮してくれるのは有り難い事だった。

 

「リュット、”ものまね”! ”げきりん”を真似るんだ!」

 

 アキラから伝えられた内容に彼の横にいたカイリューは、待ってましたと言わんばかりに目を凝らして、宿敵の体をよく観察して体に力を入れる。

 すると体の奥底から湧き上がる様なエネルギーをカイリューは感じた。

 状況が状況だが、フスベシティで得ることは出来なかった一番の目的。覚えのある求めていた力にドラゴンポケモンは興奮する。

 その力を身に纏い、目に物を見せてやる、と思ったが、ここで予想外の事が起こった。

 

 湧き上がるエネルギーを思う様に制御出来なかったのだ。

 訳が分からなかったが、このままではエネルギーが無秩序に解放されて体が内部からダメージを受けてしまう。それを避けるべく、アキラのカイリューはなるべく抑え込む様に努めた。

 その結果、力が漲るのを感じるものの身に纏うオーラは霞の様に弱々しく、荒々しいまでに光を放っているワタルのカイリューとは天と地の差だった。

 

「あれ? 何で?」

 

 これには思わずアキラは戸惑いを露わにする。一度アキラは、自分のカイリューがワタルのカイリューと同じくらい黄緑色のエネルギーを身に纏っているのを見たことがある。

 推測が正しければ、あれは”げきりん”の筈だ。つまり扱える下地はあるのに何故ここまでスケールダウンしているのか。

 

「”げきりん”を真似たか、考えが浅いな。その技は鍛錬を重ねて、制御に至ることで初めて真の力を手にできる。真似すれば良いものでは無い」

 

 困惑する彼らの様子を見て、ワタルは見下す様に語る。

 彼の言葉を切っ掛けに、ある考えがアキラの頭に浮かんで来た。

 本来なら自分のカイリューは、”げきりん”を引き出すことは出来てもまだ制御することは出来ない。なのにあの時使えたのは、自分とカイリューが一心同体の感覚を共有することを通じて無意識の内に一緒になって制御していたからなのかもしれない。

 

「やば…」

 

 逆転の切っ掛けになるかと思っていた技が期待していた様に使えない事実と状況に、アキラは思わずぼやく。

 ”ものまね”をすれば、威力などを除けば大体は上手くいっていたのと一度ワタルのカイリューと大差ない”げきりん”が扱えたが故の思い込みが仇になってしまった。




アキラ、ワタルを相手にルール無用の野良バトルを挑む。

前回のワタルとのカイリュー同士の対決は、アキラ達にとって有利な条件が揃っていましたが、今回は有利な条件はほぼ無しの対等な条件下でのタイマンとなっています。
原作を読み直す度に、ワタルを含めた各章のボスの実力が本当に洒落にならないのを感じます。

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