SPECIALな冒険記   作:冴龍

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タイトル名は間違えていませんので大丈夫です。


あいうえお

「っ!」

「えい!」

 

 掴んでいた腕を使うことでシジマの体の重心を移動させたアキラは、片足になった瞬間に刈り取る様に足を入れてシジマを倒す様に投げた。

 

 アキラがシジマの元に弟子入りを志願して数カ月。

 ポケモンバトルを交えた鍛錬と並行しながら肉体と体力作りを続けていたが、最近になって「約束稽古」と呼ばれる柔道の練習段階にアキラは移り始めていた。

 

 まだ基本的な技が中心ではあるものの、アキラは今までシジマがお手本として見せてきた動きを良く理解しており、力加減などの細かな点を除けば、まるで彼が連れている手持ちと同じ”ものまね”を使ったかと思える程に動きはしっかり形となっていた。

 

「あなた~、アキラ君~、もうそろそろ夕飯が出来ますよ」

 

 起き上がったシジマは再びアキラと組み合い始めたが、そのタイミングでシジマの家内が二人を呼ぶ声が聞こえた。

 それを機に二人は掴み合っていた手を離して、乱れた柔道着と呼吸を整える。

 

「よし。今日の鍛錬はここまでだ」

「はい!」

 

 元気に返事を返したアキラだったが、直後に体から力が抜ける。そして表情の方も、余程疲れたのか気の抜けたダラしないものになる。

 しかしシジマは咎めることはせず、そんな彼の様子を眺めながら様々なことを思案していた。

 

 分かり切っていることだが、アキラの動体視力を始めとした身体能力は常軌を逸している。

 今まで受け身などの基礎的な練習ばかりしてきたのは、ちゃんとした段階を踏むことで彼の体を少しずつ鍛えることもあるが、アキラが自らの力を過信して鍛錬過程を疎かにしないかを確かめるというシジマなりの目的もあった。

 彼くらいの年なら、自らが持つ大きな力に浮かれたり天狗になっても何もおかしくないからだ。そしてその精神面を鍛えて導くのも師としての役割だ。

 

 だが、アキラは自分なりに力の扱いに気を付けるだけでなく、上手く扱える様に現状に満足せず向上心を抱き続けていた為、そちらの方の懸念は杞憂で終わっていた。

 しかし、その代わりなのか最近熱心にしては鍛錬に力を入れ過ぎている点など、別のことが気になってもいた。

 若干の懸念を抱きながら、シジマは考えている事とは別の要件について彼に尋ねる。

 

「アキラ、明日はお前のカイリューの背に乗って移動するが、問題は無いか?」

「…到着には時間は掛かりますが、大丈夫です」

 

 さっきまでとは一転して、引き締めた表情で真っ直ぐシジマと向き合った上でアキラは答える。

 明日シジマは帰宅するアキラに同行する形でカントー地方へと赴いて、彼の紹介状を書いたジムリーダーのエリカと面会する予定なのだ。

 

 アキラは何故エリカと話をしたいのかわからなかったが、パソコンの電子メールが扱えないシジマが内容を記した封筒をエリカに渡す様にアキラに頼み、エリカもまた日時などの内容を纏めたであろう封筒をシジマに渡す様に頼んでくるといった郵便配達紛いなことをやったのだから、何か大切な事だろう。

 それに元々明日は、偶然にもヨーギラスの引き取り書類にサインをする予定もある。

 そして、もう一つ大切な予定もだ。

 

 明日の予定をシジマと確認し合った後、アキラは道着を着込んだまま、自主鍛錬に勤しむ手持ち達の様子を窺いに向かった。

 まず目に入ったのはエレブーとヨーギラスが、サンドパンから何か助言を受けているのか揃って熱心に聞いている姿だった。

 少し離れたところでは、ドーブルにゲンガーが先輩振っているのか何か語っていたが、ヤドキングから「あいつを反面教師にするんだぞ」的な事を伝えられていた。

 そしてシジマの格闘ポケモン達に紛れて、ブーバーとバルキーはカイリキーを参考に突きや蹴り、手刀などの動きを真似ていた。

 

 サンドパンが最近加わった後輩三匹に基礎鍛錬やトレーナーの元での暮らし方などに関する新人教育を行う案はやっているが、今はそれぞれの担当にして先輩から教わる時間らしい。

 新人教育を行う時間を重視すべきか、個々の指導担当からの教えの時間を重視すべきか。まだハッキリしていないことを考えながら、アキラは集団から離れた場所にいるカイリューの元に赴いた。

 

 アキラみたいに汗を滲ませていたカイリューは、息を整えると体の奥底にまで力を入れて何かを引き出そうとするが、結果は乏しかった。

 今カイリューがやっているのは、”げきりん”の鍛錬だ。

 

 結局、色々話を聞くことは出来たが、フスベシティを訪れた一番の目的である”げきりん”の覚え方や扱い方をアキラ達は教わることは出来なかった。

 その為、今は見ての通り”げきりん”を引き出せたであろう時の感覚を思い出させると言う根拠の乏しい根性論みたいな方法になっている。

 

「リュット、今は”げきりん”よりも覚える流れが明確にわかっている他の技でも良いぞ」

 

 ブーバーとバルキーの二匹が揃って”いわくだき”の練習をしている様子を示しながら、アキラはカイリューに語り掛ける。

 ”ものまね”を利用した技の習得に頼り過ぎた訳では無いが、”げきりん”は本当に未知数な技だ。

 それにアキラとしては、カイリューに他にも覚えさせたいと考えている技がある。なので、まずはそれらを覚えてから取り掛かっても良いと思っている。

 

 しかし、カイリューは嫌なのか、彼の説得を無視して”げきりん”の練習を再開する。

 様子を見る限りでは、危うくイブキのキングドラに負けそうになったことがかなり悔しいらしい。

 

「…わかったわかった。気が済むまでとは言えないけど、今の時間少しだけ手を貸すよ」

 

 何時ものことながら、アキラは可能な限りカイリューの希望に沿える様にドラゴンポケモンの観察を始める。

 格闘技などの肉体的な動作が大きく関係している技では無いので、幾ら鋭敏化した目で見てもどうやって”げきりん”のエネルギーを引き出しているのかわからないのだ。

 これならイブキのハクリューが”げきりん”を使う際にカイリューに交代させて、”ものまね”させれば良かったと後悔しているが、もう後の祭りだ。

 

 またフスベシティにジム戦を行うという名目で向かったとしても、彼女が挑戦を受けるとは思えないし、彼女の祖父である長も目を光らせているみたいだから無理だろう。

 一見するとフスベシティを訪れたのは失敗だった様に見えるが、一番の目的を果たせなかっただけでそれ以外は概ね満足のいく結果を得られた。

 

 その内の一つが、イブキが失礼なことをしたお詫びなのか、”りゅうのいかり”などの既にカイリューが扱えるドラゴン技の技術的なことを教わることが出来たことだ。

 まだ練習中ではあるが、具体的なやり方をノートに書くことを許されたので、上手く物に出来ればイブキのポケモン達が使った様に”りゅうのいかり”の大幅な威力の向上やスピードアップが望める。

 

 そして何より有益だったのは、カイリューが稀に引き出す桁違いの破壊力を秘めた力に関することをある程度聞けたことだ。

 

 結論から言えば、あの力は別にカイリューに限らず、ポケモンが技を繰り出す時に何かしらの複数の要素が上手く噛み合った際の相乗効果によって偶発的に発揮することが出来るものということだ。

 イメージ的にわかりやすい例を挙げるなら、イエローと一緒にワタルと戦っていたレッドのピカチュウが最後に放った超大技である”100まんボルト”の様なものと見て良い。

 

 やはり特殊な条件が関係していたが、複数の技を同時に使った時や極限にまで追い詰められた時などでも実現出来る可能性はあるという話を聞いた直後は、アキラは訓練次第では使える様になるのではと思ったものだ。

 

 しかし、そもそも狙って出来る様なものでは無いのと下手をすれば自滅してしまう可能性があるなどの問題だらけなのもわかった。

 更に仮に使えたとしても、威力と反動が見合わないか大き過ぎて実質相打ち同然になるなど効率が悪いなどの問題点も丁寧に教えられた。

 ”げきりん”を教わろうと考えた時と同様に、長は彼の浅い考えはお見通しであった。

 

 とはいえ、イブキの祖父はドラゴンポケモン使いの一族の長を務めていただけあって、豊富な経験から得られた情報や技術的な助言はかなり有益だったことには変わりない。

 げきりん”などの技と異なり、複雑な条件をクリア出来たとしても体を壊したり自滅する可能性のある規格外の大技を使うより、通常の扱える範囲内での技を上手く極めたり応用する方が余程のことが無い限りずっと効率的だという長の意見は尤もだ。

 桁違いの威力を持つ大技に少し惹かれているのは否定しないが、そんなとんでもない大技を扱う事を考えるのは、連れているポケモン達が普通に覚えたり扱える技を極めてからの方が今は良いだろう。

 

 目の前で苦労しているカイリューの姿を眺めながら、アキラは本格的に”げきりん”を引き出すことに意識を移そうとした時だった。

 何時の間にかゲンガーが、集団から離れた位置で体を屈めていたことに彼は気付いた。

 ヤドキングに言い負かされたり、ドーブルに拒否られてしまっていじけているのか。それとも休んでいるのか定かでは無かったが、目を凝らしてみると手元に何かを持っているのが見えた。

 

 カイリューが小休憩に入ったのを見計らって、アキラは音も出さずに静かにさり気なくゲンガーに近付く。

 コソコソしていることも相俟って、何をやっているのか気になったのだ。

 

「アキラ! 夕飯の用意をするからポケモン達を呼ぶんだ」

「っ! はい!! おーい! 夕飯が出来たぞー! 全員集合っ!!!」

 

 その時、シジマから夕飯が出来たことを伝える様に言われ、アキラは大きな声で鍛錬を続けているポケモン達に声を掛けた。

 彼の声に反応したシジマと彼のポケモン達は、ぞろぞろと今やっていることを中断してタンバジムへと向かい始める。

 当然、ゲンガーもその中の一匹だった。アキラはカイリューと一緒に歩きながら、さり気なくゲンガーに近付く。

 

「スット、さっきは何をやっていたの?」

 

 声を掛けるとゲンガーは珍しくビックリした挙動を見せた。

 アキラの経験上、それは彼が何か企み事をしているのがバレそうになった時に見せるものだ。

 一体何を企んでいるのか問い詰めようとしたが、ゲンガーはダッシュでジム内へと飛び込んでいった。

 

「……何を考えているんだか」

 

 一緒に居るのだから探る機会は幾らでもあるが、あの様子では簡単には明かしてくれないだろう。

 逃げる様に他のポケモン達に紛れるシャドーポケモンの後ろ姿を見つめながら、アキラも集団の最後尾からジム内へと入って行く。

 しかし、彼が何をやっていたのかをすぐ知る事になるのをこの時アキラは少しも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 その夜、タンバジム内で振り分けられた個室の中でアキラは布団を敷いて寝る準備を進めていた。

 

「明日から正式に俺の手持ちになるけど、本当に良いのか?」

 

 アキラの問い掛けに、部屋の片隅で座っているエレブーの膝の上に乗っているヨーギラスは笑顔で応じる。

 今まで正式な手持ちでは無かったのでニックネームは付けていなかったが、明日の手続きを終えたら手持ちの一員になった証としてニックネームを付ける予定だ。手持ちのニックネームの法則性には、幼い彼も察している様だが、それでもワクワクしているらしい。

 その姿にアキラは少しだけ癒される気分になったが、もう一つある予定を思い出して表情を引き締めた。

 

「ヨーギラスの用事が済んだら、次はレッドとの再戦だ。準備万端で行く為にもさっさと寝るぞ」

 

 部屋の外の庭にいる他の手持ち達に呼び掛けると、彼らもモンスターボールに戻るべくぞろぞろと動き始めた。

 ヨーギラスを正式に手持ちに迎える手続き以外にあるもう一つ大切な予定。

 それはレッドとのリベンジマッチのことだ。

 

 今のところ彼との戦績は、カスミの元で療養も兼ねた特訓期間中も含めて全戦全敗という悔しい連敗記録更新中なのだ。今度こそ明日は連敗更新を阻止して、連勝記録に変える第一歩にする。

 まだ修行途中だが、それでも以前よりは自分達は格段に強くなっている。

 対策や研究も――また引っ繰り返されたりする可能性はあるが、可能な限りの備えもしている。

 今度こそ勝てる自信があった。

 

「バーット、箸の練習もそれくらいにしていい加減に戻ってこい」

 

 アキラ自身、気合を入れるだけでなく他の手持ち達がモンスターボールに戻る準備をしている中、一匹だけ外に残っているブーバーに彼は呆れ混じりの声で再度呼び掛けた。

 流石に二回目とあって、ひふきポケモンは舌打ちをすると渋々手に持っていた二本の木の枝を放り投げて戻って来た。

 

 さっきの夕飯で、ブーバーは見栄を張っているのか興味本位なのか知らないが箸を使おうとしていたのだ。

 かなり悪戦苦闘しても尚頑なに使おうとして全然食事が進まなかったので取り上げたが、どうやら変な方向にやる気が付いてしまったらしい。

 

 ブーバーが戻って来たのを確認したアキラは、持ってきているノートを広げて明日に備えての最後の準備を進める。

 そんな時だった。ニヤニヤとした如何にも悪巧みを考えていそうな怪しさ満点の表情を浮かべながら、唐突にゲンガーがアキラに近付いて来た。

 

「何だスット? 明日の為の秘策でもあるなら聞くぞ」

 

 ゲンガーはイタズラ好きではあるが、今は大事な時なのを理解している筈なので、アキラは冗談交じりでシャドーポケモンに問い掛ける。

 と言ってもゲンガーが言葉はわかる訳は無いので、喜怒哀楽の激しいパントマイムみたいな身振り手振りを解読することになる。

 そう思っていたら、ゲンガーは後ろに隠していた両手を前に差し出した。

 

 その手には紙の束――と言うよりはカードが握られていた。

 一体何のカードかと興味を惹かれたが、一番上にある一枚目のカードには飴玉の絵と共に平仮名で「あ」と書かれていた。

 確かヒラタ博士の孫が遊び道具として、この平仮名カードを使っていた記憶が有るのでそれを借りたのだろうか。

 

 そんなことを考えていたら、シャドーポケモンは「あ」と書かれたカードを畳の上に置く。

 そして次にキノコの絵が描かれていた「き」の平仮名があるカードを束の中から探し出して、「あ」の隣に並べた。

 

 まさか――

 

 ゲンガーがやっていることが何なのか、その可能性がアキラの頭の中に浮かんだのと同じタイミングで、ゲンガーは三枚目にラッパの絵付きの「ら」と書かれたカードを取り出してそれを並べた。

 

『あきら』

 

「……意味…わかるの?」

 

 畳の上に並べられた三枚のカードの並びを見ながらアキラは尋ねると、ゲンガーは胸を張って彼を指差した。

 どうやら意味をちゃんと理解しているらしい。

 

「凄いと言うか…本当かよ」

 

 たった今やったゲンガーの行動を理解したアキラは、少し信じ切れていない様子ではあったが感心した様な声で呟く。

 確かに一部の高度な知能を持つポケモンや素養があるポケモンは、言葉だけでなくある程度人間の文字を理解することが出来る。それこそゲンガー達が好んで見ているバラエティー番組にたまに出るポケモン達みたいに、芸の一環として注目を浴びれる程だ。

 最近ゲンガーを始めとした手持ちの一部が文字に興味を抱いていることは知っていた。だけど理解することは難しいと思っていたので、正直言ってかなり驚いていた。

 

「どうやって覚えたんだ?」

 

 最近はヤドキングがドーブルの平仮名が書かれた積み木で遊んでいるのを見るので、ゲンガーも同じやり方で覚えたのだろう。

 そう考えていたら、ゲンガーは何と小さな本――それも絵本をどこからか取り出した。

 題名は「ニャースでもわかるあいうえお」と書かれていたが、まさか本当に絵本を使って覚えたのだろうか。にわかに信じ難いが、ゲンガーの様子を見るとそうらしい。

 

「ひょっとして…名前以外にもわかることある?」

 

 ちょっと期待の意味を込めて聞いた途端、笑っていたゲンガーの表情は固まった。

 微妙な空気が場を支配したが、ゲンガーは慌てて手に持っていたカードとアキラの名前に並べたカードを一緒にする。

 すると彼は自分はちゃんとわかっているんだと言わんばかりにカードを五十音順に並べ始めた。

 

「待て待てスット、そこまでやらなくても良い。お前が人の文字をある程度理解出来る様になったのは十分にわかったから」

 

 慌てるゲンガーの行動を止めながらも、アキラは少しおかしそうに笑っていた。

 アキラの名前を並べる以外のことが出来ないことにゲンガーは焦っているが、普通のポケモンはトレーナーの名前を文字の形で理解することは出来ないものだ。

 だから今の段階でも十分に凄い事だと彼は考えていた。

 

 そしてゲンガーはカードを五十音順に並べ終えると、再び腕を組んで胸を張った。

 まるで子どもみたいだが、アキラは本心から感心すると同時に軽くだが拍手を送る。

 

 今は名前だけだが、更に時間を掛ければゲンガーは他の文字の意味も理解出来るだろう。どこまで伸びるかは未知数だが、その能力は必ずや自分達の役に立ってくれる筈だ。

 手放しと言っても良い彼からの称賛にゲンガーは気分を良くするが、唐突に並べられていた平仮名カードは風で巻き上げられたかの様に飛び始めた。

 

 カードが飛んだ先に目をやると、ヤドキングが細めた目を薄らと青く光らせており、カードは彼の手元に引き寄せられる様に束になっていく。

 折角の気分の良さを台無しにされたゲンガーは抗議の声を上げるが、ヤドキングは無視してカードの束から三枚のカードを抜き出して彼らに見せ付けた。

 

『あきら』

 

「…ヤドット、お前もか」

 

 どうやらヤドキングも、ゲンガーと変わらないくらい文字を理解することが出来るらしい。

 確かにヤドキングも平仮名が書かれた積み木で遊び、五十音順の正しい並びをある程度わかっていることは知ってはいたが、まさかこのタイミングで更なる段階へと進んでいたことを知るとは思っていなかった。

 それから二匹は出来ることが互いに同じレベルなのが気に入らないのか、今にも喧嘩を始めそうなまでにガンを飛ばし合い始めた。

 

「待て待て、何で喧嘩しそうな雰囲気なんだ。落ち着け」

 

 アキラだけでなくエレブーとサンドパンも両者の間に割って入って喧嘩を起こさない様に宥め始めるが、二匹は中々引き下がらない。

 体が大きくて部屋に入りにくいカイリューは別として、ブーバーにも手伝って欲しかったが、面倒なのかひふきポケモンは欠伸をするとバルキーと一緒にモンスターボールの中に戻ってしまった。

 

「あぁ~もう。明日は大事な日なんだから、喧嘩するなら別の日にしてくれ」

 

 開き直って白黒付けるなら後日にして欲しいことを伝えると、ようやくヤドキングとゲンガーの二匹は睨み合うのを止めて揃ってボールの中に入って行った。

 

 手持ちとして連れている二匹が、人の文字をある程度は理解することが出来る。

 そのことを今日初めて知ったアキラは、彼らの賢さが自分達の更なる飛躍に繋がる確信を抱いたが、同時に厄介事が増える可能性についても心配するのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「『ピカチュウのあいうえお』…本当にピカチュウは人気だな」

 

 偶然に目に付いた本棚に陳列されている幼児向けの学習教材である絵本のタイトルが見覚えのあるものだった為か、アキラは足を止めるだけでなく一年前にあった出来事を軽く思い出していた。

 

 さっきの講習の時、纏めた資料を振り分ける作業の手伝い以外でも彼らの能力を活かせばもっとスムーズに進んだかもしれないが、逆にタメにならないと考えたアキラは、敢えて警察の前ではあまり使わない様にさせていた。

 便利ではあるけど、普通なら滅多に経験出来るものでもないのとあまり頼り過ぎるのは良くないと考えているからだ。

 

 それらを振り返ったアキラは、この世界に来てから愛読している学習漫画シリーズの新作を手にして、他にも何か面白そうなものは無いかと探す。

 警察への指導、エリートトレーナーとの手合わせを終えて、ようやく彼は書店を訪れて自分の用事に時間を費やしていた。

 だが、娯楽はともかくポケモン関係の本はアキラの視点から見ると良いと言えるものは中々無い。あったとしても広く世間で広まっている内容を分かりやすく解説した本とかだ。

 

 アキラ自身もレッドには余程の事が無い限り自らの手の内を明かさないので、本と言う形で自分が持つ知識を広める人があまりいないことには理解している為、この辺りは仕方ないと割り切っていた。

 

 ノートや筆記用具は既に買っているし、暗くなる前にはコガネシティの外れにある育て屋老夫婦の家には戻れるだろう。

 そしたら、まず育て屋で待っている――

 

「?」

 

 この先の予定を考えていたら、腰に付けていたモンスターボールが揺れ始める。

 中を覗いてみると、ゲンガーがボールの中からある場所を指で示していた。

 目を向けると、そこはさっき見た学習教材よりも対象年齢が上がった学習教材が置いてあるコーナーだった。

 ゲンガーの動きに呼応したのか、ヤドキングも入っているボールを揺らす。

 

「…今度は何が良いんだ?」

 

 二匹の要望に応える形で、アキラはそのコーナーの前へと足を運ぶ。

 自分の名前を文字の形で理解しているのを知って以来、彼らは少しずつそちらの方面で努力と勉強を重ねてきている。それ自体は良い事だし、頼り過ぎなければかなり有益なのでアキラも可能な限りのサポートをしている。

 だけど二匹が揃って希望するものが()()()()()なのには、どう反応すれば良いのか少し困るのだった。




アキラ、手持ちポケモンの意外な方面での努力に更なる可能性を見出す。

まだ覚え始めたばかりなので、劇的な変化までには至っていませんが、物語が進むにつれてアキラの助けになるなど何かと役に立つ場面があるかもしれません。
最近ポケスペでもテレパシーか何かの形で会話をするポケモンが増えつつあるので、その内ゲーム本編でも人と会話を交わすポケモンが出て来るんじゃないかと思ったりします。

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