SPECIALな冒険記   作:冴龍

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諦めない先

「つ、強い…」

 

 アキラとレッドが揃ってどうでも良い事をやっていた頃、頂上付近で戦っていたイエローの方は状況が変わりつつあった。

 

 キャタピーに折れてしまった右腕を”いとをはく”でギプスして貰いながら、イエローは突如この場に現れたスーツの男に目を瞠る。

 弱っていたとはいえ、ワタルのカイリューを一撃で戦闘不能寸前に追い込む実力。

 只者では無いのは明らかだ。

 しかし、助けて貰ったと言うにピカだけは男の姿を目にした途端、今にも飛び掛かりそうなくらい気を荒くしていた。

 

「ピカ! 急にどうしたの? 落ち着いて」

 

 一体何で荒くなっているのか知らないが、イエローはピカチュウを宥めようとする。その間に男は、カイリューに大ダメージを与えたスピアーと傍にいたサイドンを引き連れて、息を荒くしているワタルとカイリューに近付く。

 

「随分と歯応えが無いな。それでカントートップ集団を名乗るとは笑わせてくれる」

 

 小馬鹿にしているが、言葉の一つ一つが芯まで冷える様な錯覚を覚える冷たさだった。仮に味方だとしても、こんなに恐ろしい人物だとイエローは全く予想していなかったが、同時にこの男が何者なのかも気になった。

 

「ふん……最初から挑む自信が無かっただけじゃないのか。トキワジムジムリーダー、サカキ」

 

 余裕がまだ残っている様に振る舞いながら、ワタルは呟く。

 彼が口にしたその名前について、イエローは聞いたことがあった。

 数年前から行方不明になっている故郷のトキワシティにあるジムのリーダーにして、カントー地方最強と謳われた人物。もし本当にその彼なら心強いが、ピカの様子と彼が放つ冷徹な空気に不安が拭えなかった。

 

「ジムリーダーか。確かにそんな時もあったな」

「今は……ロケット団首領と呼ぶべきかな」

「!」

 

 衝撃の事実が明らかになり、目に見えてイエローは動揺する。

 目の前にいる自分達を助けてくれた男が、故郷であるトキワの森を滅茶苦茶にした元凶であるロケット団のリーダー。

 理解が追い付かなかったが、故郷がトキワの森であるピカが怒るのも納得ではあった。

 

 言い様の無い気持ちが湧き上がるが、この後どうするべきかが問題だ。

 見たところサカキはワタルと敵対しているが、もしここでワタルを倒したらサカキの矛先は自分達に向けられるのでは無いか、そんな懸念が浮かび上がってきた。そんなイエローの不安を余所に、ワタルとカイリューはゆっくりと歩いてくるサカキから体を引き摺る様に下がって距離を保とうとするが、後ろからはニドキングとニドクインが迫っていた。

 

「空へ逃げるなど考えるべきではないぞ。まあ、それだけカイリューが弱っていては飛ぼうにも飛べないだろうがな」

 

 少しでも変な動きを見せれば、スピアーが一気に距離を詰めて針で一突きだ。万が一にも備えて、一切の消耗をしていない万全状態であるサイドンとニドキング、ニドクインなどの大型のポケモン達も構える。

 

 対してワタルは、手持ちがカイリューを除いてほぼ戦闘不能、残ったカイリューも先程の”ダブルニードル”の直撃を受けて、何時倒れてもおかしくない状態である。

 誰がどう見ても、彼が逆転するイメージが想像出来ないほど絶望的な状況だ。

 

「お前の負けだ。半端者の若造」

 

 目の前にいるワタルは、自分達の行いは世間から見る悪事では無く正義の行いと考えている様だが、悪をやるのなら徹底してやるのが持論のサカキから見れば、悪事を正当化させる子どもの我儘な屁理屈だと彼は見ていた。

 冷たく吐き捨てたサカキの台詞が、これ以上無くワタルの心に刺さる。

 

「――俺が…負ける?」

 

 信じられない様に呆然と呟き、ワタルは歯を噛み締めた。

 ここに至るまでどれだけ時間を費やしたか、そしてポケモンの理想郷を建国することがどれだけ多くのポケモンや賛同者達の悲願なのか、目の前に男にはわかるまい。自分が負けるということが、何を意味するのかわからない程、彼は鈍くは無かった。

 

「そんなの……認めるかァァァ!!!」

 

 ワタルの激昂に応える様に、カイリューは残された力を振り絞って再び”げきりん”を全身から放出して身に纏う。察していたサカキのスピアーは、事前に主人に命じられていた通りワタルを貫くべく距離を詰めたが、ここで予想外の出来事が起きた。

 カイリューが身に纏った”げきりん”のオーラが、周囲に拡散する様に放たれたのだ。

 

「ちっ!」

 

 サカキは忌々しそうに舌打ちをするが、放たれたエネルギーは、緑色の衝撃波となって周囲に広がる。体が小さくて軽いスピアーは吹き飛び、重量級であるサイドンにニドキングとニドクインでさえも、その威力に体を転げさせる。

 その隙にワタルはカイリューに飛び乗ると、自らのトキワの力を使ってカイリューを癒しながら飛び上がった。

 

「逃がすか」

 

 持ち直したニドキングは近くに転がっていた岩を投げ付けるが、カイリューは軽々と避ける。

 

 しかし、それはフェイント。

 

 本命は追撃するべく突っ込んだスピアーの攻撃だ。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 スピアーの接近に気付いていたカイリューは、ワタルのトキワの力による癒しを受けながら”はかいこうせん”を放つ。どくばちポケモンは避けようとしたが、光線の軌道はスピアーへは飛ばずにカイリューの周りを回る様な軌道を描き始めた。

 

「本来”はかいこうせん”は直線的で攻撃にしか使えないが、俺が使えばこうやって守りにも応用できる」

 

 息を荒くしながら、ワタルは誇らしげに語る。

 防御目的ではあるが、カイリューを取り囲む軌道を描いて飛んでいる光線は本来の技としての性質を失っていないので、迂闊に近付くことが出来ない。その間にワタルは、自分が乗っているドラゴンポケモンの回復に専念する。

 

「下らん」

 

 そう簡単には真似できない技術を面白く無さそうに吐き捨てると、サカキと視線を交わしたニドキングとニドクインは再び岩を投げ付ける。岩はカイリューの周囲を回っていた光線に当たって砕けるが、間を置かずにスピアーはカイリューでなくワタルに対して針を突き刺そうと伸ばした。

 

 放置すれば訳の分からない力で延々とカイリューを回復させられるのだから、その元を絶つ為にトレーナーを狙う禁じ手だった。当然ワタルは避けようとしたが、避け切れずに左肩が服ごと裂けて血が舞う。

 

「うぐっ!」

 

 激しい激痛に血が流れる肩を抑えながら、ワタルは体を屈める。スピアーは反転して追撃を仕掛けようとしたが、背後から何時の間にか振るわれたカイリューの巨大な尾をぶつけられて、サカキの目の前に叩き付けられた。

 皮肉なことに、さっきアキラと戦っていた時の彼らの異常なまでに速い反応速度で目が慣れていたのと、倒そうと試みていた試行錯誤がサカキとの戦いでも発揮されたのだ。

 

「ふん」

 

 目の前ですっかり気絶しているスピアーに冷たい眼差しを向けながら、サカキはボールに戻す。手持ちがやられたのに何も感情を見せないサカキに、イエローは怒りに近いものを抱くが彼はすぐに行動に出た。

 

「引き摺り落とせ」

 

 それを合図にニドキングとニドクインはジャンプする。

 飛んでいるカイリューがいる高さは、かなりのものであるにも関わらず、二体はカイリューと同じ目線まで到達する。

 

「舐めるな!」

 

 殴り掛かってきたニドキングを避けると、その腕を掴んでカイリューはニドクインにぶつける形で投げ飛ばす。ここでもアキラと戦った時の経験が生きたと感じてしまい、癪だったのかワタルは不機嫌そうに舌打ちをする。

 

 ぶつけられた二匹は重なったまま落ちて頂上に叩き付けられるが、カイリューの腹部に大きな岩が直撃した。すぐさま飛んできた先に目をやると、サイドンが尾を使って飛ばしてきたものだったのはすぐにわかった。

 

 疑似的に相性の悪い岩攻撃を受けてしまったからなのか、力が抜けたカイリューは火口へと落ちていくも途中で何とか持ち直す。

 サカキもサイドンを連れて火口付近まで来ると、先程の様に岩を尾で打ち付けて飛ばしたり、転がっていたのを拾って投げ付けたりする。どれもある程度の大きさと速さを有しており、カイリューに当たれば今度こそ溶岩が煮え滾る火口へと落ちてしまうのでは無いかと思わせるほどだった。

 どう考えてもサカキ達は、ワタルを殺しに掛かっていた。

 

「足元を崩せ!」

 

 飛んでくる岩を溶岩の上をスレスレに飛行しながら避けていたカイリューは、命じられた通りに”はかいこうせん”を放つ。光線はそのままサカキとサイドンに一直線に飛んだが、直前に軌道を変えて足元に命中する。すると、彼らの足元が崩れて、後一歩のところで火口へ落ちそうになる。

 

 ワタルの狙いを悟ったのか、サカキはその場から離れようとするが、続けてもう一発放たれた”はかいこうせん”も複雑な軌道を描きながら今度は彼らの背後に炸裂した。その爆風と足元の不安定さに足を踏み外し、サカキは火口へ落ちていく。

 

「危ない!」

 

 思わずイエローは叫ぶが、サイドンも一緒に落ちる様に追い掛ける。

 落下していくサカキの体を掴むと、すぐさま火口の岩壁に手を突き立てて減速しながらドリルポケモンは溶岩の中に身を浸す。

 

「サイドンの体は2000℃のマグマにも耐えられる。この程度は問題無い」

「だがトレーナーであるお前はどうかな!」

 

 ワタルが乗ったカイリューは、尾を振って溶岩の飛沫を飛ばす。飛沫であっても、当たりどころが悪ければ人間にとっては致命傷になりかねない。

 サイドンは飛んでくる溶岩を両手やツノで弾くだけでなく、自らの体を盾にしてでも肩に乗せているサカキを守る。それら全てを防ぎ切ると、上半身を浮かせた状態で泳いでワタルとカイリュー目掛けて距離を詰め始めた。

 

「沈めろ!」

 

 もう何度目かになる”はかいこうせん”が、サイドンに襲い掛かる。

 

「”つのドリル”」

 

 迫る光線をエネルギーを纏って回転するドリルで拡散させる様に掻き消しながら、サカキが乗ったサイドンはワタル達に迫る。

 危機を感じて彼らは攻撃を中止して飛び上がるが、追い打ちを掛ける様にサイドンは溶岩の中に浸した腕を振って、先程ワタル達がやった様に溶岩の飛沫を飛ばす。カイリューも防ごうとするが、回復したとはいえ動きが鈍いっているのか、防ぎ切れなくて主人であるワタルは服の一部が焦げる。

 

「お前が優位に立てているのは飛んでいるからだ。すぐにその翼をへし折って、引き摺り下ろしてやる」

 

 淡々と殺意を漲らせて、サカキはワタルに宣言する。

 それに対する返事なのか、今度は器用に頭部の触角から放たれる電撃である”でんじは”、口からは青緑色の炎をした”りゅうのいかり”をカイリューは同時に飛ばしてきた。

 しかし、それらの攻撃もサカキのサイドンは回転するツノの一振りで打ち消す。

 

「おしまいか?」

 

 急に別の技に切り替えてきたが、先程まであれだけ”はかいこうせん”を多用していたのだ。

 連戦に次ぐ連戦で使える技のエネルギーが底を突き掛けているのだろう。

 そう考えていたが、さっきまでの苦しそうな顔付きが一転して笑みに変わったワタルは何故か堪える様に笑い始めた。

 

「何がおかし――!?」

 

 問い詰めようとした矢先、サカキは自らの身に起こった異変に気付く。不意を突かれた訳でも何でも無い。ただ身に覚えの無い変化ではあったが、それはあまりに予想外過ぎた。

 彼が懐に入れていたある物が、突如として輝きを放ち始めたのだ。

 

「な、何が起こっているの?」

 

 火口周辺から二人の戦いを見守っていたイエローも、サカキの身に起きた謎の出来事に言葉を失っていた。

 サカキは何とか抗っているが、懐から溢れる光は増々強くなる一方であった。

 

「これは!」

 

 すぐにサカキは、原因が自らが所持しているトキワジムでジムリーダーを務めていた頃から所有しているバッジなのを悟るが、流石の彼もこの異変には動揺を隠せなかった。しかもバッジはただ光を放っているだけでなく、まるで何か強い力に引き寄せられているのか、少しずつ抑え付けているサカキの体を引っ張っていく。

 

「くそ!」

 

 これ以上体ごと引き寄せられない為に、サカキはバッジを捨てるが、彼が所持していたグリーンバッジから放たれた光は一点に集中して真上へと飛んでいく。

 何故自らが所有しているバッジが光――否、エネルギーを放ち始めたのか。

 しかし、ワタルだけは至って冷静、と言うよりも表情が喜びを抑え切れていなかった。

 

「やっとか。お前をこの島の中心まで誘い込むのは中々骨だった」

「誘い込んだだと?」

 

 ようやくワタルの動きの不可解さに気付いたサカキだが、目的が見えなかった。

 ジムバッジには挑戦者に渡すのも含めて、ポケモンに対して何らかの影響力を有している。そしてジムリーダーに渡される純正のバッジになると、秘めている力は絶大だが、光と共にエネルギーが放たれているこの現象はまるで何かと共鳴し合っている様だ。

 

「――まさか!」

「気付いたか。そうだ…この島自体が巨大なバッジエネルギー増幅器なのさ!」

 

 誇らしげにワタルは、この様な出来事になった種を明かす。

 ジムバッジには、エネルギーという形でポケモンに何らかの影響力を有しており、かつてサカキ率いるロケット団もその力を増幅させて利用しようとしていた時期がある。

 

 ワタルは七つのジムバッジを手に入れていたが、最後の一つであるグリーンバッジだけは、所持者であるサカキが行方不明な所為で入手に手間取っていた。

 イエローは二人が何を言っているのか理解できなかったが、ワタルが追い詰められた様に見せ掛けて上手くサカキを利用したことだけは理解出来た。

 

「俺は既にお前のバッジを除いた七つのジムバッジを集めている。全てのバッジが共鳴し合って膨大なエネルギーを生み出させる。それが俺の狙いだったのだ!」

 

 上手い具合に利用されていたことを知り、サカキは歯を噛み締めるが、イエローの視線は既に彼らよりも上へ向けられていた。放たれた膨大なエネルギーの先に、光に包まれた見たことが無い巨大な何かが飛んでいたのだ。生き物の様に見えなくもなかったが、全身が光に包まれていて全貌がよくわからないだけでなく、何より大き過ぎる。

 

「何あれ…」

「間に合ったみたいだな。あれこそ俺が探し求めていた我が野望を実現する為の切り札だ」

 

 意図せずイエローの疑問に答える形で、ワタルはサカキに語る。

 恐らくポケモンであるとは思うが、あんなポケモンが存在していたことをイエローは知らない。一体ワタルは、あのポケモンが何なのか知っているのだろうか。

 

「――幻のポケモンか」

「そうだ。未だかつて奴を操った者はいないとされる幻のポケモンだ」

 

 ワタルの答えた幻のポケモンという単語に、イエローは反応する。

 幻のポケモンと聞くと、イエローの中ではミュウと呼ばれるポケモンが真っ先に浮かぶが、あれもそれらと同等かそれ以上の存在なのだろう。

 

「共鳴し合ったジムバッジが放つエネルギーは強大だ。それだけのエネルギーを取り込んだ奴を手中に収めて、自在に操ることが出来ればカントーだけでなく世界を人間どもから解放できる!」

「!」

 

 誇らしげに語るワタルの言葉に、イエローはこれ以上無く戦慄する。

 今でも街を破壊したり多くの人々やポケモンを傷付けているのに、彼はこれら以上に酷いことをしようとしているのだ。もし幻のポケモンが、その秘めている力を行使するとなれば、それによって引き起こされる被害は想像を絶する。

 何としても止めなければならない。

 

「自在に操るか……幻と呼ばれるポケモンがお前の手に負えると思っているのか?」

「黙れ!!」

 

 蔑む様な眼差しを向けるサカキに、ワタルの怒りに応える形でカイリューが放った”はかいこうせん”は、サカキが乗るサイドンを襲う。

 辛うじて直撃は免れたが、至近距離で炸裂したことで溶岩の波に彼らは翻弄される。

 

「おじさん!」

 

 一歩間違えれば、死に直結しかねない状況であるサカキの身をイエローは案ずる。

 例え故郷を滅茶苦茶にした原因にして張本人であっても、傷付いたり最悪の事態になってしまうのがイエローは嫌だった。

 

「サイドン」

 

 溶岩の波を堪えながら、サカキを乗せたサイドンはツノを回転させて、火口内の岩壁を掘削し始めると瞬く間にその姿を消した。

 すぐに出てくるかと思ったが、それっきり彼らは姿を見せようとはしなかった。気が付けば、さっきまで火口周辺にいたはずのニドキングとニドクインの姿もいなくなっていた。

 

「臆したかサカキ! だが探し求めていた八つ目のバッジを持ってきたことだけは感謝しよう!」

「まっ、待て!」

 

 カイリューに乗ったワタルは、そのまま現れた幻のポケモンの元へと向かおうとするが、イエローは止めようとする。

 

 このまま彼を幻のポケモンの元へ行かせてはいけない。

 

 ピカチュウの”10まんボルト”を始め、一緒にいたポケモン達も持てる手段全てを使ってでも飛び上がるワタル達を止めようとする。

 しかし――

 

「邪魔をするな!」

 

 やはり彼らの前に、圧倒的なまでの力の差が立ち塞がる。

 仕掛けた技は全て打ち破られ、体を張ってでも止めようとしても押し退けられたり蹂躙される。

 

「うわっ!!!」

 

 まるで歯が立たない。

 イエローとポケモン達はカイリューの攻撃の余波を受けて、吹き飛ばされた体を岩肌に強く打ち付ける。一通り動けなくなったことを確認すると、もう用は無いと言わんばかりにワタルはカイリューと共に幻のポケモンの元へと飛んでいく。

 

「ぅ…み、皆」

 

 バッジが放つ光に照らされながら、イエローは傷付いた体を震わせながら持ち上げると、ピカチュウや他のポケモン達も傷付いた体を起こしてでも寄り添う。

 

 飛んで行ったワタルを追い掛けようにも、自分には空を飛べるポケモンはいない。

 これ以上彼が誰かを傷付けるのを、同じトキワの森の力を持つ者として止めたい。

 そう決意してここまで来たというのに、自分は何も役に立てていない。

 カツラ、アキラ、敵であるサカキさえもワタルを追い詰めたのに、自分はただ出向いてはやられているだけ、説得も何もできていない。

 

「ピカ…皆……僕欲しいよ。皆の様に戦う…いや…皆を守る力が…」

 

 彼らに語り掛けながら、イエローの目から涙が零れる。

 同じ力を持つワタルは、自らの考えが正しいのを無理矢理にでも周りに知らしめるだけでなく実現出来るだけの力を持っている。だけど自分にはワタルが言っていた様に、自らの考え――信念と呼べるものを貫き通すだけでなく、実現していくだけの力は無い。

 

 どれだけ自分が正しいと信じていても、力が無ければ通じないだけでなく貫き通せない。

 

 力を持つことは戦う事、傷付ける事に繋がるので忌避していたが、その力が無ければ如何にもならない辛い現実をイエローは突き付けられる。

 

 ポケモンは友達、憧れの人からそう教わったのを胸に今日まで戦い、そして説得してきたがワタルは考えを改めてくれない。

 レッド達からは、ワタルを止められるとしたら自分が一番であると期待して貰っているのに、その期待に応えることも出来ない。

 このまま諦めたくは無い。だけど、もうどうすれば良いのかイエローにはわからなかった。

 

「諦めるなイエロー!!!」

 

 その時、聞き覚えのある憧れの人物の声が、イエローの耳に届いた。

 涙で濡らした顔を上げると、プテラに肩を掴まれた状態でレッドが目の前を飛んでいた。

 

「レッド…さん」

「まだ間に合う! やれるだけの事を俺達と一緒にやろうイエロー!!!」

 

 手を差し伸べて、レッドは力強くイエローに呼び掛ける。

 今一番会いたいと思っていた憧れの人物が目の前にいるのが信じられなくて、イエローはただ見つめるしか反応出来なかったが、彼の後ろから二つの影が続けて飛び出した。

 グリーンとブルーを乗せたリザードン、どこかゲッソリとしながらも瞳に宿った意思は潰えていないアキラを抱えたカイリューだ。

 皆各々の戦いを制したり、ある程度傷や疲れを癒してこの場に駆け付けてきたのだ。

 

「レッドの言う通りだ。このくらいで諦める程度に鍛えた覚えは無いぞイエロー」

「無理難題を押し付けたと思ってるけど、貴方の力が必要なのよイエロー」

「俺はともかく…ゲホ…レッド達がいるんだ。もう恐れる必要も泣く必要も無いよイエロー」

 

 後から来た三人も、それぞれの形でイエローを励ます。

 彼らはまだ、力が足りないだけでなく不甲斐無い自分を信じてくれているのだ。

 嬉しさのあまり、さっきまで流していたのとは別の涙がイエローの目から溢れそうだったが、涙を拭う前に突然アキラを抱えているカイリューに首根っこを掴まれた。

 

「え?」

 

 戸惑う間も無く、そのままイエローはカイリューやリザードン、プテラと共に、ワタルが向かった幻のポケモンの元へと向かうことになった。

 

 実はブルーは最初アキラのカイリューに乗る予定だったが、何故か背中に乗せるのを嫌がられて今みたいな荒っぽい運び方になるので、仕方なくグリーンのリザードンになった経緯があった。何とも荒っぽい運ばれ方ではあるが、文句は言っていられない。

 風に煽られながらも、顔を濡らしていた涙をイエローは拭うと、もう一度光に包まれた幻のポケモンを見据える。

 

 もう既に、先程までの悲観的な考えは一切頭の中には浮かべていなかった。

 

 飛び上がった三匹と五人は、幻のポケモンの元に辿り着くと、先に来ていたワタルは彼らの姿を目にして忌々しそうに表情を歪ませる。同じ力を持つ以外は取るに足らない存在と考えていた相手だけでなく、最も警戒すべき三人と最も苛立つ存在が来たのだ。

 

「何をしに来た!!」

 

 ワタルの怒号に反応する形で、彼のカイリューは口を開く。

 恐らく先手を取って”はかいこうせん”を放つつもりなのだろう。

 そう考えたアキラのカイリューは回避しようとするが、突然イエローは声を上げた。

 

「アキラさん、僕をワタルに投げ付けて下さい!」

「へ?」

 

 イエローの頼みに、アキラは勿論レッド達も驚く。

 声色からして一切の迷いが無いのはわかったが、一体何を考えているのかわからなかった。しかし、彼らが戸惑っている間にも、ワタルが連れているカイリューが”はかいこうせん”が放ってきた。それを見て、アキラのカイリューは彼の判断を待たずに、言われた通りイエローをワタル目掛けて力任せに投げ飛ばした。

 慌てたアキラが無理をして何か文句を言っているが、カイリューはイエローに先程のサンドパンと同じものを感じたからだ。

 

「イエロー!!!」

 

 だけどカイリューは理解できても、他の四人はそんなことを全く知らない。

 投げ付けられたイエローに手を伸ばしながらレッドは叫ぶが、届くはずも無く”はかいこうせん”に呑み込まれる。その瞬間、”はかいこうせん”のエネルギーは爆発するのでもイエローを吹き飛ばすのでも無く、突如として拡散していった。

 

「何?」

 

 その光景から、イエローが”はかいこうせん”を防いだのだとワタルは目を瞠る。

 一体どんなカラクリがあるのかと見てみると、イエローの目の前にはトランセルと呼ばれる蛹の様な姿をしたポケモンが盾になっていた。あのキャタピーがこの土壇場で進化したのかと考えたが、その後ろにいたイエローの雰囲気がさっきまでとは異なるのに気付いた。

 

「僕は絶対ワタルを止める。でも…今の僕らの力では無理だ」

 

 自分一人の力で挑んでダメならば仲間達の力を借りる。

 ポケモンを連れる者なら当たり前の発想であり、ポケモンを連れる者でなくても皆何かしら誰かの助けを借りてきている。

 先程まで、イエローはワタルには全く手も足も出なかった。

 それは自分達の力不足と考えていたが、実際は違う。

 既に皆、更なる力を得る可能性を秘めていたのに、力が増すことで戦いが激しくなるだけでなく傷付く存在が増えるのを恐れて使わなかっただけだ。

 

「だから皆、僕に力を貸して!」

 

 ポケモン達に秘められた力の全てを解放する決意を固めたイエローは、自らの願いと想い叫ぶと、ボールの中にいたポケモン達は弾かれた様に飛び出した。

 

 彼らは全員、イエローがこの戦いが終わるまでの間に借りているレッドのポケモン図鑑を使って進化キャンセルをし続けてきていた。だけど今、イエローの想いに応える様にその姿を瞬く間に極限の姿へと変化させ、進化したばかりのはずであるトランセルからもバタフリーが誕生して、イエローの翼となった。

 

「一気にバタフリーに進化!? いや、同時進化だと!?」

 

 イエローとそのポケモン達が起こした奇跡に、ワタルは驚く。

 ポケモンが何らかの影響で急激に進化することはあるが、複数のポケモンが連続進化だけでなく一気に最終進化形態へと至るのは知らない。

 他の四人もこの奇跡に驚いていたが、同時にある事も確信した。

 

 これが最後の戦いであることに。




参戦したサカキはワタルを追い詰めるも上手い具合に利用されてしまい、イエローは絶望の淵に落とされるが、駆け付けたアキラとレッド達の手助けを受けて本当の意味で覚悟を決める。

遂に第二章終盤、ラストバトルです。
イエローが手持ちの進化を望まなかったのは、姿が変わるのに慣れていないのもあるけど、それ以上に強くなる=戦いが激しくなるって考えている面もあるのではないかと個人的には思います。
でも力が無いと、どれだけ正しいと信じていても通じないと言う現実。
「力無き正義は無力である」とは言いますが、難しい問題です。

原作では短かったワタルvsサカキを少し長めに描写。
サカキがじめんタイプを連れてバトルをするのって意外と少ないんですよね。殆どがパルシェンなどの専門外ばかり(ゴローニャはベストメンバーに入らないのか?というツッコミは無しでお願いします)
後、”げきりん”がオーラみたいに纏う扱いだからなのか、自分の中ではかなり万能技化しつつあります。

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