SPECIALな冒険記   作:冴龍

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求めていたもの

 カントー地方に残っていたカツラを除いた正義のジムリーダー達と、彼らがそれぞれ率いる自警団と有志のトレーナー達の戦いは、すぐさま敵味方が入り乱れる凄まじい大激戦となった。

 

 四天王傘下のポケモン達の数もかなりのものだったが、トレーナー達と協力するポケモン達の数もまた、それに匹敵する程なのだから当然とも言える。

 あちこちで怒号が飛び交い、放たれた技による更なる破壊、倒れた味方を乗り越えてでも彼らは激しくぶつかる。

 

 中でも別格とも言える動きを見せていたのが、三人のジムリーダー達に四天王に与しているカイリュー、カイリキー、ゲンガー、パルシェンの四匹だった。

 

 カイリューとゲンガーは数は少ないが同個体が存在しているが、一匹しかいないカイリキーとパルシェンと同レベルの働きをしている個体が存在していたのだ。恐らくあの四匹が各軍団のリーダー、倒せば軍団の動きは乱れる筈だとエリカを始めとした聡明な者はすぐに気付く。

 周りの状況を加味して、彼らは直ちに動いた。

 

「スタちゃん! あのゲンガーを狙って!!」

 

 カスミのスターミーが放った”バブルこうせん”は、未進化ポケモン達を圧倒して堂々と仁王立ちをしているゲンガーに迫るが、立ち塞がる様にカイリキーが現れて正面から技を受け止められてしまう。

 

「覇ッ!」

 

 エリカのポケモン達も距離的に近いパルシェンを狙うが、シェルダーやゴーストらが我が身を盾にしてでも舞っている花弁や粉塵を防ぐだけでなくパルシェンとも一緒に仕掛けてくるので、中々上手くいかない。

 

「負けるなサイドン!」

 

 タケシが連れていたサイドンは、カイリューと激しい殴り合いを演じていたが劣勢だった。そこにイワークが長い尾でカイリューを抑え付け、サイドンは口から”かえんほうしゃ”を放って焼き尽くそうとするが、炎に炙られながらもドラゴンポケモンは拘束から抜け出す。

 流石は四天王の代わりに軍団を率いる長、そう簡単には倒させてはくれない。

 

 すぐにリーダー格を見抜いた以外にもエリカ達は、各軍団にはそれぞれ異なる特徴があることにも気付いていた。

 竜軍団と霊軍団はカイリューやゲンガーの最終形態が何匹かいるのに、氷軍団と闘軍団にはパルシェンとカイリキーなどの最終形態は一匹しかいない。そしてその二匹には、黒い刺々しい輪の様なものが体の一部に嵌められていた。

 それが何を意味しているのかまではわからないが、少なくとも先に崩せる可能性があるとしたら氷と闘の軍勢だろう。しかし、崩すまでに攻めるのが厳しい事には変わりなかった。

 

「大丈夫かな?」

「大丈夫です。何とか…自力で歩くことは出来ます」

 

 一方アキラの方は戦いに加わってはいなく、タマムシの精鋭の手によって激戦地から少し離れた比較的落ち着いている場所に運ばれていた。

 途中で彼らに襲い掛かるのもいたが、それらはブーバーやカイリューの容赦無い鉄拳を顔面に打ち込まれて沈むか、ゲンガーとヤドキングが懐に放つ0距離念動波を受けて吹き飛んでいった。

 

 立ってはいられるのだが、助けが来たことで緊張の糸が切れてしまったのかアキラは歩けるものの足は震えており、運ばれた先で彼は瓦礫に背を預ける形で座らされた。

 ちなみにすぐ近くでは、一番槍として突撃したところまでは良かったが、早々に返り討ちにあって気絶しているムッシュタカブリッジ連合現総長のタカがタマムシの精鋭達の治療を受けていた。

 

「今は瓦礫の上だけど、大人しくしているのが一番だよ」

 

 精鋭の一人がそう伝えると、他の面々はアキラのポケモン達に”かいふくのくすり”などの回復薬を与える。ポケモン達は道具のおかげで疲労までは抜けなくても、体力の消耗を回復することは出来る。しかし、人間にはそういう手段は無いので、回復するにはただ体を休めるしかない。

 息を整えながら、アキラは少し離れた先――さっきまで自分達が戦っていた場所を眺める。

 

 そこでは三人のジムリーダー達と彼らに味方する者達が、市街戦さながらに激しい戦いの火花を散らしていた。ルールも何も無い、ただ目の前の敵を倒すか自分がやられるかの二択の戦いだ。

 数と数がぶつかり合っているように見えるが、質の面ではこちら側の方が優勢だ。このままなら、余程の事が無い限り勝てる。

 

 やれるだけのことはやったのだ。

 

 自分に与えられた役割、成すべきことはもう終わったのだ。

 

 後はジムリーダー達とレッド達が勝つのを待つだけだ。

 

 自然とそんな考えが浮かぶが、やっぱりアキラはどこか納得出来なかった。

 本当にどうなっているのかがわからない。

 この戦いが本来起きたものなのか、それとも自分が加わったことで何か変化が起きているのではないか。最初は未知の出来事に対しての不安な感情かと思ったが、どうやらそうでは無い。

 

 そんな上手く理解や解釈が出来ない考えや気持ちが頭の中で行き交う内に、無意識に息が落ち着いたアキラは立ち上がった。まだそんなに休んでいない彼をサンドパンやエレブーのみならず、ゲンガーさえも止めようとするが、彼に並ぶ様にカイリューも立ち上がった。

 お互いに疲労しているのがハッキリとわかるが、今の彼らには関係無かった。

 

 もうやる必要は無い。それはわかっている。

 だけど体が止まらないのだ。

 目の前で繰り広げられている戦いを見据えると、「まだ戦いたい」という欲求にも似た気持ちが湧き上がる。さっきまでは責任感の様なものを感じていたが、あれは自分がそう思い込んでいただけだ。では何故そこまでして戦いたいのかと理由を聞かれても、アキラは上手く言葉にすることが出来ない。

 強いて言葉にするならば――

 

「俺達が……戦いたいから戦う…かな」

 

 正義感でも使命感でも何でもない。

 自分達が戦いたいから戦うと言う、単純明快にして個人的な理由。

 レッド達の助けになりたいから戦うと言う気持ちに偽りは無いが、心のどこかでこれも戦う理由の一つであるのが腑に落ちた自分もいた。だが何とも自己中心的な発想だと感じ、忘れようとした直後だった。

 隣に立っていたカイリューは何故か機嫌良く鼻を鳴らすと、その巨体から黄緑色のオーラが少しずつ溢れ出し始めた。

 

 

 俺達らしいじゃないか。気に入った

 

 

 賛同する言葉が彼の頭の中に伝わった直後、アキラの目に映る世界は変わった。

 

 

 

 

 

「負傷者は下がって! 皆お願い!」

 

 果敢に戦っていたが怪我を負ってしまったトレーナーを庇いながら、カスミは声を上げる。

 今は自分達の方が少し有利とは言っても、まだ予断は許さない。何が切っ掛けになって均衡が崩れるかわからないからだ。

 気を引き締めていこうとした時、上空からメタモン三体合体で再現されたフリーザーの攻撃から免れたハクリューとプテラの集団が放った”はかいこうせん”が、少し離れたところで戦っているエリカとそのポケモン達を襲う。

 

「エリカ!!」

 

 カスミは助けに加わろうとするが、回り込んできた霊軍団に阻まれる。

 ”あやしいひかり”に”ナイトヘッド”、前者の攻撃から逃れる為に動きを止めたところを彼女は後者の攻撃を受けてしまう。スターミーは”バブルこうせん”で霊軍団を追い払うも、竜軍団に属するカイリューの一匹が、スターミーのコアが砕ける程のパワーで捻じ伏せてしまう。彼女の危機に気付いたトレーナーとそのポケモン達が挑むが、いずれも翼の一振りで巻き起こされた突風で片付けられる。

 

 負傷した腕を庇いながら、カスミは少しでも時間を稼ごうとするが、そんな彼女の努力にお構いなくカイリューは一気に距離を詰めてきた。

 このままではやられる、そう彼女が思ったその時だった。

 

 迫るカイリューを光り輝く何かが横からぶつかって吹き飛ばしたのだ。

 

「え?」

 

 ドラゴンポケモンを吹き飛ばしたそれは、何色か可視出来る程に強い光を放ってはいたが、姿はハッキリと見えていた。

 正体は黄緑色のオーラを全身に纏ったカイリューだった。

 そしてカイリューのすぐ横には、同じ姿勢で腕を伸ばしていたアキラも立っていた。

 

「アキラ?」

 

 半信半疑でカスミは彼の名を口にする。

 彼はまだ若いにも関わらず、自分達がここ駆け付けるまでの間、出来ること全てを尽くして戦っていた。だからこそ、これ以上負担は掛ける訳にはいかないと後は任せて後ろに下がって休む様に手配した筈だ。

 実際、十分に休めていないからなのかアキラの息が若干荒い。

 しかし、そんな状態でもアキラはカスミの様子に安心した様な表情を浮かべた。

 

「怪我はありませんか?」

「大丈夫だけど、アキラの方こそ大丈夫なの?」

「問題無いです。ようやく……俺達が目指していた世界に辿り着けて、気分が良いので」

「?」

 

 確かにアキラは息を荒くしているだけでなく顔から留まる気配が無いまでに汗を流しているが、疲れている割にはかなり嬉しそうだ。彼の言う「目指していた世界に辿り着いた」というのは、どういう意味なのかがカスミにはわからなかった。

 

「ねぇ、それってどういう――」

 

 尋ねようとした直後、アキラは目付きと雰囲気が刺々しい荒っぽい雰囲気に変わる。

 彼の視線の先には、数多くの四天王の軍勢がこちら目掛けて押し寄せてきていた。

 

()()()()()()()…」

「え?」

 

 それだけを口にすると、アキラはカイリューと共に迫る四天王軍団目掛けて駆け出し始めた。

 数の差を考えると無謀に見えたが、ドラゴンポケモンに挑んだ四天王のポケモン達は、まるで箒で掃かれた木の葉の様に片っ端から吹き飛んでいく。すぐ隣を走っているアキラは直接関与している訳では無かったが、何かがおかしかった。

 

 さっきの呟きは心底苛立っているからであると解釈は出来るが、彼にしては声色も含めてかなり乱暴だ。それに彼の動きが、一緒に走っているカイリューと()()()()なのも気になる。ポケモンとトレーナーが一緒の動きをしているのは傍から見ると変ではあるが、彼はこんな状況でふざけたことはしない。

 他のアキラのポケモン達も珍しく困惑した様子で、小走りでカスミの目の前を横切っていき、四天王軍団に対して突出している彼らの後を追い掛ける。

 

「どうなっているの?」

 

 ゆっくりと考えている暇は無いのだが、アキラの身に一体何が起こったのかカスミにはわからなかった。

 

 

 

 

 

 鬼神とは正に今のカイリューのことを指しているだろうと、体を動かしながら一瞬だけアキラはそう考えた。

 

 挑んでくる相手が未進化ポケモンばかりなのもあるが、それでも今隣にいるドラゴンポケモンは圧倒的としか表現する言葉は無かった。そんなカイリューの真横を密着している様に見える程の距離で、アキラは迫る敵を蹴散らしていく相棒と同じ様に腕を振るいながら走るが、彼は襲ってくる敵をカイリューが倒していくことよりも別の事で興奮していた。

 

 この二年間、ずっと求めてやまなかった感覚。

 自分がカイリューになり、カイリューもまた自分になっている様な不思議な感覚。

 目に見える視界や動作に反射などの感覚だけに留まらず、思考も含めて互いに共有し合う一心同体を実現したと言える一体感。かつてミュウツーを相手にして、互角に渡り合うことが出来た境地を再び体感出来ている事実に、彼はこれ以上無い高揚感に満たされていた。

 

 何故今再びこの感覚に至ることが出来たのか、それも以前みたいに浸透していく様に少しずつでは無く最初から全感覚を共有状態なのか不思議ではあったが、そんな疑問は今は些細なものだ。今は出来る限り、戦いながらもこの状態がもたらしてくれる様々な恩恵にアキラは長く浸っていたかった。

 

 上空からハクリューとプテラの集団が迫るが、カイリューとアキラは見上げると同時に睨む。

 極限まで集中力が高められたのか、さっきまでの様に動きが読めるだけでなく必要であることを意識すれば、目に映る世界の動きそのものがゆっくり感じられる。自分とカイリューだけ異なる時間軸にいる錯覚を覚えるが、一通りの動きと流れをアキラが頭の中で組み立てて浮かべると、カイリューは素早く飛び立った。

 

 ハクリューとプテラは”はかいこうせん”で狙い撃ちしてくるが、飛んでくる光線の軌道も彼らには見えていた。

 掠ることなく迫ると、力任せに殴り付けることは勿論、彼らにとって狙われたくない急所とも言える部位にも一撃を加えて瞬く間に蹴散らす。

 

「よし」

 

 何の苦も無く挑んできた竜軍団の一部を片付けられたことに、アキラは拳を握り締める。カイリューの圧倒的な力を目の当たりにして、四天王軍団は警戒する様に一歩下がる。

 地上に降りたカイリューは、先程の様に”こうそくいどう”で突撃して集団の中心から蹂躙する準備に掛かるが、すぐ後ろに控えていたアキラに無数の影が襲い掛かった。

 

 カイリューは倒せなくても、より脆弱な存在である彼なら倒せる。

 そう踏んだワンリキーは、アキラ目掛けてコンクリートが付いた鉄筋をハンマーの様に振り下ろしてきたのだ。まともに受けてしまえば大怪我どころか最悪の事態になりかねない攻撃であったが、彼らの見通しは甘かったことをすぐに思い知らされた。

 

 完全に視界に入らない死角から仕掛けたにも関わらず、アキラはさり気なく体をズラして避けたのだ。間を置かずにゲンガーが長い舌を伸ばすが、これも彼が体の上体をズラして躱したことで、次に攻撃しようとしていたシェルダーにぶつかった。

 そしてアキラは、最初に避けたワンリキーが振り下ろして地面に叩き付けられたままのコンクリート付き鉄筋の鉄筋部分を掴むと、力任せにワンリキーが掴んだまま振り回すとゲンガー目掛けて投げ付けた。

 

()()()()()()()()

 

 好戦的な笑みを浮かべながら告げると、やられた二匹は戦慄した顔で下がる。

 人間とは思えない力もそうだが、彼が楽し気に告げていることが何よりも恐ろしかったのだ。

 

「――何をやっているんだ俺?」

 

 しかし、当人は唐突に自分が今やったことに少し困惑する。

 一瞬だけ、意識が自分の体から抜けてしまった様な錯覚。ひょっとしたら一心同体と言えるまでに、カイリューと感覚や思考が繋がっている影響なのかもしれない。

 現在進行形で抱いている考えに対して彼が文句を抱いていることが伝わるが、どこまでが自分自身の思考でどこからがカイリューが考えていることなのか、境目が曖昧で二重人格みたいになって混乱しそうだ。今まで求めていたのは確かだが、この感覚を保ち続けることによる意外な弊害をアキラは知ったが、呑気に考えている暇が無いのをカイリューの感覚を通じて知る。

 

 頭上から一匹のカイリューが、一直線に飛んできていたのだ。

 恐らく”すてみタックル”かそういう技で、自身と引き換えに倒そうと言う魂胆なのだろう。

 

 通常なら激突まで数秒しか無いが、アキラとカイリューは再び集中力を高める。

 世界がスローモーションで見える様になれば、体感ではあるが対策を考える思考時間を引き伸ばすことが出来る。更に引き伸ばした感覚のまま、アキラは突っ込んでくるカイリューをの動きに目を凝らし、考えられるあらゆる動作の可能性も含めて予測する。

 

 タイミングを合わせて、彼のカイリューは突進してくる同族をさっきのアキラの様に体を横にズラして避ける。

 それから流れる様に尾を掴むと、なるべく最小の動作且つ突っ込んできた時の勢いを保ったまま敵集団が纏まっている方へ向けて投げ飛ばした。

 狙い通り、突っ込んできたドラゴンポケモンはその力を遺憾なく発揮して、多くの味方を巻き添えにして建物に激突する。

 

 その直後、パルシェンの”れいとうビーム”、ゲンガーの”ナイトヘッド”が飛んできて、カイリューはそれらの攻撃を受けてしまう。やる事成す事全てが上手くいくので、気が抜けてしまった隙を突かれてしまったのだ。

 ところが技が決まってカイリューは一歩下がりはしたが、苦手なタイプの技も受けたにも関わらずものともせずに逆に吠えた。

 

 理由に関してはカイリュー経由の感覚ではあるが、アキラが推測するに全身から放たれる様に纏っている黄緑色のオーラが、彼らが放つ特殊技の威力を殺したからなのだろう。

 

 このオーラが何なのかは、アキラどころか放っているカイリュー自身も良くわかっていない様だが、カイリューの体には良く馴染んでいるのと、エネルギーなのでパワーが上がるだけでなくある程度の防御に利用できることを、彼はカイリューを通じて理解していた。

 良いこと尽くめだが、荒々しいエネルギーである為、背に乗る事ができないのが唯一の欠点と言うか不満ではあるが。

 

 反撃することを思い至ったカイリューは、”こうそくいどう”で距離を詰めてゲンガーをオーラを纏った尾で薙ぎ払い、パルシェンが防御目的で殻を閉じたにも構わずに蹴り上げる。それから”こうそくいどう”を利用したスピードで飛び上がると、宙に浮いているパルシェンの体を抱えて勢い任せに地面目掛けて投げ飛ばした。

 

 叩き付けられたパルシェンの殻は無傷ではあったが、幾ら外殻が耐えられても中身が耐えられなければ意味が無い。中身にダメージが浸透して痙攣している様に震えるパルシェンに追い打ちを掛けようとした時、飛んでいるアキラのカイリューに竜軍団のカイリューが二体掛かりで挑んできた。

 

 普通なら野生であっても同族を二体相手にするのは厳しいものがあるが、今のアキラとカイリューは全くものともしない。

 自らの視界だけでなく、頭の中に浮かんでいる下にいるアキラから見えている視界も認識し、彼を経由して感じられる相手の動作の予測に必要とあれば世界が緩やかに感じられる感覚を最大限に活かす。挟み撃ちしてくる二匹の攻撃をカイリューは巧みに受け流して、互いにクロスカウンターさせる形で同士討ちさせたのだ。

 

 作戦通り、と内心で呟くと、止めに”れいとうビーム”で二匹のカイリューを氷漬けにして、その氷の塊をパルシェンに叩き落した。

 

 戦いに勝利した高揚感を感じながらドラゴンポケモンは地上に降りるが、直後にカイリキーが四本ある腕の内、右側の二本で殴り掛かってきた。

 まだやる気なのかと思いながらアキラが拳を突き出すと、カイリューも避けるのではなく正面から拳をぶつけた。両者の拳が激突した衝撃で周囲の細かい瓦礫は吹き飛ぶが、ぶつけた当人を始め、隣に立っていたアキラは持ち堪える。

 カイリキーは表情を歪めてこそはいたが、残った左側の腕を動かそうとするのをアキラは見抜くと腕を引っ込めて下がり、カイリューも右腕を引っ込めて一歩下がる。

 

 攻撃を避ける為とはいえ初めて見せたカイリューが退いたのを見逃さず、カイリキーは四本の腕をフルに活かして拳の嵐を放った。それは手数を重視してはいたが、あまりの激しさと勢いに堪らずカイリューは適度にカイリキーの拳を受け流したり防御しながら後退していく。

 

 一見するとカイリキーがカイリューを押している様に見えるが、実際には異なっていた。

 激し過ぎるので下がっていると言う点は当たってはいるが、カイリューはアキラから伝わる感覚と情報、思考を元にカイリキーが放つ拳の嵐を的確に防ぎ続けているので、殆どダメージを受けていなかった。一方的に攻撃を仕掛けているのに、全く致命打が決まらないどころか、まともにパンチの一つが決まってくれないことに次第にカイリキーは焦っていく。

 

 更に勢いを強めようとしたが、カイリューはアキラが頭の中に浮かべた動きに従い、二本しか無い腕を素早く巧みに動かして、カイリキーの四本腕全てをほぼ同時に弾く。

 弾かれたことで、カイリキーは四本ある腕を大の字同然に広げてしまい、カイリューは無防備なのを晒したかいりきポケモンの胴に突き刺す様な勢いでオーラを纏った拳を打ち込んで吹き飛ばした。

 

「ふぅ…」

 

 連戦に続くに連戦、そして勝利にアキラとカイリューは息を整える。

 一見するとカイリューが動いているだけでトレーナーは近くにいても何もしていない様に見えるが、今カイリューがそれだけの強さを発揮出来ているのは、常に傍にいるアキラにあることには誰も気付いていない。

 余裕が生まれた彼らは周りの状況を見てみると、自分達が強い敵を相手にしていたからなのかこちら側は優勢になっていた。

 

「このまま一気に畳を掛けるぞ」

 

 そう意気込み、敵集団へ再び正面突撃を仕掛けようとした時、これまでバラバラに攻めてきていた四天王軍団の一部が、一塊になって大挙して正面から押し寄せてきた。挑んでくるトレーナーやポケモン達は当然、立ち塞がる存在は瓦礫も含めて荒れ狂う猛牛の様に跳ね退けていく。

 

 さっきまで一方的に叩きのめした各勢力のリーダー格が先頭に立っているのを見ると、圧倒的な力を発揮するカイリューを一気に数で押し潰すつもりなのだろう。

 幾ら動きが読め、無理矢理思考時間と動作に余裕を作ることが出来ても、あれだけの数が相手では多過ぎて対処し切れるかは定かでは無い。

 

 しかし、それでもアキラとカイリューは冷静だった。

 彼が足腰に力を入れると、ドラゴンポケモンも同じ動きをなぞる。

 

「退いて下さい!!!」

 

 正面に立っているトレーナー達全員に大声でそう伝えると同時に、アキラとカイリューは押し寄せてくる軍勢目掛けて駆け出した。

 誰であろうと圧倒出来る力の万能感に酔っているのか、それとも退くつもりが無い意思が突き動かしたのかは彼らでもわからなかった。

 だけど、走っている内にドラゴンポケモンの全身を包んでいた黄緑色のオーラが、無意識の内に徐々に全身から握り締めている右拳に集約していく感覚があることだけは理解していた。

 

「アキラ何をやっている!」

「下がりなさい!」

 

 タケシとカスミが何か言っているが、引き下がるにはもう遅い。

 軍団の先頭に立っていたカイリュー、パルシェン、ゲンガー、カイリキーの四匹が一斉に飛び掛かって来る。同時にアキラと彼のカイリューも対峙する様に飛び上がり、上体を弓を引く様な体勢で右拳を構える。

 

「やってやる」

 

 思考も含めたあらゆる感覚をカイリューと共有している影響か、激突する直前の僅かな時間に強気な言葉をアキラは呟く。

 

 今ここに解き放つ。

 

 そう意識したアキラとカイリューは、互いに同時に持てる限りの力を込めて、四天王軍団目掛けて拳を突き出す。

 そして伸ばされたドラゴンポケモンの拳が、今にもぶつかってきそうな四天王軍団の各リーダーである四体の内の一体に触れる。その瞬間、爆発した様な轟音だけでなく、押し寄せてきた四匹と軍勢の先頭集団の一部を呑み込む程の閃光が放たれた。

 あまりに衝撃的な出来事が続くので、一体何が起こったのか、彼らが何か技を仕掛けたのを目にした者も含めて誰も理解できなかったが、明らかになって来た状況に目を瞠る。

 

「これは…」

「…何よこれ」

「こんな事になる何て…」

 

 カイリューが拳を突き出した時に放った閃光によるものなのか、彼のドラゴンより前の地面は削れる様に抉れていた。

 

 流石に押し寄せてきた大軍勢を丸ごと吹き飛ばすというデタラメは実現しなかったが、それでもリーダー格の四匹と先頭集団にいた十数匹を吹き飛ばして戦闘不能に追い込むという十分過ぎるデタラメを実現していた。

 まだ圧倒的な数が残っていた四天王軍団の一部も、今彼らが放った一撃の大きさに恐れを抱いたのか、足を止めるだけに留まらずカイリューから距離を取ろうと下がるものまでいた。

 

 一方、この結果をもたらしたポケモンとトレーナーのコンビだが、互いに腕を振り切った姿勢のまま力を使い切ったかの様に固まっていた。

 相手が怖気づいているとはいえ、大軍勢を目の前にしても彼らは微動だにしていなかった。

 意識があるのかと懸念し始めた時、ようやく動いた彼らは炎に照らされた夜空を仰ぐと、雄叫びの様な叫び声を共に上げるのだった。




アキラとカイリュー、二年前にミュウツーと対峙した際に体感した境地へと至る。

久し振りに登場しましたが、今後もこの状態はアキラの切り札として度々出ると思います。
描写的に見ると彼らの状態はサトシゲッコウガみたいな感じですが、姿が変わったりメガシンカ並みに能力値が底上げされている訳ではありません。
ある程度原作にも見られた描写と取り入れる切っ掛けになった元ネタを混ぜた初期設定では、ここまで一心同体感は無かったのですけど、時が経つにつれて徐々に過剰化していき、ミュウツー戦の下書きを書く段階で現在の形に落ち着き(?)ました。

でもまさかアニポケでもゲッコウガ限定とはいえ、似た様な描写が描かれることになるとは、この設定を組み込んだ当時は微塵も思っていませんでした。
やっぱりポケモントレーナーは、如何にポケモンと心を通わせられるかが大事なんだと感じます。

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