SPECIALな冒険記   作:冴龍

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宿敵再び

 荒波が押し寄せる深夜のタンバの砂浜。

 タンバシティがある島は、周辺が海に囲まれているのもあって、基本的に海に接している場所は荒い岩肌が剥き出しか、穏やかな砂浜のどちらかが広がっていた。

 

 砂浜には所々に大きな岩が点在していたが、少し離れたところにある岩肌の影で、アキラは小さな明かりを灯して手持ちの一部と固まっていた。

 カイリューは力を入れて拳を鳴らしたり、ブーバーは”ふといホネ”の素振りをするなど物々しい雰囲気が漂っていた。

 

 だが、彼らを統べるアキラは対照的に覇気の無い目で殺気立っている手持ちを見つめていた。

 何か切っ掛けがあれば爆発しそうな面々から視線を逸らす様に砂浜の方に目を向けると、小さなライトを片手に持ったヤドキングがドーブルとサンドパンと一緒に砂浜の至る所に置かれた大岩の合間を歩いていた。

 

 時刻は既に深夜と言っても良く、この時間になると野宿以外でアキラ達は外を出歩くことはあまりしないが、彼らがクチバシティにもタンバジムに戻っていないのには理由があった。

 こうなった全ての切っ掛けは今日の昼にまで遡る。

 

 

 

 

 

 多くのわざマシンと引き換えにブルーに情報提供やランチを奢ったアキラだったが、流石に手元が寂しいと感じた為、休みの日にカントー地方中のトレーナーが多くいる道を訪れては腕試しも兼ねてバトルを重ねて来た。

 

 苦戦らしい苦戦も無い連戦連勝で、乏しかった所持金も回復しただけでなく、彼らは自分達の実力に自信を持てた。

 そこでアキラは手持ちに頑張ったご褒美として、タンバシティにあるツボツボの自然発酵を利用して作るジョウト地方唯一のきのみジュース専門店を訪れた。

 

 ツボツボと呼ぶポケモンが作るきのみジュースはタンバシティの名産品の一つなだけあって、手持ち達は大層気に入っていたので専門に販売している店があるとシジマの奥さんから彼は聞いていたのだ。

 どのくらい気に入っているのかと言うと、ゲンガーやエレブーも浮足立っており、普段目付きの悪いカイリューやブーバーさえも楽しみにしている程だ。

 

 しかし、期待して訪れた小さな駄菓子屋の様な店は、店の人らしき人物が掃除をしていたが”臨時休業”の張り紙が貼られており、楽しみにしていたアキラの手持ち達に衝撃が走った。

 

 最近加わった三匹やヤドキングとサンドパンは運が悪かった程度で済ませたが、他はまるで天国から地獄へと突き落とされたようなオーバーなリアクションを露わにした。

 絶望する何匹かにアキラは間が悪かったと宥めたが、偶然店の前に出ていた関係者が”臨時休業”の理由を語ったのが迂闊だった。

 

 要約すると、最近放し飼いにしているジュースを作るツボツボを盗んでいく事件が多発していて、犯人逮捕まで再開の見込みが無いとのことだった。

 

 オーバーなリアクションをしていた一部の面々は、事情を理解すると背後に業火が見えるまでに体に力を漲らせると同時にその目を鋭く光らせた。

 今にも犯人を血祭りに挙げてやると言わんばかりの勢いでやる気を出し始めたのだ。

 こうなると彼らは気が済まなければ止まらないので、肩を落としてながらもアキラは久し振りに激流に身を任せることにした。

 

 それから彼は、手持ちが如何も止まりそうも無いことやシジマに相談して様々な人から許可を貰い、こうして彼らを率いてツボツボ達が放し飼いにされている砂浜にいるのだった。

 

「気合を入れているのは良いけど、今日来なかったどうするつもりなんだか…」

 

 許可は貰ったが、それは翌日の鍛錬に支障が生じない程度だ。睡眠不足で鍛錬に身が入らなかったらシジマに怒られてしまう。

 それに張り込みは今日が初めてだが、犯人がそう何回も来る筈が無い。しかも今の季節は冬なので寒い。

 加えて相手は夜通し見張っていたとしても、眠らせるなどの手段を持ち合わせているらしいので油断は出来ない。

 

 念の為の対策はしているが、果たしてどれだけ効果があるのかは未知数だ。

 なるべく早い段階で張り込みが終わるのを願っていたら、アキラは潮風とは真逆の方角から風が吹くのを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 風が吹いた後、波の音しか聞こえなくなった砂浜に一際黒い影が踏み込んできた。

 無造作に置かれている大岩の間には、先程まで巡回していたサンドパンとヤドキング、ドーブルは眠りこけていた。

 他にもあった物々しい気配も大人しくなっていることを確認した影は、神経を尖らせながら静かに大岩に近付くと穴の中で寝ているツボツボに手を伸ばしたその時だった。

 

 一際大きな岩陰に隠れていたエレブーとブーバー、ゲンガーの三匹が鬼気迫る目付きで勇ましい声を上げながら全速力で走って来たのだ。

 影は直ぐに対処しようとするが、近くで寝ていた筈の三匹は何時の間にか起きて構えていた。

 

「ま、待て!」

 

 思わず制止の声を上げるが、走っていた三匹は止まらなかった。

 エレブーは瞬間的に”でんこうせっか”で加速して、筋肉質な大男を彷彿させる姿をしたゴーリキーに目玉が飛び出したと錯覚してしまう程の威力の豪腕から放たれるラリアットを叩き込む。

 ブーバーも自らの最強の技である”メガトンキック”ドロップキック版をヤドキング達に気を取られていたパラセクトの無防備な背中に炸裂させる。

 

 オーバーキル過ぎる攻撃を同時に受けた二匹の体は宙を舞うが、それすら許さないと言わんばかりにゲンガーの”サイコキネシス”の念動力で二匹を捉えると、トレーナーらしき黒尽くめの男を下敷きにする形で砂浜に叩き付けて完全なKOに追い込んだ。

 事前に彼らは、店主に渡されていた”きのみ”で対策をしていたお陰で、眠気を感じてもそれを口にする事で眠ってしまうのを防いだのだ。

 

「待て待てリュット! お前が行くと息の根を止めちゃうから!」

 

 既に勝負はついているにも関わらず加わろうとしているカイリューを、アキラは尾を掴んで飛び出さない様に抑えていた。彼まで追撃に参加したら本気で洒落にならない。

 眠気に囚われて反応が遅れてしまったが、気付いたらゲンガー達が犯人の手持ちポケモンを叩きのめしており、更には犯人と思われる人物を完全に抑え付けていた。

 

 体が痛みを感じない程度に加減した力でもアキラは何とか抑えることは出来ていたが、それでもカイリューの方が上なので激しく両腕を振って前に進むドラゴンに彼の体は少しずつ引き摺られていた。

 更に悪いことに、同じく待機していたヨーギラスも「最後は自分」とばかりにアキラとカイリューを追い越す。

 

「わっ! 待ってギラット!」

 

 思わず手を離したことで、カイリューは勢い余って倒れ込む形で顔を砂浜に埋めるが、気にしている場合では無い。

 ヨーギラスは小柄ではあるが、体重はヤドキングと大差は無い。

 そんな体重でほぼ瀕死の泥棒に圧し掛かったりでもしたら大変だ。

 

 急いでアキラは追い掛けるが、スタートの時点で差が結構あったことでヨーギラスの方が早かった。

 小柄な体で精一杯ジャンプするのを見て間に合わないのを直感したが、いわはだポケモンの体は宙に浮いたまま動かなくなった。

 

 ギリギリのタイミングで、手をかざしたヤドキングが念の力で止めてくれたのだ。

 ヨーギラスは体が浮いているのを気に入ったのか、空を泳ぐ様に体をバタつかせ始め、ヤドキングもそれに付き合う。その様子にアキラは溜息とも安堵とも取れる息を吐く。

 色々あったが、やっと落ち着ける。

 

 そう思った矢先だった。

 

 何となく感じるものを察知し、アキラは周囲を見渡す。

 しかし、周囲には何も変わった様子が見られなかったなど良くわからなかったが、気の所為だろうか。

 気にはなったが、それよりも睨んだり意識の有無を確認する為に突いたりするなど、先陣を切って攻撃を仕掛けた三匹と完全に伸びているジュース泥棒の方に目をやるのだった。

 

 

 

 

 

「今日もありがとうございました先生!」

「明日からは休日だが、その間にしっかり体を休めておけ。来週また会おう」

「はい」

 

 胴着から普段着に着替え、帰宅するべく纏めた荷物を背負ったアキラは頭を深々と下げてシジマに礼を告げる。

 深夜の出来事もあって多少の寝不足に悩まされたが、無事に今日の鍛錬も彼は終えることが出来た。

 

 アキラはカイリューの横に置かれている専用の小さな飛行用カプセルに何時もの様に乗り込むと、それを抱えたカイリューは翼を広げてタンバジムから飛び去った。

 シジマは飛行機雲の様な軌跡を描きながら夕日の空を飛んでいく彼らを見届けた後、彼もまた自宅も兼ねたジム内へと戻る。

 

 そうして人の姿だけでなく、気配が殆ど感じられなくなったタイミングだった。

 ジムから少し離れた敷地の外にある岩から小さな影が顔を覗かせた。

 

 深夜のあの時、アキラは流してしまったその感覚は間違いでは無かった。

 何故なら、遠くから彼らの姿を見ていた存在がいたからだ。

 巧みに隠れていたその影は、静かにジムから離れながら今日一日の出来事を振り返っていた。

 

 まだ観察を始めてからそれ程時間は経っていないが、それでも色々なことがわかってきた。

 まずトレーナーであるアキラについてだ。

 

 印象としては真面目な一面は窺えるものの、有り触れた雰囲気の持ち主だ。

 周りの注目を集めたり、引き付ける様な強烈な魅力や個性がある訳でも無い。

 ポケモンバトルを行う際は興奮するのか、目付きや言動に変化はあるが、それでもギャップを感じる程の変化では無い。良くも悪くも普通の少年だ。

 

 だが彼が連れているポケモン達は、「強力」の一言に尽きる。

 十代前半で腕の立つトレーナーはそれなりにいるが、扱いの難しいドラゴンポケモンの最終進化形態を連れている者はそうはいない。

 強ければ強い程、個性や我などの主張が強くなる例に漏れず、彼の手持ちは好戦的でトレーナーであるアキラにも堂々と逆らう面々と温厚である程度素直に従う面々がハッキリしている。

 

 しかも個々に異なる考えを有しているなど、一見すると意思統一が出来ていない様に思えなくもないが、ポケモン達が素直に従わないこともあまり気にしていないどころか、逆にある種のコミュニケーションと化している。

 

 しかし、知りたいのは彼自身の性格や手持ちポケモンの素行ではなく彼らの今の実力だ。

 

 彼の師であるタンバジム・ジムリーダーであるシジマは、格闘ポケモンの使い手としてジョウト地方では広くその名が知られている。

 しかし、連れているポケモンがかくとうタイプに偏っている訳では無いのに、何故彼の元にアキラが弟子入りをしているのかが謎だった。

 だが、その疑問も観察している内に彼らの鍛錬、そして彼らの実力が最もわかる手合わせを目にしてある程度解消はされた。

 

 ジムリーダーは挑戦者の力量を見定めるのが目的なので、本気で戦う機会は少ない。

 その本気を出したジムリーダーとそのポケモン達を相手に、アキラ達は一歩も引かなかった。

 

 肉弾戦や近距離での戦いではシジマの方に分はあったが、彼らは敢えて師のポケモン達が得意とする土俵で挑み、同じ技を仕掛けていったのだ。

 それはただ勝つのが目的では無くて、正面から挑みながらも何かを学び取りたいが故の選択に見えた。

 

 事実、エビワラーの”マッハパンチ”に対抗して、ブーバーも”ものまね”で同じ技を再現して正面からノーガードの殴り合い。

 エレブーはカポエラーの強烈な蹴りを耐えると、反撃に”クロスチョップ”らしき技を仕掛ける。

 

 サンドパンは鋭い爪の突きから繰り出す”いわくだき”でカイリキーの体勢を崩し、カイリューもサワムラーの”まわしげり”を受け止めると巧みに”あてみなげ”の形で投げ飛ばす。

 肉弾戦が苦手な筈のゲンガーやヤドキングさえも、攻撃を流した瞬間”カウンター”を仕掛けたり、気を逸らす程度のパンチやキックでも互角以上に渡り合うのだからかなりのものだ。

 そんな彼らの激戦を、新しく手持ちに加えたばかりと思われるポケモン達は見守っていた。

 

 結果的にフルバトルを制したのはシジマであったが、最も得意とする土俵にも関わらず薄氷の勝利であったことを考えると、彼らはかなりの力を有していることが窺えた。

 

 戦いとなると、普段のバラバラな雰囲気が一変して、ポケモン達はトレーナーの指揮の元でその力を奮う。

 しかも指示通りに従わない時や彼らなりの解釈やアレンジを加えて実行するのだから、トレーナーが伝えた指示を真に受けて裏を掻こうとしたら痛い目に遭う。

 

 今回は確かにある程度の実力を見ることは出来たが、それでも全てでは無い。

 影が殆ど無い岩場で足を止め、アキラが戻って来る時まで何をするべきか、それとも僅かだが()()すべきかを考え始めた時、奇妙な気配を感じた。

 

 

 囲まれている。

 

 

 野生のポケモンかと思ったが、ただ息を潜めているだけでなく、明らかに出方を窺っている手練れだ。

 そしてこちらが気付いたことを察知したのか、手練れと見た隠れている方の雰囲気も変わり、両者はほぼ同時に動いた。

 

「ヤミカラス!」

 

 岩陰から飛び出した影、シャドーポケモンのゲンガーに対してモンスターボールから黒い鳥――ヤミカラスが迎え撃つ。

 だが予想済みだったのか、ゲンガーは両目を光らせた”あやしいひかり”をヤミカラスに浴びせて、くらやみポケモンを”こんらん”状態にする。

 その直後、鋭い鉤爪を持ったポケモン――ニューラが不意を突く様に素早く切り付けたが、ゲンガーの体は空気に溶け込む様に消えた。

 

「偽物…」

 

 今思えば、知っている姿よりも少しだけ色が薄かった。最初から潜んでいたのは偽物だった。

 本物はどこにいるのか考えを巡らせた時、地面が盛り上がった。

 反射的にニューラが飛び退くが、鋭い突きを繰り出しながらサンドパンが地面から飛び出す。

 

「”でんこうせっか”!」

 

 不意を突いた攻撃が空振りで終わったと同時にニューラが飛び掛かるが、咄嗟に振るわれた長く伸びた鋭い爪によって防がれる。

 それから両者は同じ鋭い爪を持つ者同士で激しく火花を散らす。

 

 最初は互角だったが、徐々にニューラはサンドパンが振るう爪に押されていく。

 ”こんらん”状態から立ち直ったヤミカラスが加勢しようとするが、背後から先程消えたゲンガーが姿を現した。

 

 また偽物なのか、それとも本物なのか。

 一瞬の迷いがヤミカラスの動きを鈍らせたが、ゲンガーは見逃さず手から黒っぽい光の波動を放ってヤミカラスを弾くと、すぐに挟み込む様に両手をかざして黒い球体を集め始めた。

 

「”シャドーボール”が来るぞ!」

 

 少し集中力を必要としているのか、時間が掛かっている。当然ヤミカラスは阻止しようと動く。

 ところがゲンガーは、集めたエネルギーを投げるのではなく、直接押し付ける様に突っ込んだヤミカラスにぶつけた。

 

 タイプ相性の関係で効き目は薄いが、それでも大きなダメージを受けてフラつくヤミカラスをゲンガーは殴り飛ばして岩に叩き付けた。

 ニューラの方も距離を取った瞬間、サンドパンが放った先の尖ったエネルギーの塊である”めざめるパワー”を受けて、一気に追い詰められる。

 

 わかってはいたが、今の自分達の実力では歯が立たない。

 だが、あの状況では逃げることも叶わないのだ。目を付けられた時点で、どの道ダメだったのかもしれない。

 

 そんな時、突如として上空からカイリューが地面の土や岩を舞い上げながら勢いよく着地した。

 目の前の戦いに意識が向き過ぎて、接近していることに気付かなかった。厄介なのが来たと思ったが、抱えていたカプセルから彼らを率いるトレーナーであるアキラが出て来ると取り囲む様に他の手持ちを展開させる。

 

 これだけでも詰みの状況だが、更にタンバジムから彼の師であるシジマも手持ちを引き連れて来るのが見えたこともあり、やむを得ず彼は降参の意を示すのだった。

 

 

 

 

 

「最近俺達を見ていたのはお前か」

 

 シジマはブーバーとバルキー、ゲンガーの三匹に取り囲まれる形で厳重な警戒を受けている赤髪の少年に問い掛ける。

 アキラの隣ではカイリューが腕を組んでふんぞり返っていたが、こうも偉そうな態度を取る気には彼はなれなかった。

 

 目以外の感覚も鋭敏化していることもあって、タンバジム内で鍛錬をしている時でも誰かの視線を感じたことからアキラはシジマに相談した上で今回の行動に出たが、予想外の人物に内心では驚いていた。

 

 赤い長髪に鋭い目付き、連れている手持ちポケモン。

 本人は名前を名乗っていないが、元の世界で知ったこの世界で起こるであろう出来事などを忘れつつあったアキラでも、未だにハッキリと記憶している少年だった。

 

 ブルーを姉として慕うジョウト地方の図鑑所有者のシルバーだ。

 

 まさかこんな形で彼と会うとは思っていなかったが、何で彼が自分達の様子を遠くから観察していたのかが謎だ。

 しかし、当のシルバーは口を堅く閉ざしているので理由を知ることは出来ない。

 しかも今も逃げる機会を探っているのか、とても十代前半の少年がするとは思えない鋭い目付きでさり気なく周囲の様子を窺っている。

 

 子どもどころか大人でも怖がりそうだな、とどうでも良いことをアキラはぼんやり考えていたが、ヨーギラスはシルバーの目の前に出ると怖がるどころか堂々と指を突き付ける。

 これには流石のシルバーも目に困惑の色を帯びるが、エレブーが「人を指差してはいけません」と言わんばかりの様子でヨーギラスを後ろに下げる。

 

 しかし、動き出したのはヨーギラスだけでは無かった。

 このままでは埒が明かないと判断したのか、バルキーは拳を鳴らし、ブーバーは手にしている”ふといホネ”に口から噴く火で焼け石の様に炙るなど強引に口を割る準備を始めたのだ。

 

「待て待て待て!!! そんな拷問の準備しないの!」

 

 慌てて止めるアキラにヤドキングはドーブルに目配せをすると、彼女は口から”スケッチ”で覚えた”みずでっぽう”で焼いた鉄器具ならぬ焼いたホネと頭に血が上がっている二匹を纏めて消火する。

 だが、目の前で恐ろしい計画が進められていたにも関わらず、シルバーは全く動じることなく静かにアキラに視線を向け続けていた。

 

「まあ、何と言うか……何で隠れて俺達の様子を見ていたのかな?」

 

 手持ちの荒っぽさとは対照的にアキラは穏やかに尋ねるが、シルバーは口を堅く閉ざしたままだった。

 その様子にブーバーは「ほら見ろ」と言わんばかりの視線を彼に向け、更には手に持った濡れている”ふといホネ”でさっきの自らの行動の必要性を主張する。

 だけど、シルバーのことをある程度知っているアキラからすれば、例え痛め付けたとしても彼は口を割らない可能性の方が高い。

 

 どうしようか頭を悩ませ始めた時だった。

 ふんぞり返る様に腕を組んでいたカイリューの雰囲気が変わったのだ。

 それも組んでいた腕を解き、唸り声を漏らしながら体に力を入れるなど今にも荒々しく飛び掛かりそうな臨戦態勢にだ。

 

「どうしたリュット」

 

 相棒の一変にアキラはすぐに気付くが、カイリューの目線は彼にもシルバーでも無く、ほぼ夜空と言っても良い雲が広がっている空に向けられていた。

 

 まるで宿敵がそこにいると言わんばかりにだ。

 

 カイリューの様子に釣られて、アキラだけでなくシジマや他の手持ちも空を見上げる。

 冬の季節なので既に空は夕方から月が出ても良い夜空だが、月が隠れる程の分厚い雲が幾つか浮いていた。ところがそれらの雲は強い風が吹き始めたからなのか徐々に崩れる様に流されていく。

 

 ただの自然現象にしてはタイミングが良過ぎる。経験上、こういう時はロクなことにならない。

 そうアキラが思った時、雲に隠れていた月が夜空に顔を見せた。

 

 綺麗な月明かりで周囲が照らされるかと思ったが、何故かアキラ達の周りは変わらず薄らと陰に隠れていた。

 原因はわかっている。

 何かが月と重なる様に空を浮いているからだ。

 

 そうだ。そういえばシルバーは、前に伝説の鳥ポケモンの情報を求めて接触してきたブルーと同じく、自らの因縁に決着を付ける為に力を求めていた。

 そして、その力を手にする為に彼が選んだ手段が――

 

「どこかで見た連中と思ったら…お前だったのか。こんなところで何をしている」

 

 見下ろす形で掛けられた言葉に、アキラは溜息を吐きながら心底嫌そうに表情を歪める。

 彼にとってはある意味この世界で最も会いたくない相手、カントー四天王の一人――ドラゴン使いのワタルが月を背後に自身のカイリューと共に夜空を舞っていた。




アキラ、予期しない形でワタルとまた会ってしまう。

互いに敵意を抱いている+事情があるとはいえほぼご近所の条件が整っているので、遅かれ早かれ二人は激突していたんじゃないかと思っています。

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