SPECIALな冒険記   作:冴龍

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第二の転機

 結論から言うと、アキラがトキワの森の中で出会った博士を名乗るヒラタという人物に付いて行ったことは正解であった。

 

 何故なら彼に付いて行ったことで、アキラは無事に昨日から彷徨っていたトキワの森から抜け出すことが出来たからだ。

 彼にとってはそれだけでももう十分だったが、そのまま彼らはニビシティの外れにあるニビ科学博物館と呼ばれる建物にやって来た。

 その博物館の中にある関係者しか通れそうにない通路を一緒に歩いて行く内に、アキラはヒラタが――否、ヒラタ博士が本当に研究者であることをこの時ようやく理解するのだった。

 

「よっ、ようやく着いた」

 

 案内された先の個室に置いてあったソファーに背中を預ける形でアキラは崩れる。

 心身共に安心できる場所に来たからなのか、アドレナリンで抑え込んでいた疲労感が一気に体に広がっていくのを感じた。

 ちなみにヒラタ博士は、この一室に入ってから「しばらくここで休んでくれ」と告げてから別室に行っている。

 お陰で彼は、人目を気にせずソファーに座った状態で体を伸ばして、本当の意味で休息を取ることで心身共に落ち着かせることが出来た。

 

 伸ばした体から力を抜いていき、アキラは研究機材や文献が置いてある棚を見渡しながら、トキワの森の中での出来事を軽く振り返り始めた。

 探知機らしい装置で自分の体の隅々を調べた時、ヒラタ博士は「あの現象に遭遇したのか?」と疑問を口にしていた。更に自己紹介で言っていた「ポケモンのタイプに関しての研究」発言。

 この世界の物語に登場していた憶えが無いポケモン研究者ではあるが、これらを総合するとヒラタ博士は、あの紫色の濃霧に関する現象を調べていることが考えられるだろう。

 

 アキラの脳裏に、つい数時間前の出来事であるにも関わらず、思い出すことさえも忌々しい紫色の濃霧に包まれた屋上が浮かび上がる。

 情報が少なくてまだ明確に決め付けることは出来ないが、恐らく博士が追っているであろう紫色の濃霧の存在が、今後自分にとっては重要になるだろう。

 そんなことを考えていたら、別室にいたヒラタ博士が湯気の漂うカップとちょっとした菓子を持って戻ってきた。

 

「すまんな。疲れているのに突然こんなところまで来てもらって」

「いえ、むしろありがたかったです」

 

 博士とは逆に、アキラは感謝の言葉を伝える。

 まだ完全に信用し切れていないが、彼が見つけてくれなかったら、自分はまだトキワの森を彷徨っていたかもしれない。博士に感謝することはあれど、博士の方が謝る道理は無い。

 

 持ってきてくれた紅茶を口に含み、アキラは味の事は気にせずとにかく乾いた喉を潤す。続けて菓子を口にすることで、さっきから主張している腹を少しだけ満たした。

 ヒラタ博士も紅茶を少しだけ飲むが、彼が紅茶を飲み干して持ってきた菓子を一通り食べて一息ついたのを見計らい、紅茶のカップを置いた。

 

「さて、そろそろ聞いてもいいかね?」

 

 真剣な表情で話し掛けるヒラタ博士を見て、アキラは自然と背筋を真っ直ぐに伸ばし、緩んでいた表情も引き締まらせる。

 傍から見ると、まるでこれから面接を受ける様な雰囲気に博士は苦笑する。

 

「そう緊張しなくてもいいぞ」

「は…はぁい」

 

 ヒラタ博士は肩から力を抜くようにアドバイスをするが、逆に戸惑いを感じた彼は更に肩を強張らせる。その様子に、博士は下手に楽にする様に言えば言う程逆効果であることを悟るが、取り敢えずこのまま話を進めることにした。

 

「それではいきなりじゃが……君は紫色の濃霧を間近で見たかね?」

「!」

 

 博士が尋ねてきた直球な内容に、アキラは驚きのあまり緊張感を忘れて膝の上に置いていた両手を無意識の内に強く握り締めた。

 あの現象についていきなり聞いて来るとなれば、最早確定的だ。

 今の話で、彼は知らない人物であるが故に半信半疑であったヒラタ博士を本気で信じる気になる事が出来た。

 

 この人なら、自分が知りたいことを知っている可能性が高い。

 

 興奮のあまり、すぐにでも博士が知っている限りのことを問い詰めたかった。

 だけど、ここは冷静に頭を働かせてレッドの時にやった記憶が無いフリを思い出す。

 自分と同じ荒唐無稽な考えを持っていそうなこの人でも、小学校の屋上から気付いたらこの森に放置されていたなんて話しても、流石に信じてくれないだろう。

 おかしく思われない様に注意しながら、じっくり時間を掛けて聞いていくべきだ。

 

「――えぇと…何と言えば良いのですか。見たような見ていないような…」

「どういうことかね?」

「どういうことって言われましても、あの森にいた以前の記憶があやふやなもので…」

 

 本当はちゃんと話したかったが、まだ別世界から来たと言っても信用されるかわからない。

 故にアキラは、ワザと記憶喪失の所為でわからない様な答え方をした。

 嘘をつくことは罪悪感が湧くが故に苦手としていたが、博士は特に疑問に思っていないのか、ブツブツ独り言を言いながら勝手に納得していた。

 

「霧に含まれるエネルギーの影響か? だとしたら――」

「あの…断片的に覚えてはいるのですが、その紫色の濃霧とは一体…」

 

 どうも勝手に一人考え込み始めたヒラタ博士に、悪いと思いながらもアキラは博士が追っている紫色の濃霧に関して尋ねる。どうやら自分が考えている以上に事は大きいらしい。

 

「――君の名前は?」

「…アキラです」

「アキラ君。そうじゃな――憶えている限りでいいから、ピッピと言うポケモンがどういうポケモンか教えてくれんかの?」

 

 突然問われた内容に、アキラは内心で首を傾げる。

 何が聞きたいのかわからないが、とりあえずあやふやな記憶でも不自然ではないくらいに自分が知っている限りのピッピの特徴を挙げることにした。

 

 ノーマルタイプであること、つきのいしで進化することの二点を何気なく述べる。他にも可愛い姿であるので大人気なのもあるが、普通に考えたらピッピの特徴はさっき挙げた二つくらいだ。

 答えた直後からヒラタ博士が考える素振りを見せたので、何か引っ掛かることがあるのだろうかと思っていたら、博士は突拍子も無いことを聞いてきた。

 

「君はそのピッピが、一般的に広く知られているノーマル以外のタイプを持つものも存在すると聞かれたらどう思うかね?」

「……普通でしたら信じられませんね」

 

 アキラの知る限りでは、住んでいる場所や個体差で外見が異なるポケモンはいても、知られているタイプが通常とは異なるポケモンはいなかった。加えて新作が出る度に新アイテムや新ポケモンなどは登場しているが、タイプが変わったポケモンはいなかったはずだ。

 

「そう。常識的に考えれば、同じ種にも関わらずタイプが異なるなどあり得ない。しかし――」

 

 ヒラタ博士は少し間を置くと、思わず耳を疑うであろうことを語った。

 

「紫色の濃霧が生じた近辺には、既知の種でありながら本来とは異なるタイプを有した個体のポケモンが現れる時があるんじゃ」

 

 ある意味とんでもない発言に、アキラの思考は一時停止をする。

 それだけ内容が良く理解できなかったのだ。

 

 既に知られている種にも関わらず本来とは異なるタイプのポケモン。

 

 さっきの例え話から考えるとピッピには、ノーマルタイプ以外のタイプを持った個体が存在していると言う意味なのだろう。

 時間が経つにつれて、彼の中でヒラタ博士が語った内容の理解が徐々に進む。

 

「なっ、何ですかそれは?」

 

 先程までの熱心さから一転して、アキラの反応は冷ややかなものに変わる。

 ある意味神様視点でポケモンのことを見てきた彼からすれば、同じ種にも関わらず本来のタイプと違うポケモンが存在していると言われてもあまり信じられない。正直言って、自分と同じくらい他人に話しても相手にされない考えを持つこの人を頼りにしても良いのだろうか。

 一度は消えた疑念が再び湧き上がってくる。

 

 しかし、調べていることや理由はともかく「紫色の濃霧」を追っている点に限れば、頼りになる可能性はある。落ち着いて彼は、納得が出来るまで博士の話を聞くことにした。

 

「今日博士があの森にいたのは、調査の一環だったのですか?」

「そうじゃ、最近トキワの森のポケモンが近隣の住民に危害を及ぼしていると耳にして、もしかしてと思って」

 

 予想通り、ヒラタ博士は調査の一環でトキワの森を訪れていたようだ。

 他にも気になることを口にしていたが、アキラはとにかくあの不可解な自然現象とは言い難い現象について知りたかった。

 

「ヒラタ博士は、その紫色の濃霧を見たことがあるのですか?」

「いや、直接は無い。そもそもポケモンのタイプが変化するのに、最初は霧に原因があるとは考えが及ばなかった」

 

 ポケモンのタイプは、種を構成する重要な要素の一つだ。

 それが変化するだけでも信じ難いことなのに、変わった色の霧が関わっている可能性があるなど普通は思い付かないものだ。

 

 それにアキラは知らないが、元々ヒラタ博士は最初からタイプが変化したポケモンを追い掛けていた訳では無い。本来の研究を進めていく中で、稀にタイプが異なる可能性があるポケモンの存在を噂話程度で聞くだけで真に受けることは無かった。

 しかし、ある日偶然捕獲したポケモンのタイプが本来とは違うのを実際に目の当たりしてからは、その認識を改めざるを得なかった。

 

「それって…大発見じゃないですか?」

「そうなのじゃが、このタイプが変わる現象は曲者なのじゃ」

「曲者?」

 

 当初博士はタイプが異なるのは、同種の突然変異か新種のポケモンと考えていた。

 しかし、不思議なことにタイプが変化していることが確認出来ても、時間が経過すると変化していたポケモンは本来のタイプに戻ってしまうのだ。なので明確な証拠が残らないこともあって本格的な調査には乗り出せず、個人レベルでの調査を何年も続けていた。

 

 そして調べていく内に、タイプが異なるポケモンが確認された周辺で不気味な紫色の霧が出ていると言う話が、よく挙がることにヒラタ博士は気付いた。

 以来、タイプが異なるポケモンのみならず、それに関わっている現象と考えられる紫色の濃霧も彼は追い続けていた。

 

「――もし本当にタイプが変わっているとしたら、本当に霧が原因なのですか?」

「うむ、問題はそこにもある。調べてみると発生したと思われる場所などからは、隕石からしか検出されないエネルギーが検知されるから、恐らく隕石が放つエネルギーが関わっていると考えておる」

「隕石が放つエネルギーですか?」

 

 地道に霧とタイプ変化現象の関係についてヒラタ博士は調べてきたが、ここ何年かでようやくポケモンのタイプ変化と紫色の濃霧との繋がりを見出していた。

 幾つかある仮説の中で、最も有力だと考えられるのは”隕石が放つエネルギー”だ。

 

 それらに関してアキラはより詳細な情報を求めて尋ねるが、一時的にタイプが変化するメカニズムは不明ではあるもののあらゆる角度で調べても隕石からしか確認されないエネルギーが検出される為、この仮説はほぼ確実らしい。

 隕石自体がエネルギーを有しているのかアキラは気になったが、この世界では”つきのいし”を始めとしたポケモンを進化させるための石が存在している。

 

 そう考えると、普通の隕石にも何かしらのエネルギーがあるのだろう。

 となると初対面の時にヒラタ博士が持っていたピコピコ鳴っていた探知機の様なものは、隕石のエネルギーを感知する装置だったのだろう。

 

「つまり、隕石が放つエネルギーによって紫色の濃霧が発生するだけでなく、浴びたことでタイプが本来とは異なる別のものに変わったってことですか?」

「そうじゃ、そう考えれば時間が経つと元のタイプに戻ってしまうことも、エネルギーが発散したからだと説明が付く」

 

 隕石は極端に言えば、地球外からやってくる未知の物質の塊だ。

 それだけでも何があるのかわからない上にエネルギーを有していると言うのだから、正直言って何が起きてもおかしくないだろう。

 

「具体的にどういうエネルギーなのですか?」

「わかっているのは”進化の石”に似ているエネルギー。しかし不可解な点が多い」

「不可解な点?」

 

 詳しく話を窺うと、隕石からしか検出されないエネルギーであるにも関わらず、エネルギーが検知された付近には隕石が存在していないと言うのだ。

 普通なら落ちた隕石から放たれるエネルギーによって、紫色の濃霧が発生すると考えることが一番辻褄が合うのだが、紫色の濃霧が発生したとされる付近に隕石は落ちた記録は無い。

 逆に隕石の落下とは関係無く、紫色の濃霧がエネルギーを有していると考えても、なぜ本来地球上には存在しないエネルギーを帯びているのかと言う謎が生じる。

 この様な理由もあって、両者に繋がりがあることは見出すことが出来ても解明するまでには至れていないのが現状だ。

 

「――他にわかっていることはありませんか?」

 

 一通りの話を聞いて、アキラはこの問題は一筋縄ではいかないどころか、自分の想像を遥か超えているかもしれないことを察する。

 

 だけど歩みを止める訳にはいかない。

 

 話の内容は後で纏めることにして、今はわかっていることだけでも知っておくべきだと考えて更に質問をする。紫色の濃霧については、隕石が有する宇宙に存在しているであろう未知のエネルギーが関わっていることはわかった。

 だけどアキラが一番知りたいことは、自分が何故この世界にいるかだ。

 

 あの時に味わった経験もあって、アキラは紫色の濃霧が生じるのは自然なものでは無くて人為的に起こされた現象と考えている。

 ヒラタ博士は、今の時点ではただの奇妙な自然現象扱いにしているが、絶対にこれを利用している黒幕の様なのが存在している筈だ。

 でなければ人影や足音など見聞きしない。

 

「他にはエネルギーの影響だと思うが、生息するポケモンの凶暴化による襲撃の増加。後は、たまに近辺で行方不明者が出ているってところじゃ」

「何ですって?」

 

 さらりと博士が口にした内容に、アキラは意識を集中させる。

 前者のポケモンの凶暴化は、既にさっきヒラタ博士がトキワの森にやってきた理由である程度触れられていたが、後者の方が彼にとって重要だった。

 どうなっているかはわからないが、今頃元の世界でアキラは行方不明扱いにされているだろう。それを考えると、この世界でもあの霧が発生した付近で行方不明者が出ていると言う話は貴重な情報だ。

 

「稀に行方不明者が出るって、何でそんなことが起きるのですか?」

「それについては全くわからない。凶暴化したポケモンに襲撃されて不幸な出来事に遭ったと考えても、あまりに綺麗に消えておる。まるで神隠しに遭ったみたいじゃ」

「神隠し…」

 

 神隠しの例えに何故か妙にしっくりときたが、同時にある考えも浮かんできた。

 あの紫色の濃霧が別世界に繋がっていると仮定するなら、博士が言う痕跡も無く消えることは十分可能だ。そして自分が、この世界になぜやって来てしまったかの理由の説明も付く。

 だけど、何か違う気がしなくもなかった。

 

 仮に紫色の濃霧がこの世界と元の自分の世界を繋げていると考えたとしても、ヒラタ博士の話を聞く限りでは、頻度は多くは無いもののそれなりの回数は発生しているらしい。

 もし霧が発生する度に互いの世界が繋がるのならば、元の世界でも何かしらの形で知られているはずだ。となれば自分が元居た世界とこの世界は、紫色の濃霧を介して繋がることがあると考えることは安易だろう。

 

 鍵を握っているとしたら、アキラが黒幕と捉えている存在だろう。

 しかし、そうだとしても黒幕が何の目的で紫色の濃霧を起こしているのか。

 何故自分をこの世界に連れて来たのかなど、様々な問題も浮かび上がる。

 少なくとも現時点でわかっていることだけでは、答えは導き出させそうに見えて全く導くことが出来ない。

 

 博士が語っている内容は体験したからこそ理解できることは多いが、同時に謎も多過ぎる。信用は出来ても、全部鵜呑みする訳にはいかない。

 現時点で知った情報を整理し、次に尋ねることをアキラは考え始めた。

 

 紫色の濃霧、隕石特有のエネルギー、黒幕と思われる人物の存在、別世界。

 

 これらのキーワードを上手く整理すれば、何かわかっても良い様な気はする。ところが謎がまた謎を呼ぶ為、疲れ切った頭ではこれらを上手く纏めることが出来ない。

 寧ろ考え過ぎて、彼の思考は停止寸前だった。

 

「疲れているようじゃな。昨日からあの森の中を彷徨っていたのなら無理はない」

「すみません」

 

 本当はもう少し話したかったが、アキラ自身まだ未成熟な小学生の体だ。

 ほぼ休み無しで、痛め付けられた体を動かし続けるのは酷だ。

 ただ、休むにしても色々と気になることが多くて、結局あまり頭を使う必要が無いボールの中にいるミニリュウの様子を気休め程度にアキラは窺い始めた。

 

「取り敢えず警察に身元確認をして貰おうと思うが、良いかね?」

「おっ、お願いします。このまま何もわからずフラフラするのは嫌ですので」

 

 ヒラタ博士の提案に、アキラは疲れた声で同意する。

 しかし、彼はこの世界には存在しない人間。

 絶対にわかる筈はないが、頼まなければ不審だと思ったが故の同意ではあるが。

 にも関わらず博士は少しも疑う様子を見せず、また来るからそれまでに本棚にある本を自由に読んでも良い、と告げると部屋から出て行った。

 

 一人部屋に残されたアキラは、しばらくボールの中にいるミニリュウを眺めていたが、部屋の中にある見たことの無い本の山がどうしても気になった。

 ある程度回復した彼は、立ち上がると研究資料の山やポケモン関係の本の中から何冊かを選ぶと疲れない程度に流し読みにしていくことにした。

 もしかしたら何か、これからこの世界で生きていく上で役に立つことが書かれているかもしれない。

 

 しかし、期待を抱いて手に取った本の内容にすぐに彼は表情を歪めた。

 

 本に書かれている内容は、よく読むゲームの攻略本が真面目になった様なものだと考えていたが、それは正しかった。

 理解出来ない解説に難しい漢字が幾つも書かれた小さな文字の羅列、それらを目にしただけでも彼は疲れた頭が痛くなるのを感じた。

 

 今の自分が読むのは無理だ。

 一旦目を通すことを止めたが、やっぱり気になるので少しでも内容の理解がしやすくなると思われる挿絵が多い本を探し始めた。

 ところが、どの本もアキラが考えている様なものでは無かった。

 結局本を読むことは止めて体を休ませるのに専念すべきかと考え始めたが、探している途中、本棚の隅に丁寧に置かれた何故か震える様に小刻みに動くモンスターボールを彼は見つけた。

 

 何だろうと思いながらも、好奇心に駆られたアキラは手を伸ばしてその小刻みに震えるボールを手に取った。

 中身を確認するが、中には変な黒なのか紫なのかよく分からない小さな球体がモンスターボールの中心で静止していた。

 これがポケモンなのか彼は気になったが、軽く振ったりボールにデコピンしたりと刺激しても球体は静止したままだ。今でもどうやっているか不明だが、ボールを小刻みに震えさせている。

 

「どうなっているんだ?」

 

 不思議そうにアキラは首を傾げるが、この球体を詳細に知るためにボールに電気スタンドの光を当ててみる。何らかの反応を期待したものの、球体に動きは無い。ただモンスターボールの中心で不自然に静止しているだけだ。

 特に変化が見られなかったので、彼が棚に戻そうとするが、ボールは揺らすかの様な振動に変わった。

 

 まるで嫌がるかの様な動きに、再びアキラはボールを掲げて中身をジッと見つめた。

 掲げてからもボールは大きく揺れ続けるが、相変わらず球体に変化は見られない。

 

 と思ったら

 

 そのモンスターボールから強烈に眩しい光が放たれて、アキラの目は眩むのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「――あっ、ごめん。さっさと食べないとな」

 

 遠い目で昔経験した出来事をアキラはぼんやりと思い出していたが、連れていた手持ちの一匹が少し痛く感じる程度に突いてきたのを機に意識を過去のニビシティから――現代に戻した。

 

 今彼らがいるコガネシティの警察署内の食堂は、お昼の時間帯だからなのか、どのテーブルも勤務している警官達や連れているポケモン達で一杯になっている。

 その中で窓際のあまり目立たない隅のテーブルで、アキラは手持ちのポケモン達と一緒に昼食を摂っていた。

 既にポケモン達は半分くらいまで食べていたが、彼は完全に食事をすることを忘れていた。

 

「何時もお前には苦労を掛けてしまうな」

 

 過去から現代に意識を戻してくれた手持ちにアキラは申し訳なさそうに呟くが、そのポケモンは首を横に振って気にしていないことを伝える。本当に彼は昔から素直で優しいだけでなく、細かいところまで自分を助けてくれるので本当にありがたい。

 そう思いながらアキラは礼を伝えると、箸で料理を摘んで食事を再開した。

 

 まあ何がともあれ、ヒラタ博士との出会いはアキラにとって大きな転機だった。

 トキワの森で彼と会っていなければ、まず間違いなく自分は今ここにいないのは断言できる。それだけ、ポケモンタイプ研究者であるヒラタ博士との出会いの影響は大きかったのだ。

 これ以上考えるとまた食の手が止まってしまうので、彼は一旦食事に集中しようと意識を切り替えようとするが――

 

「………」

 

 さっきから薄々感じてはいたが、周りから注がれる視線が気になって今度は落ち着いて食事に手が付けられなくなった。

 取り敢えず無視を決め込むも、どれだけ無視してもこの食堂で食事をしている人達の囁く声を耳は嫌でも拾ってしまう。

 

 視線を向けられる理由はわかっている。

 自分が連れている手持ちのポケモン達の食事の仕方が普通では無いからだ。

 

 今座っているテーブルの正面右端に目を向ければ、手持ちの一匹が握る様な持ち方ではあるがそこそこ上手くスプーンを扱い。目の前と横にそれぞれ座っているのに至っては、自分よりも器用に箸を使っている。左横にいるポケモンは、フォークで絡め取ったパスタを口に運んでいる。

 

 基本的にこういう場所での食事メニューは、人間用とポケモン用に分かれてはいるが、ポケモン達の多くは人間用のでも食することが出来る。

 ただ、食べるだけならポケモンでも出来るが、周りに不快感を与えずに食べられるかが問題だ。

 

 アキラの横で床に座り込んでいる手持ちの二匹は、ポケモン用の食事を警察関係者が連れている他のポケモン達と同様に食しているが、それは手の形や大きさが食器を扱うことに適していないだけだ。適していたら、恐らく他の四匹の様に食器を扱う練習をしていただろう。

 連れているの手持ち達の方向性にアキラは軽く考え始めるが、視界の片隅で見えたコソコソとした動きは見逃さなかった。

 

「相変わらず抜け目がないな」

 

 表情を変えず淡々とした声色でぼやきながら、彼は軽く手刀を落として伸びてきた箸が自分の皿の上にある料理を摘まむことを防ぐ。

 悔しそうな表情で手刀を落とされた手の持ち主は痛がっていたが、その目の奥に見えるものは、初めて会った時から少しも変わっていない。

 そのつもりは無かったが、アキラの脳裏に再びかつての――四年前にあった出来事の記憶が、古ぼけた映像フィルムの様に再生され始めるのだった。




アキラ、助けてくれた博士の研究内容に疑問を抱きながらも信じることにする。

何回目かの設定変更時「ピッピのフェアリータイプへの変化は良い要素になるな」→サン・ムーンでのリージョンフォームの発表「ふぁ!?」
もしサン・ムーンでリージョンフォームの発表が無かったら、書き上がるのはもう少し遅くなっていたかもしれません。ていうかあれでブーストが掛かりました。

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