SPECIALな冒険記   作:冴龍

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第一章終盤です。
もう何話か少なくしたかったのですが、思う様にいきませんでした。
前日誤字報告をしてくださった方ありがとうございます。
今後も「SPECIALな冒険記」をよろしくお願いします。


集大成

 ぼんやりと四年近く前の出来事を思い出していたアキラだったが、自販機から目的のものが音を立てて転がってきたのに気付くと、何本かの”きのみジュース”が入った缶を取り出す。

 

「ほい、お疲れ様。まだまだ続くけどよろしく頼むよ」

 

 購入した缶ジュースを手持ち六匹にそれぞれ渡すと、彼らは喜んでフタを開けて飲み始める。中には開けるには不都合な手をしているのもいたが、皆器用に各々の手段で開けていく。

 警察関係者への基本的なバトル関係での指導は終わり、次はアイテム活用やポケモンの技の簡単な応用についての解説だ。その為の準備も終えたので、軽く喉を潤しに来たのだ。

 

「時間も迫っているから、飲みながら戻るぞ」

 

 自身も缶に口を付けながら、ポケモン達を引き連れて彼らは署内のバトルフィールドへ向かう。

 意外と基礎的な部分を固めれば強くなれそうな人達が多かったので、どんな風に説明しようか考えていたが、途中で唐突に彼は足を止めた。

 

 急に先頭を歩いていた彼が止まったことで後ろを歩いていたポケモン達はつっかえたが、アキラの様子から文句は言わず彼と同様に周囲に気を配った。

 すると今歩いている通路の先にある曲がり角から、話し声がハッキリと聞こえてきた。

 

「やれやれ、少しは行けると思ったけど、微塵もチャンスは無かったな」

「あの年であれだけ強いと自信を無くしちまうよ」

 

 聞こえてくる会話の内容から察するに、さっきの講習を受けていた署員だろう。やっぱり懸念していた通り、大の大人が一回りも年が下の子どもから指導を受けるのは嫌だったのだろう。陰口かと思ったが、どうやらそうでは無さそうだ。

 

「レッドやグリーンなら知っていたけど、アキラって名前は聞いたことが無いな」

「言われてみればあれだけ強ければ、二人まではいかなくても名を知られても良いと思うけど全然聞かないな」

「署長はどこで彼の事を知ったんだ?」

「街外れの育て屋に居た彼に依頼したところまでは知っているけど」

「歴代ポケモンリーグ上位者が載った本を持っているけど、彼の名前は載っていなかったな」

「でも短期間で強くなるのは考えにくいし」

 

 各々が好きに意見を述べていたが、共通しているのは誰もアキラの事を「知らない」と言うことらしい。しばらく続きそうな様子ではあったが、休憩時間終了が迫っているからなのか彼らの声は徐々に遠ざかっていく。

 

「――お前達はどう思う?」

 

 アキラの問い掛けに、六匹は様々な反応を見せる。

 半分は別に気にしていない反応なのに対して、残りの半分は不本意と言わんばかりの表情だ。最近起きた出来事もそこまで広まっていないし、それ以前となれば殆ど目立っていないので一般に知られていないのは当然だ。

 彼としては、自分の名が広く知られていようといまいが別に如何でも良い認識だ。

 

「ポケモンリーグか…」

 

 だけどポケモンリーグに関しては別であった。

 有名になろうがならなくても如何でも良いと言う考えに矛盾しているが、アキラが拘っているのは別の事だ。

 

「もう一度…あの時みたいな経験をしたいな」

 

 最高の仲間と共に最高の舞台で、勝ちたい友人を相手に手に汗握る戦いを繰り広げる。

 それが、今彼にとって心残りであると同時に元の世界に戻る以外にも抱いている望みの一つでもあった。

 かつて唯一そう感じることが出来た四年近く前の駆け出しトレーナー時代の集大成、ポケモンリーグ挑戦時の出来事をアキラは思い起こした。

 

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 

 照明に照らされたリングの上で、二匹のポケモンが対峙していた。

 

 不敵な笑みを浮かべながら相手の出方をゲンガーは窺い、対するプリンは真剣な目付きで相手の動きを注視していた。双方はしばらく睨み合いを続けていたが、先にゲンガーが仕掛けた攻撃を受けてプリンは体を後ろに転がす。立ち上がったプリンはまた様子見かと思いきや、片手を振り上げてシャドーポケモンに飛び掛かったが弾き飛ばされる。

 

 それを切っ掛けにプリンは積極的に攻撃に転じ、見ていた観客達は歓声を上げる。

 プリンは”おうふくビンタ”を左右交互に繰り出すが、ゲンガーは悠々と避けるとふうせんポケモンを踏み台にして距離を取る。そして振り向き際に”サイコキネシス”を放ち、衝撃波でプリンを吹き飛ばす。

 

「戻ってプリン!」

 

 プリンのトレーナーであるミニスカートの少女はプリンでは不利と判断したのか、ふうせんポケモンを戻すとすぐに新たなポケモンが入ったモンスターボールをリングに投げ込む。

 ゲンガーは距離を取るべく後ろに跳ぶと、さっきまで立っていた場所にニドクインが地響きを立てながら現れた。

 

 新たに出てきたニドクインは、すぐさまゲンガー目掛けて右腕を振り上げて殴り掛かってきたが、シャドーポケモンは身軽に躱す。急いで体勢を立て直そうとするが、ゲンガーが放った強烈な光を浴びてニドクインの挙動はおかしくなる。

 

 トレーナーは”こんらん”状態なのにすぐに気付くが、その間にゲンガーは”サイコキネシス”や”ナイトヘッド”などの技を次々とドリルポケモンに放つ。あっという間に追い詰められたニドクインは、ハッキリしない意識の中で苦し紛れに”じしん”を起こす。

 ニドクインを中心に揺れと衝撃波がリング上に広がるが、これもゲンガーは高々とジャンプして避け、宙に浮いている間に放った”ナイトヘッド”で止めを刺した。

 

「――ふぅ…」

 

 倒れたニドクインを見て審判が勝者を判定したことで試合は終わりを告げたが、アキラは疲れた様に息を吐くと額の汗を拭うのだった。

 

 

 

 

 

「意外と如何にかなったな」

 

 ボールに戻さずゲンガーと一緒にリングから下りると、アキラはさっきの試合も含めたこれまでの経緯を振り返った。

 

 本当ならポケモンリーグに挑戦する気はオツキミ山に行くまで無かったのだが、シバと戦ったことで彼の中で何か火が付き、保護者であるヒラタ博士から許可を貰いセキエイにあるポケモンリーグの会場に足を踏み入れた。

 バッジなどの何かしらの実績が必要と思っていたが、驚いたことに大規模な大会の筈なのに希望者は全員参加が可能と言う手軽さだった。あまりにも手軽過ぎて色んな意味で不安にはなったが、ニビジムの時と同様に流れる様に試合が始まり、こうして初戦を挑むことになった。

 

「本当にお前は、強いと言うか賢いと言うか」

 

 ゲンガーの前はサンドパンを繰り出していたが、プリンの”うたう”で眠らされたことで慌ててしまいグダグダになったのに良く勝てたものだ。アキラの称賛にゲンガーは胸を張るが、特に気にせず彼は他のリングで繰り広げられているバトルに目を通す。

 誰でも参加できるので、トレーナーのレベルは玉石混合だ。

 圧勝で終わるのもあれば接戦になるのもある。

 

 今回の相手は、数か月前までのポケモン側の判断頼みのやり方だったら間違いなく苦戦していたが、手持ちの信頼をある程度得られた今では何とかなってくれた。

 

「次の試合は……しばらく待ちそうだなこれ」

 

 表示されている予選トーナメント表に軽く目を通して、アキラは頭を掻く。

 ポケモンの大会で一番大きく、そして名誉ある大会なのにも関わらず参加希望者は全員出場できるお手軽さなのだ。当然予選だけでもかなり時間が掛かるのだが、このポケモンリーグは予選どころか本戦さえも今日中に終えてしまおうと言うのだから、正直言って強行日程どころのレベルじゃなかった。

 

 使用できるポケモンの数は六匹ではあるが、一匹でも戦闘不能になれば即試合終了という仕組みではある。だけど、それでも試合内容次第では時間は掛かる。

 こういう理由があって、将来行われるポケモンリーグはバッジを八つ集めたトレーナーや実績のあるトレーナーのみが出場できるようなシステムに変わっていくんだなと考えにふけていたら、彼らに近付く存在がいた。

 

「? 何だ?」

 

 振り返るとゲンガーによく似たピンク色のポケモン――ピクシーがアキラのゲンガーに話し掛けていた。最初は露骨に面倒そうな表情を浮かべていたが、何か気に入ることでもあったのか、シャドーポケモンはすぐに意気投合の様子を見せる。

 状況が理解できなかったが、更に彼の背後から近付く影があった。

 

「あらピッくん、お友達?」

 

 黒いワンピースを着た少女がピクシーに尋ねると、ピクシーは頷く。

 見覚えのある姿だと思いながら、このポケモンのトレーナーかとアキラは一部を理解するが、他の事を考えている時に少女は彼に話し掛けてきた。

 

「貴方がこのゲンガーのトレーナー?」

「まあそうだけど」

「へぇ~、さっきの試合見たけどこの子本当に賢い。良く育てられているわね」

「はぁ…ありがとう」

 

 確かに連れているゲンガーは賢いが、その賢さは自分が鍛えたものでは無いんだけどな、と思っていたら少女はモンスターボールを一つ取り出した。

 

「ねぇねぇ、良ければ御近付きの印にアタシとポケモン交換し・な・い?」

「――え?」

 

 その直後だった。

 アキラの腰に付けていたボールが暴れ始めたり、急に熱を発し始めた。

 前者はボールが転がり落ちない仕様のベルトをしているので問題無いが、後者は放っておけば火傷になりかねないので、急いで宥めなければならない。

 

「待て待てどうした急に…って、あちっ!」

 

 熱さのあまりボールから手を放すと、落ちたボールの中からブーバーが現れて少女を威嚇する様に臨戦態勢に入る。ただならぬ事態に急いで抑え役にサンドパンとエレブーを出すが、どうやら腰で暴れているミニリュウと見ると、交換を持ち掛けた彼女を敵と判断したのだろう。

 

「あらあら、こんなか弱いレディが何か企んでいる訳ないでしょ」

 

 敵意のみならず熱気も当てられているにも関わらず、少女は全く態度を崩さない。

 成程、彼らはこういうタイプの人間も嫌いなんだなと理解したアキラは、ブーバーと少女の間に割って入る。

 

「取り敢えず、交換に応じるつもりは無いのは伝えておきます。ブルー」

「あら、貴方アタシの事を知っているの?」

「レッドから話は色々聞いているからね」

 

 原作で知っていることもあるが、タマムシの病院で過ごしていた時にレッドから彼女に関しての話(主に騙された出来事)を幾つか聞いている。

 ポケモンリーグの会場でポケモンの交換を持ち掛けてきた辺り、何か企んでいるのだろう。

 

「う~ん、仕方ないわね」

 

 目の前の少年が知り合いの知り合いであることを知ったブルーは、まずいと判断したのかピクシーと一緒に笑顔を浮かべながらさり気なく去っていく。

 その態度が気に入らないのかブーバーの放つ熱気は更に高まるが、アキラはひふきポケモンと向き合った。

 

「そうイライラするな。彼女にだって事情がある」

 

 ブルーの過去を知れば、ああいう性格になったのは生きる為に必要な術として身に付けたものと考えられる。それに知っていようと知らなくても適当に軽く流せば済む話だ。

 しかし、そんなことを知らないブーバーは、抑えるどころか「肩を持つのか?」と言わんばかりの冷たい視線を向けてくるのには流石に参った。

 

「あれ? アキラ?」

 

 どうしようか悩んでいたら、聞き覚えのある声にアキラはこの上ない救いの手が差し伸べられたのを感じた。

 

「久し振りレッド」

「おう、お前もポケモンリーグに出場していたんだな」

「まあね。一戦一戦ベストを尽くすよ」

 

 どこまで勝ち上がれるのかわからないが、アキラは今の自分達でやれるだけのところまでやるつもりだ。自分はともかく、連れているポケモン達はレベルも能力も高いのだ。相手が悪く無ければ、そこそこ好成績は望める。

 

「そういえばレッド、前病院で話してくれた。ブルーだったっけ? さっき彼女らしき子に会ったんだが」

「え? あいつも出場しているのか?」

「そうかもしれないけど、何か裏がありそうなポケモン交換を持ち掛けられた」

「あぁ、それでお前のブーバーが不機嫌なのか。お前のミニリュウと一緒で怪しい奴は嫌いそうだしな」

 

 その場にいなかったはずなのに、レッドはブーバーの機嫌が悪い理由を察する。

 ブーバーの性格をそこまで把握していないはずなのに、まるで自分の手持ちの様に理解している彼にアキラは感心する。本当に彼は、ポケモンとの接し方だけでなくその気持ちを理解する術も長けている。

 

「そう苛立つな。あんな奴だけど、根っから悪い奴じゃないから」

 

 ブーバーと同じ目線まで体を屈めて、レッドはブルーが悪い人間では無いことを話すが、さっきアキラに向けたのと同じ冷たい視線を返された。

 

「さっき似たようなこと言ったけど、あんまり信じられないみたい」

「う~ん残念」

 

 レッドは残念がるが、今回は敵意が爆発しなかっただけでも良かった方だ。

 特に問題は無さそうなので、出ていたポケモン達をモンスターボールに戻してアキラはレッドと一緒に会場の外に一旦出た。

 

「さっきリングから下りるところを見たけど、もうバトルをしたのか?」

「あぁ、何とか予選一戦目は勝てたよ」

「やったじゃん。おめでとう」

 

 祝いの言葉を掛けられるが、予選突破まで後何回勝てばいいのかアキラは考えてた。

 いや、そもそも本戦にはレッドの他にグリーンとさっき会ったブルー、そしてまだ会っていないオーキド博士が出ていたのだから多分自分が本戦に出ることは無いだろう。物語の流れ的に彼らに勝つ訳にはいかないとか言う以前に、自分が四人に勝てるのかどうかが疑問ではある。

 だけど――

 

「だからと言って負けるのはヤダな」

「何だって?」

「いや、何でも無い」

 

 知らず知らずに口にしたのを誤魔化し、アキラもさっきのレッドと同じ質問をする。

 

「レッドの方はもう予選やった? それともまだ?」

「俺もさっき予選一戦目を終えた。フッシーの一発で余裕だったぜ」

「そ、そう…それは凄いな」

 

 出場選手のレベルが玉石混合であるとはいえ、この大舞台でも一発KOとは恐れ入る。

 流石今大会優勝者(予定)のレベルは違うのを、アキラは改めて実感する。

 

「そういえば、レッドは予選ブロックはどこなんだ?」

「俺は予選ブロックCだけど」

「え? C…なの?」

 

 何気ない一言だったが、アキラは物凄く嫌な予感がするのを感じるのだった。

 

 

 

 

 

「今年も人が多いわね」

「三年に一度の大会だからね」

 

 大会参加者や多くの観客達で溢れているセキエイの会場内を歩きながら、若い女性が呟くと杖を突きながら老婆が答える。

 隣にはマントを身に纏った青年に上半身を剥き出しにした大男も一緒にいるので非常に目立つ集団であったが、誰も彼らを気にせず賑わう人込みに紛れて四人は観客席に入った。

 

「全くめでたい連中だよ。どうせ今年もマサラ出身が優勝するんだろうし」

 

 会場内にある各リングでは、トレーナーとポケモン達が自分達の勝利を信じて全力を尽くしていたが、そんな彼らに老婆は冷めた眼差しを向けていた。カントー地方でポケモンリーグが始まって以来、歴代優勝者は全員マサラタウン出身なのも理由にあるが、もっと明確な根拠があった。

 

 マサラタウンで生まれた人間は、生来ポケモンと気持ちが通じる素養を持ち合わせている。

 

 にわかに信じ難い話で一般では噂話レベルで囁かれているが、噂どころかそれが本当なのを老婆は知っていた。

 それは連れているポケモンとの意思疎通が重要なポケモントレーナーにとって非常に重要な能力であり、ポケモンバトルでは大きな利点だ。ポケモンリーグ歴代優勝者全員がマサラタウン出身と言う結果が、如何にその能力が優れているのかということと同時に、その有無が大きいのかを物語っている。

 なので生まれの時点で既にある程度結果は決まっていると見て良い為、老婆には優勝を目指して戦っている出場者達が滑稽に見えた。

 

「特別な生まれだろうと関係無い。強ければそれでいい」

「相変わらずバトルしか頭に無いわね」

 

 大男の発言に、若い女性は溜息をつく。彼がそういう強いトレーナーを求める人間であることは知ってはいるが、いざ口にされるとちゃんと考えているのか疑ってしまう。

 

「だが一理ある。俺達がここに来たのは偵察も兼ねているからな。マサラ出身じゃなかろうと強いトレーナーには警戒するに越した事は無い」

「――フェフェ、確かにそうだね」

 

 青年の言葉に、老婆は機嫌を直すと同時にこの会場に来た目的を思い出す。

 自分達が進めている計画は大詰めを迎えてきてはいるが、まだまだ時間は掛かる。今回わざわざポケモンリーグの会場を訪れたのは、潜在的に計画の脅威になりそうなトレーナーと賛同してくれそうなトレーナーを探す為だ。

 上位はマサラ出身で固められるとしても、他の出身でも強いトレーナーはいるのだから見ておくべきだ。

 

「それにしても、貴方が最初から見に行きたいって言い出したのには驚いたけど、どういう心境の変化かしら?」

 

 当初は実力者がある程度絞られる予選の最後の段階から見る予定だったが、彼の意見で大幅に時間を早めて四人は会場に訪れることになった。

 さっきの発言からわかる様に大男は、基本的に強いトレーナーと戦うことを求めている。予選の序盤から来ても、彼らから見てレベルの低いバトルが多く時間を無駄にしてしまう可能性があるにも関わらず、彼は早く来ることを望んだ。その理由を女性は知りたかったが、大男は腕を組んだままだんまりを決め込んだ。

 

「フェフェ、知り合いでも出ているのか?」

「………」

「どうなんだ?」

 

 老婆が尋ねても大男は何も答えなかったが、青年の有無を言わさせない言葉には流石に反応する素振りを見せた。

 

「………恐らく」

「へぇ、意外ね」

 

 少し曖昧だが、意外な返答に彼らは三者三様の反応を見せる。

 四人とも共通の目的の元に集まってはいるが、プライベートまで関わってはいない。

 だが、大男がどういう人物なのかは知っている。

 恐らくと言っているあたり、本当に大会に出ているのかまでわかっていない様ではあったが。

 

「どういう奴だ? そして名は?」

 

 青年はその人物に関しての情報を大男に求めた。

 あまり他者とは関わらず、黙々と自分とポケモンを鍛えている彼が気にしているトレーナーとなると、それなりに見所は有りそうだからだ。もし今大会に出ていなくても、探して様子や動向を探るだけの価値はあるだろう。

 しかし、大男は何も答えを返さず今度は沈黙を保つ。

 

「フェフェ、そう焦るんじゃない。自分の目で確かめれば良い話じゃない」

 

 中々答えようとしないことに青年は大男を急かそうとするが、笑いながら老婆が間を取り成したことで渋々彼は引き下がるのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、会場内のベンチに座っていたアキラは、傍から見ると魂が抜けたような間抜けな姿を晒していた。

 

 自分がそこまで勝ち上がることは無いとは思っていたが、まさかレッドと同じ予選ブロックなのは予想外だった。しかもトーナメント表をよく見直して見ると、次の予選第二戦目で対戦することになっていた。

 まだ確定した訳では無いが、このまま何事も無くいけばレッドは今大会優勝者になるのだから、早くもアキラの予選敗退が決まった様なものであった。

 

「レッドは…どれだけ強くなっているんだろうな」

 

 最後に彼と戦ったのは、ハナダジムで一緒に過ごしていた時だ。

 あの時でも一度も勝てた試しは無い。

 あれからそれなりに強くなった自負がアキラにはあったが、レッドはロケット団の幹部、そしてボスであるサカキも倒してここに来ているのだ。その強さはアキラの想像を超えているだろうが、それ以上に自分が彼に勝ってはならない。

 

 それの考えが頭を過ぎった瞬間、アキラは盛大に溜息をつきながら、初めて自分が”先を知っている”ことを後悔する。

 レッドのポケモンリーグ優勝は、この先に大きく響く。何か少しでも狂って彼が優勝を逃せば、”先を知っている”と言う最大のアドバンテージが一切通用しなくなってしまう恐れがある。

 それだけ、彼のポケモンリーグ優勝の肩書は大きいのだ。

 どうせ負けるとしても全力はぶつけたい。だけど自惚れているつもりは無いが、万が一の事を考えると全力は出しにくい。

 

「――どうしようかな」

 

 手を抜けばレッドは確実に気付くだろう。

 それはそれで彼の今後の戦いに響くかもしれないし、ようやく得てきた手持ちの信頼も失いかねない。どうせぶつかるのなら、優勝する必要があるレッドでは無くて比較的影響の少なそうな他の三人の方が気持ち的に幾分かやりやすかった。

 

 幾らやる気が出てきたからと言って、軽い気持ちで参加するべきでは無かったと後悔する。どうしようか考えながらぼんやりと人の流れを見つめるが、見覚えのある一際大きな体の持ち主が一瞬だけ目に入った途端、アキラの悩みは消し飛んだ。

 

「――シバさん?」

 

 一瞬で見失ったが、あの体格と晒された屈強な上半身は見間違えようがない。

 まさかあの人も出場しているのかと思い込み、慌ててトーナメント表から選手達の名前を入念に再チェックするが彼の名前は無かった。

 

「――となると不甲斐無い試合は出来ないな」

 

 彼ほどのトレーナーが何故この大会に出場しないのかは気になるが、それでも彼が来ているという事がわかっただけでも、アキラは挟む様に両頬を叩いて気を引き締めた。確かにレッドとぶつかってしまったのは不運ではあったが、だからと言って手を抜くなど言語道断だ。

 

 しかし、自分はどういう心構えで彼と戦えば良いのかと言う問題が浮上するが、唐突にある考えが頭に閃いた。すぐにアキラは真剣に考え込むが、最早その考えしか良いと思えなかった。

 

「レッド…偉そうかもしれないが、俺何かに負けるんじゃこの先やっていけないぞ」

 

 この先、レッドが本当に戦っていけるのかを確かめる。

 それが次の試合で彼と対峙する時の心構えであり、自分の役目であるとアキラは自らを奮い立たせるのだった。




ポケモンリーグに出場したアキラ、早々にレッドとの対決が実現。
そういえばレッドとのバトルを直接描いた事が無いのに、この話を書いている時に気付きました。

ポケスペ世界のポケモンリーグってルールが整った後でも、その日中に終わらせようとしているんですよね。
それだけポケモンの回復が早く終わるのか、一試合が短く済むのかは定かではありませんけど。

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