SPECIALな冒険記   作:冴龍

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雲の上の存在

 慣れたとは言っても、山登りはやっぱりきつい。

 

 さっきまで通った道を振り返りながら、アキラはゴツゴツとした岩肌が目立つ道を進みながら本音を頭の中に浮かべる。今彼は、この世界での自分の保護者であるヒラタ博士の頼みを受けて、オツキミ山の再調査を行っていた。

 

 ロケット団に追い詰められた苦い経験がある為、この山にあまり良い思い出は無いが、あの頃よりトレーナーとしての自信が付いたことや新しい服を着ていることもあって、心機一転のつもりでアキラは山を登っていく。

 

 ちなみに今着ている服は、レッドが着ている種類の服の色を真逆の青と黒を基本にしたものだ。別に彼を意識している訳では無いが、暴走族に送られた中で一番まともだった帽子に合う服をレッドと一緒に探していたら、自然と彼が着ている服の色違いになった。

 

「にしても全然機能しないな」

 

 足元に気を付けながら、アキラは博士が良く使う探知機の様なものを片手にぼやく。

 ヒラタ博士曰く、片手持ち可能な小型改良モデルの試作品ではあるが、より正確に目的のエネルギーを探ることが出来るだけでなく、エネルギーの強さに応じて画面に波長が表示されると言っていたが、全くこの装置が機能する気配は無かった。

 

 足元に気を付けながら途中で大きなクレーターを見つけたアキラは、何か反応は無いか確かめるべく様子を窺うが、隕石らしいものは見当たらなかった。

 と言うか、隕石らしいのがクレーターの中心にあっても探知機は全く反応しないのだ。

 壊れたら壊れたで仕方ないが、試作品故か色々と調整が必要なのかもしれない。こんなんで本当に大丈夫かと思いながら、アキラは背負っているリュックから取り出した報告用のメモを書き始める。

 

「――そういえばこの山だったな…」

 

 メモを取りながら、アキラは以前この山を登った時の出来事を思い出す。

 初めて旅の道中の障害として登っただけでなく、今は手持ちのエレブーと初めて出会い、ロケット団と初めて対峙したりと色々あった。どれも印象的な出来事ではあったが、ロケット団に囲まれて絶体絶命の時に助けて貰った人物にお礼を伝えられなかったのが、彼の中では心残りであった。

 

 大柄な男なのは憶えているが、それ以上は良く思い出せない。知っている人物と言えば知っているが、確信できるだけの情報も少なかった。そもそも旅をしている人なのかわからないので、再会出来るとしたらここが一番可能性が高い。

 

 あの時は逃げるのに必死だったが、今度会えたらちゃんとお礼を伝えたい。

 書くことを止めてクレーターから這い上がるべく足を動かすが、微妙に足元が揺れていることにアキラは気付いた。初めは気の所為に思えたが、神経を研ぎ澄ませると何かが絶え間なく地面を揺らしている様に感じられた。

 

「これって…」

 

 まさかと思いながら、アキラは興奮にも似た期待感を胸に荒れた道を進んでいく。

 しばらく歩いて行くと、山の中では珍しい広々とした荒地に辿り着き、そこで一人の男が二匹のイワークを相手にしているのを見つけた。

 

「なっ、なにこれ?」

 

 予想外過ぎる光景に驚愕しつつもアキラは岩に隠れて様子を窺うが、直後にイワーク達は男目掛けて”たいあたり”を仕掛ける。

 思わずアキラは彼を助けようとボールを手にして飛び出そうとしたが、その必要は無かった。

 男は少しも焦る様子は見せず、目にも止まらない速さで手に持っていた物を振り回すと勢いのままイワーク目掛けてそれを投げ付けた。すると、二匹のイワークは一瞬にして弾かれる様に後ろへ吹き飛び、それぞれ岩で出来た巨体を地面や絶壁に打ち付けて動かなくなった。

 

「――凄い…」

 

 男が二匹のイワーク目掛けて投げ付けた際に、ポケモンらしき影が飛び出した様に見えたが、それ以上は一瞬過ぎてよく見えなかった。あまりにも衝撃的過ぎて、アキラは「凄い」以外に目の前で起きた出来事を言葉で表現することができなかった。

 しばらく男は投げ付けた際の姿勢のまま固まっていたが、イワークが動かないことを確認すると体から力を抜いて一息入れる。

 

「――後ろに隠れている奴。何の用だ?」

「!」

 

 突然声を掛けられて、アキラは驚きのあまり肩が跳ね上がらせる。

 気付かれるつもりは無かったが、やはり達人トレーナーと思われる男はコソコソとしている自分の存在に気付いていた。変な事を企んでいる訳でも無く純粋な好奇心だった為、失礼の無い様に被っている帽子を整えたアキラは大人しく姿を見せた。

 

「すみません。ただ見ていただけで特に…その…用件はありません」

 

 そう答えると男は興味が失せたのか、背を向けたまま鼻を鳴らす。

 不愛想と言うべきか、態度が冷たいのか判断に迷ったが、鍛え上げられた筋肉質の上半身を晒しているその姿にアキラは覚えがあった。否、あの時の出来事を考えれば忘れるはずが無い。

 大柄な体格にこの声色――間違いない。

 

「もしかして……貴方はシバさんでしょうか?」

 

 恐る恐るアキラは目の前の男に名を尋ねると、男は初めて彼に顔を振り向かせるだけでなく細い目で一瞥する。

 

「――何故俺の名を知っている?」

 

 男の反応を見て、アキラは自分の推測が当たっていたことを確信した。

 彼はこのカントー地方、そしてすぐ隣のジョウト地方を含めてセキエイに君臨する凄腕トレーナー集団である四天王の一角。

 

 格闘使いのシバだ。

 

 まさかこの世界の大物にこんなところで会えるだけでなく、あの時助けられるとはアキラは思っていなかった。

 

「えっと…結構調べたのです…」

「調べた?」

 

 だが、喜びと同時にある懸念も湧き上がって来た。

 

 理由は幾つかある。

 一つ目はどれだけ調べてもポケモンリーグは存在しているにも関わらず、四天王の存在を示す資料がどこにも無かったことだ。時代を考えれば、四天王と言う地位がまだ存在しないと考えれば良いのだが、ジムリーダーを凌駕する実力を持っている人物が一切注目されていないのは不可解だ。

 

 そして二つ目は、今から何年かしたらシバを始めとしたカントー四天王がレッド達の敵として立ちはだかることだ。残念なことに、その戦いが描かれている第二章の単行本をアキラは揃えていない。なので詳しい物語の流れや何故彼らが敵になったのか、理由は殆ど知らない。

 

 二章の後では、レッドやグリーンを手助けする場面があったので敵対したのには何か複雑な理由があると思われるが、先の事を考えると今シバと関わるべきでは無い。だけど、何時か敵になるとしても今目の前にいる彼は、果てなき高みを目指して己を鍛え続けている一人のトレーナーにしかアキラには見えなかった。

 

「何故俺について調べたのだ?」

「あの…あの時、と言いましても憶えていないかもしれませんが、何か月か前にこの山でロケット団に囲まれているところを助けて貰った者です」

 

 シバの放つ無言の威圧感に呑まれつつも、アキラは助けてくれたお礼を伝える。

 最後の「お礼を申し上げたくて」は聞こえるか聞こえないかぐらいの弱々しいものだったが、内容は伝わったようで彼は少し態度を和らげる。

 

「そうか…お前はあの時の少年か」

「あの時は、助けてくださり本当にありがとうございます」

 

 憶えていたことに驚きながら、アキラは改めて感謝の言葉を口にする。まさかシバに助けられるとは夢にも思っていなかったが、あの時助けて貰えなかったら全てが終わるとまでは行かなくても、今とは大きく違っていたことは間違いない。

 後に敵として出ることになっても、彼にとっては助けてくれた恩人であることには変わりない。

 

 後ろに目を向けると、シバの背後にパンチの鬼と呼ばれるエビワラーが控えていた。どうやらさっきイワークを瞬殺したのは、このポケモンらしい。

 会話が成り立ってきたおかげか、緊張感が薄れて自然とアキラは言葉を口にする。

 

「それにしても凄い特訓ですね」

「当然だ。人もポケモンも闘い鍛えればどこまでも強くなれる。まだまだ物足りない」

 

 当たり前だと言わんばかりにシバは断言するが、彼の迫力にアキラは息を呑む。

 一歩間違えれば命の危機に瀕するにも関わらずまだ満足できないとは、一体彼が目指している強さはどれだけのものか想像できなかった。

 

 ポケモンだけでなく、トレーナーも一緒に鍛えて強くなる。

 

 人によっては無意味な事と考える者はいるだろうが、この考えにアキラは共感を覚えた。流石四天王の一角、ゲームの中ではあるがFRLGでボコボコにしたのを内心謝罪しつつ同時に彼のトレーナーとしての姿勢に尊敬の念を抱いた。

 

「何が嬉しいんだ?」

「え?」

「顔に出ているぞ」

 

 ぶっきらぼうに指摘されて、アキラは恥ずかしくなったが逆に開き直ることにした。

 

「えぇ、自分の考えは間違っていないんだなって」

「自分の考え?」

「シバさんとは少し違うかもしれませんけど、俺もポケモン達が変わるならトレーナーの方も積極的に変わるべきかな…と」

 

 方向性は多少異なっているかもしれないが、シバも連れているポケモンだけでなくトレーナーの方も彼らと共に変わっていくスタイルだと感じた。彼がどの様な過程を経てその考えに至ったのかは知らないが、少なくとも自分の様にそう考える必要があった状況では無かった筈だ。

 

 にも関わらずシバは「人もポケモンも一緒に鍛えることで強くなる」ことが、トレーナーにとって重要と考えている。それはまるで、アキラがニビジムでの経験から至った「手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく」方針が、ある意味正しいと裏付けられた様に思えて嬉しかったのだ。

 

「その年でもうそこまで考えているとは、感心したぞ」

「あ…ありがとうございます…」

「見た感じでは、今のお前は連れているポケモンに見合うだけの力を身に付けることを目指していると言ったところだろう」

 

 褒められるだけでなく、いきなり図星を当てられたことにアキラは驚く。

 まだ連れているポケモンを見せてすらいないのに、今の自分の言葉からそこまで意図を読み取るとは思っていなかった。アキラが動揺していることを気にせず、シバは彼に近付く。

 

「なら、体もしっかり鍛える必要があるな。そんな細身では、ポケモン達に付いて行くことは出来ないぞ」

 

 腕を掴むと、シバは自分と腕とアキラの腕を比べる。

 この世界に来てから以前より腕に筋肉が付いてはいたが、それは鍛えたと言うよりは環境に応じて付いただけだ。常人には信じ難い程のハードで常識外れな鍛え方をしているシバの腕と比べると、その差は一目瞭然、マッチ棒と大木程の差がある。

 

「そうですね。頭だけでなく体も鍛えるべきですね」

「いずれ知識だけでは如何にもならない時があるだろうが、お前はまだ若い。いきなり大袈裟なことはしなくても、出来る範囲から始めるのを勧める」

 

 積極的にハードなトレーニングを積むことを進めないのにアキラは少し意外に思ったが、同時に彼の認識も改めた。風貌から見て一昔前のスポ根を好むタイプと思っていたが、ただ精神論や根性論に偏らずどういうトレーニングが適切なのかしっかり考えている。

 

 確かに体の成長度合いに応じたトレーニングをしなければ、鍛えるどころか体を壊す。サッカーで例えるなら、今の自分は体を鍛えていくことよりもサッカーに必要な基本的な動きを体に覚えさせる時期だ。成程と思いつつ、言われた通りやれる範囲の事をアキラは考え始めるが、そんな彼をシバは興味深そうな表情で見つめる。

 

「お前、名は?」

「名ですか? アキラです」

「アキラ、俺とポケモンバトルをしないか?」

「――え゙っ?」

 

 まさかの申し出にアキラは裏返った様な声を上げてしまう。

 色々衝撃的過ぎるが、正直言って今の自分とポケモン達ではシバには全く歯が立たないのは目に見えている。

 

「あの…俺はまだそんなに…」

「強くない……そんなものは気にしていない。俺はお前のポケモンと共に変わっていこうとする考えと姿勢が気に入っただけだ。強い弱いなど気にしてはいない」

 

 さっきの会話からアキラが自分に近い考えを持っていることに、シバは好感を覚えるだけでなく興味も抱いた。多くのポケモントレーナーは、自らの役目を連れているポケモンに指示を出すだけと考えている者が多い。そしてその考えは、基本的に新人であればある程顕著だ。

 

 だが、アキラは既に自分自身もポケモン達に応じて一緒に変わっていく考えを持っている。まだ彼が駆け出しの新人トレーナーであることはわかっているが、そんな彼が育てたポケモンと心構えを持つ彼自身が、どの様に戦うのか気になったのだ。

 

 アキラはシバが自分に期待しているのを感じ取っていたが、どう答えるべきか迷う。

 勝てる勝てない以前に、まだちゃんとポケモン達を率いられていないところを見られて失望されたくない。でも断るのも気が引ける。

 

「――まだ未熟ですが…お願いします」

 

 悩んだ末、意を決してアキラはシバにポケモンバトルの申し出を受けた。

 断れる空気では無かったこともあるが、頂点に限り無く近い強者がどれだけの高みにいるのか純粋に気になった面もあった。

 彼がバトルの申し出を受けたことに、シバは満足気だった。

 

「楽しみにしてるぞ」

 

 ますます不甲斐無いバトルは出来ないとアキラはプレッシャーを感じるが、それ以上にシバの様な人物とバトルができることに高揚感も湧き上がって来た。

 何故これ程良い人が、近い未来で一時的ではあるが敵としてレッドと戦う事になるのか。詳しく知らないこともあって、アキラはこの先の出来事が少し信じられなくなってきた。

 

 今居る場所は岩だらけの荒地ではあるが、バトルする広さに問題は無い。

 お互い距離を取ったのを確認すると、背中に背負っていた荷物を下したアキラは目の前のバトルに集中するべく、余計な雑念を振り払い最初のポケモンをボールから召喚した。

 

「一番手はお前だバーット!」

 

 ボールの中から、赤く燃えるひふきポケモンが姿を現す。

 本来ならシバが専門とするかくとうタイプに有利なゴーストタイプのゲンガーかエスパータイプのヤドンを出す場面だが、ここは一つ真っ向勝負を挑みたかった。目の前に立つシバがただ者でないことを肌で感じ取ったのか、出てきたブーバーは目に見えて体に力が籠る。

 

 こちらの準備は万端だ。

 アキラはシバがどんなポケモンを繰り出すのか待つが、彼はヌンチャクを見せ付ける様に突き出すだけだった。

 

「右か左のどちらかを選べ。それに応じて俺はポケモンを出す」

「え? 右か左?」

 

 良く見るとヌンチャクの先には、モンスターボールがそれぞれ付いている。

 ポケモンを出すと言うことは、さっきイワークと対峙していた時の様にヌンチャクを振り回してからポケモンを繰り出すのだろう。どっちを選んでも強力な格闘ポケモンが出てくるのだろうから、直感のままに決めた。

 

「シバさんから見て左でお願いします」

「そうか。最初の攻撃はお前に譲る。遠慮なく来い」

 

 そう伝えてシバはヌンチャクを構えるが、まだポケモンを出さない。何時までも自分が戦うポケモンが出てこないので、まさか自分はポケモンでは無く目の前の男と戦うのかと言う考えがブーバーの頭を過ぎるが、アキラの方は別の意味で躊躇っていた。

 彼の事だからこちらが仕掛けてくるタイミングに繰り出すつもりなのだろうが、本当に大丈夫なのか不安になのだ。中々ブーバーに攻撃を命ずる決心がつかなかったが、彼の戸惑いを振り払う様にシバは声を張り上げた。

 

「ポケモンが出ていないからと言って躊躇う必要は無い!! 例え何かあったとしても大丈夫な様に俺は鍛えてある!」

「――それでしたら…」

 

 シバの呼び掛けにアキラは応える。

 相手は四天王、全力で挑まなければ敵う筈が無い。躊躇っている暇があるのなら、その余力全てを目の前に注ぐべきだ。

 

「バーット、”ほのおのパンチ”!!」

 

 右手を強く握り締めたブーバーは、真っ赤に燃え上がらせるとシバ目掛けて駆け出した。

 ブーバーが動くのと同時に、シバはアキラの予想通りヌンチャクを目にも止まらない速さで振り回し始めた。

 

「覇ッ!!!」

 

 そして迫るブーバーにヌンチャクの先端を突き出すと、先端に付いていたボールからポケモンらしき影が飛び出した。

 目の前で予想外の事ばかりが起きて、シバに集中していたブーバーは動揺するが、理解する前に強い衝撃を受けて後ろに飛ばされた。あまりの速さにアキラは驚愕するが、出てきた影の正体であるサワムラーは姿勢を正すと堂々と仁王立ちする。

 ただの蹴りでもかなりの一撃が予想できるが、飛び出した時の速さも加わっているのだから正に必殺の一撃だ。近くにあった大岩にブーバーは体をめり込ませるが、ただではやられるつもりは無いのか何とか自らの足で立つ。

 

「今のを耐えたか」

 

 シバは追撃を仕掛けようとせず、静かにブーバーの動きをサワムラーと共に見守る。

 ブーバーもアキラ同様に、散々痛い目に遭ってきたおかげで多少は打たれ強くはなっていたが、今の攻撃は間違いなく今まで受けた中で一番強烈だった。

 正直立っているのも精一杯だ。

 

「バーット、大丈夫か?」

 

 アキラの呼び掛けにブーバーは振り向くと、彼は何時でも戻せる様にボールに手を掛けていた。

 けれどブーバーは睨み付ける形で退くつもりは無いことを伝え、彼もそれを受け入れたのかボールから手を離した。

 

「――何をやりたい?」

 

 指示でも我儘への理解の言葉では無く、ブーバーの希望をアキラは尋ねる。

 勝てる可能性はもう無いに等しいが、今の戦いは命懸けでも何でも無いただの勝負だ。

 何か後に繋がる様な形で終えたかった。

 

 すると、ブーバーは爪先を地面に何度か突く。

 目の前にはキックの鬼であるサワムラー、そして今のブーバーの動きを見れば何をやりたいのかアキラでもわかった。

 

「良いよ。タイミングは俺が伝えても良いか?」

 

 そう告げるとブーバーは頷き、息を整えて構えた。

 何の意味があるのか良くわからない行動だったが、アキラはブーバーの右足が何時もより熱を帯びていることに気付いた。念の為、サワムラーの様子を窺うが、相変わらず動く様子は無い。

 

「今だ!」

 

 アキラが合図を出すとブーバーは一気に駆け出し、大きく跳び上がって熱気を放つ右足でさっきのサワムラーの様に飛び蹴りを仕掛ける。対するサワムラーは、避けるのではなく同じく跳び上がって真っ向から勝負を選択した。

 

 跳び上がった勢いで体を前転させて飛び蹴りの体勢に持ち込むと、両者の右足が空中で激しくぶつかり合う。普通に考えれば助走と落下の勢いが加わったブーバーの方が有利だが、鍛え抜かれたサワムラーのパワーは不利な条件をものともしなかった。

 このキックの押し合いにひふきポケモンは負けてしまい、弾き飛ばされた体は強く地面に打ち付けて気絶する。

 

「バーットよくやった。ゆっくり休んでくれ」

 

 この敗北が次に活かされることを願いながら、倒れているブーバーをアキラはボールに戻す。

 予想は出来ていたが、やはり強い。今まで色んなトレーナーに会ってきたが、断トツの強さだ。

 蹴り合いを制したサワムラーは、主人であるシバと同じ様に腕を組んで次に出てくるポケモンを待っている。急いでアキラは次のポケモンを繰り出そうとしたが、突然シバは吠えた。

 

「正面から挑もうとする姿勢は良い。だがそれがお前の本気か? 本気ならお前とポケモン達の全てをぶつけてこい!!」

 

 一瞬、怒られた気分になったが彼の言っている事をアキラは理解する。

 普段なら、初手はゲンガーにすることが多かった。だけど、最初からかくとうタイプにとって不利なポケモンを出すのは失礼なのではないかと思って人型のブーバーを選んだが、その考え自体が失礼だった。

 気持ちを切り替えて、アキラはシバの言う通りポケモントレーナーになってから数か月の間に得てきた力の全てをぶつけることにした。

 

「いけスット! 好きな様に暴れろ!」

 

 大きな声で告げながら、アキラはゲンガーの入ったボールを投げる。

 自分の出番が来たことに、シャドーポケモンはウキウキとした表情でボールから飛び出すと、そのままサワムラーが構える前に、勢いのまま”あやしいひかり”を放つ。開幕攻撃はゲンガーが良く使う常套手段だが、サワムラーは混乱状態にはならなかった。

 しかし、眩暈を催している様で効果はてきめんだった。

 

「続けて”サイコキネシス”!」

 

 動きが鈍った隙を突いた念の波動を放ち、サワムラーの体は衝撃波で吹き飛ぶ。

 サワムラーに関してアキラは詳しくないが、かくとう技とノーマル技を中心に覚えているのだからゴーストタイプであるゲンガーは正に天敵中の天敵だ。

 

 だが、相手は四天王だ。

 苦手なタイプに対抗する為の技、或いは相性を覆す術を何か持っている筈である。

 宙で体勢を立て直したサワムラーは、強烈な攻撃を受けたことを少しも感じさせず軽やかに着地するとゲンガーを見据える。

 

「”ヨガのポーズ”」

 

 逸る精神を落ち着けたサワムラーは、気を高める奇怪なポーズを取り始める。

 攻撃でも何でも無い技の選択に好機と判断したアキラとゲンガーは、不用意に近付かず”ナイトヘッド”でダメージを与えに行く。ところが、サワムラーはポーズを取りながら踊る様に攻撃を躱していく。

 

「なっ、何で当たらないの?」

 

 本来”ヨガのポーズ”は、回避力を高める技では無いはずなのに何故か攻撃が当たらない。

 流石に彼らは焦るが、十分に気が高まったサワムラーはゲンガーに対して近くに転がっていた岩の塊を蹴り飛ばしてきた。砲弾の様なスピードで飛来する岩をゲンガーは辛うじて避けるが、それだけで終わらなかった。

 キックポケモンは踵落としで足元の岩を砕くと、舞い上がった大小様々な岩を次々と蹴り飛ばしてきたのだ。これにはゲンガーとその後ろにいたアキラは堪ったものではなく、揃って死に物狂いで避けるのに必死になる。

 

「”メガトンキック”だ!!」

 

 アキラ達に隙が出来たタイミングでのシバの指示に、サワムラーは足のバネを利用して高々と跳び上がった。”メガトンキック”はノーマルタイプの技で、ゴーストタイプであるゲンガーには本来効果は無いはずだ。

 

 岩を避けながらアキラは彼がどんな確信を抱いての指示なのか考えるが、シバのサワムラーは予想外の行動を見せた。先程蹴り飛ばした岩の中で、まだ宙を舞っている岩の一つを伸びる足の下敷きにした形で技を仕掛けてきたのだ。それが何を意味するのか考える間もなく、ゲンガーは成す術も無く岩を下敷きにした”メガトンキック”の直撃を受けて、地面は蜘蛛の巣状に砕けた。

 衝撃に伴って舞い上がる粉塵が収まると、サワムラーの足元でゲンガーはだらしない表情で伸びていた。

 

「ノーマルタイプの技なのに何故…」

「確かにゴーストタイプのゲンガーにノーマルタイプの技は無効だ。だが、工夫をすればタイプ相性など容易に覆せる」

「――下敷きにした岩ですか」

 

 タイプ相性を覆されたのにアキラは動揺していたが、シバの話からすぐに答えを見出した。

 工夫という事は、下敷きにした岩を活かして、本来ノーマルタイプの技である”メガトンキック”を疑似的ないわタイプに仕立てたのだろう。そんな戦法を考えたことが無かったアキラは、シバの発想に感服しつつ気絶したゲンガーをボールに戻すと、シバの方もサワムラーをボールに戻した。

 

 まだ余力はあるはずなのだが、連戦するのは良しとしなかったのだろう。

 けどおかげでサワムラーの次に繰り出されるであろうポケモンが、何なのか大凡予想できた。

 尤も、わかっていてもやることは変わらないが。

 

「エレット! ”でんこうせっか”!」

 

 ボールから飛び出すと同時にエレブーは、”でんこうせっか”でスピードを上げてシバに迫る。一方のシバは、再びヌンチャクを盛大に振り回して残った片方のモンスターボールから新たなポケモンを召喚した。

 

 次に出てきたのは予想通り、サワムラーの対になるポケモンにしてパンチの鬼と称されているエビワラーだ。”でんこうせっか”でほぼ確実に先手を取られているにも関わらず、飛び出した勢いとプロボクサーも瞬殺する速さで拳を振るい、エレブーが放った拳とぶつかり合った。パワーにはそこそこ自信があったエレブーだが、先程のブーバーと同じく完全にエビワラーに押し負けて返り討ちにされる。

 

「”れんぞくパンチ”!」

「防御に徹するんだ!」

 

 すかさずエビワラーは、凄まじい速さでパンチの嵐をエレブーに叩き込む。

 本来連続技は威力が低いのだが、シバのエビワラーが放つ”れんぞくパンチ”は一発一発が”メガトンパンチ”と錯覚してしまう程の威力とスピードだった。

 

 エレブーは何時もの様に、なるべく痛い思いをしないのとダメージを最小限にするべく守りの姿勢を取るが、相手の攻撃はあまりにも強かった。

 種本来の能力らしからぬ、エレブーの防御力と打たれ強さは頼れるが過信は禁物だ。しかし、反撃しようにもエビワラーに隙は無かった。なのでアキラは早く”機が熟す”ことを祈ったり、エレブーが踏ん張れる様に声を掛けてやるしか出来なかった。

 そしてその時は、思いの外早く訪れた。

 

 あれだけの猛攻を仕掛けていたエビワラーが、突如吹き飛んだのだ。

 突然の出来事に、初めてシバは微妙に表情を驚いた様なものに変える。

 身を縮めて耐えていたエレブーの様子を窺うと、でんげきポケモンは殴り飛ばしたであろう右腕を持ち上げたまま顔を俯かせながら立ち上がる。

 遂に”がまん”が限界に達したのだ。

 

「よしいけぇーエレット!!! 必殺の倍返しだ!」

 

 アキラの掛け声に応えるかの様に白目を剥いたエレブーは吠えると、まだ立ち上がれていないエビワラーに飛び掛かった。こうなれば時間切れになるまで、エレブーを止めることは出来ない。

 起き上がったエビワラーが対応する前にドロップキックを仕掛けて怯ませると、フラつくパンチポケモンを投げ飛ばす。さっきと立場が逆転して、エレブーの猛攻に歴戦の格闘ポケモンは圧倒されるが、シバはこのままやられるつもりは無かった。

 

「”カウンター”!!」

 

 自らも拳を突き出しながら命ずる一番覇気が籠められた指示に、エビワラーは顔を引き締めると、飛び掛かってくるエレブーの腹部に拳を捻じ込んだ。

 ”カウンター”はその名の通り、相手の勢いを利用して物理攻撃を倍にして与える技だ。

 今のエレブーは、今まで受けた攻撃を倍にして返す”がまん”の解放状態。それだけでも発揮される力と威力は桁違いなのに、倍返し攻撃をまた倍にして返されてはその威力は凄まじいものになる。鈍い音が一際大きく響き、腕が突き刺さった様にエレブーの体は吹き飛ばずにそのままエビワラーの目の前で崩れる。

 

「嘘…」

 

 目の前で起きた出来事が信じられず、思わずアキラは言葉を漏らす。

 両膝が地面に付いてから今にも倒れそうだったが、エレブーは諦めるつもりは無かった。白目の状態で震えながら拳をゆっくりエビワラーに伸ばしていくが、その拳が届く前にでんげきポケモンは前のめりに力尽きるのだった。




アキラ、以前助けて貰った人物がシバと判明し、色々意気投合してバトルへ。

四天王の制度はどうなっているなど色々疑問はありますが、あの当時のカントー地方には四天王制度は無かったと思われます。
多分他地方では既にあって、当時のシバ達はそれにあやかって名乗っていたかもしれません。
後、地味に主人公初コスチュームチェンジ。(今までたんぱんこぞうに近いのをイメージしてしました)
この話から、アキラが来ている服のイメージはレッドが着ている服の色違い(赤→青、白→黒)と言った感じです。
ポケスペと言えば、服装が変わる事による原作再現と成長が伺わせる展開が最高だと思います。(特にブルーとクリスの流れは神)

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