昔参加したロードレース大会にあった出来事をアキラは思い出していたが、意識を再び今自分がいる四年後のコガネシティ内にある警察署に戻す。
最後の一人とアキラとのテストバトルが終わったことで、コガネ警察署で行われている特別講習は再び休憩の時間に入った。たった一戦だけでもかなり疲れた様子の人は多かったが、殆どは以前より手応えを感じているのか表情は明るかった。
見守っていた署長は部下達の表情から、指導が上手くいっていることを感じて満足気であった。今回の講習を機に彼らのポケモンを使った犯罪への対応力が上がってくれればと願っていたが、その望みは叶えられそうであった。
スタンドを降りて行くと人気が無くなったバトルフィールドの片隅で、今回の講習に招いたアキラが連れていたポケモン達と集まっていた。
半分は自由に休んでいたが、もう半分は彼と一緒に何やら忙しなく動いている。
「スタッフの手を貸しましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
署長の申し出を断り、アキラは三匹のポケモン達と一緒に進めている作業に戻る。
一匹は木の実の様なものを器用に取り出して並べ、残る二匹は直接トレーナーである彼と一緒に資料を分けていた。パッと見では次の指導の準備をしているように見えるが、さっきの指導の時に渡した今回の講習を受けている警察官のプロフィールを分けている点が気になった。
「何をしているのですか?」
「次の指導の準備とさっきの実戦指導をした人が、どういうバトルスタイルなのか分けているのです」
彼が言うには最初に実戦指導をした中で良し悪しを分け、更にその中で彼なりに感じたバトルスタイルに応じて細かく分けているそうだ。どういう基準で分けているのか外野である署長はわからなかったが、彼とこの分担を手伝う二匹のポケモン達はわかるらしい。
彼らは置かれている資料を手にすると、そこに記載されている内容と一緒に今回書き纏めたメモにも目を通していく。
理解するには人の文字がわかっていなければ出来ないが、二匹は
ポケモンの多くは、完全まではいかなくても人間の言葉を理解できることは署長である彼は知っていたが、今アキラと一緒に資料を分けている二匹はまるで人間の様な働きぶりだ。それも優秀な秘書官を彷彿させる。
「連れているポケモン達は賢いですね」
「えぇ、本当に色々助かっています」
今まで数々のポケモンを見てきたが、あそこまでトレーナーを手助けするポケモンは見たことが無いし、人間でもあそこまで動けるのはそうはいない。
しかし、褒められた矢先に賢いと評した二匹は何やら揉め始めた。
そういえばさっきのトレーナーとポケモンの話し合いでも、あの二匹は喧嘩をしていたのを署長は思い出す。
「――もしかして仲が悪いのですか?」
「…何とも言えませんね」
迎えた頃はそう考えていた時期もあったが、喧嘩をする時もあれば一緒にいる時もあったりと、正直あの二匹は仲が良いのか悪いのか今でも判断に困っている。大体はくだらないことが原因なのでアキラは溜息を吐きながら、一方が馬乗りになって殴り付け始めたのを止めながら何年もの前の出来事を回想するのだった。
―――――
回復が終わったことを告げる軽快な音楽が鳴り響き、ポケモン達が入ったモンスターボールがぼんやりと受付に立っていた少年に差し出された。
「はい、お連れになっているポケモン達は皆元気になりました」
「はい…ありがとうございます…」
差し出されたモンスターボールを受け取り、アキラは一つ一つ腰に取り付けていくが心ここにあらずと言った様子だった。
今彼はヒラタ博士の頼みで、彼の知り合いにちょっとした荷物を届ける為にセキチクシティを訪れていた。暇があったら名物のサファリゾーンに遊びに行きたかったが、この後タマムシシティで合流する約束になっているので行っている余裕は無い。
五個あるボールをしっかり固定すると、アキラは肩を落とす様に溜息を吐く。
別に遊びに行くことが出来なくて落ち込んでいる訳では無い。負けてしまう覚悟があったと言う訳では無いが、まだ連れているポケモン達を持て余しているのなら、ゲームの様にずっと勝ち続けられる訳が無いのはわかっていたつもりではあった。
だけど――
たった一匹のケンタロスに成す術も無く一方的に蹂躙されたのは、アキラにとってあまりにも衝撃的過ぎだった。
先発に出たゲンガーは油断していたのか、開幕に揺らされた”じしん”で一発KO。
続けて繰り出したサンドパンは、強烈な”ふぶき”の直撃で氷漬けにされて戦闘不能。
起死回生を賭けたエレブーは、”でんこうせっか”で一矢報いようとしたが”じしん”と”のしかかり”の連続攻撃で、自慢の打たれ強さをあまり発揮出来ないまま文字通り潰された。
ブーバーに至っては、仕掛ける間もなく飛び出してすぐに放たれた”はかいこうせん”の直撃を受けて瞬殺。
最後の希望であるミニリュウは相性最悪である”ふぶき”には耐えたが、続く”はかいこうせん”のオーバーキルには流石にどうしようもなく倒されてしまった。
この町を訪れるまでの道中で、彼は何人ものトレーナーとバトルをしてきた。
ここに来て急にトレーナーのレベルが高くなり、サンドパンには”スピードスター”、ミニリュウにはあみだくじで選んだ結果”ものまね”を覚えさせて強化したにも関わらず、かなりの苦戦を強いられた。
町に着いた時の疲れ切った状態でやられたのなら運が無かったで済ませられるが、回復を終えた万全状態の五匹をたった一匹に完封されたのだ。こんな形での敗北は、全く想像していなかったこともあり、彼のショックは大きかった。
「強かったな。あのケンタロス」
捕まえるのが面倒なだけのポケモン、それが今日までアキラがケンタロスに抱いていた印象だ。
しかし、さっき戦ったケンタロスはまるで伝説のポケモンを相手にしているのではないかと思わせる程に理不尽な強さを誇っていた。
ガラス越しに見えるポケモンセンターの横に併設されているバトルフィールドでは、さっき戦ったケンタロスを連れているエリートトレーナーっぽい青年が、連勝記録を伸ばしていた。
今終わったバトルでもケンタロスは無双していたが、次の対戦相手であるサイキッカーの様な人物は、これまで青年に挑んだトレーナーとは一味違っていた。
先発に出されたスターミーは、高い素早さを活かして巧みにケンタロスの攻撃を躱すと”でんじは”で動きを鈍らせる。状態異常にして本領を発揮できない様にする上手い作戦だったが、暴れ牛は強引に戦い続けて”かみなり”を落とす。
スターミーは一気に瀕死寸前まで追い詰められるが、止めを刺される瞬間”かげぶんしん”で回避すると、四方から”サイコキネシス”を放ってケンタロスを吹き飛ばした。
「マジかよ」
無敵を誇っていたケンタロスが倒されたことに、アキラを含めたバトルを見守っていた人達は驚きを隠せなかったが、ケンタロスのトレーナーは冷静だった。
倒れたケンタロスをボールに戻すとサンダースを繰り出して、強烈な電撃で今度こそスターミーを仕留めるとポケモンの数は互角のままバトルは進む。
強力な技と力のぶつかり合い。
野良バトルとは思えないハイレベルなバトルに、アキラは釘付けだった。
強い技だけなら、サンドパンとこの前の大会で手に入れた二つのわざマシンの内の一つでミニリュウに覚えさせた”ものまね”で真似することは出来るが、トレーナーの技術まではアキラには真似できない。
まだまだ未熟だが、何時かこんなバトルが出来る様になりたい。
そう夢見て、彼はこのバトルから学び取れそうなことを探し始めるが、あることに気付いた。
それはケンタロスのトレーナーは多種多様なタイプのポケモンに様々な技を使っているのに対して、エスパー使いは”サイコキネシス”などのエスパータイプの技を多用する傾向があることだ。言うなれば、前者はあの手この手で相性を突いてのダメージを狙っているが、後者は相性を考えずにただエスパータイプの力でゴリ押ししている印象だ。
エスパータイプと相性が悪いポケモンを出されたら、どうするつもりなのだろうかと思うが、彼はあることを思い出した。
そこまで研究が進んでいないのか、この時代のポケモンのタイプ一覧にあくタイプやはがねタイプはいない。
いずれの二タイプは、エスパー技に耐性を有するのみならずエスパーキラーとしても名高いことを彼は知っている。けどよく考えれば、この二タイプ以外でエスパータイプの技を最小限に出来るのは同じエスパータイプだけだ。
つまり同じエスパータイプのポケモンが相手で無い限り、攻撃技をエスパー技一本に絞っても大きなダメージが見込めると言うことだ。
実際、エリートトレーナーは苦戦を強いられて、同じエスパータイプであるスターミーを繰り出したことでやっと優位に立てた。それだけあくとはがね無しでは、エスパータイプは止めようが無いらしい。
「エスパーか…」
正直エスパータイプは性に合わないが、ここまで強力だと使ってみたくなる。
だけどアキラは、六匹目候補は絶対にみずタイプと決めている。
数は限られているが、みず・エスパー、二つのタイプを持つポケモンを加えたい。
そう思いながら、ここに来る道中で釣りが好きな人の釣り談話に付き合っただけで貰えた旧式のすごいつりざおを取り出した。
これを使えば、あらゆるみずポケモンが釣れると言う。そして近くには手持ち候補として考えているヒトデマンの生息地があると聞く。
そうと決まれば話は早い。
目の前で行われていたバトルが、ケンタロスを連れていたトレーナーの辛勝と言う形で終わったのを見届けたアキラは、ポケモンセンターを飛び出した。
「――中々釣れないな…」
釣りを始めて一時間過ぎようとしていたが、未だに彼のすごいつりざおにはコイキング一匹すら引っ掛かる気配は無かった。隣では同じ様に貰ったボロのつりざおを手にしたゲンガーもいたが、お互い垂らした糸が水面の波紋を広げるだけで終わっている。
他の手持ちのポケモン達は、少し離れた砂浜で各々好きな様に暇を潰して過ごしている。エレブーは目を離すとトラブルを引き寄せてくるが、サンドパンと一緒にいれば大丈夫だろう。
しかし、それと今目の前の状況は別だ。
以前読んだ本によると、ヒトデマンはこの辺りに生息しているはずなのだが、お目当てのポケモンどころかそれ以外のポケモンもここまで釣れないものなのだろうか。
全く変化の無い状況に、ゲンガーは痺れを切らして手にしていた釣竿を放り投げる。それから暇潰しのつもりなのか、近くの岩場に並んで尻尾を海に垂らしているヤドン達にちょっかいを出し始めた。
「スット、余計な面倒事は持ち込まないでよ」
釣竿から目を離さずにアキラは注意するが、ヤドン達は鈍いのかゲンガーがあれこれやっても表情一つ変えない。仕返しされないことに気を良くしたのか、ゲンガーは彼らの前足を何度も踏み付けたりとちょっかいをエスカレートさせる。
それを見たアキラは、止めさせるべくゲンガーを強制的にボールに戻す。
流石にヤドンがゲンガーから離れる様に動き始めたのや、一部のヤドンが何やらゲンガーに近付いて来ているのを見て、不穏な気配を感じたからだ。
ゲンガーがいなくなったことで、一応ヤドン達に平穏が戻った。
しかし、それでもゲンガーに近付いていたヤドン達は、ぼんやりとした表情ながらも揃ってアキラに視線を向け続けていた。
居心地の悪さを感じて、アキラはヤドン達から離れようと思い始めたが、直後に今度は砂浜から指をクラブの鋏に挟まれたエレブーが悲鳴を上げて喚いていた。
結局ある意味トラブルを引き寄せたことに、アキラは溜息をつく。
助けに行くべく釣りを一旦中止しようとした時、今まで何も反応の無かった釣竿が何かに引かれる様に動いた。
「なっ!?」
まさかのタイミングに、アキラはどちらを選ぶべきか一瞬迷う。
そんなタイミングにエレブーの方はサンドパンが如何にかしようとしていることを確認すると、彼は反応のある釣竿の方に集中した。
釣り自体は初めての経験なので、今引いているのが大物なのかは全くわからない。だがかなりの力で、気を抜けば海に引きずり込まれてもおかしく程であった。未だにカナヅチが改善されていない彼にとって、海に落ちるのは最悪だ。
「ふっんがぁぁーー!!」
歯を食い縛るあまり変な顔付きをしようが関係無い。
可能な限り持てる力の全てを腕に注いでいたからか、糸を引いている主の力が弱くなった瞬間、アキラは遂に釣り上げることに成功した。
ところが釣り上げた獲物は勢いのまま、体当たりを仕掛けてきて、彼は倒れ込む様に地面に体を打ち付けた。
「いててて」
頭もぶつけたので一瞬だけ意識が飛び掛けたが、何とかアキラは堪える。
衝撃で腰に付けていたモンスターボールが至る所に散らばっていたが、回収しながら釣り上げた獲物の様子を窺う。
釣り上げたポケモンは非常に特徴的な星型の姿をしており、彼が求めていたヒトデマンであるのは一目瞭然だった。
「まさか最初からヒトデマンを釣れるなんて運が良い」
ケンタロスにボコボコにされた分の運がここで回ってきたのだろう。
ヒトデマンは足と思われる部分を使って二本足できっちりと立っており、アキラはすぐさま戻したばかりのゲンガーを繰り出して対決させる。
最初は不機嫌だったゲンガーではあったが、出てきた理由を理解すると早速”ナイトヘッド”でヒトデマンを牽制する。
対するヒトデマンは”みずでっぽう”で反撃するも、ゲンガーは悠々と躱し、ここに来るまでの間に覚えた新技である”さいみんじゅつ”を掛ける。
元々ゲンガーは、相手を状態異常にする技が豊富だ。中でも新しく覚えた”さいみんじゅつ”は、野生のポケモンを捕獲するにはもってこいの技だ。
放たれた眠くなる波動を受けて、ヒトデマンはパタリと玩具みたいに倒れる。
「よし。いけモンスターボール!!!」
ヒトデマンが倒れたのを見て、アキラは六個あるボールの中でまだ誰も入っていない空のボールを投げる。
後は投げたボールがヒトデマンを収めるのを待つだけ――の筈だったのだが、ボールはヒトデマンに当たる前に何故か開いて、中から何かが飛び出した。
「………え?」
予想外の展開にアキラは戻ってきたボールを掴み損ねる。
しかし、問題はそこではない。
空だと思って投げたボールから出てきたのは、特徴的なピンク色の体色からヤドンと思われるポケモンだったのだ。
何故ヤドンが空のボールに入っているのか。
様々な疑問が頭を過ぎるが、呆気に取られている間に折角眠らせていたヒトデマンは目が覚めてしまう。起き上がったヒトデマンは敵わないと悟ったのか、そのまま海に飛び込んで逃げてしまうが、アキラは追わなかった。いや、追うことが出来なかった。
彼が所持しているモンスターボールの数は六個。
その内、捕獲用として残していた空きボールは一個だけだ。
その残りの一個を何時入り込んだのか知れないヤドンに占拠されてしまったのだから、新しいボールを用意しない限りポケモンを捕まえることはできないのだ。
「――何で入っていたの?」
ヤドンに歩み寄ったアキラは率直な疑問をぶつけるが、ヤドンはぼんやりとした間抜けな表情を晒すだけだった。
新しく手持ちに加わったポケモンに興味を示したのか、ボールから出ていた他のアキラのポケモン達も続々と集まってくる。
全員集まったタイミングでようやく、目の前のどんかんポケモンは今にも消えそうなか細い間抜けな声を発しながら首を傾げる。
反応が遅過ぎる上に、自分でもボールに入っていたのかがよくわかっていないらしい。いや、この場合はアキラが話していることを理解していないだけかもしれない。
中でもゲンガーは、ヤドンを検査するかの如く体の至るところを調べ始めると、何故か最後に足を何度も踏み付けた。
「お~い、止めとけ」
一応伝えるが、ヤドンは気付いていないのかぼんやりとした表情のままだ。
その様子に、調子に乗ったゲンガーは更に強く踏み付けるがそれでも変わらない。あまりの間抜けさに、ゲンガーは口元を抑えてバカにするような声を漏らすが、次の瞬間、彼の体は突如浮き上がった。
アキラを含めて他のポケモン達も驚きを露わにするが、何が起きたのか理解する前にゲンガーは弾丸の様なスピードで吹き飛び、さっきまで釣りをしていた岩場に体を大の字にめり込ませた。
「――こわ…」
急いでヤドンの様子を窺えば、さっきと変わらない表情ではあったが目は青く光っていた。
まさか岩にめり込ませるだけの超能力を発揮するとは、微塵も思っていなかった。
そもそもこのヤドンは一体どこから来たのか。
周囲を軽く見渡すと、少し離れた岩場に今傍にいるヤドン以外に何匹かのヤドンが海に尻尾を垂らしているのが目に入った。ヤドンがモンスターボールに入るチャンスは、ヒトデマンの体当たりを受けた衝撃で散らばってしまった時くらいだ。
そういえば釣りに飽きたゲンガーがちょっかい出していたのは彼らだった筈、となるとそれらが意味するのは――
「仕返しに来たの?」
もう一度尋ねるが、やっぱりすぐに返事は帰ってこない。
あまりの遅さにブーバーはイライラし始めるが、アキラは抑えながら忍耐強く待つとヤドンの肯定と取れる頷きを確認した。どうやら反応するにはそれなりの時間を要するらしいのと、さっきゲンガーにイタズラをされたことの仕返しがボールに入っていた理由らしい。
何故仕返し目的でモンスターボールに入る必要があるのか理解出来ないが、こんなことで折角のチャンスを無駄にされたことにアキラは思わず天を仰ぐ。
「まっ、元を辿ればスットが原因だし」
ゲンガーが余計なことをやってヤドン達の恨みを買ってしまったのだ。
仕方ないかと気を取り直してもう一度ヒトデマンを釣るのに戻ろうとしたが、ヤドンはノロノロとした足取りで彼の足元に落ちていたボールに戻った。
「あれ?」
ヤドンが入ったボールにアキラは目を落とす。確かにポケモンを逃がすには、一旦モンスターボールに戻す必要はある。だけど野生のポケモンが、モンスターボールの機能を知っている筈が無い。ならば何故ヤドンは自分からボールに入ったのか。
まさかと言う考えが頭を過ぎり、彼は再びヤドンを出して出来るだけ同じ目線になる様に体を屈めて向き合った。
「ヤドン…俺の勘違いかもしれないけど、俺に付いてくるつもりなのか?」
直球でアキラはヤドンに問い掛ける。
ゲンガーに仕返しをすることが目的なら、それは既に果たせている。なのにわざわざボールに戻ったのだから何か理由がある筈だ。冗談半分だったが、間を置くとヤドンは同意する様に頷いたのを見て彼は目を見開いた。
「――本当に?」
意味が分かっていないだけかもしれない為、半信半疑で聞き返す。
だがポケモンの方からトレーナーに興味を抱いて自ら付いて行くことを選ぶ例は、アキラ自身がエレブーの一件で経験している以外にも、調べてみると記録上では意外と多いものだ。
手持ちも含めて彼らはヤドンから距離を取り、彼はヤドンが入っていたボールを砂浜に置く。
ちゃんと理解しているのなら、動きは遅くてもちゃんとこの中に戻るだろう。
どんな形であれポケモンがトレーナーに付いて行くことを選ぶのは、何かしらの利があることを見出していることを意味する。だがそんなこと関係無く、もし本当に付いて行く気があるのなら、その気持ちを無視してこちらの都合で逃がす様な真似をアキラはしたくない。
ていうかしたらダメだと今の彼は思っている。
エレブーの時はそこまで頭は働いていなかったが、そんなことをしたら連れている手持ちにどんな影響が出るか。特に人間不信気味で言うことを聞かないミニリュウには、言葉では言い尽くせない程出るだろう。
しばらくヤドンの動きに注視していると、ヤドンはテクテクと四本足で歩き始めて、置かれていたボールのスイッチを押すと自分から入っていった。
これでハッキリした。
モンスターボールに入れたとしても、自動的にそのポケモンがボールの持ち主である人間に忠実になることは無いのだから、あのどんかんポケモンは本気で付いて行くつもりなのだ。ひょっとしたらゲンガーに仕返しをすることは名目で、勝手に手持ちに加わったのは別の目的があるかもしれないが、それを知る術はアキラには無い。
こうなったら好む好まない関係無く、本格的にヤドンの育成を考えなければならない。だけどこの時点でヤドンが何を覚え、何を得意としているのかはアキラにはわからなかった。
しばらくボールを手にアキラは思案するが、ある考えが頭に浮かんだ。
「サンット、ヤドンの相手をしてくれ」
もう一度ヤドンを出すと、アキラはサンドパンを手招きした。
連れているポケモンと戦わせて、どういう戦いをするのか見ようと考えたのだ。
意図を理解したサンドパンは、ヤドンに立ち塞がる様に対峙する。
「ヤドン、連れて行く前にお前がどういう戦いをするのかを見せてくれ」
そう伝えて暫し待つと、ヤドンは首を縦に振る。
了承してくれたことを確認して、アキラはバトルの開始を宣言すると先に攻撃を仕掛けたのは、やはり素早いサンドパンだった。
両手の爪を持ち上げ、賞金と引き換えに虫取り少年から譲り受けたわざマシン39を使って新たに覚えた”スピードスター”をヤドンに向けて撃つ。
放たれた無数の星の形をした光弾は次々と命中するが、ヤドンはまるで動じない。続けて”どくばり”に攻撃を切り替えるが、これもヤドンは避けようとはせずにまともに受ける。
「――どうなっているんだ?」
エレブーの様に耐えてから仕掛けるタイプなのだろうか。
それとも動きが鈍いから避けられないのか、アキラには全く分からなかった。
サンドパンも同じ疑問を抱いたのか、逆襲に備えて砂浜の地中に身を潜める。
その時だった。
ヤドンの目が青く光り始めると同時に、砂の中に潜っていた筈のサンドパンは打ち上げられる様に宙に飛び出した。
「えっ、嘘!?」
さっきのゲンガーの様に、サイコパワーで強引に引き摺り出したのだろう。
サンドパンはヤドンに爪を向けるが、砂浜に叩き付けられたり激しく振り回される。行動が遅い代わりに発揮する念の力が強いのは考えられたが、こうなってしまってはもうどうにもならない。
このまま一方的に終わるのかと思いきや、突然ヤドンは倒れてサンドパンも解放された。
意外な形でバトルが終わったことにアキラは拍子抜けするが、倒れたヤドンの様子を確認すると、彼は戦闘不能状態になっていた。
「おかしいな。浮き上がってからサンットは攻撃していないのに」
サンドパンが攻撃していたのはヤドンが動く前だ。
その時のダメージが遅れてきたのだろうか。
確かめる為にバトルをさせたのだが、まだまだわからないことだらけだ。
「一旦ポケモンセンターに戻るか」
更に検証しようにも、ヤドン自身が戦闘不能では確かめようが無い。
また奇妙で一癖ありそうなポケモンが手持ちに入ってきたものだ。
そう思いながら、アキラは未だに岩にめり込んだままのゲンガーを回収しに向かうのだった。
日が暮れ始めたセキチクシティのポケモンセンターで、アキラは目の前でミニリュウ達が自由に過ごしているのを眺めながらヤドンと一緒にベンチに座っていた。
回復を終えた後、様々な仮説を検証した結果、このヤドンはあらゆる反応が大体三十秒程遅れることがわかったのだ。こちらの問い掛けへの返事のみならず攻撃の実行、ダメージも感じるのは三十秒後。鈍いポケモンとは思っていたが、正直ここまでとは思っていなかった。
「鈍さを利用すれば強いと思うんだけど、何かお前からもこういう戦いがしたいっていう提案は無い?」
今まで連れているポケモンとは異なる戦い方に、正直困っている。
なのでアキラはヤドンに意見を求めるが、三十秒待った後の返事は首を傾げるだけだった。
ゲンガーに仕返しをする目的で、自らモンスターボールに入ったと言うこのヤドン。ただ単に仕返し目的ならもう野生に戻っても良いが、ヤドン自身は付いて来る気満々だ。自分に付いて行けば、己にとって何かしらの利が得られると考えていることは間違いないが、どこから見出したのかがさっぱりだ。
ゲンガーの所為で自分には良い印象が無い筈なのに変わった奴だ。
強い念の力を秘めてはいるが、エレブーの様に打たれ強い訳では無い。
一対一では、どうやっても一匹倒すのが精々だろう。
勝負を仕掛けるのなら、ダメージを受けてから感じるまでの三十秒の間。
そう考えると、本当に自分はこのポケモンをただ連れるだけでなく育てられるのか不安になってきた。
「どうしようか――?」
悩み始めた時、座っていたヤドンはアキラの膝の上に乗っかって、勝手に伸び伸びとし始めた。
勝手に付いて来ておきながら図々しい奴と見れなくは無いが、手持ちがこんな風に接してくる経験がアキラには無かった為、少し戸惑う。だが、ヤドンが穏やかな表情だったのを見て自然と受け入れた。
「まあ、お前をちゃんと育てられる様に俺が変わればいいか」
手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく。
最近心掛ける様になった考えを、もう一度アキラは思い出す。
確かにヤドンの育成を考えたことは無かったし難しそうだが、具体的な育成方法は全部彼の思い付きだ。こういう時こそ専門の育成本を読んだり、他の人の助けを借りるべきだ。
さっきまで抱いていた悩みや不安がバカらしく感じ、アキラはヤドンが心地良く過ごせるように静かにするが、視線を向けられていることに彼は気付いた。
「どうした?」
前を向くと、サンドパンとエレブー、ゲンガーがジッとこちらを見つめていた。
そういえば彼らとは、会ってから頼りにされたりぞんざいに扱われたりすることはあるが、一度もほのぼのと接する機会は無かった。
気難しかったり、まだそこまで彼らの信頼を得ていないと思っていたこともあるが、アキラ自身少し恥ずかしく感じていたこともちょっと関係している。
だけどポケモン達とじゃれ合ったりするのは、ある意味ポケモントレーナーの醍醐味であり、彼も夢見ていたことだ。
周囲を見渡し、彼は目の前の三匹に優しく告げた。
「良いよ」
その言葉にエレブーは真っ先に飛び込み、続いてサンドパン、ゲンガーもノリで飛び込む。
三匹の勢いと重みに耐え切れず、アキラは座っているベンチと一緒に後ろに崩れたが、不思議と気にならなかった。
少し前まではそんな気分でも無かったが、飛び込んできたポケモン達が楽しそうな表情を浮かべていたのに、アキラは唐突ではあったがこの世界に来て良かったと感じる。
そんな彼らを少し離れた木に寄り掛かっていたブーバーは、性には合わなかったので加わらなかったが、一連の流れと賑やかな様子に楽し気に鼻を鳴らす。同じく流れに加わらなかったミニリュウは呆れた様な雰囲気ではあったが、その表情はどこか複雑そうだった。
「これからもよろしくな」
アキラ、新たにヤドンを手持ちに加える。
ゲンガーとは、有りそうで無かった手持ち同士のライバル関係にする予定です。
これで遂にアキラは手持ちを六匹揃えました。
サラリと作中内で初代ケンタロスに完封されたアキラ。
幼かった当時は、ケンタロスの強さは全く知りませんでしたが、今ならどれだけヤバイのかわかります。
”はかいこうせん”と”ふぶき”、”じしん”で殆どの相手をほぼ一撃で倒せるとか、メガガルーラとガブリアスも真っ青な強さですよ。