SPECIALな冒険記   作:冴龍

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獅子奮迅

 カイリュー、と聞けば、今敵対しているワタルがその肩に乗っているポケモンであるのが、イエローの中では真っ先に浮かぶイメージだ。

 

 故に海から飛び出したカイリューの姿を見た一瞬だけ敵であると意識してしまったが、その細めた威圧的な目付きには覚えがあった。

 我が道を行くな態度でありながら、青い帽子を被った少年と共に戦うドラゴンが何時も浮かべている眼差し。姿は体色どころか体格も大きく変わっているが、アキラが口にしていた言葉を信じるならば、彼のハクリューが進化したのだ。

 

「アッ、アキラ。これって…」

 

 戸惑うレッドを余所に、背中にしがみ付いていたアキラは飲んでしまった水を激しく咳き込む形で吐き出しながら、新鮮な空気を一杯に吸う。息苦しさのあまり本当に意識を失う寸前だったが、気が付いたら海の中から飛び出して事なきを得ていた。

 一体何があったのかはまだ意識があやふやで理解していないが、一つだけわかっていることはあった。

 

「ありがとう…リュット」

 

 息を切らせながら、アキラは自身が信頼するドラゴンに感謝する。

 まだ彼はしがみ付いているドラゴンポケモンが、ハクリューではなくカイリューに進化していることに気付いていなかったが、飛び出したカイリューはそのまま氷の足場まで飛んでいくとそこに二人を降ろす。ここでようやく、アキラはカイリューに進化している姿をハッキリと目にするが、何時までも見てはいられなかった。

 

「この…死に損ないが…!」

 

 一度は海へと落としたアキラが、再び視界に入って来ただけでなく、最強のドラゴンを引き連れて舞い戻って来た。その事実にワタルは、額に青筋を浮かばすだけでは留まらない凄まじい表情で歯軋りをする。

 

 今度こそ地獄に叩き落してやると言うワタルの怒りに呼応して、彼のカイリューは小手調べで無い幾分か本気の”はかいこうせん”を放つ。

 放たれた”はかいこうせん”は一直線にアキラ達に迫るが、アキラのカイリューは前に進み出ると同時にツノにエネルギーを纏わせた”つのドリル”で、激しく火花を散らしながらも破壊的な光線を正面から掻き消していく。

 

「凄い…」

 

 ワタルの連れているカイリューでわかっていたが、味方になるとこれ程まで心強いことにイエローは感嘆する。そしてカイリューは血振りの様にドリルを形成した頭を振って、”はかいこうせん”を完全に払い除けると、体を屈めてレッドのニョロボンを背中に乗せた。

 

 一体何をするつもりなのかと思った瞬間、目にも止まらないスピードでカイリューは一気にワタルを乗せた同族の懐に跳び込み、拳を捻じ込んだのだ。

 パワーと加速が合わさった強烈なパンチに、ワタルを乗せたカイリューはプテラを巻き込んで、腕を突き立てられたまま海面をスレスレで滑空していく。

 そして腕を振り切られる形で吹き飛ばされると、二匹纏めて少し離れた海面に叩き付けられた。

 

「うわ…お前のハクリュー…じゃなかった。カイリュー強いな」

「う…うん」

 

 レッドは知らないが、二年前のミュウツーとの戦いでもカイリューは開幕ロケットスタートからの一撃をやっていたが、改めて見るとその威力は半端では無かった。

 

 ワタルと彼のカイリューとプテラを彼方へと殴り飛ばした後、アキラのカイリューは凍っていない海の上で急ブレーキを掛けて、浮遊する形で止まる。

 体の奥底から湧き上がる力が二年前より弱く感じられることを除けば、何一つ変わっていない。疑似的な再現では無く、正真正銘本当の意味で自分がこの姿と力を再び手に出来たことをカイリューは実感するが、浸っている暇は間は無かった。

 残っていたギャラドスと二匹のハクリューが、同時に”はかいこうせん”を放ってきたのだ。

 

 迫る”はかいこうせん”にカイリューは気付くと、背中にニョロボンを乗せたまま複雑且つ素早い動きで追尾してくる光線を避けながら、狙いを定めさせない目的で海の中へと飛び込む。

 すぐにワタルのポケモン達も潜り、双方は水中であるにも関わらず一気に距離を詰める。

 

 最初に二匹のハクリューが仕掛けようとするが、ドラゴンポケモンの背中に乗っていたニョロボンは水の中でも足場がある様な動きで、ハクリューの一匹に接近して”れいとうパンチ”を叩き込む。相性が悪いこおりタイプの攻撃を受けたことで、殴られたハクリューの動きが鈍ると、カイリューはもう一方のハクリューを相手取った。

 

 近付いたハクリューはカイリューの体に巻き付いて締め上げようとするが、カイリューは鮮やかな青い竜の体に爪が食い込む程の力で鷲掴みにする。それだけでもかなりの痛みとダメージであったが、カイリューがニョロボンの”れいとうパンチ”を”ものまね”した状態で掴んでいるのも重なり、巻き付いた体に全く力が入らず呆気なく振り解かれる。

 

 逆襲しようとカイリューは構えるが、ギャラドスが鋭い牙が並ぶ口を開けてニョロボンに迫っていることに気付く。

 すぐさま標的を変更して、全身を使った体当たりできょうぼうポケモンの気を逸らすと、すかさず胴にハクリュー用に備えていた”れいとうパンチ”を打ち込む。冷気の籠ったパンチにギャラドスは怯むが、続けてニョロボンは顔面に飛び蹴りの様な蹴りを入れる。

 

 二匹が交互に仕掛ける絶え間ない連続攻撃に、青い龍は悲鳴を上げる。

 だが手を緩める気が無かったカイリューは、再び向かってきたハクリュー二匹の頭や尾をそれぞれ掴むと、振り回してギャラドスの顔を滅多打ちにし始めた。

 あまりに常識外過ぎる戦い方に武器代わりにされているハクリュー二匹は、早々に抵抗する気力を失い、きょうぼうポケモンも味方に攻撃が当たることを恐れているのか強気になれない。

 

 ギャラドスの動きが弱ったのを見計らったカイリューは、ハクリュー二匹を放り投げるとギャラドスの尾を両手で掴み、湧き上がる力が許す限りの力を籠めてジャイアントスイングを始めた。

 

 水の中とはいえ、体格差が数倍もあるギャラドスをドラゴンポケモンは大した苦も無く振り回していく。途中でほぼ漂っているも同然だったハクリュー二匹も巻き込むと、カイリューは三匹を海面目掛けて放り投げる。

 水柱を上げて三匹は纏めて海から打ち上げられるが、後を追って飛び出したニョロボンはドラゴン達に渾身のアッパーをお見舞いする。

 

 カイリュー以上に体格差があるにも関わらず、このニョロボンのアッパーによって宙を舞っていたギャラドス達三匹はまた打ち上げられる。

 普通のポケモンなら既に戦闘不能になっていてもおかしくないまでの攻撃を受けていたが、手を緩めるつもりは無いのか、背後からは遅れてカイリューも海から飛び出す。そして体を捻らせて、太く強靭な尾から放つ”たたきつける”で追撃を仕掛ける。

 進化したばかりの影響でこれ以上無く体中に力が漲っていたが、カイリューが得意とする技を受けたドラゴン達は、グリーン達と四天王が戦っている氷の足場へと軌道を描きながら落ちていく。

 

「何だ?」

「離れろ! 潰されるぞ!」

 

 キョウが声を上げるまでもなく、彼らは戦いを一時中断して落ちてくるギャラドスの巨体に潰されまいと離れる。

 大きな音を轟かせてギャラドスとハクリュー達は分厚い氷の上に叩き付けられたが、あれだけの猛攻を受けても尚健在なのか、すぐに体を持ち上げると自分達を見下ろすカイリューを睨む。

 

「あれは、ワタルのカイリューじゃないわね」

「フン。この土壇場であの小僧のハクリューが進化したのか」

 

 カンナは冷静に分析するが、キクコは面白く無さそうだ。

 身内がカイリューを連れているので、その強さは良く知っている。

 ただでさえ強大な力を秘めているのに、どんなポケモンでも進化することで身体に負ったダメージを回復するだけに留まらず、そのエネルギーで一時的ではあるが通常よりも大きな力を発揮出来るのだ。

 あらゆる要素を考慮すると、あのドラゴンが今この場で戦っている誰よりも脅威なのは間違いなかった。

 

 一方カイリューのトレーナーであるアキラは、ニョロボンとタッグを組んでいるとはいえ、自分の助けなしで戦っているカイリューの動向を固唾をのんで見守っていた。

 今すぐ力になりたいが、まだ呼吸が落ち着かなくて体の調子も良くならない。

 

「…リュット」

 

 敵意、不安、期待、あらゆる感情が籠められた視線を一身に受けながら、浮遊しているカイリューは恍惚してしまいそうな気持ちを静めながら目を閉じて構える。

 二年前のあの時よりは力は発揮できないが、それでもあの時に負けず劣らず、力が体中に溢れるのを彼は感じていた。

 

 今なら何でも出来る気がする。

 

 すると、ツノにエネルギーが螺旋状に収束していき、体からは薄くはあるが炎の様に揺らめく黄緑色のオーラが少しずつ溢れ始める。無意識の内に込み上がってくる力に身を委ねながらカイリューは体を回転させていくと、瞬く間にドラゴンの体は激しい唸りと衝撃を合わせた竜巻の様な破壊的なものへと変わった。

 

 「!?」

 

 予想外過ぎるカイリューに起こった変化に、カンナとキクコは顔を強張らせる。

 その姿が危険なものだと直感したのか、三匹のドラゴンとカンナの氷ポケモン達は一斉にカイリューに向けて技を放つ。無数の光と雪混じりの暴風が一直線に迫るが、黄緑色のオーラの奔流を纏いながら超高速で螺旋回転するドリルそのものとなったカイリューは、放たれた攻撃全てを弾く様に打ち消しながら突撃する。

 

 挑んだポケモン達はすぐ危険性を悟るが、刹那に彼らは通り過ぎる様に貫いたカイリューの常軌を逸したパワーとスピードによって生じた衝撃波で、砕け散った氷と共に宙を舞っていた。

 ドリルそのものとなったドラゴンポケモンの破壊力は凄まじく、四天王のポケモン達を吹き飛ばすだけに留まらず、小島ほどはある氷の足場の一部を完全に粉砕してようやく止まる。

 回転を止めると同時に空中に静止したカイリューが振り返ると、先程の突撃に巻き込まれたポケモン達は皆例外なく砕けた氷が漂う海面へと落ちて行き、力尽きた姿を晒していた。

 

「バ、バカな…こんなことが…」

「これは想定以上だね」

 

 鍛え上げた手持ちを一蹴されたことが信じられなくて唖然とするカンナとは対照的に、キクコは興味深そうに上空のカイリューに目を向ける。進化したばかりのポケモンが平時よりも大きな力を発揮できることは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 

 今の技は”つのドリル”と思われるが、たった一撃で四天王のポケモンを半分近く仕留めたのだ。破壊力がケタ違い過ぎる。しかし、キクコの目には”つのドリル”に別の技、言うなれば更なるエネルギーを纏わせた複合的な上位技である様に見えなくも無かった。

 

 さっきの突撃に巻き込まれた敵はもう動かないと判断したのか、上空に留まっていたカイリューはカンナとキクコ、シバを見下ろす。

 キクコとシバの手持ちはまだ健在ではあったが、先程ワタルとカンナのポケモン達が蹴散らされたことを考えると全く安心できない。次は何を仕掛けてくるのか四天王の三人が動向を窺っていた時、見守っていたアキラが声を張り上げた。

 

「リュット後ろ!」

 

 彼の声に反応して振り返ると同時に、カイリューは咄嗟に腕を使って背後から仕掛けようとするブレて見える何かから身を守ろうとする。

 辛うじて直撃は防げたが、勢いまでは殺せずにドラゴンポケモンは切り揉みしながら氷の足場に叩き付けられた。

 

「よくも…舐めた真似を!」

 

 訳が分からないまま殴り飛ばされた挙句、手持ちの半分を戦闘不能にされて、プライドの高いワタルの怒りは頂点に達していた。ワタル同様にやられっ放しなのに苛立っていた彼を乗せたカイリューは、叩き落したアキラのカイリューに”かいりき”で殴り掛かるが、氷混じりの粉塵の中から立ち上がったカイリューの拳が突き出されて激しく激突する。

 

 両者のパワーは互角だったが、足場の氷があまりの力に耐え切れず蜘蛛の巣状に一気に割れていくのを見て、ワタルのカイリューに押し切ろうとする。このまま冷たい海に沈めてやると彼らは意気込むが、ここで遂にアキラがカイリューにアドバイスを伝えた。

 

「左手で相手の腕を掴んで右に体を捻らせるんだ!」

 

 抽象的ではあったが、彼のカイリューはぶつけた状態で伸ばしたままであるワタルのカイリューの右腕を左手で掴むと、右足を軸に体を捻らせてギャラドスの時と同様にジャイアントスイングを始める。

 右腕に全力を込めていたワタルのカイリューは抗うことが出来ず、されるがままに振り回されて、そのまま彼らはキクコ達がいる場所まで投げ飛ばされた。

 

「こいつ、どこまでも!!」

「もう止めな。ワタル」

 

 カイリューから落とされて、屈辱に震えるワタルをキクコは制する。

 さっき自分達がワタルのカイリューのおかげで流れを引き戻したのと同じ様に、彼らも進化したカイリューによって流れを戻した。キクコとシバの手持ちはまだ戦い続けられるが、カンナの手持ちは全滅、ワタルの手持ちはカイリュー以外戦闘不能。

 対して相手の方はまだ多くのポケモン達が健在な上に、進化した直後で力が有り余っているカイリューがいるのだ。あまりにも分が悪過ぎる。

 

「――引き時だね」

「引き時? 奴に尻尾を巻いて逃げろと言うのか!」

 

 負けを認めることが嫌なのかワタルはキクコを怒鳴るが、老婆は無視して淡々と引き揚げる準備を始める。ジムリーダーを凌ぐ実力者集団である四天王を名乗っておきながら敗北を認めることは確かに悔しいが、ここで倒れては目的を果たせない。

 プライドと目的のどちらを取るかと聞かれたら、キクコは迷いなく目的を選ぶ。

 最終的に勝てば良いのだから、プライドに拘って大局を見逃すなど愚かだ。

 

 どこからともなく三人の周りに黒い霧が現れて、あっという間に彼らを包み込むが、それでもワタルは一人拒否する。

 四天王の将として、ドラゴンポケモンの扱いなら右に出る者はいないのを自負している己が、ドラゴンポケモンどころか手持ちを完全に統率出来ないトレーナーを相手に背を見せるなど断固認めない。無言ではあったが、彼の背はそう言っている様にキクコには見えた。

 

「……頑固ね」

 

 そう呟くと、キクコ達は黒い霧と共に姿を消した。

 去っていった仲間達にワタルは怒りを感じるが、彼自身も既に戦いの流れが変わっていることは良くわかっていた。ならばせめて、奴らに大損害、もしくはここでアキラとカイリューを討つつもりだった。

 

 一方のアキラのカイリューは、ワタル達から怒りの矛先が向けられているのを肌で感じ取っていたが、相手にとって嫌な展開である証明でもあるので逆に気を良くしていた。

 

「凄いなお前のハクリュー…じゃなかったカイリューは」

「正直…俺も驚いているよ」

 

 対峙している間に背を向けている後ろでは、ようやく回復したアキラがレッドと一緒に指示を出すのに最適な距離まで戻って来る。この土壇場に進化しただけでもアキラは驚いていたが、さっきカイリューが見せた技の破壊力には驚きを通り越して言葉を失った。

 

 二年前のミュウツーと戦った時のカイリューの力は、ミュウの力添えは一切無い地力だったのかもしれない。そう思えてしまうくらいにだ。カイリューはワタル達に集中しているからなのか、こちらには一切こちらに視線を寄越さずに背を向けたままだが、アキラとしては驚いている事がもう一つある。

 

 まだ明確にわかっている訳では無いが、彼自身が危機的状況に陥ると頼りにしている相手の動きが良く見える感覚が、そこまで強く集中しなくてもわかる様になっているのだ。

 今の段階でも何気なくわかるレベルなのに、少し集中すると周りが遅く感じる感覚までは至れなくても、視界内にいる存在の動きが手に取る様にわかる。あまりに手軽過ぎて逆にアキラは少し戸惑ってはいたが、心強いことには変わりなかった。

 

「リュット来るぞ!」

「”はかいこうせん”!」

 

 事実ワタルのカイリューが何をしようとしているのか、指示が出る直前にわかったアキラは、カイリューに攻撃が来ることを伝える。

 放たれた”はかいこうせん”は、軌道を読ませない様に複雑な動きでアキラのカイリューに飛んでくるが、既に備えていたカイリューはギリギリ近くの足元に当たる形で避ける。

 

「いいぞ。このまま――」

 

 その時、アキラは体に電流の様なものが走るのを感じた。

 実は目の感覚以外にも、彼は自らの体に起こった変化を自覚していた。

 研ぎ澄まされたかの様に、普段以上に他の感覚も鋭敏化しているのだ。

 

「避けろ!」

「え?」

 

 声を荒げるが、隣にいたレッドとイエローの反応は鈍かった。

 アキラが警告したのとほぼ同時に、砕けた氷と白い冷たい蒸気に紛れてワタルを乗せたカイリューが、アキラのカイリューを余所に突っ込んでくる。

 

 ポケモンよりもトレーナー狙いとアキラは判断し、遅れた()()()()()()両腕で抱えると、横に跳ぶ形で振られた豪腕を避ける。

 不意を突いた攻撃が、空振りに終わってしまったことを知り、ワタルは舌打ちをする。急停止をして更に仕掛けようとしたが、彼らの前にレッドとイエロー、アキラが連れているポケモン達が三人を守ろうと立ちはだかった。

 

「邪魔をするな!」

 

 激昂したワタルとカイリューは、彼ら以外にも集結し始めたグリーンやブルー、ロケット団三幹部のポケモン達さえも同時に相手取った。

 一見すると無謀とも言える数の差ではあったが、怒りで力が湧き上がっているのか、ワタルのカイリューはそれらをまるでものともしなかった。

 

 どれだけ攻撃を受けても怯まず、カイリューと同じ大型ポケモンが体を張って抑え付けようとしていたが、それでも尚止まらず怒りの咆哮を上げながらメチャクチャに暴れる。周囲にいるのは全て敵だからなのか、一切の手加減も配慮もしない暴れっぷりに、ダメージを受けるだけに留まらず戦闘不能にされるポケモンも出てくる。

 

「何て奴だ」

「こっちにもカイリューがいるのに…」

 

 無双していると言っても過言では無いワタルのカイリューに、マチスとブルーは言葉を失う。

 まともに正面から渡り合えているのは何とか止めようとするアキラのカイリューだけだったが、味方の数が多過ぎて逆に上手く戦えていない様にアキラには見えていた。

 多くがどうすればワタルのカイリューを倒せるかを考えていたが、イエローだけは違っていた。

 

「何で彼らは…そこまでするんだろう」

 

 ワタルが連れているカイリューと彼の気持ちがわからず、イエローは呟く。

 傲慢、身勝手など悪い要素は幾らでも浮かぶが、彼らは何故ここまでしてでも世界を変えようとするのか。その理由をイエローは知りたかったが、傍にいたグリーンは口を開く。

 

「そんなこと、俺達がわかるはずがない。仮に理由を知ったとしても、あいつは止まらない」

「同感だ。奴は周りの声を聞かず自分だけの考えに固執している。素直に耳を貸すとは思えん」

 

 グリーンの言葉にキョウも添える。

 過去にそこまで彼らの怒りを駆り立てる何かがあったとしか言えないが、だからと言ってワタル達がやっていることは許されるものでは無い。彼がこんな凶行に走ったのは、ただ怒りの叫びを上げるだけで終わらず、自らの考えを実現できるかもしれないと考えてもおかしくないだけの力を持ってしまったことも大きいだろう。

 

 悲しい過去、悲劇の過去があったかもしれない。

 だけど彼に譲れないものがある様に、アキラ達にも譲れないものがあるのだ。それはイエローもよくわかっていたが、道を踏み間違えて力で訴えるワタルを同じ力でしか止めることが出来ないのが悲しくも悔しかった。

 そんな想いを余所に、荒々しく吠えながら、二匹のカイリューは激しく激突して互いに正面から取っ組み合う。

 

「俺は、負けないぞ!!」

「その状態を維持するんだリュット!!」

 

 同じカイリューを連れる者同士、各々のやり方で鼓舞する。

 鼓舞されたドラゴン達も、押し合いながらも「目の前の相手にだけは絶対に負けたくない」という強い意思の籠った鋭い視線をぶつけ合う。

 

 アキラのカイリューは進化したばかりの影響でかなりの力を発揮出来ていたが、ワタルのカイリューも負けず劣らずのパワーに加えて、先に進化しているが故の経験で対抗する。双方の押し合いは拮抗していたが、他からの攻撃を受けて集中を乱されたことでワタルのカイリューは力任せに投げ飛ばされる。

 しかし、その状況でも体勢を立て直して立ち上がると再び迫る。

 対するアキラのカイリューも構えるが、迫る同族に対してまだ戦う事が出来る他のポケモン達が先に挑んだ。

 

「退けェェェ!!!」

 

 ワタルのカイリューは他のポケモン達を薙ぎ払っていき、上空から爪で斬り掛かろうとしてきたリザードンさえも弾き飛ばす。

 また蹂躙されるかと思われた時、アキラのカイリューが再び正面から止めに掛かった。

 上手く体に力が入りにくい体勢になるタイミングで仕掛けられたが、それでもワタルのカイリューは強引に押し切ろうとする。その時、背後からフシギバナのツルがワタルのカイリューに巻き付いてきた。

 

「小癪な!」

 

 正面だけでなく後ろからの力にも抵抗するが、空から先程打ち払ったリザードンまでもカイリューの体を持ち上げる様に掴み掛かってきたことでいよいよ難しくなった。腕の立つ大型ポケモン三体分のパワーには、流石にワタルのカイリューも対抗し切れない。

 

 ”はかいこうせん”でフシギバナ以外を片付けようとした時、アキラのカイリューは口元をニヤけさせると、押し合っていた体と軸を横にズラす。

 前からの力が弱まったが、そのタイミングにほぼ正面からぶつかってきたカメックスの”ロケットずつき”による激しい衝撃が、ワタルのカイリューの腹部に伝わる。

 重い一撃を受けたことで体から力が抜けるタイミングを見計らい、リザードンが離れると同時にカイリューとフシギバナは、ワタル達を空高く投げ飛ばす。

 

「――ピカ」

 

 怒り狂うワタルとの戦いを見ていたイエローは、静かにピカチュウのニックネームを口にする。

 ピカチュウは不安気に振り返るが、既にイエローは決めていた。

 彼も周りももう止まらない。ならば自分に出来ること――

 

 これ以上ワタルが誰かを傷付けたり壊したりするのを止めることをだ。

 

「お願い!!!」

 

 イエローの頼みを聞き、頷いたピカチュウは駆け出した。

 

「おのれ! どこまでも――」

「いけぇカメちゃん!」

「動きを封じるんだ!」

 

 ワタル達は改めて挑もうとするが、すかさず放たれたカメックスの”ハイドロポンプ”によってカイリューは更に高く宙に上げられ、更にリザードンの”ほのおのうず”に包まれる。

 

「”はかいこうせん”!!」

「”ソーラービーム”!!」

 

 動きを封じたタイミングで、間髪入れずカイリューの”はかいこうせん”、フシギバナの”ソーラービーム”が放たれる。放たれた二つの大技はほぼ同時に、炎を突き破って動きを封じられたワタルが乗るカイリューに命中して上空で激しく大爆発を起こす。

 そして、まだ爆発の煙が晴れない内にイエローの頼みを聞き入れたピカチュウは跳び上がり、雄叫びを上げながら最大パワーで”10まんボルト”を放った。

 

 放出された膨大な電撃が放つ太陽が目の前に現れた様な光の強さに、その場にいた殆どの者は何が起こっているのか直視できなかった。やがてピカチュウが放った電撃が弱まるにつれて光も収まってきたが、そこにワタルとカイリューの姿は無かった。

 

「消えた?」

「いや、逃げている」

 

 まるで最初からいなかった様に何も無いのにイエローは戸惑いの声を漏らすが、違うのをナツメは断言する。超能力が使える彼女がそう言っているという事は、どうやったのかは知らないが辛うじて逃げたのだろう。

 先程までの激戦が嘘みたいにクチバ湾に広がった氷の上は静まり返っていたが、周りには自分達と敵対する存在はいなかった。

 つまり、この状況が意味することは――

 

「勝った…という事か…」

 

 レッドがそう呟くと、その場に居た者達は疲れた様に息を吐いたり、緊張の糸が切れて座り込んだりした。

 四天王全員を相手にしながら退けることに成功した。

 座り込んでいたアキラは、この事実が未だに実感できていなかったが、目に疲れを感じて軽くマッサージの真似事をする。緊張の糸が切れたので体に力が入らないが、何時もなら消える目の感覚は消えないだけでなく吐き気もしなかった。ワタルが消えたことも含めて気になる事だらけだが、今は体を休めようと彼は思うのだった。

 

 

 

 

 

「くそ!!」

 

 身に付けている衣服だけでなく体の至る所に傷跡を残しているにも関わらず、ワタルは悔しさを滲ませていた。プライドを賭けて挑んだと言うのに追い詰められただけでなく、()()()を使うことも脳裏に過ぎりながら負けてしまった自分自身に、彼は苛立っていた。

 

 隠れ家にして拠点であるスオウ島に戻っていた四天王達だが、クチバ湾での戦いのダメージは消して無視できるものでは無かった。

 結果を見れば、現段階で出せる戦力全てで挑みながら返り討ちという無様なものだ。

 

「……俺は…何をやっていたんだ?」

 

 周りが先程の戦いの敗北で暗い雰囲気になっている中、シバだけは一人呆然としていた。

 体が疲労しているのと少なくない生傷を見れば何かあったのは確実だが、彼はその事に関して全く覚えていない。一体何があったのかキクコに理由を聞こうとしたが、その前に老婆は不機嫌そうに振る舞いながらも座り込んでいた石から立ち上がる。

 

「ふん! 今更済んでしまったことを気にしている暇は無いわ。モタモタしていると、奴らがこの島に乗り込んでくるよ」

 

 レッド達にも少なからずダメージを与えてはいるが、さっき戦った敵の中には超能力の扱いに長けた者がいるのだから、この本拠地に乗り込んでくるのも時間の問題だ。元々数日以内に計画を実行するつもりだったが、準備が整っているのならすぐにやるべきだ。

 

「今度こそ…奴らを…」

 

 すっかり同じカイリューを連れているアキラにやられたことで、頭に血が上っているワタルをキクコは杖で突く。

 力が無いのなら見捨てていたが、こんな若造でも四天王最強なのだ。

 まだまだやって貰う事が山程ある。

 そうでなければ、ピカチュウの電撃を浴びせられる前に危険を冒してまで回収などしない。

 

「ワタル、お前さんはどういう手を使ったのかは知らんが竜の軍団を用意しているじゃない?」

「――何を言いたい」

「アタシらの脅威になる連中が一箇所にいる。だったらする事は一つじゃない」

 

 力に自信はあるが、四人掛かりで挑んでおきながらあの結果ではマズイ。

 少なくとも戦力を削るか、計画が達成するまでの時間を稼ぐ必要がある。

 

 キクコの提案に、ワタルは怒りで表情を歪める。

 だけど、このままでは同じことの繰り返しであるのを理解していた彼は、頭を冷やして先程のキクコと同じくプライドと目的を天秤に測って考える。

 予定していた計画とは違うが、ポケモン達の理想郷を建国する野望を成就させる為には仕方ないことだと、彼は割り切った。




アキラ達、カイリューの力で流れを取り戻して四天王を撃退することに成功する。

レッドのニョロボンとのタッグに一騎当千の力を発揮するカイリュー、アキラとカントー図鑑所有者である四人との連携攻撃など、今まで書きたかった要素をこれでもかと詰め込む勢いで書き上げました。
特にニョロボンとのタッグは「最初の手持ち」繋がりで共闘させたかったので、こんなに早く描ける機会が来て良かったです。

カイリューの爆発的な力に関しましては、進化直後に生じたエネルギーによる一時的な強化という解釈と無自覚に勢いで発揮した力などの要素がありますが、後者については少しずつ明らかにしていくつもりです。

最終決戦なノリでしたが、まだまだ戦いは続きます。

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