一部の展開を変な編集のまま放置していたことに最近気付きました。
大変申し訳ございません。
ジャンプした勢いが強過ぎて、天井に上半身をめり込ませたエレブーにアキラは嘆息する。
何と言うべきか、凶暴化しても根っこは変わっていないことを感じさせる。エレブーは抜け出そうとぶら下がっていた足をジタバタさせていたが、めり込んだ上半身は中々抜けない。
「お前のエレブー大丈夫か?」
「――多分」
見兼ねたレッドはアキラに尋ねるが、彼は曖昧な返事を返す。
試合はエレブーが抜け出すまでしばらく中断の状態が続くが、やっと抜け出したエレブーはバトルフィールドに尻餅を付く形で着地する。
さっきまでの荒々しさが消えて、惚けた表情なのを見ると”がまん”の解放時間が切れてしまったのは明白だ。
「お疲れエレット」
何が何だかわからずぼんやりとしているエレブーを、アキラはさり気なくモンスターボールに戻す。まだまだ戦えるだろうしタイプ相性は有利だが、空を飛んでいるプテラ相手に有効な技をエレブーは覚えていない。
それに相手はレッドだ。
最初の”がまん”の為に、”ハイドロポンプ”を正面から受け止めてダメージを受けているのだ。少しも油断できないし、無理に戦わせ続けるのは危険でもある。
「リュットがカイリューに進化していてくれたらな」
ミニリュウがいずれカイリューに進化して空を飛べる様になるのを知っていたので、今までひこうタイプはあまり気にしていなかった。
思い出せば、セキチクシティに向かう途中で戦った鳥使いに妙なくらい苦戦していた。その時は上手く退けたが、今日までひこうタイプ対策を全くしていなかったことに、アキラは頭を痛める。
「仕方ない。ヤドット、”ねんりき”」
残された手持ちの中でひこうタイプに対して、一応対抗手段があると言っても良いヤドンをアキラは新たに繰り出す。
彼が連れているとは思えないぼんやりとしたポケモンの出現に、レッドは拍子抜けする。アキラが連れているポケモンは、良くも悪くも個性的だ。
だけど出てきたヤドンは、あの種にありふれた雰囲気を漂わせていて、どうも強い個性と派手さが感じられなかった。だが、切っ掛けさえあればあの臆病なエレブーが爆発的な力を発揮するのだ。
何をやらかすかわからないが、先手を打つべきだろう。
「プテ、”ちょうおんぱ”で様子見だ」
羽ばたいていたプテラは口を開けると、甲高い音を放つ。あまりの甲高さに、アキラだけでなく観客達も耳を塞ぐ。見ての通り、その不快な音で相手の行動を制限すると同時に混乱させる効果が”ちょうおんぱ”にはある。
まともに受けたヤドンに目立った変化は見られなかったが、”こんらん”状態にしたと言う一応の保険は掛けられた。
「続けて”はかいこうせん”!!」
音波の次にプテラはその口から強烈な光線を放ち、全く動く気配の無いヤドンに直撃する。”はかいこうせん”はポケモンの中でも最高クラスの威力を誇るが、光と煙が収まるとヤドンは出てきた時と全く変わらない姿勢を保ち続けていた。
「? どうなっている?」
エレブーの様に耐えてから反撃するタイプだと思ったが、全く動かないだけでなく効いているのかさえも全く分からない。表情も出てきてからずっとぼんやりとしたままで、ヤドンの特徴とアキラが一体何を狙っているのか読めなかった。
その直後、プテラの体が薄い青みを帯びた光に包まれ、意思に反して体の自由が突然利かなくなった。
「プテ!?」
プテラは抵抗するが、何か外的な力が働いているのかリングに何度も叩き付けられ始めた。これだけでレッドはアキラのヤドンが何かを仕掛けていることに気付いたが、如何にかしようにももう遅い。
やっとヤドンの”ねんりき”が発揮されたことを見届けたアキラは、早めにプテラが力尽きるなり、戦闘続行不能になるのを祈った。
彼が連れているヤドンは、例外を除けば指示の実行もダメージを感じるのも何十秒か後になる変わった特徴を持っている。”ねんりき”を仕掛ける前に、あれだけの攻撃を受けたのだ。時間差でダメージが露呈する前に、早々に決着をつける必要があった。
最初は何度もリングに叩き付けるだけだったが、最後にヤドンはプテラを天井の照明に勢いよくぶつけた。ただぶつけられただけならリングに叩き付けるのと変わらないが、明かりを維持する為に照明を通っている電気にプテラは感電する。
「あぁ、プテ!」
体の至る箇所を焦がしながら、プテラは真っ直ぐ落ちていく。
リングに叩き付けられる前にレッドはボールに戻して審判の判定から逃れるが、アキラの方もヤドンをボールに戻した。大ダメージを与えられたが、ヤドンの方も序盤にプテラが仕掛けてきた攻撃のダメージがやってきたのか危うく倒れ掛かったのだ。
これで互いに無傷なのは二匹。
戻した四匹には戦える力が残っているのもいるが、お互い相手の力を考えると下手に出したくはなかった。
「スット、しっかりやってくれよ」
新しいボールを手にしたアキラが頼む様に告げると、中でゲンガーは「任せろ」と言わんばかりに胸を張る。
レッドの手持ちで万全な状態で残っているのはニョロボン、フシギバナの二匹だ。前者は相性、後者は覚えている技の関係上ゲンガーにとっては戦いやすい相手だ。なのでアキラ的にはこの場で勝負を決めるか、二匹共にダメージを与えて最後に残るミニリュウを少しでも楽させたかった。
「…どうしようかな」
アキラは早々に次に出すポケモンを決めたが、逆にレッドの方は悩んでいた。
残っているポケモンで相手するのは、間違いなくミニリュウとゲンガーだ。この二匹がどれだけの力を秘めているかは、一緒に過ごしていた経験もあるのでレッドは良く知っている。
能力を考えればフシギバナとニョロボンの方が上だが、どちらも残ったアキラのポケモンとは相性が悪い。オマケにミニリュウはパワーに秀でていて、ゲンガーは頭が良い為、戦況に応じて戦い方を大きく変えることもできる。ここからの戦いは、自分にとって非常に厳しいものであると言わざるを得ない。
どうするか悩んでいた時、腰に付けていたボールの一つが激しく揺れた。
「…行ってくれるのか?」
揺らされたボールを手に取って意思を確認すると、中にいる手持ちは頷く。
「――わかった。お前を信じてるぞ」
ようやく次に出すポケモンが決まり、彼らは同時にボールをリングに投げる。
ボールが開くと、巨大な花弁を背負ったフシギバナと影が具現化した様な姿のゲンガーがリングの上に現れた。
「先手必勝だフッシー!」
「何時も通りにやっていこう!」
レッドは先制攻撃を命ずるが、アキラは鼓舞する様に手を叩きながら伝える。
すぐにフシギバナは仕掛けようとしたが、先手を取ったのは予め準備をしていたゲンガーだ。
シャドーポケモンは、目を光らせて”あやしいひかり”を放つ。直視すれば混乱か眩暈、仮に防げても一時的に視界を奪うことができる。フシギバナが選んだのは目を閉じて防ぐ方だったが、閉じる寸前に確認した位置目掛けて”つるのムチ”を振ってゲンガーを叩き飛ばした。
「大丈夫かスット?」
くさタイプの技は相性的にダメージは少ないはずだが、レッドが育てているポケモンは基本的にタイプ相性をものともしない威力がある。すぐにゲンガーは体勢を立て直して問題無いのをジェスチャーで伝えると、叩かれて痣が浮かぶ頬を拭う仕草をして、集中力を高めると反撃の”サイコキネシス”を飛ばす。
くさタイプにどくタイプが複合しているフシギバナにとって、エスパータイプ最高クラスの技はかなり効く。巨体故に吹き飛びはしなかったが、それでも念の衝撃に堪らず後ろに下がっていく。
「よし、どんどん叩き込むんだ!」
チャンスと見て、アキラはゲンガーに”サイコキネシス”の連続攻撃を伝える。ゲンガーも勢いに乗って続けて念の波動を放ち、受ける度にフシギバナの体は揺れて後ろに一歩ずつ下がるが必死に耐える。
反撃しようにも飛んでくる”サイコキネシス”の衝撃波の影響で、ゲンガーに攻撃を届かせることは難しい。防戦一方な状況が続いていたが、レッドを良く知るアキラは彼が耐え続けているのに違和感を感じ始めた。打つ手が無くて悩んでいるかと思ったが彼の目に一片の曇りは無く、まるで自分がエレブーとヤドンが本領を発揮する機会を待っている様な印象を受ける。
「嫌な予感がするな」
何か準備に時間が掛かる技をレッドのフシギバナは覚えていただろうか。
記憶を遡りながら耐え続けているフシギバナをアキラはよく観察すると、たねポケモンが背負っている巨大な花弁に少しずつ光の粒子が集まっているのが見えた。
「スット攻撃中止! ”さいみんじゅつ”だ!」
レッドの狙いに気付いたアキラは慌てて作戦変更を伝えるが、ゲンガーは「何で?」と言った表情で顔を向けると攻撃の手も止める。絶え間ない攻撃から解放されたフシギバナは、戸惑いから生まれた空白の時間に表情を引き締めると体を支える四肢でリングを踏み締める。
「今だ! ”ソーラービーム”!!!」
満を持して、背中の花弁から”はかいこうせん”を凌ぐ輝きを持つ光が放たれた。
油断していたゲンガーはギリギリで直撃は避けるが、掠っただけでもその威力に体は吹き飛び、危うくリングの外まで転げるところだった。
「スット!」
ゲンガーがリングから落ち掛けているのを見て、急いでアキラは駆け寄ると同時に引き揚げるのを手伝う。幸いゲンガーの意識はあったが、僅かに体に当たっただけでもダメージが大きいのか、中々立ち上がれそうになかった。
「すまないスット。よくやってくれた」
追撃を考慮して、労いながらアキラは急いでゲンガーをボールに戻す。レッドの方も逆襲には成功したものの、相性が悪い技を受け続けたことで息が上がっているフシギバナをボールに戻す。
試合は再び振り出しに戻るが、これでまだ無傷のポケモンはお互い一匹ずつだ。
相手が相手なだけに慎重に戦ってきたこともあるが、まさか実質フルバトルになるくらいバトルが長引くとはアキラは思っていなかった。最初は傲慢であると自覚しながらも、レッドがこの先やっていけるのかを確かめるつもりで挑んでいたが、既に彼はそんな事は忘れていた。
もっと戦いたい。
もっと自分達の力を試したい。
そして勝ちたい。
だけど望みに反して、長かったレッドとの戦いも次で終わりだ。
気持ちを落ち着かせるべく息を吸うと、彼はこの試合が始まってから手を付けていなかったボールを手にする。
「リュット、お前に託していいか?」
最初に手にしたポケモンにして、相棒であるドラゴンにアキラは声を掛ける。
しかし、ボールの中にいるミニリュウはミュウツーと戦った時に悩んでいた自分に問い掛ける様な目付きをしていた。どうやらさっきまで繰り広げていた彼のやり方に疑問があるらしい。
確かにここまでの流れを振り返ってみると、自分がしっかりとしていれば勝てたかもしれない場面は幾つかあったのだからそう思われても仕方ない。
「ちゃんとやるよ……いや、ちゃんとお前を導くよ」
戦うのはポケモンだが、トレーナーは如何にして彼らが戦いやすい様に考え、しっかり導かなければならない。まだ自分は、ミニリュウの力の全てを引き出せていないのだ。レッドに勝利するには、出し切れていない力を出し切るしかない。
今度は何事も見落とさないと決意を新たにしていた頃、レッドはニョロボンが入っているボールと向き合っていた。彼もまた初めて手にしたポケモンと共に、最後の戦いの準備に入っていた。
ここまで戦ってきて確信したが、アキラは想像以上に強くなった。それをレッドは実感していたが、彼が強くなったのと同様に自分も強くなっている。元々彼は、自分よりもポケモンに関して知っているのだ。何か切っ掛けがあればすぐにでも強くなる。
「アキラみたいに知識豊富って訳じゃないけど、やってくれるよな?」
レッドの問い掛けにニョロボンは頷く。
知識と言ったアキラに負けているであろう分野は、確かにある。
だけど、それ以上に勝っている分野の方が多い自負が彼にはあった。
双方、最後のポケモンとコミュニケーションを取り合うのを終えると同時に動いた。
「いけぇニョロ!」
「頼むぞリュット!」
ニョロボンとミニリュウの二匹が、この試合に決着をつけるべくボールから飛び出す。
飛び出したミニリュウは、早速勢いがあるのを活かして”たたきつける”を繰り出すが、ニョロボンは素早く腕を盾にして防ぐ。そのまま反撃と行きたかったが、思っていた以上にパワーがあってすぐに動けない。
「”りゅうのいかり”!」
間を置かずアキラは青緑色の炎を放つのを伝え、その威力に思わずニョロボンは下がる。
続けて動きを鈍らせる”でんじは”の電流が飛んできたが、咄嗟に”かげぶんしん”で無数の分身を生み出してニョロボンは避けた。アキラは先程のサンドパンの様に”ものまね”で”かげぶんしん”を真似させようとしたが、その前にニョロボンはミニリュウに仕掛けてきた。
思考の時間を取らせない素早い攻撃に、どれが本物か見極めることが出来ないままドラゴンポケモンは頬にめり込む強烈なパンチを受ける。殴られた勢いのままに打ち上げられて、アキラの視線はミニリュウを追い掛けるが竜の子はすぐに宙で体勢を立て直す。
しかし、直後に追撃の”れいとうビーム”の光が飛んできた。
「しまった!」
ミニリュウの動向ばかり気にして、一瞬でもニョロボンへの意識を外してしまった事をアキラは悔いる。ドラゴンタイプにとって相性が最悪なこおりタイプの技が直撃するが、ミニリュウは体に張り付いた氷が薄い内に砕いて”れいとうビーム”から逃れる。
幸いまだ体力にも余裕があったので、ニョロボンとの距離も取る位置に着地した。
「リュット、大丈夫か?」
アキラの呼び掛けにミニリュウは尾の先端をリングに叩き付けて応えるが、それは苛立っている様に見えた。
「さっきのは気付けなくてごめん。今度はしっかりやる」
今の攻撃は自分が視野を広くしていれば防げていた。
ただでさえミニリュウは、自分のトレーナーとしての技量をまだ信じ切れていないのだ。この後の指示やアドバイスを全て無視されても文句は言えない。
だけど、もしそうなったとしても彼はミニリュウを最後まで信じて、出来る限りのことを尽くすつもりだ。謝る彼にミニリュウは一転して気が抜けた様な呆れ顔を見せるが、すぐに目の前のニョロボンを見据えた。
「”こうそくいどう”で翻弄しながら様子見をするんだ!」
アキラの言葉に応じたミニリュウは、”こうそくいどう”で不規則に移動しながら構えているニョロボンに迫る。そのまま様子見の指示を無視して”たたきつける”を仕掛けても良かったが、何故か直前で思い留まり、伝えられた通りに狙いを定まらせない様に機動力を活かしながら様子を窺う。
追い掛けることも精一杯のスピードにニョロボンは戸惑っていたが、しばらく待ってもアキラからの指示は無い。ミニリュウは隙を見て改めて攻撃しようと思ったが、またしても思い留まった。
役に立つと思える事以外は、アキラの言う事をそこまで聞く必要は無い。
しかし、本当にそんなことをして良いのかと言う躊躇いがあった。
戦っている最中であるにも関わらず、ミニリュウは答えを求めて自問自答を繰り返す。
「今だ! ”まきつく”!!」
アキラの合図に無意識に反応してニョロボンに飛び掛かった瞬間、ミニリュウはようやく答えを悟った。自分も目の前で戦っているニョロボンの様に、自らの為だけでなく勝利を信じている彼の信頼に応えたいと思っていたのだ。
忠誠を誓う気は無いし主従関係も認めたくない、そんなものは嫌いであるのには変わりない。だけど背後に控えているアキラは、タマムシシティでの戦いでそれらをわかった上で自分を信じているのだ。ならば、今回も共に戦ったあの時の様に応えよう。
「――え?」
それに真っ先に気付いたのは、見守っていたアキラだった。
”こうそくいどう”で残像が見える程まで素早さを高めたミニリュウの動きが緩やかに見えたと思ったら、鮮やかな光に包まれてその姿を変化させていく。
突然ニョロボンが驚愕の表情を浮かべて動きを鈍らせたのを好機と見たミニリュウは、まずは指示通りに体を右腕に巻き付かせるが、まだ体に余裕があった。そこから余った体を活かして胴と左腕を締め上げるが、ここでようやく自らの体に起こった違和感に気付いた。
今までになく体が力に満ち溢れているのを感じることは勿論、体は倍以上に長く伸び、尾の先端に青い宝石の様な珠が並んでいた。出来る事ならすぐに鏡を見たいまでに己の身に起きた変化が理解できなかったが、アキラはその答えを口にする。
「ハクリューに…進化した」
嬉しさ半分、信じられなさ半分の声でアキラは呟く。
今まで既に進化に十分なレベルに達していたことは知っていたが、ポケモンリーグと言う大切な場面で進化するとは少しも思っていなかった。彼の言葉にハクリューは自分の身に起きた変化を理解するが、進化の影響なのかさっきまで受けていた傷や疲労が消えていて、万全とも言える状態になっていた。
「そのまま締め上げるんだ!」
このチャンスを逃す手は無い。
アキラとハクリューの考えは一致し、そのまま一気に力を込めてニョロボンを締め付けていく。万が一”れいとうビーム”で反撃されない様に、ハクリューは念入りに絡み付いた両腕とも見当違いの方へ向ける。ニョロボンは抵抗するが、ミニリュウの時よりも力が増しているからなのか中々振り払えない。
ジワジワと確実に追い詰められている状況にレッドは焦る。けど反撃しようにも両腕は使えない。右腕は曲げることが出来ず、左腕に至っては手を握り締めている為、変に技を命ずれば暴発してしまう可能性がある。
ニョロボンが得意とする戦い方は、完全に封じられていると言っても過言で無かった。
「ニョロ…」
状況は絶望的だが、まだニョロボンは諦めずに粘っているのだ。トレーナーである自分が弱気になってはいけない。この圧倒的不利な状況を打開すべく、レッドは頭を働かせる。
しかし、身動きは取れないだけでなく技も飛ばすことも出来ない今の状況は、正直に言って
「――お手上げ……手?」
「手」の単語を呟いた直後、唐突にレッドの脳裏にアキラが連れているエレブーとブーバーの姿が過ぎった。彼らは、”かみなりパンチ”や”ほのおのパンチ”と言った自らのタイプのエネルギーをその手に纏わせて攻撃していた。
そこまで考えて、レッドは閃いた。
「ニョロ! 両手に”れいとうビーム”の冷気をイメージするんだ!!」
すぐにレッドは、ニョロボンに”れいとうビーム”をイメージする様に指示を出す。
ニョロボンは彼の指示に戸惑いながらも、両手に”れいとうビーム”を放つ時に込めるエネルギーを集め始めた。レッドの指示とニョロボンの変化にハクリューは警戒して、集中力を削ごうと締め付ける力を一層強める。
しかし、幾ら力を強めてもニョロボンは屈せず、徐々に両手は凍り付く様な冷気を纏い始めた。
最初は薄らと光る程度だった冷気も時間が経つにつれて光と共に強まり、巻き付いているハクリューの表情を歪ませる程度に影響を及ぼし始める。ニョロボンの手の変化にアキラは気付いたが、どう対処するべきなのか迷った。
万が一を想定して距離を取るべきか。
それとも多少悪くはなったが、この有利な状況を維持するべきか。
最も警戒すべきなのは、バトルで追い詰められた時に発揮されるポケモンの底力と持ち前のバトルセンスから齎されるレッドの機転の良さだ。前者はアキラ自身も経験済みだが、後者は数え切れない程の絶望的状況でも彼が勝ち続ける原動力になっている。
それら二つが合わさった時の爆発力は、想像を絶するだろう。ならばその僅かな逆転の芽も潰そうと決め、アキラはこの状況を維持することを選択する。
「ミニリュウ…いや、ハクリューの体を掴むんだ!!」
その直後、ニョロボンは可能な限りの力を振り絞って冷気を纏った手でハクリューの体を掴んできた。直に伝わる冷気によって体が凍り付き始め、ハクリューが苦しみ始めたのを見てアキラは動揺する。
「下がるんだリュット!」
まずいと判断したアキラは、さっきの判断を撤回してすぐにハクリューに離れるのを伝える。流れる様な動きでハクリューはニョロボンから距離を取ろうとするが、ニョロボンはダメージがあるにも関わらず、まるで気にしていない様にドラゴンポケモンに迫った。
「そのままいけぇぇ!!!」
レッドの叫びに応える様に、ニョロボンは両手に冷気を纏った拳をハクリューにぶつける。ただのパンチだったら、ハクリューは耐えてすぐに反撃できたが、苦手なこおりタイプのエネルギーを纏ったパンチは想像以上の威力だった。
体勢を立て直すこともままならず、一転してニョロボンの逆襲にハクリューは押される。
「頭突くんだリュット!!」
このままではやられる。
誰がどう見ても明らかな不利な状況を打開しようと、アキラは我ながら無茶苦茶と思いながら頭突く指示を出す。しかしそんな無茶をハクリューは見事にこなし、進化したことで角の生えた頭を打ち付けてニョロボンを飛ばす。
何とか難を逃れたが、中距離でも”れいとうビーム”の存在があったのに、近距離でもハクリューの対抗手段を得られては勝つ見込みは大幅に下がる。次の一手を考えることを迫られてアキラは焦りで思考が一瞬パニックになるが、ハクリューの力強くも問い掛ける様な目を見て彼は決意した。
「リュット」
全ての雑念を振り払い、アキラは最も信頼する相棒の名を口にする。
ここまで戦ってくれたハクリューの力を信じ、今まで繰り広げた数々の戦いの集大成のつもりで声を上げた。
「”はかいこうせん”だ!!!」
アキラから伝えられた言葉にハクリューは応え、角の先端に極限までエネルギーを凝縮して自身が持つ最強の技を放った。
ミニリュウの時の荒々しい光の束とは異なり、光の槍を彷彿させる程に洗練された”はかいこうせん”は一直線に飛んでいき、ニョロボンの体を
「なっ!?」
予想していなかった光景に、アキラとハクリューは唖然とする。
今まで”はかいこうせん”で戦ってきたポケモンを始めとした様々なものを攻撃してきたが、ポケモンを貫いたのは初めてだ。だが、これが何を意味するのかをアキラは知っていた。
何の抵抗も無くニョロボンを貫いたと言う事は、今攻撃したニョロボンは”みがわり”か”かげぶんしん”で生み出された偽物であることを意味している。
彼は失敗したことを悟ると、貫かれたニョロボンの姿が消えるのを見届けること無くどこかにいるはずの本体を探すが、本物のニョロボンはハクリューの体の下に滑り込んでいた。
「信じていたぜアキラ。
この時レッドは、直感的にアキラとハクリューならこの場面で仕掛けてくるのを読んでいた。
今の彼らは、以前の様な一方的な関係では無く互いに信頼し合っている。一緒に過ごした時期は短かったが、互いに信頼し合っているポケモンとトレーナーなら、この場面で最も信頼する技を使う筈だ。
もしレッドも同じ状況に追い詰められたら、アキラと同じ選択をしていただろう。
「いっけぇぇぇ! ”ちきゅうなげ”!!!」
これでこのバトルの勝敗が決まる。
声を張り上げるレッドに呼応する様に、ニョロボンは長い胴を掴むと持てる力全てを込めた”ちきゅうなげ”でハクリューを投げ飛ばす。
豪快に放り投げられたハクリューの姿をアキラは目で追うが、激しく体をリングに叩き付けてから、横たわったまま動かなくなった。
「リュット…」
急いでアキラは駆け寄ろうとしたが、ドラゴンポケモンは彼が来る前にゆっくりと静かに体を起き上がらせた。満身創痍だが、ハクリューはまだ戦おうとしているのだ。ならば自分のすることは決まっている。
近くまで寄って次の行動をアキラが伝えようとした時、突然試合の経過を見守っていた審判が旗を掲げた。
「ハクリュー、戦闘不能!」
「――え?」
審判の宣言に観客達は雷鳴の様な歓声を爆発させるが、アキラは意味が分からなかった。
ハクリューは起き上がっているはずなのに何故戦闘不能と判定されたのかわからず、彼はハクリューの様子を窺うが横から見た相棒の姿に絶句した。
何時も戦意を漲らせた鋭い目から、光が消えていた。
最後までニョロボンを見据えていたと思わせる目付きを浮かべたまま、ハクリューは気絶していたのだ。
「終わった…のか…」
ようやく、アキラは全てを理解する。
自分の挑戦が終わったこと。そして勝手に決めた自分の役目が終わったことを。
起き上がった状態で像の様に固まったまま気絶していたハクリューだったが、観客の歓声でリングや空気が揺れる影響もあってアキラを下敷きにする様に崩れた。
「リュット、あわわわ」
慌てながらも彼は、ハクリューがリングに体を打ち付けない様に支える。
進化したことで大きくなった体は相応に重くなっていたが、何とかアキラは自分自身の体をクッション代わりにして、一緒に倒れ込みながらゆっくりと体を横たわらせる。
間近で触れて気付いたが、体が大きくなっただけでなくミニリュウの時とは違って体皮は輝く様な鮮やかな青い色をしており、さっきまでバトルをしていたのが嘘の様に綺麗だった。
「ありがとうリュット。本当に…本当によくやってくれた」
開いたままになっている目を優しく閉じ、労いと感謝の気持ちを込めてアキラは膝の上に乗っているハクリューの頭を撫でる。唯一心残りなのは、勝てる可能性は有ったのに自分の至らなさ故に最後までちゃんと導くことが出来なかったことだが、今は彼らの努力を労おう。
静かにハクリューをモンスターボールの中に戻すと、最後まで立っていたニョロボンを伴ってレッドが歩み寄ってきた。
「良い勝負だったぜアキラ。今まで戦ってきた中で一番負けるのが頭に過ぎったバトルだった」
「――その言葉を引き出せるとは思っていなかったよ」
後にその感想は上書きされるかもしれないが、彼がそう感じるまで自分達が強くなれたことにアキラは嬉しいものを感じた。
座り込んだまま中々立ち上がらない彼にレッドは、自分の右手を倒れているアキラに伸ばす。
「ほら掴まれよ」
「――ありがとう」
レッドから差し伸べられた手を掴んで、アキラは立ち上がる。試合が終わったらすぐに去るのではなく、手を貸して互いに健闘を称え合う姿に、見ていた観客達は惜しみない拍手と歓声を送る。
不意に初めてレッドと会った時の記憶がアキラの脳裏を過ぎったが、今は清々しいまでの心地良い気持ちに浸るのだった。
アキラ、ミニリュウがハクリューに進化するも最後の最後で敗れる。
ミニリュウが進化するのは「本当の信頼」を寄せた時と決めていましたが、何回も書き直している内に自然と第一章の終盤になっていました。
もっと早く、それこそミュウツーと戦う段階で”へんしん”合体ではなく本当の意味でカイリューに進化させるのも考えていましたが、何年も第一章とその後の話しでの彼らのやり取りや関係を描いたり脳内妄想を浮かべている内に、彼らはもっとを時間を掛けるはずと考える様になって自然と消えました。
最後の反撃と回避は、極限状態でレッドが勝つとしたらどういう展開になるんだろうかと思いながら書いていたら、気付いたらこういう流れの下書きが出来上がっていました。
次回で第一章完結です。