SPECIALな冒険記   作:冴龍

82 / 147
忘れていた心得

「次の攻撃は四秒後に来るから、頭を右に動かして避けるんだ!」

 

 泥の塊を手にしたミルタンクの姿に”へんしん”したドーブルの腕の動きを細かく観察しながら、アキラは目を通じて得られた情報を可能な限り簡略化しながらバルキーに伝えていく。

 

 今のところバルキーは、自分が伝える内容に戸惑っている様子が見られないが、何時困惑して動きが鈍ってしまうかわからない。

 自らが抱えている問題が切羽詰まった状況に直面しなければ、本当の意味で改善することが無いとシジマが考えていることはアキラはわかっている。だけど、ここでドーブルを逃すのも惜しい為、彼はこのバトルを通じて自身の問題を改善するよりもバルキーが理解出来ている間の短期決戦を望んでいた。

 

 ”へんしん”の影響なのか、目に見える今のドーブルの動き一つ一つに違和感を感じるが、それでも十分見通すことは出来ていた。

 次に投げ付けられた泥の塊を躱し、バルキーは一気に距離を詰めるべく加速する。

 ドーブルはミルタンクの姿を保ったまま次の攻撃準備に急いで取り掛かり始めたが、既にけんかポケモンは自身の攻撃が届く範囲内にまで迫った。

 

「バルキー、”いわくだき”――!? 中止だ! 足蹴りが来るぞ!」

 

 攻撃指示を伝えている途中でドーブルの動きが唐突に大きく変わったことに気付き、慌ててアキラは内容を変更してしまう。しかし、”いわくだき”を耳にした時点でバルキーは攻撃に力を入れていた為、ほぼ数秒で指示内容を変更されて思わず足にブレーキを掛けてしまう。

 その直後、ミルタンクの姿をしたドーブルは足元に広がっていた泥を蹴る様に飛ばして、それらをバルキーは正面から受けてしまった。

 

「下がるんだ! 追い打ちが来るぞ!」

 

 急いでアキラは下がることを伝えるが、バルキーは顔にまで浴びた泥を拭っている真っ最中で反応が遅れる。この隙を突く形で、ドーブルはミルタンクとしての体格を活かした”たいあたり”でぶつかり、バルキーをアキラのすぐ近くまで吹き飛ばす。

 

「バルキー大丈夫か!?」

 

 急いでアキラはすぐ傍まで転がされたバルキーに体を屈めて呼び掛ける。

 幸いバルキーは体を痛そうにしながらも、目元に浴びた泥を拭いながら起き上がる。

 どうやら大丈夫そうだが、明らかに怒っている様な眼差しを向けられて、アキラはやはり今の自分の指示が手持ちを戸惑わせていることを察する。

 

 改めて彼は、今の自分が如何に彼らを振り回しているかを痛感する。こんなにもやたらと指定が多い指示でも勝利に繋がった事はあるが、それもカイリュー達が実行出来るだけの能力があったからで、結局彼らの力任せなのには変わりない。

 他にも相手の突然の動きへの対処も含めた指示が細かいだけでなく、イメージの共有も上手く行っていない。

 

 どんなに完成度が高い作戦でも、実行する側が理解することが出来なければ何も意味が無い。

 

 わかっている筈なのに、何回も同じミスを繰り返してしまうのがあまりにも不甲斐無かった。だけど悩んだり後悔している暇は無い。

 こうしている間にもドーブルは迎撃準備の為に泥の塊を急ピッチで用意しているからだ。

 

「何か焦っているな」

 

 どうもドーブルは戦い始めた時と比べると、明らかに早く決着を付けたがっている。

 目立ったダメージはそれ程与えていないのだが、息が荒いところを見るとこちらが考えている以上に体力が無いか、”へんしん”状態で戦うのは負担になっている可能性が有る。相手の焦りはチャンスではあるが、今焦っているのはどちらかというと自分達の方だ。

 

 今までこの動体視力を発揮して上手く行っていたことがあるのは、短期決戦なのや相手の動きが体感的に緩慢に感じられるおかげで考える時間に余裕があった時だけだ。

 どうすればトレーナー側が理解した情報を活かして、カイリューと共に戦った時の様に彼らを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが出来るのか。

 

「………理想通り?」

 

 その考えが脳裏に過ぎった時、アキラは自分が考えていることに疑問を抱いた。

 確かに目から得られる情報はとても有益だ。

 それこそ全てを戦いに活かすことが出来れば、カイリューと互いに思考も含めたあらゆる感覚を共有し合っていた時の様に相手を圧倒出来る程にだ。

 

 もう一度その時の体験を実現させるべく、今までアキラは可能な限り効率的に相手の隙や弱点を突いていこうとしてきた。だけど良く考えてみれば、実際に戦っているポケモン達はそこまで詳しい指示や助言を欲しているのか。

 

『いやいや待て待て、そこまで長くて具体的に伝えられたら、幾らお前のポケモン達が頭良くても戦うので精一杯なポケモンは対応出来ないぞ』

 

 数カ月前レッドに今の悩みを明かした時、彼はこう答えていた。

 あの時アキラは何となく相槌を取っていたが、既にレッドはわかっていたのだ。

 自分が抱えている問題の原因、ポケモントレーナーとして更に上を目指すのなら忘れてはならない重要な要素が欠けていたことに。

 

「先生は『完璧を要求し過ぎだ』って言っていたけど、俺の独りよがり…自己満足になっていたって訳か」

 

 ようやくアキラは、自分が何回も同じミスをしてしまう根本的な原因が何なのか気付く。

 頭の中に浮かんだ情報を上手く纏めて伝える技術が足りないこともあるが、それよりももっと大きな問題――

 

 戦うポケモン達の気持ち――彼らが何を求め、何を感じているかを考えていないだけだった。

 

 頭の中に浮かべている勝利へ至る流れも、考えているアキラにとって理想的なだけであって、戦っているポケモン達にとって理想的で完璧な流れとは限らない。

 にも関わらず自分は、如何に目を通じて得られた情報を可能な限り圧縮して短く伝えることに拘り、配慮していると思い込みながら彼らに無茶苦茶なことを要求し続けていたのだ。

 

 それに元々彼らは、大雑把な指示であっても自分なりに出来るやり方で解釈して実行するのだ。そこまで細かく伝える必要性どころか、こちらの指示通りに全てを動かそうと考える事自体、彼らが一番嫌っていることであると同時に彼らの力を信用していないとも言える。

 

 以前の「導く」は、手持ちなりの戦い方を考慮しつつ状況に応じた形で伝えていた。

 けど、今の自分は「導く」名目で戦っている彼らの意思を考えず、思い通りに動かそうとしているだけだ。

 

 日常生活どころか、ポケモンバトルでも大きな武器となり得る力を使える様になったことで下手に拘り過ぎていたこともあるが、ある種の成功体験に固執していた。

 そしてその成功体験も突き詰めれば、考える余裕があったこともあるが目の前の戦いに勝つことに必死になって、とにかく直感的に動いたりしていたこともある。

 

 ようやく原因の根本を理解出来たアキラは、憑き物が落ちた様に納得するが、バルキーとドーブルの戦いはまだ終わっていない。

 今までの失敗の原因を一言に纏めれば、「自分の一方的な思い込み」に尽きる。

 無意識の内に完璧を意識していたが、そんなことは不要だ。

 考えなしに単純なことはしないが、今の自分達で十分に実現出来る動きをするだけだ。

 

「突撃だバルキー!」

 

 アキラの毅然とした掛け声を受け、バルキーは一直線にドーブル目掛けて駆け出した。

 当然ミルタンクに”へんしん”したドーブルは、すかさず準備した泥の塊を投げ付けようとするが、アキラはその動きを見抜いて先手を打つ。

 今度は戦っているバルキーが、このタイミングで何を求めているか、そして自分はどう伝えるかを意識してだ。

 

「泥がまた真っ直ぐ来るぞ!」

 

 さっきまでの複雑なのからある程度単純な内容になったが、自ら判断出来ることによる()()()が上がったことはバルキーにとって有り難かった。伝えられた通り()()()()飛んで来た泥の塊をバルキーは避けると、ミルタンクとの距離を詰める。ここまで接近すれば、後は必殺の一撃を叩き込むだけではあるが、アキラはドーブルの動きから更なる一手を命じた。

 

「”みきり”!」

 

 さっきまでは攻撃を避けて接近する為に活用していたが、今回はアキラ自身の目の様に相手の動きを見抜く意図で命じる。彼の予想は当たり、ミルタンクに”へんしん”していたドーブルは守りの力を持つ光り輝く光に包まれる。

 だが”みきり”を使う形で技を使う事を察知していたバルキーは、攻撃を仕掛けるのではなく頭上を高々と跳び越えて背後に回る。

 その頃には”へんしん”しているドーブルを守る様に包み込んでいた光は、その効力を特に発揮しないまま消えていた。

 

 千載一遇のチャンスだ。

 

「いっけぇぇぇ!!!」

 

 雄叫びを挙げながらアキラが拳を突き出すのと連動する形で、バルキー渾身の”いわくだき”がミルタンクの姿をしたドーブルに炸裂する。その威力にミルタンクの姿が歪み始めるが、バルキーはこのチャンスを逃さず”いわくだき”の拳を容赦なく叩き込んでいく。

 

 ”いわくだき”はノーマルタイプには相性の良いかくとうタイプの技だが、ダメージを与える度に相手の物理攻撃への耐性を弱らせていく効果も有する。瞬く間に間接的に威力を増していく攻撃に耐え切れず、ドーブルは”へんしん”が解けると同時に吹き飛ぶ。

 

「今度こそ…モンスターボール!!」

 

 急いで地面に置いたロケットランチャーを流れる様に回収して構え、アキラは宙を待っているドーブルに狙いを定めてモンスターボールを発射する。

 目で追うのが困難なスピードで放たれたボールは、ドーブルの体に当たると一瞬反発した後、えかきポケモンの体を吸い込む。

 草むらに落ちたモンスターボールは暴れる様に左右に揺れるが、やがてその揺れは収まった。

 

「よし! やったぞ!!!」

 

 無事にドーブルをボールに収めることが出来て、アキラは拳を握り締めて達成感を味わう。

 今までは何となくその場の流れで加わって来た手持ちが多かったが、今回のドーブルの様に明確に「手持ちに加えたい」と考えて捕獲したのは恐らくサンド以来だろう。

 それにポケモンの捕獲自体、久し振りの事だ。

 

 バルキーが息を整えている間に、彼はドーブルを収めたモンスターボールを手に取って様子を窺う。中に入っているドーブルは、疲労した様子を見せながらもボール越しからアキラに鋭い目を向けていた。

 まるで自分を見定めている様な眼差しに彼は興奮を抑え込み、隣に並んだカイリューに目線で伝えると意を決して開閉スイッチを押した。

 

 その直後、モンスターボールからドーブルが背を向ける形で飛び出すが、振り返るや否やアキラを睨み付ける。

 

 余裕のあるカイリューは自然体だったが、アキラとバルキーは万が一に備えて、目の前のえかきポケモンの挙動一つ一つに気を配る。

 そんな重苦しい空気が漂い始めたが、ドーブルは睨むことを止めると傍から見ると忠誠を誓う様に跪いて首を垂れた。

 約束通り、素直に負けを認めてトレーナーであるアキラに付いて行くことを受け入れたのを示しているのだろうが、彼は拒否する様に手を振った。

 

「いやいや、別にそんな大袈裟に忠誠とかを誓わなくて良いよ。それに今回は俺が勝ったからこうしてモンスターボールに収めたけど、もしまだ俺に付いて行くのが嫌なら断っても構わない」

 

 あれだけ苦労したのに、自らの選択次第では諦めることを厭わないアキラの言葉にドーブルは目を見開く。普通ならトレーナー側の判断で逃がすか決めるが、彼の場合は自分の方に問題があったらポケモンの方から離れても良いのだと言う。

 にわかに信じ難かったが、彼の隣に立っているドラゴンポケモンも同意する様に頷いている。

 

 口ではアキラは余裕がある様に振る舞っているが、勿論捕獲出来たから余裕がある訳では無い。逆にドーブルが見せた忠誠を誓う様な振る舞いを目にして動揺している方だ。

 

 それに幾ら約束や力を示した上で捕獲したとはいえ、自分に付いて行く意思が無いにも関わらず強引に連れて行くことは、手持ちへの影響などを考えるとなるべく避けたいのだ。

 難しい顔でドーブルは悩むが、唐突に体を翻して戦いを見守っていたケンタロスとミルタンクの群れに歩み出した。

 

 ひょっとしてやっぱり付いて行くのが嫌なのかとアキラは思ったが、カイリューとバルキーは冷静だった。途中でドーブルはミルタンクに”へんしん”すると、群れのリーダーと思われるケンタロスに丁寧に頭を下げる。

 それはアキラに忠誠を誓う様に跪いた時と同じかそれ以上に真剣な雰囲気は、まるで今までお世話になった感謝をしている様に彼の目には見えた。

 

「あいつも生きる為に彼らと協力し合っていたのかな」

 

 異なる種のポケモン同士が協力し合うのは、目の前のケンタロスやミルタンク、そしてシロガネ山に棲んでいるバンギラスとダグトリオ達を見れば容易に想像出来る。

 だけど、二種類だけでなく、それ以上に複数の異なる種が協力し合っているというイメージが欠けていた。恐らくドーブルも何かしらの理由があって、同じ姿になるなどの工夫をしてあの群れと行動を共にしていたのだろう。

 

 ところが、ドーブルが丁寧に頭を下げたにも関わらず、群れに属している面々の反応は乏しく静かだった。それでもドーブルは気にせず、”へんしん”していたミルタンクから元の姿に戻ると彼らに背を向けて、アキラがいる方に歩き出した。

 このまま特に反応が無いまま群れから去ってしまうのかとアキラは思ったが、その懸念は杞憂だった。

 

 丁度アキラと群れの中間に達したタイミングで、リーダー格であるケンタロスが突如雄叫びを上げたのだ。それに続く様に他の面々も、群れから離れていくえかきポケモンを激励するかの様に雄叫びを上げ始めるとドーブルは足を止めた

 

 手に持った尾を手放して振り返ったドーブルは、ミルタンクの姿では無く本来の姿で改めて群れに大きく頭を下げるのだった。

 そして群れからの見送りの雄叫びを背にドーブルはアキラの元に戻るが、その目は肝が据わったかの様にしっかりとしていた。

 

「――これからよろしくな。ドーブル」

 

 真の意味で付いて行くことを了承したであろうドーブルに、アキラは表情を緩ませて歓迎の言葉を伝える。ドーブルの方も雰囲気を緩ませて彼に軽く会釈すると、彼はお目付け役のオコリザル以外の他の手持ちを全員出す。

 皆ドーブルが入ってきたことをアキラ同様に歓迎しており、ドーブルも戸惑いながらも彼らの輪に加わる。

 

「よし。ここから再スタートだ」

 

 まだ十分とは言えないが、ある程度鋭敏化した目の感覚の扱い方がわかった気がする。

 有用且つ強大な力を手に入れたからと言って、その力の全てを最初から使いこなそうとしていたこと自体が間違いだった。完全につかいこなすとしたら、以前経験したカイリューとのあの一心同体とも言える感覚が必須だ。

 

 そのことはわかっていたつもりだったが、あの時の様に動けるのでは無いかと心のどこかで期待していた所為で、戦っているポケモン達が何を求めているのかも見失っていた。

 

 理想を高く持つことは悪くは無いが、見合っていないにも関わらず無理をすると余計に遠のく。

 使いこなすとしても、今は自分と手持ちが十分に活用できる範囲内から少しずつ段階を踏んでいくべきだろう。

 師であるシジマが課した今回の課題は、見事自分の問題を解決する切っ掛けを与えてくれた。

 

 少しずつ改善していこう、とアキラは決意を新たにするが、皆がドーブルを歓迎している中でサンドパンが尋ねる様に彼の注意を引いて来た。

 

「どうしたサンット?」

 

 求めに応じてアキラはねずみポケモンが示した先に顔を向けるが、目に入った光景に少しだけ困惑した。

 ドーブルと交流している他の手持ちとは一歩離れているバルキーが、何故かブーバーに睨む様な眼差しを向けていたのだ。そしてブーバーの方はガンを飛ばされているにも関わらず、不機嫌になるどころか頭でも打ったのかと言いたくなる程までに思慮深い目をバルキーに対して向けていた。

 また一波乱が有りそうな予感がして、思わずアキラは天を仰ぐのだった。




アキラ、今の悩みの根本的原因を理解すると同時にドーブルを新しく手持ちに迎え入れる。

アキラの手持ちにドーブルが正式に加わることが、これで決まりました。
加わったと言ってもそれで終わりでは無く、幾つか考えならないことがありますけど、それはまた後の話で書きます。
今回まで鋭敏化した目の力を発揮するどころか振り回されていたのは、技量不足や必要な要素が微妙に足りないだけでなく作中内で書いた様に過去の成功体験を意識し過ぎたことが何より大きな要因です。
ですが、原因に気付いたおかげでようやく彼のスランプも解消されていくと思っています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。