倒すべき敵を明確に認識したカイリューは、雨水で体が濡れるのにも構わず尾を強くフィールドに打ち付けると体の奥底から力を引き出す様に再び上半身を屈める。
技を放つ前触れなのは明らかだったが、トレーナーであるアキラから技名を伝えられる前にカイリューは”りゅうのいかり”を放ち、龍の炎は激しく降る雨水を物ともせずキングドラを呑み込む。
不意打ち同然の攻撃を受けて、何の抵抗も出来ないまま後方に押し退けられたキングドラはすぐに起き上がるが、気付きにくいものの少しぎこちなかった。
ドラゴンタイプにはどんなタイプの攻撃が効くのか、カイリューはアキラから教わっている。
一番なのは自身も苦手とするこおりタイプの技だが、先制を重視して扱いに慣れている”りゅうのいかり”を選択したが、どうやら大当たりだったのを知る。
「”10まんボルト”を放ちながら接近するんだ!」
「”うずしお”で動きを封じろ!」
アキラが叫ぶとカイリューは駆け出しながら、頭の触角から電撃を放つ。キングドラは飛んで来た電撃に耐えながら口から放った水流でカイリューの体を水の渦で包み込む。
完全に包み込まれる前にカイリューは”10まんボルト”の放電を止めるが、すぐにイブキは次の手を打ってきた。
「”れいとうビーム”で氷漬けにするんだ!」
「!」
”れいとうビーム”、それは即ちドラゴンタイプが最も苦手とするこおりタイプの技だ。
今”うずしお”を氷漬けにされたら、必然的に中に閉じ込められているカイリューも氷漬けにされてしまう。
そうなれば、進化したことで尚更こおりタイプに弱くなっているカイリューがいきなり倒されてもおかしくない。
「さっき”10まんボルト”を放った方向に向けて”はかいこうせん”! 強行突破だ!!」
カイリューの姿は水の渦の中で見えないが、アキラは大きな声で伝える。
彼の声が聞こえたのか、水の渦の中から飛び出した強力で破壊的なエネルギーは渦を突き破るだけでなく、迫っていた”れいとうビーム”さえも掻き消す。
正面から”はかいこうせん”を受け、キングドラの体はまたフィールドを転がる。
普通なら十分な一撃だが、ボール越しで戦いを見ていたカイリューは油断しない。すかさず”こうそくいどう”で接近しようとするが、かなりのスピードを発揮したにも関わらず、”いびき”の衝撃波で跳ね除けられる。
先に挑んだ仲間達の様に吹き飛ぶが、翼を広げて雨が降る空中で姿勢を立て直す。
キングドラもまた、寝息を立てながら体を起こす。これでは先に戦ったブーバーやゲンガーと同じことの繰り返しだ。
だけど、今出ているのはカイリューだ。数少ないキングドラの弱点を突けるだけでなく、容易に回復量を上回るだけの攻撃を実現出来る最強の手持ち。攻略に必要な条件は全て満たしている。
「”りゅうのいかり”!!」
「”ねごと”から”りゅうのいぶき”!」
青緑色の炎と黄緑色の息吹が土砂降りの中で激しく激突し、まるで喰い合う様に押し合う。
最初は槍で貫いていく様にカイリューの炎を押し退けていくキングドラの息吹が圧倒していたが、押し負ける前にカイリューは限界まで炎のパワーを引き上げた。
その結果、龍の炎は息吹を呑み込む程の規模へと大きくなり、逆にキングドラの技を押し切る。一度ならず二度も相性が良い技を叩き込めたが、回復する前にすぐに勝負を決めなければ幾ら攻撃しても意味が無い。
キングドラが立ち直る間もなく、カイリューは続けて”はかいこうせん”の追撃を決めるが、強力な技を受けた筈のキングドラは寝息を立てながら起き上がる。
「あれだけの攻撃を受けても耐えるのか」
攻撃を続けていけば次第に回復が鈍っていくことは、レッドのカビゴンである程度検証している。けどバカ正直に攻撃を続けては疲弊するのはこっちだ。
「”たつまき”!」
「”ものまね”!」
キングドラ自身が回転する軸となり、雨が降り注ぐ天候なのも重なって屋内でも巨大な竜巻が生じる。
反動で少し動きが鈍っていたカイリューも、遅れる形で”ものまね”で体を回転させることで”たつまき”を起こして対抗する。
攻撃力と覚えている技の威力ではカイリューはキングドラよりは勝っている。しかし、同じ様に攻撃していると言っても、キングドラは回復しながらなのに対してこちらは消耗する一方だ。
しかも相手もアキラ達と同じくらい絶対に負けないと言う意地とも言うべき強い意思をトレーナーと戦っているポケモンの双方から感じていた。
「ワタルの奴と言い、何でこうも面倒なのか」
ワタルのドラゴン神聖視や傲慢なまでのプライドの高さの原点が何となく見える気がする。
今戦っているイブキも含めて、実力に裏付けられたプライドの高さなのだろう。だからと言って「はい降参します」と言うつもりは無い。カイリューがどう思っているか知らないが、自分と同じく絶対に負けたくないだろう。
双方の”たつまき”が拮抗し合う中、アキラは必死に頭を働かせる。
カイリューが覚えている”つのドリル”なら、一撃必殺級のダメージを与えられるので決まれば仕留めることは可能だ。だが接近すれば”いびき”で吹き飛ばされるか、”うずしお”や”たつまき”を身に纏う形で防御される。
そしてそれらの守りを打ち破るには、かなり力を籠めた”はかいこうせん”しか突破口が無い。しかし、それでは反動で動きが鈍っている間に”ねむる”で回復してしまう。
両者の”たつまき”が消えて、カイリューとキングドラは互いに距離を取る。
焦って休む間もなく攻撃を続けようとしても、度々邪魔されて結局回復し切ってしまうのだ。完全に回復されても構わないから、考える時間の方が必要だ。
「カイリューを”れいとうビーム”で撃ち落とせ!!」
けど、そうなったらイブキ達が黙って様子見をする筈が無い。”ねむる”で幾らでも回復出来ることを良い事にガンガン強気の攻撃を仕掛けて来る。
大きな体を捻らせたり、翼の動きを調節して飛んでくる攻撃をカイリューは避けていく。それから”たつまき”などの規模の大きい攻撃は、兆候や予備動作が見えた瞬間から邪魔するべく攻撃を与えて妨害するが、状況は一向に良くならない。
今までの戦いでは互いにダメージを蓄積し合うダメージレースを制することで勝ってきたが、今回はその前提が通じない。
「っ! こっちも”れいとうビーム”!」
試しに動きを止めることを前提に”れいとうビーム”を発射するが、青白い冷気の光線は咄嗟に起こされた”たつまき”によって弾かれてしまう。しかも弾くだけに留まらず、”あまごい”で荒れる天候で勢いを増しておりカイリューの体は引っ張られてしまう。
距離を保って攻撃しているのも、距離を詰めればカイリューの土俵なのをイブキが理解しているからだろう。
本当に一撃でキングドラを倒すしかない。
唯一苦手とするドラゴンタイプの技でカイリューが扱えるのは、”りゅうのいかり”と”ものまね”した”たつまき”だけだ。だが、残念ながら常に回復し続けるキングドラを倒し切るにはこれでも威力不足という有様だ。
”げきりん”が使えれば良かったのだが、使えない技を考えても意味は無い。
そうなると威力だけならば、”はかいこうせん”を凌ぐ一撃必殺を可能にする”つのドリル”が最有力だ。
しかし、問題はどうやって”つのドリル”を決められる状況に持っていくかだ。
上手く接近出来たとしても、十分なパワーを発揮するには数秒ほど時間が掛かる。その僅かな時間の間に、キングドラが”たつまき”を起こしてしまったら大きな痛手を負う。
かと言って最初から”つのドリル”を発揮してから突撃するのも危険過ぎる。
出来ることなら、”つのドリル”を発揮しながら”こうそくいどう”で一気に距離を詰めるのが理想だが、それが出来れば苦労はしない。
今までも「”こうそくいどう”で距離を詰めてから攻撃」と言った似た様なことをしてきたが、それは片方の技を発揮した後に別の技を使うといった段階を踏んだり、使用するのに負担があまり掛からない技が中心だった。
それに二種類の技を同時に使う事が出来たとしても、制御や集中の関係で威力などは単体で使うよりも抑えめだ。
中でも”つのドリル”は、一撃必殺を実現出来るだけの威力を持つ”はかいこうせん”と同じくらいの大技だ。一度でも使えば相応のエネルギーと集中力が求められる。しかも全力でなければ破壊力は損なわれてしまう。
そんな効果を引き出すのに一苦労な大技を保ちながら、実戦のぶっつけ本番で別の技を使うなど無茶苦茶だ。
下手をすれば、片方の技の制御に集中し過ぎて、もう片方の技の集中が疎かになって暴発や力を失ってしまう恐れがある。
だけど、このままダラダラ戦って負けへの道を少しずつ歩むくらいなら、”つのドリル”を維持したまま”こうそくいどう”で距離を詰めて貫くという無茶を実行した方がマシという考えにアキラは傾きつつあった。
キングドラの”たつまき”が収まったタイミングで、カイリューもキングドラを引き寄せようと”ものまね”で使えるようになった”たつまき”を起こす。
純粋な規模では本家を上回る程ではあったが、放たれた”はかいこうせん”が竜巻を貫いて中にいたカイリューを直撃し、ドラゴンポケモンの体は竜巻の中から追い出されてしまう。
「リュット! 一旦着地して……」
攻撃が落ち着くタイミングを伝えた直後、苛立ちを開放する様にイブキが手に持った鞭を叩き付ける。その鋭い音を合図にキングドラはから”りゅうのいぶき”を放ってきた。
既に着地する態勢だったカイリューは、放たれた息吹をまともに受けてしまう。
高い威力の”はかいこうせん”に続いて受けた攻撃は相性最悪だが、仰け反るだけでドラゴンポケモンは耐え切る。
キングドラの連続攻撃で疲労だけでなくダメージも蓄積していくのを感じていたが、絶対に負けたくないカイリューは相手を威嚇するのと自らを鼓舞する様に再び吠える。
しかし、もう一度攻勢を仕掛けようとした時、カイリューはある異変に気付いた。
体が痺れて思う様に動けないのだ。
カイリューは理解出来なかったが、ドラゴンポケモンの異変と理由にアキラはすぐに気付く。
”りゅうのいぶき”を受けてしまったことによる”まひ”状態だ。一度でも状態異常になってしまうと一部を除いて時間経過で治るものではない。
まさかこのタイミングで状態異常になってしまうのは予想外だ。
「今だ!仕留めろ!」
痺れによる違和感などで動きが鈍っているカイリューを見て、イブキは声を張り上げる。
彼女の指示を受けて、キングドラは最悪のタイミングで「ビーム」の名称通りの洗練された”れいとうビーム”を放ってくる。
「”つのドリル”で防御だ!」
咄嗟にカイリューは、体が痺れるにも関わらず額にある小さな突起みたいなツノに黄緑っぽい色のエネルギーを螺旋回転を始める形で収束させる。
お陰で”れいとうビーム”を掻き消す形で防げたが、片膝を付いたあまり安定しない姿勢なのと麻痺で思う様に動けないからなのか、キングドラは継続して放ち続けて来る。
当然防御の為にカイリューは”つのドリル”を維持する。しかし、”れいとうビーム”の余波で礫になったり、冷やされた”あまごい”で降って来る雨水が体に打ち付けて来る為、ドラゴンポケモンの体は冷えるだけでなく少しずつ体力を奪われつつあった。
「リュット…」
乱反射するエネルギーの光で視界が眩むだけでなく、冷たい雨水にアキラもまた体を冷やしつつあった。
守りに専念しているこの状況では、トレーナーである自分に出来ることなど限られている。
どうすればこの劣勢を覆せるか。考えていく内に彼はある決意を固めた。
あらゆる空気の流れと音、敵味方両者の動き、そして今のカイリューが抱いているであろう気持ち、自分が彼の立場だったら何を考えているのか。
雨水で冷えていく体の震えと焦りなどの感情を可能な限り抑えて、それら全てにアキラは意識を集中させていった。
今彼がやっていることは、シジマの元で教わったことだ。
ポケモンバトルはその名の通り、戦うのはポケモンだけで、トレーナーは命ずる以外の行動は今行っている公式ルール下では許されていない。
だからこそ、トレーナーもまた自らを鍛えることで戦うポケモンの気持ちを理解し、感覚を研ぎ澄ませていく。
そうすることで、初めてポケモンと心を通わせ合うことが出来る。
何も知らない人が聞いたら耳を疑う様な考えだが、限り無く近い、或いはそれ以上の事を経験したことがあるアキラは真剣に実践していた。
今までは突発的な形で経験したことがあるとはいえ、まだその段階では無いと判断されているのか質問に答える程度の指導のみで、実践的なのは自主練習でしかやって来なかった。
その自主練習でもやり方が良く分かっていないこともあるのか、上手く出来た試しは無いが、今の窮地を脱するのに他に良い方法は思い付かなかった。
やれるやれないではない。やるしか無いのだ。
そうしていく内に自然とアキラの体は、必死になって”つのドリル”を維持することで”れいとうビーム”を弾き続けているカイリューと同じ片膝を付いた姿勢になる。
傍から見ると奇行ではあったが、アキラは気にしない。寧ろ絶体絶命の危機であるが故に気にしている余裕は無かった。
その時だった。
耳から聞こえるエネルギーとエネルギーが激しくぶつかり合う音でも、フィールドに打ち付けて来る雨水の音でもない、声の様なものが少しずつだが頭の中に伝わってくるのをアキラは感じた。
それは幻聴や気の所為と済ませても良いくらい曖昧なものだったが、徐々にハッキリと自分の今の心境に近いが微妙に異なる別の考えや声が伝わって来た。
「そうだよな。負けたくないよな」
傍から見ると独り言だが、まるで返事を返す様にアキラは呟く。
頭の中に伝わっている彼自身ではない思考と声、それは今目の前で戦っているカイリューのだ。
何故頭の中に伝わって来る考えと声がカイリューであるのかを断定出来るのかと言うと、過去に一心同体の感覚を経験した時に感じた思考と声が殆ど同じだからだ。
だが今回は何時もとは異なり、互いの視界や感覚までは共有していない不完全と見ても良い状態ではあったが、それでも彼は頬を緩ませていた。
相変わらず明確な条件やどんなに良くても一瞬だけしかわからなかったが、今では彼の声や考えが常に聞こえるのだ。これは大きな進歩だ。
「最初はふざけるなって思ったけど、
少しも感謝していない声色でぼやくと、アキラは歯を食い縛りながらも笑みを浮かべて力強く足を前へ出す。
すると、押されていたカイリューも彼とよく似た顔付きで一歩前へ踏み出す。
「怯むな押せ!!!」
イブキとキングドラは彼らの変化に気付くが、一体何が起こっているのかさっぱり理解出来なかった。
だが、それでも言葉では言い表せない不気味な威圧感に自然と圧倒されつつあった。
得体の知れない恐怖を振り払うかの様にキングドラがこれ以上無く”れいとうビーム”のパワーを上げた直後だった。
カイリューとアキラ、お互いに体の底から力を引き出すかの様に大声を上げたのだ。
そして、それに呼応するかの様に”つのドリル”の回転速度と纏っているエネルギー量は更に高まり、カイリューが小さな翼を広げて自身の体を宙に浮かせた瞬間だった。
カイリューはツノだけでなく、まるで”たつまき”を起こすのと同じ様に自らの体そのものを回転させて巨大なドリルそのものとなったのだ。
それは数カ月前、カイリューが進化した直後に放った”破壊的な竜巻”を彷彿させるものだった。
あの時と比べると黄緑色の輝きを放っていないだけでなく規模も劣っていたが、それでも先程までの”つのドリル”を凌ぐ規模と荒々しい威圧感は十分過ぎた。
強大なパワーを発揮したカイリューは、そのまま螺旋回転をする先端をキングドラに向けて一直線に突撃していく。
尋常では無い姿にキングドラは死に物狂いで”れいとうビーム”のパワーを上げて抵抗するが、冷気の光線は巨大なドリルの前では弾かれる一方で全くビクともしなかった。
それでもキングドラは抗い続けたが、あっという間に距離を詰められて最後は竜巻の様な荒々しい巨大ドリルと化したカイリューの突進を受けて吹き飛ばされた。
「なっ…」
カイリュー渾身の一撃を受けて宙を舞うキングドラの姿にイブキは言葉を失う。
アキラは勝利を確信したが、直後に急に頭を片手で強く抑え付けた。
何の前触れも無く激しい頭痛が彼を襲ったのだ。あまりの痛みに彼は汗を滲ませて頭を抑えながら思わず体を伏せてしまう。
すると突進を決めてからは雨雲を散らしながら弧を描く様にジム内を飛んでいたカイリューの回転速度は急速に落ちて行き、最後は叩き付けられる様にフィールドの上に転がり落ちた。
雨が止んだことで、一転してジム内を静寂が包むが、二匹は倒れ込んだまま動かなかった。
傍から見ると相打ちの様な結果。だがすぐにそれは変わった。
キングドラは起き上がる様子は全く見られなかったが、体を震わせながらゆっくりと蹲っていたカイリューが立ち上がったのだ。
横たわったまま動かないキングドラと辛うじて立ち上がったカイリュー。
どちらも正常な状態とは言えないが、結果を下すには十分だった。
審判は恐る恐る判定を下す。この勝負はカイリューの勝ち、即ちイブキが負けたことをだ。
「そ…そんな……バカな」
イブキだけでなく、観戦していたこのジムで修業を積み重ねているトレーナー達の間でも動揺が広がる。
ジム挑戦者向けに加減した訳でも無い正真正銘の本気を出したにも関わらず、対戦相手に三匹の余力を残されてイブキが負けた。
ここ最近イブキを打ち負かすトレーナーは殆どいなかった。それどころかドラゴンタイプとの対決は、唯一の例外を除けば負け無しだ。
連戦ではあったが、”ねむる”のお陰でキングドラは常に最高のコンディションを維持していた。
その為、今のカイリューとの戦いはドラゴン同士の一騎打ちと言っても良かったが、その最も得意とするドラゴン対決でも負けたのだ。
「こんな…こんな…」
「フガフガ」
目の前で起きたことが理解出来なくて呆然としているイブキ。今の彼女に声を掛けることなど、躊躇われるどころか出来る者はいない。
誰もがそう思っていた時、彼女の後ろに何時の間にか一頭身程の背丈の杖を突いた老人が付き人らしきスーツの男性を伴って現れた。
「おじい……じゃなかった。長!」
「”イブキ、お主は一体何をやっておるのじゃ”とおっしゃっています」
まさかの人物が現れたことにイブキは驚いていたが、ようやく頭痛が収まって周りに意識を配れる様になったアキラだけは別の疑問を抱いていた。
あの老人は何時ここにやって来たのかだ。
今思えば付き人らしい人の存在には何となく気付いていたが、近くにあの老人がいるということには全く気付いていなかった。
背が極端に小さいから見落としていたにしては説得力が無い。本当に気付いたらそこにいたとしか言いようが無かった。
耳を澄ませてみると何やらイブキへのお説教らしいのが付き人の通訳を介しているのが聞こえるが、それよりもアキラはカイリューの状態が気になっていた。
立ち上がってからは大丈夫な様に見せ掛けていたが、緊張の糸が切れたのか危うく倒れ掛かったのだ。
「大丈夫かリュット?」
頭痛を感じてからは不完全な一心同体に近い感覚は途切れてしまったが、今は戦っていたカイリューを労うのが優先だ。
少々苦しそうなカイリューが少しでも楽が出来る様に、精一杯背伸びをして体を擦ってあげるなどをしてあげる。
慣れない大技を使った反動と見れなくも無いが、記憶では今さっき発揮したのよりも数段威力も規模も上なのを発揮して、四天王の手持ちを一掃。続けてワタルのカイリューと戦ったのだが、反動が出る時と出ない時でもあるのだろうか。
そんなことを考えながらカイリューの気分を落ち着かせようとしていたら、付き人を伴ったイブキの祖父がアキラ達に近付いて来た。
「フガフガフガ」
「”かなり負担を掛けてしまったのだから、これを食べさせると良い”とおっしゃっています」
イブキの祖父が手に乗せて差し出したそれは薬丸みたいなものだったが、相手がイブキとワタルの祖父なのもあってアキラとカイリューは互いに
よく観察しようとアキラは戸惑いながら手に取ろうとするが、その前に匂いを嗅いでいたカイリューが舌を伸ばしてペロリと口に含んだ。
「あっ、こら。行儀が悪いぞ」
アキラはカイリューに小言を言うが、渡したイブキの祖父は気にしていなかった。
しばらく咀嚼するとドラゴンポケモンは一瞬「不味い」ものを食べた様な表情を浮かべたが、飲み込むと同時にホッとする。
「フガフガフガ。フガフガガ」
「”さっき君のカイリューがやったことは、出来たとしてもそう頻繁にやる様なものでは無い。気を付けた方が良い”とおっしゃっています」
「……さっきカイリューが発揮した力が何なのか知っているのですか?」
「フガフガフガフ」
「”あれは人間で言う火事場の馬鹿力に近いもの、仮に大きな力を実現したとしてもポケモンの体を壊す可能性が高いなど負の要素も多い”とおっしゃっています」
イブキの祖父の話にアキラは納得する。
確かに今回だけでなく今までの例を考えると、詳しい理屈はわからなくても稀にカイリューが引き出す常軌を逸した破壊力を持つ技の負担が大きいことは間違いないだろう。
もっと詳しく聞きたいが、その前に長は呼吸が落ち着いてきたカイリューに顔を向ける。
「フガフガフガ」
「”君のカイリューは良く育てられている。ワタルも凄かったが、君達も負けず劣らず良い”とおっしゃっています」
この言葉にカイリューは息を荒くして怒りを露わにし、思わずアキラも
これには通訳をしている付き人はビックリをするが、長は微動だにしなかった。
彼らの反応を見て、すぐに我に返ったアキラは自分が何をやっているのか気付いて止めるが、カイリューだけは威嚇する様な唸り声を漏らしながら、体を屈めて同じ目線から長を睨み付ける。
しかし、長は相変わらず反応らしい反応を見せなかったからか、しばらくすると屈めていた体を持ち上げてそっぽを向く。
「…フガフガ」
「”気を悪くさせてすまない。どうやら彼とは一悶着あったようじゃな”とおっしゃっています」
「ちょっと彼とは喧嘩みたいなことをしまして…」
実際は喧嘩どころか、一地方を巻き込んだ壮大な戦争の様なものではあったが、全部話すのは面倒なので端的に話す。
アキラもワタルには良い感情を抱いていないが、カイリューにとってワタルはロケット団と同じ位置付けの扱いだ。あのクソマント野郎と毒を吐きたくなったが、何故そんなことが頭に浮かんだのか自分のことなのにアキラは少し不思議に感じた。
そんなことを考えていたら、付き人からイブキが取り上げていたアキラのノートが渡された。
「フガフガ」
「”孫が悪いことをした”とおっしゃっています」
「………」
アキラはノートを受け取るが、内心では少しだけ困惑していた。
今まで会ったワタルやイブキなどのドラゴン使いは、どちらもプライドが高かったり傲慢であったが、この長はそういう雰囲気は感じられなかった。寧ろ存在感が不自然なまでに無いのだ。
付き人が通訳していることもあるのか、言葉からも感情が感じられない。加えて姿を見せるまで気配が感じられなかったこともあって底が知れない。
「フガフガフガ」
「”カイリューを強くするヒント、技を求めてこの町に来たのか?”とおっしゃっています」
「……何で知っているのですか?」
さっきの説教の時にイブキが教えた訳でも無いのに何故知っているのか。
今ノートを渡されたが中身を覗かれた素振りも無かった筈だ。
「フガフガ」
「”カイリューの様子を見ればわかる”とおっしゃっています」
ドラゴン使いの長だけあって、得られた情報からの推理力とドラゴンタイプのポケモンの考えを読み取るのもお手の物らしい。
簡単に言っているが、言葉が通じないだけでなく手持ちでは無いポケモンの気持ちを適切に読み取れているのを見ると相当な経験を積んでいるのだろう。
能ある鷹は爪を隠す、というものだろうか。
「フガフガフガフガフガフフ」
「”君達の実力は素晴らしい。だけど残念ではあるが、まだまだドラゴン使い以外のトレーナー達の技量は十分では無い。イブキどころか、彼女の父にすら全てを教えていないのだ。明かすには時期尚早”とおっしゃっています」
「そうですか」
やはり本で見掛けなかったドラゴン技は、部外者にはそう簡単に明かす訳にはいかないということだろう。
技自体は存在しているが、一族と関係者の秘技扱いなのは、単純に明かしたくない以外にも悪用する者に流出する可能性を防ぐ意図もあるとみられる。
と言っても、ワタルはその一つと思われる”げきりん”を使っていたのは気になる。
「ワタルは”げきりん”という…桁違いに強い技を使ってきました。長が教えた訳では無いのですか?」
何気無くだが、そのことを尋ねた途端だった。
アキラとカイリューは無意識に体に力を入れるだけでなく、咄嗟に何時でも退ける様に片足を一歩後ろに下げていた。
理由は明白だ。目元を覆う様に広がっている毛の隙間から、長が鋭い視線を向けたからだ。
一瞬だけだったが、それはかつて一度だけ対峙したサカキを彷彿させるものだった。
二頭身で付き人の通訳を介さないとまともに喋ることが出来ない杖を突いた老人では無いと思っていたが、一体どれ程の実力の持ち主なのか。
ヤナギと言い、ジョウト地方のトレーナーは老人が強いのか。恐ろしくもそんな考えが頭に浮かぶくらいアキラは気になった。
「フガ…フガフガフガフガ」
「”恐らく…自力で至ったと考えられる。彼はドラゴン使いの血を引く者の中では間違いなく天才だった”とおっしゃっています」
「自力か……」
仮にワタルがある程度教わったとしても、最後は自分で仕上げたのだろう。アキラもコツくらいは聞きたいが、この様子では無理だろう。
かなり和らいでいるが、”げきりん”のことを聞いてから長の目がこちらの細かな変化を見逃そうとしないのだ。
助言や質問に答えて貰えるなど友好的ではあるが、肝心の部分は部外者に教えるつもりが無いのがハッキリとしていた。
だけど、アキラも折角のチャンスなので臆したくなかった。
「――実はリュット…俺が連れているカイリューは、イブキが使ってきた”げきりん”によく似た力を引き出したことがあります」
アキラがその事を教えると、目付きはわからなくても長の雰囲気が変わったことを感じ取る。
「自分みたいなドラゴン使いでは無いトレーナーが扱うには危険な技であるという理由もわかります。ですが、何かの拍子で自覚せずに引き出す時があるので、自分とカイリューはその力を上手く制御する方法を学びたいです」
まだ片手で足りるくらいしか目の当たりにしていないが、”げきりん”の力は強大だ。
あれだけのパワーを実現するのと反動で”こんらん”状態になることを考慮すれば、危険と言っても良い技だ。
危険な力を制御する。その名目なら、学ぶことが出来るかもしれない。
「フガフガ」
「”君のカイリューは、素質と力は十分ではあるが、本当の意味で
長の鋭い指摘にアキラは反応に困った。
確かに引き出せたのは、偶然の要素が大きい。そもそも長の言う通り、未だに全然自由に力を引き出せていない。
「フガフガ、フガフガフガフガ」
「”本当の意味で引き出して危険を感じたのなら教える必要はある。しかし、存在を知り、それを覚えることが目的であるなら希望に沿う事は出来ない”とおっしゃっています」
完全に狙いを見抜かれていて、アキラは大人しく降参する。
教わることが出来るとしたら”げきりん”を覚えたことで制御に困ったり、身の危険を感じた時だけということだろう。危険な状態であれば教えて貰えるが、そうでは無いならお引き取り願うのだろう。
何とか知っている様に取り繕ったつもりだが、やはりこちらの思惑は完全に見抜かれていると見て良い。
「フガフガ」
「”何をするにしても、先程の試みと同じでドラゴンポケモンは技も含めて扱いにはくれぐれも気を付ける様に”とおっしゃっています」
「勿論です」
一流のドラゴン使いから見ても、カイリューは強いだけでなくかなり習得まで良い線を行っていることがわかったのだ。
色々あったが、これだけでもこの町にやって来た甲斐があったものだ。
それからアキラは、この町で”げきりん”について教わることは諦めたが、代わりにドラゴンポケモン使いの一族の長に答えてくれる限りの気になることについて尋ねるのだった。
アキラ、苦戦の末に何とかイブキに勝利する。
カイリューの”げきりん”の習得はお預けですが、恐らく別の方法で覚えることになると思います。
端的ながらも、徐々に切り札に成り得る力と技術を物にする切っ掛けを掴みつつあるアキラとカイリュー、他の手持ちも着々と力を付け始めているので、彼らはどこまで強くなるのか。